ダンジョンで様々な出会いをするのは間違っているだろうか 作:ダーク・シリウス
帝国からオラリオに戻って来て翌朝。デメテルを開店前の店に待ち合わせして二階で相談の話しを持ちかけた。彼の国から連れてきた身寄りのない者達を引き取ってくれないかと。急な増員で【ファミリア】に迷惑するだろうがと頭を下げて頼みこんだ青年に豊かな蜂蜜色の髪を持つ豊饒の女神は柔和に微笑んだ。
「わかったわ。イッセーちゃんが連れてきた子は皆引き取ってあげるわね?農作の経験がある子もいるなら【ファミリア】としても大歓迎だわ」
「頼んだ手前、本当にいいのか?いきなり人員が増えてホームも窮屈になると思うけど」
「農作を作るのに人手はどれだけいても困らないの。逆に農作の量や畑を耕す作業を増やそうとすれば、その分の作業をする子供がいないと手が回らなくなっちゃうのよ。だから私の【麦の館】はガネーシャのところ程じゃないけれど大きいし、使われていない部屋だってまだまだたくさんある状態でね?何時でも子供の受け入れは可能なの」
だからその話は喜んで受け入れると言うデメテルの話は、安堵で胸を撫で下ろす気分に浸らせる一誠を安心させた。そんな彼にもう一言。
「それにそれだけが理由じゃないんでしょう?」
「・・・・・なんのことだ?」
「ロキやフレイヤ、他の神々じゃなくて直接私に引き取ってほしい何て言うことは、極力探索系の【ファミリア】・・・命懸けの戦いから遠ざけたいのよね?その子達の安全な生活を第一に考えてるから」
こちらの考えを看破され否定も肯定もせず苦笑いを浮かべてしまった。
「相手の考え、心を読めるのか神って」
「そこまで神は完璧じゃないわよ?その子達の身の事情を教えてくれた上で考えついた答えを言っただけだから」
「それはそうだ。いきなり正体不明の帝国の人間を引き受けてくれって言う方が難しいんだ。だから事情を説明した上で頼まなきゃ無理だろ。デメテルだって怪しい人間を【ファミリア】に入れたくないはずだ」
相手の信用を得る為には腹の内を明かさなければ得られないその真情で、デメテルに語ったら。
「そうね。でも、イッセーちゃんはそう言う子供を私だけじゃなくロキ達にも事情も無しで任せないでしょう?」
「・・・・・心から疑わず信頼されてないか?もう少し疑っても良いと思うんだけど」
疑心暗鬼なんて言葉を知らないようなデメテルの言葉に少しだけ不安を覚えた。すると、徐に女神は立ち上がって一誠の横に立つと優しく腕を首に回して来て胸の中に引き寄せた。
「あなたには私達には言えない秘密を抱えていることは何となくわかってるわ。それが何かまでは分からないけれど、それでもイッセーちゃんと接してどんな子なのかは知っているつもりよ?」
「・・・・・」
「私達の為に助けてくれた以前に、あんなに美味しい料理を作る子が悪い子じゃないわ。だからあなたという子供を疑わない。ロキやフレイヤ、ヘファイストスも他の神々を毎日笑わせる子供は滅多にいないんだから尚更ね?」
母性が詰まった胸に埋まったまま、心底から信頼されていることにムズ痒さと複雑な気持ちが胸中で渦巻く。自分の本当の事、真の正体を教えたら無条件で受け入れるはずがない。ロキを始めフィン達、ヘファイストス達ですら最初は驚いて警戒の念を抱いていたほどだ。己はモンスターだからだ。故にデメテルの優しさに居た堪れない思いが湧いてしまった。
「それと・・・・・ヘファイストス達と毎日のように愛し合っているみたいだし、ね?」
ギクッ!と身体が自分の意志とは無関係に硬直した。その話は一体どこから漏れたのだと恐る恐る顔を上げてデメテルの顔を窺うと・・・・・。
「フレイヤがね?私がこの店で食べにくる日だけ嬉しそうな顔で教えてくれるのよ。アルテミスと一緒だった時もあったわ。その時の彼女の顔は顔が真っ赤で訊いてて恥ずかしそうにしていたわ」
こっちも滅茶苦茶恥ずかしいんだけどっ!?と目を見開いて顔を真っ赤にし出した一誠に「可愛い」と思ったデメテルの口は止まらない。
