Fate/Grand Order~荒寥魔星大陸 梁山泊~ 作:源氏物語・葵尋人・物の怪
立香と燕青が管制室に着くと、そこには二人の女性――片方はそうカテゴライズして良いものか定かではないが――がいた。
一人は白衣姿の眼鏡がよく似合う菖蒲色の少女であった。先程のアナウンスの声の主、立香にとっては“マシュ・キリエライトである。
そしてもう一人は、女性を描いた絵画の中で恐らく世界で最も有名な“モナ・リザ”を思わせる顔立ちをしたキャスターのサーヴァント――カルデア一の技師、そして現在はカルデアの所長代理を務める万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチである。
「二人とも突然呼び出して済まないね」
ダ・ヴィンチはどこか定型的な謝意の言葉から会話を始め、そこから本題に移ろうとしていた。
だが、
「事情は分かってる。特異点が出来てんだろ?」
次の瞬間には彼女はあからさまに吃驚した顔をして口笛を吹いた。
「話が速くて助かるね。その通りだ。で、年代と場所は……」
「1121年の中国……だろ? しかも、梁山泊があった辺りだ」
「待て、なんでそこまで分かるんだ? いくらなんでも理解力があるとか、そういうレベルじゃないぞ」
「そりゃそうさ。だってそのレベルじゃねぇんだから。なんせ、その特異点と関わりのある……いや、あれは多分黒幕だな。そいつに教えて貰ったんだ」
燕青が話した内容にダ・ヴィンチは目を剥いた。
「どういうことですか?」
マシュは困惑するばかりであった。
立香は先程二人が遭った人物について、また立香が見た夢について話した。
「馬鹿な!? 侵入されていた!? いや、侵入されていたのに気が付けなかった?」
狼狽えながら、ダ・ヴィンチは装置の前に立ち、カタカタとキーボードを打った。
「ホントに侵入されてる。しかも、なんだこれ? 転移というなら何かしら魔術的な痕跡が残るものだがこれは“突然現れている”としか言いようがないぞ。それにどういうことだ? その侵入者が撤退するまでの時間の中で、数値的に完全に消滅している時間帯がある」
「それなら会話の途中で瞬間移動みたいなことをしてたからそれなんじゃないかな?」
並べられた事実に珍しく苛立ちを見え隠れてさせているダ・ヴィンチに立香が口を挟むと、
「いや、違う」
きっぱりと否定した。
「さっきも言ったと思うが魔術的な転移であれば何かしらの“予兆”やそれがあったという“痕跡”がある筈なんだ。それに転移者が完全に消えるわけじゃない。転移じゃないんだ、これは。一度完全に消滅した後に、今度は前触れもなくそこに再生した……それこそ在り得ない事象を考えないといけないんだ」
先程の一連の遣り取りは万能の天才でも分からない現象であったのだ。
燕青はそこに胸騒ぎを覚えた。
果たして宣戦布告してきたからとそれに乗って良い物なのかと。
「でも相手が意味不明なものだからといって特異点を放置して良い訳じゃない。今までだって特異点を起こした元凶が分からないまま戦ってきたんだ」
併し、立香は意外にも前向きであった。
燕青と共に謎のサーヴァントに対峙した時や、夢の話を語っていた時は恐れていた筈なのに、顔からは恐怖が消えていた。
燕青は以前、マシュが立香について語っていたことを思い出した。
“自分しかいない、目の前の状況を避けられないと分かった時先輩は本当に強い”――と。
成程、その通りかもしれないと燕青は思った。
「そうですね、先輩!」
マシュもその勢いに乗せられ、表情と声色に凛とした強さが点っていた。
「ところでマシュ、一つ良いかな?」
「はい、何でしょうか?」
「1121年の中国って何があったの?」
……気持ちに伴って、もう少し知識も増やせば良いのにと言いかけて燕青は口を噤んだ。
主というには立香には威厳というものが欠けている為、つい軽口が出てしまいそうになるのだ。
「特異点が観測されたおおよその地点で起こった出来事だと、宋江が起こした反乱でしょうか?」
「宋江って確か水滸伝の主人公だよね? でも、水滸伝ってあれ創作なんじゃないの?」
