ダンジョンで様々な出会いをするのは間違っているだろうか   作:ダーク・シリウス

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冒険譚13

【ロキ・ファミリア】のホーム『黄昏の館』の修復が完全に終わり、静養で『幽玄の白天城』に住んでいたロキの女性団員達が身支度を整え始める。この城に住み慣れてしまい名残惜しそうに会話を交わし合う団員達。アリシアとアナキティもそうしている時に部屋に入ってきたリヴェリアから指名された。何だろうと部屋の廊下に出た時に訊ねられた。

 

「お前達が良ければこの城に留まっても構わない」

 

「え?元のホームに住まわなくてもいいって事ですかリヴェリア様」

 

「イッセーはその気になればこの城から直接ホームに異世界の魔法で繋げることができるからな。逆も然りだ。お前達の意思次第でイッセーに頼むつもりだが」

 

そんなこともできるのか、知らなかった二人は顔を見合わせてまた視線をリヴェリアに戻した。

 

「この事ロキには?」

 

「まだ言っていないが、あのロキの事だ。イッセーに恩を感じている限りお前達がこの城に住みたいと言えば強く反対はしないだろう」

 

「リヴェリア様はこれからもずっとこの城に住み続けるおつもりですか?」

 

「ああ、最初はアイズだけを住まわせまいと一緒に同居をさせてもらっていたが今では、な」

 

身体を重ね合うほど深い絆、愛し合う関係となっているリヴェリアは【ファミリア】の雑務や『遠征』ではない限りこの城に居座っている事が多い。夜となれば毎日愛と快楽を貪り合うほどに。

 

「どうする。これは強制的ではないから遠慮しても構わないがお前達の気持ち次第だ」

 

「・・・・・なら、私は残りたいと思います。彼には色々と、その、責任を取ってほしいですから」

 

「あはは、すっかり骨抜きされちゃってるねアリシア。リヴェリア、可能だったら私もこの城に住んでみたいと思ってた。料理もお風呂もこっちのほうが好過ぎて、アリシアと同じでイッセーには責任を取ってほしいから」

 

「ふっ、ああ、それについては私も同感だ」

 

一誠の知らないところで新たな同棲が増えた。そして女性団員達が二人を残して城の主に一人一人感謝の言葉を送ってロキと一緒に北の方へと向かって―――擦れ違うようにして荷物を抱える女性の一団が現れた。

 

「【アストレア・ファミリア】?」

 

「急に押し掛けるような形ですが、私達も貴方の城に住むことに決めました。どうか今後ともよろしくお願いします」

 

「・・・・・」

 

「また・・・・・私達を愛して下さいね」

 

一難去ってまた一難みたいな感じで『幽玄の白天城』に新たな一団が同棲をしに来た。それを後で知ったとある女神達は羨望するが、【ファミリア】を抜け出して住めれないので残念がっていたのは別の話。

 

・・・・・。・・・・・。・・・・・。

 

・・・・・。・・・・・。

 

・・・・・。

 

 

「依頼?また?」

 

『賞金稼ぎ』の生業をしているルノア・ファウスト(十七歳)は辟易に似た呆れさを隠さず漏らした。

 

「何でか知らないけど『異世界食堂』の店主が暴れ回って、闇派閥(イルヴィス)の残り滓も壊滅したんでしょう?勢力争いなんて終わったんじゃないの?」

 

ルノアがいるのは場末も場末の酒場であった。路地裏の地下の階段をもぐった先、薄暗い店内で軽く見渡せばいかにもといった亜人(デミ・ヒューマン)達が密談を交わしている。『依頼』を受け取る時、何時もこの酒場を利用していた。『異世界食堂』とは比べるまでもないあまり良いとは言えない酒を飲んで(メンチカツもないし※これ重要)。

 

「その『異世界食堂』の店主が、今度の標的だ」

 

