ダンジョンで様々な出会いをするのは間違っているだろうか   作:ダーク・シリウス

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冒険譚38

暖かな気候に恵まれてオラリオの永住民達は過ごしやすい環境のなかで雑踏を繰り返し、仕事や探索に精を出す。ヒューマンや獣人、亜人(デミ・ヒューマン)達が醸し出す賑やかな喧騒が生じている大通りの前、開店直前のミーティングをしている『異世界食堂』でも。

 

「今回バーベキューを二日間食べ放題にしよう」

 

「食べ放題って大丈夫ですか?バーベキューもメニューには載ってない初めての料理ですし、食材ばかり減って損をしちゃう感じなんですが」

 

「寧ろ真新しくてどこの店でもしてない設定だ。他の店では出来ないことをして客で客を呼んでもらうのが目的で利益なんて二の次だ」

 

「で、食べ放題にするにしてどれぐらいの値段をするんだい」

 

「一五〇〇ヴァリス。大食いの客だったらご褒美だろ。一定の値段でいくらでも食べられるからな」

 

「そうアルよ。私も今だけ客になって腹一杯食ってやるアル!だから店主、今日は休ませてもらうネ」

 

「お前は絶対に駄目だ。絶対割に合わん稼ぎになって大赤字になるのが目に見えている。ということで皆にはバーベキューの仕込みを頑張ってもらうこともあるからよろしくな。客達にも案内する際に伝えてくれ。ミーティングは以上だ。早速取り掛かるぞお前ら、扉を開けろ!」

 

『はい!』

 

元気のいい返事をする店員たちが自分の持ち場に移動し、ベルを鳴らして扉を開け放った。直ぐに朝から料理を食べにやってきた客達にウェイトレス達は歓迎の笑顔で口を開いた。

 

「「「「「いらっしゃいませ、ようこそ『異世界食堂』へ!」」」」」

 

 

―――異世界食堂。本日、特別メニュー『バーベキュー』を販売。一五〇〇ヴァリスでお好みの肉や野菜や魚が食べ放題。

 

 

そんな企画を立てた日、異世界食堂の客は爆発的に増え、やはりと言ったか店内はバーベキューの声ばかりが挙がって一種の祭り状態になった。

 

 

「おまたせしました。バーベキューです」

 

エルフで構成した五人の男女の客達の下へ運ばれたバーベキューはこんがりと焼かれた野菜串だった。肉を好まず主食は野菜や穀物を好む彼らの前に置かれた野菜串は、一口食べると焦げた醤油と野菜の甘みが口の中に広がり、野菜なのにジューシー、肉厚で食べ応えがある。

 

「美味いっ・・・焼いた野菜がこんなに美味しいとは新鮮であるな」

 

「こんなにおいしいのはきっとこの醤油なのでしょうね」

 

「醤油、この調味料を故郷に持っていきたいものだ」

 

「このメニューを見れば醤油は極東で生産されているそうだが・・・・・手に入れてみるか」

 

「ええ、メレンから直接海列車で行けれますからね。絶対に行きましょう」

 

別の席では海の幸と野菜の串焼きを頼んで食べている一般の四人家族がおり上からホタテ、トウモロコシ、タコの足、エリンギそして丸まった大ぶりのエビ。海の幸と夏から秋にかけて特に美味しくなる野菜を交互に刺して、醤油だけをつけて焼いたものを口の中で広がる味と風味に目を細めて堪能していた。最初に口に飛び込んでくるのは、醤油を塗られ焼かれた貝の味。普段、衣をつけてあげて出すことが多いそれは、醤油をつけて焼いても美味だった。噛みしめるたびに貝がほぐれ、旨味をたっぷり含んだ汁が家族達の口の中に広がっていく。大ぶりの貝はそれだけでも十分ご馳走である。串焼きはまだまだ終わりではない。トウモロコシの甘さに、タコの歯ごたえ、醤油がしみ込んだキノコに、最後の締めに来るエビ。海の幸と野菜を交互に味わわせるそれは、醤油のシンプルな味付けであるがゆえに素材の味を存分に味わうことができるものであった。

 

「くそったれ!何でこの店の肉はこんなにも美味いんだよっ。それに白飯も欲しくなってくる」

 

「同感じゃな。この串焼きの肉に塗られたソースが堪らん」

 

「やべぇ、やべぇよ。もう他の店の肉料理を食べても美味しく無く感じてしまう悪魔の料理だこれは」

 

常連客のヒューマン、獣人、ドワーフの男三人も串焼き食べ放題にして肉尽くしの串焼きを頬張ってる。かぶりついた瞬間、三人はそのソースの美味しさを感じ取った。甘くて、辛くて、酸っぱい。三種類の味を同時に含んだ・・・・・強い味のソース。その味が口いっぱいに広がる。その強いソースが染み込んだ肉は・・・・・牛の肉。丁寧に店主が下ごしらえしたことで柔らかなそれは、同時に強い肉の味を持つ肉汁をたっぷり含んでいてソースにも負けていない。さらに、肉と肉の間に挟まれた野菜は、玉ねぎとジャガイモ。あえて十分に火を通さずに辛みと歯ごたえを残した玉ねぎは、口の中で小気味よい音を立ててソースの味を中和し、一旦茹でてから食べやすいサイズに切った皮付きのジャガイモは、口の中で崩れる。それらはどちらも肉の余韻を一旦消し去って・・・・・二つ目、三つ目の肉を美味しく食べる用意を整える。おかげで濃い味付けにもかかわらず美味しく食べられて、飽きさせない肉の串焼きに三人は満足した。

