薔薇と蛇の招待状   作:用具 操十雄

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 全てにおいて蛇の上位互換。蛇が三軍に対し、彼は一軍(エース)級。

 一部、不適切な表現、並びに猟奇的な残酷描写があります。この話を読まなくても、なんとなく繋がります。読んでからの苦情は一切受け付けません。酷いものが好きでないなら、絶対に読むべきではありません。




裏道に立つ獣の即断、人の迷い

 

 

◆※共通(読み飛ばし可)

 

 

 例えば、現代社会において食人鬼が出現したのなら、末路は安楽からほど遠い悲惨な死だろう。異物に排他的な社会は、人食いに生きる権利を与えない。これに関しては議論の余地がない。

 

 ならば、食人種が犬や猫並に、あるいはそれよりも当たり前に種が確立された社会、弱肉強食の世界(ファンタジー)ならどうだろうか。

 

 人間の優位性が保証されない世界に生まれたのなら、生きるために戦うしかない。食人種の視点でみれば、やはり生きるために戦い、喰らうしかない。

 

 どちらに生まれようと、戦い続けるしかない。

 

 しかし、その根本は現実と変わらない。弱者は常に犠牲・供物にされ、強者は積み重なった屍の山の上に拳を振りかざして正義を叫ぶ。自分の敵は誰か、現代社会という複雑なシステムの中で難解かつ回りくどい手法で覆い隠されているだけだ。異世界だからこそ、この問題を考えるというのは、思考放棄して生きてきた証明に他ならない。

 

 何人であろうと、戦いの宿命から逃れることはできない。

 

 ()は現実の残虐性を理解した上で、異世界へ飛び込むのだ。

 

 他者を圧倒する強さを携えた、本物の化け物として。

 

 

◆※裏

 

 

 生まれつき、加虐的行為に悦楽を感じる人間がいる。そう言った手合いは、先天性、後天性に関わらず、倫理の柵が低い。私は偶然、そのように生まれてしまった。

 

 怪物へ転生する機会を得て、私は迷わなかった。躊躇いさえ見られない自身の心の形が、薄ら寒く感じるほどに。

 

 息苦しい現実という戦場から逃げ出した先で、優しくも暖かい世界が待っているとは思わない。どんな場所で生まれても、それなりに辛いことはある。破壊と殺戮は人間の根幹で、歴史が証明している。人間は、理由さえあればいくらでも残酷になれる。

 

 命の価値が軽い世界、倫理基準の低さ、それは私のような不適合者にとって、楽園のような場所だ。世知辛い弱肉強食の摂理に支配された世界は、絶大な魅力を以て私を惹きつける。

 

 様々なドラマを得て出会った相手の人生を、虫を潰すかのように狩り取るのは残酷で無惨で胸糞の悪い行為だ。同時に、甘美なものを感じずにはいられない。

 

 他者の苦痛は我が愉悦なり。顔をぐしゃぐしゃにして地を舐める敗者の姿を思い浮かべると、背筋をゾクゾクした悪寒が走り、口角が歪んでいく。

 

 一切の躊躇なく、私はユグドラシルのアイコンを押した。

 

 きっと、私の顔は歪んでいたのだ。

 

 意識が明瞭でありながら一面の闇、こちらへ迫る銀の門を潜って辿り着いたのは、光の世界。

 

 いつしか目が眩む光は集束し、見渡す限りの草原に立っていた。体毛で覆われた体に新鮮な空気が浸透し、意識を驚くほど覚醒させた。深呼吸をして辺りを見渡せば、汚染されていない美しい空気は遥か遠くまで見通せる。

 

 ぼんやりしていた私の眼前へ、巨大な光が落ちた。

 

 草原に穴が空くほどの衝撃後、一塊の光が消えてから巨体が姿を現す。その姿には見覚えがある。鎧こそ纏っていないが、彼は武人(サムライ)、かつてのギルドの仲間だ。

 

 そこまではわかる。

 

 朧げな彼の名前を浮かべてから、自らが抱える大問題に気が付いた。

 

(………私は、誰だ?)

 

 数年前に引退して以来、思い出すことすらなかったゲーム。当然、名乗っていたハンドルネームなど忘れていた。手紙には書いてあったように記憶しているが、若かりし日々の思い出は懐郷よりも羞恥が勝る。局所的(ピンポイント)に読み飛ばすのは当然だった。

 

「グルルルル」

 

 飢えた野獣(プレデター)のように喉が鳴った。

 

「誰かいるのか?」

 

 透明化してから茂みに飛び込み、呼びかけをやり過ごした。今や、互いに人外の化け物だ。敵と判断されて殺されるのは最悪な展開だ。私たちは互いに一軍だ。丸腰の彼なら勝算はあるにせよ、こちらも無事では済まない。

 

 幸い、彼の知能はさほど高くないらしく、こちらを一瞥しただけで納得してくれた。出会い頭に殺し合わずに済んで安心した。

 

 人は自分なりの解釈で不安に折り合いをつけると、迂闊な行動をとる。彼の頭の中には油断が居座り、透明化した怪物がすぐ背後にいるなど考え及ばぬようだ。名を思い出すまでの余興と思い、尾行を始めた。

 

 一度、機を逃すとどうしたらいいかわからなくなるものだ。

 

 デカブツは竜王国の首都入口で騒ぎを起こし、狭い馬車へ押し込められて宮廷へ運搬されていた。

 

 サムライだけで満員御礼(ギチギチ)になった馬車の上、胡坐をかいて脳をスパークさせたが、名前以外にも様々なものが思い出せない。私が作ったNPC、彼女を作ったとき、寝る間も惜しんで入れ上げたものだが、名前はおろか姿さえも曖昧だ。

 

(ギルド名は……アインツ……ツアール……ロイガー? NPC……種族は、狼? いや、山猫か?)

 

 記憶の書庫は枯れ果てて、取っ掛かりとなるべき心の凹凸も擦り切れたレコード並みに平らだ。

 

(困った……さっぱりわからない)

 

 目を閉じようとした視界の片隅、何かが虹色に煌めいた。

 

 

 

 

 景色に見惚れるのは、転移した者の通過儀礼だ。

 

 夜の空気は澄み渡り、吹き付ける風が心地よい。汚染されていない大気は夜になっても見通しがよく、満天の星空を照明に遠くまで鮮明に見える。この世界に来た全員が今の私と同じことを考えるだろう。

 

 自然愛好家などは、身に余る感動で失禁・脱糞してしまうだろう。そこまでは酷くはないだろうが、いっそ面白いからそうなってほしい。それを発見し、手を叩いて笑い転げる自分を想像すると、口角が吊り上がった。

 

 ここは竜王国の宮廷、とある部屋の屋根の上。タケミカズチが大の字で寝そべる客間の上だ。室内の動向にそれとなく注意を払い、縁に腰かけて足をプラプラと揺らした。

 

 それにしても、武人と餡ころの会話は笑いを堪えるのが大変だった。でかい図体に豪胆な雰囲気の武人が、二人の女性に追い詰められるのは見ものだった。あれでは狩人に追われる野狐だ。姿を隠していたおかげで良い物が見られた。

