ダンジョンで様々な出会いをするのは間違っているだろうか   作:ダーク・シリウス

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冒険譚1

北西のメインストリート、通称『冒険者通り』へ足を運んでいた。己の実力もとい秘密を探られる恐れが浮上した為、【ロキ・ファミリア】のホームに長居は危険だと判断した。こうしている間でも何かしらの秘密を抱えているのだと教えているようなものだが、根掘り葉掘り問い詰められるよりはマシかもしれないと逃げるようにいなくなったのだ。

 

さて、これからどうしようか。と二つのバックパックを背負って行く宛てもなく、冒険者御用達の大通りを闊歩する。『冒険者通り』と名に違わず、同業者を標的(ターゲット)にした専門店がいくつも立ち並び、とある最大鍛冶師の【ファミリア】の支店もそこにあるのだが一誠は知らない。

 

 

―――ポツ

 

「・・・・・雨か」

 

間が悪いことにポツポツと水滴が降り始めた。灰色の雲に覆われた空は、瞬く間に強い雨を都市にもたらす。この世界でも雨の性質は同じなんだなと他人事のように思いながら虚空を歪めて作った穴から傘を取り出し、バサッと開いて雨を凌ぐ。横から殴り付けるような雨の中、目的も行く宛ての無い徒歩を続けている時、大降りの雨の中で路地裏から出てきた銀髪の幼女。傘どころか雨具もなく全身ずぶ濡れの姿でどこに向こうか分からないが、放って事はできなかった。

 

「おい、傘も差さずどうした」

 

「・・・・・」

 

足を停めて声を掛けた一誠を見上げた。幼女の澄んだ青い瞳に生気の光が無かったことに真剣味が孕んだ顔つきとなって跪いた。左目に続々と立体的に浮かび上がる幼女の情報を視ながら、驚くべき事実を知りつつも頼れる人間は今この場に一人しかいない故、手を差し伸べた。彼女は―――一誠と同じ異世界から来た異邦人で、ロシア人であることを。幼女は静かにロシア語で声を掛けると口を開いた。

 

「・・・・・パパとママ、食べられちゃった」

 

開口一番に答えてくれたのは悲惨な出来事の吐露だった。それは子供の戯言、冗談でも夢物語でもないことをこの状況で言う筈が無いと考え相槌を打った。

 

「大きな怖い化け物にか」

 

「・・・・・うん」

 

目の前で喰われたか、両親に守られて喰われたのか。どちらにしろ幼い子供にとって酷く衝撃的で酷なことだっただろう。慕っていた人の死は無関心でいられるわけがない。自分もそうだったように。

 

「・・・・・大好きな人が死ぬ辛さは俺も知ってる。目の前で悪魔に殺されたことがある」

 

銀髪の頭の後ろに片腕を回して胸に抱き寄せる。

 

「これからどうしたい」

 

「・・・・・どうしたい?」

 

「ああ、これから何がしたいのかどうしたいのか。お前の願いを聞きたい」

 

「・・・・・私の、願い」

 

そうだ、と肯定する言葉は周囲や傘から伝わる雨音に包まれる。幼女はその問いに対してどう答えようか悩み、考え・・・・・結論に至った。

 

「パパとママを食べた化け物を・・・・・倒したい」

 

 

 

 

 

灰色の雲から降り続ける雨に打たれながら走ってくる女がいた。褐色の肌に黒の短髪。この場にいないお子様のアイズや副団長のエルフなど話しにならない程の体の凸凹を持っており、さらしに包まれた豊満な双丘は走る度に揺れる。黒曜石のような黒い髪は額や頬に張り付いて直ぐにでも風呂に入りたい気分に駆られるが、彼女は主神に呼ばれていたことに思いだした頃にはこの天候だった。

 

「―――ん?」

 

途中女性は、全身に金色の宝玉がある真紅の龍を模した全身型鎧(フルプレート)の者を視界に入れた途端、雨宿りするつもりで走っていた足を停めて、注視するような視線を送り始めたが一誠は気にもせず横を通り過ぎた。

 

「あいや待て」

 

傘を持つ手の腕を掴み何故か引き留められてしまった。よく見れば肩に幼女を乗せている。対して鎧を着込んだ人物は、何だと視線を向けながらさりげなくこれ以上体を濡らさないよう配慮して傘の中に入れさせた。気を使われていることに気づいているか定かではない少女は鎧や傘を観察する眼差しを送る。

 

「お主、妙な鎧を着込んでおるな。それにこの雨を凌ぐ道具も手前は見たこと無い」

 

少女の言葉に「だから何だ?」と首を傾げる思いの相手の気持ちなど知らない女は、雨に濡れないようにしながら一誠の腕を引っ張り始めた。

 

「興味がある。このまま手前と主神様のもとへ来てもらえぬか?これを開いたままでな」

 

行く宛ても無い目的も無い男は予想外な展開に半ば唖然として引きずり込まれる。この少女は一体何者なのか、主神の目の前に連れ出されるまで取り敢えずついていくことにした。

 

 

「そんな理由で、どこの【ファミリア】の子達か分からないのに連れてきたのね」

 

「うむ!」

 

呆れた声音で特徴的な漆黒の眼帯を左眼に付けてる少女に対して紅髪紅眼、右眼に覆う漆黒の眼帯の女性、否、女神の前に一誠と幼女は借りた布で身体を拭きながら立っていた。周囲を見渡せば本棚や壁に掛けられている数本の鎚、女神が肘をついている机には紙の束が置かれていて、ここはどうやら執務室の様であると察した一誠に、隣で盛大にその通りだと頷く少女に女神は溜息を零して「ごめんなさいね」と謝罪の言葉を送った。

 

「私は【ヘファイストス・ファミリア】の主神、ヘファイストスよ。こっちは団長の椿・コルブランド」

 

「ヘファイストス・・・・・」

 

