ダンジョンで様々な出会いをするのは間違っているだろうか   作:ダーク・シリウス

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冒険譚49

世界の半分も支配する夜の闇に呼応して強く、眩く輝く迷宮都市のオラリオの一角。大賭博場区域(カジノ・エリア)の入り口の奥で光の洪水が、メインストリート沿いの巨大アーチ門をくぐった者達を出迎える。都市で製造される魔石製品の中でも上質かつ大量の魔石灯が赤や青、紫や金色に輝き、ギルド本部の万神殿(パンテオン)摩天楼施設(バベル)とも異なった外装の大賭博場(カジノ)を闇に浮き上がらせる。上空から見れば、はっきりとわかることだろう。無数の警備に守られるこの大賭博場区域(カジノ・エリア)が、常闇に包まれる迷宮都市の中でも最も明るく、不夜城のごとく煌びやかに光を放っていることを。冒険者や市民が賑わう一般区とは隔たった、オラリオの別世界である。そんな大賭博場区域(カジノ・エリア)の中を、高価なドレスを身に包むシル、ルノアとクロエ、ウィズが先頭に多くの女性達が歩きさらにその前では一誠と―――帝国の王子ダオスと主神、商人のマキャベリとヴァベルー。

 

「イッセー、協力は惜しまないが素性を隠さずオラリオのカジノに参加していいのか?事前に訳を説明してもくれてもオラリオに警戒を与えるだけだと思う」

 

「寧ろ帝国にとって他国、他都市の商人や富豪達と接触できるいい機会だと現王も喜んで俺に協力をするためにダオス、お前を同行させてくれたわけだが。おまけに主神つきでな」

 

「いいじゃねぇか。帝国の主神も入ればもっと信憑性が高まるぜ?」

 

「ええ、実に理に適うことですよイッセー殿。神はそれほどまで何事においても無視できない存在です」

 

「大国の主神とならば顔を覚えてもらいたい商人や経営者(オーナー)、そして大国と繋がりを得んが為に己を売りに来る富豪達も珍しくない。帝国の若い王子よ、お前は外交という建前の小間使いをされているだけだ」

 

現王がそこまで考えていたのかは現王しか知らないことであるが、マキャベリの言葉に微妙な表情を浮かべたダオスを見て一誠も何だかバツ悪そうに謝罪の言葉を述べた。

 

「何だかごめんなさい」

 

「いや、気にしないでくれ。例えそうであろうと、そうさせることができるイッセーの行動力と人脈が帝国にとって無視できない存在なんだ。現王はそこに目を付けて協力を了承したのだろう」

 

ダオスの言葉に同感だとヴァベルーは笑みを固めたまま何度も頷いた。

 

「イッセー殿も商人になられては?不肖、この私が手取り足取り教えて差し上げますよ」

 

勘弁してくれ、と返す言葉で前を向きながら会話を交わす一誠達の視線の先、広場の中でも一際目を引く建物がある。金塊を彷彿させる黄金色の外見は豪華絢爛であり、見る者の気分を高揚させる魔力があった。形だけの畏敬を表すためか、また祝福と恩恵にあやかるためか、入り口には富と成功を象徴する男神と女神の彫像が設置されている。魔石灯の輝きを放つ看板には、『黄金郷』を示す共通語(コイネー)が綴られていた。

 

『エルドラド・リゾート』。

 

娯楽都市サントリオ・ベガが投資・建設した、オラリオ随一の賭博施設。最大賭博場(グラン・カジノ)へきな臭い真相を調べるべく潜入を試みる。

 

「おぉ、凄いな」

 

開け放たれている玄関を経て、『エルドラド・リゾート』の巨大ホールに入る。途端、目の前に広がる光景に一誠だけじゃなく他の面々も感嘆の息を漏らした。まず視界を打つのは巨大なシャンデリア型の魔石灯、次いで色と模様に富んだ大絨毯、そして様々な形状のテーブルの上で行われる華やかな賭博(ゲーム)の数々。切り札(トランプ)、ダイス、ルーレット。流れるようにカードが配られ、色鮮やかなダイスが宙を舞い、投げ込まれた(ボール)とともにルーレットの回転盤(ルーレット)が勢いよく回転する。洒落た制服に身を包んだ進行役(ディーラー)のもと、各テーブルに集まる招待客(ゲスト)達の姿はその華美な衣装も相まって、まるで鼻に集まる蝶のようだ。円盤(メダル)状の大量の賭札(チップ)が卓上で山を築き、支払われ、配当される。テーブルの周囲では客の失意の溜息と、万雷の喝さいが引っ切りなしに飛び交っていた。大盛況の一言である。

 

「フワハハハハ!美味である美味である、あそこにいる獣人は次こそは勝つと全財産を叩いて勝負を出たが敗北の色が濃厚になって酷く焦っている。ああ、あそこの小さき種族は崖っぷちに立たされて今にでも頭を抱えそうに負けそうだ。うーむ、我輩のご飯製造機の悪感情を得れる場としてやはりカジノはいいな!」

 

「元の世界でもカジノを建設するか、働けば永遠に得られるだろうよ」

 

「ついでにあぶく銭も稼げて一石二鳥!では我輩も換金したら行動を移させてもらうがよろしいかな?」

 

「任せた。動きがあったら順次そっちも動いてくれ。あと、あまり暴食だけはするなよ?何か遭ったら俺に伝えてくれ」

 

悪感情を貪りたいために相手を徹底的に負かし続けるな、と暗に告げ残し一誠も賭博(ゲーム)を楽しむことに。

 

「ウィズとシル。お前達の美しさを利用させてもらうことになるかもしれない。ごめん」

 

「気にしないでください。私は望んでイッセーさんのお手伝いをしたいですから」

 

「はい、私達を保護してくれてるのですから遠慮せず仰ってください。でも、あの、このドレスは些か露出が激しいので恥ずかしいですけど」

 

「それも含めて本当にごめん。ウィズの非常に腰が低くて気弱な性格だと合わないドレスだなとは思っている」

 

肩と背中、胸元の深い谷間を露出した紫色のドレスで身に包んでいるウィズ。胸元に下げる宝石のネックレスがシャンデリアの光に照らされ煌めく。己の格好が恥かしく両肘に通して撒いている長細い肩掛(ストール)で、見事に披露してしまっている胸の谷間を隠すウィズは顔を朱に染める。

 

「もしものことがあれば全力で守り通す。それだけは信用してくれ」

 

「ええ、お願いしますねイッセーさん」

 

腕を突き出す一誠にその腕を掴み身体を寄せる二人と所持してきた現金を賭博(ゲーム)用の賭札(チップ)に交換するべくテーブルの一つに赴こうとした。

 

「おぉ、また勝った!今日もツイていますな、ギルド長殿!」

 

「がっはっはっはっ!!なに、日ごろの行いを見て幸運の女神が祝福してくれているのでしょう!私は日夜、オラリオの為に身を粉にしていますからな!」

 

大きな笑い声が、ホールの一角から聞こえてきた。

 

「あ、あのエルフの人、見たことがある」

 

「エルフの人ですか?あの、失礼ですけどドワーフの間違いじゃあ・・・・・」

 

