Fate/Grand Order~荒寥魔星大陸 梁山泊~   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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第三話 麒麟

 立香は盧俊義について知っていることと言えば、名前と燕青の師であるということだけであった。

 魔星として司る星が天罡星であるといことも、玉麒麟というその英雄を讃えた渾名にも心当たりはないし、武勇と富と人格の三つに於いて優れていた“三絶”であったことなど知る由もない。

 知る由も無かったが、

 

「如何して女なんだ?」

 

 この一点が不自然であることだけは言い切ることが出来た。

 立香の中にある水滸伝という物語に纏わる情報から類推するに盧俊義とは燕青と同じく存在しなかった人物である。

 であるならば、英雄盧俊義の全体像を構成するのはその名を認知する人間のイメージの積算に他ならない。

 テキストに“男”と書かれているのに誰が“女”を想像しようか。曲亭馬琴の著作物を前提に置いたとしても――である。

 そもそも以前、立香は生前に仕えていた主のことを燕青に聞かされたことがあるが、その時彼は自分の主を“あの男”と明言した。

 

「この柔肌がそこまで気になるものかね?」

 

 盧俊義は含んだような笑みを立香に向けた。

 

「何のことはない。君の背中に隠れている可憐なる万能と似たようなものさ」

 

 通信機の向こう側にいるダ・ヴィンチは目を見開いた。

 一体何処からそれを知り得たのか、或いは彼女の想像力がたまたま自分自身の在り方を言い当てたのか。ダ・ヴィンチは映像の中に在る盧俊義の表情を覗き込む。

 嘲るような微笑の奥には何も感じられなかった。それどころか、彼女について詳密に捉えようとすればするほどに、その輪郭はぶれるばかりであった。

 

「元々は男だけど、現界する時に女になったってこと?」

 

 ダ・ヴィンチが半ば狼狽する一方で立香は盧俊義に問いを投げる。

 

「……私はそこの偉大な画家とは違う。実態と言えるものがないのでね。発生するに当たって、自分を女として定義したまでのことさ」

「如何してそんなことを?」

「そこの燕青が男として現れたから……と言えば分かるだろうか?」

 

 その答えは立香にとって理解し難いものであった。

 盧俊義は嘆息した。それは自分に向いたものではなく、盧俊義自身に向いているように立香には感ぜられた。

 

「この私にあったその子に対する想いは男のまま抱え込むには余りにも気持ち悪かったのさ。……胎内に愛しい男を宿したい。こんな願いは男という性では許されないのだよ」

「女だからって許されるもんでもねぇと思うけどな。現に俺、結構鳥肌立ってから」

 

 燕青の指摘に、盧俊義は青天の霹靂といったような表情を浮かべた。

 

「んで、この特異点を起こしたのもその糞下らねぇ、片思が故ってかよ? なぁ、盧先生よぉ?」

「察しが良いな。流石は私の燕青だ」

「アンタのモノじゃない!」

 

 激昂する燕青を前にしても、盧俊義は涼しい表情をしていた。

「そう言いたければ言えば良い。寧ろ、そちらの方が少し興奮する」

 

 頬の紅潮を隠しもせず、そう言ってのける盧俊義に燕青は話を聞くより先に殴り掛かりかねない程に怒りをあらわにした為、立香は死に身の思いで彼を抑えた。

 サーヴァントと人間の埋めがたい力の差を考えればこれがどれほどに危険なことであるかは言うまでもないだろう。

 

「盧俊義、話してくれ。如何してこんなことをしたんだ?」

 

 燕青に矛を収めさせるために、立香は必死に言葉を繋ぐ。

 

「フッ、義侠は約束を違えない。故に話そう。私の発生の経緯――は、まぁ良いだろう。ある所に幻霊と幻霊を混ぜサーヴァントを作る試みをした者がいた。それは良い。重要なのは私がその時空に於いて聖杯を手に入れたということだ」

 

 そう語りながら翳される彼女の掌には黄金の杯が在った。

 

『聖杯……』

「改めて言い直さなくても良いよ、キリエライト。君の先輩だって分かっていることだ。だがここで前提としなければならないのは、発生した私にこびり付いていた願いを叶えられるものではなかったということだ」

「願いって?」

「愛しい燕青が欲しい。何度も言っているだろうに。藤丸立香、君は少し、色恋というものにもう少し聡くなるべきだ。屹度泣いている女や男は海の砂より多いぞ?」

 

 色恋云々について、立香は反論こそあったがそんなものはどうでも良かった。

 此処で論ずるべきは、盧俊義の聖杯が燕青を作ることが出来なかったという点だ。自分が複合幻霊という事象を以て現出している以上はそれに因って燕青を生み出すという発想もあって然るべきだ。無論、盧俊義もそれをしようとし、結果失敗した。

 自分を生んだ何者かの技術を彼女では再現出来なかったのか、それとも聖杯の出力が原因なのかは立香には分からない。

 問題なのは、盧俊義がその後、何を選んだかだ。

 

