薔薇と蛇の招待状   作:用具 操十雄

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弱者よ、壮絶であれ ―魂の救済を―

 

 

 

  ――死もまた希望であるならば、もはや恐れるものはない。

 

 

 

 武士道に立つ漢一匹、散って果てるは戦の花道、有終の美こそ檜舞台。滾る血潮が沸騰するは、闘争本能の成せる(わざ)か、あるいは――

 

 人間の業か。

 

 槍衾を背景に、かつての友人同士でズタズタに殺し合う泥仕合、血みどろの惨劇はもはや避けられない。ここにきて、今さら和解などあり得ない。ならば覚悟を決めるまでと、武人建御雷は精神集中する。

 

「人間は天使でもなければ獣でもない。だが不幸なことに、人間は天使のように振舞おうと欲しながら、まるで獣のように行動する……パスカル」

 

 何事もない日常のような口調で獣王が呟いたので、建御雷は静かに顔を向けた。

 

「メコン川……貴様には緊張感がないのか」

「生きるの死ぬのと、どうでもいいことだ」

 

 ため息が吐き出された。

 

「パスカルの言葉は私によく馴染む。”力なき正義は無力であり、正義なき力は圧制である”は、いつかたっち氏に言ってやりたかったが」

「そう遠くない未来、その願いは叶えられよう。この戦争を生き延びられれば……だが」

 

 唇周辺に赤黒い何かを付着させた獅子が笑い、武人は憮然とそっぽを向く。

 

 その怒り、鬼神の如く。憤怒の波動を身に纏った二体の化け物、女豹と森司祭(ドルイド)が歩いてくる。悠然と歩きながら、その闘志は肉体という(さかずき)に満ち満ちて、体が揺れる度に真紅の瞳が赤い線を引き摺っていた。

 

「建御雷ぃ! 裏切ったな! ドラちゃんと私を裏切ったな!」

「どいつもこいつもぉ! 死にたいなら迷惑かけない場所で勝手に死ねよ!」

 

 開幕のゴングとばかりに怒鳴りつける怪物へ、獣と侍は背中を合わせて得物を構えた。

 

「弐式炎雷じゃなくて残念だったな」

「悪くはない」

 

 4つの化け物が走り出したのは同時だった。

 

 

 

 

 竜王国の女王(クイーン)は戦場でへたり込む。眼前で囃し立てる貴族たちの声も耳を通り抜けていく。

 

 眼球を絶望色に支配され、虚ろな瞳に光は遠い。彼女が見入っているそれは、切り落とされた曾祖父の生首だ。彼女が、この広い世界で一人ぼっちである証明書。

 

 兵士が用意した椅子へ腰かけさせられるが、僅かな猶予も与えられず、武装した貴族たちが詰め寄る。

 

「女王陛下! ご英断を!」

「じき、彼奴らが押し寄せてきます!」

「ご命令を!」

 

 彼方よりこちらへ攻め込んでくる黒い地平線。仇敵(ビーストマン)は進軍を開始している。あと10分もすれば敵軍はこちらへ突っ込んでくる。誰も彼も、なすすべもなく今宵の晩餐に並べられる未来は望まない。

 

 突如、女王の胸倉が掴み上げられた。いつもは冷ややかな顔で小馬鹿にする宰相が、王の頬を張る。陣営に渇いた音が鳴り、静寂を際立たせた。

 

「陛下、居眠りの白昼夢から、そろそろ意識を覚醒して頂けませんか。敵はそこまで迫っていますので」

「……私は」

「目が覚めましたか?」

「私は…………間違っていたのか? お前たちに死ねと命令するのが、正しき王のやることなのか……?」

「やれやれ……」

 

 弱り目に祟り目を食らった女王から手を離すと、巻き戻しをされたようにストンと椅子へ腰かけた。

 

 草原を軽い衝撃波が走り抜けた。そちらへ顔を向けずとも分かっている。神域(プレイヤー)の戦いは一足先に始まっている。

 

「餡ころ……私は、間違っていたのか」

 

 遠い目の女王に、宰相がため息を吐いた。腰を下げて姿勢を低く、女王と目線を合わせ、彼女の肩を掴んで諭すような口調で言う。

 

「女王陛下、それでも七彩の竜王猊下の曾孫なのですか? その不甲斐ない有様で恥ずかしくならないのですか? 王として立派なのは胸の大きさだけですか?」

「馬鹿にしているのか……?」

「おや? いつもの調子に戻りましたか?」

「つーか、お前、さっきはよくも叩いてくれたな。私は曾祖父様を殺されて、へこたれとるんじゃい」

「フフ……結構です。死体は逃げませんので始祖様の件は後回しに、戦争の話を進めましょう」

「……お前は鬼か」

 

 文句を言いつつ、女王の瞳に光が宿った。宰相は姿勢を正して満足げに見下ろし、冷ややかな微笑みで人差し指を立てた。物理的に上から目線で高説を垂れる。

 

「あなたが王として君臨するこの竜王国は、我らの祖国なのです。それ以外の何物でもありはしないのです。私を含め、この場で戦闘を決意しているもの全て、この国が好きなのです」

「はぁ?」

 