正真正銘のエルフだよ、と信じられないものを見る眼差しをギルド長ロイマンマルディールに向ける。事実上ギルド最高権力者にだ。権力と金に溺れ、堕落した彼の太った体は、容姿端麗で知られる一般のエルフと乖離している。オラリオに住まう同胞(エルフ)からは『ギルドの豚』の名で忌み嫌われているほどだ。ロイマンは連日この繁華街で放蕩した生活を送っているらしい。笑う度に腹に溜まった贅肉が躍るその姿は、同じエルフのリヴェリアやアリシア、レイラですら正視に耐え難いと目を明後日の方へ逸らすかもしれない。

 

「あれが権力と金に溺れた、堕落したエルフの末路の体現者としての姿だ。―――カズマ、ヒキニートの人生を送ってもああだからな?あんな風になるなよ?」

 

「無理よ。だって末期だもん」

 

「末期じゃねぇよ!俺だって体形のことぐらい気を付けるわっ」

 

純白のドレスを身に包むアクアに笑われ、否定するカズマは黒い服装の出で立ちで言い返す。先に現金とチップを交換すれば後方にいる皆々へ視線を送り、強い眼差しで頷くと彼女達も頷き返しチップに交換をしに蜘蛛の子が散るようにして散開、各々賭博(ゲーム)を始め出す。異世界から来たカズマ達一行も大金を所持して楽しむのだった。

 

「さて、一千万ぐらい持って来たが、その半分の五百万のチップを倍に増やすかな」

 

賭札(チップ)に替えた賭博場(ゲームテーブル)はルーレット。見目麗しい兎人(ヒュームバニー)の女性が進行役(ディーラー)で笑みを持って迎えてくれた。三人の後ろからマキャベリが近づいて口を開いた。

 

「ほう、大賭博(カジノ)の女王に挑戦するのか。これは見物だな」

 

「ゴールドカードを手に入れた以降、カジノに通わずいたからちょっと不安だが俺の運を信じよう」

 

「最初は色賭けでもしましょ?」

 

「きっと当たります。信じましょうっ」

 

右隣のウィズ、左隣のシル、後方のマキャベリの言葉に挟まれながら、一誠は赤―――回転盤(ホイール)ポケットの半分を占める最も低い配当で賭けに出た。シートに賭札(チップ)が豪胆にも百枚置かれたのを確認すると、兎人(ヒュームバニー)進行役(ディーラー)は慣れた手つきで回転盤(ホイール)を回転させ、(ボール)を投げ入れる。見物するシル達を含めて賭札(チップ)の追加や変更がないのを受け、進行役(ディーラー)は賭けの打ち切りを宣言した。一誠と店側の一騎打ちだ。ダンジョンで採掘された鉱石を使用しているのか、磨き抜かれた紅玉が不可思議な光を放ちながら高速回転する回転盤(ホイール)の上で踊る。一誠達が見守っていると、かたんっ、と音を立てて(ボール)は1のポケット―――赤へと転がり込んだ。

 

「やりましたね、イチさん!」

 

「す、すすすごいっ!一気に百万のお金が二百万にか、返ってきました・・・っ!こ、これがカジノ・・・!」

 

「どんどん賭けに出ていこう。これは見ていて愉快なことになりそうだ」

 

手元に返ってきた賭札(チップ)を今度は更にデカい配当で勝負をするべく、数字の縦一列に切り替える一誠は返ってきた賭札(チップ)を全額で賭けに出た。

 

賭札(チップ)二〇〇枚、横二列(ダブルストレート)数字六つ賭け。配当六倍―――的中。

 

「次」

 

賭札(チップ)三〇〇枚、横一列(ストレート)数字三つ賭け。配当十二倍―――的中。

 

「次」

 

賭札(チップ)五〇〇枚、線上(スプリット)数字二つ賭け。配当十八倍。―――的中。

 

「次」

 

高額賭札(チップ)一〇〇〇枚、一点(ストレート)数字一つ賭け。配当三十六倍。()

 

「・・・・・あの、本当にお賭けになるのですか?」

 

流石に進行役(ディーラー)もこの額で三十六倍の賭けに勝てられたらこのカジノの経営ができなくなるのでは?と危険視して訊いたが、相手はニコリと笑みを浮かべた。

 

「外れる確率がこんなに多いのポケットの中からピンポイントで当たると思うのかな?外れたらそちらに一〇〇〇枚が戻る方が高いのにビビってるのかな?」

 

「い、いえ・・・すみませんでした」

 

改めて回転盤(ホイール)を回転させ、(ボール)を投げ入れる瞬間は緊張で手が震えていた進行役(ディーラー)。固唾を呑んで見守るシルとウィズ、瞳を爛々と輝かせて結果を見定めるマキャベリと一誠の八つの眼の視線が回転盤(ホイール)の中で踊り回る(ボール)が停まるまで呼吸するのが忘れそうなぐらい待っていた時、回る速度がゆっくりと減少して(ボール)が数字のポケットに何度かぶつかりながら回りつつ指定したポケットに近づき・・・かたんっ、と入り―――的中。

 

「フハハハハハッ!そこの獣人から大変美味な悪感情を発してくれていると思えばややっ、我が主がテーブルに載せきれないほどの大量の賭札(チップ)を荒稼ぎしているではないか!因みにお幾らか?」

 

「一〇〇〇枚の三十六倍の配当だから、三億六〇〇〇枚は勝てたぞ」

 

朗らかに勝利宣言という名の賭札(チップ)の数をぶっちゃけた。

 

 

三億六〇〇〇枚・・・・・?

 

 

『『『『『えええええええええええええええええええええええっっっ!?!?!?!?!?』』』』』

 

 

その数を聞えた『エルドラド・リゾート』でゲームをしていた客達が大瀑布のごとく驚倒の絶叫を喉の奥から叫び散らした。何が起きたのかまだ把握できていなかった客達にも伝播して驚愕の声の波に飲み込まれる。

 

「わ、私・・・・・馘になってしまう・・・・・っ」

 

「お?もし本当に馘なったら、是非『異世界食堂』に転職してくれ。お前のような美人は大歓迎だ」

 

「っ!?」

 

「よろしくな?」

 

優しい笑みと共に手を取り勧誘する一誠に兎人(ヒュームバニー)進行役(ディーラー)は、胸の高鳴りを覚え、顔をほんのりと染めた。

 

「ほう、ナンパか?」

 

「違うわっ!てか、マキャベリもゲームしてくれよ」

 

「それは構わぬが、お前のチップで構わないか?」

 

「どーぞどーぞ、幾らでも持ってけ。シルとウィズも欲しいなら分けてやるぞ。現金持ってきてないんだからな」

 

「ふぇっ!?い、いいんですか?じゃ、じゃあお言葉に甘えてたくさんもらいますね!」

 

至極嬉しそうに顔を輝かせて豊満な胸を支柱に両腕で抱えられるだけの賭札(チップ)を搔き集めるウィズの後ろから水の神が降臨した。

 

「リッチーがいいなら当然私もいいわよね?」

 

当然のように現れてはそんなことを言い出すアクアに怪訝な視線を送る。

 

「おい、自分の金でやれってつったよな?」

 

「もうなくなっちゃったわよ」

 

無くなったか、それなら・・・・・。と無意識に稼いで勝ち取った賭札(チップ)に手を伸ばそうとした直後不自然に手が停まった。

 

「今なんて言った」

 

「負け続けてあっという間にお小遣い全部なくなっちゃった」

 

「なぁ、まだ生活に必要な物を買い揃えても百万以上あったよな?それ、全部か?」

 

「ええ、そうよ。だからくれるならちょうだいよ。今度こそ大勝利して私は大金持ちになってやるんだから」

 