「ヘファイストス達と一度に複数愛し合うなんて・・・・・イッセーちゃんって可愛い子なのに随分とワイルドなのね?」
「・・・・・っ」
「・・・・・そこに私も加わったら、どうなっちゃうのかしら?とても興味があるのだけれど・・・・・」
さりげなくムギュッと胸に押し付ける力を籠めるデメテルは顔を近づけて囁いた。
「今夜私も・・・・・あなたを感じさせてちょうだい、ね?」
熱い吐息と共に吐露したデメテルの顔は今まで見たことが無い女のソレを浮かべていた。そしてその日の夜には、一誠と同衾する女がもう一人増えたのは別の話。
デメテルと一時別れ『幽玄の白天城』に戻り、奴隷だった彼女達の中から女神で戦いとは無縁な農作物を主に育て売買する【ファミリア】に入って新たな生活をしたい者だけを選抜して【麦の館】へ案内をした。それを済ませると一誠達に恩を返したいと願う者には『異世界食堂』という料理を作る店の従業員として働いてもらうことに。ミア達に事情すればすんなりと受け入れられ、分身体の一誠達に仕事の仕方を教える。
「従業員を集める天才じゃないかい。この調子でどんどん連れてきな」
「勿論そのつもりだ」
こうして思い描いた消去方法で彼女達に生きる目的を与えた。これで懸念も無くなった―――と思ったのだが。
「この四人だけか。残ったのは?」
「強い希望でな。さて、どうしたものか」
一誠とリヴェリア、ロキ達がいるリビングキッチンでテーブルを挟んで座る四人の女性達。内二人は
「レイネル・ヴァーネ」
「レギン・イルヴィーナだ」
雰囲気を読んだのか名を告げたアマゾネス達。ならばと質問をしてみた。
「二人は一緒に捕まっていたようだけどどうしてなんだ?」
「盗賊のクソ親父に売られたんだ」
「私はお母さんに捨てられたところを、知らない人に拾ってくれたらまた知らない人に連れられて」
どちらも親に恵まれず闇商人の玩具として二重の意味で買われたのだろう。同じ牢屋に入れたのは幼いながらも容姿が整っていて将来美しくなるその姿を眺める為だったか定かではないが、結局は碌でもないことは変わりない。
「で、二人は俺達と離れたくないのは?」
「格好いい同じ種族の人に憧れたから!」
「レギンと同じで、あとあなたが綺麗だったから」
レギンが
「俺、綺麗か?」
「それはもう、男じゃなくて女だったらお姉さまと呼びたいぐらいに!」
隣の少女に負けないぐらい黒曜石のような黒い瞳を輝かせながら力説するレイネルの発言で、物凄く何とも言えない表情を浮かべた。
「だから力強いバーチェお姉さまとあなたの傍にいたいので離れたくないの」
「その通り!そんで私達このオラリオで強くなる!」
「うんレギン!」
一緒に捕まってからか、もしも逃げ出したらどこで何しようかなど話し合っていたかもしれない。仲の良い二人の話は一先ず終わりにして次の少女に自己紹介をさせた。背中まで伸びた長い金髪に澄んだ青い瞳がジッと一誠を見つめている彼女に。
「フィリラ・アークライト・ロライヤル。元【レティシア・ファミリア】の団長を務めていました。Lv.は2です」
意外な事に元冒険者であった彼女をロキ達はローレライを見る目を変えた。
「自分、レティシアの子供やったんか。でも元っちゅーことは・・・・・」
「主神様は天界に送還されました。攻め込んできた帝国の騎士達によって」
「そっか・・・・・あの女神は面白いやつやったのになぁ」
残念そうに漏らすロキは天井を見上げるが、その視線は遥か上、天界にいるだろう女神の顔を思い浮かべてどこか黄昏ていたように見えなくはなかった。
「そんで自分。その後は帝国の騎士に捕まったってちゅーわけやな?」
「はい、騎士を動かしていた王子によって奴隷商人に預けられる形で捕まっておりました。将来自分が帝国の王になった暁に妻として娶るためにだと」
だから一切、商人達に犯されることもなくただ捕まっていただけだと語るフィリイはまた一誠に視線を戻す。
「質問をいいですか?」