 

 一応、小さな収穫もあった。自分はこの世界における強者、それも比肩すべき者なき上位者だ。

 

 それを知った今、竜王国の煌びやかな夜景もガラス細工に思えてくる。美しさと脆さは表裏一体。簡単に壊れてしまうから美しさが際立つ。だからこそ、簡単に壊してみたくなる。

 

 右手を広げて手のひらの上に夜景を乗せた。尖った犬歯をギリギリと噛み合わせながら、そっと力を込めて拳を握る。

 

 都市で暮らす数百万、数千万人間たちの阿鼻叫喚となった滅びの声が、拳の中から聞こえてくるようだ。

 

「あー……思いっきりぶっ壊してみたいなぁ」

 

 いっそ、超位魔法でも叩きこんだ日には、どれほどの快感が得られるだろうか。街の明かりの一つ一つに人生(ドラマ)があり、家族や恋人、友人などがいる。それらを一瞬で滅ぼすのは惨たらしく残虐非道な行為だ。

 

 餡ころ女史も、デカブツも、私をこの世界へ呼んだ何者かも、決して許さない。彼らがどんな顔をするのか想像しただけで、私の口角が限界まで吊り上がる。背筋を悪寒が走り、自らを抱いて快感に酔いしれた。

 

 どの程度なら殺しても許されるかと算段を始めた頃、足元から男女の喧騒が聞こえた。

 

 屋根に寝そべり、縁から頭を下ろして伺うと、デカブツと女王が至近距離で見つめ合っていた。しっとりした雰囲気は濡れ場が始まる直前だ。乱入してぶっ壊そうかと迷ったが、デカブツの女性体験を判断する絶好の機会なので、私は(けん)に回った。

 

「……うっさいなぁ。さっさと抱けばいいものを」

 

 大きい方の女王は唇を尖らして俯く。

 

 まったくその通りだと、屋根の上から同意した。女が股を開くなら、男はさっさと突っ込めばいい。その美しい顔で心を揺らされない男はそういない。傍観している私でさえ、その顔を苦痛で歪ませてみたいと思っている。

 

 私の口が愉悦で歪み、噛み合わせた犬歯がギリリと音を出した。

 

(そのでかいイチモツで蜘蛛の巣が張った膜を貫け! いけ、武人喪女殺し!)

 

 往々にして現実は味気なく、期待外れだ。デカブツは窓を開いて誤魔化すという、考えられ得る限りの中で最も凡庸な行動をとった。真下の窓が開かれたもので慌てて頭を引っ込めたが目が合っていた。それ以上に捜索する様子も見られなず、濡れ場らしい雰囲気も消し飛んでいる。

 

 どうやらこの場で女王を抱くような胆力は持ち合わせてないようだ。豪胆を常とする理想の(サムライ)とは遠すぎる。

 

(萎えるわ……でかい図体してタマついてんのか。童貞決定だな、これは……ツマンネー)

 

 童貞とは失って初めて、価値が無いと知る。女性経験のない人間に許された、一つの負の称号だ。簡単に女へ手を出さぬ行為は、かえって女性の気持ちを踏みにじる。女に恥をかかせた彼は、据え膳を食わぬ男の恥さらしだ。一度でも女を抱いた人間は、セックスなど大した問題ではないと知っている。

 

「馬鹿馬鹿しい……チェリー野郎が」

 

 私は屋根に寝転がって星を見上げた。

 

 他にすることも思いつかないので、当面は青臭く、生温く、甘ったるくもヘタレな武人(おもちゃ)で遊ぶと決めた。

 

 昼間、竜王国は食人種と戦争をするような話をしていた。選ぶべきは、武人の邪魔をする側に立つことだ。

 

 戦争するなら、開幕と同時にデカブツを仕留めるのが面白そうだ。十中八九、彼は人間側だろう。戦力の要となるべきデカブツがいきなり地に伏したら、目撃したもの全員が絶望するに違いない。あるいは、もっと効果的な策を模索するべきか。

 

 彼の目の前で女王をぼろ雑巾になるまで痛めつけてから惨殺する。

 敵へ動き出した瞬間、横やりから思い切り殴りつける。

 勝利を確信した直後に、背中から不意打ちを仕掛ける。

 彼の仲間、あるいは部下を、不在時を狙って皆殺しにする。

 新たにできた人間の仲間を、動けぬ彼の前でバラバラに解体する。

 

 彼に不意打ちを仕掛けて動きを止め、ゆっくり時間をかけて皆殺しにするのはどうだろう。餡ころと、獣側のプレイヤーの嘆き悲しむ姿まで見ることができる。

 

 いや、単に殺すのではなく、食べるのはどうだろうか。

 

 堕天使がいれば、きっと私の思いつかない奇抜な案を出してくれた。

 

 楽しい妄想を星空へ浮かべている内に、眠気が襲ってきた。

 

 

 

 

 屋根の上で寝たはずが、目を覚ますと顔面が地面にめり込んでいた。畑の主に無視されて成長し過ぎた大根のような頭部を引き抜くと、地面に私の顔面が刻印(スタンプ)されていた。よく窒息しなかったものだ。

 

 見上げると、ここは寝そべっていた屋根の真下らしい。寝返りを打って落っこちたようだが外傷はなく、落下してもダメージを受けないようだ。

 

 寝起きで頭が働かず、胡坐をかいてぼんやりしていると、付近の窓から餡ころと女王の声が聞こえた。

 

「逃げたぁ? ……チッ、あのクソ童貞め」

「私は……魅力がないのか?」

「バカね、童貞なんてそんなもんよ。自信持ちなって、ドラちゃんは私よりも美人で可愛いから」

「本当か……?」

「本当よ。もし失礼なこと言ったら、私が八つ裂きにしてあげるからね!」

「八つ裂……やり過ぎだ」

「そのおっぱいはある種の凶器よ。禁断の果実って奴? あ、淫乱の果実かな。ちょっと揉ませてよ」

「朝っぱらから触るな。それより、今日はどうすんじゃい」

「丸腰のお侍さんに武器を買ってあげるの。ついでに欲望に火をつけておくわ。ムラムラしたムッツリ助平(すけべ)にまた夜這いしなよ。欲求不満なら手を出してくるって」

「その……初めてはやはり痛いのか?」

「すっごい痛い! 体が内側から裂けるみたいな」

「………脅かすな」

「なによ、愛する国民と国家のためでしょ。痛いだけなら我慢しなさい。今となっちゃ、アダマンタイト級ロリコンもいないし、タケちゃんの方がいい男よ」

「……私さえ始原の魔法(ワイルド・マジック)を使っていれば」

「今さら、それを言っても始まらないじゃない。もう犠牲者が出てるんだから」

 

 隠し玉を持っているような女王の言葉が気になった。

 

 それにしても懲りない二人だ。ヘタレ童貞を国家へ縛り付け、守護の象徴に据え置きたい、打算的であざとい魂胆が透けている。こんな手に引っかかるのは童貞くらいだが、策が露呈したときに夢見がちのチェリー侍は失望するだろう。

