Fate/Grand Order~荒寥魔星大陸 梁山泊~   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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第二話 時雨は濁った色をしていた

 人の形をした黒が遣って来る。

 疾風怒濤の速さで以て。

 だが、立香はたじろがない。相手が戦わないとならない相手だと認識した瞬間には立香の思考は戦闘へと切り替わる。

 

「通すかよ!」

 

 そんな彼の指示を受けるまでもなく、彼の眼前に現れるのは小さいながらも厚く屈強な背中と其処に刻まれた“義”の一文字。

 

「何処の誰かは知らんが――我が主には指一本触れさせん!」

 

 言うまでもなく、燕青である。立香に迫るシャドウサーヴァントの肩を両腕で掴み軌道を止めると、

 

「ウガッ……!」

 

 そのまま爪を立てた。

 瞬間驚くべきことに、シャドウサーヴァントの肉体に燕青の指がめり込んだ。

 秘宗拳の基本的な動きの中には、相手の体を掴んだ状態から指先にのみ力を入れダメージを与えるというものが存在する。

 燕青が今やったのはそれであった。

 与えられたダメージは実際の所そこまで大きくはない。併し、相手の体格、筋肉量などを無視し確実に相手を怯ませることが出来る。

 その隙を利用し、燕青は渾身の力で両腕での掌底――八極拳で言う所の虎撲を放つ。

 

「アガッ……」

 

 掌底はシャドウサーヴァントの腹にねじ込まれ、その勢いで以て体が僅かに後方にずれる。

 燕青の反撃はここで終わることはない。

更にその軌跡を追いかける形で懐に潜り込み低い姿勢から掌底を放ち、顎をかち上げる。そして、仰け反り持ちあがった頭に、回し蹴りを放ち、更に後方へと吹き飛ばす。

 着地点に目掛け燕青は疾風怒濤の速力で以て追撃を掛けようとする。

 併し、

 

「俺(おい)の名ぁば……」

 

 譫言と共に立ち上がったシャドウサーヴァントに只ならぬものを感じ、燕青は動きを止める。

 

「宋江……及時雨と呼ばれた男……」

 

 彼の輪郭をぼやけさせていた影が晴れて行き、その姿を明らかにする。

 白い髪をした男だった。醜男とは言い難いが、かと言って美しいとも言えない簡素な鎧に身を包んだ男であった。

 ――目の本来であれば白い部分が黒く、黒い部分が赤い、怨みに満ちた顔をしている。

 それ以外にはとくに取り立て言及すべき点はない人というのが、立香の率直な感想であった。

 併し、そんな、男の顔を見て燕青は目に見えて動揺していた。

 

「宋江……だと……どうしてアンタが……」

 

 男がそして燕青が口にした名前に立香も反応する。

 

「この人が梁山泊の頭領の?」

 

 燕青は小さく頷いた。

 

「……恐らく歴史に実在した“本物”の、この時代のあの人だ。だが、シャドウサーヴァントならまだ分かるが、急にサーヴァント化したのはどういう理屈だ?」

 

 燕青の疑問に答えたのはダ・ヴィンチであった。

 

『恐らくあの太陽が原因だ。あれの所為で大地に貼られたテクスチャってヤツが少し溶かされてるんだ。そこから神代の真エーテルが流出している』

 

 その事実に立香は文字化出来ないような驚愕の声を上げ顔面を蒼白させた。

 真エーテルとは、神代の大気に満ちていた魔力のことである。

 西暦以降の地脈から供給される大源などとは比べ物にならないエネルギーを持っており、現在地球上に満ちる人間の肉体にとっては有害である。

 立香の動揺はそれを知識として得ていた為であった。

 若しかしたら現在進行形で自分の体は汚染されているのではないかと恐れたのだ。

 

『大丈夫だ、人体にはギリギリ影響が出ない濃度で収まっている』

 

 ダ・ヴィンチの言葉に、立香は一先ず胸を撫で下ろす。

 併し、安息の時間は長くなかった。

 