「ああ、さっきから聞きたそうだったからな。何でも聞いてくれ」
「あなたは何をしに帝国へ?わざわざ私達を助けに来たとは到底思えません」
「そうだな。街中で奴隷を見掛けなかったらお前等を助けることは無かっただろう」
ダオスの、王子達の王位継承の手伝いをしていたことを大雑把に教えた。
「で、戦争を止めたいダオスの願いは叶わなかったが、
「・・・・・そうでしたか。あなたとその王子の活躍で・・・・・皆の無念が晴れ、主神様も安心できたかもしれません」
彼女にとって良い朗報だったようで綺麗な微笑みを浮かべ、立ち上がって一誠に深々と頭を垂らした。
「誠にありがとうございます。あなたに助けられた恩は主神様から頂いた二つ名、【剣の乙女】の名に懸けて私の全てを捧げ、共に歩むことをここに誓います」
以上、フィリラの話だった。そして最後の一人は獣人、それも丸みが帯びた獣耳に白い尾を臀部から生やす瞼を閉じてる少女だ。なんの種族か分からないのでロキに尋ねてみると。
「
「そうね。でも・・・・・あなた、目が見えないの?」
同意しながら獣人の少女がずっと目を瞑ったままでいる故に、ヘファイストスは問うと首肯で返された。
「はい、昔から目が見えません。ですけど、不思議と人の気配は感じられますので目が見えなくてもどこに建物があるのかも大体は把握できます」
それ、ある意味凄くね?と驚いた風に左眼を丸くした一誠にアイズが訊いてきた。
「目を瞑っててもどうやって見れるの?」
「長年光と景色を見ずに生活をしていたから色々と肌で感じ取れるようになってるんだ。因みにアイズとアリサに教えてる気でもそれができるが、あの獣人の子は産まれてからずっとそうしてきていたからある意味、二人より凄いぞ。強さとは別の話でな」
それでも彼女は鍛えれば強くなれる素質はあると、今後の成長が楽しみな一誠は質問をした。
「自力で生活が出来ない奴隷がいるってのは訊いている。その上で尋ねるけどどうして俺達に恩を返したいんだ?」
「・・・・・冷たい空間の中、弱弱しい人の気配しか感じられない時に大きくて温かく、そして強い気配を感じました。それを感じたのは初めてで、あなたに触れるとその温かさに体と心が包まれとても安心しましたから」
そう感想を述べる獣人の少女の言葉に何故かロキ以外の女神と女性陣は納得した風に頷き始めた。この妙な空気に不思議と疑問で同感と同意した彼女達に首を傾げた。
「なんだアイズ達」
「ん、イッセーに抱きしめられると温かくて安心する」
「それが私達も分かっているんだよ?」
「そうだな・・・・・」
「そうですね」
「ええ」
「うむ」
「うふふ、分かっているのね」
「なんやねんアイズたん達?」
ロキも不思議がるが理解できないのとハブられているような感じで少々面白くないと唇を尖らす。獣人の少女の気持ちを知り、その言葉を懐かしむように遠い目をした。
「それが理由か」
「はい。どうかお傍に居させてください。私にできることなら何でも致します。この身をあなたに捧げ子作り―――」
「それ以上は言わせないからな?」
どうやらまた帝国に戻ってこの獣人の少女を捕らえた商人とその関係者を血祭りする必要があるな、と怒気のオーラを発して危ない思考をしていた一誠は満面の笑みで遮って強引に話を変えた。
「お前の歳は幾つなんだ?」
「えっと、わかりません。あ、名前はラトラ・ハクコです」
名乗り忘れた少女は
ラトラ・ハクコ
年齢11歳
種族
と―――ラトラの前で発現した立体映像、【ステータス】のような物が虚空に表示されるように浮かび上がった。文字は
「・・・・・・あの?」
「ああ、話の途中だったな。わかったよ。そばにいてくれラトラ。強くなりたいならどこかの【ファミリア】を探す。それでいいな?」
「神の眷族になる事ですよね?イッセー様はどこの【ファミリア】にいるのです?」
「今は【ガネーシャ・ファミリア】って派閥だけど、俺は一年毎【ファミリア】を変えているんだ」