 眉を顰める女王をないがしろに、宰相は居並ぶ貴族たちへ目配せをした。彼らもそれを受け、宰相に代わって話し始める。

 

「我らが死ねば陛下の魔法の糧となれるのでしょう? ならば、死など恐れるに足りませんな」

「たとえ死んだとして、それが何だと言うのですか。陛下の手で掴み取る新たな未来に比べれば」

「女王陛下にもたらされるは悠久の栄光! ならば今こそ、戦うとき!」

「法国の糞馬鹿どもが陛下を偽りの竜王と蔑もうと。我らにとっては崇め、奉るべき王!」

 

 貴族たちの頭上を通り越えた先では、若き兵隊たちが玩具を手に入れた子供のような瞳でこちらを見ている。

 

 蜃気楼のように揺らいでいた女王は、怒りで生気を取り戻した。

 

「どいつもこいつもクソ馬鹿どもが……この馬鹿野郎がぁ!」

 

 虹色に輝く髪をたなびかせて女王は立ち上がった。青筋を立てて拳を握り、満足げに笑う宰相の顔面を殴りつけた。そこに立っていたのは迂闊としか言いようがない。手加減なしの鉄拳が顔面に叩きこまれ、宰相はゴロゴロと転がっていった。

 

 貴族の領主たちが見守る最中、誰も彼も、唇を”あ”の形に固定して閉じなかった。

 

「貴様ら、雁首揃えて馬鹿なのか! なぜ誰も彼も死にたがる! それは戦死ではない、ただの自殺だ! 誰かの犠牲の上に成り立つ平和に価値があるものか!」

 

 そこかしこからクスクスと笑いが起きた。

 

「何がおかしい! 殴られたいのなら前に出ろ!」

 

 小馬鹿にされたようで女王の怒りが増し、額の青筋がより深くなった。(グー)でぶん殴られた宰相は衣服を正し、何事も無かったかのように歩いてくる。

 

 彼の頬はひどく腫れあがっているが、怯んだ気配はない。長命の女王は宰相が生まれた時から知っているが、長い付き合いで一度も困った姿を見たことが無い。

 

「いたた……陛下、そういうのを何というかご存知ですか?」

「言ってみろ!」

「余計なお世話です」

 

 どうせ碌な解答ではないと踏んでいたが、想像したよりも悪かった。両手で宰相の胸倉を掴み、虹色の髪をたなびかせて女王は怒鳴る。

 

「また殴られたいのか!」

「我らがどういう死に方を選ぼうと、陛下に言われる筋合いは在りません。我々は復讐のために戦うのではない。死にゆく我らの魂で、陛下が未来へ続く道を開拓するのです。魔導王に与えられたものではなく、自らの手で掴み取った平穏。これこそが愛国心ではありませんか?」

「明日の平和のために、今日死ぬというのか。この……阿呆どもが」

「訂正を要求します。我らはただの愛国者に過ぎません」

「だから……それを阿呆と言うのだ」

「なるほど」

 

 彼が女王の言葉に納得するのも珍しい。

 

「褒め言葉と受け取っておきましょう。遅かれ早かれ、どうせ人は死ぬのです。早いか遅いか、その程度の差ではありませんか?」

 

 断じて違うと言いたかったが、彼の調子は通常運転だ。下手な理屈は倍になって返ってくる。死を前にした貴族とは思えぬほど日常的であった。拍子抜けしたので掴んだ手を離した。

 

 同調した貴族たち(がちょう)がこれ幸いと騒ぎ始める。

 

「ならば我らはなべて等しく、阿呆で結構!」

「今こそ我ら、遅咲きの竜胆とならん!」

「陛下、進軍を! 愚か者どもにご命令を!」

「この命、祖国の新たな栄光と安寧のために!」

 

 死にたがる烏合の衆に囲まれた女王には、選択肢も時間も無い。耳をすませば、大地を揺るがす地響きは聞こえてこない。獣たちの進軍は止まっていた。

 

 今はただ、幾万の甲冑が震える音しか聞こえない。

 

 

 

 

 人間の瞳孔では捉えられぬ速度で動き回っていた餡ころもっちもちと獣王メコン川が、空中でひときわ大きな金属音を出してから立ち止まる。

 

 弁慶の如く立ち塞がる建御雷を突破できなかったブルー・プラネットも、荒い息を整えながら口元の出血を拭った。刀を手にした侍は水を得た魚も同様だが、あの武人建御雷を相手にブルー・プラネットは土砂を操作して獣たちの進軍を堰き止める離れ技をやってのけた。

 

 改めて思い知らされるのは、背中合わせに共闘する獣王メコン川と武人建御雷という桁違いの力。共闘していない自分たちに勝ち目は薄い。自分に何かあれば、支持する種族が窮地に立たされると、博打的な選択をできない餡ころとブルー・プラネットは分が悪い。

 

 戦場に小休止が訪れた。

 

 圧倒的優位に立つ獣王メコン川が、両手の甲から伸びる三本爪(アイアン・クロー)を擦り合わせ、火花を草原に落としている。明確な挑発をもって戦闘続行を求めるメコン川の背後で、刀を鞘に納めた音がした。

 

 数回、アゴをガキガキと鳴らしてから、地底湖から響いてくる低い声で侍が言う。

 

