ダンジョンで様々な出会いをするのは間違っているだろうか 作:ダーク・シリウス
夕日が西部の市壁の奥に沈んでいく。巨大市壁に囲まれたオラリオは日暮れの訪れが早い。四年ほど前から迷宮都市に身を置いているルノアは、それがわかるようになっていた。茜色に染まる西のメインストリート。迷宮帰りの冒険者、仕事を終えた労働者、多くの者達が従来する通りの中で、ルノアは足を止めて『異世界食堂』を眺めていた。彼女の目が映すのは、働いている店主だった。他の店員や客達が家族の様に打ち解けて笑い合う様子は『異世界食堂』という名の店が一種の【ファミリア】のように見えてくる。
「(楽しそうにしているなぁ・・・・・)」
店内にいる店主は視線に気が付いたのか、こちらに振り向く。窓越しに眼差しを絡めていたルノアは
「(お尋ね者なのに、知ってか知らずか・・・・・皆に愛されているんだね)」
大通りを行くルノアは、店主に羨望を抱いた事に気がついてしまった。
「家族、同僚、【ファミリア】・・・・・全部、私には縁がなかったなぁ」
夕暮れの空を見上げながら、独白を落とす。揺らめく人波の中で、たった独り切りでいる自分の立場が、過去の記憶を喚起させ―――。
「あら・・・・・ルノア?」
一柱の神物と出くわして喚起させることはできなかった。ふわふわとした長い蜂蜜色。ルノアでは到底及ばない双丘の持ち主。優しげな垂れ目が今は軽い驚きに染まっている。彼女の側には護衛らし気眷族が控えている。雑踏の中でばったりと出会った相手の名を、ルノアも驚きながら呟いた。
「デメテル様・・・・・」
豊穣を司り郊外で野菜や麦、果物を育てオラリオに流通して貢献している【デメテル・ファミリア】の主神、女神が驚きから嬉しそうに目元を緩めて微笑んだ。
「驚いたわ。まさかこんな所で会うなんて」
「私もですよ」
「ふふっ、久しぶりに貴方の顔を見れて安心してもっとお腹が空いちゃったわ。ルノア、一緒にご飯を食べましょ?」
デメテルの厚意を断ろうとするが、柔和な笑みに押し切られてしまう。このまま彼女の、オラリオ北部に存在する【デメテル・ファミリア】
「いらっしゃい。ん?珍しい組み合わせだな。デメテルとルノアが一緒なんて」
「あら、ルノアのこと知っていたのね?実はこの子、私の眷族なの」
「へぇ、そいつは知らなくて意外な関係だ。ま、立ち話もなんだから席に座っていてくれ」
「あのね?そのことについてお願いがあるの。私達だけ予約したのだけれど、ルノアの分の席も用意できないかしら」
出迎えたのが店主で二階を予約していたデメテルはルノアの分の席も乞う。店主は背中に手を回し薄い板を手にして何かを確認しながら口を開く。
「デメテル達が食べる席は座席だったな。席は余裕があるし同じ【ファミリア】の眷族なら問題ない。いいぞ」
「ありがとう」
「どういたしまして。そしていらっしゃい。ようこそ『異世界食堂』へ」
ルノアと食卓を囲える事が可能となり二階へ足を運ぶ三人。扉が無い空間を入れば既に見知った者も含め、神々や冒険者、労働者、中には貴族までもがいて異世界の料理を食べながら雑談を交わしていた。ぽっかりとあからさまに空席の場所には【デメテル・ファミリア】と書かれた立て札があり、予約した者達の専用の席として扱われてもいた。その席に座ると早速デメテルはルノアに話しかけた。
「この店にはよく来るの?」
「え、ええ、時々ですよ」
「私も一週間に二度か三度ぐらいは来るわ。ここのお店が出す野菜は【デメテル・ファミリア】が育てた物だから、あの子がどんな風に私達が育てた麦や野菜、果物を異世界の料理で美味しく作ってくれるのか楽しみの一つなのよ」
直接【デメテル・ファミリア】と契約しているとも教えられてまた驚き目を丸くするルノアだった。当人達がそこまで繋がっていたとは露も知らず、少女の反応に柔和で笑むデメテルは眷族と一緒に分厚いメニューの本を開きだす。
「あっ、新しいメニューがあるわ。今日はこれと・・・・・あとこれにしましょう」
