ダンジョンで様々な出会いをするのは間違っているだろうか   作:ダーク・シリウス

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冒険譚6

その日、顔にひんやりと冷気を発する保冷が整った長方形の箱の中を覗くエルフの女王の朝で迎えた。

 

早朝―――翡翠の長髪と瞳を持つハイエルフの女性が起床した。【ロキ・ファミリア】からアイズと共に【ヘファイストス・ファミリア】の団員の個人の家へ移り住んで短くない時となった日の朝をまた迎えた。

 

若干眠気がある物ものの年長者として二度寝などせず、寝間着から普段着に着替え、鏡台の前で髪を梳かし身だしなみを整え終えると今日は珍しく渇いた喉が潤いを欲した為にリビングキッチンに向かった。

 

いざ中に入るとそこに朝食の準備をしている筈の一誠の姿はいなかった。何時もならば先にキッチンで調理をしているはずが今回は自分が早かった様子。そう思いながら棚に近づき、収納されているグラスを手に異世界式の水道から水を入れてゆっくりと飲み干す。

 

冷たく透き通った水の味は乾きを潤わせた彼女に満足感を与えた。ここにいて一誠を待つのもいいが、部屋から本を持って読書するのも悪くないと考える思考とは別に視界は、長方形の箱を捉えた。

 

料理を作る際、食材を取り出している少年を思い出し、じっくりとその箱の中を見たことはなかったな、と思いが過ぎった時は長方形の箱の前に立っていた。華奢な指は扉を開けるグリップを絡めて握る手はガチャリと引っ張って開け放った。

 

直後。冬でもないのにひんやりとした冷気が、白い靄がリヴェリアの顔を添えるように通り一定の空間で漂う。翡翠の双眸は冷気の靄に包まれた箱の中身をしっかりと視認した。野菜や果物、見た事のない食材が保管されていてとても不思議だった。

 

普通はその日の内に食べ終え、またその日の内に補充しているか長く保存できるように干して保管しているかのに、下の扉を開けてみれば、更に強い冷気に包まれていた様々で多くの肉塊が氷のように冷たく硬かった。

 

「何してんだ?」

 

感心と興味で箱の中身を見ていたリヴェリアの横から声が掛った。振り向くとそこには自分より遅れて起きてきた一誠がいた。

 

「イッセー、これはなんだ?どうして食材を冷たくしているのだ?」

 

「食材の鮮度を長く保たせ、腐敗の進行を遅くするためだ。そこから発する冷たい空気は、その二つを同時に効果を発揮している。因みにその箱の名前は冷蔵庫と言う」

 

「誰だって美味しい状態の食材を食べたいだろう?」と指摘し付け加える一誠の言葉に感嘆する。食材の保管の技術の結晶がこの箱に詰まっていると過言では無かった。異世界の技術、感服すると感嘆するリヴェリア。

 

「これはお前でも作れるのか?」

 

「んー、完成度は低いけど簡易的なものだったら。てか、長く保存する為には大量の氷が必要不可欠なんだけど?この都市の周辺に雪国があるかどうかわからないし、あったとしても氷を運んでくる間は溶けて無くなるから無理か。ダンジョンも然りだろうよ」

 

ならば、残された選択はただ一つとなった。

 

「私の魔法の中には氷属性の魔法があるのだが。その氷でも使えるか?」

 

「待て、都市最強の魔導師(メイジ)の魔法はそんな軽いもんじゃないだろう」

 

使えるけどさ、と突っ込みを入れる一誠に良いこと聞いたとリヴェリアは心の中で首を頷いた。

 

「で、いい加減閉めてくれるかそこ退いてくれるか。朝食の準備ができない」

 

「ん、すまない。あとイッセー。『遠征』でも食材を保管できる携帯用の冷蔵庫とやらは作れないか?」

 

もしも現実的に作れるならば【ロキ・ファミリア】がダンジョンに持ち込めれる食材の種類が増えて、更に作れる料理も増えて団員達の士気に良い影響が出るだろうと副団長として訊ねてみると。

 

「―――氷の塊の中にブチ込めば一発で解決する」

 

俺はお前らの便利屋じゃねえ、と真顔でハイエルフの意図を悟って否定して朝食の支度を始めるのだった。そんな物言いをされたリヴェリアの表情は「すまない」と苦笑いを浮かべる。が、その後日。簡易的な新しい冷蔵庫を作ってロキ達に贈った彼に素直じゃない奴だと感想を抱くのであった。

 

 

数十分後。朝食を済ませた一誠が「ああ、そうだ」と四人に一言述べる。

 

「今日ちょっと用事があるんだ。だから何かあったら通信で教えてくれ」

 

当然ながら三人は不思議でならなかった。用事とは何だ?と、訊ねたら返答はこうだった。

 

「ただの買い物だ。ちょくちょく商人に頼んでいた物が今日と届くからさその受け取りに行くだけだ」

 

「買い物?イッセーにしては珍しいな」

 

「ふーん?三人の為に料理を作れるのはその買い物をしているからなんだけど珍しいんだ?」

 

「待て、その含みのある言い方は止せイッセーよ」と若干焦る椿の反応に愉快気な笑みを浮かべる一誠。上品な紅茶を飲んでいたリヴェリアは唇からカップを受け皿に置きく。商人と繋がりを持っていることは今初めて知って、一誠が商人を頼るほど何かあるのかと探りの意味を兼ねて問うた。

 

「商人に何を頼んだのだ」

 

「オラリオに無いもの全般だな。希少な素材とか食材も含まれている」

 

なんなら、一緒に来るか?と誘う少年をアイズは二人より早く頷いた。二人も「気になる」と同行することとなって玄関口で待ち合わせをしていると筒状のバックパックを二つ、ケースを持参して来た一誠と合流する。

