タブラ・スマラグディナの退屈
―――目を閉じろ、それが心の闇だ
身辺整理は、辞表を出してから5分で終わった。籍を置いた年数に反し、驚くほど簡単に終わるものだと感心した。この机には、私の存在した痕跡は残っていない。
額の汗を拭って一息ついた直後、背後へ忍び寄っていた者が声を掛けた。
「あのぅ……辞めちゃうって聞いたんですけど」
子リスのような女が、あざとい上目遣いで言う情景が浮かぶ。残念ながら、現実世界でのイベントは締め切りが過ぎている。私は振り返りもせずに応えた。
「ええ、田舎へ帰るんです」
「田舎? スラム街ですか?」
「帰る場所があるって素晴らしいと思いませんか?」
いつもの軽口に、彼女が笑った様子はない。同様に、私の両眼も笑っていないが、彼女の知性ではそれに気付かない。
「もうっ、今ならまだ間に合いますよ!」
「結構です。次の予定はもう決まっていますので」
「教えてください」
「どうして?」
「う……じゃ、じゃあ、連絡ください! ずっと待ってます!」
小さなメモを無理矢理に握らせ、うら若き女性は顔を赤くして走り去った。
(好感度、推定60。年齢は20代前半、両親は既に他界、彼氏は今まで一人もいたことが無い。化粧を加味した顔面の幼さは処女、あるいはまともな男性経験が無い。恋愛へ憧れがある小娘……つまらない女だ)
人の容姿は雄弁に情報を与える。
渡されたメモを握り潰し、ゴミ箱へ放とうとしてから思いとどまる。二つ隣の席で私を睨んでいる青年へ、潰したメモをそっと投げた。
受け取ってから青年の目つきは更に険を増した。
「……そういう人を見透かしたようなところ、ずっと嫌いでした」
私は微笑んだ。
◆
良好な人間関係の構築は社会を生きる者の処世術であり、同時に退屈な生の暇潰しだ。思えば、今の会社には長く在籍したものだが、退社する私に何の感傷も無かった。これから訪れる未来に比べれば糞にも劣る。
手紙の情報が虚偽であり、私がこれから死のうとも、予定に変更はない。どうせ常世は修羅の国、世界へ混在するありとあらゆる生命体は、詰まるところ死ぬために生きている。
人生の最後に、笑いながら死ぬために生きている。
帰宅してすぐ、ヘッドギアを被った。ユグドラシルのアイコンをクリックして意識が闇に溶けた。
闇の中、体は動かない。あるいは動かすべき体など、既に存在しないのか。視界は良好。遠くから白いものが、徐々にこちらへ迫ってくる。
眼前にそびえ立つ銀色の門が、私を飲み込もうと迫った。事前に予想した様々な可能性の一つだ。ここまでは予測していたが、問題はこの先だ。先の読めない未来に、高揚感を覚えたのは久しぶりだ。
「~中略~ いあ! いあ! よぐ・そとおす! おさだごわあ!」
私が叫ぶと、門の動きが止まった。
やがて、玉虫色の球体が門の内側から
銀色の門の通じる先、先ほどまで闇だった場所から、明るい光が差し込んでいる。踏み出した足に躊躇いは無い。
門を潜れば、四畳半程度の小さな部屋だった。高級感のある紅茶の香りが充満している。室内を物珍し気に見渡していると、背後から声を掛けられた。
「誰だ!」
ゆっくり振り返ると、20代前半とおぼしき男性が、金髪の美女を二人、付き従えて立っていた。女性たちの美貌に反し、男性は典型的な
「もしかして……タブラさんか?」
いかにも、人間を辞めた私はタブラ・スマラグディナだ。
◆
首を刎ねられた
脳は膨大な
獣王メコン川へ自らの首を刎ねるように頼んだが、彼らしからぬ失策だった自覚はある。効率的であろうと安易な死を選ぶ性格ではない。知性に自信がある彼ならば、代替案を無数に作り出せた。
世界は圧倒的な悪意を以て、女王へ選択肢を突きつけた。逃避を許さず、無視もさせず、厄介も極まっていた。
常々、どこかの馬鹿が作り出した
建御雷の存在を確認してから王宮を離れ、メコン川に腕を食い千切られるまでの空白時間に、あっさりと謎は解けた。