神の名前を知った途端、鎧の中で目を丸くした。己が知るヘファイストスの性別が違っている故に耳も疑ってしまった。

 

「貴方、どこの【ファミリア】の子?」

 

「【ロキ・ファミリア】」

 

「・・・ロキの?」

 

ヘファイストスも意外な神の【ファミリア】の眷族だと知らされてキョトンとした。これだけ注目を浴びそうな鎧を着ていて話題の一つも上がらないのは不思議なのだ。

 

「新しい眷族なのかしら?何時から彼女の眷族に?」

 

「半年前から」

 

「半年?不思議ね、貴方の様な目立つ鎧を着ている子供なら、ロキの眷族だったらなおさら噂ぐらい聞く筈なのに」

 

「その半年間ずっとダンジョンに籠っていたから噂すら立ってないんじゃないのか?」

 

半年もダンジョンにいた。下級冒険者が本当にそんなことしたのかと疑うが・・・・・嘘か真かヘファイストスは判断できないでいる。下界に降りて以来初めての経験だ。人類が述べる言葉が嘘か真か分からないなど。

 

(この子・・・・・一体何者・・・・・?ロキは何を考えて・・・・・)

 

「しかし鍛冶神のヘファイストスだったか。ならちょっとお願いがあるんだが」

 

「お願い?特注品(オーダーメイド)かの?」

 

「んや、鍛冶の工房を借りたい。どこか使ってない工房とかあるか?」

 

奇異なことを言う。他派閥の冒険者が他派閥の主神に直接仕事場の一つを貸してほしいなど【ファミリア】を結成して以来初めて言われた。鍛冶の経験があるのだろうか。いや、あろうが無かろうがいくら馴染み深い女神の眷族とはいえ、最大鍛冶派閥(ヘファイストス・ファミリア)の仕事場を安易に貸すほど・・・・・。

 

「お主、鍛冶の経験はあるのか」

 

「なきゃ言わんよ。理由はしばらくホームに戻りたくないのと同期の仲間に剣を作ってやりたいんだ」

 

「粋な計らいをする。相分かった。手前の工房でよければ貸すぞ」

 

―――ちょっと待ちなさい。心の中でエア突っ込みをするヘファイストスが待ったを掛けた。

 

「椿、どうして今日会って間もないロキの子供に世話を焼こうとするわけなのか説明して頂戴」

 

「鍛冶を打つことができれば立派な鍛冶師のはしくれであろう主神様。何、タダで貸し与えようとは思っておらん。手前の仕事の遅延した分の対価を後日貰い受けるつもりでいる」

 

「んーそういうことなら・・・・・これでいいか?」

 

筒型のバックパックから取り出したのは何かの爪と純白の一本角。それをヘファイストスの執務机に置かれるとその二つの内、一本角を見て何なのか察すると眼帯を付けていない目があらん限り見開いた。

 

「・・・・・これ、一角馬(ユニコーン)の角?」

 

「そ、で、こっちの爪は中層で見つけた竜から得たドロップアイテム」

 

「―――『ヴィーヴィル』の爪かっ!?」

 

どちらも希少種(レアモンスター)であり、『ヴィーヴィル』に至っては竜種なだけあって戦闘力はかなり手強く、額にある莫大な富が約束された宝石を狙わんとしている冒険者達多くは被害を出して返り討ちに遭っている。

 

明らかにLv.1の下級冒険者が倒せる筈の無いモンスターだ。そのドロップアイテムを手にしていると言うことは、倒したと言うことになる。他の冒険者から譲ってもらった等の推測も立てれるが、レアなモンスターのドロップアイテムを無償で譲る馬鹿な冒険者はこのオラリオにはいない。

 

ならば、最も納得できる理由は・・・・・。【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者が希少種(モンスター)を倒して得たドロップアイテムを持たせ、目の前の者に武器を作らせようとしている。そう考えてもおかしくも無いし自然だ。ただ、貴重な素材で鍛冶師の真似事をさせようとしているのは何故なのか疑問なのだが。

 

「・・・・・悪いけど、いくらロキの眷族の子だからと言って私の眷族の仕事場を貸し与えることはできないわ。鍛冶師を目指したいなら改宗(コンバージョン)して改めて来なさい」

 

主神として、鍛冶の女神として彼の者の申し出を断った。相手は素直に応じ、どこか残念そうに肩を落として幼女を連れ執務室を後にした。

 

「良いのかー?折角の貴重な素材を貰えそうであったのに」

 

手前は構わなかったのだぞ、と玩具を取り上げられたような子供のような表情を浮かべる椿に溜息を吐く。窓の外を見ればどんよりとした灰色の雲がまだオラリオを覆い、大粒の雨を降らし続けている。そんな土砂降りな雨の中、傘を差して北西と西のメインストリートに挟まれた区画へ来た一誠。そこには人っ子一人もおらず、誰かがここに来るような気配も感じさせない彼にとって絶好の場所。

 

(そうだな・・・・・別にあそこ(ロキ・ファミリア)に住まわなくても問題ないよな)

 

半年後、自分は抜けるのだから。そう意味深に思いながら幼女をある場所へ連れて行った。そこは第一級冒険者でも絶対見つけられないと断言できる場所―――。

 

「これが・・・・・俺の家だ。今日からお前も一緒に住む家でもある」

 

「・・・・・一緒に住む、家」

 

「そうだ。それとこのあと強くなるために必要な儀式を済ませに行こう」

 

「・・・・・お願いします。・・・・・あの、名前」

 

お互い、自己紹介もしていなかったので名前は分からずじまいであった。二人は顔を見合わせ改めて自己紹介し合った。

 

「イッセーだ。お前は?」

 

「・・・アリサ、アリサ・イリーニチナ・アミエーラです」

 

その日、【ロキ・ファミリア】にアイズの他にも新たな幼女が入団を果たし、そう仕向けた一誠と共に忽然と消える事があった。

 

