白雪姫の指し直し   作:いぶりーす

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一部、原作の描写ではなく漫画版の描写を採用しています。


九話

 今日は『女王』のタイトル保持者としての五番勝負の第一局が静岡の浮月桜で行われた。

 相手は『女流玉座』のタイトル保持者であり、『大天使』の異名を持つ月夜見坂燎。

 とは言え、今の私にとっては特に問題のない相手だ。

 

 盤外戦術のつもりなのか対局前に月夜見坂さんに、

「あのメイド服はどうだった」

 とか、

「クズの奴、喜んでたろ。オレに感謝しろよ」

 とか言われたけど無視して前回と同じように完封した。前と違ったのは持ち時間を一切使わなかった事だろう。

 対局後、月夜見坂さんは口から魂が抜けだしてしまったかのような抜け殻になっていた。

 

 今更だけど、私や小童達のような前回の経験者は将棋指しとして狡い存在だと思う。

 私たちは云わば、二年も先の未来から来た将棋指しだ。

 今回は前と同じ勝ち方をしたけど、例え月夜見坂さんが前回とは別の定跡を使ってきたとしても、私たちはそれに対して有利を取れる。

 まあ、それが通用するのは相手が『地球人』の場合に限るのだろうけど。

 

 対局をすぐさま終わらせた私は静岡から大阪に真っすぐに帰ってきた。目的地はもちろん八一の家。

 ちなみに月夜見坂さんが言っていたメイド服はまだ着てない。

 あれを着てイベントに出て欲しい等とふざけた事をほざいた弟弟子には拳で拒絶を示した。

 そう言えば前はバニーだったのに、なんで今回はメイド服なんだろ。八一の趣味?

 

 ……まあ、イベントに出るのを拒否しただけで着るの自体は別にいいんだけど。二人きりなら。

 前回の経験から、八一は私がコスプレするとすごく喜んでくれると知っている。

 普段は全然そんな事言ってくれない八一が、あの『研究会』の時は何度もかわいい、かわいいって褒めてくれたし、写真も撮ってくれた。

 あそこまでハイテンションな八一は珍しかったかもしれない。

 それが嬉しくて私も恥ずかしいポーズを取ったりとか普段は絶対口にしないような台詞とか言ってみたりしたけど……あれは若気の至りというか、色々と暴走してしまった。というか、ちょろすぎだ私。

 

 とりあえず、預かったあの服を着るなら二人きりの時にしよう。流石に前のように桜ノ宮のホテルで、という訳にもいかないし着るなら八一の家が適所だ。

 それにはまず準備が必要だ。今日はそのために来たのだから。

 

 今日、八一は夜叉神天衣の指導のため彼女の住む神戸へと出向いている。

 八一の家に今居るのは、あの小童と八一から小童の世話を頼まれた桂香さんの二人。

 用があるのは小童の方だ。

 内弟子の小童がいる以上、どうしても八一の部屋で二人きりという状況は難しい。

 ならば、どうするか………簡単だ。

 

 その内弟子をどうにかしてしまえばいい。

 

 

 私は合鍵を使って八一の部屋に踏み入れた。

 

 

 

 

  

  

 

  

「えっと、なんでこんな事になってるか説明してもらってもいいですか……?」

 

 夜叉神天衣の指導を終え、お土産と思われる寿司折を持って帰ってきた八一が困惑した様子で頬を掻きながら尋ねてきた。

 

 苦笑いを浮かべる桂香さん。

 布団に顔を突っ込み、意気消沈する小童。

 そして将棋盤の前で着物姿のまま座る私。

 

 確かに八一からしたら意味不明な光景だと思う。そもそも私がここに居ることも想定外だろうし。

 

「女子会、かな?」

「こんな殺伐とした女子会なんて嫌だよ桂香さん……というかなんで姉弟子がここに? その服でここ居るってことはまさか」

「終わった」

 

 桂香さんにスマホを見せてもらい、私の対局を確認する八一。

 しばらく画面を見つめ口元に手を当て少し考える素振りをした後、なるほど、と呟いた。

 

「横歩取りからの研究勝負か、決着が早い訳だ」

 

 正直なところ研究勝負と言っていいのかも怪しい。答えをただ示したようなものだ。

 

「『知識』での勝利ですね。月夜見坂さんの研究が少し古かったのかな? それにしても持ち時間を使わず勝負を決めたなんて、中々思い切りがいいですね」

「………」

 

 確かに前回は持ち時間を使って少しだけ悩んだ記憶がある。

 流石に注目度の高いタイトル戦で棋力ではなく知識での勝利を収めるのは、どうだろうかと。

 だから二分だけ持ち時間を使って持久戦に持ち込むか迷った。

 

 結局、私はそのまま決着を付ける事を選択した。そんな私に前回の八一は賛同してくれた。

 今回は、どうなんだろう。

 伺うように八一の目を見た。

 

「姉弟子は正しいですよ、俺たちは常に最善手を指すべきだ。厳しい言い方ですが今回は月夜見坂さんが甘かっただけです」

 

 変わらない彼の返答に安堵した。

 例え私や小童たちが変わっても、八一は私の知る八一なんだ。

 

「あと、姉弟子がここに来た理由も何となく察しましたよ」

 

 八一は持っていた寿司折を開封して、割り箸でお寿司を一つ摘み、私に差し出してきた。

 今更になって気付いたけど静岡から大阪に直ぐに戻ったから何も食べてなくて、少しだけおなかが空いてた。 

 