「メコン川」

「あん?」

「説明を要求する。私たちは知らなければならない。かつて共に遊んでいた友人が、何ゆえに殺し合わねばならぬのか」

「あ、そうなの? フーン」

「お前はこの世界に来て、いったい何を見たのだ」

 

 僅かの間を空け、メコン川が拳を振って爪を仕舞った。幸い、獣たちの進軍は止められている。女王の進軍命令、死刑判決が下るまで時間稼ぎが必要だ。

 

「順を追って説明しよう。あの虹色ドラゴンは、タケちゃんが王宮にきた時点で”もう一人いる”と思ったそうだ」

 

 今となれば首を捥がれた竜の死体だが、自称賢者の竜王はプレイヤーの支配から竜王国が脱却することを目的に掲げていた。

 

 それは彼という個体の望みではなく、自らの血を引く曾孫、女王ドラウディロンの願いだ。

 

 種族に関わらず心ある者、一定量の弱さを備えている。未だ確たる形を成していない、竜王国を巡る負の事象とは、人心を病む戦禍の憎悪ではない。

 

 王の格差だ。

 

 竜王国の終戦、敵対国家の殲滅は魔導王が成し遂げた偉業である。ぬるま湯に長く浸かると出られなくなるように、押し売られた平穏の下に人は堕落する。発展に魔導国の力を借りる以上、アインズへの崇拝が時間に比例して培われ、女王の権威を薄めていく。

 

 純正の人間ではない女王は長命で、この先数百年、王の交代は無い。王の首を挿げ替えるべく暗躍する思想を産みだす危険性を孕んでいる。

 

 竜王国の栄光を高め、後の遺恨を断ち切るのならば、女王の栄誉を高めればよい。

 

 空気の読めないアインズによって出鼻をへし折られたが故、彼らの闘争心は一向に萎えていない。ジクジクと膿む火傷のような闘争心を利用して、失われた”始原の魔法(ワイルド・マジック)”を蘇らせ、女王の力を見せつければいい。

 

 ご丁寧にそのための下準備はかなり以前から出来上がっていた。

 

 『もっとも、私はそんな栄光など求めていないがね』

 

 そう言って竜王は笑った。

 

「というわけだ。つまり餡ころさん、全部あんたのせいだよ」

 

 ニヤニヤと笑う獣の王は、餡ころ女史を指さした。念のため自分の後方に誰もいないことを確認してから、女豹は自分の顔に人差し指を向けた。

 

「……わたし?」

「なんでも、兵隊たちを啓蒙し、戦う理由を与えたそうだな。女王のために戦うべきであると、それこそが正しい形だと」

「別にそんなつもりは」

「あれを見ればわかる。偶然こそが必然。まるで初めからそう仕組まれたように思えないか?」

 

 メコン川の三本爪が向けられた方角。

 

 女王と貴族たちが揉めている後方で、異様なまでに殺気立つ兵隊。数万の兵が無秩序にまとまっている最前列にて、今にも特攻しかねないほどいきり立っている。餡ころとレベルアップを行なった者たちは、赤い布を目前にした闘牛並みだった。

 

「そんな……死ぬためにレベルを上げたわけじゃないのに」

「見給え、あれこそ大量の死体を生産する愛国者そのものじゃないか。自らの命すら重視しない馬鹿、笑いながら死んでいく阿呆、誇り高いオナニー野郎ども、愛すべき弱者(ザコ)

「メコン川ぁぁ……口の利き方に気を付けろ。マジに殺すぞ」

「人間を守る? メス猫風情が思い上がりも甚だしい。虹色は初めから甘ちゃんのメス猫に期待なんかしてなかったよ。ここまでのお膳立てが終わった今、あんたの利用価値はもう無い。むしろ戦争を邪魔するただのお邪魔虫だ」

 

 瞬間、餡ころの体から絶望の波動が漏れ、アメーバ状に広がってメコン川へ敵意を向けた。

 

「どうしたんスか? 今、笑うところだったんスけど?」

「メコン川ぁぁああ!」

「そこまでだ!」

 

 二匹のケダモノが激突する寸でのところ、乱入した武御雷の刃が餡ころを弾いた。

 

「邪魔邪魔邪魔邪魔ぁ! どいてよ! そいつだけは許さない! ぶっ殺してやる!」

「落ち着け、餡ころもっちもち! メコン川の説明は途中だ」

「何がよ。早く弱肉強食をヤろうぜ。今さら同士討ち(フレンドリーファイア)禁止とかないんだから」

「獣側の話も聞かなければならない」

「……チッ、メンドクセェな」

 

 餡ころ自身、よくぞここで堪えたと思った。それも獣側の進軍が止まっているからだ。三名が顔を向けた先、腕を組んで静かに佇んでいるブルー・プラネットの顔面は獣人たちを見ていた。

 

「ブルー・プラネットさん、ビーストマンをどう思う?」

「ん……どう……とは?」

 

 ごつごつした岩のような顔が、にやけた獅子へ向いた。その顔はまるで、救いを求めているように見えた。三名の誰も彼の疑問に答えようとせず、止む無く口を動かし始める。

 