特定の【ファミリア】にはいないと告げられ疑問どころか不思議にも思わず、ラトラは素直な気持ちで言った。
「楽しそうですね」
「色んな神のこと解るからな」
さてと、と立ち上がる一誠はラトラを宙に浮かせて自分の傍に移動させた。何をするのかと【
「・・・・・イッセー様?」
「目、開けてみな」
「・・・・・はい」
素直にゆっくりと瞼を開けた。閉じていた少女の眼は血のように真っ赤な赤よりも濃い深紅。生気の光を宿し眼を信じられないものを見て動揺するように揺れ動く。それでも目に映る全てに認識、暗い世界が全てだったラトラの世界観が引っくり返され、いきなり光の世界に飛び込んでしまった双眸が凍結したように固まっては、一誠を見上げた。ラトラの視界に映る彼の顔は悪戯っ子が悪戯を成功した笑みを浮かべていたのだった。
本格的に新たな
自分の部屋のように書類の束を机に積み重ねて事務処理をしていた。一誠の存在を気付かないまま筆を走らせ判を押し続ける彼女に茶でも出そうかとキッチンに向かう。
【ヘルメス・ファミリア】団長アスフィ・アル・アンドロメダがこの特殊な空間を愛用してそれなりに長い。飄々としてオラリオの外に出向くことが多いので主神としての仕事はせず、無茶苦茶な要望もアスフィに押し付けることが常である故、彼女の心労は耐えないものの卒がなく全てをこなす力量は高い。今日も仕事を押し付けられて処理するはめになったが、時間の流れを変える好都合な空間の中で仕事をするようになってからゆとりの時間が得られるようになった。
「ふぅ・・・・・」
筆を置き、書類の処理や整理が終えて一息つく。そんな彼女を労う相手はいないが、自分以外誰もいないのは事務室でも同じだ。だが、この空間の中では主神や仲間達のことを忘れて過ごせるのとは違う。絶えない心労を抱えてるアスフィはこのあとが癒しの時間だ。今日はホームから持ってきたティーセットと『異世界食堂』で最近、販売するようになったデザートを―――。
「終わったようだな」
事務室と化した部屋に一誠が入ってきた。しかも持参してきた物も持ってきてだ。
「イ、イッセーさんッ。いらしていたんですか?」
「俺も集中して作りたいものができたからな」
紅茶とデザートを目の前に置く執事のような振る舞いをされ、戸惑うアスフィは顔を一誠に見上げる。
「うちの店のデザート買ってくれてありがとうございますお姫様」
「ど、どうも・・・・・」
内心、どきりと胸が高鳴ったことを一誠にバレないかドキドキする。この『
「仕事の方は終わったか?」
「え、ええ・・・あ、自分の部屋のように使ってすいません」
「全部じゃないんだから気にするな。仕舞いには自分の部屋にしてもいいんだけど?そしたら皆に内緒でアスフィという可愛い女の子と会えるからな」
恥ずかしげもなく真正面からそう言われて照れて羞恥心を覚えるアスフィは、華奢な両手でカップを持ち口唇に寄せて直ぐ飲めるように調整されてる温かな紅茶を飲んだ。
「そ、それで今度はどんな
「ああ、『ステータスプレート』だ。要は【ステータス】の簡易版を作ろうと思っている」
「【ステータス】・・・・・を?」
神の御業である【ステイタス】を高が人間が、それも自作で作るですって・・・・・?耳を疑うことを言う者に信じられないと見つめる彼女の心情を察して「俺も完成するとは思ってない」と述べた。
「材料はあるけど問題は【ステータス】を手ごろなプレートにする方法が難題なんだ。作る目的は
「それは・・・・・もしも完成したら神々の存在を無に帰すとんでもないものではないですか?」
「それはない。作るにしても数に限りがあるし、
まあ、そこは神が細工してもらうしかないと朗らかに語る一誠は―――とんでもないこと言っている自覚があるのかとアスフィは思わずにはいられない。そんなもの、世に出てしまえば神々の存在意義を転覆させる禁忌の
「イッセーさん・・・・・それはあまり作らない方がいいかと思います」