カルデアの英雄は多く例え神話であっても歴史上に生きていた痕跡が確認されている者が殆どであるが中には本来は実在しない存在もいる。
例えば、立香の隣に立つ燕青がそうだ。
故に立花は水滸伝の物語が総て作り話だという認識をしていた。
「その通り。あの物語に登場する人物の殆ど――そこにいる燕青を含めた魔星の転生体たる好漢達や彼等の歩んだ英雄譚は殆どが虚構に過ぎない」
だが、とダ・ヴィンチは続ける。
「水滸伝の中にはただ一つ、ただ一人、実体がある者がいる。それが宋江――水滸伝に於ける主人公、梁山泊魔星が第一位、天魁星を背負う好漢だ」
「実在したあの人が本当に好漢だったかなんて分からんけどな」
燕青は皮肉った。
そもそも水滸伝とは北宋時代の中国に実在した宋江という人物が三十六人の将を率いて朝廷に反乱を起こした史実を題材に作られた英雄譚であるが――その性質は歴史書ではなく娯楽小説(エンタテインメント)である。
娯楽に求められるものは正しさよりも、より人を惹きつけられるか否かだ。故に、宋江が実際の反乱で犯した狼藉三昧の殆どは除かれる。
何故なら英雄譚に求められるのは残酷劇(スプラッタ)ではなく溌剌とした活劇なのだから。
「燕青の知ってる天魁星はどうだったの?」
立香は気になって訊ねた。
「そんなものに意味なんてないだろ。今ここにいる俺なんてホントはいなくて、俺の中にあるあの人も全部嘘なんだから」
何でもないようないつもの軽い調子で語る燕青であったが、立香は悲しさを覚えた。
今ここにいる燕青が自分を嘘だと言ってしまえることが立香には許せなかった。
何故なら、燕青は此処にいて、そんな彼が感じてきたものは彼の中では真実であった筈だから。
確かに燕青は実在しなかった英霊だ。実在しなかった故に、その存在は砂上の楼閣のように危うく、こうしてサーヴァントとして成立する為にはドッペルゲンガーという曖昧模糊な幻霊でもって補強しなければならなかった程、その存在強度は危ういものである。
だが、それでも燕青は此処にいるのだ。人々が、藤丸立香が生きる為の明日を創る為に力を貸してくれた義侠は確かに此処にいるのだ。立香はそれを誰にも否定させたくはなかった。
――誰にも。それは、仮令燕青自身であっても。
「てか、ダ・ヴィンチ姐さんよ。ひょっとして時代が時代だったから俺を呼んだってことならソイツは意味ないぜ」
併し、そんな立香の心の内を燕青が知る術はない。
「それは如何してだい?」
「物語ほど歴史を正しく映さないものはないのさ。考えてみろ。作家がそこら辺をちゃんと考えているっていうなら、シェイクスピアの旦那の作ったモンの描写が実際のクレオパトラ姐さんをこれっぽちも捉えられていない理由ってのを説明して欲しいもんだ」
「でもそれを含めても一番近い時代なのは君だろう?」
「……ま、他の中華出身の奴らに比べりゃそれはな」
ダ・ヴィンチとの何気ない会話の中でも燕青は残酷な程、自分が虚構であることを強調する。
「それにあの女、どうやら俺をご指名らしいし正体と心当たりがあるしな。俺が選ばれたのは間違いないだろ。……俺の顔に張り付いた指名料が安いなんて俺自身思わんがね?」
燕青はダ・ヴィンチに詰め寄ると、彼女の髪を手の中で遊ばせた。
「私の美しさを讃えてくれるのは嬉しいことだし、君の顔も悪くはないと思うけど……指名料は全額その猫耳女に請求してくれたまえ」
ダ・ヴィンチは笑顔で燕青の顔を払いのけた。
「んじゃ、とっとと取り立てに行くか。夜逃げでもされて踏み倒されたんじゃたまったもんじゃないからな。なぁ、マスター?」
と燕青は立香に話を振った。
「あ、うん。そうだね」
立香は無理矢理笑顔を作り、戦いの前に空気を悪くしないようにと、これ以上踏み込まれないようにダ・ヴィンチにレイシフトを始めるように促す。
†
そして、誤魔化しの先で待っていたのは燃えるような灼熱の空と、草木も水も何もかもが枯れひび割れた鉛の大地であった。
「暑い! というか、熱い! なんだこれ! エルサレムの時より熱い!」
まさか中国まで来て暑さ以上に熱さを感じることになるなどとは立香は思ってもみなかった。
「燕青、中国ってこんなに熱いの?」
「そんなわけねぇだろ。異常気象だよ、異常気象。どう考えたって」