『だが、霊的な存在にとってはその限りではない。精々が強力な怨霊としてしか存在出来ないものを補強するだけの強力な後押しとなるだろうし、観測地点に於ける聖杯の存在、当人の英霊としての資格などの要素が重なれば……』

 

 サーヴァント宋江の手に青白い光の粟粒が集まり、長柄の武器を象る。

 鯨の鰭程はあろうかという巨大な白刃。そこに描かれるは翡翠の鱗を持った龍。

 宋江の腕に握られたのは宝具であった。

 然もそれは、青龍偃月刀――中華が誇る大英雄、軍神関羽の武具として知られたモノ。

 

『十分、サーヴァント化させ得る』

 

 遍く怨嗟を振りまく瞳の儘に、宋江は燕青と立香に偃月刀を向ける。

 

「俺(おい)は腐り切った官の所為で腐ってしもうた中華を焼こうとした。そんで実際に焼いた」

 

 誰に語っているわけでもない。

 謳っているだけだ。自分の在り方を。

 

「そこから何もかんもやり直すつもりじゃった。じゃけどん、俺(おい)は裏切られた。俺(おい)にそうするしかないと言うた筈の仲間ん裏切られた。死んでもうた。だったら、もう終わりじゃい。皆、くたばるしかなかろうが」

 

 全く以て自分勝手な恨み言をばら撒き乍ら、嘗て理想に燃えていた筈の男は吠える。

 

「じゃけぇよぉ、テメェも死ねや!」

 

 理不尽な殺意を。

 先程とは比べ物にならないような速力だった。

 燕青の目前に宋江の姿が現れたのは。

 

「なっ!?」

「“終ぞ遠き氷の龍牙(チンロン・グアンダオ)”――死に晒せェ!」

 

 燕青は驚愕した。

 宋江が振るう青龍偃月刀に強力な冷気が宿っていたからだ。

 困惑の中にも関わらず、それでも紙一重で燕青は刃を躱しながら、生まれた疑問に向き合った。

 ――今のは関勝の旦那の技……なんでこの人が……。

 燕青の頭に浮かんだのは、記憶の中にある仲間の名前。

自らを大英雄関羽の子孫と嘯き、強い憧れを抱き、ついには関羽がそうであったように振るう刃に冷気を宿した男の姿。

 この技は自らの理想に近付こうとした男の執念が形になったもの。他の誰かに使われて良い技ではないと燕青は断じる。

 加えて燕青の記憶の中にいる宋江は豪傑というにはほど遠い人物であり使いたくても使えない筈なのだ。

 ――なのに如何して?

 併し、目の前の敵はその疑念に答えるわけはなかった。

 一心不乱に、嵐のような斬撃を燕青に浴びせるばかりであった。

 ――それにしてもなんつー技のキレだ。まるで旦那そのものじゃねぇか。

 戦士としては平凡であった筈の宋江の攻撃に併し、燕青は防戦一方となる。故に気がつかなかった。

 自分の体に札を貼られていたことに。

 それは道(タオ)の術理で作られた呪符であった。

 

「ヤバッ……」

「喝ッ!」

 

 宋江の声に呼応して、呪符に組み込まれた術が発動し、爆発を起こした。

 その威力で燕青の体は大きく弾かれる。

 

「燕青!」

 

 思わず立香は自身のサーヴァントの名を呼んだ。

 

『先輩、危ない!』

 

 信じ難い事態に一瞬、意識が飛んでいたのだろうと、立香は思った。

 通信から入るマシュの声が耳に届いて、漸く自分のすぐ目の前に宋江がいることに気が付いたのだから。

 既に青龍偃月刀を振り被っている。振り下ろされるまでに刹那とかからないだろう。

 ――ヤバイ、死ぬ。

 立香の中に不意に恐怖が湧いた。

 ――いや、死なない。

 直ぐにそれを振り払う。

 ――まだ、燕青が戦える。こんな俺を主と言ってくれるサーヴァントを信じろ!