「アスフィの言いたいことは分かる。神々の存在意義と価値が無くなりかねないってことだろ?」
「それを承知の上で作ると?」
「そうだ。そしてこれを世に出すにしても精々15枚前後だろう。最近、俺の回りに
必要なくなったら直ぐ破棄するつもりだ。とアスフィの後顧の憂いを解消させる言葉にまだ胸につっかえる不安が残るが、一誠も完成したら周りにどんな影響を及ぼすか承知でいることを少なからず安心した。
「それじゃ、俺は作製に入るけどアスフィは俺に気にせずのんびりしていてくれ」
「はい、お言葉に甘えます」
自分に背を向けていなくなる異性を
【ガネーシャ・ファミリア】に入団して初めての夏季。ジリジリと憎たらしいぐらい顔を出す太陽が大地に日光を照らし、
「おはよう、俺がガネーシャだァッ!」
「・・・・・こんな暑い日でも暑苦しい自己主張はしないでほしいかな」
筋骨隆々の褐色の肌が更に日焼けで真黒になるんじゃないかと思わせる男神の身体は不変。赤外線や日焼けなど気にも留めない神の体は人類からすれば羨ましい体質である。汗を流していないあたり真っ直ぐ開店前の『異世界食堂』に来たのだろうガネーシャがシャクティと一緒に来たのは何か用があるのだろうか、と店の中から
「・・・・・驚いた、涼しいのだな」
「あれ、ホームとか店の中は涼しくする魔石製品はないのか?」
「発火装置や冷凍装置ならいざ知らず、広い空間の中を冷やす装置は作られていない。この店にはそう言うのはあるのか?」
「異世界の魔法で」
その一言で片付く魔法の言葉で無言になったシャクティとガネーシャは2階へ案内されると席に腰を下ろした。
「で、見ての通り店は準備中だけど今日はどうしたんだ?」
「ああ、ガネーシャがお前に訊きたいことがあるそうだ」
それはどんなものか、ガネーシャから聞かされるまで何も分からない二人は聞く耳を立てる。
「イッセー、異世界にはどんな祭りがある?」
「祭り?結構あるぞ。住む国が違えば多種多様で多彩な祭りがあるけど同じ国でも住む地域によって祭りも違うんだ」
「そうなのか。ガネーシャ、物凄く興味津々!」
「そうか?俺の住んでいた日本、ここじゃあ極東だな。火薬の塊を夜空に打ち上げて破裂する火花を祭りに来た人達を魅せる『花火大会』って祭りがあったよ」
店主の元の世界の祭りの内容を聞き「火薬?花火大会?」と聞き慣れない単語にシャクティの口から鸚鵡返しが漏れた。
「火薬ってのは、火薬と金属の粉末を混ぜて包んだ物で火を付けたら爆発する材料だ」
「爆発するとは・・・・・そんな物使って大丈夫なのか?」
「空に打ち上げれば地上に落ちる前に焼失するから問題ない」
論より証拠、と亜空間からパソコンを取り出しては記録してあった祭りの映像を二人に見せつけた。真っ暗な街中、見慣れない屋台で売買されている料理の品々、娯楽、夜中に響く力強く叩かれる太鼓の純音と笛の音色に音頭。それを楽しむ人々の顔が連なっている屋台から発する照明灯や街灯で照らされていた。それから祭りの最後のシメとして一瞬の轟音と笛のような音が聞こえた一拍ののち、闇を照らす満開の火花が広大にバッと広がったと同時に凄まじく鈍い轟音が生じた後、儚く火花が燃焼しながら散って闇夜に消えた―――と思ったら今度は数え切れない数の大小様々な大きさに形、多彩な色の火花が轟音と共に蒼い空を照らし続け観客達を盛り上げさせた―――。
「これが、異世界の
そう尋ねる店主だったが、花火大会の印象と派手さに半ば言葉を失ったガネーシャとシャクティから返事はなかった。声を掛けず呆然としていた二人を見ていると唐突に我に返った。
「はっ!物凄く綺麗だった・・・・・」
「異世界にとっては『未知』だもんな」
「・・・・・これが極東でも行われているのか?」
「アマテラス達に聞かないことには断言できないな」
分かってくれたようでなによりだとパソコンを亜空間に仕舞い、ガネーシャが異世界の祭りを知って何を仕出かすかは本神次第であるが・・・・・。
「イッセー、これ、この世界でもできないか?」