愛用している口元を隠す防寒着(マフラー)を巻いた彼女の対面にいるのは商人の(ヒューマン)だった。『賞金稼ぎ(バウンティハンター)』を生業にしていて裏の界隈で『黒拳』なんて呼ばれてる私にこの商人(ヒューマン)はルノアの力に目を付けてからというもの、他の客の仲介までこなして依頼を持ってくるありがた迷惑な取引先だ。

 

「はぁ?冗談よしてよ。相手がどこの【ファミリア】に所属しているのか知らないわけないでしょ。こっちが殺されるっての」

 

その意義の声を無視して商人は、前金が詰まった小袋を卓上に置いた。

 

「奴の今回の騒動で、我々の息がかかった配下にも被害が及んでいる。ひいては、我らブルーノ商会が闇派閥(イルヴィス)と繋がっていた事もバレたかも知れん。明るみになる前に、必ず消せ」

 

「あっ、ちょっと・・・!」

 

言い含めるように告げ、返事を待たず、椅子から立ち上がる。依頼人(クライアント)が酒場から出ていった後、重い溜息をついた。

 

「・・・・・そりゃ、報酬がもらえるなら誰でも仕留めてやる、って言ったけどさ。よりにもよってあの店主かぁ・・・・・二重の意味でやり辛いなぁ・・・・・」

 

店主本人と店主のバックにいる派閥に手を出したくない意味で。憂鬱に暮れるルノアは腕っ節の強さだけでここまでやってきた。手っ取り早い生計の為に、賞金首どもを張り倒しては勝ち続けてきた。だが、彼女はそろそろ疲れていた。

 

「オラリオの冒険者、ちょっと強過ぎるよ・・・・・」

 

この迷宮都市の冒険者達は、ある一定の境界(ライン)を超えると、桁違いに強くなる。依頼の達成率ほぼ十割のルノアでも、第二級以上の冒険者相手は苦戦が必須であった。第一級冒険者などそれこそ速攻で断る脅威度(レベル)である。まさしく、オラリオは人外魔境であった。来る日も来る日も戦いの毎日。死ぬ気となって標的を撃破すれば、余計にな広まり、依頼が舞い込んでくる悪循環。神経は日に日にすり減っていく。最初気に入っていたこの酒場の蜂蜜酒も、今ではすっかり美味しく感じなくなってしまった。

 

「あ~。もう何か疲れたし、どっかに身を落ち着けたいなぁ。カッコ良くなくていいから、気を使ってくれる亭主とか見つけて、狭い家でゴロゴロして・・・・・」

 

ルノア・ファウスト(十七歳)。枯れた発言をするうら若きヒューマンの少女は、天井を見上げながらこぼした。

 

「賞金稼ぎ、もう止めようかなぁ」

 

・・・・・。・・・・・。・・・・・。

 

・・・・・。・・・・・。

 

・・・・・。

 

 

「やっと来た。人を待たせて今度はどんな依頼なのよ。てか、今月で何人目?」

 

蒼い夜空に浮かぶ満月の光は闇に包まれたオラリオを照らす中、忘れ去られた鐘楼の、もう鳴ることのない大鐘が天井からぶら下がり、静謐な月光がアーチからそそがれている。とある『依頼』を受け取る時、指定する待合場所の一つだった。その場所には二人の男女が密談を交わしていた。

目元を隠すフード―――獣人の種族の象徴たる耳を隠すことによって二つの山ができているものの、夜風でフードがぱさっとあおられて―――黒い猫耳が表になる。落ち合う場所に指定の時間が過ぎてからやってきた相手に対して少々機嫌が斜めとなって不満げに顔を顰めた。遅れてきた相手と対峙しているのは、とある商会の(ドワーフ)だった。何かと敵が多く、同時に欲深くもあり、金の臭いを嗅ぎ取っては依頼を持ち寄ってくる取引先である。

 

「まぁ、見合った報酬さえ用意してくれれば、仕事はこなすけど」

 

「あぁ、勿論だ。今回暗殺を頼みたいのは、あの『異世界食堂』の店主だ」

 

ぴくっ、と猫耳が動いた。

 