【ロキ・ファミリア】に入団して八ヵ月。アイズは中庭で一人、剣の素振りをしていた。青空が広がる昼下がり、剣をもって空間を切り裂いていく。

 

(あの人・・・・・また一人でダンジョンかな)

 

またしばらく顔を見せない者を脳裏に浮かべ、自由にダンジョンへ出入りできることに羨ましさと若干の嫉妬。仲が好いも関係も深くなくも無いのに何故か存在感だけは濃かった。全身に鎧を着込んでいるからだろうか。話をする時は何時も〝強さ〟に関してだからか。

 

(強くなっているかな・・・・・)

 

前回はどこまで階層を踏破したか分からないが【ランクアップ】間近まで経験値を得ている筈だ。・・・・・多分。だから、規制されている自分と違って長くダンジョンにいられる彼が羨ましく早くも更なる高みへ目指せる彼を嫉妬する。早く自分もダンジョンに行きたいと逸る気持ちが強くなる。ぶんっぶんっと剣を熱心に雑念を払うがごとく振り続ける。仮想の敵に向かって何度も切り結ぶ。虚空に向かって剣技を繰り出す。

 

―――と、突如巻き起こる一風がアイズの金髪を激しくたなびかせた。振るいだす剣技を一瞬だけ止め、何だと思いながら閉じてしまった目を薄らと開けば、目の前に真紅の鎧を着込んだ者と見たことが無い銀髪に青い瞳のアイズと同じ年頃の幼女が立っていた。

 

「よ、アイズ。久しぶりだな」

 

「・・・・・貴方は」

 

またしばらく本拠地(ホーム)を留守にしていた、さっき考え事していた人物が前触れもなく、手には青い鞘収まっている剣を握って現れた。静かに金眼を丸くして驚く幼女へ庭に茂る草を踏みしめがちゃがちゃと鎧を擦らせ近づいた全身型鎧(フルプレート)の者は・・・・・剣を持つ手を突き出した。

 

「俺の剣は譲ることはできないが代理品ならやる」

 

「・・・・・え?」

 

柄を握り鞘から解き放たれる長い剣の剣身は、今まで使っていたものより長い剣身は、アイズに合わせ作られた短剣のカテゴリといえど、彼女にとっては長剣と呼べる代物だった。剣身にはどこまでも穢れを知らない真っ白さとうっすらと青と金の波紋が走っており、滑らかな刃は確かめずともその切れ味のほどが分かる。一目見たアイズが「綺麗」と呟くほどの美しい剣に、受け取った。

 

「剣の銘は・・・・・祝福の風剣(リィン・フォースソード)

 

祝福の風剣(リィン・フォースソード)・・・・・」

 

剣の名を呟くように唇で転がす。蒼天を衝く最初の愛剣(リィン・フォースソード)は、その剣身を輝かせた。

 

「・・・・・いいの?」

 

「言っただろう?お前の気持ちは理解できるって。なら、その背中を押させてもらっているだけだ」

 

後で団長等から小言を貰いそうだがな、と自嘲的な笑みを鎧から漏らす。この人は・・・・・本当に自分のこと知っていてくれる。自分と同じように誰かが強くなりたいと憧憬を抱いた彼の背中を押したのだろうか?それと同じことをして自分を被せているのだろうか?

 

「アイズ、いま暇か?」

 

「え?うん」

 

「そうか、んじゃ俺と模擬戦をするか」

 

俺も暇になったからここに来たんだがなと腰に佩いている剣を抜き放って金色の剣身を太陽に煌めかせた。彼と初めて模擬戦をすることになり、受け取った剣でアイズも構えた。二人の間に静寂が訪れ邪魔する者は―――木陰に隠れている主神以外いなかった。

 

「いくぞ?」

 

一瞬、相手の姿がブレ出して消えた現象に目を張り、がちゃっと耳朶を刺激する音が背後から聞こえた。後ろを振り向く時間すら惜しいと、ほぼ条件反射で剣を真上に掲げた直後。か細い腕や全身に衝撃が襲った。そして感嘆を漏らす相手から素早く離れて剣を構えたアイズに対して彼の者はジッと見つめるだけだった。

 

「見ない間に随分と短期間で強くなっているんだな。本当に俺と違って強くなっている。団長達に鍛えられている感じかな?」

 

そう言いながら剣を振るってきた。ギリギリでアイズが反応できるほどの速度で一度振るってきたと思えば三度の斬撃が一度に襲われることもしばしばあった。時折軽い体術も駆使され、アイズは翻弄されたことも。【ファミリア】に入る前に世界中で修行をしていた、等と話は聞いたがあながち嘘ではないようだ。しかし、だからどうしたと言うのだ。幼い少女は肌にかすり傷や切り傷が付けられても決して退こうとはしない、押し負けないと必死に剣を振るい続ける。己の悲願の達成の為に。

 

「うああああああああっ!」

 

 

それから小一時間も経たずして幼女は庭に横たわって疲弊しきった全身で荒い呼吸をしていた。体力の限界まで続けられて、動けなくなった相手に模擬戦は終わりだと告げるかのように中庭から姿を消した彼の者は主神に半年以上経ってから初めての【ステイタス】更新をしていた。

 

「自分は本当に急にいなくなったと思えば急に現れて猫かいな」

 

「猫か・・・・・今度、アイズを猫みたいな服を着せてみようか。絶対可愛いぞ」

 

「猫のアイズたんって・・・・・!」

 

くぅ~っ!と想像しただけで身体を悶える主神は後日、猫の寝間着を着された幼女の可愛さに思わず我を忘れて抱きしめようとしたが、張り倒されると言う光景を三人の亜人(デミ・ヒューマン)と着させた張本人の前で見せた。

 

 

「で、イッセー。アリサたんを連れてきたかと思えば急に連れ去って自分、今まで何がしたかったん」

 