 

熱い陽光の真下で絨毯に乗り移動する一行は南西付近に商人達が集う交易所へと向かった。海外から金で物を言わせて都市物流の玄関口でもあるそこには、様々な輸出入品―――歓楽街への人身売買も極秘かつ、頻繁に取引されている。そこへ商人や消費者達の邪魔にならない高度で飛んで行く最中。目的の商人らしき人物がロキと同じ糸目でニコニコと笑みを浮かべ、周囲に護衛らしき者達に囲まれながらこちらを見上げていた視線とぶつかう。絨毯は高度を下げ、その人物の前に停まると降り立つ一誠が握手を求めた。

 

「久しぶり」

 

「はい、お久しぶりです。貴方様がお求めになられた依頼品は全てご用意させてもらいました」

 

旅人の軽装の出で立ちの初老の男性から伸ばされる手を握り交わされる握手。物腰が柔らかそうな感じで笑う表情から一切変わろうとせず、『優しいおじいちゃん』と印象を抱かせる。

 

「ん、じゃあ見せて?」

 

「かしこまりました」

 

手を掲げる商人に呼応して護衛達はサッとどこかへ駆けだしたかと思うと直ぐに大きなバックパックを複数持って戻ってきた。それを一誠の前に丁寧で置き、蓋を開ける。少年はバックパックの中を一つ一つ突っ込んだ顔で確認した後、一人の少女のヒューマンから分厚い本を受け取り、軽く中身を読み―――パタンと閉じた。

 

「ん、ご苦労様。ありがとう。これが約束の報酬金」

 

ここまで持ってきた筒状のバックパックを商人へ手渡し、彼も一誠と同じように中身を確認すると笑みを固めながら頷いた。

 

「ありがとうございます。確かに―――2億ヴァリスを受け取りました」

 

「「「ぶっ!?」」」

 

中身が大量の金=ヴァリスであったことに噴いた三人を他所に、一誠はケースを徐に商人に向かって開けた。中身は通信式の腕輪だった。しかも10個に説明書付きだ。それらとは別にもう一つを直接商人に手渡す。

 

「後はこれ、遠く離れていてもお互い連絡ができる魔道具(マジックアイテム)とその使い方を記した説明書。付け加えて言わせてもらうと、その腕輪だけ直接俺と通信できるようにしてあるから壊さないでくれ」

 

「おお、また便利な代物をお創りになられたとは。はい、かしこまりました。ふふ、これでさらに活動範囲が広がると言うものです」

 

「なら、これからも頼んだぞ?」

 

「ええ、分かっておりますとも。今後とも―――我が商業系【ファミリア】にご贔屓をお願いいたします」

 

ペコリと頭を下げる商人に倣うように護衛達も頭を垂らし、顔を上げた彼等は踵返して報酬金を大事そうに抱え一誠達から遠ざかるその背中を見るまでも無く絨毯にバックパックと一緒に乗る一誠。

 

「・・・・・あの商人達と繋がっていたのかお前は」

 

「ん?知っていたのか?」

 

「いや、どんな男神なのかは知らない。だが、億越えの報酬金を軽く渡すほどお前が依頼した物は貴重な物ばかりなのか?」

 

リヴェリア達も乗り込み、商人達や労働者達からの奇異な視線の中で空へ舞い上がる絨毯は、真っ直ぐ北と北西のメインストリートに挟まれた区画へ向かった。

 

「俺個人的だったらそうだけど、リリア達にとっては別にそうじゃないな」

 

「そうなのか?ならば、手前らにとって貴重では無い物と見合わぬ報酬金を渡すのだ」

 

「あの【ファミリア】の夢を知ったからさ。俺はそれが面白いと思ってこれで二度目だけど法外な報酬を渡している」

 

「夢?」と聞いてくるアイズに対して常夏の空を見上げる。果てしない空の彼方―――そこに商人達【ファミリア】が望んでやまない理由がある。

 

「さて、今回の輸出入品はどんなもんかなー」

 

 

城に戻って早速広い空間のリビングキッチンでバックパックの中身の品の一つ一つを本に記された詳細を読み、確認しながら分ける作業を没頭する。そんな少年の前には興味深々と椿達もいて海外の品々を触れていた。

 

「海外から取り寄せた素材とはまた珍妙な。この木材は確かとあるエルフの森にしか手に入らない貴重な物ではなかったか?」

 

「さぁ、俺は貴重な素材を集めてくれって頼んだだけだから実際どんな素材なのか実物とこの説明書を見ない限り分からないよ」

 

食材、木材や金属、鉱石、装飾品等々、様々な輸入品がバックパックの中に詰め込まれていた。外の世界の一部を知ることができる品々にアイズは金眼を好奇心に輝かせてあれやこれやと触れて気になる物は一誠に訊ねる。

 

「しかし、これだけ集めるにも相当の消費の筈・・・・・よもや、報酬金とは別に渡しては無かろうな?」

 

「ん?2億ぐらい渡して買いに行かせてるんだけど」

 

「・・・・・お主、金銭感覚は大丈夫か」

 

そもそもその大金、去年の間どうやって稼いでいるのか逆に気になってしょうがない。呆れ果てる椿に一誠は口を開いた。

 

「金より大事なものがあるのに金の方が大事っておかしいじゃん」

 

「・・・・・それが、これなのか?」

 

「これは別。これは俺の収集品(コレクション)だからな」

 

立ち上がり、何故か本棚に近づく一誠は一つの本をスッと押し込んだ。直後。本棚が鈍く重たげに音を鳴らしながら下に沈み込み、本棚は足場となり、壁面に無い筈の長方形の口が開いた。眼を見開く椿達は、直ぐに立ち上がって後ろから覗きこむと・・・・・。

 

膨大な量で山積みにされた黄金もといヴァリスを囲む陳列窓(ショーウィンドウ)の数々に口をあんぐりと開けた。

 

「そう言えば教えてなかったな?俺の趣味は珍しいものを集める事だ。つまり収集品(コレクション)だ」

 

ニヤリと笑みを浮かべた彼に信じられないものを見る目で視線を送る。自分達の知らないところで一誠は何かをしていると言う証拠がここに全てあった。だが、どうやってこの一年数ヵ月間の間、ここまで集めたのだろうか?