事実であると呑気に手を伸ばして賭札(チップ)を要求するアクア。思考が一瞬だけ停止しかけたが保護者を呼びつけた。

 

「おいカズマ!自制とか自重とか考えもしないのかこの駄女神は!?数百万もまだあったはずなのに普通ここで使い切るか!?人の金を一体何だと思っているんだ!」

 

「申し訳ございませえええええんっ!」

 

「あの・・・困ったことに・・・めぐみんも全部貰ったお金を使い果たしてしまいました。もう、バカッ」

 

「ということで分けてもらいましょうか。一気に賭けて一気に倍で勝って稼ぐのが紅魔族のやり方なのですが、全部使い果たしてしまいました」

 

目の前で滑りながら土下座するカズマと、非常に申し訳なさそうに薄い胸を張ってドヤ顔で物乞いをするめぐみんの隣で報告するゆんゆん。

 

「・・・・・どこの異世界でも馬鹿は万国共通なぐらいいるのかよ」

 

「あ、あはは・・・・・げ、元気出してください」

 

「ああ・・・・・この馬鹿二人は後で紐なしバンジージャンプの刑をしてやる」

 

「うん?なんですかそれは?」

 

「ちょっ!?そんなことしたら普通に死ぬわよ!」

 

知らない方が普通なはずなのに知っている女神は一体何なのか、カジノから帰ったら詳しくカズマから聞こうと五百万相当の賭札(チップ)を「帰ったら覚えておけ」と不吉な言葉と共に送った。

 

「大変美味である」

 

一番得しているのはこの見通す悪魔だろう。金ではなく精神的な意味で。ふと、ダオス達の方はどうしているのかと目を配る。

 

「おらダオス。どんどん賭けて見ろ。帝国の底力を見せてやれ!なーに、散財してもすぐにお前の友達からチップを貰いに行ってやるぜ!」

 

「そうならないために慎重にして、てっ、あ、何をするのですか主神様!」

 

「ふふふ、今夜の私は運が良いようです。ロイヤルストレートフラッシュ、私の勝ちですなギルド長」

 

「ぐぬぅぁあああっ!?私の勝ち金がぁあああああっ!」

 

「ニャー!また負けたのニャァアアアアアアッ!」

 

「はぁー、ちまちまと勝つのは性に合わないんだけど」

 

「やった、当たっちゃった!」

 

「あ、貴女様はリヴェリア様ではないですか!このような場所でお会いできるなんて光栄です!」

 

「すまないが静かにしてくれ。いいな」

 

思い思いに楽しんでいたり同族同士の会話をしていたり、退屈でいるようではない様子であった。

 

「イチさん、もっと稼ぎます?」

 

「そうだなー。じゃ、もう一回ルーレットをやろうか」

 

「へっ!?え、あ、あの・・・!」

 

戸惑いの色を濃く浮かべ狼狽える。

 

「今度は一億枚で一点(ストレート)数字一つ賭け。配当三十六倍だ。さて、もしもまた当たったら三十六億枚となるからわくわくするなぁー」

 

「お、お客様!当『エルドラド・リゾート』はそこまでの大金は・・・・・!」

 

「お客様」

 

慌てる彼女に冗談だと、述べようとした時に仕立てのいい黒服に身を包んだ、年配のヒューマンが一誠の下に現れた。

 

経営者(オーナー)が、ぜひお会いしたいと」

 

「オーナーが?じゃあ、ちょっと待ってくれ。バニルー」

 

「既に用意したぞ主よ」

 

数億枚も入れられる箱を手押し車で持ってきてはせっせと入れ続ける作業を頼み、店の支配人なのか、初老のヒューマンは老紳士のように一誠達を案内していく。向かった先にいたのは、招待客(ゲスト)に挨拶して回っている大柄なドワーフだった。

 

「・・・・・っ!?」

 

「?」

 

こちらに気付いた相手は、酷く驚いた表情を浮かべた。しかし、直ぐに作り笑いを浮かべて両腕を広げて自らも近付いてくる。典型的なドワーフの体型。蓄えられた髭もまさにといった具合だ。茶色の髪は前髪から全て後方へ撫でつけている。高級な黒の衣装は彼の太い手足や厚い胸板を押さえつけられず膨れていた。ともすれば彼自身堅気ではない、用心棒の一人にも見える。

 

「これはこれは、あの『異世界食堂』の店主がこの大賭博(カジノ)で遊んでいただけているとは驚きました。私はテリー・セルバンティス、この『エルドラド・リゾート』の経営者(オーナー)を務めておる者です」

 

「ああ、貴方がこのカジノの経営者(オーナー)だったか。貴方の経営の手腕や多くの女性達を虜にした話は繁華街でも噂は聞いているよ」

 

「はっはっはっ。これは照れてしまいますな。私の評判がそこまで囁かれていたとは恥ずかしい限りです」

 

ここまで案内した支配人のヒューマンが退席していく中、テリーは右手を差し出した。その太い手に呼応して一誠も応じる。

 

「恥ずかしがらず誇ってもいいと思うがな。特に多くの女性を娶れることができるのは、主人の魅力が美の女神のお墨付きということだ。同じ多くの女性を従業員として働かせている俺でも羨ましい限りの一言に尽きるよ。噂によれば全員が全員、美しい歌姫のように美貌が女神顔負けだとか。さぞかし歌も人を虜にする美しいだと思うと、ぜひうちの店の看板歌手として働いてもらいたいと羨望してしまう」

 

「がははははっ!そこまで私の愛人達を評価していただけるとは嬉しい限りですな!ですが、そちらの女性達も中々の美貌の持ち主で私の妻達と引けを取りませんな。もしや奥さまですかな?」

 

「そう紹介をしたいところだが、俺自身も人気者で日々あの手この手と尽くして中々決めさせてくれないんだ。昨夜も・・・・・それはもうな?」

 

「なるほど、それは随分と・・・・・・」

 

二人は笑みを浮かべ合いながら互いの抱えている女性の話で会話の大輪の華を咲かせる。

 

「おっと、ついつい話が進んでしまいましたな。『異世界食堂』の店主殿。本日はかなりツいているご様子・・・・・そこで提案なのですが、あちらの貴賓室(ビップルーム)に来られませんか?」

 

テリーはそれまでの愛想のいい笑顔とは打って変わって、商人のような笑みを浮かべる。彼が一瞥するのは樫で作られた二人の門番が守る扉。

 

貴賓室(ビップルーム)、か・・・・・」

 

「あぁ、どうかそう構えずに。要はより高額の賭博(ゲーム)を楽しもうというわけです。最高級の奉仕(サービス)やあの部屋しかできない賭博(ゲーム)は勿論、店主殿のような・・・すみませんがご出身をお聞きに?」

 

「ああ、元帝国の貴族だった。料理を作るのが趣味でいつか自分の店を持ちたいと、夢をかなえる為に貴族の地位を捨て軍資金を集める為に冒険者になっていた」

 

「帝国の貴族!これは驚きましたな。遠路はるばるオラリオに来ていたとは」

 

「実を言うと、年が離れた昔からの友人を連れて来たんだ。ちょっと待っててくれ」

 

ダオスと主神を呼び求め、揃ってテリーから離れる。そして二人を見つけ、自分が帝国の貴族である証明を突き付けた。

 

「お初にお目にかかる。私は王位継承順位百七位の王子、ダオス・ラーズグリーズクリールフス。そしてこっちは帝国の主神です」

 

「おいおい、何か紹介が大雑把じゃないか?」

 