 希望がそこにはあったから。

 

「燕青、“瞬間強化”!」

 

 本来魔術師ではない立香でも魔術を使えるようにするための礼装。その力を今起動する。

 強化――あらゆる概念を補強する魔術であり、堅いものをより堅く、鋭いものをより鋭くする。そういった系統の魔術である。無論、それを肉体に適応させれば、身体能力を向上させることが可能である。

 

「ウォォォオオ!」

 

 爆破のダメージで地面を転がっていた燕青は、その痛みを押し込めながら立ち上がり、立香が起動した強化の術式の効力を借り、爆風受けた傷を抱えながらそれでも立香の元へと駆けつける。

 その速きこと、まさに疾風迅雷。

 

「デリャァァァ!」

 

 瞬間強化というだけあり、その効力は一時的なものである。

 故に燕青は躊躇わず、守りよりも攻撃に転じる。

 立香の頭に偃月刀が振り下ろされるよりも先に宋江の鳩尾に肘をねじ込んだ。

 

「ウグッ……!」

 

 宋江の体が後方に弾き飛ばされ、立香に振り下ろす筈だった偃月刀を地面に落す。

 地面を転がる嘗て自分が属した集団の元締めだった人物を見降ろしながら、

 

「アンタだろうが許さんぞ。主に、触れる事は!」

 

 満身創痍であるのに、それでも強い語気で言い放つ。

 

「……主も無茶をしたな。俺が立ち上がる保証も無かったろうに」

「だって、俺は信じてるから」

 

 燕青は礼装に備わっている回復術式を起動させ、自身の傷を癒しながらあっけらかんとした顔でそう言ってのける立香に面を食らったような表情をした。

 

「……それよりも、一体あの宋江はどういうことだ? なんで偃月刀を使えるんだ? それにあの人は別段術に明るいというわけでもなかった筈だ」

 

 自分に向けられる、一点の曇りもない信頼に耐え兼ねた燕青は通信の向こう側にいるダ・ヴィンチとマシュに語り掛けた。

 

『恐らく、宋江さんには他の魔星の宝具や技能を使うというスキルか宝具があるのではないでしょうか?』

 

 マシュが仮説を述べた。

 

「そんなことが在り得るのか?」

『宋江さんは、水滸伝の中では“魔星を統べる者”として描かれています。ならば、百八の魔星そのものを宝具として持っていてもおかしくはありません』

「簡単に言ってくれるなよ……」

 

 燕青は珍しく泣き言を漏らした。

 だが、その気持ちは立香にも理解出来た。宝具の保有数が英霊の強さを決定するというわけではないがそれでも百八という数字は大きい。

 加えて先程の戦いで戦いの素人である立香の眼から見ても、明らかな程に動きが変わっていたこと、強力ではあるが宝具とは言い難い呪符による攻撃をしたことなどから、宝具の他に戦闘技能やスキルを借りることが出来る可能性もあった。

 手強い敵であるのは間違いなかった。だが、それ以上に、

 

「殺す、殺す、殺す、コロスコロスコロスコロス!」

 

 立香の目には、何に向けているかも分からない殺意に燃えながら、人とは思えない動きでそれでも立ち上がろうとするこの男が哀れに映って仕方なかった。

 ふと立香は隣に立つ燕青の顔を見た。

 沈痛な面持ちであった。

 仕方ないと立香は思った。燕青にとっては、この哀れな殺意の塊は、見知った人なのだから。一体、記憶の中の顔とどれほど似ていたのかは分からない。その記憶すら本来だったら虚構に過ぎないものなのかもしれない。

 それでも、燕青はここにいて、そこから発生する悲しみも現実のものだ。

 

「燕青、この人のこと助けたい?」

 

 それを思っていたら、自然と立香の口からはそんな問いが出ていた。

 

「……そんなこと今は重要じゃないだろ。どのみち倒さないと」

「そんなわけないだろ!」

 

 立香は感情のままに怒鳴り散らした。

 理不尽極まりない、感情の昂りであった。

 

「誰でもない今ここにいる君の感情だぞ! 大事じゃないわけないだろ! それがどんな時だって!」

 

 一寸先まで近付いた立香の目を見て、燕青は大きく目を見開いた。

 藤丸立香は弱い人間だ。

力で言えば熊どころか人すら殺せないような弱い男だ。

その癖、燕青の記憶の中にあるどんな瞳よりも力強い瞳をしていた。

 