「そう……ですね……。ビーストマンはぁ……虐げられた絶滅危惧種だ。だから俺は、彼らを保護して――」

「違う違う、そうじゃなくて、ケダモノどもの習性をどう思う」

「習性……?」

「まずそこからッスか」

 

 この世界におけるビーストマンは、戦争を好む傾向にある。

 

 人間の10倍も優れた身体能力、国家を形成する知性。それを以てしてもなお、抗うことのできない食欲は姿と形を変え、闘争を求め、獲物に苦痛を与えても満ち足りない。神に等しき強者に庇護され、ゆりかごの如き安寧が保証されたとしても、彼らは人間を食らい続ける。

 

 食欲という本能から起因する渇欲。劣情ともいえるそれは、簡素な理性で抑え込めるものではない。彼らは初めからそのように作られている。

 

 国を追われ、共食いを続けてきた彼らは生きながら死んでいた。本心では一匹のケダモノとして戦場を駆け巡って暴れ尽くし、獣の意地を見せつけて死にたいと考えている。

 

 ビーストマンは死にたがり屋だ。

 

「違うっ! 何も知らない癖に、何様のつもりだ!」

「何が違う?」

 

 ブルー・プラネットはメコン川に詰め寄った。

 

「戦争なんて世界の一部なんだよ。それが全てじゃないんだ! 見ろよ、こんなに美しい世界なんだから、他にいくらでも幸せになる道があるんだよ! だから俺がぁ!」

「俺が守るとか、まさか言わないでくれよ。あんたが下地を作ったんだから」

「俺が何をした!」

「私たちプレイヤーとは世界の理を破壊する。生きているだけで罪なんだよ」

 

 同胞の命を食らい、緩やかな死を迎えていた獣人。命の灯火が消える最後の瞬間を待つだけだった彼らは、保護されることによって時間を手に入れた。

 

 猶予とは時に心を苛む。自分たちで何も得ることなく、与えられる生活が待っている。それ即ち、戦いを放棄して飼い慣らされることだ。その未来が見えた瞬間、彼らの中に種火のように小さい疑問が生まれた。

 

 ブルー・プラネットは獣人を率いて村を襲った。ブルー・プラネットを利用すれば戦って死ぬことができると知ってしまった。

 

 種火は時間をかけても消えはせず、メコン川の一押しであっけなく火が付いた。そしてケダモノたちは走り出した。安寧の夢から目覚め、錆びついた車輪が動き出せば、ブルー・プラネットでは止められない。飼い慣らされる平穏を捨て、死へ全力疾走する。例え、最後の一匹になろうとも。

 

 それが獣人の矜持だ。

 

「そんな馬鹿なことがあるかぁ!」

「あるんだよ!」

 

 メコン川は歯を食いしばって唸り声をあげ、ブルー・プラネットの胸倉を掴み上げた。そのままブルー・プラネットを引き摺って行き、へたり込む餡ころの胸倉を掴み上げた。

 

「餡ころも、いい加減、目を覚ませ!」

「痛い!」

 

 ブルー・プラネットと餡ころの顔面に、牙を剥いたケダモノの顔が肉迫する。

 

「戦争なんて全てじゃない? 全てなんだよ! 死んだ者たちから目を背けて和解し、仲良しこよしで暮らしていけるものか。どん底から這い上がり、獣人の誇りを取り戻してこそ人間たちに一矢報いることができる。人間も、自分の命が無駄にならないなら死など怖くはない。全力で生きるということは、戦うことだ!」

 

 メコン川が両手を開くと、ブルー・プラネットと餡ころが崩れ落ちた。

 

「ビーストマンは絶滅し、人間たちの過半数は苦しみ抜いて死ぬ。人も獣も、活火山の火口に飛び込むが如く、壮絶な最期を迎えるだろう。それでも死にたいんだよ! 家族を選んで生き延びるより、人生の最後に未来を守って笑いながら死にたいんだ! みんなそうしたいんだよ、素晴らしいことじゃないか!」

 

 俯く二人の体が急に重くなり、癌細胞のような絶望が広がった。人間・獣人、時間を共有した彼らが無残に殺されると知り、過ごした時間の多い両者の衝撃は計り知れない。

 

「違う……違うんだよ……俺はただ、彼らに生きてほしい。それだけだったのに……」

「みんな死んじゃう……だって、みんな幸せになりたいのに……。生きればいいじゃん、みんな仲良くさぁ……」

 

 地面に落ちた餡ころの視界が、水中に潜ったように歪んだ。

 

「ここは戦場だ、そして戦争は既に始まった。それだけでいい。弱い奴も強い奴も、グチャグチャになって死ねばいい。みんな死んでしまえばいい。それでやっとすっきりする」

 

 俯いたブルー・プラネットが、誰ともなしに呟く。

 

「俺と餡ころさんが戦えば済むと思っていた。話がまとまってから、ナザリックの桜の樹の下で花見をしたかった。……笑いながら食事をして、酒を飲んで騒ぎたかった。人間なんか食べなくても、他にいくらでも美味しいものがあるんだよ。ビーストマンにだってこの世界はこんなに優しいって……教えてあげたかった。誰も死ななくていい、優しい世界もあるって……教えたかったのに」