二人の言動に信じるほかなかったテリーは一誠を改めて貴賓室(ビップルーム)へ招こうとしたら。

 

「あ、ちょっと待ってくれるか?」

 

そう言って数分も待たされ困惑気味になったテリーのもとに一誠は猫人(キャットピープル)とヒューマンの少女、チップを大量に運ぶバニルを引き連れて苦笑いしながら戻ってきた。

 

「悪い悪い。このカジノに連れてきた知り合いに先に帰ってもらうよう声を掛け回ってた。何も言わずどこかへ行くと心配をかけてしまうからな」

 

「そうでしたか。私も配慮が足りずすみませんでしたな。ところでそのお二人は?」

 

「うちの店の従業員の一人だ。前々からこのカジノに行ってみたいと強請られて、自由に遊ばせていたんだ。失礼な言動をしてしまうかもしれないがどうかご了承を」

 

「構いません。では、改めて案内しましょう」

 

テリーの後に続いた一誠達は、きな臭い話題の場所へとうとう足を踏み入れるその最中、テリーにとって招かざる客達が紛れ込んだのは気付きもしない。扉を潜った先は、騒がしいホールから一転して物静かであった。照明である魔石灯の光は抑えられており薄暗い。に見劣りしないほどの広間であるが人の数とテーブルは少なく、空間を贅沢に使っていた。黒服の給仕と、華麗なドレスに身を包んだ美女達が、客に酒を注いでいる。樫の大扉に隔たれたホールの騒音は当然のように一切聞えることはない。遮音性に優れた広間には小さな談笑の声がやけに響く。一目で高級とわかる桃花心木(マホガニー)(テーブル)は重厚かつ幅広な作りで、それを囲む招待客(ゲスト)もまた外の富者と比べて仕草も身だしなみも一段階(ワンランク)上であった。高額賭札(チップ)をもとに彼らが興じているのは切札(トランプ)が多い。貴賓室(ビップルーム)には招待客(ゲスト)以外にも、完璧な所作を身につけている男性給仕、そしてドレス姿の見目麗しい美女、美少女が多くいる。テリーの背中を追いかけながら彼女達の姿に瞳を細めた。

 

「さぁ、こちらのテーブルへ」

 

テリーが案内したのは、カードゲームを楽しんでいる者達の席だった。都合四人。席についている亜人(デミ・ヒューマン)達はテリーと古くから知り合いなのか、気兼ねなく話しかけてくる。

 

「今夜も楽しませてもらっていますぞ、経営者(オーナー)

 

「ところで、そちらの方は?」

 

「紹介します。今宵初めて我々共の店に来られた、彼の有名な『異世界食堂』の店主、イッセー殿です。お隣におられるのは、イッセー殿のゆかりのある者達です」

 

「お初にお目にかかります、皆さん」

 

経営者(オーナー)のご厚意でこちらへ来させていただきました。よろしくお願いいたします」

 

笑顔で迎える招待客(ゲスト)達に一誠とシルが解釈を済ませるとウィズも一拍遅れて解釈すると、間髪入れず男性給仕が椅子を引いた。黙って腰を下ろせば混酒(カクテル)を丁寧に置くエルフの少女が現れる。美しくも人形のような愛想を見せるエルフに、一誠は一瞥をしてテリーに問いかける。

 

経営者(オーナー)、先ほどから見かける麗しい女性達が噂の美姫達で?」

 

「ええ、そうですとも。どうです、お気に召しましたかな?」

 

「勿論!見回すばかり美しい女性達ばかりで料理を振る舞う経営者として、もっと彼女達のような美姫達を欲してやまない。言葉が悪いように聞こえるが一体どうやってこれほどまでの美女を集めたのか、是非とも参考に経営者(オーナー)の美しいものを集める凄腕を聞かせてもらいたいものだ」

 

褒めちぎる一誠がそう言うと、他の者達も便乗するように話に乗り出す。

 

「ははははっ!店主殿も羨ましがられるとは、これは経営者(オーナー)の手腕が本物であるということですな!」

 

「ええ、我々も是非ともご教授を願いたいものですな!」

 

テリーは笑みを浮かべながら意地悪そうに言う。

 

「そこまで羨望を向けられると私も鼻が高い!しかし、残念ながら教えることはできません。私だけの特権です」

 

「まったく、経営者(オーナー)は羨ましいほどズルいお人だなぁ」

 

「ふふふ、失礼。しかし、店主殿も多くの女性を囲っているご様子ですが、まだ満足できないので?」

 

「人は美しいものに目がない。それは男でも女でも共通で、皆さんもその一人なのでは?」

 

間違いない、と招待客(ゲスト)の一人が言うと揃って笑い声をあげた。

 

「おお、彼の言葉で思い出しました!何でも遠い異邦の国から傾国の美女を娶ったのだとか!」

 

「どうか我々にも見せて頂きたい!」

 

周囲の富豪達の唱和。テリーは大笑する。

 

「がははははははっ!!皆さんも耳が早い!ええ、おっしゃる通り、新しい愛人として迎えたのです。せっかくですので紹介しましょう!おい!」

 

彼等の反応に気をよくしたのか、はたまた最初から見せる気でいたのか、ドワーフの経営者(オーナー)は一人の青年給仕に向かって手を叩いた。給仕が恭しく礼を取った後、貴賓室(ビップルーム)の更に奥から呼び出されたのは、純白のドレスを着たヒューマンの少女である。

 

「初め、まして・・・・・アンナと申します」

 

スカートの裾を持ち上げ、少女は自らの事をアンナと名乗った。しかし隠し切れない怯えを言動の隅々に滲ませる彼女を、一誠は若干目を細めた。

 

純朴そうな碧眼の白い肌、ほっそりとした顎や項、慎ましい胸の膨らみ。少女と女の間で揺れ動いている容姿は客観的に見ても可憐で美しく、女神とも張り合えることだろう。その首には他の者達と同じ首飾りがある。長い亜麻色の髪は絢爛な髪留めで結わえられており、まるで彼女の情緒を表すように微かに揺れていた。本来の明るさはきっとないだろうという一誠が思うぐらい鳴りをひそめ、長い睫毛とともに目を伏せるその姿はただただ庇護欲をそそる。同時に、男達の嗜虐心までも。。見とれていた富豪達は感嘆の息をつきながら、少女の剥き出しの肩に不躾な視線を送った。

 

「これはまた・・・・・器量良い」

 

「ええ、麗しい。女神が地に賜った美とはまさにこのこと。よく見つけましたな、経営者(オーナー)

 

「実は異国の地で巡り合いましてな。きっと神のお導きだったのでしょう。この愛らしさと美しさに私めもすぐ虜になってしまったのです」

 

経営者(オーナー)、相手が美女ならすぐころっと虜にされてしまうばかりだと、既に囲っている愛人達から凄い嫉妬を向けられてしまうんじゃないか?何時か後ろから千本のナイフを刺されてしまうぞ」

 

「ははは、確かに!さぞや肩身が狭い思いをしているのでは経営者(オーナー)

 

一誠の尤もらしい発言で他の富豪者達に笑われ、テリーは困ったように後ろに手を回して苦笑いする。

 

「店主殿の言葉に肝に銘じましょう。さてそろそろ賭博(ゲーム)を始めましょうか。店主殿もよろしいですかな?」

 

「ああ、新参者だが今夜の俺は相当ツいている。高額の賭博(ゲーム)でも容赦なく勝ち続けるつもりだが、今夜だけ俺の我儘を許してくれないか?」

 