小高い丘で翼を休めていた竜王は背後をとられて目を開く。接近に気付かなかったというより、幻が足元から湧き上がったようだった。はっきりしない、曖昧で不定形な気配。
竜王は頭を上げ、振り向かずに言った。
「君は誰だ。いつからそこにいた」
「
真っ暗な洞穴からドロリと溢れたような暗い声に、背筋が薄ら寒くなった。
「必要なことは全て知っている。幻想生物に許されるのは、ゆっくりとこちらを振り向くことだ」
指示された通りに振り返ると、人間が立っていた。蜃気楼のように背景が透けている。人差し指と中指を立てた手を眼前につき出された。
「選択肢は2つ、回答はそれぞれYES or NO。生き延びて私の手足となって働くか、死んで舞台から降りろ」
「貴様はプレイヤーだ」
「然り、そしてお前は箱庭の駒だ」
「高圧的に指示するだけで、他者が思い通りに動くと考えるのはプレイヤー……いや、人間に相応しき傲慢だ。圧倒的強者として振る舞うなら、演技の勉強もしておくべきだったな」
「こんな議論になると知っていたら、そうしただろう」
「舐めるなよ、人間風情が」
「無駄な会話は時間の浪費だ。私がこうしていられる時間は少ない」
その男と相対して、背筋が粟立った。目の前にいるのは幻、眼鏡をかけて涼しい顔をした男の蜃気楼。吹けば揺らぐし、払えば消えるだろう。なのに、これまで出会ったどんな存在よりも不気味だ。
(寒気……この私がプレイヤー相手に?)
一切の感情を悟らせない蜃気楼。無表情が故、顔を見てようやく畏れの正体に気付く。
「天地万物に絶望した者のみ所持を許される、底なしの悪意。如何にしてそれを所持するに至ったか、興味がないわけではない」
「ほう?」
「だが、時おり顔を覗かせるその悪意は、信用を著しく欠損させる。少なくとも私は、悪意ある存在に隷属しようとは思わん。私の言葉を理解する知性は、君の桃色の脳髄へ既に所持されているだろう。消え失せろ、人間が」
「話はまだ途中だ。勘違いしてほしくないが、これは
「な……に?」
自分でも驚くほど、表情が変わった。それを確認し、蜃気楼の男はグチャリと嫌らしく笑った。
「私の目的は――」
結果を鑑みれば、竜王の死まで含めたここまで、彼の描いた絵面通りに進められ、寸分の狂いもなかった。彼による
それでも、死を選んだ後悔はない。
やがて、魂は目的地へ着いたらしく、動きを止めた。
巨大な光の球体を、小さな光があちこちで出入りしている。見てはいけないものを見た時のような、独特の背徳感があった。それが何かを考察するよりも、神秘的な情景に思わず見惚れた。
背後から忍び寄ることを許してしまうほど。
「あら、また会えたわね」
しばらく、退屈せずに済みそうだった。
◆
「あ、まーた勝手にパソコン弄ってる。ちょっと、やめてくださいよ、タブラさん!」
亜空間にて馬鹿が叫ぶ。この場所へ居座ること1日半、これもまた見慣れた風景となりつつある。彼はせわしなく私の監視をしている。
渋々と自分の席へ戻った私に、男はブツブツと文句を言いながらデータベースをチェックしていた。とはいえ、数値だけで何が起きているか理解する知能はない。
「嫁二号さん、紅茶のお代わりをお願いします」
「ふえ!? あ……はい、わかりました」
緊張のあまり、油の切れたブリキ人形のような女性の背中を眺めた。ユグドラシルが元になった異世界だけある。特別な美人だったとしても、こんな美女がいる可能性のある世界というだけで素晴らしい。次元の狭間におわす管理者と二人の妻は、寒気がするほど微笑ましい夫婦だ。
「人の嫁を一号だの二号だのと……仮面ライダーじゃないんだから」
「黙れ馬鹿」
「くっ、なんて厄介な……アルベドの創造主だけある」
「ああ、彼女は上手く機能していたようで何よりだ。この物語を読む限り、随分と苦戦させられたようだな。精魂込めて作り上げた甲斐があったというものだ。よかったよかった」
「良くないわい。ぶっ殺されるところでしたが」
「あそこでアルベドを殺していたら、ここにはいなかっただろうな」
「うーん……どうでしょう」