 

「イッセー、これだけの大金。毎日『深層』にでも行かない限りは得られはしない。一体どうやって貯め込んでいる?」

 

「そりゃ、冒険者と同じことをしているさ。それ以外あるのかと言われれば、一番の要因は賭博場(カジノ)で稼ぎしている」

 

「そ、そうなのか・・・・・」

 

金庫とも過言ではない空間から出て、再び海外の品々を調べて分け始める一誠に驚愕の衝撃がまだ残ってしばらく静かに立ちつくす三人だった。

 

「お―――おお、これは使えるな」

 

その時、身の丈ほどある大きな黒い鱗を手に説明書を読み上げた一誠は嬉しそうに発した。その鱗の正体は何なのか。その鱗を見た瞬間、動悸が激しくなったアイズが何かを知っていそうだった。

 

 

 

闇派閥(イルヴィス)の連中がここんとこ息を潜めて大人しくしとるのがきな臭いんやけど、暇やなぁー」

 

「オラリオが平和であることじゃろう」

 

「そうだね。こういう日が常日頃迎えるようにするのが僕らの役目でもある」

 

リヴェリアがいない執務室でほのぼのとした会話をする古くから付き合いが長い三人。何時もなら女性眷族にちょっかいというセクハラ行為をするが今はそういう気分ではなかったロキは少々暇を持て余していた。

 

「グヘヘ、暑い時期だったら大賭博場(カジノ)のところの水泳施設(プール)に行ってたんやけどなぁ~」

 

「止めい。最大派閥の印象が台無しになるわい」

 

この時期、最も人が集まりそうな娯楽施設に赴くことも構わないロキの未来の行動の予想は難しくなかった。それこそ変態っぷりに女性の柔肌を蹂躙しまくって警備に通報されてもおかしくない。それで最大派閥としての名声に悪影響が及んでしまったら困るのは眷族達の方だ。呆れるガレスと困った顔をするフィンに「冗談や冗談」と苦笑いする主神は不意に、ポンと手を叩いた。

 

「せや!イッセーがおるんやないか!」

 

「イッセー?・・・・・ああ、そういうこと」

 

聡明なフィンは直ぐに察した。この世界、それも人類や神々が思いもしない楽しいことを知っているかもしれない一誠に教えてもらおうと言うことを。うきうきと腕輪を利用する主神は、元眷族に通信を繋げるのだった。

 

 

 

「楽しいこと?知っているには知っているけど、どんな風に楽しみたいのか教えてくれないと教えることができないぞロキ。多種多様だからな」

 

カァンカァンと燃え盛る炉の炎の前で鉄から不純物を除き、形を変えて武器や武具として完成に精を出す一誠の傍にロキ達が佇んでいた。今は巨大な両刃斧(ラビュリス)を打っているのが誰の目から見ても明らかで―――ようやくといった息を漏らし、完成したその巨大斧を、もう一つの同じ斧を手にして柄の先の部分と重ね、捻るとカシャンッと音が鳴った。

 

「ん、完成」

 

「異様な斧じゃな。なんじゃそれは」

 

「見ての通り、二つの刃が連結できる武器だけど。それを単純に斧にしたに過ぎない」

 

ガレスに投げ渡され受け取るとずっしりとした重量が手に伝わる。皆から離れ、軽く連結した斧を振るう。連結刃と同じだがそれを斧にした一誠の発想は奇異に思いながらも・・・・・。

 

「ふむ、悪くない。斧を外せるのじゃろう?」

 

「柄の繋ぎ部分を回せば可能だ。因みにそれ『アダマンダイト』で打ったから威力と強度は保障できるよ」

 

「お主、とんでもない金属でこれを作ったのか」

 

素材の無駄遣い、としか思えないのだがそれは作った本人の自由だ。呆れた風に息を漏らした後。

 

「イッセー、これはいくらで売ってくれるか?」

 

「買うんかいガレス!」

 

「まあ、実を言うと僕も彼の作品の槍を何本か持っているんだけどね。属性付きの槍は面白いからさ」

 

「あー、だから槍の補充を求められたのか。毎度あり。で、それは試作品だからタダでいいよ。ただの思いつきで打っただけでそれを使いこなせる冒険者はたかがしれてるし」

 

ガレスは無料で武器を手に入れた!

 

「それで屋内と屋外、どっちで楽しみたいんだロキ?」

 

「屋内がええかな?」

 

「屋内ね。因みにこの世界で手軽に遊べる娯楽って何があるか知ってる?」

 

「カードとそれとチェス、それと外に行けば賭博場(カジノ)があるね。ロキが言う水泳施設(プール)もあるよ」

 

成程、と鍛冶の器具を片づけながら聞く一誠の頭の中では、様々な遊戯が溢れ返っている。一通り片づけ終えて三人に近づく。

 

「大抵は体を動かすことになるけどそれでもいいなら」

 

「構わへんで。異世界の遊戯はどんなのがあるのかうちは興味深々や」

 

「んじゃ、こっち。まだ椿達も知らない場所に案内する」

 