「その内教える」

 

更新を目的に背部の鎧を無くし背中を晒す一誠に血の付いた人差し指で滑らし、【ステイタス】の更新を整える主神はそこで眉根を怪訝そうに寄せた。

 

「なんやこれ」

 

「どないしたん?」

 

ロキの口調を真似する一誠に答えず、ジーと背中を凝視する。だが、何時までもそうしているわけにはいかず、ささっと【ステイタス】の写しを終え、更新も終わらせた結果。

 

「―――自分、本当に半年間もダンジョンに籠っていたんか?」

 

 

イッセー

 

【ステイタス】

 

Lv・1

 

力 :I0

 

耐久:I0

 

器用:I0

 

敏捷:I0

 

魔力:I0

 

 

 

「「・・・・・」」

 

ロキに渡された更新用紙を見て、信じ難い内容に硬直した一誠。この半年間、遊んでいたわけではないのにこの0という数字の変動の無さに愕然とした。

 

「うちもこーいうの初めて見たんやけど。あれだけアイズたんと模擬戦して何の変化も無いんっておかしい話や。でも、事実がこうして実証されとるからなぁ・・・・・」

 

更新の手続きをした本人ですら声音に戸惑いが含まれていた。理由は不明。しかし、ロキと一誠はそれぞれ別の理由を隠しているが故に【ステイタス】は変わらなかった本当の理由は知らない。

 

「・・・・・しょうがない。もっと強いモンスターを狩る他ないか」

 

「だからってアイズたんみたいに無茶するんのは駄目やからな?ちゃーんとこの家に戻ってくること」

 

「善処するよ」

 

背中を晒していた背部の鎧が音を立てて覆い隠し、立ち上がる一誠はロキの部屋を後にし、アリサも更新を受けて完全にいなくなるのを待ってから独り言のように意味深なことを天井を見上げながら呟いた。

 

「この『スキル』。フィン達におしえとこーかな」

 

 

イッセー

 

【ステイタス】

 

Lv・1

 

力 :I0

 

耐久:I0

 

器用:I0

 

敏捷:I0

 

魔力:I0

 

 

スキル 異常不明(アンノウン) 戦闘時のみ発動。階位(レベル)、『基本能力(アビリティ)』が反映・真価を発揮し、全能力の超高補正する。

 

 

「何なんやろうなぁ・・・・・イッセーの『スキル』」

 

神ですら把握できない未知。不思議と疑惑を通り越して好奇心がくすぐられた。

 

「あー失敗したわ!こんな『スキル』が発現するんなら、あんな契約を了承しなければよかった!」

 

初めて一誠と出会い、交わされた眷族(ファミリア)になる条件―――を思いだし、今さらロキは部屋の中で叫ぶほど後悔した。

 

『一年間だけお前の眷族になる』

 

既に半年以上が経過した。残り数ヵ月も経てば自分の手から離れて自分の道を歩むだろう一誠をロキは今さら後悔し朱色の頭を両手で抱えながらベッドへ倒れた。

 

「くそぅ、せめてあの色ボケ女神んとこに行かせんよう言っておくかぁ」

 

せめてのけん制と唸りながら考えるロキだった。あの女神の耳に入れば同格の派閥だろうがあまりの欲しさに仕掛けてくるかもしれないと杞憂する。後に一誠の『スキル』は団長達にも知らされ、留守をしがちな仲間の確保に息を潜める。

 

 

同日のその日の夜。加工された魔石の灯りが夜のオラリオの至る所で蠢く影を捉えた。全員、同じ衣装で統一していて邪で悪意の満ちた目を持つ集団は人気のない路地裏や建物の陰で息を殺し何かを待っている姿勢で佇んでいた。待っていてしばらくして一人の女性が一人で大通りに歩いているところを狙い、息を殺し身を陰に隠していた集団が大通りへ躍り出てその女性へ襲いかかった。

 

翌朝。とある店舗の扉にナイフで突き立てられた羊皮紙がこう記されていた。

 

『主神は預かった。天界に送還されたくなければ、ギルドや他の派閥に助けを求めず指定した数の武器と魔剣を用意しろ。逆らえば即座に主神の血が凶刃に染まると知れ』

 

脅迫状とも言える内容に主神を誘拐された眷族達は怒り、救出に赴こうとする眷族は多かったが、逆にどこで主神が幽閉されているのか分からないが故に従う振りをして他の【ファミリア】に救助を求める冷静な眷族もいた。

言い争う団員達を前にして団長は主神を救う最善の選択を強いられる。が、女神の誘拐事件は何時しか、火のないところに煙は立たぬとして噂はオラリオ中に広まった。最大鍛冶派閥(ヘファイストス・ファミリア)の主神の誘拐が。

 

 

「これより、誘拐されたと思しき【ヘファイストス・ファミリア】の主神を探索する。十中八九闇派閥(イルヴィス)が関連している可能性がある。皆、悟られず怪しい人物がいたら深追いはせず逐一報告をしてくれ」

 

【ロキ・ファミリア】は【ヘファイストス・ファミリア】の団員達の心情を汲んだ上で、そして露も知らず行動に移った。団員達は本拠地(ホーム)の正門前に立つ団長と副団長、ドワーフの大戦士から蜘蛛の子を散らす様にして東西南北の各区画とメインストリートへ赴く団員達。彼等彼女等を見届けるその六つの双眸は川の流れのように逆らって泳ぐ魚のごとく入れ違う真紅の全身型鎧(フルプレート)を着込むもう一人の団員と幼女が、巻いた大きな布を持って姿を現し、集団で町へと向かう同じ派閥の者達へ向ける視線を三人の亜人(デミ・ヒューマン)へ変えた。

 

「何か遭った?」

 

「開口一番、長い間ここを留守にした団員の言葉とは思えないね」

 