「祭り自体は難しいぞ。こう言う人の楽しみを邪魔するのが悪の定番だ。
「そうか、そうか!では、【ガネーシャ・ファミリア】総出で花火大会を実践してみせるぞ!」
「でも、アマテラスの国でもやってなかったらどうするつもりだ?」
「その時はイッセーの出番だ!」
他力本願の象神に深い溜息を吐いた店主を、悟った目で見つめる麗人の団長は労いの言葉を心の中で送った。オラリオの街や人々の活気を向上させようとするガネーシャの行動は早かった。まずは東のメインストリートで構える極東の三柱の神々の
「オラリオでも花火大会をしたいのだが!」
「花火大会?ごめんなさい、それはできない」
「何故だ?人員なら超・優秀なガネーシャの団員で補うぞ」
「花火大会をするにもまずその花火を作る為の技師が極東にいる。そしてその技師が作った花火玉に数が限りがある。今年も極東ではこの夏の時期の夜で花火を打ち上げるからオラリオに回す花火玉は無い」
と、アマテラスの否定の理由に肩を落としたガネーシャ。しかし、他にも極東から来た神が二柱―――。
「イザナミとイザナギのところに行っても同じ結果よガネーシャ」
他の極東の神へ尋ねようとするだろうと予測した言葉をぶつけられてますます残念がるところ、今度はアマテラスが尋ねた。
「ガネーシャ、極東の夏の風物詩のこと。どうして知っていたの?馬鹿にするわけではないけど極東の情勢なんて目も耳も向けない快楽主義ばかりのオラリオの神々が、なんでなの?」
「イッセーから訊いた!」
胸を張ってドヤ顔―――をする意味はあるのかシャクティは理解できなかったが、アマテラスは納得した面持ちで頷いた。
「異世界の花火大会・・・・・ちょっと興味が湧いた」
そして、何時の間にかイザナミがいた事に気配すら感じなかった三人が驚いたのは直ぐだった。
「有言実行・・・・・とは本当にこの事だな」
アマテラスに尋ね、オラリオで花火大会はできないと言われ再び『異世界食堂』へ訪問した象神の他力本願の命によって特典のスキル『ネットスーパー』で大人から子供でも遊べる玩具花火を購入するために数えるのが億劫になるほどのヴァリスをチャージをし続けた結果。周囲には玩具花火が大量に山積みされていた。当然、その奇行に興味を抱かないはずが無いロキ達は手に持って好奇心な眼差しで眺めている。
「これ、なんなんイッセー?」
「ガネーシャがどうしても花火がしたいって言うから買っているんだよ」
「・・・・・花火?」
かくかくしかじかとガネーシャ達に教えた花火の説明を省略して教える。
「ほー夏の季節しか遊べないもんか。で、これを夜でするんやな?」
「火を点けるだけで昼夜問わず出来るけど、綺麗な花火を見たいなら夜が一番だ」
「これ、きれいになるの?」
アリサの世界では花火という概念や存在はなかった。一体火を点けただけでどんな風に綺麗になるのか想像が出来ない。子供らしく相応に好奇心に擽られた少女は純粋無垢な目で見つめると、買い続ける当の本人は肯定した。
「綺麗だぞ。見れる時間は短くてあっという間に終わっちゃうけどな。儚く散ると言う印象が強いものだこれは」
玩具花火の為に用意したヴァリスを使い果たし終えたところで、一誠は無造作に封を開け出した。中身を取り出して一つ一つ同じ種類の玩具花火を床に並べながら置き始める。それを見て手が空いているロキ達も見習って手伝い始める。
「それで、今日するのか?」
「うんや、数日後にしたい。ミア達もやらせたいからさ」
本人もそう言って有言実行を果たす。ガネーシャの提案から数日後。『異世界食堂』は何時も通りの休業をしてあっという間に夜を迎えた。ミア達やヘルメス達を西と北西の間の区画にある場所に誘い―――小さな花火大会を始めた。地面に火が灯してある数多の蝋燭を用意しながら玩具花火で遊ぶ際に気を付ける注意事項を伝える。それが終われば皆は各々と手持ち玩具花火を手にして・・・・火に点火すると。火薬を練り込んだ紙がシュバッと音を立てて引火、鼻にくる火薬の臭いを空気中に漂わせながら綺麗な火花が迸った。