一つのテーブルにメニューの本は二つ。一冊では複数の客がゆっくりと選べないことから改めてもう一冊増やした。その置き場所がテーブルが壁際の席なら壁の中に、そうでない席は横長の椅子の収納箱の中。本を一度押し込めば出てくる仕組みの収納式である。ルノアは護衛の眷族が選び終えてから決め始める。
「(やっぱり、メンチカツにしようかな)」
一週間に一度この店に来る時は必ず好みの料理を食べるルノア。他の料理も食べてみてが、やはりお気に入りの料理の方が一番だと選ぶのがメンチカツだ。三人共、亜麻色の髪の店員を呼んでそれぞれ注文をした後は雑談を交わす。数分後、女性店員達がデメテル達が注文した料理を運んできた。
「お待たせしました。それではごゆっくりお食べください」
二階を後にする彼女達を他所にナイフとフォークを手にしてそれぞれ料理を切り分けて食べ始める。
「う~ん・・・・・っ、美味しっ!」
「本当にね。このテリーヌって料理、野菜本来の甘みを凝縮している。異世界にこんな料理があるなんて凄いわ」
「はい、私もそう思います」
新たな発見に喜ぶ豊饒の女神の笑みに眷族とルノアは釣られて笑む。やっぱりこの店の料理は美味しいと同じ料理を頼むデメテルとルノアは完食後、また新たな調理を注文して腹を満たす。外が蒼夜に色褪せた頃には皿が数枚重なっていたほど食べた三人は解散の空気を醸し出して席に立ち、会計を済ませてそれぞれホームに戻ろうとしたのだったが、背中を向けるルノアにデメテルが話しかけた。
「ルノアの『お仕事』は、まだ忙しいの?」
「・・・・・うん、まだ一つ今までより大変で大きな仕事が残ってる。でもこれで。最後にしようかなって思ってるんだ。何だか、疲れてきちゃって」
デメテルはルノアが何をしているのか聞いてきた事はない。いや気付いていないはずはないのだ。しかし、時折こうして穏やかなひと時を与えてくれる。子を労わる慈愛の瞳で。デメテルがいなかったら、悪循環の生業をし続ける少女の精神はとっくに潰れていたかもしれない。それほどここ最近疲れを感じているのである。
「『お仕事』を止めた後は、どうするの?」
「・・・・・」
「ねぇ、ルノア?もしよかったら・・・・・私達と麦や野菜、果物を作らない?とても大変だけど、すごくやりがいがあるのよ?」
微笑みかけてくるデメテルの顔を、ルノアはぼうっと眺めた。【デメテル・ファミリア】にこのまま籍を置いてしまおうか、と思った事は実はある。デメテルはルノアが今まで会ってきた神々の中で一番の神格者だったし、彼女を慕う団員達も気さくさだった。こんな帰る場所があったら幸せだろう、と感じられるほどに。だが、ルノアはそうしなかった。
「ありがとう、デメテル様・・・・・でも私は、できないや」
「ルノア・・・・・」
「私がそういうのやったら、いけないと思う」
ルノアは目線の高さまで手を上げ、手の甲を眺める。
「デメテル様は今まで
ルノアの
「麦も、野菜も、果物だって、大事に育てて誰かに食べてもらうんでしょ?沢山の人に喜んでもらうんでしょ?・・・・・私の手がそこに関わっちゃ、うん、やっぱり不味いよ」
自嘲風に苦笑いするルノアが『黒拳』である自分とデメテル達が関わっていると知れたら風評に関わると思って【デメテル・ファミリア】と距離を置こうとしている。いや置いている。デメテルと出会ってから彼女が支持する派閥―――ギルド傘下の【ファミリア】を狙う依頼は受けないようにしていたが、今回は受けてしまってそんなこと他の者にとって知った事ではないだろう。都市の混迷に拍車掛けた傭兵も同然の賞金稼ぎなど、悪感情を抱かれて然るべきだ。
「ごめん、デメテル様。私やっぱり行くよ。一緒にこの店で食べれて楽しかった」
「ルノア、私達は・・・・・」
「大丈夫だって。本当に、これで仕事から足を洗うつもりだから」