「おや、何でしょう?」

 

「ドローポーカーをしてみたい。そしてを降りる際には、参加料(アンティ)の二倍の額を払うこと。何分こちらの方なら早く進めれて終われる。俺も明日からまた仕事に追われる身、食べに来てくれる客達の為に長居はできない。すまんな」

 

「・・・・・そう言うことでしたら構いませんよ。しかし、それならばこちらも一つ手を加えさせていただきたい」

 

パチンッ、とテリーが指を弾くと、男性給仕が大量の最高額賭札(チップ)を積んだ荷車(カート)を押して現れる。きらめきを発する白金(プラチナ)のごとき輝きの山は、ウィズを感嘆の息を漏らした。

 

「こちらで用意した賭札(チップ)でゲームをしましょう。なので店主殿にもお貸ししましょう」

 

「いいのか?ホールの方で稼いだ賭札(チップ)を変換すれば問題はないぞ」

 

「そうでしょうな。しかし、それでは公平(フェア)ではない。三億分の枚数も手元に置かれては、勝ち逃げされるのが目に見えて緊張感を伴う楽しみさが削がれてしまう。どうですかな?」

 

「ふむ、確かにそれもそうだな。では、こちらの要望に叶えてくれたからにはそちらの要望にも応えねば」

 

と、微笑むテリーと四人の招待客(ゲスト)達。しかし、その笑みの裏では暗い感情が隠されていたことに気付いたのは、意味深に口端を吊り上げるバニルだけだった。

 

「因みに二つほど質問はいいかな?一つは貸してくれる賭札(チップ)で勝った場合は?」

 

「全て店主殿の物にして差し上げましょう。ただし、私達から手に入れた余分の賭札(チップ)のみですが」

 

「わかった。次はあなたの後ろに控えている二人は?俺も冒険者の端くれ、只者ではないと感じてるが」

 

「彼等は私のボディガードです。何事にも全て速やかに対応してくれるとても優秀で信頼における者達です」

 

「おお、それは何とも頼もしい。素朴な疑問に答えてくれてありがとう。では始めましょうか」

 

テリーの背後に控えるヒューマンと猫人(キャットピープル)の男達。この二人は一誠の目から見ても実力者であった。一誠達がいるテーブルの周りを何人者の男達が取り囲みながら配られる手札を確認するや否や、深い笑みを浮かべた一誠を見たテリー達は聞いてしまった。

 

「やはり、ツいてるな」

 

「ほう、いきなり役が揃いそうだな」

 

バ二ルが一誠の手札を見てあろうことか予測を口にしたことに、テリーも、招待客(ゲスト)も、周りで見守る用心棒や給仕も、美姫達でさえも唖然とした。

 

「まだ揃ってないから何ともな。交換(ドロー)を」

 

進行役(ディーラー)に数枚渡して数枚受け取って、一瞥して伏せた。

 

「んじゃ、30枚上乗せ(レイズ)だ」

 

「「「「「!」」」」」

 

大量に投入して賭けに出る一誠にテリー達は目を張った。そこまで勝つ自信があるのかという心境になったところで待たバニルが言い出した。

 

「主、ブタなのにいきなりそんなに上乗せ(レイズ)をしてもよいのか?」

 

「俺は逆境になればなるほど強くなるって知ってるだろ?というか人の手札を暴露するな!」

 

「フワハハハハ!これは失礼!しかし、なにも賭けてもない純粋な遊びであるからして、主が稼いだ賭札(チップ)には何の損もなく三億以上の金が手に入るのだからよいではないか?」

 

「例えそうでも負けたくないっての」

 

朗らかに会話する二人の言動にテリーと招待客(ゲスト)達は、ややあって失笑した。その後全員が手役開示(ショーダウン)をすれば、一誠の手札は本当に役が揃ってないブタであった。

 

「さてさて主。次はどんな手札がくるかな?」

 

「お前、ちっと黙ろうか!」

 

テリー達はこの大柄で黒い紳士服を身に包んだおかしな仮面をつけた者と、一誠の成り行きを見守りながら着々と一誠から賭札(チップ)をかすめ取っていくのであった。

 

――――十数分後。

 

「おいバニルさん?お前が一々言うもんだからチップがこんなに減ったのだが?」

 

「ふむ、確か主は今夜は運がいいと言ったような?」

 

「その運をお前が奪って行ってるんだよこのアホ!」

 

手元の三十枚も満たない賭札(チップ)を嫌そうに危惧する一誠に心底楽し気に笑みを浮かべるバニル。この二人、相性が悪いんじゃないかと思わせるぐらいテリー達を勝たせていた。

 

「ははは、店主殿。不憫ですな。賭札(チップ)が随分と減ってしまって大丈夫ですかな?」

 

「思ってもないことを口にしないでくれるか?これ見よがしに勝ってくれちゃってまぁ」

 

「申し訳ない。勝てる時に勝てねば負けてしまうものですからな」

 

ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべるテリーは提案を出した。

 

「店主殿、彼の甘言に甘えた我々もこのまま勝つのは些か申し訳ない。どうでしょう、そこにいる執事の者と代行してもらうというのは」

 

賭札(チップ)は変わらずか?」

 

「そこまで優遇することはできないが、少なくとも手の内を明かす真似はできなくなる。如何でしょうか」

 

「・・・・・言っておくけど、こいつ、反則級な程に強いぞ?いいんだな?」

 

真剣な面持ちで言う一誠の言葉に真意はどうであれ、自分から持ち掛けた提案に立場上で今更撤回は出来ないとテリーは首肯した。

 

「構いません」

 

「そうか。なら、おいバニル。人に迷惑をかけた分、働いて勝てよ。じゃなきゃわかってるな?」

 

「無論、わかっているとも」

 

席を立つ一誠と変わってバニルが座る。

 

「では、始めようか。この不肖バニルが主の代行として務めさせていただく」

 

渡される切札(トランプ)を受け取るバニルの後ろから今までの鬱憤を込めるごとく一誠もバラし始めた。

 

「おーいきなりフルハウスとはな。これは勝ったんじゃないか?」

 

「こら、バラすではない主よ。先程の仕返しか、仕方ない交換(ドロー)を求める」

 

と言って、三枚のカードをわざと表にして出すバニル。その数字は7、フルハウスの役ができていた手札をあろうことか自ら捨てた。

 

「「「「「っ・・・・・」」」」」

 

あからさまな騙欺(ブラフ)?にしては自ら勝負を捨てた仮面の大男に疑心暗鬼の眼差しを向けるテリー達。自分の手役(ハンド)を堂々と明かす真似をして何の意味があると。しかし同じ数字を捨てて見せた手前、信じる他ない。

 

「あぁ君、アルテナワインの三十年ものを頼む」

 

獣人の老執事が給仕を呼び止めて飲み物を求めた。

 

「ほう、そこの紳士殿は上位の同カードを三枚持っているのかね?」

 

「「「「「っ・・・!?」」」」」

 

意味深なバニルの指摘にテリー達は不自然に硬直した。

 

「いや、失敬。ただの憶測であるが故気にしないで欲しい。三十年という数字の単語に思わず手役(ハンド)はフルハウスかな?と勝手に妄想しているだけだ。フハハハハ!変なことを申してすまないな、紳士殿の勝利だと把握して示し合わせたように勝負を降りようとする経営者(オーナー)達よ」

 