「わっ、わっ!」
「おおおー!これが、花火って奴なんだねー」
「綺麗ね、見てて飽きないかもしれないけれど・・・・・」
「あ、消えちゃった」
「儚く散る・・・・・まさしくその通りであるな」
大人組は純粋な気持ちで感嘆しながら玩具花火を見て童心を思いだす。まだ子供組は好奇心と遊び心が高まって次の玩具花火に手を出す。神々は異世界の玩具に手に取れて楽しげにはしゃぐ。
「イッセー、凄く懐かしいね」
「ガネーシャの提案があろうがなかろうが何時かやっていたと思うけど、ああ、本当に懐かしい。元の世界じゃ片手で数えるぐらいしかしなかったからな」
「私もかも。だから、元の世界のことをこの瞬間だけ忘れられる時間ができるなんてちょっと驚いているよ」
人に向けないよう花火を楽しむこの世界の住人達を眺めながら自分達も片手で花火をする二人。異世界から来たアリサでさえ、青い目を大きく開けてアイズと楽しんでいる。視線を変えてミア達の様子を見ればニャーニャーと騒ぐ
「イッセー、イッセー。この丸いのはなんなーん?」
長さ数Cの玩具花火を手にして説明を求めるロキの声に反応する。
「それは爆竹って花火で、火を付けて地面に置いておくと破裂音を立たせるんだ」
「なるほど、それじゃ、点火!」
そして地面に置いて数秒後。爆竹が導火線によって結びつけられており火が火薬が詰まっている爆竹に引火すると連続して爆発を始め、皆を驚かせた。獣人の少女達は耳をピンと立てて長い尾を天に伸ばして驚く瞬間を見てほっこりする一誠だった。
「び、びっくりしたぁ・・・・・」
「これ、相手を驚かす遊びにも使われてるから快楽主義の神々にとってはこれ以上のない遊び道具にもなるからな」
「ほほう・・・・・これは売れば儲けそうだねぇ?」
「長期間の保存は無理だからなヘルメス」
それでも欲しいとさりげなく集め始める優男の男神に、女団長は呆れ顔で溜息を吐いた。続いて別の玩具花火の説明を求められた。
「この黒い円盤は?」
「蛇花火だ」
地面に置いてもらい、表面に火を点けたらあら不思議。表面が蛇のように燃えカスがぐにゃぐにゃと伸びて冒険者達を警戒させた。
「モンスター?」
「違うし」
奇妙な玩具花火もあると知って更に盛りあがりがヒートアップする。
「これは何?」
「それはクラッカーだ。主に祝い事によく使われているんだ。その紐を思いっきり引っ張れば破裂音がするぞ。あ、できれば一斉にやった方がいい」
言われて試しに引っ張ってみるヘファイストス達の手でクラッカーはパンッ!と破裂して筒からは紙テープや紙吹雪が飛び出した。またその音に聴覚がいい人種は驚いたのは言うまでもない。
「意外と、音が大きいのね」
「これよりももっとド派手に大きい花火はあるぞ?流石に今日は無理だけど」
だが、このクラッカーの音に味を占めた神が祝い事をする度に事前で一誠に用意してもらう未来があるのだが、まだ誰もその事を知る由もない中、ロケット花火を並べる一誠に興味津々な一同。
「よし、花火の醍醐味と言えばこれだろ。ガネーシャ」
「む?火を点ければよいのだな?」
「そ、できる限り連続で」
何時から用意していたのか分からない松明を手渡して、斜め上に組み立てられた木製の置き場にロケット花火を並べた本人によって象神が動く。指示通り立て続けに導火線に火をつけた瞬間だった。玩具花火が一人で勝手に射出するように夜空へ跳び出した後、暗闇の向こうから小さな爆発音が聞こえた。しかも連続で飛びだす光景は心に興奮を覚えさせるのに十分過ぎた。
「おー!おー!なんやそれ、めっちゃ楽しそうでええやんか!」
「まるで魔法を放ったみたいに飛んで行くねー。オレもやってみたくなったよ」
娯楽や快楽を求める神々がこぞって自分も自分もと主張する。それを見越していたのか「はいよ」と準備が良い一誠は既にセットしたロケット花火を提供する。