 

 すすり泣くような呟きに、餡ころが両目を擦った。

 

「ただそれだけだったのに……どこで間違ったんだ」

 

 誰も答えない。彼の呟きは回答を求めていないし、彼が間違ったとは思っていない。戦争とは、正義と正義のぶつかり合いだ。「私は悪です」と公言して戦争を仕掛ける阿呆はいない。周りから集中砲火を受ける上、内乱を招く危険もある。戦争が終わった後も歴史に汚点を塗る上、最悪は国家の消滅に繋がる。

 

「メコン川、此度の戦は、お前と竜王のお膳立てだな。あのドラゴンは自殺か?」

「そーゆーことーん」

 

 竜王は自らの死を以て、女王に選択肢を突きつけた。どれほど酷な選択であろうと、彼女の望んだ未来に繋がるのだ。餡ころ・ブルー・プラネット以外の全てがそれを望んでいる。

 

「見えるか、餡ころ、ブルー・プラネット。弱者たちが自らの命を張って立ち上がる姿はこんなにも美しく、眩しいものだ。誇り高い死に向かう弱者へ、今まで全力で生きたこともないまま人間を辞めてしまった我々が、語る言葉は無いはずだ」

「そんなの……」

 

 所詮、この世界は弱肉強食。自分の望むべき未来を押し付けるのは、幸福の押し売りだ。現実で、惰性で生きていた自分が望む未来を押し付け、相手もそれで幸せになれると思うのは傲慢以外の何物でもない。行きつくところは、メコン川の持論だ。

 

 最前線に立つ、若き兵隊たち。餡ころと共に夕食を食べ、笑いながら未来を語り明かした彼らは一人の例外もなく、戦域に塵と消える。ここで彼らを止めるのは、お預けを食らった犬の前に差し出された餌を奪うにも等しい。更なる鬱憤、闘争心を抑え込みながら未来を生きなければならない。

 

 理屈はわかっているが、感情は結末を拒絶する。女豹の眼球から一滴の涙が草原に落ちた。誰かのために涙する人間性は残っていた。

 

「私……間違ったのかな」

「我々は、彼らの戦いを見届ける立会人だ。それでいい、ただそれだけでいい。私たちは強いが、人間を辞めた死者でしかない」

 

 その自覚は全員が持っている。餡ころ自身、この世界に来る前に何気なく呟いた言葉が辞世の句だったと思っている。人間を辞め、化け物となった今、人間の自分は既に死んでいる。敢えて、彼女の間違いを指摘するとすれば、転移してすぐにモモンガへ会いに行かなかったことだ。

 

 今さら、モモンガに会いたくなった。

 

 揺らぐ視界の先に見えたのは笑う白骨死体、モモンガの幻影だ。彼ならばきっと、餡ころに協力して世界の摂理を変えてくれたかもしれない。餡ころの意向を汲み取り、先に転移した他の仲間と優しい世界を作ってくれたかもしれない。やまいこ、ぶくぶく茶釜あたりがいれば、確実に協力してくれた。

 

 たらればの夢まぼろしが、涙のスクリーンに揺らぐ。

 

「優しい世界に行きたい……」

 

 餡ころの肩に手が置かれ、耳の先端から尻尾の末端まで毛並みが逆立つほど驚いた。

 

「モモンガさん!?」

「……なに言ってんですか、餡ころさん」

「なんだ、ブルー・プラネットさんか……」

「悪かったですね……」

 

 慰めようと手を置いたら酷く残念な顔をされたもので、ブルー・プラネットの機嫌は急速降下した。

 

「餡ころさん、俺たちも戦おう。俺たちが優しい世界を作って見せよう。最後に命を賭けて、全力で生きよう」

「だって……どうせ勝てないよ。この二人、チョー強いもん……」

「俺はあの子たちと生きたいから、この化け物どもを相手に戦うよ。戦争が正義と正義のぶつかり合いだというのなら、俺たちもまた戦争しているんだ」

「……そう。そっかぁ、これが戦争かぁ。ここで二人を倒せば、あの戦争を止められる?」

「俺たちは二人を倒さなくていい。こいつらを振り切って戦場に割り込めばいい。戦争が止まれば俺たちの勝利だ」

 

 ブルー・プラネットの手を掴んで餡ころが立ち上がった。

 

 目の前にそびえ立つ建御雷とメコン川という壁は高い。だからこそ立ち上がらなければならない。自分よりはるかに弱い者が命を張っているのに、強者の自分が見ているだけで済むはずがない。

 

 立ち上がった餡ころとブルー・プラネットから黒い殺戮の波動が噴き出た。同様に絶望のオーラで応戦するメコン川は、怒りを隠そうともせずに牙を剥いた。

 

「うっざ! 優しい世界とか、ガキみたいで気持ち悪いッスわぁ。精神年齢が低いんスか? 私たちを振り切れるとでも思ってるんスか? ますますうっざ!」

 

 軽口の割に、顔は怒りを隠そうともしない。メコン川がケダモノのように唸り声を上げ、拳を振ると爪が突き出された。

 

 建御雷も刀を抜いた。餡ころが首をゴリゴリと回し、ブルー・プラネットが両手の指をコキコキと鳴らした。

 