 

 私はあくびをしながら立ち上がった。

 

 人目を忍びながら、武器屋へ向かってイチャコラする馬鹿(プレイヤー)どもを見届け、散策へ向かった。

 

 城壁をよじ登り、平均台よろしく両手を伸ばして高い城壁を歩く。私を階下へ落下させようと強風が吹き、体毛がそよぐ。何気なく草原に向き直った視界の片隅、何か白いものが動いている。

 

 人外との邂逅を期待して飛び降りた。死なないと分かっていても落下距離が長く、股間が縮こまる思いだった。着地は満点、私の両脚は草原に円形の落下痕を作り、そこを中心に衝撃波が広がって草をそよそよと鳴かせた。

 

 空から落ちてきた私を見て動きを止めたそれは、白髪の男を引き摺る白い虎だった。

 

 メス豚(ビッチ)どもの噂に聞く、最果ての村を破壊したビーストマンの一派だろう。戦争に備えて敵地偵察とは感心だ。それにしても、毛並みが悪い。あちこちが剥げており、場所によっては変色している。くたびれた老描に見えた。

 

「どーも」

 

 気さくに声を掛けたつもりだが、体が数センチ浮き上がるほど体を強張らせ、酸欠気味の金魚のように口をパクパクと開閉した。

 

「怯えなくてもいいんスよ、御老人」

 

 質の悪い白の毛並みが、足先から頭頂までウェーブのように逆立つのが見えた。掴んでいた人間を放り投げ、白髪の男性がごろごろと転がっていった。

 

「お前! はぐれたビーストマンけ!?」

「いいえ、異世界からの来訪者ですが、ナニカ?」

「ブルーと同じだ!」

「誰?」

「お前はブルーを知ってっか?」

「シラネ」

 

 私が質問に答える前提で聞かれても困る。素っ気ない態度を気にすることなく、私と出会ったことがとても嬉しかったらしく、こちらが黙っているのをいいことにあれやこれやと教えてくれた。

 

 自然愛好家ブルー・プラネットは、精神の均衡が振り切って獣人側に立った。餡ころと武人チェリー侍が人間側で、ブルー・プラネットと敵対。それなら私は、獣側に立つべきだ。それでこそ力が拮抗する。竜王国の周辺に四人のプレイヤーが降臨したのは、戦力を拮抗させるためだろう。

 

 ――と、考えるのは、無個性な愚者のすることだ。

 

(んなわきゃねぇだろう)

 

 私は老描に声を掛けた。

 

「じいさん」

「俺、まだ子供」

「うっそぉ?」

 

 言われてみれば、毛並みはぼろ雑巾と見紛うほどだが、顔つきは幼く感じる。共食いという行為はこんなにも種を摩耗させるものなのか。

 

「あー、その……ブルー・プラネットさんは人間を食べた?」

「……食べてない。吐き出した」

「ふーん。じゃあ、彼は人間側よねぇ?」

「違う、ブルーは俺たちの仲間」

「仲間ぁ?」

 

 きっと私の口は、酷く歪んでいたのだ。

 

「人間を食べてない、元人間の異形種が? 同じ釜の飯を食えなかったのに、ビーストマン側にいながら人間を食えないような奴が? それでもビーストマン側ッスかぁー! へぇぇ?」

「殺された仲間のために泣いてくれた。俺たちを守ると言った」

「おい、おい、ハゲ散らかした馬鹿猫ちゃん」

 

 彼の首に手を回して絡みつき、鼻先へ向けてため息を放った。

 

「ブルー・プラネットさんは元人間。そんなのを仲間にしても本当にいいんスか? もしかしたら人間に情が湧いて裏切るかもしれないッスよ」

「俺たちの……仲間」

 

 白猫の、付け焼刃の自信が揺らいでいた。

 

「人間だって、どうせ元もと猿だよ。猿のペットに成り下がって恥ずかしくない?」

「俺たちは……誇り高きビーストマン」

「はっ! 誇りぃ? どこが誇り高い?」

 

 私は小馬鹿にするように口を歪め、周囲を見渡した。私が小馬鹿にして会話が滞るたび、眉間のシワが深くなるのが面白かった。

 

「ブルーの力を借りて最後の戦いを――」

「おー、おー、そりゃ立派ッスねぇ! 泣けるじゃないスかぁ。元人間の力を借りて人間相手に戦う他力本願な自称誇り高き獣。部外者であるプレイヤーとビーストマンを繋ぐのは、上っ面だけのやっすい絆!」

 

 怒り数値を計測する針が振り切って、今にも飛び掛からんとするボロ猫は、歯を剥き出しにして唸っていた。私はそいつの怒りを無視し、頭を抑えつけて力を込めた。

 

「うっせーんだよ、バーカ」

 

 彼からすれば抗えぬほどの強力な圧力で、ボロ猫はあっさり膝をついた。

 

「人間を食べられないような猿が、興味本位で首を突っ込んでるだけだろう。人間が可哀想と考えて獣を裏切る可能性がある。おまけに、相手は同じようなプレイヤーが二人で、勝算は低い。結果的に獣が全滅したとしても、何とかなるのかなぁ?」

「……」

「いいや、きっと何とかなるさ! だって、ビーストマンと糞プレイヤーの間にはやっすい絆があるから!」

 

 ギリリと歯が食いしばる音が聞こえた。

 

「他に方法が――「死ねば?」」

 

 言いかけた言葉を食い千切って被せたと同時、獣は地に臥せた。そこで私は手を離して立ち上がった。そのまま放っておこうかと思ったが、存外、彼はすぐに立ち上がった。痛めた手を抑え、私を鋭く睨みながら叫んだ。

 

「ビーストマンは人間を殺し、食べる種族だ! 同じ大地に生まれながら、人と獣は殺し合う。同じ大地に生まれた命は、互いの命を奪い合わなければならない。だから獣の国は、滅びの王に壊された」

「滅びの王……ねぇ」

 

 私は真剣にこちらを見つめる白猫を見ようとしなかった。

 

「獣はこの世界にいらないのだと思い、親を、親の兄弟を、仲間の親を食って生きていると、ブルーが現れた。最後に戦う機会が、世界から与えられた!」

「違う、違う! 全っ然わかってないんだよなあ」

「何がだ!」

「あのね――」

 

 ブルー・プラネット、餡ころは、ビーストマン側と、人間側に別れている。しかし、二人の目的は寸分と狂わずに一致している。

 

 戦争ではなく、種族の補完だ。

 

 虫唾が走ることに彼らプレイヤーは、最初から今までずっと、上から目線の同情の域を脱していない。何様のつもりで、奇跡的に訪れた幻想世界の、現地生物の種を補完するなどと考えられるのか神経を疑う。

 

 いかにも異世界の転生者が犯しがちな、反吐が出る庶民的愚行、蛆虫のごとき偽善。現実では取るに足らない歯車風情が、指導者を騙るとは思い上がりも甚だしい。

 