「あ、ガネーシャ。飛んで行った花火の回収今直ぐ行って。そう遠くまで行ってないからすぐ見つかるはず」
「わかった!では行ってくるゾウ!」
と、ゴミの回収を神自らさせる一誠は―――邪な笑みを浮かべてロキに松明を渡す。
「ロキ、ゴー」
「え、大丈夫なん?」
「当たっても火傷する程度だ」
この人、神に花火を当てさせる気だ!と一同の心が一致したところでロキがロケット花火の導火線に火を点け・・・・・発射させた。暗闇の向こうにいるガネーシャに向かって飛翔する花火達。それを気付いて振り返った男神から絶叫の悲鳴が響いたのは必然的だった。その阿呆な様子にツボが入ったようで「あっひゃひゃひゃひゃっ!」と笑うロキ、そして何かを悟ったヘルメスは一誠の目を見てニヤリと口唇を三日月の形に刻んだ。
「笑っているところだけどロキ?お前もゴミを取りに行けよな」
「・・・・・イッセー?まさかとは思うんやけれど、うちにもガネーシャみたくせんへんな?」
「酷いなロキ。俺がそんなことすると思うのか?信頼されていないなんて俺は悲しいよ」
残念そうに溜息吐く一誠からふざけた調子も意味深な笑みすらない。本当に落胆した雰囲気を纏うのでロキは今までの一誠に対する感謝と恩を考慮して一言謝って、ガネーシャの後を追うようにゴミと化した玩具花火を撮りに行かせた。その途中、やはり不安だとちらりと背後を確認するロキの目は、自分を見送る一誠達や花火を楽しむ面々が視界に入る。追い打ちを掛けるような真似は無いとホッと安心して信頼もして前に振り返ったその数秒後―――。
「イッセー、おんどれぇっ!しないて言うんたやないかぁああああああああああああああああっ!」
ガネーシャの二の舞になったのであった。爆発音と女神の悲鳴を聞き、ヘルメスはもう爆笑で腹を抱えた。一誠もこの時だけは声を出して笑い、リヴェリア達に新鮮さを覚えさせた。であるが二度あることは三度もあると極東の諺がここで発揮する。
「―――次はヘルメスだからな?点けるのはアスフィだ」
「え、えっと・・・・・オレも取りに行けと言うんだね?」
「さっさと行ってくださいヘルメス様」
もう隠そうとはせずに松明を持ってセットされたロケット花火の前に立つアスフィ。顔を引き攣らせるヘルメスは遠慮するよと苦笑いで否定の言葉を言ったのだが、彼の背後に現れる二つの影がそうはさせなかった。
「おうヘルメス?自分だけ無事で済むなんて思ってないんやろうなぁ?」
「ヘルメス、ゴーだ」
優男神の肩を掴んでいい笑顔を浮かべる女神と男神。逃がしはしないと三列に並べられている花火を見て橙黄色の目が凍結した。
「因みに、ロケット花火は三倍増やすからゴミ取り頑張ってな?」
「ハ、ハハ、ハハハハ・・・・・」
数秒後・・・・・一人の男神は大量の花火に襲いかかられて「アーッ!?」と悲鳴を上げた。そんな様子を見て今までの鬱憤が何故か消えていくアスフィ自身が晴れ晴れとした表情で見守った。
「これでしばらく良い夢が見れる夜を過ごせそうです」
「それはよかったな」
そんなこんなな花火大会も大勢ですれば数があっという間に減っていき、最後の一種類の玩具花火で終わりの幕が閉じようとした。筒状の玩具花火だ。それはアマテラスがよく知る物の小型版である。
「最後は取っておいた打ち上げ花火だ。今度は皆で点けてくれ」
「打ち上げ花火・・・・・こんな小さな物が本当に空にまで飛ぶのか?」
「百聞は一見に如かずだ。やれば分かる」
イザナギの疑問を催促で流されて一人一人渡された蝋燭で、間隔的に置かれた最後の花火の導火線に火を点火する。最後まで導火線が燃え尽きるその瞬間まで見守り・・・・・筒から飛びだす何かが夜空に消えたあと、三柱の極東の神が知っているような大規模な打ち上げ花火とは違うも、小さくても一生懸命に闇夜の空に咲く火花が次々と咲き誇ってロキ達を魅入らせた。その様子にアスナと目を合わせて頷き合う。
「「たーまやー!」」
異邦人達は夏の風物詩を満喫した。それでもまだまだ夏季は続く―――。