身体を強張らせ、苦笑いを浮かべてバニルの言う通り獣人の老紳士とバニル以外、勝負を降りたテリー達。

 

「どうやらこの老いぼれと一騎打ちのようですな。ですが、よろしいのですか?先程交換をしていなければあなたの勝ちであったかもしれないというのに勝負を降りずに賭けに出るとは」

 

「問題ない。丁度フォーカードが揃ったのでな。上乗せ(レイズ)だ」

 

ニヤリと笑みを浮かべるバニルの言葉にそれはあり得ない。引っ掛かるものか、と心中で嘲笑して続行する老紳士。

 

「では私も上乗せ(レイズ)とさせて頂きましょう」

 

上乗せ(レイズ)

 

再三にわたる宣言(コール)、小揺ぎもしない男の口端が吊り上がった笑み。これには獣人の老紳士共々、嘲笑っていたテリーや他の招待客(ゲスト)達も動きを止めた。まさか本当に―――と動揺が老紳士の顔に走るが、いやハッタリだ、とすぐに考え直す。

 

「・・・・・よろしい、では勝負といきましょう」

 

獣人の老紳士が同額の賭札(チップ)を出した。一同が静かに見守る中、手役(ハンド)が公開される。老紳士の役はバニルの予測通り、フルハウス。対してバニルは、

 

「フォーカード」

 

予告通り、四枚の『女王(クイーン)』を叩きつけた。

 

「っ!?」

 

テリー達が一斉に驚愕する。老紳士の役を上回る手役(ハンド)を見せつけられ、しばらく言葉を失った。

 

「こ、これは、一本取られましたな」

 

参加料(アンティ)上乗せ(レイズ)分の賭札(チップ)が全てバニルのもとに集められる。

引きつった笑みで取り繕っているものの、老紳士の心は穏やかではなかった。そして次の賭博(ゲーム)が開始されたが・・・・・。

 

「おっ、これはこれは、ストレートフラッシュじゃんか」

 

「・・・・・!!」

 

「主よ。我輩が悪かったからしばし静かにしてはくれまいか」

 

「はいはい、わかったよ。それと言い違えたけどただのブタだったな」

 

二人の会話の内容に招待客(ゲスト)達は顔色を変えた。『一体どっちなのだ』、『まさかまた』という疑念。呈する半信半疑の様相。押し黙るテリーが様子見で勝負を下り、合図を送られた最も強い手役(ハンド)招待客(ゲスト)が勝負を仕掛ける前にバニルがブタの手役(ハンド)を見せながら下りた。

 

「(何なのだ、この二人は・・・・・)」

 

手の内を明かしながら賭博(ゲーム)をする言動に戸惑いの色が若干浮かぶテリー達。一体何がしたい、という疑念に駆られるが一誠が黙る姿勢に入ってからというものの。

 

「ふむ、そこの小人族(パルゥム)殿はストレートであるかな?」

 

バニルは、相手の気持ちや手役(ハンド)を見透かすような言動、からかいも込めて楽し気に予告し始めた。

 

「ヒューマンの者は交換(ドロー)をすれば手役(ハンド)が成立すると思っているか?残念、しても成り立たぬぞ。因みに我輩の手役(ハンド)はペアである。フハハハ!さあ、我輩と勝負をする者はいないかな?」

 

「・・・・・お、下りる」

 

「わ、私もだっ」

 

「我輩も下りよう。この勝負は経営者(オーナー)の勝ちであるからな」

 

バニルの宣言に恐れをなし、全ての招待客(ゲスト)が勝負を回避した。テリーの一人勝ち。そこからは止まらない。

 

「そこな我輩の宣言にびくびくしてる恰幅のいいヒューマンよ。我輩はスリーカードで勝負を挑む。いかがかな?今なら我輩に勝てるぞ?」

 

カードを裏のままテーブルに伏せ、自らの手役(ハンド)を明かしては挑発する。

 

「残念、フラッシュでした!」

 

高らかに嗤い、相手をおちょくり、心をかき乱し、

 

「密かに強い手役(ハンド)を持っていることを教えぬ方が吉と出た。実際は我輩の味方になっている者の裏切り行為であるぞ。後で謝礼としてこの賭博(ゲーム)に勝った分の全額を譲る話を付けているからな。無論、誰がなのかは秘密であるがな?」

 

「「「「「っ!?」」」」」

 

テリー達の間で緊張が走り、完全に全力で悪感情を得たいがために弄んでいるバニルの独壇場となった。

逆に―――テリー達の賭札(チップ)が最初の頃より明らかに減っている。それも確実に減らしているバニルが増やしている大量の賭札(チップ)を、一行にも崩せないテリー達の表情は若干険しい。

 

「ふ、また勝ってしまった。ストレートフラッシュ!」

 

「(不正(イカサマ)か?)」

 

進行役(ディーラー)へ視線を向けると、テリーの視線の意図を察して進行役(ディーラー)は首を横に振り、後ろに控えている用心棒も無言のままそれに倣った。

 

おかしい、強過ぎる、とテリー達が心の声を一つにしていると、一誠は心外だという風に眉根を寄せた。

 

「バニルが不正(イカサマ)をしていると勘繰っていないか?」

 

「い、いえ、そんなことはないですぞ。ただ、引きが強すぎると圧倒していたので」

 

「確かに、圧倒的に勝ち続けて少々面白味がないのも頷けるな。では、こうしよう」

 

バニルの手役開示(ショーダウン)していない手札を一瞥して告げる。

 

「バニルの手札はある役が揃っている。経営者(オーナー)達はその役を当てれば今日稼いだこの賭札(チップ)を全額渡す。逆に外した皆さんの賭札(チップ)を全ていただく」

 

「「「「「っ!」」」」」

 

「ただし一人一つだけ手役(ハンド)を決めてもらうという簡単な内容。どうかな?。もうそろそろ俺は明日の仕事のために帰らないといけない時間だからここら辺で終わりにしたいんだが」

 

テリー達は思わず顔を見合わせ、そして全員が一誠の提案に乗った。

 

「わかりました。ですが、もしもその時はあなたの敗北ということになりますがよろしいですな?」

 

「ああ、当てられてしまうのではないかという緊張感ある刺激が高まって来てるよ」

 

わくわくと笑みを浮かべる馬鹿な男だとテリーは内心嘲笑した。

 

「では、私はフォーカード」

 

「フラッシュです」

 

「ストレート」

 

「フルハウス」

 

最後にテリーは「ストレートフラッシュ」と当てに来た。全員の予測を聞いてから伏せていたカードを意味深に微笑みながら開示した。同じ♠の10、J、Q、JOKER、Aの切札(トランプ)の役を―――。

 

「ロイヤルストレートフラッシュ」

 

――ガタンッ!!と獣人の老紳士が勢いよく椅子を飛ばし、腰から床に倒れこんだ。口を両手で覆う美姫達も、顔中汗を垂れ流す招待客(ゲスト)もその表情を驚倒一色に染めた。特殊札(ワイルドカード)を加えた、この日一番の最強の手役(ハンド)。眼球が飛び出ようかというほど見開いたテリーは、勢いよく背後に振り返る。

 

「ファウスト!?」

 

ドワーフの凄まじい怒号に対し、呻きながら首を横に振るヒューマンの用心棒。不正(イカサマ)はしていないという護衛の姿に、テリーはまた驚く。

 

「ふふ、残念♪皆大ハズレだったな」

 

静かに立ち上がるバニルの後ろで一誠はテリーに告げる。

 