工房から出る少年の背中を追い、屋内用の履物で大理石の床を歩く。向かった先は三階で何故か一部屋しかなかった。そこに四人は入ると壁際に立てられた棚の中に様々な道具が収納されていたり、中には網が張ったテーブル、更に離れた空間の向こうにも二本の柱に細長い網が張られてあったり四角の板にリング状の網が高い位置に掛けられてもいた。周囲を見渡せば様々な物が設けられていた。見た事のない物が殆どのロキ達は驚嘆の眼差しで見る。

 

「ざっと俺が住んでいた世界の遊具と遊戯がここに詰まってる」

 

「つまり、ここはある意味異世界の空間ってことかな?」

 

「ん、そうだな。仮初の空間だが・・・さて、まずはどれを教えようかな」

 

「ならばイッセーよ。あの編みを張ってある物は何じゃ?」

 

太い指で指摘するガレス達に説明する。

 

「あれは跳ねる玉を使って遊ぶものなんだ」

 

「跳ねる玉じゃと?」

 

「そ」

 

まずはあれからだと一誠が動く。ロキ達もついて行き、ガレスの頭ほどもある玉を編み状に作られた鉄製の籠から取り出して、床に落とすと玉は一誠の掌に戻るように跳ねた。バンバンと音が鳴った直後に跳ね続け、一人で勝手に跳ねる様子を見て、「ほー!」と感嘆する三人。

 

「跳ねる玉なんぞ見たことも聞いたことも無いわい」

 

「そんで、それをどーやって使って遊ぶんや?」

 

「あの網の籠の中に入れるんだ。この玉、ボールを使ってバスケットボールと言う運動をして勝負する」

 

「勝負?対人戦か何かかい?」

 

「うん。基本的に身体能力だけで一対一だったり集団同士で遊んだり勝負したりするんだ」

 

ボールを床に落として弾ませながらゴールから離れた位置に移動したそこから慣れた手つきでボールを投げ、弧を描いてリング状のバスケットの中にスポッと入り床に落ちる。

 

「今見たとおり、ああやってボールを籠の中に入れて点数を競う。ただし、試合には必ず規則(ルール)があるからそれを守った上で勝負する」

 

「むぅ・・・集団で、しかもボールとやらを籠の中に入れるだけで点数を稼ぐ。現物を見ず話だけであったらちっとも理解出来んのぅ」

 

元より異世界のスポーツだ。異世界に無いものを口頭で説明してもちんぷんかんぷんだったろう。蓄えた髭をさするガレスの心情は尤もだと同感するロキは他の物にも指摘する。

 

「それじゃ、他の編みを張ってあるもんも似たようなもんなん?」

 

「ん、そうだよ。まぁ、他にも色々とあるから教えつつやってみたいと思う遊戯で楽しんでみようか」

 

「そうだね。頼んだよイッセー」

 

その日、ロキ達は一通り遊んでみて、これが一番だと大いに楽しんだ物は―――太鼓で遊ぶ遊戯だった。流れる音楽の一定のリズムで叩き点数を稼ぐのだが、音楽を聴きながら太鼓を叩くのは新鮮だったと三人は語った。

 

「儂好みの熱くさせる遊戯はあるか?」

 

「遊戯、というより運動ならあるぞ?お互いの体と魂を燃やしてぶつかり合うようなものだ」

 

「ほほう、そんな心躍る勝負が異世界にあるとは是非ともやってみたい。イッセー、その勝負を儂としてくれぬか?」

 

特にガレスは相撲と言う運動をいたく気に入って、何度も一誠に勝負を申し込んだ。体と体を衝突し合い、汗が飛び散り、勝利への執念と熱い闘志を燃やし、魂をも激しくぶつけあうダンジョンのモンスターとでは味わえない一時を楽しんだガレスであった。

 

「がははっ!楽しかったわい!存外イッセーもやるではないか!」

 

「すまないイッセー。年甲斐もなくガレスがはしゃいでしまった」

 

「ほんと、この世界のドワーフって力が強いなと思ったよ。でも、ガレスは第一級冒険者だから一般のドワーフの力量はわからないけど。ロキ、それを無くしたり壊したりしないでくれよ」

 

「勿論や、この将棋と盤を貸してくれてあんがとーなー。帰ったら早速二人とやってみるで!それと今夜も飯たかりに来るからよろしく!」

 

満足した顔で木製の盤と数多の駒が入った二つの箱を持つロキ達は【ファミリア】に戻る。奥深さを知ったからには団長のフィン辺りがダンジョン攻略の為に模索するかもしれない。駒を仲間の団員と見立てて戦略を考えるように。見送った後、一誠は鍛冶の仕事でも戻ろうと振り返ったが。

 

「「「「・・・・・」」」」

 

今の今までいなかった四人が、意味ありげな視線を向けて佇んでいた。

 

「イッセー、何やら手前らがいないところで面白そうなことをしていた様子だな」

 

「・・・・・何してたのか、教えて」

 

「後で三人に聞けば分かることだが、な」

 

「何してたの?」

 

ハブられて面白くないっとそんな雰囲気を醸し出すアイズを筆頭に、椿とリヴェリア、二人から自分達も知る権利はある筈だと言わんばかり見つめられ、今度から一緒に誘うべきかと苦笑いする。

 

(今度から声を掛けよう)

 

数時間後の夜―――。

 

「フィンー、ガレスー、イッセーの飯食べに行くでー!」

 

「全く、本当にたかりに行くのじゃな・・・・・」

 

「すっかり異世界の料理が好きになったみたいだね」

 

執務室の机に乗って扉を開けて入ってきた【ロキ・ファミリア】初期からずっと今日まで過ごしてきた古き子供の二人を開口一番で誘うロキに一誠も大変じゃの、とガレスは溜息を零す。

 

「ンー、御馳走になりっぱなしだね。次はお土産でも持ってこようか」

 