 だが、得てして綺麗事とは耳当たりが良く、一見して正しいように思える。餡ころもブルー・プラネットも、一般的な倫理観を持つものが聞けば、どちらも正しいような気になる。

 

 種族の補完、弱者の保護、つまるところ倫理と正義。

 

 いつだってこれらは、仮面を被った悪魔のように人を誘惑する。

 

 いっそ竜王国もビーストマンも、皆殺しにしてしまえばすっきりする。再出発にはうってつけだが、凡人は皆殺しにしてすっきりするという冷酷非道な選択を選べない。

 

 いっそのこと全員、死んでしまえばいいのに。

 

 そう思う私はきっと、笑っていたのだ。

 

「わかったか、ボンクラ」

「俺たちは……子供だ」

「だから?」

「大人の命を糧にして、今日まで必死で生きてきた」

「だから?」

「みんな……親を食べて……死ぬ気で生きてきたんだ」

「だぁかぁらぁ?」

「ブルーがいないと生きていけないんだ」

「だから何だよ!」

 

 全力で怒鳴った私が拳を握ると、手の甲から刺身包丁に酷似した三本の爪が生えた。

 

 彼の喉へ爪を付きつけ、声のトーンを落として言う。

 

「ケダモノ風情が誇りを語るな。誇りとは、子々孫々へ何も恥じることはないと、自分の意地を張り通すもの。戦って絶滅しても誇りが守れるならそれでいいと、なぜ命を賭けて戦わない」

「……」

「誇りが聞いて呆れる。獣のガキどもは全員、楽な方、楽な方に流れるだけだ。穢らわしい誇りのままで、生きてて恥ずかしくないのか」

 

 ぼろ猫の頭を鷲掴みに、死なない程度、羽虫をそっと優しく捕まえる程度の力を込めただけで、頭蓋がギリギリと音を出した。地面に叩きつけようとしたが、猫は私の手を掴んで食い下がった。負け犬のボロ猫にしては大した度胸だ。

 

 腕にぶら下がった白いぼろ雑巾は、牙を剥いて吠えた。

 

「お前はぁ! お前は人間を食ったか! ブルーは俺たちと同じ食事を取ろうとしてくれた! 元人間なのに共食いをしようとしてくれた! 仲間になろうとしてくれた!」

「へー」

「お前はブルーと同じ癖に、偉そうに何だ!」

 

 敢えて何も言い返さず、私は手を離した。そのまま倒れる白猫を見ず、私は彼方へ顔を向けた。彼の言葉に胸を打たれたと、そんな高尚なものではない。

 

 私は思い出したのだ、空腹を。

 

「ああ……腹が、減ったなぁ」

 

 子供であろうと命の保証がない、弱肉強食の狂った世界。順応するなら、人は壊れなければならない。壊れてこそ初めて、空想(ファンタジー)の世界へ降り立ったと言える。

 

 放り投げられて、草原を転がされ、のろのろと立ち上がって恨みがましい視線を向けている白髪の人間。力の差は歴然で、彼に出来るのは精々が睨みつけることだ。私たちの視線に気づき、男は唾を吐きながら叫んだ。

 

「汚らわしい獣ども、お前らは共食いして滅びてしまえ。いつか必ず、神の裁きが下る! 魔導――」

 

 言い終わるより早く、私は草原を駆けだした。

 

 草原の空間を切り裂かんとする爪の一線が走り、刹那に掻き消えた。驚くほど素早く、彼の首を掻っ切った。手の甲から飛び出す三本爪が、柔らかい首に埋め込まれてから、薙ぎ払って首を刎ねる刹那のコマまで、見落とすことなく惨殺できた。

 

 私は私の殺意を以て、哀れな餌を殺害したが、さしたる感傷は得られなかった。

 

 やや遅れて、数メートル先へ重量感のある落下音。獲物の生首が落ちた。血をまき散らす胴体の切断面から、噴火中の火山並みに鮮血が吹き出し、私の毛並みを赤く染めた。そっと指で救って舐めとれば、鉄錆の味が口内に広がった。

 

 切断された頭部は両眼をきょろきょろと動かし、唇をしばらく動かしていた。ゆっくりと歩み寄ってから両手で持ち上げると止まった。瞳孔から光が失われて、両眼に移された私の顔が闇に溶けていくのが見えた。

 

 首の切り口は瑞々しい薔薇の花のようで、肉の色が食欲をそそる。手に持った頭部は瑞々しい南国の果実を思わせ、腹部から胃の収縮音が鳴り響いた。思い返せば、この世界に来てから何も口にしていない。

 

 飢えた(ケダモノ)の前に差し出された人間の生首。次にとる行動は決まっている。

 

 口を開くと、涎の糸が上下の牙を結んでいた。

 

 一切の躊躇いなく、白髪頭にかぶりつく。彩り豊かな南国の果実のように、瑞々しい体液が口内を満たした。齧り取った頭皮、頭髪、頭蓋が咀嚼によって口内で渾然一体となる。空腹が満たされる得も言われぬ充足感が体中を満たし、体から何かが引き剥がされる感覚があった。

 

 身に余る感動に反し、食感は最低だ。咀嚼されてボロボロになる薄い頭皮と固い頭蓋に混ざり、頭髪が舌だの、牙だのに絡みつく。不愉快さに耐え切れず、吐き出してしまった。唾液塗れの白い毛玉が草原にべちゃっと落ちた。

 

「うえぇ、まっずいなぁ」

 

 齧られた果実から覗く果肉、髄液に塗れた桃色の脳。生きとし生けるもの全て、好奇心と空腹には逆らえない。

 

 ゼラチン質の膜を丁寧に剥し、指を突っ込んでかき回してから、削り取って口に含んだ。舌の上でトロリ溶けた直後、目と鼻と耳と皮膚から冷たい火炎が噴き上がるような錯覚が起きた。

 

 濃厚な肉の味が、舌の上に残ったが、大量に食うと気分が悪くなりそうだ。生まれて初めて食べ物を口にした余韻に浸っていると、白猫が腕を抑えて立ち上がった。

 

「頭は茹でるんだ」

 

 腰に差した短剣を引き抜き、手慣れた動作で人肉の解体を始めた。両腕、両脚の付け根に刃を入れ、骨のつなぎ目を上手に切断した。驚くほどの出血が草原を赤く染め、骨に着いた肉まで丁寧にそぎ落とした。思わず見惚れるくらいに、順序良く事務的に人間の解体が行われた。

 

 殺害と同様、人間が解体される様子に私の心は動かなかった。

 

 やはり、現地生物に対しては、同じ人間であっても対等ではない。犠牲者への弔いよりも、丁寧に捌いてくれた肉を味わいたい食欲が勝った。中途半端に食べたことで空腹が際立ち、胃袋の辺りから出来の悪い雷鳴のような音が鳴っている。

 

「内臓は塩漬け、余った肉は干物か燻製にする。少しも無駄にしない。それでも餌は足りない」

「ふーん……」

「食え」

 

 今日一番の笑顔で差し出された血塗れの肉を、拒む理由はない。

 