「……燕青が発生する可能性に掛けた?」

「よくそんな突飛な発想に至れる……と思ったがそもそも君や後輩、そしてそのサーヴァント達が歩んだ道程は、そこを通ろうとするだけでも阿呆の所業と言えるものだった。考えついて当然か」

「いや……俺には、マシュやカルデアの皆、そしてサーヴァントがいた。でも貴方には貴方しかいなかった」

「私しかいなくとも私にはこれしかなかった。だから、やった」

 

 本来歴史に存在しない筈の燕青が英霊として成立すること。

 英霊として成立した燕青がサーヴァントとして呼び出されること。

 呼び出されたサーヴァントが、特異点に干渉出来ることなどクリアしなければならない前提条件が多すぎるのである。

 

「だが、ここで問題があった。特異点を発生させ、維持させ続けるというのは存外に難しいということだった。それに歴史が歪(ひず)むだけの事象を考えつくにはそれこそ突飛な発想が必要でね。私に思い付いたのは、ただの盗賊に聖杯で力を与え百八魔星を名乗らせ水滸伝を物語から事実へと昇華させるくらいなものだった」

『百八魔星の実在? しかし、そんなものは……』

「君らが来たのは宴の始末が済んだ後だったというだけさ。あったんだよ、此処には。全部、私が殺してしまったが」

 

 盧俊義の語り口はまるで、読み終わった本を閉じただ棚に戻したかのように軽い。

 

「じゃあ、さっきの宋江は……」

「祭りが終わったのに、出店の跡に子供が座っていることがある。あれはそういったものだ」

 

 彼女の言い草は嘗て主だった男に対するものではなかった。

 

「……盧先生、宋江様は貴方に利用されていたと言った。それは誠か?」

「あの方の認識に何も間違いはない。私はあの人を己の目的の為に利用した」

「それに対する後ろめたさのようなものは無いのか?」

「無論、ある。私はあの人を手に掛けた時、私と共にあった者達を演ずることになった者達を手に掛けた時、胸が張り裂けそうになった。確かにこの目は涙を流していた。それは嘘ではない」

 

 そうか、と燕青は捨て鉢なため息をついた。

 悲しみと失望が表情に入り混じり、そして次の瞬間には敵意に変わり、拳が構えられていた。

 

 

「譬えアンタがどれだけ悲しかろうと、やったことが変わる訳じゃない」

 

 燕青はそう吐き捨てる。

 

「そうだ。貴方は殺した。殺し過ぎた。それに特異点を起こしてしまった以上、もう戦うしかない」

 

 彼の主たる立香も従者と同じ気持ちであった。

 盧俊義は力なく微笑する。

 

「敵対か。それで良い。私はこの為に特異点なんてものを生んだのだから。……ここまで来てしまったのだから」

 

 盧俊義は構えを取った。

 腰を低く落とし、両腕を不自然なまでに弛緩した肉体から一切の力が抜け落ちたような構えであった。

 武芸者でない立香にも漠としながらも伝わる異様な緊張感。

 魔星の第二位となったのも伊達ではないと感じさせるのには十分であった。

 

『気を付けてくれ。このサーヴァント、さっきからおかしな観測結果が出ている』

「おかしな結果? ダ・ヴィンチちゃん、それってどういうこと?」

『このサーヴァントが現れた時、周囲の魔力や空間のゆらぎが全く観測されなかった。盧俊義は本当に突然出てきたんだ。それに加えてソイツが宋江を殺した時――ソイツの霊基は二つあった』

 

 ダ・ヴィンチの齎した情報は、立香を困惑させるばかりだった。

 どういうことなのか全く分からない。

 

「直ぐに分かるさ」

 

 ダ・ヴィンチの代弁をするかのように言葉を紡いだ盧俊義は立香の鼻先まで近づいていた。

 大きく腕を振り被る。

 放たれたのは、宋江を殺害したのと同じ貫手。

 

「どこまで見下げさせる、盧俊義!」

 

 燕青は横合いからそれを蹴り払う。

 

「悪く思わないでくれ。愛しい人が、他の男にお熱になっていたらば嫉妬もするだろう?」

 

 盧俊義は燕青の腰の辺りに蹴りを放つ。

 予備動作のない脱力した動きからの音速にも達する蹴りである。

 

「だからといって貴様の狼藉を許す気はない」

 

 対処の難しい攻撃を燕青はそれでもいなしながら、盧俊義の懐に潜り込み、肘をねじ込む。

 

「それは拳で示すものだッ!」

 