「ここじゃできないことをしていたからなぁ。こっちはこっちでやりたいことがあったし、別に一人ぐらい本拠地(ホーム)からいなくなっても大して気にしてなかっただろ」

 

「僕達が仲間を見捨てても気にしない、とそんな風に思っているのかい?」

 

「団員達を率いる団長達がそんな奴らだったら【ファミリア】としての結束と機能はここまで保ってないだろ」

 

話を戻し、現状を把握を求める一誠にフィンは軽く説明した。

 

「【ヘファイストス・ファミリア】の主神が闇派閥(イルヴィス)に誘拐されたらしい。僕達は女神の発見・救出に行動したばかりだ」

 

「ふーん?だから町で見掛ける冒険者達は気を引き締めていたのか」

 

中には怖い顔をしていた連中もいたし、と語る一誠からの情報に当然だろうとばかり首肯するドワーフの大戦士。

 

「で、三人は待機?」

 

「私達は最大派閥のトップだ。動けば直ぐに悟られる」

 

「でも、今さっきの連中だって同じだろ。いいのか?」

 

「【ファミリア】の徽章(エンブレム)を外しておるから直ぐには悟られんわい。で、お主はどうするきじゃ」

 

ドワーフから投げられた問いをこう述べた。胸を張って鎧の中でドヤ顔を浮かべて。

 

「アイズと遊ぶ」

 

「「「お前も探しに行くんだ」」」

 

「異口同音で門前払いかっ」

 

肩と頭をがくりと垂らし、渋々とした雰囲気を醸し出す一誠は徐に布を広げた。そして「分かったよ。探しに行けばいいんだろ行けば」と呟きつつアリサを預けて、何故かその上に乗り腰を降ろして胡坐を掻くと―――三人の目の前で布が宙に浮き、空へと飛んで行った。開いた口が塞がらないフィン達は、目を見開いたまま誰かに声を掛けられるまで空を見つめ続けていた。

 

「・・・・・布が空を飛んで行っただと」

 

魔道具(マジックアイテム)の類かな」

 

「信じられんわい・・・・・」

 

 

【ヘファイストス・ファミリア】の店舗(テナント)の執務室に団長の椿・コルブランドが気を張り詰めた表情で執務机に寄り掛り、沈黙を貫いていた。主神を救うべく最善の選択を選んで現状は極めて遺憾ながら団員達に任せて武器の製造に当たらせている。主神の安全が第一だと考えても、これで相手が素直に応じてくれるとは考えにくい。

 

だとしても何もせず主神を天界へ送還されては、鍛冶神の眷族として、一人の鍛冶師(スミス)として許せない。闇派閥(イルヴィス)に従うなど癪であるが彼女なりの最善を選んだ結果である。が、結局のところ手掛かりも無い、捕らえられたヘファイストスがいる場所の情報も無い。誘拐事件も漏洩していて他派閥の団員達が探し回っている。今さら他派閥に捜索を止めろと言っても聞いてはくれるとも思えない。歯痒い思いを抱いて、主神の誘拐を許してしまったことに対して許せない自分は結局、何もできない無力さを痛感する。

 

ガンガン。

 

「?」

 

窓硝子を叩く音。漆黒の眼帯で覆われた左眼と一緒に黒い右眼を窓硝子の方へ向けた時だった。窓の外に真紅の鎧を着込んだものがジーと彼女へ視線を向けていたではないか。因みに執務室は二階にある。どうやってこの窓を覗いているのか分からないが、見覚えのある相手にギョッと目を張る彼女の目の前で壁に大きく穴が開き、そこから入ってくる一誠と対峙した。

 

「お、お主・・・今、どうやって壁に穴を・・・・・?」

 

「まーそれは一先ず置いといて、ヘファイストスのことは聞いてるぞ。【ロキ・ファミリア】も探し始めた」

 

最大派閥も捜索に出た。椿は強力な協力者達にありがたいどころか、迷惑だと首を横に振った。

 

「手前らは頼んだ覚えはない。いい迷惑だとフィンに伝えておいてくれ」

 

「下級冒険者の俺に頼むんじゃなくて自分で頼んだ方が真実味があるぞ。まぁ、俺も探せと命令されてな。ヘファイストスを見つける鍵を貰いに来たんだ」

 

なに?と信じ難い気持で怪訝な目つきで一誠を見つめる。そんな物がこの執務室にあるのかと椿は疑った。無理のないことだが、一誠にとっては自信満々だ。

 

「何を言っておるか。この中に主神様を見つける鍵があるなら手前らはとっくに助けに行っておるわ」

 

「でも、分からないから探しに行けないだろう?」

 

「・・・・・知った風な事を言うな。下級冒険者のお主が何をしても手前らと同じで何もできん」

 

「んじゃ、俺が何してもお前は俺に異論も追及もしてこないでくれよ?」

 

何だ、この者の自信は。理解しがたい椿の気持ちを知ってか知らずか、執務机の前に移動して跪く一誠はどこからともなく用意したチョークで床に幾何学的な魔方陣を描き始めて椿は目を丸くする。

 

「何を・・・・・」

 

「俺を信じてくれるなら教えてもいいけど?ああ、普段ヘファイストスが使っている物はあるか?」

 

椿は動かない。何をしようとしているのか理解が追いつかず、ただ一誠を見つめることしかできない。声を掛けられても答えず魔方陣を描き終えてから一誠は立ち上がり、執務室の中を見渡したところで机にある筆を視界に捉え、それを掴み取った。椿が見ている手前で魔方陣に筆を置き、両手で魔方陣に触れ―――魔力を込めた。

 

カッとチョークで描いた魔方陣に光が宿り、置かれた筆も光に包まれれば形を崩し、肉眼でも見える紅の光の粒子と化して魔方陣の上で宙を舞い続ける。

「こ、この光は・・・・・?」と戸惑う椿に光はぐるぐると回ってから壁をすり抜けて外へと飛び出すのを見計らって、一誠も壁に開いた穴から外へと飛び出した。

 