経営者(オーナー)賭札(チップ)の換金をお願いするよ。合計四億をな」

 

「っ!」

 

はっ!と停止しかけた思考から覚醒して慌てだした。

 

「ま、待ってくださいっ。直ぐに支払える額ではない!」

 

「このカジノの財貨は億は優にあると踏んでいるのだが」

 

「確かにその通りなのですが、一度に支払う限度額を超えて・・・・・必ず支払いますのでどうか、」

 

「うーん、じゃあ担保金として代わりに用意をしてくれないか?」

 

担保金、代わりのもの?怪訝にそう言い出す一誠を見つめる。

 

「私が今すぐ担保金として用意できるものはたかが知れてますぞ」

 

「問題ない。それを決めるのは選ぶ俺自身だ。そうだな・・・・・支払いが完済できるまでの間は、この場にいる経営者(オーナー)の愛人を全員、俺の店に働かせてくれはしまいか?」

 

「な、なんだとっ!?」

 

「それが四億の担保金だ。経営者(オーナー)の美姫達なら十分釣り合うからな。なに、取って食いはしない。約束するよ、支払いが完済したら一人残らず送り返そう」

 

いかがかな?と笑みと共に提案を述べる一誠。そしてバニルが。

 

「主よ。我輩よい提案があるのだが」

 

「何だ?」

 

「その金で経営者(オーナー)殿の愛人達を買い取ると言うのは?これほど多くの者達を集めるのに大層の額を費やして様々な手口で、手中に納めたに違いない。いやー、無知な者達をこの場へ招いては共謀者達と罠に嵌め、敗者に祭り上げては違法な借金を課して招いた者達の娘を、借金の肩代わりとして無理矢理手篭めにしてきたのだ。また同じ手口で集めればよいことであろう?」

 

 

―――娯楽都市(サントリオ・ベガ)の人間ではない、そもそも、テリー・セルバンティスなどという名前ですらない別人の名を騙る、テッドという男よ。

 

 

その言葉に、ドワーフの経営者(オーナー)は固まり続いた断言に、男の顔色は激変した。バニルはそのドワーフの顔を見つめながら全てを見透かすような口ぶりをする。

 

「ふむ過去、汝はこのオラリオで違法の賭博を繰り返していた店の胴元であるな?本来この都市に来る予定だった不慮の事故で死んだ本物のテリー・セルバンティスに成りすまし、今まで好き放題やりたい放題していたようだな」

 

「・・・・・ふ、ふふ。これは、飛んだ言いがかりをつけられたものだ。何を根拠にそんなたわ言を」

 

「ふむ、では自身が潔白であるというならコレを使えばいい」

 

バニルが懐から取り出すのは、結晶の欠片と真紅の液体が詰まった小瓶。一誠はそれを見てここに来る前の時を思い返した。

 

 

「時に主よ。水色の髪に眼鏡を掛けた人間と話をさせてはくれまいか」

 

「何でだ?」

 

「彼の人間が持つとある魔道具が必要であるからな。できれば至急に手に入れたい」

 

「ふーん、何を考えているか分からないがお前がそう言うならいいだろ。直ぐに会す」

 

 

アスフィを呼びバニルが求めたのは『開錠薬(ステイタス・シーフ)』。神が眷族に刻んだ恩恵(ステイタス)を暴くだけの道具。これを使えば神の名と一緒に刻まれた『真名』という名の証拠が、その背に浮かび上がる筈だと、初めてみた道具の詳細をアスフィから教えてもらった。それとバニルは小瓶を突き付ける。異様な空気が貴賓室(ビップルーム)を支配していた。場が凍り付いたように誰も動けない。

 

状況に置き去りされた招待客(ゲスト)や美姫達、店の給仕までもが何が何だか分からない顔で、対峙する仮面の音ととドワーフを交互に見やった。平静を装おうとしているものの、これまでにない動揺の色がちらついたいた。同時に、敵対者への剣呑な殺意も。

 

「くだらない出まかせに耳を貸すつもりなど毛頭ないが・・・・・この俺、ひいては店の沽券に関わるたわ言を吹聴して回る輩を、生きて返すわけにはいかん」

 

テリーが片手を上げた途端、それまで佇んでいた用心棒達が動いた。ざわっ、とどよめきが生まれ、黒服の男達が一誠達を包囲する。慌てて獣人の老紳士や小人族(パルゥム)の富豪達がテーブルから離れるのを脇目に、金で雇われている用心棒は中堅のごとく主の意思に従った。

 

「えーっと、経営者(オーナー)?俺は関係ないよな?」

 

「この男を連れてきた店主、お前も生きて返すことはできない。恨むなら己の不運に恨むがいい」

 

「・・・・・はぁ、まさか、本当にこんなことになるとは」

 

自分まで標的され嘆く一誠。

 

「仕方ない、俺自身も戦うとするか。自分の命は自分で守らないとな」

 

真紅の長髪を金髪に染め上がり、金色の六対十二枚の翼を背中から生やすと頭上に輪っかが浮かび濡れ羽色と金色のオッドアイは蒼と翠に染まった。その様変わりした男の姿にテリーは叫んだ。

 

「ファウスト!ロロ!」

 

控えていた二人組のヒューマンと猫人(キャットピープル)の男性がテッドを守るように構え、取り囲む用心棒達に交ざる。

 

「その二人はあの暗黒時代で裏の人間達の界隈で恐れられていたあの『黒拳』と『黒猫』だ!そしてこの場にいる用心棒達は元冒険者ばかり!少数できたお前達とは多勢に無勢だぞ!」

 

とある二つ名の単語が出てきて、反応するのは「え?」と漏らす一誠以外ルノアとクロエ。ドレス姿でそれぞれ『黒拳』と『黒猫』の前まで近付いた。

 

「へえ、あの『黒拳』があんたなんだ?」

 

「ニャハハハ、おミャーが『黒猫』?」

 

「「ねぇ、何の冗談を言ってるわけ?」」

 

その場でドレスを脱ぎ去っては戦う気が満々なルノアとクロエは、ドレスの下に着込んでいた戦闘衣(バトル・クロス)と隠していたナイフと武装の黒い拳装を装備して臨戦態勢の構えを取った。これは流石に哀れだと一誠は二人に言い渡す。

 

「あー、そこの男の『黒拳』と『黒猫』さん。今すぐ謝った方がいいぞ。目の前にいるのが裏の界隈で囁かれていた本物の『黒拳』と『黒猫』だからさ」

 

「「―――――」」

 

指の関節を鳴らすルノア、ナイフを弄ぶクロエ。どちらも暗い笑みで偽物を見つめながら尋ねる。

 

「ねぇーイッセー。こいつらのLv.は?」

 

「・・・3、上級冒険者だ」

 

「ミャー達の名を騙っていた不届き者がミャー達より下だなんて笑っちゃうニャ。イッセー、こいつらを好きにしてもいいニャ?」

 

「してもいいが、程々にな。外見よし実力もよしだからそいつらを手に入れたい」

 

一誠の人材確保の欲が刺激したことを察しながら、『異世界食堂』で働かされるこの二人を自分の下に付けてコキ使える想像が浮かぶとルノアとクロエのやる気が急上昇。

 

「まかせてよ!イッセーの期待に応えてこいつらをブチのめした後、捕まえてやるから!」

 

「ニュフフフッ、絶対に逃がさないニャ!」

 