背中を向けて再び歩き出すルノアは、悲しげな表情をするデメテルに精一杯の笑みを見せる。デメテルを心配させていることが心苦しかった。いっそ最後の依頼なんて放り出せばいいのかもしれない。自分を心配してくれている女神が親しげに接していた店主を殺さなければならないからだ。放り出せば誰もが不幸にはならないのに。だが、ルノアはそれをしようとしなかった。恐らくこれは、今まで行ってきた賞金稼ぎの自分と決別するための儀式であり、けじめであり、自身への罰だ。どんな理由で生きたまま『悪』の残り滓と繋がり、関係者全員を捕らえたのにお尋ね者となった良心の店主の血を、またこの拳で汚さなければならない。ある意味初めて血を被っていない、罪を犯していない者を殺す。それも親しい人を殺める自分への罰。一生消えることのない事実と自分の手で消した感触と記憶が永遠に付き纏うだろう。自嘲の笑みを一瞬こぼしたルノアは、この場からの去り際、強がってデメテルに笑いかけた。
「それに、つるむんだったらデメテル様達じゃなくて、私みたいな馬鹿な連中とかがいいんだ」
星の海が魔石灯の光に負けまいと輝いている。夜も眠らないオラリオは中々星が見えにくい。四年ほど前から迷宮都市に居座るクロエは、それがわかるようになっていた。
「(楽しそうにしているニャ~・・・・・)」
蒼然とした闇に包まれる西のメインストリート。月明かりに照らし出される建物の屋上から、クロエは『異世界食堂』を眺めていた。彼女が見下ろすのは、獣人の客を出迎える店主だった。獣耳を触れようとするが客に笑って断れて残念ながら店の中へ招いた。
「(ミャーの耳と尻尾以外でも触れようとしているのかあの店主・・・・・!)」
一週間に一度、夜に訪れたら必ず迎えてくる店主が毎度飽き足らず耳と尻尾を触れてくるのは
「んニャ?」
一柱の神物を発見した。頭の後ろでひっつめている髪は茶色。端整かつ精悍な横顔は美丈夫と呼ぶに相応しい。上着を脱いだ上半身半裸姿で、ややもすれば『海の男』という言葉が想起される。でなければとある異なる世界では『露出狂男』、『変態』と周りから指さされながら言われる。その側では数人の手伝いの眷族が雑談を交わしていた。
「(あれは・・・)・・・・・ニャハァ」
予定変更、彼等がこのメインストリートに足を運んで来たのは理由がある筈。どんな理由にせよクロエはこの機を逃すまいと邪笑を浮かべた。次には建物から飛び降り出し、件の神物目掛けて飛び付く。
「ぐおっ!?な、なんだ!って・・・・・げっ、クロエ・ロロ!」
手伝いの眷族達が驚く中、背後から抱き着かれた男神はクロエの名を呟き、顔を引き攣らせる。建物の屋上で
「久しぶりニャ、ニョルズ様。元気してたニャ?」
「お前なぁ・・・・・いきなり飛び付くやつがあるか。驚いただろうが。あと危ないから止めろよな」
「ニャハ、こんなところでニョルズ様と会うなんて思わなかったから」
男神ニョルズ。【ニョルズ・ファミリア】の主神にして漁を司る一柱。彼が運営する派閥も当然。漁の【ファミリア】。
「でも、こんなところにまで美味しそうな魚を持ってきているニャ?繁華街に何時も持って行くのに」
「『異世界食堂』の店主と直接契約を交わしていてな。料理に使う魚介類を出荷しに運んできているんだ」
「へぇー、意外ニャ。何時の間にミャーの知らない内に裏で通じていたニャんて」
「裏で通じていたって、人聞きの悪い言い方をするな」
「ふ~ん?ミャーの言葉はあながち間違っていニャいと思うけれど?」
ニヤニヤと邪笑を浮かべるクロエの言葉が何故かニョルズに効き目があり、
「出荷したらこの店で飯を食べるつもりだ。お前も一緒にどうだ」
「ニャハッ、ミャーの大好物を他人のお金で食べられるならいつもの何倍も美味しくニャるから大歓迎ニャ」
嬉しそうに尻尾をくねらせ、ニョルズ達が出荷をし終えたあとに『異世界食堂』の中へと入店するクロエに影が覆う。
「―――――」
天井に張り付いていた影が、音もなく落下した。
「ふっふっふっ、待っていたぞ黒猫。建物の上にいたから何時来てくれるかなってスタンバッていた甲斐があったもんだ」
「フニャアアアアアアッ!?」
暗殺者の己に気取られず真上からの奇襲によって抱きしめられ、耳を触られるクロエが悲鳴を上げる姿にニョルズ達は瞠目した。