「お、お主っ!今の光は一体何なのだ。手前に説明してはくれぬか!」

 

「だったら一緒に来るか?早く行かないと見失う」

 

「っ!」

 

碌な説明もしてもらえず、こうして己が躊躇している間にもあの光はどこかへと行っているのだと言外する一誠からの誘いを、一か八か掛ける椿も壁の穴から飛び出し、宙に浮く布の上に乗った。

 

「そんじゃ助けに行くとしますか」

 

 

 

小さな魔石灯の光に照らされる薄暗い石造りの空間。床も壁も天井も剥き出しの石材で造られてている空間は広々としており、涼しさにも似ている冷気が漂っていた。そこに天井から下げられた何重もの銀の鎖で両手首を縛られている女神がいた。ここに捕らわれて何日、何週間が経ったのだろうか。

 

若干、頬がやつれており彼女は体力を温存のため瞑目している。どれだけ時間が経とうと変わらない静寂な雰囲気を醸し出す石造りの空間に窓はない。カビのような臭いも僅かに漂っている。壁に作り付けされた魔石灯の光が女神の横顔を照らす。紅の髪に左眼を覆う漆黒の眼帯―――ヘファイストスの耳にここへ近づく足音を拾った。薄らと紅眼を開き目の前の鉄格子に視線を向けた時には彼女を嘲笑する黒紫の外套(フーデッドローブ)を来ている男が立っていた。

 

「やぁ、ご機嫌はいかがなヘファイストスちゃん」

 

「・・・・・ええ、最高に最低な気分だわ」

 

「それは良かった。オレも今ね?最高の気分なんだよ。君の子供達がせっせと武器をタダで作ってくれているから良い儲けをさせてもらってるよ」

 

フードの奥で邪な笑みを浮かべる男は見せつけるように一振りの剣を掲げた。その剣を見た途端、ヘファイストスの顔は強張った。あの剣の出来栄えは間違いなく・・・・・。

 

「魔剣もご覧の通り。ヘファイストスちゃん、君が我々闇派閥(イルヴィス)に積極的に協力してもらっているおかげだ」

 

「こんなところで私を閉じ込めて協力なんてよく言えるわ。後できっちりと請求させてもらうわよ」

 

「できるといいね。君の子供達が君を助けようと武器と魔剣は湧水のように作り続けられる。いい子供達を持って幸せだね」

 

ニヤァといやらしい笑みを浮かべる男は・・・・・邪神と呼ばれる一柱の一人。ヘファイストスの誘拐の真相は、彼女の【ファミリア】が作る武器を手に入れる為であった。故に手っ取り早く効率的に手に入れる方法こそが主神の誘拐に他ならない。それを知った時の彼女は悔恨で顔を歪めた。

 

「これからも君を永遠に利用させてもらい続けるよ。闇派閥(イルヴィス)の道具としてね」

 

「っ・・・・・」

 

自分の為に眷族達は武器を作らされ続けている。自分の為に眷族達は取り返そうと必死で鎚を振るい、涙を流しているかもしれない。それが悔しくて悲しくて、ヘファイストスは利用されている自分が許せないでいる。恨めしいと右眼を細めて邪神を睨みつける―――と天井から紅の粒子が舞い降りてきた。二柱の神は不思議に目で追い、ヘファイストスの周囲を旋回しながら石造りの床に落ちて、集束すると光は筆になった。

 

「・・・・・これって」

 

見覚えのある筆と唇で転がし、どうして天井から筆が光となって女神のところにやってきたのか疑問が浮かぶ。邪神も同じ気持ちなのか、鉄格子の前に立っていた眷族に鍵を開けさせようとした。

 

ドオオオオオオオンッ!

 

「「っ!?」」

 

天井から激しい音が響いた。地上で何が起きているのか分からないこの場にいる全員は目を見開くしかなかった。邪神は可能性と予想を考慮して眷族に指示を下そうと口を開き掛けたが、そこへ焦燥に駆られて慌ただしく足音を立たせてやってきたのは、邪神の眷族と思しき獣人だった。

 

「しゅ、主神様大変です!襲撃です!」

 

「襲撃?相手は何人?どこの【ファミリア】?」

 

「ふ、二人だけです!で、ですが一方的に我々の方が蹂躙されておりここも危険です!早く避難を!」

 

誰かが・・・・・ここを突きとめて襲撃してきた?今まで誰もこの牢屋を探す手段は見つけれなかった―――。いや、この筆が目の前に現れた直後に邪神達の拠点が襲撃された。しかし、一体誰が・・・・・?

 

「・・・・・しょうがない。彼女を連れて逃げるしかないね。まだまだ利用したいし君達も襲撃する二人の足止めをしつつ例の場所に集まって。地上にいる同志達にそう伝えて」

 

「は、はっ!」

 

獣人は主神の命に従い直ぐにこの場を後にした。そして残った邪神とヘファイストスは牢屋の番人と静かに牢屋から静かに姿を暗ます少し前、地上では・・・・・。

 

「邪魔」

 

「「「ぎゃああああああああああああああっ!?」」」

 

紅の光を追って消えた先は地下へ繋がる階段の向こうだった。その前には隠蔽(カモフラージュ)が施されていたがそれを看破して分厚い堅牢な扉をドオオオオンッ!と蹴り破って突破すると、地下に潜んでいたヒューマンと亜人(デミ・ヒューマン)に獣人達が一斉に襲いかかった。

 

次の瞬間。

 

敵に対して容赦なく真一文字に振るう剣技の前では紙きれのように吹き飛ばされた。

 

闇派閥(イルヴィス)の拠点がこんな地下にあったとはな・・・・・」

 

「え、そこ感心するところか?」

 

「や、すまぬ。お主も下級冒険者なのかと疑うほど良い腕っ節であるな」

 