「タブラ・スマラグディナ様、新しい紅茶をお入れいたしました」
そこで第二夫人が紅茶を持ってきてくれた。薔薇の花びらが泳ぐ演出と、気遣いが素晴らしい。手間の数に比例して時間は充実される。茶葉は不明だが、立ち昇る香りも芳醇だ。
馬鹿には勿体ない細君だ。
「いつもありがとう、素晴らしい腕だ」
「き、恐縮です」
彼女は私に接するとき、小動物並みに萎縮している。まるで、肉食動物の前に放り込まれたハムスターだ。事前に馬鹿野郎からどんな説明をされたか不明だが、魂だけの凡人に何を怯えているのやら。
頭の悪そうな青年が目の前に腰かけ、冷めた紅茶を啜った。
「さっさと異世界におりてもらえませんか。嫁も怖がってるし、何されるかわかったもんじゃない」
「私は人畜無害だ」
「アルベドの創造主サマが?」
「他に何に見える」
「悪意の塊に見えますが……」
「失礼な奴だな。こうして久方ぶりに再会したからには、会話を楽しんでくれても罰は当たらないだろう。死人に思い残すことが無いように話をしてくれるのが、人情というものではないだろうか」
「お断りッス。俺一人にタブラさんの相手は荷が重いんで」
「なら、お前も舞台に降りろ」
彼の動きが止まった。
聞くまでもなく、解答は予想できる、説得に意味はない。愚者はどれほどの利益があろうと、自分の意見を曲げない。損得勘定で動くのは愚者に
「お断りします」
彼は再会してから一貫し、予想の範疇を出ない。
「少年よ、逸脱者であれ」
「なんスか…急に」
「持論だよ。人並みの趣味嗜好、いわゆる常識人や凡人が成し得る功績など、たかが知れている。道を踏み外した者や倫理なき悪党、誰にも理解されない愚か者こそ、その行動力で世界を進化させてきた。アドルフ・ヒトラーなくして技術の進歩が存在しなかったように」
「はぁ……」
「立派な逸脱者になったな、自称世界の管理者」
「どうも……」
「メコン川の言葉を借りるなら、オナニー野郎が」
「……チッ」
照れくさそうに頭を掻いていた手が止まり、忌々しそうに舌打ちをした。
これは、次なる苦難の世界へ船出しようとする彼らと、最後に会話を楽しもうという情けだ。だから今は、不毛な会話を楽しむのだ。最後の別れが近いとなれば、内容の無い殺伐とした会話も感慨深い。そう言ってしまえば、彼は私を追い出そうとしなくなるだろう。
それではつまらない。
(存外……私にも人間らしさがこんなに残されていたか)
嬉しい反面、寂しくもある。
「おかげさまで竜王国問題も解決しましたしぃ、そろそろ舞台へ上がってくれませんかね……」
「どうしても異世界に降りるのを拒否するなら、私にも考えがあるぞ」
「そんなワガママな……考えって、何する気ッスか。なんか怖いんですけど……」
「決まっているだろう」
私は小さく深呼吸をして、勿体つけてから言った。
「モモンガさんを殺すのさ」
目の前にいる若者は化け物になった。
目を見開いた彼の体から影が溢れ、青年をすっぽりと包んだ。蠢く影は徐々に形を成し、一匹の大蛇の姿となる。黒い舌を垂れ、大口を開き、私を上から睨んでいる。
「やれるものならやってみろ。あんたはここで殺してやる」
声に込められるのは異形の感情。全身を射抜くような殺気。冷や汗を流しながら、私はこの状況を楽しんでいた。
思わず微笑んだ。
「アルベドのようにか?」
「……」
「そう、アルベドのように、仕留め切ることはできない。人間くさい半端な優しさは、いまさら捨てられない」
彼は残酷な選択肢を選べない。残酷な未来を選ぶのはいつだって、運命という
「もし、私が奥方たちを殺したら、君はどうする? 舞台に降りてくれるかな?」
再び、体から黒い影が溢れた。今や黒い影は、部屋中を覆い尽くさんばかりに溢れている。黒い部屋の中心で、黒い大蛇が私を飲み込もうと口を開いている。
「ダメ! ヤ……」
「止まって、ヤ……」
止めようと伸ばされた奥方たちの白くて華奢な手でさえ、影に飲み込まれてしまった。
「ぶち殺すぞ! 人間がぁ!」