 躊躇わずに口に含むと、噛めば噛んだ回数に合わせて肉の味を放出する。新鮮な人肉刺しは、ブツが思わず勃起する程度には美味かった。

 

「……これは美味しい。やっぱり、捌いてすぐ食べるから鮮度がいいのか」

「お前の言う通り、誇りはよくわからない……が、戦って勝ち取る得る肉の味は、ブルーが思い出させてくれたんだ」

 

 一匹の戦士として、ようやく前を向き出したと思しき、多感な思春期の子猫(おもちゃ)に何と声を掛けていいのか分からず、捌かれた肉刺しが手渡されるのを無言で眺め、そして無言で食らい続けた。

 

 猫も私が咀嚼する傍ら、捌いた肉を口に入れた。唇の横から血を滴らせ、私たちはクチャクチャと食べ続けた。

 

 大腿部、上腕部の辺りがすっかり骨になる頃に、私の空腹は満たされていた。食べ終えた後で、彼は肝臓を渡してくれた。

 

「食ってみろ」

「何これ?」

「肝臓だ、生でイケる」

 

 第三臓器(レバー)は瑞々しくて美味かったが、贅沢を言うなら塩気が欲しい。調味料がないのが残念だ。

 

 初めての食事を終えた私はその場に腰を下ろし、余った肉の下処理をしている白猫に聞いた。

 

「名前は?」

「……ササカゼ」

「ササカゼ、なんでここに来た」

「ブルーから手紙を届けろと言われた」

 

 血塗れの手で一つのスクロールを取り出した。

 

「飯の礼に届けておく」

「お前は……どっち側だ?」

「興味が無いネ。殺したい奴は殺すし、腹が減ったら食う。ゴミどもが戦争をしようがなんだろうが、私には関係ない」

「ケダモノ……」

「ササカゼは違うのか? あぁ、そっか、自称誇り高いビーストマンだもんね!」

「……わからない。わからないが……このまま死んでたくない」

「……そ」

 

 多くは語らず、彼は余った肉を袋へ仕舞って立ち去った。

 

 道中、思い出したようにボロ猫は振り返って聞いた。

 

「お前、名前は?」

「名前はまだ、無い」

「……?」

「戦場で会おう」

 

 私は手を振って虎猫を追い払った。

 

「ケダモノ……か」

 

 人間を辞め、名前さえ忘れた私に相応しいようでありながら、この先、いい加減に諦めて生きるには長すぎるし、私は強すぎる。

 

 私は齧りかけの生首の切り開かれた頭蓋へ手紙を押し込み、王宮へ向かって走った。

 

 首都へ戻る途中、遠くで光が煌めいた。

 

 私が王都へ戻ると、相変わらず馬鹿二人はいちゃいちゃと、王宮の食堂にて見苦しい光景を展開させていた。将来有望な将兵が遠巻きに睨んでいるところを見ると、餡ころはそれなりに人気があるのだろう。

 

 いつの時代も、男の性的欲求の対象は多種多様で千差万別だ。人間を辞めた強者の人外(プレイヤー)という鮮烈なオカズは、男性将兵たちの性欲とけん玉を掴んで離さない。経験豊富そうな獣娘という、非常に偏った特殊なオカズが、竜王国の成人男性たちに流行るに違いない。

 

 手を握って見つめ合う二人を邪魔すべく、窓から生首を放り投げた。

 

 爆竹を民家へ放り込んで逃げ出す悪童よろしく、騒乱を背に走り去った。再び竜王国首都の城壁によじ登って遠くを眺めると、先ほどと同じく虹色の光が輝いている。

 

 首都の北方向には明日の和平会談の会場、ブルー・プラネットお手製の避難小屋が見えた。

 

 明日は晴れそうだ。

 

 全て、私に破壊されるとも知らずに。

 

 明日までの暇潰しを探すべく、七色の光が差す方へ、獣のような四つ足で走り出した。

 

 

 

 

「ま、そんな経緯で今に至るわけッスわ」

 

 これまでの経緯を説明し終えてから、火で炙っていた少年の右腕に食らいつく。調味料もなく、ただ炙っただけでも美味と感じるあたり、流石は竜王といえる。

 

「結構だ。右腕を代償に差し出した甲斐はある。竜王の名を冠する私のお味はいかがかな」

「人間よりは旨いッス」

「光栄だ」

 

 虹色の竜王は話し好きで、右腕を根元から捥がれているというのに、その優位性を揺るがせず、上から目線も変わらず、口数も減らなかった。

 

「さて、改めて問う。その体から発せられているのは、私への嫌悪だ。そうだな?」

「ん……まぁ」

「君は明朝の和平会談までの時間を潰すべくここへ現れた。ならば、食欲が満たされた現状、睡魔が訪れるまでの時間、ここでの会話を引き延ばすべきではないかね」

「聞きたい事もあったしねぇ」

 

 味付けがなされた右腕(ステーキ)の効果で私の機嫌は良く、口と唇が軽くなっていた感は否めない。

 

「敢えて言うなら……人間に化けるというドラゴンが気持ち悪いから……ッスかね。下等生物に化けるってのは、私が鶏や豚に化けるような行為でしょう? まるで人間が中心になっているようで、気色悪いッスわ。この世界はあれッスか? 引き籠りニートみたいな、頭の悪い童貞の妄想?」

「そうして私の背後から忍び寄り、右腕を切り落とし、そして食しているのだな」

「ああ……まぁ、腹へっちゃったんで。ほら、元人間とはいえ、もう化け物になっちゃいましたし。悪かったとは思ってますよ」

「ふ……ふふ」

 

 少年は右腕の止血をしながら、無表情で嗤った。短く笑い終えてから彼の目が開いた時、そこには何の感情も浮かんでいなかった。

 

鰐の涙(ラーモ・ディ・クロコディール)

「……あん?」

「プレイヤーとは、自己啓発をすることなく惰性で生きてきた生、己があり方すら確立していない、人格形成の未成熟な人間だ。その生き様は、生まれた瞬間から弱肉強食の摂理に晒される赤子にも劣る。いい加減、己が内に潜む絶望を認めたまえ」

 

 竜王ステーキを掴んでいる私の右手が震え出した。少年はそれを視界に捉え、満足そうに微笑んだ。

 

「既に人間を殺害して食したな。君は晴れて、オタマジャクシから人食い鮫に進化を果たした……とでも考えているならば、愚者に相応しき思い違いだ。君の殺戮には悲しいほど内容が無い。食欲とは、君の頭蓋に坐す異形の脳髄が出す命令、劣等なる本能の手引書。異形種となれば、呼び声は強烈だろう。君は頭脳に引きずられるだけの傀儡に過ぎない」

「……なんだと?」

「得てして、運命とは皮肉を好む。企業に従属するだけ人生を捨てた先、新たな生で異形の脳髄に隷属している。人間を辞めたと勘違いして胸を張る、致命的に稚拙な自覚無き葛藤者、名もなき怪物よ、同種食い(カニバリズム)の感想はいかがかね」

 

 気が付くと、私の右手から肉が落ちていた。

 