「何であの店主に?なんて聞くのは野暮よね」

 

「ああ。今やあいつも一級のお尋ね者だ。首に掛けられている懸賞金は八千万。この額の賞金頸なんてそうはいねえ。他の奴に出し抜かれる前に俺達が頂くんだ」

 

「もう情報とか集めてるんでしょ。だったら教えるか私によこして」

 

その小振りな唇が邪で薄ら寒い三日月を描く。

 

「そ、そうか。お前がそう言ってくれると信じてた。じゃあ『黒猫』、賞金は山分けってことで―――」

 

「前金は四〇〇〇万。報酬金の取り分は、こっちが七割」

 

男の言葉を遮って、ぴしゃりと叩きつける。ドワーフの商人はにわかにうろたえた。せめてと報酬金の取り分を訂正したが相手は頑として譲らない。暗殺者の脅しで結局、取り分の変更は叶わず『異世界食堂』の店主の情報が載っている羊皮紙を押し付けて逃げる様に彼女から立ち去った。

 

「・・・・・ちょろいもんニャ~」

 

一人になった後、口調をがらりと変えた少女は、盛大に嘆息した。

 

「歯ごたえがなさ過ぎて興ざめニャア・・・・・いっそ依頼を持ち帰ってくれた方がよかったのにニャ。でもなぁ・・・・・」

 

彼女は暗殺の腕だけでここまでのし上がってきた。生業が生業だ。舐められぬよう営業用の仮面まで被って、闇の仕事に身を投じてきた。だが、彼女はいよいよ疲れていた。

 

「今回の依頼の報酬金がいいんだけど、迷宮都市(ここ)で暗殺なんてもう割に合わないニャ~。せっかく稼いだ金も、次の前準備でほとんど消し飛ぶニャ~」

 

暗殺の達成率はほぼ十割の少女にとっても、オラリオの冒険者は強過ぎる。念入りに暗殺の準備をするだけで報酬がかき消えるほどに。一度、第二級冒険者を仕留めてしまったのが運の尽き。増えていく依頼は難題ばかりで、苦労して墓標を築き上げる度に、すぐに新たな棺を要求される。毛繕いを怠っていなかった自慢の尻尾の毛並みも、今ではすっかり荒れてしまっている。

 

「あ~。もう美少年を侍らせた優雅な生活を送りたいニャ~。おへそやお尻を撫で回して、胸をキュンキュンさせながらこの世の極楽(ヘブン)を満喫したいニャ~」

 

―――クロエ・ロロ。この時十七歳。

 

欲にまみれたうら若き猫人(キャット・ピープル)の少女は、月夜を仰ぎながら呟いた。

 

「暗殺業、廃業しようかニャァ・・・・・・」

 

 

 

前金が詰まった小袋を片手に場末の酒場を後にしたルノアはすっかり暗くなった街中を歩き、現在借りている集合自宅(アパート)に戻った。

 

「はぁ~・・・・・。」

 

場所は都市北西部、第七区画。都市を囲う巨大市壁が眼前にある、都市の隅っこに家賃八〇〇〇ヴァリスの潜伏先に彼女がいた。三階建ての集合自宅(アパート)は市壁のせいで日当たりがないに等しく、石造り故に夜はかなり冷える。が、立地条件によって人は寄り付かないのと集合自宅(アパート)の入居者はよっぽど金がないものか、脛に傷持つ者くらいしかいないこの物件にルノアは気に入っていた。若い一人少女がこんな場所の部屋を借りたいと申し出を受けたドワーフの親父(オーナー)からも『家賃を払えば詮索しない』と言外し、静かな部屋を借りることができた。時折、隣の部屋から独り言と思しき不気味な笑い声が聞こえてきた時は嘆息したが・・・・・。

 

「標的は私より下だけど・・・・・ある意味、今までより難易度が高すぎかも・・・・・」

 