「リヴェリアとアイズにも世話になっとるからの。儂からも何か用意しよう。ロキ、お主もじゃぞ」

 

「せやな。そのぐらいせぇんと愛想尽かれてしまいそうや」

 

辟易としながらも料理を作る一誠が突然くしゃみをしたのは三人の知る由もなかった。揃って腕輪を触れて転移先に『幽玄の白天城』と表示された場所の名前を押すと人一人分しか入れない魔方陣が足元に展開して、ロキ等は執務室から光と共に一瞬でいなくなった。

 

 

血のように赤い、ではなく深くて濃い赤がグツグツと煮込んでいる音を立たせているところを金眼の視界いっぱいに映り込んだ。鍋の中で煮込まれた、深い深い色のスープの中には肉と野菜がまざっていてアイズとアリサの関心を引き寄せて止まない。乳を使ったスープ、シチューなら食べた事あるが深い赤色のスープは見た事無いと何時までも釘付けでいれば、このスープを作った料理人もとい一誠が話しかけてきた。

 

「今日はビーフシチューだ」

 

「ビーフ、シチュー?」

 

「食べた事が無いか?」

 

「うん」答えるアリサは木製の脚立に乗って鍋の中身を見ながら頷く。そっか、とそれ以上何も言わず別の料理を作っている一誠の手元にも視線を注ぐ。

 

「全くロキの奴。俺は料理人じゃないっての。料理作るのは嫌いじゃないけど」

 

今夜、ロキが食べにくることは既に聞いている。最初は面倒臭そうに溜息を吐くがそれでも料理を作る意向は真面目で手を抜かない。さて、今彼は何を作っているのだろうか。脚立から降りてその脚立を別の位置に変えてまた乗って確かめると、鮮やかな明るい茶色と卵の黄色と白が混ざり合い4つのフライパンの中で煮込まれている。

 

「これ、なに?」

 

「ガレスと椿の飯だ。あの二人はビーフシチューだけじゃ物足りないかもしれないから念の為に作っているんだ」

 

大食いのドワーフと印象を抱いているのか、他にも料理を作って食べさせようとしている。まだ自分も食べた事が無い料理を。「私も食べてみたい」と願う幼女に「分かってるアイズ達の分も作ってある」と言われ、嬉しそうに感謝の言葉を述べた時。リヴェリアがロキ達をこの場に招いてきた。その後、

 

「ちょっと、私は・・・・・」

 

「よいからよいから。主神様も一緒に食べようぞ」

 

半ば強引に誘ったヘファイストスを連れてきた椿。久しぶりに現在の主神と眷族が顔を見合わせ、恥ずかしげに赤らめた顔を反らし、気まずそうに頬を掻く双方にアイズ達は不思議そうな面持ちで見た。

 

「そんじゃ、ほい、今夜のメニューはビーフシチューだ。先に食べててくれ」

 

「赤っ!うちとファイたんにイッセーの髪よりめっちゃ赤いっ!これがシチューだなんて奇怪や!」

 

「変な例えをしないでよロキ」

 

「これはこれで何とも奇怪な・・・・・」

 

各々の前に置かれるビーフシチューを奇異な視線で迎えた。だが、ロキ達の間では異世界の料理。それも一誠が作った美味しいものとして銀色に輝くスプーンを持っていただくことにする。深い赤色のスープを一口。

 

「む・・・・・」

 

「おー、もしかしてこれ。葡萄酒(ワイン)を入れてるんイッセー?」

 

リヴェリアとロキがビーフシチューに使用された材料を気付いた様な反応をした。

 

「ご明察だ。軽く炙って限界まで煮込まれた肉の旨味とじっくりと煮込まれて甘みを増した野菜が加わって、さらに無数の香辛料や香草、赤葡萄酒(ワイン)を加えて煮込んだ結果。凝縮され出た旨味が深い深いコクとなって完成に至るのが、ビーフシチューだ」

 

調理の工程を教えられ感心するロキは一口。深いコクが下の腹に広がりまた食べたいと思わせる上品な味が胃袋を直撃する。

 

「ふぅむ、葡萄酒(ワイン)を使った料理なんて初めてやなぁー。これ、デメテルにも食べさせてあげたいわ。イッセー、用意できるなら頼んでええ?」

 

「自分で持って行くんなら一食分は用意する。てか、いたのね。豊饒の神様」

 

魔法の絨毯でかの豊穣を司る女神の本拠(ホーム)に訪れ、「うちの元眷族(こども)が作ったシチューやで」と薦めて食べさせたところ、ふわふわとした蜂蜜色の髪と同色の瞳の女神が一誠に凄く興味を持ったのは余談である。

 

「このスープの味が染み込んだ肉も美味いが、ビーフシチューとやらだけではちと足りんのぉ」

 

「手前もそうだ。イッセー、他に何か作っておらんのか」

 

案の定、一誠の予想通りの発言をする椿とガレスにアイズは意味深な視線を送った。まだ調理台のところにいる彼は台車を押してメインディッシュとばかり縞模様の丼ぶりの存在を見せつけた。

 

「ンー、なんだかイッセーが料理人みたいで手際が良過ぎるよ」

 

「すまないな。ロキとガレス、お前達も謝れ」

 

「「すまん。反省しているが後悔はしておらん」」

 

「二人とも、謝ってない」

 

アイズたんに突っ込まれたー!と笑いが生じる最中でビーフシチューの隣に丼ぶりを置く。

 

「さて、俺も食べよっといただきます」

 

丼ぶりの蓋を開けた。その直後。辺りに漂う香ばしく、甘い香りに一誠は自分で作った料理にご満悦な表情を浮かべる。第一級冒険者ともなれば嗅覚も優れるので、丼ぶりから解放された甘い香りが鼻を刺激し、食欲に後押しされる。自分達の丼ぶりへ手を伸ばし、蓋を開けると変わらない香ばしさが面々の顔まで上昇する。鮮やかな明るい茶色と卵の黄色と白が混ざり合った食欲をそそる色合いが目に飛び込む。