「君は、君自身が毛嫌いしている転生者(プレイヤー)と同様、我ら幻想世界の生物を舐めている。簡単に手に入れた力を駆使し、支配者として君臨する人間、あるいは自らの価値観にそぐわぬ生物を滅ぼす自己中心的な転生者を嫌悪しているが、私からすれば、君も同類……いや、それ以下だ」

 

 それっきり黙して語らず。

 

 二人の間に置いてある焚き火だけが炎を燻らせ、時おりパキッと燃料が爆ぜる音を出した。私がここで止まっているのは、彼の仮説の裏付けにしかならない。本物の化け物ならそんな一説をせせら笑い、この場で惨殺すべきだ。

 

 そうと分かっていても、私の体は一枚岩のごとく動こうとしなかった。

 

「先ほどの問いに答えよう。私が人間に化ける行為、君が指摘した通り、君たち人間が牛や豚に化けるのと大差ない。しかし、人間は特異な生き物だ。別世界の人間であるプレイヤーが降臨するにあたり、人間なくして成り立つまい。その意味で、人間という種族にはプレイヤーを導く役割が与えられていると考えている」

「……ほー」

「君たちアインズ・ウール・ゴウンと41人の神々は、これまでのプレイヤーと比較にならない、最上位の武力を保持している。頂点に坐す、それ即ち、成長しないと同義だ。人は、敗北からこそ多くのことを学ぶ」

「随分と独善的な暴論だな」

「人間は苦悩し、苦しみ悶えた末、新たな結論を導き出して進化する。これは他に類を見ない、人間に許された特権だ。他の種族では、種族特有の本能と価値観が邪魔をする。君が新たな進化を遂げるのなら、人間性を封じ込めている本能の監獄を破らなければならない」

 

 虹色の餓鬼は左手を上げ、北を指さした。

 

「明朝、プレイヤー三名による和平会談が執り行われる。君はそれを傍観し、自らの生に結論を出したまえ。君を含め、竜王国に降臨したプレイヤー4名の、2名は苦悩の末に答えを導き出した。残るは君と、新たに竜王国へ降臨した一名」

「結論……か。そんなもの、本当にあるのか」

「無いはずがない。この世界は、アインズ・ウール・ゴウンと41人の神々という脅威に晒されている。無秩序に世界へ落とされる41人中、4人がこの地へ同時降臨した事象に理由が無いはずがない」

 

 餓鬼は私を指さして言った。

 

「だが、少なくとも今の君と話すことはない。どの世界であろうと、快楽殺人者(サイコキラー)は歓迎されまい」

「サイコキラー……」

「その食いかけた私の右腕を持って消えたまえ。黄金を持たぬ人間(プレイヤー)など、人間(家畜)以下のケダモノだ」

 

 私は、欠損者(カタワ)の言葉を否定できなかった。

 

 立ち上がった私は、目的のログハウスへ向けて歩き出した。途中、振り返ると、奴はこちらを見てもいなかった。小僧に言われた通り、自分のあり方に強い違和感を覚え、同時に激しく嫌悪した。

 

 プレイヤー及びこの世界で暮らす生命体を弄ぶ私こそ、私が最も苦しめ、破壊したかったものだ。

 

 人間側の餡ころもっちもち、獣人側のプルー・プラネットは、私の敵と成り得ない。なぜなら彼らは、私の存在を知らない。不意打ちで心臓に爪を打ち込めば、容易く命は奪えよう。単純な武力(パラメータ)で言えば、私と釣り合うのは侍だけだ。それでは、侍が私を殺すのが正しい歴史なのか。

 

 だが、武人は敵と成り得ない。装備品の整っていない武人など恐れるに足りず。彼は、まだ自らの選択をしていない。私の使いきれないほどの加虐心を除けば、戦う理由がない。

 

 建御雷でないのなら――

 

「私の敵は……殺すのは……誰だ」

 

 

 

 

 和平会談は予定よりも早く執り行われた。

 

 私がブルー・プラネットの作った避難小屋の屋根の上で眠っていると、朝早くに扉が開かれる音で目が覚めた。やや遅れて、いきり立った餡ころが小屋へ飛び込んでいった。

 

 寝転んだままぼんやりと、プレイヤー三名の白熱する口論を聞いていた。彼らの主張は退屈なもので、やはり上から目線の転生者という印象は拭えなかった。

 

 退屈のあまり空を見上げ、流れる雲の行方を追いかけていると、小屋の壁をぶち破ってデカブツが飛んでいった。

 

 大の字で草原に寝そべるそれを、何の感情もない瞳で見下ろした。

 

 やがてデカブツは小屋に飛び込み、今度は他の2人が飛び出してくる。あと数秒、小屋から飛び立つのが遅ければ、私はサムライの頭上に落下していた。

 

 瓦礫を拳で突き上げて、ガラクタの城の天守閣でデカブツが叫んだ。

 

「人と獣、立場が違えど同じ大地に生まれた命。共に同じ時間を共有した星の同胞たち。ならば、初めから争う必要は皆無なり!」

 

 怒りを露にする餡ころとブルー・プラネットに挟まれながら、更にでかいのが、これまたでかい声で咆える。

 

「我が名は武人建御雷! 争いを阻止する調停者である!」

 

 それが彼の出した結論なのだろう。虹色の餓鬼曰く、黄金が付与される結論だ。両陣営が黙り込む異様な静けさの中、私は少し離れた場所で短い拍手を送った。

 

「武士道とは死ぬことと見つけたり!」

 

 次いだ言葉で私は拍手を後悔させられた。私は彼の侍道に対し、起因するところの不明瞭でありながら明確な反感を抱いた。

 

「馬鹿が……」

 

 思わず、私の口から漏れていた。

 

 彼の思想は私の頭脳に適合しなかった。間違ったパズルを無理矢理に当てはめると、いつか必ずガタが来る。とはいえ、誤った解答でも考えることで思考の呼び水となる場合がある。私の脳はいくつかの選択肢を浮かび上がらせている。

 

 その中で最も確率の高い選択肢を選ぶべく、私は竜王国の首都へ走った。

 

 年代を感じさせる木製の扉を開くと、熱気が顔に当たった。

 

「悪いが掛けて待っててくれや」

 

 鍛冶屋の店主は、私を見ずに言った。かまどの前に腰かけ、ハンマーで何かを叩き続けている。

 

 椅子に腰かけようとしたところで、カウンターの上に梱包された長い物を見つけた。これは恐らく、あのデカブツが依頼した日本刀だろう。この短期間でよくぞ仕上げたものだ。私は無遠慮に梱包を剥し、中身を出した。

 

 白鞘に鍔はなし。これではちょっと長いだけのドスだ。こんなものを振り回したら、武人(サムライ)というより、やくざ者に近い。

 

 さやから刀身を抜き出そうとしたところで、私の腕が掴まれた。

 

「ちょい待ち、勝手に出されちゃ困る」

「お前は私を、恐れないのか」

「なに言ってやがる。あんたも餡ころさんの仲間だろ?」

「あんた……」

 