「あー店主、そろそろその辺にした方が良いと思うぞ。というか、お前ら二人って仲が良いんだな」
「仲良くない!一方的に触ってくる変態ニャ!」
「失礼な。純粋にクロエだから触りたいんだ」
「開き直るところ!?」
「本当なら尻尾の毛並みを手や頬で楽しみながら毛繕いもしたいんだぞ?」
「やっぱり変態ニャー!露出狂してるニョルズ様みたいこいつも変態だニャー!」
「一緒にするな!」
騒々しくギャーギャー!と叫び散らす三人のやりとりを他の客達は、気にせずにその光景を肴にして食事を楽しむ。程なくして予約制の二階へ上り、【ニョルズ・ファミリア】専用の席へ腰を落ち着かせる。
「にしても、お前が店主と知り合いってことはこの店に何度も来ているってことなんだな」
「ここの店の魚料理は美味しいからニャ」
「そのおかげでこっちは繁盛させてもらっているんがな。契約金として
どのぐらいの契約金を貰ったのだろうか?そういうニョルズが珍しく思ったクロエは訊ねてみたところ、尻尾が逆立つほどピンと伸びた。
「一億だ」
「はっ?嘘でしょ?」
「いや、嘘じゃないからな?その代わりこの店が望む魚介類をピンからキリまで最優先で揃えなきゃいけない契約しているから大変でもあるんだ」
分厚いメニューの本を手にしてページを開くと何を頼もうか眷族と決め合うニョルズ。半ば多額の契約金を一括で支払っただろう店主に対してクロエは阿呆だろ、と呆れながら放心する。男神に催促されて黒猫もメニューの本を見ず好物の品を頼もうとする姿勢になった。店員を呼ぶボタンを押して数秒後、店主が二階に上がってきた。
「店主、注文を頼む」
「はいよ。注文は?」
店主の問いかけにニョルズが最初に口にする。
「お好み焼きを頼む。シーフード。鰹節は多めで」
「(おこのみ・・・・やき?)」
そんな料理あったっかニャ?と内心小首傾げるクロエ。眷族達もお好み焼きとやらを注文し出し、彼女だけはカルパッチョを注文する。
「お好み焼きって何ニャ?」
「教えるより実際に見た方が早い。本にも載ってるぞ?見たことが無いのか?」
流し読みで殆どのメニューを見ていないクロエは好物の料理ばかり頼む故に他は気にしていなかった。誰かと一緒に来て食べたことが殆どない彼女にとって今夜は新鮮な一時を過ごすことになるとは思いもしなかっただろう。相手が気になるものを食べようとすれば興味を持つのは人の性。
「ないニャ。ミャーはカルパッチョ一筋だから他の料理は食べないニャ」
「ああ、カルパッチョか。あれも美味しいよな。あの料理に使うソースが魚の旨みを引き立ててるし、俺達が漁で捕まえた魚を美味く作ってくれているのがまた嬉しい」
この店がその代表格の一つだと風に屈託のない笑みを浮かべるニョルズ。そうかニャーと軽く相槌を打って男神だけでなく眷族達とも話し相手にして会話を交わしていると、嗅いだことが無い香ばしい匂いがしてきた。
「はいよ。お待たせしました。お好み焼きとカルパッチョだ」
「おお。来た来た」
数人の店員が熱い鉄の皿に盛られたそれから立ち昇る香ばしい匂いに、ニョルズと眷族達は思わず顔を綻ばせる。出来立てのお好み焼きは冷めぬように熱せられた黒い鉄の皿の上で、微かにジュウジュウと音を立てている。小麦と淡い緑の玉菜を混ぜ合わせ、それに山芋などの様々な材料を加えて焼かれたお好み焼き。淡い黄色と緑が混ざり合うその上は、たっぷりと真っ黒なソースで染め上げられた後、黄色みを帯びた白いマヨネーズ格子模様が描かれ、一見すると鉋で削られた木くずのようにしか見えぬものがひらひらと熱に煽られて、ほんのりと海の香りを漂わせながら踊る。そしてその上に薄ら色づくようにかけられたのは、濃い緑の海藻の粉、青海苔。それらが交じり合い、お好み焼きに鮮やかな色を加えている。そして、匂い。鉄の皿の熱さが加わって立ち上る、お好み焼きから滴り落ちて焼かれて焦げたソースの匂いがニョルズ達の胃袋を刺激する。
「・・・・・これがお好み焼き?」
「そうだ。美味いぞぉ?」