 十面埋伏と言われる秘宗拳の体捌きを以て盧俊義は燕青の肘鉄を躱す。

 秘宗拳――詰りは燕青拳の伝承に於いては開祖を燕青としながらも彼に拳法を伝えたのは主である盧俊義とされている。

 無論、これは創作だ。流派に属する者達が、自分達の振るう拳に箔を付ける為に水滸伝という歴史として受け入れられていたかもしれない物語を利用したに過ぎない。

 併し、こうしてサーヴァントとして現界している盧俊義はそういった伝承を背負うだけの技巧があった。

 兎も角、拳技に於いてどちらが上というものは存在していなかった。

 燕青が拳を振るえば盧俊義がそれを捌き手刀を返す。

 盧俊義が手刀を薙げば燕青は身を翻して、彼女の頭上に蹴りを落す。

 互いの力は拮抗し、全力を以てしてもそれが芯を捉える事はない。

 乱打。乱打に次ぐ乱打。

 二人の拳は星の輝きのように早く、二人の蹴りは自身の影すらも着いては来られない程だった。

 そんな二人の拳士の拮抗した戦いを先に破ったのは盧俊義であった。

 

「なっ……」

 

 燕青は驚愕を隠せない。

 確実に躱していた筈の攻撃だった。特に奇を衒っているわけでもない直線的な軌道の拳。それを横に上体を逸らして躱した。

 だのに、拳が後頭部に当たった。白打の軌道が歪んだというわけではない。盧俊義の腕は真っ直ぐ伸びた状態のままだ。

 ――どうなってやがる!?

 困惑しながら燕青は拳を交換する。だが、燕青の拳法は盧俊義が授けた物。彼女の教えの範疇にあっては燕青の拳が通ずる訳がない。

 

「どうしたその程度か、浪子」

「チッ!」

 

 挑発と共に顎に向けられた盧俊義の蹴りを燕青は上体逸らし(スウェーバック)で避けようとする。

 完璧に躱した筈であった。

 

「グアッ……!」

 

 併し、燕青の顎は搗ち上げられ、口腔から夥しい流血が起こる。

 ――糞ッ! 何がどうなってやがる!?

 何故、攻撃が当たってしまうのか、燕青にはその理屈が分からなかった。盧俊義の動きは見えている筈だった。盧俊義の次は読めている筈だった。

 何か絡繰りがあるのは分かる。併し、その実像が全く掴めない。

 幾度繰り返してもそれは同じだ。

 此方の白打は空を切り、彼方の拳が積み重なるばかり。

 

「燕青! 宝具だ!」

 

 闘争を傍で見守っていた立香が思わず叫んだ。

 状況はこちら側が不利である。それを覆すには鬼札に頼るしかない。

 

「――よし来た!」

 

 燕青も同じ考えだった。

 若しかしたら力技に頼れば成るようになるかもしれない。そうでなくとも、天巧星が持つ最大の拳――知り難きを通したまま、凌ぎきれる是非もない。

 

「奥義装填!」

 

 義侠の四肢に膨大な魔力が回る。

 この宝具の理は、十面埋伏と言われる体捌きを自身の影さえも置き去りにする速度まで昇華することにある。その動きは宛ら、無数。

 幾人もの義侠が拳撃を繰り成しているようにも錯覚するその奥義こそ――

 

「“十面埋伏・無影の如く”!」

 

 闇の侠客、燕青の宝具である。

 立香にとってすれば、尋常の戦闘に於ける燕青の動きすら目で追うのがやっとだ。

 宝具発動下に於ける燕青の動きはそれこそ目に映らない。

 燕青が消えたかと思い次の瞬間彼が姿を現すと、拳打と襲撃の嵐が過ぎ去った後なのだ。

 そして敵は倒れている。

 

「見事な体捌きだ。私には出来ない、君にしか許されない軌道だ」

 

 併し、盧俊義はそうはならなかった。

 

「だが、ここに成立している私はこれでは倒せない」

 

 それどころか、彼女は無傷で立っていた。

 

「なんで!?」

 

 立香は目の前に在る事実を受け入れることが出来なかった。

 燕青の宝具がまるで通じないとは全くの慮外であったのだ。

 

『そういうことか……』

 

 ダ・ヴィンチは送られてきた映像を見て一人合点した。

 燕青が確かに躱した筈の攻撃が当たり続けた理由も、天巧星最大の拳を凌ぎきった理屈も白日に晒されたのだ。

 

「だが、如何して貴方にそんなことが出来るんだ!?」

 

 はっきりと体感した筈の燕青はそれでも疑問に思った。

 何故なら、彼の知る輝く麒麟たる天罡星にはそれを成すだけのスキルや宝具になるだけの逸話は無い筈だった。

 すると、盧俊義は口を開いた。

 

「――まだ私はこれの理由を話してなかったな」

 

 自分の頭に生えた猫を思わせる耳を指しながら。

 

「私が一体何を混ぜられて此処に在るのか。今から見せるのが、私の真実だ」

 

 そう言って彼女は構えを変える。

 上体を更に低く、左腕を前に突き出し、弓を引きように右手を後ろに添えた独特な構え。

 

「そして、これが君に捧げる私の愛だ」

 

 一目で、立香は、マシュは、ダ・ヴィンチは、そして誰より燕青は確信する。

 ――盧俊義の宝具が来ると。

 

「奥義、装――填ッ!」

 

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