 私の鳩尾当たりが悲鳴を上げた。

 

 口を開くと、涎の糸が牙を伝って幾重にも引かれた。

 

「美味そうだ」

「……は?」

 

 餌が言葉を追える前、私はそれの喉元へ食らいついていた。鋭い二本の牙を突き立て、私は全力で頭を振った。首を食い千切られ、分離した頭部がサッカーボールよろしく入口の方へ転がっていった。

 

 首の落とされた鍛冶屋の死体を地面に床に横たえ、男女が情交をするかの如く、衣服を引き千切りながら肉を貪った。ざらざらとした舌は、骨に着いた肉までこそげ取る。牙を立てれば、骨まで柔らかく砕ける。脊髄を上下の歯に挟んでプレスすると、トロリとした髄液が口内を満たした。

 

 新鮮な昼食に、肉体はヴェートーベンの交響曲第9番(歓喜の歌)を歌った。

 

《食欲とは、君の頭蓋に坐す異形の脳髄が出す命令、劣等なる本能の手引書》

 

 私は本能に引きずられるだけの、哀れな人形に過ぎない。餡ころはどうやってこれを堪えているのか。抗いきれぬほど強烈な食欲は、この肉体の持つ本能なのだ。私個人の加虐嗜好と相性が良すぎて止められない。このまま怪物に生きるのも悪くないと思わせるほど、食欲と殺人は私を満たしてくれた。

 

 不意に扉が開かれ、歌が止められた。

 

「ただいまー!」

「こら、荷物を運ぶのを手伝いなさい!」

 

 どうやら妻子持ちだったようだ。少女は父親の頭部に躓き、派手に転んだ。地面に手を突いたすぐ先まで、流血の水溜りが迫っている。

 

「……おとーさん?」

「ひっ!」

 

 母親は状況を察し、我が子を起こして扉まで引いた。両目が見開かれて、上下の歯がカタカタと震えている。それでも彼女は母親として、我が子の両眼を手で覆い隠した。

 

 私はゆるりと立ち上がり、カウンターの上に置いてあった白鞘をアイテムボックスへ放り込むと、怯える彼らへ無言で近寄った。

 

「ひぃっ! た、たた、たた、たったす――」

 

 本来なら、さっさと立ち去るべきでありながら、私はその場に居座った。時間が経過するにつれ、母親の体から力が抜けていく。失禁までするかと期待したが、その兆候は見られない。だが、子供の目を抑えている手には隙間が出来ていた。

 

 無垢なる瞳が、返り血で薄汚れた、血に飢えたケダモノを眺めている。

 

「お前は死にたいか?」

「お願い、子供だけは……この子だけは」

 

 もはや脊髄の反射に任せるだけの人形となった私は、子供の顔を抑える母親の手を外し、彼女を奥へ放り投げた。壁にぶつかった彼女は蛙のような声を出して肺の空気を吐き出し、痛みに悶えながらも必死でこちらへ這い寄ろうとしていた。

 

 私はそちらを無視し、小さな少女の目線まで腰を下ろして聞いた。すでに涙が溢れて、開いた口から呼吸音が聞こえる。意図せず、私の口角が吊り上がった。

 

「お前は、死にたいか?」

「お、お母さんを苛めるなぁ!」

 

 少女はいったん目を閉じてから強い目で私を睨み、涙を振り乱しながら拳を突き出した。私はその手を取り、高く持ち上げた。足をばたつかせ、私に蹴りを食らわそうとしている。少女ながら大した闘争本能だ。

 

「お前は悪い奴だ!」

「そうだ、私は悪い奴だ。ならばどうする」

「お前なんか! 魔導王さまがやっつけてやる!」

「魔導王がねぇ……あっはっは!」

 

 私は幼女を下ろし、腹を抱えて笑った。少女の闘志は覚めるどころかより一層、燃え上がって私に拳を突きこんでいた。

 

「うわああああああ!」

「戦場で待っている。悔しければ強くなれ」

 

 それだけ言ってその場を走り去った。

 

 今日、最も満たされたのは唐突な軽食――ではなく、少女の怒った顔だった。

 

 夕刻迫る竜王国を出て、私は再びデカブツの下へ四つ足で走った。

 

 

 

 

 それから数時間後、焚き火を挟んで座る虹色少年を相手取り、流暢に愚痴をこぼしていた。

 

「でさー! 聞いてくださいよー! あのバカ! 人が折角、こっそりと武器を仕入れてやろうと思ったのに、大きい方の女王のパイオツ揉んでやがってぇー! マジ、その場でぶっ殺してやろうかと思ったッスよ!」

 

 前日と何ら変わらない光景が展開されている。間違い探しをするとすれば、捥ぎ取られた腕が左である点と、私の口が饒舌である点、前日以上にひそめられた虹色少年の眉毛だ。

 

 回復薬で治したらしく、右腕は新品が生えていた。

 

 会話を止めることなく、アイテムボックスから竜王国の女王の手作りおにぎりを取り出して頬張る。口から米粒が出て行くが、それは故意にやっているので問題ない。彼の眉がしかめられるほどに、私の口は加速する。

 

「だいたい、あんなのに曾孫のおっぱい揉ませておいていいんスか? いいんスか? 本当にいいんスか? 処女と童貞の初エッチなんて聞くに堪えない、見るに地獄な最悪の展開ッスよ? 初夜が失敗に終わって女に恥かかせたり、自分が恥かくくらいならいっそ、娼婦でも買って勉強しろっつーの。竜王国の始祖であらせられる、処女のドラゴン女王の曾祖父としては今、どんな気持ちッスか?」

「……」

「あんなデカブツのデチ棒で処女膜を破られた日にゃ、女王は再起不能になりますぜ。そこんところ、どう考えてるんですかぁ? もしもーし? 聞こえてるなら返事くらいしろッスー、バツイチ曾孫持ちの訳あり物件、人間大好きショタ竜王」

「……随分、吹っ切れたな」

 

 少年は切り取られた左腕の傷口を抑えながら言った。

 

「君は恐らく、自らの選ぶべき選択肢が見えたはずだ。君の眼前にそびえる天秤の秤に――」

「禅問答はやってないんスわ」

「……よかろう、ならば本題に入る。情報の取引とは等価交換でこそ成立する。私に聞きたいことがあるはずだ」

「流石、自称賢者ッスねぇ! 話が早くて助かるッスわ! 見た目は糞生意気なだけのガキだけど」

 

 こんがり焼けた竜王の左腕を、これ見よがしに肉を食い千切りながら笑ってやった。この世界に来て一番の笑顔だったと自負している。少年は目を閉じ、首を振ってため息を吐いた。

 

「名無し、君の物言いには、いちいち癇に障るものがある。それは何かを期待してのことなのか?」

「育ちの悪さが故です、猊下」

 

 私は緩んだ顔を締め直し、改めて真顔で聞いた。

 

「女王が躊躇っているワイルド・マジックとは?」

「ほう……妙なところへ切り込むのだな」

「何の根拠もないが、彼女が持っているナニかは重要なヒントになる。情報は全て把握しておきたい。お前の言うところの、黄金が付与される前段階、苦悩と葛藤に必要な調味料(スパイス)だよ」