一部屋のみの石部屋の木製の扉を開ける。中は粗末な木卓の寝台(ベッド)、魔石灯など必要最低限の調度品しか置かれていない。特筆するとすれば部屋の隅にまとめた仕事用の一張羅―――武装の拳具や戦闘衣(バトル・クロス)、後はお手製の打撃練習用具(サンドバック)だ。自ら購入した魔石製品の発火装置で鍋を沸かし、ホットミルクを作ったルノアは、木製の椅子をギシリと鳴らして腰かけた。

 

「どうすっかなー」

 

潜伏先は分かってる。だが、今まで通っていた店の料理を作る店主を殺すことになる日が来るとは思いもせず、結局前金を受け取ってしまったからには依頼を果たすしかない。不用意に親しんでしまった相手をこの赤黒く染まった拳で殴り殺して・・・・・。そう思うと辟易する思いで溜息が出てしまうであった。

 

「・・・・・打ち込みして気を晴らそ」

 

このもやもやを晴らそうとルノアは椅子から腰を上げて部屋の隅にある物へと近づく。

 

「ニャ~【フレイヤ・ファミリア】の情報なんて見るまでもなく化け物だニャ・・・・・」

 

うわ~こんな【ファミリア】を敵に回したくねー、とクロエは呟いた。下着姿で寝台(ベッド)に寝転がりながら枕元に広げている【ファミリア】の詳細と店主本人に関する人物情報(プロフィール)を見た結果である。彼女が住んでいる一人部屋のみの石部屋は、無駄に豪奢な絨毯や天蓋付きの寝台(ベッド)、シャンデリア型の魔石灯、更には暖炉型の魔石灯製品など贅を尽くすがごとく改造(カスタマイズ)されてある。まさしくクロエだけの城と化しており、ともすれば趣味の悪い内装は無駄遣いの権化と言えた。金をかけているだけあって部屋は快適そのものだが・・・・・時折、隣室から聞こえてくる殴打音のような鈍い音だけが悩みの種である。寝台(ベッド)に頬杖を尽き、黒の高級下着(ランジェリー)から猫の尻尾をニョロニョロと揺らしながら、クロエは見下ろしている羊皮紙に溜息を吹きかける。

 

「あの店主が何で恨みを買われるような事をしたのニャ・・・・?こういうの正義の【ファミリア】だったら話しは分かるんだけど」

 

流れやすい自分の、ただの八つ当たりでこうなったとは自他ともに思いもしなかった事態である。

 

「店主の戦闘スタイルは魔道具《マジック・アイテム》を行使する冒険者・・・・・まるでミャーみたいな戦闘方法(スタイル)ニャ~」

 

真正面から直接戦わず勝利する戦法は同感するクロエからすれば親近感が湧いたと口元を緩ました。

 

「ニャけど、ミャーの方が上手に相手を仕留められるニャ」

 

そしてLv.も、とニュフフと邪笑するクロエは自身の強さに直接標的と対峙するまで今も疑わなかった。一頻り余裕を浸っていた猫人(キャットピープル)の少女は仰向けとなり、魔石灯の光にほっそりとした己の手をかざした。

 

「この暗殺稼業を廃業するためにも店主には悪いけれど有終の美でも飾らせてもらうニャ」

 

また不気味な笑い声を発するクロエの隣人は「またこの声か・・・・・」とげんなりとして、嫌な気分を発散するためにお手製の打撃練習用具(サンドバック)を殴打する音に「またこの音ニャア・・・・・」と猫耳を伏せる黒猫であった。

 

―――†―――†―――†―――

 

『異世界食堂』

 

今日も西区画一の酒場の店が朝早くから賑やかさと騒がしさを醸し出していた。お気に入りの店で食べようと敢えて朝食を抜いてくる客もいれば酒を飲む客もやってくる。陳列窓(ショーウィンドウ)の棚の商品を購入する一般の労働者や冒険者。干し肉やパンという携帯食よりも美味であり、長期的な保存を可能にする専用の箱(購入可)に入れれば何時でも何所でも美味しく食せることから人気の商品にもなっている。

 

「カツサンド三十五個くれぃ!」

 