とても嫌な予感を覚え、二人から思わず距離を置く偽者達。テリー改めテッドは彼らが名を偽っていた事実に絶句。

 

「覚悟はできてる奴はかかってこい。―――すぐに瞬殺してやる。ああ、バニル。シル達を任せた」

 

「やっ、やれぇ、お前等ぁ!?」

 

取り乱しながら用心棒達に一誠達を始末するよう命令する。四方から掴みかかってくる屈強な男達。一誠はそれを手も足も出さず、翼で何十人もいる用心棒達を全て一蹴しながら蹴散らしテッドに近寄る一誠。

 

「さて、【ガネーシャ・ファミリア】に連れて行こうか」

 

テッドを拘束して今回の騒動の幕は早くも閉じて終わると一誠自身もルノア達も思っていた。偽者の『黒拳』を散々ブチのめし、偽物の『黒猫』をネチネチ毒で拷問して、名前を勝手に借りてた代金を徴収しようとして酷い目を合わせていた。この瞬間から上下関係を叩き込んでいることを一誠は露知らず、

 

「何の騒ぎだこれは?」

 

貴賓室(ビップルーム)奥から新たに現れた者。この状況を怪訝に見回しながらテッドを捕まえる一誠を見て目を細めた。

 

「・・・・・お前、転生者か?」

 

「あんな連中と一緒にしないでくれるか?そういうことを訊くってことはお前、転生者なんだな。こんなところに住んでいたとは。しかも、前倒した転生者と同じ顔の奴とか・・・・・ないわー」

 

心底から辟易する一誠の前に立つ男にシルの表情が凄く険しくなり、親の仇を見る目で睨んだ。後ろに撫でた金髪に赤い瞳、金の鎧を着込んでいる男。【イシュタル・ファミリア】に所属していた三人のうちの一人の転生者と瓜二つであった。

 

「その言い草だと、同じ特典を得た奴がこの世界に転生していたってことか。そいつと出会わなくて済んでよかったぜ」

 

「どうでもいい。お前は俺の敵になりうるのか?」

 

「そうだな・・・・・人の寝床を奪う奴は許すつもりはないが・・・・・」

 

続いて何か言いだそうとしていた男に向かってテッドはアンナの細い腕を掴んで叫び散らした。

 

「お前、こいつらの足止め、いや、殺せぇっ!?」

 

そんな捨て台詞を言い残して貴賓室(ビップルーム)奥へと逃げ込んだ二人を片目に目の前の転生者を視界に入れる。

 

「戦うのか?」

 

「・・・・・」

 

 

 

 

 

 

激しい足音を立てて、豪奢な絨毯が敷かれた廊下をひた走る。ドワーフのテッドは、全身から大粒の汗を流しながら(アンナ)を引っ張り大賭博場(カジノ)の奥へ奥へと逃げ込んでいく。雇っていた用心棒の全滅。全ての手駒を失い飛び出した貴賓室(ビップルーム)。たった先刻まで賭博の楽園の王であったはずの彼が、圧倒的な力の前によって、敗走もかくやという無様な状況に追い込まれている。

 

「あいつら名を偽っていやがっただと!何が『黒拳』だ、何が『黒猫』だ!くそったれめ!」

 

化けの皮を剥がされた男はもはや経営者(オーナー)然とした態度も忘れ、高い金で雇っていた二人組の用心棒に盛大な罵声を吐く。そこにいるのは素性を偽ったテリー・セルバンティスではなく、ただの一人のならず者、テッドであった。

 

「う、ううっ・・・・・!」

 

男の怒りに呼応して強く握り締められる手に、アンナの唇から呻吟の声が漏れる。今も必死に抵抗しているものの、華奢な生娘の力などドワーフの怪力の前では赤子も同然であった。何度も床から足が浮きながら、人質(ほけん)の娘は強引に連れ去られていく。悪趣味な銅像や絵画が飾られた豪華絢爛な長廊下。美姫達に与えられた部屋の前を次々と通り過ぎ、大賭博場(カジノ)裏側(バックヤード)へ。すれ違う従業員(スタッフ)進行役(ディーラー)が驚きを露にした。

 

経営者(オーナー)、どうしたのですか!?」

 

「この騒ぎは一体・・・・・!?」

 

うろたえる従業員(スタッフ)や残りの用心棒達に碌な説明もせず、テッドは走り続ける。

 

「こっちだ!」

 

苦しむアンナを振り回しながら、裏側(バックヤード)の複雑な道を何度も曲がり、下へ続く長い階段を駆け下りる。大賭博場(カジノ)の地下(フロア)だ。遊戯(ゲーム)を楽しむホールのような絢爛さはない画一的な作りだが、地上の(フロア)に負けず劣らずの広さを誇る。

 

「ど、どうなってる・・・!?」

 

大声を張り上げ、見張りの者達に障壁を開けさせようとしたテッドの視界に飛び込む先に、見張りの者達が全員地面に伏していて障壁が全て開け放たれていた。

 

「何が起きた!?」

 

「―――なんだ、もう逃げるのやめたのか」

 

後ろから聞こえてくる声に勢いよく振り返った矢先、テッドの恰幅のいい腹部に足が突き刺さった。

 

「ぐはっ!?」

 

蹴り飛ばされ、吹っ飛ぶテッドの身体と共に後方へさらわれないよう男の手が少女の身体をさらって守った。対して長く幅広な一本道の終点にまで吹っ飛んだテッドの身体を受け止めたのは、巨大な円形の金庫扉。

細い腰に片腕と片翼を回され抱き寄せられたアンナが赤面する中、一誠は背を向けるように踵を返した。

 

「行こう」

 

「え・・・・・で、でも」

 

「あとは【ガネーシャ・ファミリア】がやってくれる。あのドワーフの汚い手で集められた美姫達が証言すれば、尋問は避けられない」

 

テッドに背を向ける一誠はうろたえるアンナを促す。亜麻色の髪の美少女は歩み出す一誠に付いて行くが、徐に立ち止まった。

 

「あの・・・・・」

 

「?」

 

「・・・・・ありがとうございます」

 

振り向く一誠に、純白のドレスを揺らす少女は胸に両手を置く。

 

「見ず知らずの私のために、こんなところまで・・・・本当に、ありがとうございます」

 

「・・・・・怪我はないか?」

 

「えっ?あ・・・・・は、はい」

 

「よかった」

 

細い肩を今も振るわせる少女に、一誠は安心させてやるように微笑んだ。しばらく瞳を潤わせていたアンナは、はっとして顔をうつむける。不思議な反応に一誠が小首を傾げていると。

 

「ははは、演劇を見ている気分になっちゃうなー」

 

突如少女の声が虚空から聞こえたと思えば、フードを取り外して姿を現したクリス。

 

「クリス、証拠は集めたか?」

 

「目ぼしそうなものは大体ね。というか、これがないと文字も読めなかったよ」

 

片眼鏡(モノクル)を見せつけながら「凄く便利だよコレ」と称賛するクリスにアンナを渡す。

 

「なら丁度いい。彼女を地上まで送ってくれ。あのドワーフも連れてこないとならないからな」

 

「わかったよ。それじゃまた後でね」

 

クリスにアンナを任せ、後ろ髪を引かれる思いのアンナの心情を露知らずな一誠は、金庫扉に寄り掛かりながらふらふらと立ち上がるドワーフへ向かう姿を最後に二人は別れた。

 

「さて、支払ってもらう四億と俺達に対する慰謝料込みで―――全部貰おうか」

 

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