 建御雷の刀が、餡ころへ向けられる。

 

「餡ころ女史、自分や仲間が死ぬなどどうでもいいことだ、未来を創ることに比べれば。私は壮絶な生き方を全うする弱者たちの戦いを見届けよう。何物にも決して、邪魔などさせん」

「みんなにだって家族がいる、死んだら悲しむよ。自分の家族が犠牲になって、残された家族はどうなるの」

「優しい世界というものがあるのなら、弱肉強食の摂理を倒した先にあるだろう。世界の摂理を変えていれば、死せる彼らを救うことができた」

「まだ間に合うもん! 私は世界を変えるよ!」

 

 餡ころが牙を剥き、四つん這いになった。これまで抑え込んでいた獣性の歯車が、けたたましい音を立てて回り始める。もはや恐れることは無い。本能のままに、かつての友を食い殺せばいい。世界とは数多の犠牲を、(おびただ)しい数の贄を大地に捧げて作られるのだ。

 

 メコン川がどす黒い波動を垂れ流し、牙を剥いて叫んだ。

 

「何が優しい世界だ、どいつもこいつも……甘ったるくてうぜぇんだよ! 餡ころさんとブルー・プラネットさんには虫唾が走る!」

「だって、みんな幸せになりたいだけじゃん! 生きればいい! 生きていれば恋をして、結婚して! 子供を産んで幸せな家庭を築けばいいじゃない! 自殺なんて許さない!」

「メコン川は本当にクソ野郎だ。弱肉強食の世界だからって、全力でそれに乗っかるあんたは、自分で突き進む道を放棄した馬鹿野郎だ」

「腐れオナニー野郎どもが偉そうに! それが傲慢だと何故わからない!」

 

 建御雷の心は燃え上がる。これでようやく、全員が異世界という土俵へ登ったと言える。掲げた刀を太陽に向けて、戦争(PVP)を宣言した。

 

「今こそ、改めて言わせていただく。武士道とは、死ぬことと見つけたり!」

「そう……全力で生きるってことは馬鹿なのね」

「もう馬鹿でいい。傲慢でも何でも、殺す気で戦う」

「始めようかぁ、血みどろの戦争を!」

 

 地面に突き刺さった四本の剣は掴まれ、友の命を奪う罪を、背負う覚悟は決められた。投げられた賽の出目は変わらず、時計の針は戻らない。全員が仲良く手に手を取って、魔導国へ向かう選択肢は初めから存在しない。

 

 弱肉強食の世界だった、理由はそれだけでいいのだ。

 

 餡ころは一人でも多くの人間を守るため。

 ブルー・プラネットは獣人と共に生きるため。

 

 武人建御雷は戦争を見届けるため。

 獣王メコン川は不条理な世界を突きつけるため。

 

 混ざり合わぬ強烈な殺気が四方から放たれる。局所的な暗雲が雷鳴を鳴らし、大地が割け、空気が歪み、景色が瘴気に染められた。上位者には上位者の戦場が用意されている。

 

 獣性を剥き出しに全力で走り出し、空中で金属の激突音が鳴り、大地が出鱈目に盛り上がる。

 

 銅鑼のような轟音と衝撃波が草原の表面を撫でていった。

 

 

 

 

 

 死兵とは――

 

 恐れを知らぬ戦士といえば聞こえはいいが、死を望む自殺志願者だ。愛国心という、自分が生まれただけの国が他の国より優れているという勘違いが造り出す死体の山。しかし、彼らの両眼は未来へ向けられている。狂気に身を浸してこそ己が内に食い込み、身を食らい尽くす憎悪の鎖を抉りとる。

 

 死が喪失ではなく創生だとすれば、何を恐れることがあろうか。

 

 女王だけが使える魔法は、死者への救済だ。家族の、友人の、隣人の、安息の未来を確信しているからこそ、笑いながら死んでいける。復讐、善意、愛情など、未来へ向けて紡がれる自殺にも劣る。

 

 数千の食人種たちが造り出す数万の兵隊たちの屍。女王に未来を託す、甘き安寧の死の嵐。それらを礎に築き上げるは竜王国の栄光。未練ある魂は尊い魔法の糧となり、白き光の爆発が戦場を覆い、争いの歴史に終止符を打つ。

 

 死を前にして武者震いする兵隊たちの前で、女王の口はまだ開かない。自殺志願者の大馬鹿野郎どもは愛すべき自国民だ。どの(ツラ)下げて、彼らに「死ね」と言えるのか。

 

「餡ころ……」

 

 そちらへ顔を向けると、メコン川の三本爪が餡ころを袈裟に切り裂いているのが見えた。レベル100ともなれば声まで大きく、怒号はこちらまで聞こえてくる。

 

「私は負けない! 人間は私が守る!」

「甘い幻想に縋るな! あんたがいくら幸福を押し売ろうと、優しい世界なんざぁありゃしねぇんだよ!」

「無いなら作ればいいじゃない!」

「それが傲慢だと、なぜわからん!」

「五月蠅い黙れ馬鹿クソ野郎! 傲慢で何が悪い!」

 