そうぼやいた瞬間、カルデアからの通信が入った。
『無事レイシフト出来たみたいですね、先輩』
「うん、ちゃんと普通に直立してた」
立香が思い出したのは1999年の新宿にレイシフトした時のことであった。
――そういえば、燕青と初めて会ったのも新宿だった。
そんなことを思い出しながら。
『ヤッホー伊達男。久しぶりの梁山泊はどうだい?』
「どうもへったくれもねぇ。“水滸伝”ってのは“水辺の物語”とかそういう意味なんだがこれはどうよ? 何だこりゃ? 枯山水とでも言いたいのか?」
百八魔星の本拠地である梁山泊とは黄河のほとり、近いに聳える梁山という名の麓にあった広大な沼沢である。
『他に、干ばつ以外に何かおかしなところはあるかい?』
「おかしな所……」
立香は辺りを見渡した。
おかしなところは何も無かった。否、おかしな所どころか地平線の彼方まで此処には何も無かったのだ。ただただ無限の荒野が広がっている。
途方に暮れて立香は空を見上げた。
「……太陽が十つ?」
すると、青い空に輝く太陽が一つではないことが目に留まった。
目の錯覚かと思い何度も目を擦っていると、
『先輩のバイタルになんら問題はありません。勿論、目になんらかの疾患があることも。至って健康です』
立香の精神・肉体の状態を数字として観測しているマシュが指摘する。
『成程、つまり本当に太陽が十個あると……』
そう言うとダ・ヴィンチは唸り、職員に指示を出した。
それは立香が見た太陽を数値化することであった。
『当たり前だけど、太陽が九つ増えたというわけではないらしい。本物は一つ。他の太陽は疑似天体だ。本物の太陽よりずっと小さくて、ずっと近い場所にある』
「でも本物の太陽と同じように光も熱も発してる?」
『その通り。本物に比べればその量は微々たるものだが、何せ本物よりも近い場所にある。地上に降り注ぐ熱量は本物の太陽にも匹敵するだろうね』
あとは単純な理屈である。
この異常な干ばつは八つの疑似太陽が原因――。
「まるで“后羿”だな、こりゃ」
「后羿?」
燕青が空を見上げながら呟いた単語を立香も鸚鵡返しに呟く。
『后羿は神代の中原――今の中国に存在した英雄ですね。中国でも屈指の弓の名手で創造神が生んだ十の太陽の内、九つを撃ち落して日照りに苦しむ人々を救ったとされています』
マシュの説明に立香はへぇと簡単の声を漏らした。
「……全く。とんでもないことしてくれたな、この特異点の黒幕サンはよ。度が過ぎてるぞ、これ」
立香はそれに同意した。
十二世紀の中国は間違いなくこの日照りで滅んだ。
だが、黒幕が――あの夢に出てきた女がどうしてここまでしたのか立香には分からなかった。
「こんな有様じゃ、生きた人間を探すのも大変だねぇ。あの女の所に辿り着くのもな」
「取りあえず、歩くしかないよ」
二人は沈痛な思いで歩き始める。
一体どれくらい歩くことになるか見通しが立たないまま歩き始め、けれど事態はすぐに動くこととなった。
「あ、人がいる」
立香は人を見つけたのだ。
影絵のようにも見える人の姿を、確かに。
「燕青、人だ! 人がいる!」
「おい、待てって」
立香が突然走り出したので燕青は慌ててそれに続いた。
だが、
『待て! そこにいるのはシャドウサーヴァントだ!』
ダ・ヴィンチが声を荒げた為に二人は足を止めた。
シャドウサーヴァント。サーヴァントに最も近いがそうはなれなかったもの。英霊として力が足りなかった霊体、または英霊を召喚しきれなかった為に生まれた影なる存在。
それがシャドウサーヴァントである。
「全く気配を感じなかった……」
『仕方ないさ。シャドウサーヴァントと言ってもかなり弱い』
失態に顔を顰める燕青をダ・ヴィンチはフォローする。
「夢が終わった。俺《おい》の夢が終わってしもうた」
二人に気付いた泡立つような影絵が語り始めた。
「俺《おい》と仲間が聖四文字ばなる夢じゃ。俺《おい》と仲間がのあんなる夢じゃ」
うわごとのように、併し悍ましい憤怒を以て紡がれた呪詛を吐きながらシャドウサーヴァントはフラフラと立香と燕青に近づいて。
「終わっちもうた。だから……皆死ぬしかないじゃろい!」
構えも何も無く、野獣のように闇雲に飛びかかった。