「それも違うような・・・まぁいい。ここにヘファイストスがいるってことは確かだからな」

 

光は更に向こうへと行ってしまった。襲いかかる種族が異なる敵に、一誠は一方的な蹂躙しながら寄せ付けず突破する。地下も石材で造られた空間で長い間ここを拠点として使用されているせいか、生活臭が濃く残っている。さらには膨大な水がどこかへと流れて行くのも窺え、ここは地下水道であると推測できる。

 

「ここに主神様が・・・・・」

 

「大方、ヘファイストスを連れて逃走していると思う。こっからが時間との勝負ってことだな」

 

「では手前も戦う。何か武器は無いか?」

 

手元に武器がない椿からの要求を一誠は一度立ち止まり振り返った。釣られて椿も足を止めてしまう。目の前には今にも自分達を追いかけ殺そうと襲いかかってくる敵を見据えながら金色の剣身の切っ先を床に突き刺した。

 

「選り取り見取りだ。―――魔剣創造(ソードバース)!」

 

椿の目は瞠目した。地中から数多の武器が飛び出し、闇派閥(イルヴィス)の一団を襲ったのだ。身体を貫かれ、切り裂かれた彼等から悲鳴と悲痛の叫びが聞こえるが椿はそれどころではない。数多の武器が地中から生えたことに思考が停止して呆然としたのだ。

 

「おい、ヘファイストスを見失うぞ」

 

「はっ!?」

 

「さっさと武器を選んで行こう」

 

と行って先に行く一誠をしっかりと選んでいる暇もない椿は、大剣を二振り手にして追いかける。そして背後から追求した。

 

「お主!一体どんな魔法で武器を使ったのだ!?」

 

「追及はしてくるなって言ったじゃん」

 

「しないでおられるかっ!後で絶対に教えてもらうぞ!」

 

行く道を阻む敵を切り捨てながら二人はヘファイストスを追いかける。似た空間の中を走り抜け、紅の光がとお他場所と思しき通路へ進むと異変に気づく。

 

「敵が襲ってこない?」

 

「きっと先程の者達が手前らの足止めの役をしていたからであろう。あれで全員とは思えないが・・・・・」

 

「となると、少しだけ一歩遅くなったと考えた方が良いか」

 

不意に一誠は黙り、何かを察した風な言葉を述べた。

 

「人の気配が二つ。俺達から遠ざかっている奴がいるな」

 

「何故分かる?いや、それがどうしたと言うのだ?」

 

「神の気配なんて分かるわけないし、もしもその二人がヘファイストスを連れて逃げているとすれば・・・・・」

 

「―――っ!」

 

直ぐに察した椿は目を見開き、自分達から遠ざかる気配を追う方針を選んだ。それに異論はないと一誠はある行動をとった。

 

「んじゃ、椿。最速の道へ進むぞ」

 

「うむ!」

 

 

 

迷路のような地下水道の中を走る三人がいた。一人は邪神、残りの二人は邪神の眷族。大きめの亜麻袋を背負ってどこかへ目指している最中、邪神は愚痴を零す。

 

「もー、どーしてオレ達の秘密基地がバレたんだろうね。オレ、走るのはあまり得意じゃないってのにね」

 

「ですが、我々の同士が時間稼ぎをしてくれたおかげでもう少しであの場所に行けれます」

 

「まーそうなんだけどね。でも、誰だったんだろうね。ここ、裏切り者がいない限り絶対にバレない自信があったのにさ」

 

その自信を打ち砕かれこうして走って逃げている。後で合流した眷族から聞き出し、どこぞの【ファミリア】に嫌がらせと称した奇襲をしてやると決意する邪神は、目的の場所に辿り着いた。いくつもの水道が流れて何本もの支柱がある地下水道の深奥とも言える場所だ。地下水道としての風景は変わらないものの、邪神達はここしかないものを求めここまで逃げてきたのだ。彼らしか知らない地上に住む者達にとって更なる道へ繋がる場所がここには存在している。

 

「さあ、さっさと開けて逃げようか」

 

亜麻袋を持っていないもう一人の眷族に話しかけ、開けさせようと指示を下したのと同時に。

 

「冥界に繋がる蓋のことなら俺達も手伝うぞ」

 

追手が彼等の真後ろに現れた。バッと振り返ると彼等の視界に椿と真紅の鎧を着込んだ一誠が立っていた。―――速い、いくらなんでも早過ぎる。ましてや地下水道(ここ)は迷路のように入り組んでいて長く居座って無ければ構造も把握できない程広大だ。

 

それなのにこの二人は最初から知っていたかのように短時間で現れた。フードの中で頬を引き攣る邪神は芝居めいた風に両腕を広げた。

 

「これはこれは・・・・・ヘファイストスの子供じゃないかい。よくここがわかったね」

 

闇派閥(イルヴィス)の邪神の一柱よ。直ぐに手前の主神様を返してもらおうか」

 

「それは困るなぁ・・・彼女はオレ達の協力者、道具なんだ。返せと言われてはいそうですかって返すわけにはいかないよ。だからさ・・・・・ここで死んでくれるか引き返してくれないかな?」

 

二人の眷族が両手で武器を構える。一人は盗賊(シーフ)なのか二振りの短剣でもう一人は拳を構えて体術使いのようだ。

 

「彼等は君より強いよ。何せLv.5だからね」

 

「っ・・・・・」

 

「引き返すなら見逃す。逆なら今ここで殺しちゃう。さあ、どっち?」

 

そう言う主神は亜麻袋の縁を開き、詰められていた件のヘファイストスの首筋に剣を添えた。邪神の余裕がここで明らかになり、剣を握る手に汗がにじみ出る椿の隣で一誠は朗らかに問うた。

 

「椿ってLv.どのぐらいだっけ?」

 

「・・・・・第三級冒険者、Lv.3だ」

 

「あーだから強いってことか?じゃあ、第一級冒険者の実力を見せてもらおうかな」

 