「エビカツサンドを頼む。十二個だ」

 

「焼きそばパンを十一個くださぁーい!」

 

「フルーツサンドと生クリームサンドをくださいな」

 

毎日毎朝、異世界のサンドウィッチの美味しさに虜となった客達が買い占める勢いで注文するから店の裏では戦場と化していた。

 

「サンドウィッチの補充をお願いしますニャー!」

 

「もー!毎日毎日忙しいニャー!」

 

「まったくそうでアル!(サッ、パクリ)」

 

「おいてめぇ、今つまみ食いしたな・・・・・?」

 

ウギャアアアアアアアアアアッ!?と別の意味で悲鳴を上げるほど大忙しな店だった。それでも客の腹を満たすのが義務であるので弱音を吐く暇もない一日が今日も始まる『異世界食堂』だった。

 

「(相変わらず賑やかな店ね・・・・・)」

 

窓の外で青空が広がる昼下がり。敵情視察という事で、『異世界食堂』の客として装い(実際何度も来ているので視察はあまり意味はない)潜入したルノアは、店内の光景を見てしみじみとしていた。視線の先では、制服姿の店主が真紅の長髪をたなびかせながら接客や皿の片づけをしている。

 

「(ギルドの要注意人物一覧(ブラックリスト)にも載っているお尋ね者が、相も変わらず働いているなんて何を考えているんだろう)」

 

そもそも彼の店主の現在の状況をギルドは把握しているのか?逃げる素振りも隠れるどころか、どうぞ捕まえられるなら捕まえてくれと言わんばかりに店の中で動きまわっているではないか。もしや、自分がお尋ね者になっている事を知らない?と思った時だった。乱暴に扉が開け放たれ、無遠慮にドカドカと入ってきたならず者やゴロツキの男達。武器を所持しているところから冒険者に身を置いている者達だと見受けれる。丁度ルノアがいる席は窓際だったので、外にも彼等の仲間と思しき大勢の輩が下種な笑みを浮かべて佇んでいた。

 

「ひゃははっ!八千万ヴァリスのお尋ね者が呑気に働いているぜぇッ!」

 

「おい、この店がてめぇの血で汚したくなかったら表に出な!」

 

「その首ぃ、俺達が貰いに来たぜぇ?」

 

高額の賞金を目当てに白昼堂々と襲撃しに来た粗暴な輩に、ルノアは店主の言動を見守るつもりだったが。ガタリと直ぐ傍に座っていた強面の大柄な(ヒューマン)が立ち上がった時、隆起する腕を構えるドワーフ、長い双剣の柄を触れる妖精種(エルフ)、獲物を狩るような鋭い眼差しで睨みつける狼人(ウェアウルフ)・・・・・一階にいる大半の客達が立ち上がり出した。

 

「店主、ちょっくら外に行って来ていいか?なぁに、直ぐに戻ってくるからよ」

 

「ちと外が騒がしくなると思うんじゃが気にせんでよいぞぃ」

 

そう言って店主の返事を待たず客達が賞金を目当てに来た輩を外へと吹き飛ばした後、西区画のメインストリートに乱闘が勃発した。そんな光景を唖然と見ていたルノアは開いた口が塞がらなくなって数分後。晴れやかな顔で店内に戻って来た客達が先程まで戦いをしていたとは思えない態度で何事もなく食事を再開し始めた。

 

「(・・・・・ナニコレ)」

 

路上にまた目を向ければならず者達の姿は見当たらなく、戦闘の痕跡すら残さない客達に畏怖の念すら覚えてしまった。後でさりげなく客の一人に質問したら「自分達のお気に入りの店の周囲に汚物を放置するなんて有り得ないだろ?」と朗らかに答えられた。対象(ターゲット)の首を狙った時の自分を思い浮かべ、彼等の二の舞になり兼ねないと悟ってしまいますます依頼を遂行しようかと躊躇してしまったルノアだった。

 

「(・・・・・何、今の)」

 

同じく、昼下がり。

 