今でも奴は、蛇であるようだ。
「人間が……か」
「できないと思うのか!」
「できないね、お前にかつての仲間は殺せない」
だからこうして、脅迫で意見を変えさせようとしている。殺すのなら相手の意見など聞きはしない。それを肯定するかのように、私の頭上で開かれた口は動こうとしない。とはいえ、ぶちのめすことはできるようなので、私はこの辺で挑発を引き下げた。
「迂闊な挑発に乗るは精神の幼さを露呈させ、弱みを証明する。自身の
その言葉で影は消え、異次元の優雅なティータイムが帰ってきた。しょぼくれて俯く青年は、慌てて駆け寄った二人の女性に首を締めあげられた。
「この馬鹿!」
「いい加減、成長しなさいよ!」
「グェェ……ぐるじいぃぃ」
金髪の美女は、下手をしたら私よりも強いのではないだろうか。今の私は
「二人とも、その辺で勘弁してやってくれないか。会話を楽しむ余裕はいつだって必要だ」
「……タブラ様がそうおっしゃるなら」
「申し訳ございません……」
「ふぅ……助かったぁ」
解放された青年は派手に咳き込み、喉を優しくさすっている。
「勘違いをしているようなので教えるが、君の存在がギルドのメンバーに知られるだけで、ギルドAOGは崩壊する。他のメンバーもさることながら、モモンガさんは決して自分自身を許さないだろう」
「うぅ……」
「私が絶大なる悪意を以て、この事実をメンバーに告げない保証はない。いくらでも、お前が降臨して修正しなければならない状況など作り出せる。その時になって、君はどうする?」
「行きませんよ」
意見に迷いは見られない。41人が集結する未来のため、42人目を犠牲にする事実は確定事項らしい。
私がこの地を去るには頃合いだ。まだまだ、話したいことは山ほどあるが、足りないくらいでちょうど良い。人間は満足すると、欲望を肥大させる。このままでは本気で試したくなってしまう。
奥方たちの殺害を。
「さて……約束通り、問題児の三名は私に任せてもらう。モモンガさんが退屈しないよう、他のメンバーを片っ端から異世界へ放り込め。聖王国へ目を向けさせるな。たっち・みーとウルベルトさんの確執は、あの国の崩壊を以て解決されるべきだ」
「聖王国をどうするんスか?」
「歴史から抹消する」
「うへぁ……」
「悪意ある人間が仕掛ける
彼はそっぽを向いて、何も聞こえませんという態度を貫いていた。
「やれやれ……私もそろそろ、
私はPCの前へと移動し、あらかじめ入力して保存しておいた数式を打ち込み、エンターキーを叩いた。足元からゆっくりと、光の粒子となって消えていく。私は振り向き、世界の管理者を眺めた。
「いつまでも、何年、何十年、何百年だろうと、そこで見ているがいい。何があろうと目を離すな、それが管理者の義務だ。そして、いつでも舞台へ上がって来い。私は……忘れない」
「……ん」
「私は、君が嫌いではなかったよ」
「ありがとう……タブラさん」
女性たちが深々とお辞儀をして見送ってくれた。体が掻き消える直前、私が最後に見たのは悲しそうな表情の青年だった。
四畳半程度の世界は消失した。
目を閉じると、闇が見えた。
◆
「我らは、一足先に堕天した。最強の二人も、そう時間をかけずに落ちてくるだろう。人間を辞めた感想はいかがかね」
蛇の一件は説明していないが、質問されて彼の顔はひん曲がった。口を尖らせ、私を責めるように言った。
「確認したいことがある、嘘偽りなく答えてほしい」
「いいとも」
「たっち・みーさんの嫁さんと子供は、なぜ死んだ?」
敢えて答えず、私は微笑んだ。
「おかしいだろう。企業側の人間はアーコロジーに守られ、テロリストは侵入すらできない。たっちさんは現実で幸せになれるはずだったのに、ピンポイントで企業側の二人が死んだから、たっちさんもこの世界に来る?」
「納得できないか」
「ああ、出来ないね。生憎と俺は、物分かりが悪いんだ」
「ふふ……この世にあり得ないことなど存在しない。ただ、確率が低いだけのことだ」