 

「イッセー、これは何という名前の料理じゃ?」

 

「カツ丼。戦いに『勝つ』・・・・・『勝利』するって意味がある。材料は肉と卵に飯で栄養価満点だ。これは受け売りだけど、戦う男のメシなんだ」

 

話を聞き、聞いたガレスは、くっと笑みを零す。

 

「がっはっはっ!儂等冒険者からすれば縁起の良い料理の名前じゃわい!そうか、勝利にカツ丼か!がっはっはっはっ!」

 

呵々大笑の声を轟かせた。フィンも同感なのか笑みを浮かべていて、「良い料理の名前だ」と言った。

 

「ほら、冷める前に食べてくれよ。肉と飯と一緒にな」

 

「おおう、そうだった。ではいただこう」

 

縁起の良い料理が冷めてしまえば勝利が委縮しまいかねないとスプーンを持ってご飯と一緒に卵でとじられた肉を豪快に口の中へ入れたその日から、ガレスは「すまん、今夜もカツ丼を作ってはくれまいか」と密かに一誠に頼むようにするほど大好物となった。

 

「なぁ・・・・・俺、冒険者止めて料理を作る店を構えた方が良いか?」

 

「「だ、駄目っ!」」

 

「手前も反対だ」

 

故にちょっぴり料理人になった方が良いかと考えてしまい、冒険者として、鍛冶師(スミス)として続けるべきだと断固反対を申し出る三人に説得された。

 

 

「結局一食分残ったな。ほい、ロキ。会った事のない女神によろしく」

 

「絶対美味しいって言うで?」

 

「その後どんな反応されるか想像出来んがな」

 

別れの際に交わす元主神と元眷族の会話はそこで終わり、冷める前に女神のところへ行くロキは先に戻った。

 

「イッセー、何時もごちそうさま。次来る時は何かお土産を持ってくるよ」

 

「リヴェリアとアイズの願いを叶えてくれておるからの」

 

「期待しないで待ってるよ」

 

フィンとガレスも遅れて【ファミリア】に戻りに転移魔方陣でいなくなった。後はヘファイストス―――と思ったが。

 

「主神様ならもう帰ったぞ。便所に案内しながらやり残した仕事があると言っておった」

 

「何時の間に。気付かなかったな。まぁ、ようやく落ち着いたー。【ロキ・ファミリア】にいるんだか【ヘファイストス・ファミリア】にいるんだか全然分からん時があるぞ俺」

 

「どっちもその眷族が同じ家にいるのだからな。そうなっても仕方がない」

 

共に見送ったリヴェリア達に振り返りどこか申し訳なさそうにハイエルフが申した。

 

「・・・・・私とアイズがいて迷惑か」

 

「・・・・・」

 

今さら何を言っているんだが。ふぅと鼻で息を吹いて彼女の額に指を弾いた。

 

「っ・・・?」

 

デコピンされた額に手を添えて鳩に豆鉄砲をくらったような顔をするリヴェリアに呆れ顔で言う。

 

「アホ、迷惑だったら迷惑だってとっくに言ってるっつぅーの。そうじゃなきゃ、今が楽しいから一緒に住んでいるじゃないか。アイズだって俺がまだ【ロキ・ファミリア】にいた頃よりずっと笑っている方だぞ」

 

「・・・・・イッセー」

 

「リリアが俺と一緒に住むのが嫌なら一言『すまない、本拠(ホーム)に戻る』で十分だ。嫌じゃないなら俺とアイズの傍でずっとこの家で生きて過ごせばいい。違うか」

 

腰に手を当てて、リヴェリアに真意を訊ねる一誠の背中によじ登って、肩口から顔を覗かせるアイズもジッと彼女を見つめる。アイズの母親として師として、傍にいるこそが自分の務めだと考えているハイエルフは、ふっと困った顔で息を吐露する。

 

「本当にお前は変わったやつだ・・・・・ああ、嫌とは一瞬たりとも思ってない。これからも一緒にいさせてくれまいか」

 

「ん、それでいい。そんじゃ、俺は部屋で寝るよ。後片付けは椿がしてくれるしな」

 

いきなり話を振られ、目をキョトンとする椿。心底不思議でならないと口を開いた。

 

「む、何時の間にそんなことになっておったのか。だが、致し方が無い。世話されている手前、そのぐらいはしてやらんといかんな」

 

「私も手伝う椿」

 

「「私も」」

 

三人も手伝いに買って出て、一誠は頼んだと自室に戻った。寝ると言ったのは建前で、実際はオラリオの外で集められた素材をどんな形にしようか模索する為、没頭を望んでいる。黒い扉へ辿り着き、自室の中に入ると違和感を覚えた。

 

「・・・・・」

 

誰もいない筈のベッドが膨らんでいる。警戒して手から光刃を伸ばし、安眠する為の寝具へ近づくにつれ、誰がいるのか把握した。

 

見慣れた白い作業着の背中に紅髪。―――何で俺のベッドにいる?と怪訝な眼でその者に手を伸ばして起こすわけでもなく、一誠はベッドに乗り出し布団の中に潜り込んで、瞑目した。

 

「・・・・・」

 

「・・・・・」

 

「・・・・・ちょっと」

 

「・・・・・ZZZ」

 

寝息で返事された。背中を向けていた筈の人物、ヘファイストスは姿勢を変えて反対に振り返りこの部屋の主の少年の顔を見た途端。左眼を開けたまま寝息を立てていた彼の者にドキッと体が震えた。目を開けたまま寝ることができるのかと、そう思ったがそうでなかった。