意気揚々と第一級冒険者の敵に近寄る。対して相手の二人は顔を見合わせ、体術使いの邪神の眷族が前に出た瞬間。どちらからでもなく、一瞬で横へ飛んで足場に移るや否や振り上げた足がぶつかった。

 

「へぇ、これがLv.5か」

 

「・・・・・っ」

 

相手の力量を知った二人の反応は異なる。交差したままの足を解き、距離を置く一誠の鎧が光と化して消失した。椿とヘファイストスは初めて見る一誠の生身の姿。真紅の長髪に右眼を覆う眼帯と対極的に金色の瞳・・・・・。

 

「―――この世界の強者と戦うのは初めてだ。楽しまなきゃな」

 

金色の瞳孔が鋭く、垂直のスリット状に変わりまるで獣の瞳になった。相手は急に感じる威圧感に警戒心を最大にして腰を低く構えた。口元を釣り上げ、相手の構えと異なる構えをして飛び掛かった。

 

「・・・・・嘘」

 

ヘファイストスの信じられない呟きを邪神は拾った。

 

「何が嘘なのかな?」

 

「・・・・・あの子、数ヵ月前に冒険者になったばかりのロキの眷族よ」

 

「・・・・・」

 

「貴方の眷族がLv.5、第一級冒険者なら私の言いたいこと分かるわよね」

 

駆け出しの最弱冒険者と第一級冒険者との実力の差は強さの次元が違う。例え100人の下級冒険者が第一級冒険者と戦っても天地が引っ繰り返らない限り勝てる筈がない。勝てる筈も無いのに一誠は同等以上に戦って見せているのだ。

 

だからヘファイストスの気持ちが邪神にも伝わり有り得ないとフードの奥で凝視する。【ロキ・ファミリア】の眷族に第一級冒険者はまだ3人しかいない。彼の亜人(デミ・ヒューマン)以外に第一級冒険者がいる情報は皆無だ。故意的に隠す理由も無い。ならば、今自分の眷族と戦っている子供は一体・・・・・?

 

「ふんっ!」

 

「がはっ!?」

 

それなりに戦い、楽しんだところで一誠は苛烈な肉弾戦を繰り広げた後。相手の懐に飛び込み、深く腹部に拳をねじり込み、電撃を与えながら殴り飛ばした。背中から天井にぶつかる相手へもう一発、爆発的な脚力で跳躍し足蹴りを食らわせた。天井に広がる蜘蛛の巣状の罅はあっという間に崩壊してその威力を物語らせた。瓦礫と化した破片は足場や水に落下して邪神の眷族も一誠の手で別の場所へと放り投げられた。

 

「ば、馬鹿な・・・・・!」

 

戦く邪神。愕然とするヘファイストスと椿。彼が下級冒険者?嘘だ、絶対に信じられない。Lv.5を倒す下級冒険者がどこにいる!?しかし、現実的に目の前で倒して見せたのだ。本来のLv.に見合わぬ戦闘能力で打破してのけたのだ。

 

「次」

 

おいでと手を招く一誠の意識は短剣を武器とする敵に集中している。相方が倒される光景に怒りを覚え、飛び掛かった矢先、同じ末路を迎えた。ブレた腕に反応できず気付いた時は天井へ殴り飛ばされ、天井と挟まれた格好で視界いっぱいに突如眩い光を見た後敵の意識は途絶えた。

 

地上まで伸びる真紅の魔力をオラリオ全てが見た。神と人類があの光は何だ!?と消失するまで瞠目した。

 

「「「・・・・・」」」

 

天井を貫く無詠唱の魔法攻撃。三人はついに言葉を失い、手を掲げる一誠を呆然と見ることしか出来なかった。あっさりと二人を倒し、それでもまだ余裕そうな態度で周囲に光の槍を具現化する。

 

「ヘファイストスを返してくれるな?」

 

「・・・・・ふふっ、参ったね。君は一体なんなんだろうね。君みたいな子供は初めて見た。いや、君は人間なのかな?」

 

邪神の失笑に一誠は不敵に笑みを浮かべるだけだ。今なら椿だけでもどうにでもなる状況に逆転し、邪神はヘファイストスを盾にしたまま囲まれた。

 

「邪神よ。もうお主の眷族はここにおらん。潔く主神を返してもらう」

 

「あーうん。そうするしかないよね。でもさ、オレはまだ天界に送還されたくないから・・・・・しょうがない、こうしちゃう」

 

椿の目の前で邪神は・・・・・・ヘファイストスを流れる水路の水へ落とした。亜麻袋ごと入れられたままでは泳ぐこともできない。水の中へ消え、沈む主神に椿の右眼は大きく見張り焦燥に駆られ大剣を放り出して自分も水の中へ飛び込んだ。

 

「ここの地下水道の水は流れが速いから直ぐに助けて浮上しないとね。冒険者の子供はともかく神はそう長くはない」

 

冷笑を一誠に向けて水へ指さす。

 

「でも残念。この先からは一切水面に顔を出すことができない水路に繋がっている。ロログ湖は知っているかな?あそこまで繋がっているんだよね。だからヘファイストスは死―――」

 

最後まで聞かず一誠も水の中へ飛び込み、椿とヘファイストスの後を追う。残された邪神は作戦勝ちと邪な笑い声を発し続けた。

 

 

(主神様っ・・・・・!)

 

激しく流れる水流の中でヘファイストスを掴まえた。後は水面に顔を出すだけなのだが邪神の言うとおり、オラリオの外へ流れ出す水路に顔を出す場所は無かった。流れで激しく体のバランスが保てずこのまま流され続くことになればヘファイストスが溺れ死ぬのは必然だ。何か手はないかと辺りを見回す椿の背後から一誠が物凄い速度でやってきた。彼女の肩を掴むその瞬間、三人は光となって水中から飛び出した。

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