空腹に耐えかねてナイフとフォークを手に取り、カルパッチョを頼んだクロエを除いてニョルズ達はお好み焼きを切り分ける。切った隙間から上に塗られたソースが鉄板の上に落ち、微かに焦げる匂いがする。その匂いすら楽しみながら、切り分けるのが終わるとほぼ同時に早速食べ始める。
「うん、相変わらず美味いなシーフードのお好み焼きは。このお好み焼きの主役はソースの匂いに負けない鰹節だろうな」
「主神様、ぶたたまのお好み焼きもイケますよ」
「これをお土産にして他の皆にも食べさせましょう」
眷族達からも好評のお好み焼き。そんなに美味しいのか。魚料理に関してならばカルパッチョが一番だと主張したいクロエだったが、お好み焼きに興味津々な眼差しを向ける黒猫の視線に気づき、男神は食べるか?と誘う。
「ミャーの好感を得るために餌付けしたいのニャ?」
「そういう事を言うならやらん!」
冗談冗談とヘソを曲げそうな男神に軽く謝って、切り分けた一つのお好み焼きを貰い、猫舌なクロエは念入りに冷ましてから食べた瞬間。口の中がソースの味で広がり、小振りなエビとイカ、他の魚介類の旨みを堪能しお好み焼きの独特の生地の味と感触を初めて知ったクロエは。
「(め、滅茶苦茶美味しいニャ!)」
瞳を丸くして尻尾を天井に向かって伸ばすその反応をニョルズは微笑む。お好み焼きの美味さを知る者がまた増えたことと、一緒に食事をして笑い合うこの一時を楽しんで笑う。
「ニョルズ様、それ全部譲ってくれニャー」
「自分で頼め!」
・・・・・。・・・・・。・・・・・。
・・・・・。・・・・・。
・・・・・。
「はぁーご馳走様ニャ。お好み焼きもまぁまぁ美味しかったことも知れて満足満足♪」
「まぁまぁ美味しいと言った割には二回も食ったよな」
おかげで手持ちの金はすっかり寒くなってしまったニョルズの心情を、満腹になった腹を擦りながら口内から微かなソースの香りを吐くクロエは露も知らない。
「で、ニョルズ様。先に眷族を帰らせておいてミャーと話しがしたいってなんニャ?」
のんびりと歩を進めるニョルズとクロエ。男神の眷族達はお土産を持って先に
「なぁ・・・・・お前、疲れてるだろ?」
「・・・・・」
クロエの胸の内をニョルズが見抜いた。男神の横で歩く黒猫は蒼夜の空に浮かぶ満月を見上げた。
「こんなご時世だから、しょうがないニャ」
「お前さえよけりゃ、俺の【ファミリア】に来るか?」
歩きを止めたクロエは、振り返るニョルズを誤魔化す様にニヤリと笑う。
「なんニャ?美しいミャーの虜になって、欲しくなってしまったニャ?」
「あぁ、そうだな、そういうことでいい。お前みたいな可愛い女手がいれば、
クロエのいじりにもニョルズは苦笑で応じ、案じた眼差しで見つめてきた。ニョルズは、いい神だ。イケメンで、身長が高くて、子供思い。善良な神格者だ。自分の生業を知っておきながら誰にもバラしていないし、文句を言いつつクロエの我儘を無茶ぶりに付き合ってくれる。まるでクロエに束の間の息抜きを与えるように。クロエは黙った後、これまでとは趣の異なった、ほのかな笑みを、肩を竦めながら作った。
「止めておくニャ。今更人殺しを止めた猫が、魚に夢中になって改心なんて・・・・・なんか滑稽ニャ」
「・・・・・そうか」
それは本心だった。ニョルズの提案は正直嬉しかったが、何か違うような気がした。
「それに、【ファミリア】もそうだけど・・・・・仲間とか、友達とか、よくわからないのニャ」
それも、本心。暗殺家業をするようになったクロエの曰くつきの原因である最初の【ファミリア】の時から横の交流が無かった独りぼっちの野良猫は、群れの中に入る術を知らない。人の命を奪うより、そちらの方がずっと難しいことのようにクロエは思えた。
「最初から仲のいい奴なんているもんか。むしろ、ぶつかり合ってからが本番だ。大声で叫びあって、殴り合ってもいい」
「神様がよく言う、夕日の下で喧嘩する、ってやつニャ?」
肯定するニョルズ。この場に二人の話を聞いていた一誠やアスナ、転生者達がいたら「何でそういうの知っているんだろう?」と思われていただろう。