 

「今度は起きてる」

 

「びっくりさせないでよっ」

 

女神を釣る為の演技だった事を知り、深い息を吐いた。

 

「で、何故に俺のベッドの中に。椿からもう帰ったって聞いたけど」

 

「帰ったフリをして、ここで待っていたのよ・・・・・あの件について」

 

ケリをつけたいのだろう。彼女が言わんとしている事を察して「ごめんなさい」と先に謝罪したのは一誠だった。

 

「安眠を邪魔されると手が出るんだ」

 

「手が出るって・・・・・じゃあ、他の人にも?」

 

「いや、殆ど俺は寝ぼけてやってるから正直あんまり記憶にない。でも、男だったら殴って黙らして、女だったら口で黙らす的な感じで・・・・・うん、一方的にごめんなさい」

 

自分が全面的に非があると謝って済む問題ではないがとにかく謝罪の念だけでも伝えたかった一誠を、ヘファイストスも謝り出した。

 

「寝ているところを悪戯した私も悪かったわ。だからあれは、自業自得だと受け止めることにいしたのだけれど・・・・・寝ぼけて私を黙らそうとしてたのね」

 

奪われ損じゃない。と自嘲的な笑みを浮かべ、一誠はうっと見えない槍に良心が深く突き刺さった。

 

「・・・・・すみませんでした」

 

「もういいわよ。終わってしまった後の事だし、お互い謝った。いいわね」

 

「・・・・・そこまで言うなら」

 

双方が有耶無耶にせず件のことを水に流すことで終わった。が、女神が「奪われ損」という単語に気になって問うた。

 

「ヘファイストスは今まで好きな団員がいなかったのか?」

 

「・・・・・」

 

その問いを受け、彼女は静かに語った。

 

「求愛はされてきたわ。私を超える武具を、私に認めてもらえる最高の物を作ることができたらって。でも、それが叶った子は今まで一人もいないわ。でも、それ以前に私は女として失格なのよ」

 

疑問符浮かべる一誠に卑下するわけでも自嘲するわけでもなく、ヘファイストスは淡々と言葉にし、己の右眼―――漆黒の眼帯に触れた。

 

「この下にはね、貴方がびっくりするほど醜い顔が広がっている」

 

「・・・・・」

 

「不思議でしょ、神なのに。私も散々思ったわ。天界では他の神に嫌厭されたし、笑われた」

 

彼女は顔の右半分を覆う眼帯に手を添えて、苦笑する。火と鍛冶を司る神は、神にあらざる醜い相貌を持っている。完全完璧である筈の神が有する欠陥。『神の力(アルカナム)』をもってしてもどうにもすることのできない。彼女を鍛冶神(ヘファイストス)たらしめる素顔。男神女神かかわらず、他神達には『醜顔』と嘲笑され侮られ、惨めな思いをしてきた。

 

「この眼帯の下を見て、笑ったり不気味がったりしなかったのは、たった一人の小さな女神よ」

 

「ロキも不気味がったのか?」

 

それだったらちょっと、話をしてくると言う一誠に首を横に振った。「やめなさい。全員が全員じゃないから安心して」と諭された。

 

「今話した通り。もう察したでしょう。この眼帯の下に隠された醜い顔を私に求愛した眷族()達は怯えた。それ以来、誰も求愛はしてこなくなったわ」

 

当然でしょうね、と自覚して眷族達の心情を責めるわけでも無く受け入れるヘファイストス。今でもその眷族達は彼女のもとで鎚を振るい、武具を打ち続けているようだ。話を聞き終えるまで大人しくしていた一誠は、何を思ったのかその漆黒の眼帯に左手を伸ばした。

 

「ちょ、ちょっとっ」

 

動じる声を無視し、滑らかな紅髪に触れながら、あっさりと眼帯を外す。ベッドの中で横たわり硬直するヘファイストス。初めて一緒に見る彼女の両の眼。そして視界に飛び込んでくる女神の素顔。己より身長の低い、瞳を揺らす彼女をジッと見つめていた一誠は―――顔色変えず、呆れた風に息を漏らす。

 

「拍子抜けだな。この程度のことで怯えて遠ざかるのか先輩達は。俺だったらお前の一部だと受け入れるのに」

 

その言葉に、目を見開くヘファイストス。

 

「ヘファイストスに鍛えられた覚えはないけど、敢えて言わせてもらうぞ」

 

更に彼女との距離を縮め、鼻先がくっつきそうなほど金眼と紅眼の視線がぶつかり、自分の思いをぶつけた。

 

「凍りつかせるようなお前の顔を見ても(おれ)の熱は、こんな程度で冷めることは絶対に無い」

 

鍛冶師(スミス)として主神に対する想いは不動だ、と断言する眷族の少年の言葉で頬がうっすらと染まるヘファイストス。しばらくして近い距離で見つめていた鍛冶神は、ポツリと言う。

 

「・・・・・返してちょうだい」

 

返却に応じた少年から眼帯を受け取り、起き上がって右目に眼帯を付け直した。顔の右半分を覆ったヘファイストスは顔を左右に振り紅髪を揺らした後、窓の外から差しこんでくる月光に浴びて見つめてくる。

 

「一つ聞かせて。事故とはいえ私と唇を重ねて、私の醜い部分を知ってから今どう思っているのか」

 

「気持ちは変わらない。醜い部分だろうとそれはヘファイストスの一部だ。てか、俺より醜くないから正直安心した」

 

「貴方が醜い?変な事言うのね」

 

「醜いさ。寧ろ、ヘファイストスがショックを受けると思うよ。―――俺は誰かに好かれることはあっても誰かと寄り添うことはできない秘密があるからな」

 