「なるほど……」

 

 彼は残った右手を顎に当て、しばらく考えていた。何を言うか考えているというよりは、その情報に対する等価情報が何かを品定めしているように思えた。

 

「八欲王について何か知っているか?」

「ハチヨクオー?」

「……歴史から説明しよう」

 

 始原の魔法(ワイルド・マジック)

 

 八欲王というプレイヤーギルドが世界の方を歪めるより以前、この世界に存在していた魔法の総称。現在ではそれ以前より生き残るドラゴンロードのみが行使可能である。事実上、失われた魔法と言っても差し支えない。竜王国の女王陛下は竜王として弱いため、発動の代価として魂を必要とする。

 

 長い説明を終え、彼は私の反応を窺っている。

 

「……つまり、全部まるっと全て、女王の躊躇いのせいか」

「そう思うかね」

「人間の数十倍も生きてて、たかが百万人を犠牲に出来なかったとは情けない王だ。百万、人間など放っておけば勝手に増える。人間はダニやゴキブリ並みにしぶといというのに」

「いくら殺しても絶滅しない種族とは何だと思うね」

「世界の加護を受けている、下等生物の人間か?」

「私の見解は少し違う。この世界を舞台に例えるなら、必ず主役が存在する。いくら殺そうと絶対に滅びぬ種族とは、世界の主役と同じ種族だ」

 

 私はここで少し考え込んだ。彼が考えている主役とは――

 

「モモンガさんがいなければ……遅かれ早かれ百万人は死んだだろう。彼が獣人の国家を滅ぼしたからこそ、かえって竜王国は追い詰められている。彼の武力に依存しながらも、要望は恐れ多くて口に出せない。何より、国民一人一人の怨嗟の声など対応のしようも無い。主役として可能性が高いのは、全ての頂点にいるモモンガさんだ」

「あるいは、そう願った何者か……だ」

「はっ! 馬鹿馬鹿しい。ゲームの実況動画を見て楽しむアホじゃあるまいし、自分でやらずして何が面白いのやら」

 

 そう言った直後、背筋を悪寒が駆け抜けた。四人のプレイヤーがこの地へ落とされた事象に、誰かの意思が介在している可能性は、寒気がするほどすわりが良い。私は自然と、耳を澄まして周囲を探っていた。

 

 だが、誰かの気配があろうはずがない。夜の闇の中、たき火の音しか聞こえない。

 

「異世界転生の本質とは何だと思うね」

「現実逃避だな」

「然り。現実に抱いている不満の量によって、逃避行の物語は心に馴染む。それは、自殺願望という逃避手段が異世界転生に化けたに過ぎん。現実に不満を抱いている人間は、自らの理想とかけ離れた異世界転生を嫌悪する。現実に満足している人間には決して馴染まない」

「一理あるが、随分と偏った理論だ。単に幻想小説好きということもあるだろうし、単純に物語の質が低い場合もある」

「君同様に」

 

 嬉しそうに口を歪めるレインボー少年の心情はよくわからない。

 

「私はサイコキラーではない。他者の苦痛、怒りこそ私の愉悦。殺戮はそれを引き出す一つの手段だ。殺戮そのものに快楽を感じない主義でね、最も近いのは苛めっ子だ。相手の反応なくして満たされない」

「君は自分で考えているほど自己の秘密を封印できていない。本当に壊したいものは別にあるはずだ。自ずと明日、君がとる選択肢も見えてくる」

 

 肺に雲丹(うに)でも放り込まれたような感覚がして、吐き気がした。

 

「君が自覚すらしていない願望は、明日にでも叶えられるだろう」

「……何の話かな」

「頼みがある」

 

 私は、真剣にこちらを見据える少年に胸騒ぎを覚えた。案の定、少年の頼みは私に実現可能な行為であったが、気の進まない行動であった。

 

「しらね……」

「君は必ずそうする。これは他者を苦しませる君のサディステックな欲望と、私の理想とする未来が合致しているからだ」

「使い古しもいいところだ。自称・頭がいいドラゴンなら、もっと気の利いた策が思いつくだろう」

 

 少年は穏やかに微笑んだ。

 

「名無し、プレイヤーとは液体の入っていない水槽なのだ。最初に出会った者が色のついた液体を注ぎ込み、吐き出されるものが決定づけられる。対して私たち幻想生物はプレイヤーが吐き出す液体を浴びせられ、良くも悪くも影響を受けてしまう。私も随分と変わった自覚はある」

「どうせ蘇生されるぞ。モモンガさんがお前を放っておくはずがない」

「それも予定調和だ。私は御免なのだよ。知性が高く、悪意に満ちた者が仕掛ける、一国家が滅びてしまうほどの地獄に応対するくらいなら、しばらく彼岸から静観させてもらう。蘇生されてからの事後報告で十分だ」

「……? いったい、何の話だ」

「私は己が生に課された命題を成し遂げる。初めに馬鹿が成してくれたと同程度の責務を、彼女へ受け継いでやれるだろう」

「……馬鹿?」

 

 それから奴は多くのことを語ってくれたが、こいつだけが知る何かを最後まで私に話すことはなかった。取りあえずわかったことは、モモンガさんは凄い。どうすれば世界にここまで愛されるというのか。

 

 東の空が太陽の気配を察して明るくなる頃、奴は空を見上げた。

 

 釣られて見上げた暗い空へ、二つの赤い光が北東へ走っていくのが見えた。

 

「赤い星め……降るがいい。世界の片隅で身動きができずにいる宗教国家を、紅に染め上げろ」

「隕石か? この世界ではよくあることなのか?」

「これは凶兆だ」

 

 彼は顔を戻し、出会ってから最も真剣な顔で私を見つめた。

 

「“聖王国には近寄るな“、全てが終わってから皆にそう伝えたまえ」

「……だから、一体なんの話だ。思わせぶりな態度は良くない」

「私が彼岸より復帰してから解説する。さあ、君は眠りたまえ。戦いの日はすぐそこまで迫っている」

 

 

 その見解は正しい。あと数刻もせず、私の死ぬ日が訪れる。

 

 

 

 決断の刻、来たれり。

 

 

 






 世界は一定の残酷さを以て、選択肢を突きつける。

 誇りとは。強さとは。摂理とは。倒すべき敵とは。


 彗星走る蒼天の下、天地(あめつち)の間で這いつくばる者どもが、赤き大地の掟を謳う。
 蛆虫の如き偽善、薄汚れた誇り、千切れぬ憎悪の螺旋は、甘く尊き死に劣る。
 反発する四柱は獣性を剥き出して激突し、遂に覚醒の銅鑼が打ち鳴らされた。
 誇り高い群衆の断末魔と鮮血だけが、射出機(カタパルト)となって竜王(ドラゴン)を天高く舞い上げる。


次回、「弱者よ、壮絶であれ」


 「ありがとう……だが、お前は! 絶対に許さん!」









もう誰かわかりましたよね

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