 啖呵では負けてないが、戦況で餡ころに分が悪い。宙を飛ぶ鮮血の飛沫は餡ころのものだけだ。速度は同等だが、単純な攻撃力に差があるように見えた。

 

 建御雷は、全身を土くれで覆って巨大ゴーレムと化したブルー・プラネットの甲冑を、いともたやすく細切れにしていた。相手は拳を叩きこめば大地すら割る巨大な存在だが、泥人形を壊す気軽さで刀を振って鎧を引っぺがしていった。武力はさておき、ブルー・プラネットは戦闘に集中できない。大地に影響を与え、獣人たちに侵攻を食い止めることに思考を割いている。

 

 そんな戦いでは長く持つはずもない。建御雷を一歩も動かすことすらできず、ブルー・プラネットは血を吐いて倒れた。首へ切っ先を付きつけ、武人は上からものを言う。

 

「友よ。我等、現実を捨て去った哀れな人間。生きながらに死んでいた人間(クズ)。私たちは今この瞬間、初めて生きている!」

「俺は負けない! 俺はあの子たちと生きたいから!」

 

 ブルー・プラネットが大地に両手を叩きつけると、刃のように鋭く尖った蔦が幾つも生え、建御雷を串刺しにした。開いた口から大量の吐血が流れ出しても、建御雷の足は揺るがない。

 

 侍は蔦を薙ぎ払い、血反吐と共に咆えた。

 

「あなたには見えないのか、弱者である獣たちが武器を手に攻め込んでくる姿が! それを上回るほど弱い人間が、死を覚悟して立ち上がった姿が! 彼らの死を! 覚悟を汚すつもりか!」

「困っている子供たちに手を差し伸べるのがそんなに悪いのか!」

「だったらせめて弱肉強食の狂気で生きる者たちの邪魔をするな! 彼らの誇りを貶めているのはその偽善だ!」

 

 全力の森司祭と裸の侍では力の均衡が保てているように思えた。どちらも無事では済まなそうだ。

 

 突きつけられている残酷な現実を無視して、そちらを観戦していたかった。

 

「陛下……」

 

 振り返ると、宰相の人差し指が頬を突いた。慌てて首を振り、いつも通りの青筋を立てて怒る。

 

「何するんじゃい!」

「時には現実逃避も結構ですが、我らの戦場はここですよ」

「……わかっている」

 

 ブルー・プラネットが何かしたらしく、大地に巨大な地割れができている。土砂によって阻まれていた獣たちは動き出しているが、地割れを迂回して進軍が遅れている。演説する程度の時間が天より与えられた。背中の後押しは有難迷惑だ。

 

 空に空気の読めない魔導王が降臨していないかと確認するも、忌々しい太陽がこちらを見下ろしているだけだ。種の存亡を賭けた戦いは、いつだって晴天だ。毎日毎日、飽きることなく、どこまでも上から目線の太陽が忌々しい。

 

 今となれば、寝室で餡ころと煎餅を齧りながら他愛もない話に花を咲かせていた数日前が懐かしい。貴族たちは騎兵を引き連れ、突撃準備を終えている。領主自ら死線へ突っ込むなど狂気の沙汰だ。

 

(やはり……もう後戻りはできないのだな)

 

 これも弱者の道理である。死んでこそ意味があるのなら、生きている今は正気でいる意味がない。弱者には、死こそ希望なのだ。

 

「陛下、魂は足りるでしょうか。当初、百万の魂を必要としていたはずですが。竜王猊下の魂は数十万の人間に値するなどという僥倖が世界から与えられますかね」

「私が知るか……」

 

 敢えて口にしないが、形になっている確信。何の根拠もないが、一定量の魂を必要とするのではなく、魂の量で魔法の威力が変化するように世界の法則が造り替えられている気がした。

 

 あとは死にたがりの同志(カメラード)たちへ、突撃の号令をかけるのみ。大量の死者を生み出す、泥くさい異種族間戦争が始まる。

 

 女王は振り返り、号令を待つ兵隊たちへ顔を向けた。振り向きざまに、ドラウディロンの右目から一筋の涙が流れた。自然と全てが動きを止め、彼女の声に聞き入った。

 

始原の魔法(ワイルド・マジック)

 

 彼女の背中に魔方陣が展開され、魂は可視化される。ドラウディロンの頭上、おたまじゃくしに似た純白の魂が渦を巻いて回っている。銀色の鎧を身に纏った淑女の背中から、純白の翼が生えているように見えた。この世ならざる光景に、兵士たちが唾を呑んだ。

 

 先ほどから、幾度も打ち鳴らされる金属の轟音。戦闘音が徐々にこちらへ近づいてくる。ひときわ大きな地響きを上げ、餡ころの叫び声が聞こえた。

 

「駄目ぇ! ドラちゃん、言っちゃ駄目ぇ!」

 

 こちらへ駆けようとしている餡ころが、メコン川に羽交い絞めにされていた。

 

「こっの駄目女のクソ餡ころ、大人しくしろ!」

 

 最後の悪あがきは凄まじく、餡ころは体を捻って拘束を外した。真っすぐにこちらへ駆けてくる餡ころを、後ろからメコン川の爪が襲った。

 

「痛いっ!」

 