それが、ロキが知らない方が良いと言う秘密なのだろうと推測し、一誠の過去にどんな闇を抱えているのかヘファイストスはまだこの知らない。ごろりと背中を向け始める少年。寝に入るのか、それとも己の醜い部分とやらを見せたくないのか彼女に振り返る気配は無かった。

 

「・・・・・何時か、その秘密を教えてちょうだいね」

 

「気が向いたらな」

 

その背中に優しく話しかけ、適当に相槌を打つヘファイストスと一誠はここで寝ている間にいなくなるかと思ったが。

 

「そういえば。ヘファイトスから見て俺の打った武器はどう評価しているんだ?」

 

ずっと何も言ってこなかった作品の評価。初めて家に招き打ってみせた刀にも良し悪しの一つも言わなかった。今日まで打ち続けた武器は二桁を超えている。鍛冶を司る女神の感想を聞いてから寝ようと一誠は起き上がったのでヘファイストスは素直な感想で答えた。

 

「きっと椿と同じよ。純粋に武具を打つ鍛冶師(スミス)達とは違って異なる技術で常識を壊す。他の眷族()達でも見ても真似できない貴方の技術は私すら驚かせた。常識はずれな一つ一つの武具は私が認めるほどの作品よ」

 

「おおー・・・・・」

 

鍛冶神に認められていた。その事実に心から喜び、更なる作品に対する意欲が増して嬉しく笑みを浮かべた。

 

「・・・・・そうね。今日まで私を認めさせた作品を【ファミリア】に貢献し続けてくれた貴方に、椿の我儘でこの家に住まわせてくれてるお礼を兼ねて何か褒美でもあげましょうか」

 

何がいいかしら?主神自ら打った武具か何かなら直ぐにも用意できると思いつつ、これまでの一誠の貢献に褒美を上げても問題無いと提案した鍛冶神に一誠は爆弾発言を言った。

 

「じゃあ・・・・・今度は事故じゃない方がしたい」

 

「え?・・・・・。・・・・・――――っ」

 

最初は理解できなかったが、薄々と意図を悟って、紅髪に負けないぐらい顔を紅潮させた。ここで冷静沈着で凛とした面持ちに動揺の色が誰から見ても分かるぐらい浮かびだす。

 

「そ、それは・・・・・ほ、他に無いの?」

 

「ない(キッパリ)」

 

ハッキリと言い返され、赤らめた顔で困った表情をしてチラチラと何度も一誠を見る。いざ本当にするのかと思うと胸の動悸が激しく高鳴り、顔は分かるほど熱くなる。さっき自分に対する想いを聞かされたばかりに意識がさらにしてしまう。どうしよう、と戸惑っているそんな初心な姿を見せる鍛冶神に一誠はあの時と同じように腕を伸ばし、彼女の腕を掴んで布団の中に引きずり込む。

 

「イ、イッセー・・・・・ッ」

 

「褒美をくれるって言うなら。事故じゃなくて自分の意思でヘファイストスとしたい」

 

今度は寝ぼけてでなく己の意思でヘファイストスの上に覆い被さり、真っ直ぐ見下ろす一誠。

 

「他の先輩鍛冶師(スミス)達が鍛冶神や女神、主神としてでなく一人の女のヘファイストスから避けるなら俺が貰う」

 

「っ―――!?」

 

その言葉を耳にした途端。心臓が今までよりも激しく高鳴った。左の金眼を見ても本気なのだと強い眼差しを浮かべている。こんな醜い顔を持つ女神を強引に押し倒して直接口にする眷族はいなかったので彼女は動揺の色を目に浮かべる。

 

「ま、待ってよ。永遠を生きる私達にまとわりつかれたって、損をするだけよ?家庭なんてものも作れないわ」

 

「永遠に好きでいてくれるなら大歓迎だ。作れないなら作れるようにすればいい」

 

「―――ほ、本当に本気で言ってるの貴方・・・・・」

 

愕然に尽きる。醜顔を見せて怯えた眷族達と違う反応をされ、心底驚きうろたえる。褒美は口付が良いと言われてから話が妙な流れになってしまっていることに気づいていない。二人ともだ。

 

「本気で言っている」

 

「っ」

 

いよいよヘファイストスも返事をしなければいけなくなった。真摯に求められ動揺する鍛冶神は己を上から見下ろす少年を見つめ、羞恥で朱に染まる顔と潤う瞳で意を決して口を開こうとした時だった。腕輪の宝玉が点滅する。不満げに眉根を歪め、女神から遠ざかり、ベッドから離れた位置で通信を繋げると真剣な表情のフィンが映り出した。

 

『すまないイッセー。さっきリヴェリアにも伝えたけど闇派閥(イルヴィス)が騒動を起こし始めた。僕等はコレの鎮圧にあたるが君の力も借りたい』

 

「・・・・・りょーかい。人の大切な時間を邪魔する輩には絶望を与えんとなぁ」

 

『・・・・・もしかして、怒ってる?』

 

「そう見えるなら、そうだと思うぞフィン」

 

通信を切り、嘆息する。ベッドにいるヘファイストスに振り返らず、「聞こえていた通りだ」と話しかけた。

 

「今から戻るのは危ないからもう少しだけここにいてくれ。返事はまた今度で良いけど今回のことは椿にも言うなよ」

 

「・・・・・分かった。気をつけなさいね」

 

鎮圧に向かう一誠の姿が部屋から消えると、深く安堵の息を漏らした。緊張で高まる心臓の鼓動を落ち着かせようとギュッと胸の前に手を握る。

 

「・・・・・もう。あの子ったら強引なんだから」

 

暗い部屋の中で独白するヘファイストスの顔に、まんざらでもなさそうな笑みが浮かんでいた。

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