「殴り合ってミャーのこの美しい顔に傷がついたらどうするニャ。ニョルズ様、責任とってくれるニャ?」
実際にそんなことして人と仲良くなれるなら負傷する覚悟の上でやらなければならない。男ならともかく女がそうしたら、傷者にされた女の責任を一体誰がとってくれるのだろうか?自分にそう提示したニョルズに意味深な笑みを見せる問うクロエに、ニョルズは真顔で言い返した。
「いやいや、そこは自己責任だろ」
「けしかけたのに責任取らないなんて酷い神様ニャ」
「そういうやり方もあるって言ってるだけだろ!」
不貞腐れて溜息を吐く黒猫。
「(・・・・・喧嘩なんてわからないニャ。今まで殺し合いばかりで生きるか死ぬかの二択しか行ってこなかったのにこんなミャーに喧嘩って・・・・・)」
それとは別にクロエはふと思ったことを、言葉にした。
「でも、そうニャ・・・・・思いっきり喧嘩して、殺し合って・・・・・それでもミャーと軽口が叩き合えるんだったら・・・・・気軽そうでいいのニャ」
胸に抱く思いはそれぞれ。しかし、邂逅の時は迫っていた。
「いつになったら店主を仕留めるのだ。依頼を預けて何日経っていると思っている」
「うるさいな、わかってるってば」
「先に言っておくけど、私、この仕事から足を洗うから、あんた等ブルーノ商会も、今後関わらないって約束して」
「・・・・・今更、堅気に戻れると思っているのか」
「思ってないよ。でもけじめをつけなきゃ、何も始まらないでしょ」
苦虫を噛み潰したような顔をする商会の
「心配しなくても、この依頼はやり遂げる。いつも通り私が仕留めるのを待っていればいい」
「明日の夜、仕掛ける」
「『黒拳』が『異世界食堂』の店主を狙っているらしい!何でも明日にでも仕掛けるって・・・・・どうする!」
「ん~、
忘れ去られた鐘楼で、慌てふためく
「獲物でさえも取り合うなんて・・・・・本当に疲れるご時世」
「なに暢気なこと言ってんだ!こっちも早く仕掛けねえと、先を越されるぞ!」
ドワーフの
「・・・・・でも、それも終わり」
他ならない店主の手によって。オラリオは生まれ変わる。クロエもそう感じていた。
「そんな店主を始末する羽目になるなんて・・・・・ど~も嫌な仕事よね」
「お、おいっ!?」
「大丈夫よ。仕事は仕事、前金を受け取った以上、依頼は投げ出さない」
まるで本気で焦るように取り乱す
「明日の夜、仕掛けるわ」
店主=一誠が店の休日、ミアに店を任せてふらりと59階層の氷壁に覆われている空洞内にて拳を打ちつけ、広範囲に粉砕して鉱石あるいは金属の採掘という名の豪快な作業をしていた時だった。瓦礫の中から硬質な水晶の塊を手に入れる事が出来た。透明度の高い水色で中心に霜柱の様に白銀の輝きを放っているその純度を確かめた後にバックパックの中に放り込む。その作業を数時間も繰り返したことでとある動物の四次元ポケットのごとくバックパックの中は鉱石や金属でいっぱいになった。それらをギルドに持ち運ぶ事もなく鍛冶最大【ファミリア】の主神へと持参しに赴く。
「はいよヘファイストス。注文の品々だ」
「ありがとう。冒険者の地位を剥奪されてるのに悪いわね」
「地位が剥奪されていようがなかろうが、どちらにしろダンジョンに行くから気にしないでくれ。ギルドの厄介事が無くなって精々してるし」
中身を確認するヘファイストスの手には『氷河の領域』の階層でしか手に入らないアイテムが握られ、左眼は鍛冶師としての目付きとなって純度を確かめた。
「純度が高いわねそれに見た事もない・・・・・『雹露』とでも名付けようかしら」
「名前は大切だけど実際はどうでもよくないか?俺じゃなきゃ滅多に市場に出回らないもんだから」
「だったらロキやフレイヤの冒険者でも簡単に深層に行ける道具を作ってあげたら?」
「何時かな。で、早速それの試作を作るか?」
ええ、と肯定する鍛冶女神は本棚に近づき一冊の本を動かした時。一拍遅れて横にずれた本棚の向こうには工房が在った。『雹露』が詰まってるバックパックを手にして工房へ入る女神に続いて入れば本棚が元の位置に戻る。