 組伏された彼女の肩に、三本の爪が風穴を開けていた。流れる血、吐き出す血に構わず、餡ころはなおも立ち上がろうとしている。

 

「離せぇぇ!」

「なんて女だ。女王ぉ、早く言え!」

 

 メコン川が首筋に噛みついた。まるで野獣同士の交尾に見えた。

 

 そのすぐ隣でブルー・プラネットが這いつくばり、建御雷に踏みつけられている。腹部を刀が貫通して大地に張り付けにされていたが、吐血と共に叫んだ。

 

「止めろぉぉ! 何をしているのかわかっているのかぁ!」

「さあ! 言うのだ、女王! 私がこいつを抑えている間に!」

 

 言われなくても分かっている。引き延ばせば、餡ころとブルー・プラネットの傷が増えるだけだ。

 

 女王は深く息を吸い込んだ。

 

 思えば、この選択を選ぶのに随分と時間をかけたものだ。

 

 女王が片手をあげ、宰相が叫ぶ。

 

「総員、傾聴!」

 

 かくて容赦なき覚醒の銅鑼が鳴り、心無い天使(トランペッター)の喇叭は耳元で鳴らされ、天秤は回答を導き出し、黙示録に新たな教義(ドグマ)が生まれた。あとは背負う覚悟のみ。死にたがる民の死と、命じた罪を背負う覚悟のみ。

 

 彼女は女王、彼女は竜王、戦死者の命を軽く背負えずして何が王か。たとえ地獄の蓋が開かれようと、今より酷い未来はない。働き盛りな成人男性を数万、数十万も失えば国力は大幅に低下するが、百万、数百万を失うに比べれば格安だ。

 

 死にたがりを救う術なし、付ける薬もなしと断じ、儲けものとばかりに魂を利用して戦争に終止符を打てばよい。

 

 女王の唇がゆっくりと開かれ、まくし立てるように叫んだ。

 

「我が名はドラウディロン・オーリウクルス、栄光ある竜王国の女王! 七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)の血を引く後継者、黒鱗の竜王(ブラックスケイル・ドラゴンロード)である! 竜王の名のもとに、竜王国は何者にも媚びぬ! 敵を前に決して引かぬ! 我らの戦争に魔導王の力などいらぬ!」

 

 女王が手を振ると、頬を伝う涙が空中に流れた。

 

「竜王国の諸君に告ぐ。敢えて言わせてもらうが、貴様ら全員、死にたがりの大馬鹿野郎どもだ!」

 

 静寂、だが視線は外れない。

 

「貴様ら馬鹿どもの死など、もはや振り返らぬ! 這いつくばる弱者どもよ、死に(たま)え! 一人でも多く殺し、一人でも多く殺されろ。未来の礎となるべく首を切られろ、腹を抉られろ、崩され叩かれ潰されろ。貴様ら馬鹿どもの死骸を踏み拉き、私が奴らを塵にしてくれる! そして……」

 

 女王は一瞬だけ俯き、すぐに顔を上げた。その顔は、家族の処刑を目の前にした少女に見思えた。泣き顔を隠そうともせず、涙を拭おうともせず、ありのままの顔を兵隊たちに見せつけた。

 

「そして……どんなに無様でもいいから……っ……1人でも多く、生き残ってくれ。頼む……頼む」

 

《雄ォォォオオオオオ!》

 

 掲げた幾万の(つるぎ)と、女王の体を揺さぶる兵士たちの怒号。

 

 すぐ隣で聞いていた宰相は拍手をし、らしくない声で叫んだ。

 

「素晴らしい。これぞ我らの王。我らの掲げる旗です!」

「私は……愚かな王だった」

「結構、初めから知性に期待はしておりません」

「……」

 

 本気で首を切ってやろうかと思った。

 

「だからこそ、いいのです。我らは神を崇める信仰者ではありません。踏み潰される我らの魂は、偽りの竜王と揶揄される女王を、天高く舞い上げる翼となりましょう。あなたは優しき女王、そして不完全な竜王! 捧げられた幾万の魂の翼で、今こそ羽ばたくのです。魔導王の手が届かぬほどの高みへ!」

 

 女王は何も言わずに剣を掲げた。既に手が届く場所まで迫っていた獣たちへ目がけ、女王の剣が突き出される。やがて緩慢な動作で掲げた手が降りていく。

 

 断頭台の刃は、思いのほかゆっくりと降りた。

 

「全軍、突撃せよ!」

 

《雄ォォォオオオオオ!》

 

 女王の剣に合わせ、人間たちは出鱈目に進軍した。目的は勝利ではなく、速やかな死だ。混沌と狂気が織りなす死の嵐に、隊列など必要ない。

 

 

 後に女王は、二度と繰り返してはならぬ地獄だったと述べた。

 

 

 死にたがりの(つわもの)どもと、泡沫の夢は羽ばたいて。

 

 咲かす徒花(あだばな)、修羅の果て。

 

 哀れ命は露と消え、(かばね)(むくろ)も野ざらしに。

 

 死が吹き荒れた戦域に、笑う屍、拾うもの無し。

 

 






次回、真・異形編完結

「弱者よ、壮絶であれ ―遥かな虹を越えて―」



次話は2月中に

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