飛脚に扮して酒場に入ろうとした目前で客達がならず者達をコテンパンにノした後、極力関わりたくない藍色の短髪の女性冒険者を始めとある【ファミリア】の冒険者達が流れる水の如く店主を狙った輩を捕縛してどこかへと連れ去っていった。まるで最初から打ち合わせていたかのような連携にクロエは、その光景を目の当たりにして当惑した。放心し掛けた意識という紐を締め直して酒場の裏口から潜入を果たす。

 

「すいませーん、ギルドからお手紙をお届けに参りましたー」

 

「はーい」

 

とクロエの声に応じたのが・・・・・彼女の暗殺対象(ターゲット)の店主だった。対応しに来たのが標的の男だとは思いもせず、自分の事バレやしないかと不安と緊張、無防備に近づいてくる相手に今ここで仕留めるか?と葛藤に似た迷いをした。

 

「ギルドからの手紙か?」

 

「そうです。これを」

 

どうやら(クロエ)を気付いていないようで、受け取った手紙をその場で読み始める店主が記されている文字を目で視認していく姿勢は数秒で終わった。

 

「確かに受け取った。お疲れ様」

 

「確かにお届けました。ではこれで」

 

ここは手を出さず大人しく退こうと思った矢先に目の前から声をかけられた。

 

「この後は暇か?」

 

「え?えっと、この後は休憩に入りますが・・・・・」

 

「じゃあ、せっかくだからうちの店で飯を食べないか?」

 

突然の食事の誘いに当惑するも、やんわりと遠慮して断る。すると残念そうに肩を落とした店主。

 

「そっか、残念だな。新作の魚料理の味見もして欲しかったんだが」

 

「(新作の魚料理・・・・・ゴクリ)」

 

この店の魚料理はクロエの舌を唸らせるほど絶品でもあり、その新作とあらば興味がないはずがなかった。しかもまだ誰も口にしていないものであれば尚更だ。

 

「じゃあ、最後に両手をこうしてくれないか?」

 

「は?はぁ・・・・・」

 

怪訝に何かを持つような姿勢で両の手の平を揃えるクロエの手に、店主は彼女の帽子をサッと頭から取って両手に置くと、帽子で隠れていた黒い猫耳へ素早く伸ばした。そして喜色満面な笑みで優しく触れ出した。

 

「ッ!?」

 

「うーん、やっぱり触り心地がいいなぁクロエの耳って」

 

―――最初から気付かれていた!?というか、気付いていて自分の耳を触れるために気付いていない振りをしていたのかニャ!?と無遠慮に耳を触りながら片方の耳に息を吹きかけられ、未知の感覚の信号が送られて来てゾクゾクと背筋が震え、腰が砕けそうになったところでようやくクロエは動き出す。

 

「ニャ、ニャッー!!!!」

 

逃げる際に手を振り上げて直ぐ顔を真っ赤にしながら裏口を後にした。走り去っていく黒猫を見送る店主の背後から、店主を呼びに来た鈍色の髪と瞳の女性店員シルが不思議そうに裏口に繋がる通路から顔を出した。

 

「店主さん?何かありましたか?」

 

「ああ、せっかく捕まえた猫に逃げられちゃったよ」

 

「あらあら、顔に引っ掻き傷ができちゃってますね。可愛かったのですか?」

 

「そうだなぁ、うちの店の看板猫になってほしかった」

 

心底残念そうに引っ掻き傷を残す店主に微笑ましげに笑うシルは、彼の手を掴んで保健室へと連れて行った。

 

「ぜ、絶対に暗殺してやるニャ・・・・・ッ!」

 

宿屋に戻って高級なベッドに身体を沈ませた一匹の黒猫が、猫耳を押さえて自分に恥を掻かせた暗殺の対象の顔を持い浮かべる。が、しかし眠った際に本物の動物の猫の様に耳や尻尾だけ飽き足らず全身まで愛撫する店主とされる側の己の夢を見てしまうという逆効果が起きる事をまだ気づかない。

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