「欲求不満なのは分かりますけど、あまりうちの弟子を虐めないでくださいよ?」

「んっ」

 

 八一の差し出してくれたお寿司を口にする。

 はまちを食べさせてもらったけど、正直ドキドキして味はよく分からなかった。

 長い付き合いからか、八一は私の気持ち以外は割と察してくれる時がある。

 でも、私が何も言わずに八一の方から食べさせてくれるのは中々なかった気がする。

 小さいときは姉弟子としての権限で八一に食べさせてもらった事もあったけど、この年でやってみると結構恥ずかしい……嬉しいけど。

 

「……虐めてないわよ。それに八一が言ったじゃない。あの小童の相手して欲しいって」

 

 赤くなっているであろう顔を見られたくなくて、誤魔化すように呟いた。

 

「確かにそうですけど……でも、まさかあそこまで打ちひしがれるとは思ってなくて」

  

 八一が帰ってきたにも拘らず、あの小童は未だに布団に顔を突っ込んだままだ。

 さっき私に負けたのが相当堪えているんだろう。

 というか、あの小童寝てるんじゃないの?

 

「銀子ちゃん相手に平手で指したあいちゃんも凄かったんだけどね……」

「は? 平手で指したんすか!?」

 

 桂香さんの言葉を聞いて、八一は信じられないといった表情で私の顔を見た。

 

「別に驚くことはないでしょ。あの小童の実力はあんたも知っている筈よ」

 

 あの小童が前回と同じように『才能を持った小学生』程度の相手なら流石に平手で指すような真似はしなかった。

 けど、今の小童はあの時とは違う。

 見た目はただの九歳児だけど、こいつの中身は駒落ちで指せるような甘い相手なんかじゃない。手を抜けばこちらが殺される。

 

「……そうですね。本気で相手をしてくれて、ありがとうございました姉弟子。この敗北はきっとこの子の糧となる筈だ」

 

 布団から顔をださない小童に八一は見守るような優しい視線を送った。

 まあ、確かに糧になるだろう。投了した小童の目は次に指す時は必ず殺してやるという決意を秘めていたから。

 

 私が勝てば一日、八一と八一の部屋を借りる。

 

 そう宣言して小童と指した。

 小童は最初、私が何を言っているのか分からないと首を傾げ、次に言葉を深読みして顔を赤くし、そして目をどす黒く濁らせて威圧してきた。

 

 小童が何を想像したのか知らないけど、別に私はこのマセガキが思っているような事をするつもりは断じてない。

 あの服を着て八一と一日将棋を指して健全に過ごすつもりだ。

 

 ……ただ、私にそのつもりはなくても八一が我慢できなくなってどうしても、と言うなら話は別だけど。

 弟弟子の我儘をたまに聞いてあげるのも、姉弟子の役目だ。役目なのだから、仕方がない。

 まだ想いは伝えてないし、そういう事は順序が必要だと思うけど、八一はまだ十代のケダモノだし何か過ちが起こっても不思議じゃないし仕方がない。

 

 その時は素直に八一を受け入れようと思う。うん。

 

 そのままだと勝負に乗りそうになかったので、私が負けたら小童の言う事をなんでも一つ聞くと言ったら年相応のにこやかな表情で対局を挑んできた。

 

 流石に一筋縄ではいかない相手だったが、勝利を収めたのは私だ。

 対局を見ていた桂香さんが少しばかり引いていたけど、気にしてはいけない。

 これでとりあえず、小童には借りを返した。次はあのクソ生意気な夜叉神天衣だ。

 

「八一」

「なんです?」

「また今度VSやるから」

「姉弟子の防衛戦が終わってからですよね? それは構いませんけど場所はいつも通り将棋会館でいいですか?」

「違う。八一の家」

「なるほど。それならあいも交えてできますし効率的ですね。どうせなら天衣も呼んで清滝一門研究会でも開きます? 桂香さんも来てくださいよ!」

 

 思わず舌打ちをしそうになったけどなんとか我慢した。

 この男の頭の中は将棋かロリが大半を占めてるんじゃないだろうか。

 いや、今の八一は私の事なんてちっとも意識してくれてないだろうし当然の反応なのかもしれない。

 それなら二人きりになりたいからって伝えればいいけど、今の八一にそれを言っても……

 

「違うわよ八一くん。銀子ちゃんは八一くんと二人で指したいのよ」

「え?」

「そうでしょ? 銀子ちゃん」

 

 救いの手を差し伸ばしてくれた桂香さんの顔を見るとウインクして答えてくれた。

 昔から本当に頼りになる人だ。

 ありがとう、桂香さん。

 

「え、えっと、そうなんですか?」

「……うん」

 

 前なら、桂香さんにこうして背中を押して貰っても素直にそう言えなかったと思う。

 でも、今は違う。ちゃんと言えるんだ、八一に。

 

「でも、あいが……」

「あいちゃんならうちで預かるわ。お父さんも喜ぶだろうし」

「……わ、分かりました。じゃあまた今度、やりましょうか。俺の家で」

「うん」

 

 八一は少しだけ照れたように、私から目を逸らした。

 ……もしかして、少しは意識してくれてるのかな。

 

「とりあえず、今は防衛戦に専念してください。俺も応援してますから」

「……すぐに終わらしてくるから」

 

 月夜見坂さんには悪いけど、残りの防衛戦も速攻で終わらそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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