「せっかくだからイッセー。採掘してくれたお礼に必要はないでしょうけれど、その鉱石で貴方の武器を打ってあげるわ。どんな武器が良いかしら?」
「じゃあ片手直剣のをお願いしようかな」
「わかったわ。それじゃサポートをお願いするわね?」
鎚を持つヘファイストスに長い真紅の髪を一つに結いあげる一誠。隠れていた首のうなじが晒して男なのに何故か色気を感じて鍛冶女神は一瞬見惚れてしまう。
「ん?」
「な、何でもないわ」
見惚れていた事を悟られたくないと作業の準備に取り掛かる。手伝う一誠も鍛冶神が直々に打つ作品に興味津々で、一体どんな物が出来上がるのか期待に胸が膨らむ。
が―――『異世界食堂』でまたしてもハプニングが舞い込んできたことを一誠は気付かないでいた。
「犯罪者イッセー!お前が犯した罪を償わせるためにこの勇者が直々に成敗しに来てやったぞ!」
一誠に直してもらった全身型鎧の姿で【アポロン・ファミリア】自称『勇者』光輝勇が扉を蹴破りながら大剣を片手で店内に向かって叫び散らす。一階にいる客達が一斉に光輝へ視線を向け目元を細める。食べに来たのではなく店主を狙う者であればその者は客ではなく敵として認識する一同。光輝が望む返事をする者は存在せず、店主の不在中の対応を同じ転生者の男、海童剛が応じた。
「悪いけど店主はいないぜ転生者」
「隠しているわけじゃないだろうな?匿っていようが無駄だぞ」
「いやいや、うちの店主に負けたお前こそ今更突っかかっても好いこと無いぞ。今ならまだ間に合うから大人しく帰っておけ、な?」
「あの時は油断しただけだ。今の俺なら勝てるさ」
「はぁ・・・・・その自信は一体どこから来るんだ?お前の対処方法は店主から教えられているんだぞ」
「だからなんだ、お前も勇者の俺に勝てるって?」
見るからに強者の風格も感じない海童剛に鼻で笑い、大剣の切っ先を突き付ける。おおう、と自分を斬り兼ねない武器に一歩下がって距離を置く。
「ここにいないならどこにいるのか教えてもらおうか」
「いや、それこそ知らないから帰ってくれって話だよ」
それで素直に帰るような性格ではない光輝は兜の中で目を細め、店内を見渡すと空いている席を見つけるや否やそこへ真っ直ぐ赴いてドカッと座り出した。
「ならこの店の料理を食べて待つことにする」
「は?」
「ふん、俺も勇者の前は日本人だからな。懐かしい料理を食べようが文句はないだろう。今から俺は客だからな」
扉を蹴り飛ばして客と踏ん反りがえる相手に海童はミアへ目を向けた。店主の次に偉い彼女の決定で次の行動が取れる故に目で指示を仰いだ。今までの成り行きを見守っていて、太い腕を組んで息を一つ零す彼女はこう言った。
「壊した扉は【ファミリア】に弁償代を払ってもらうよ」
「勝手にしろ」
一悶着も起きずその日は店主が当然のように戻る事もなく、光輝は懐かしい故郷の料理を食べるだけで帰ってしまった。その後、直に【アポロン・ファミリア】に出向いたミアの迫力に負けて弁償金を払う主神と団長。対して店で起きた報告を聞いた頃には、一誠とヘファイストスは美しい水色の水晶が剣に形変わったかのように氷属性が付加した武器を完成させていた。白銀のように切っ先から柄まで煌めき、青い薔薇の装飾も施した一振りの剣を眺めながら訊いた。
「そんな事が遭ったのか」
「うん、一時はどうなるかと思ったけれどね」
仕事を終えて城に戻ったアスナは転生者が来た事を知らせに一誠の部屋に訪れた。一週間に二度、情事をしない日が定められている。今日はその日であるが、一誠から誘われたら本人の気持ち次第で身体を交えることを許されている。そんなルールを考えたのは他でもないリヴェリアだった。毎日は流石に堕落する生活を送り兼ねないので自制は必要だと彼の男を慕う者達の間で取り決めたことである。その結果か、誘われようと色仕掛けをしたりその気にさせようとあからさまな言動をする女性達が後を絶たない。これでは意味が無いではないか、と提案した
「最近別の意味で俺は人気者になってきたなぁ」
「物騒な