「悪いが禅問答は余所を当たれ。今、俺が聞いているのは、たった一つの真実だ」
「あれは……そう、悲しい事故だった。例えば、換気システムがエラーを起こし、汚染された大気が流れ込むことだってあり得る。女子供など、体力のないものから先に力尽きるだろう」
悲しい出来事を振り返っているような演技をしているが、なんの結論も出さない私に、彼はますます苛立った。
「……答えるつもりが無いようだが、それは肯定と判断していいのか」
「本来ならば、たっちさんの家族をまとめて招く手はずだった。既に死んでいるのだから、こればかりはどうにもならない。いつだって、現実は無慈悲なものだ。失われた命は取り返しがつかない。無情の理、宇宙の真理、無慈悲な
彼の顔から色濃く浮き出ているのは不信感だ。
「やはり……あんただな」
「目は雄弁に語るものだな、るし★ふぁー」
るし★ふぁーは私を見た。楽し気に嗤う私を見た。触手を蠢かし、体をへし折り、全身で嗤う私を無言で責めていた。
「逆に聞かせてほしいのだが、
堕天使は何も言わない。
そう、彼は何も言えない。現実世界で官僚の地位まで上り詰めておきながら、ギルドAOGの問題児として生きるべく、人間を辞めて異世界へ飛んだ彼が、どんな顔で倫理を押し付けるのか。
「激怒した俺が、あんたを殺すことだってあり得るんだぜ」
「勿論、それも承知の上だ。私と君が殺し合えば、互いに無事では済まないがね」
「……だろうな」
「倫理観など、足かせにしかなるまい。どうせ遅かれ早かれ人は死ぬ。元より幸せになれない宿命。ならば舞台を変え、新たな幸せを掴み取る機会を与えてやるのが、人間らしい慈悲というものではないだろうか。優しい世界とは、押しつけがましい平和な世界であるべきだ、そうだろう?」
「あんた……いつからそんなにやべぇ奴になった」
「人間を辞めたプレイヤーがまともであるはずがない。41人の全員がなべて等しく、名実ともに化け物なのだ」
「元は人間だろうが」
「その感性こそ信じられないよ、私は。人間から倫理と法が取っ払われたのなら、それは真に化物だ」
ここで反応が無いのは想定の範囲内だ。私は彼をフォローするかのように、反証を離し始めた。
「もっとも、堕天使殿の言う通り、私たちは所詮、人間上がりの異形種だ。41人の全員で異世界を遊びたいという理想。それこそが、箱の底へ最後に残されたエルピスとなるだろう。人間性を失わずにいられる最後の障壁。少なくとも、君は確実にそう思っている」
「まぁ……そうだな」
「なら、現実世界のことなどもう忘れよう。私たちが成すべきことは、正義と悪を完全和解へと導く舞台を作り上げるべきだ」
「……」
納得をしたようには見えないが、反論は出てこないだろう。私が指揮者のように両手を振ると、晴天に暗雲が渦を巻き、雷鳴轟く曇天が現れた。草原に、冷たい豪雨が降り注ぐ。
「Under the name of DARKNESS! 我が名は暗黒、ギルドAOGの邪悪、タブラ・スマラグディナだ!」
豪雨の最中、私は陽気に踊った。
「悪道よ、覚醒せよ! 眠れる正義を呼び覚ませ! 正義が幻想でないのなら証明して見せろ。地獄の釜の底で共に手を取り、邪悪へ堕ちた我がこの身を打ち砕け!」
己が獄道を白日の下へ晒し、邪悪なりしものが嗤う。
雨にその身を打ち付けられながら、体をへし折って笑う。地獄の底から浮かび上がる悪意の塊が、止まることなく笑い続ける。
視界の端で、盗賊らしき者に追い立てられる豪華な装飾の馬車が見えた。向かう先は聖王国だろう。私の引いたレール通り、貴族か商人が乗っているはずだ。
「さあ、始めよう。正義と悪が降臨する舞台作りを。まずは、情報収集といこうか」
歩き出した私を冷めた目で眺め、るし★ふぁーが呟いた。
「……気に入らねえ」
私は微笑み、黙殺した。
彼の内心も含め、これから退屈せずに済みそうだ。
数時間後、聖王国を長年にわたって守護してきた防壁が破壊された。
これで、蛇は本当に、二度と出ません
( ´Д`)y─┛~~