「――嗚呼、助けたい」

 

 自然と感情の儘に、これまで自分が偽物と冷めた見方をしていた感情の儘に、燕青はそう思いを口にしていた。

 実際に助ける方法などあるわけない。立香もそれを承知だ。

 それでも、燕青は助けたいと口にした。

 

「ならやろう」

 

 そう笑顔で返すと立香は、次の瞬間には宋江へと視線を向ける。

 漸く立ち上がり、手には二つの長柄の武具を持っていた。

 一つは穂先が蛇のように螺旋くれた矛、もう一つは呂布が持っているものと同じ形をした戟であった。

 

「蛇矛に、方天画戟か……厄介なのを出してくれたねぇ」

 

 特に蛇矛は水滸伝の物語の中でも抜きん出た豪傑の武装であった。

 だが、何を恐れることがあろうか。燕青には立香がいる。

 

「……奥義を装填する。頼むぜ、マスター」

「分かった」

 

 立香は己の右手を見る。其処に刻まれているのは赤黒い、三つの区画(パーツ)で構成された刺青のようなもの。

 令呪――魔力の塊であり、戦闘に於いては三回までサーヴァントの宝具使用に於ける魔力消費の代替、及びサーヴァントの霊基の回復を行う代物である。

 立香はこれを一つ切り、燕青の鬼札たる秘宗拳の奥義を発動させようとしているのだ。

 

「令呪を以て命ずる」

 

 今まさにその時であった――。

 

「待ちたまえ」

 

 彼の右手首をそっと何者かが掴んだ。

 立香はゆっくりと首を動かした。

 思いの外、首が痛かったのは、顔の位置が自分よりも高い場所にあったからだ。

 そこにいたのはカルデアに現れた黒い着流しの女であった。

 

「お前……は……」

「無粋だと言っても良いだろう、私のこの行動は。でも困るんだ。今、燕青に出しきってくれると」

 

 その言葉と同時だった。

 宋江の胸に大きな穴が穿たれた。

 いつの間にか宋江の傍に移動していた女が、貫手を放ったのだ。

 

「手前ェ……一度ならず二度までも……」

「済まない。何度も酷いことをしてしまって」

 

 心からの悲しみを顔に湛え、併し、女は、もう一度、宋江の胸に貫手を放った。

 

「でも許して下さい。貴方に出し尽して、打ち止めは困るのです。私に出して欲しいから。愛しい燕青の総てを。私の胎内に還る燕青を」

 

 燕青。

 そう名を呼ぶ女の顔は紅潮し、声には淫靡な熱が点っていた。

 

「貴様……」

「怒った顔も良いね、燕青。正直、孕みそうだよ」

 

 当の本人は怒っているにも関わらず、女は恍惚とした表情で燕青を見つめていた。

 

「……だが、その怒りを今は鎮めて欲しい。これでも私だって義侠の端くれ。君らとした約束を守りたいのだ」

「どういう意味?」

「総ての真実を話すと言うことさ、藤丸立香」

 

 にっこりと、女は笑みを以て立香に帰した。

 立香は意外に律儀だなと、呑気な感想を抱く。

 

「でも如何しよう……どこから話したものか……」

「勿体付けた態度を取るんじゃねぇ。まず、手前の真名からだ」

 

 どういうわけか女の前で苛立ちを隠せない燕青であったが、女はそれを気にした素振りを見せなかった。

 それどころか自分の興味の対象である燕青直々の要求とあってか殊に嬉々とした顔をしていた。その感情を反映するかのように頭上の猫耳もぴこぴこと動いている。

 

「では、答えようか、私の名前を」

 

 その後に続いた名を信じがたいと言ったのは燕青であった。

 その燕青に立香は誰なのかを訊ねた。

 

「嘘ではないさ」

 

 女は真実であることを改めて強調し、再び自分の名を口にする。

 

「私の名は盧俊義。玉麒麟と呼ばれた男。燕青の胎盤、燕青の子宮、燕青の総て」

 

 ニタリと笑った女の口は、紙を切って作った三日月に似ていた。

 

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