だな、と肯定する。人気過ぎるのも考えもの故、大しくしていても向こうが放っておいてくれない現状、時が過ぎるのを待つ他ない。その内己の事を気にしなくなるだろうと高を括るが、そう問屋は卸せないのが世の中であった。
「アスナも元の世界じゃ人気者だったか?」
「ううん、そうでもなかったよ?」
「そうなのか?まだ未成年だった頃のアスナの容姿は整っていたんだから、ラブレターかバレンタインデーを貰っていそうなのに」
「そういうの縁が無かったよ。逆に聞くけどイッセーはどうだったの」
「言っただろ。とある事情で高校を中退したって。貰う暇もなかったよ」
あ、そうだった。と思いだして、今年バレンタインデーをしたことを脳裏に浮かべて問うた。
「じゃあ、私達からチョコを貰ったのが元の世界も含めて初めてだったんだね」
「ああ、かなり嬉しかったんだけど・・・・・人気者は辛いというのを始めて実感したよ」
「ふふっ」
一生懸命チョコを貪っていた時の一誠を思い出して笑みを零す。男も女もモテたい気持ちは共通だが、度が過ぎた人気は時にその者を苦難させる。一誠はまさにソレであったのでその意味の深さを体感したのだった。
「ところで、海列車の方はどうなってるの?」
「作業は捗っている方だ。今はこっから極東まで繋げる線路をどうやって海面に浮かすかが課題となってる」
「重いと列車と一緒に沈んじゃうんからね。魔法で何とかならないの?」
「死者を蘇生する事が出来る俺でも魔法は万能じゃないからな。一時的ならともかく半永久的となると話が違ってくる」
魔法という単語がアスナの口から出て一誠も質問した。
「アスナも魔法の鍛錬の方はどうなんだ?」
「頑張ってるよ?魔力操作して炎とか氷とか変換できるようになってるし」
「で、魔法を使えるようになった感想は?」
「凄く楽しいっ」
目を輝かす女性の反応はそれだけで十分わかるほどイキイキしていることが分かった。魔法と無縁な世界に住んで一度は思う魔法を使ってみたいという願いが叶った人間はアスナの様に喜び、はしゃぐだろう。実際彼女は見て欲しいあまりに両の手の平にバスケットボールほどの火炎球を作り出した。
「ほら、こうしても全然熱くないんだよ?不思議だよね」
「魔力を持つ人間の体から抽出したもんだからな。自分の力に身体が負傷するのはコントロールが出来ていない証拠だ。アスナはコントロールできているからこそ熱さを感じてないんだ」
「そうなんだ。じゃあ、食べられる?」
「止めなさい。一部を除いてそれはできないから」
その一部が出来るなんて凄くない?と思うアスナの火炎球に手を伸ばす一誠が、炎の塊を瞬く間に氷の塊に変質させた。
「えっ!?」
「相手の魔力を上回る魔力ですればこうなるのさ。今のアスナの魔力は10だとして今した俺の魔力は11~15ぐらいだ。ほら、その氷から今度は炎に変換させてみな」
と、何気に魔法の指南を受けるアスナは疑問を抱く事もなくその通りに従い、その日の夜は魔法のノウハウを学ぶアスナとそれを教える一誠という図が出来て、一瞬ですら甘い空間や一時を過ごすこともなく没頭した。結果、彼女の魔法の知識がUPしたのは言うまでもなかった。
「・・・・・何時か、魔法少女リリカル・アスナが誕生するのかなぁ」
「そ、そんな恥ずかしいことはないよ!?」
「そっか?今の内に振付も考えた方が・・・・・こう、リリカルリリカルって言いながら魔法の杖をクルルンって」
「考えなくていいから!そんなことにもならないしならないからね!絶対にっ!というかもう私はそんな年齢じゃないよ!?」
猛烈に否定する亜麻色の髪の女性は顔を羞恥で真っ赤にし、抗議するのだが相手は素で真っ直ぐ彼女の瞳を向けながら告げた。
「俺の知り合いに魔法少女のコスプレをしてる、何千年も生きている女性悪魔や魔法少女に夢見る筋骨隆々のミルたんって男がいるぞ」
脱帽するアスナ。
「・・・・・君の世界って人外魔境か何かなの・・・・・?」
「ある意味その通りかもな。その知り合いの関係の俺も大概だし」
何時か必ず一誠の世界に行く時、そういう人達と出会わない事をアスナは密かに願った。