 

「店主、串焼きを持ち帰りにできないかってお客さんの声が殺到してますが」

 

「今日は無理だ。明日だったら可能だと客達とアスナ達にも伝えてくれ」

 

「ニャニャニャ!店主、肉も野菜も魚の在庫が半分も切ったニャ!」

 

「午前の食べ放題の時間が終わったら野菜を買いに行ってくれ。肉と魚は俺がもつ」

 

裏側では数人の店主(と分身体)が別室で固まってせっせと串に食材を突き刺し、醤油を塗ってどんどん焼いていく。焼くことで立つ煙が換気扇に吸い込まれ外へと流れ、オラリオの一角で嗅いだことがない匂いに敏感な獣人を始め、その匂いに釣られて『異世界食堂』に集まっていった。

 

「・・・・・この香りは醤油・・・・・?」

 

「んな、串焼き食べ放題、だってっ・・・・・!?」

 

異邦人と転生者の鼻にも届き、彼等もまた飢えた獣のように店の元へ足を動かす。

 

 

串焼き食べ放題の時差間隔(インターバル)の合間に足りなくなった食材の補充を済ませ、一区切りついて休憩を済ませた店主達は午後の食べ放題の時間になるとまた忙しなく働き始める。その直前に来訪客が現れた。

 

「すいません、失礼いたします。イッセー殿はおられますかな?」

 

「ヴァベルー?」

 

初老の糸目の男神が眷族に扉を開けてもらい入ってきた。何か用かと出迎え話しかける店主の口が開く。

 

「どうした、遠出の話でも?」

 

「ええ、そうです。また連れて行ってほしい場所がありまして」

 

前回は奴隷都市だったな、と思慮して懇意している商業系【ファミリア】の協力要請に快く受け入れた。

 

「今度はどこに行きたいんだ?」

 

「真北の方にですね。世界各地に飛び回っている眷族の一人から興味深い話を聞きましてね。何でも夜が訪れない一年中日光に照らされている地域がありまして、そこには珍しいものが豊富だとか」

 

「具体的には?」

 

「日光を蓄えた草木に花々、砂鉄や鉱石とダンジョンにはない物がたくさんあります。もしかすると回復薬(ポーション)の材料になる素材もあるかもしれません。ですがそれだけではございません」

 

勿体ぶる風に口を開くヴァベルーの話に耳を傾けながら興味を持つ店主は目で催促をする。

 

「連れて行ってほしい場所は大きな虹色の実を生やす木があるそうです。私はそれを是非とも手に入れたいのですよ」

 

「虹色の実?食えるのか?」

 

「その実から漂う芳醇な香りがモンスターを引き寄せる効果があるようで、人間が口にしたことはないと聞いております。実がなる時期に大量のモンスターが出没し商人たちがその身を欲しさに冒険者を雇うそうなのですが、未だ誰一人手に入れた商人はいないのだとか」

 

ヴァベルーからの具体的な話も聞いてますます興味を抱き、是非ともそれらを手に入れた意欲も湧いた店主はほくそ笑む。

 

「わかった。そこに連れて行ってやろう。急ぎの要件か?」

 

「いえいえ、時間が空いた時にお声をかけてくださればいいです。イッセー殿の騎空挺でなければ安全な旅路がままなりませんからね。是非とも我が【ヴァベルー・ファミリア】にも一隻欲しいくらいですよ」

 

「はっはっはっ、お友達価格で販売してやってもいいぞ?かなーりお高い値段でな」

 

「その話はまた後日。ゆっくりと語り合いましょう。では、お忙しい中に押し掛けて申し訳ございませんでした」

 

一礼して店を去る男神を店主は手を振って見送る。扉が閉まって鈴が鳴り止まった頃を見計らうようにアスナから問われた。

 

「またあの神様を連れて行くの?」

 

「ああ、今度は物騒なところじゃなさそうだからな。だから今回は皆も連れて行くつもりだ」

 

「真北って言ってたよね。まさか、北極?」

 

地上にも身も凍える銀世界が存在しているかもしれないが、果たして北極に向かえば見つかるのだろうか?実際に探してみないことにはわからない場所を想像しながら串焼き食べ放題の時間を迎えた。その日と翌日の串焼き食べ放題の期間の間、色々な客が足を運んできてもらったことで『異世界食堂』の利益は開店以来初めての大赤字となったが、その分ますます『異世界食堂』の料理の美味しさがオラリオ中に知れ渡る。また同じ串焼きを出店にしている商売人達の間では、ソースの味の組み合わせの研究を盛んに行われるようになった。

 

 

 

 

 

その場所に名前がない。その地域には人もモンスターも住み着いておらず。理由は年がら年中夜にならない場所で暮らすのは適していないからだ。燦々と日光が差すので植物は環境に適した育ち方をし、独特的な成長を遂げる。

 

「イッセー様。見てください。この花弁、太陽のように輝いています。好い香りもさせてますよ」

 

「光っているのに眩しくないのは、淡く優しい輝きをしているんだなきっと。こんな花が存在していたとは・・・・・持って帰って観察と研究をしたいな」

 

「新しい製薬や調合も試せます。一緒にしましょう」

 

無所属派閥(フリー・ファミリア)】総出で夜が来ない場所にやって来た。【ヴァベルー・ファミリア】の案内のもとで辿り着いた場所に騎空挺を停泊させ、思い思いに採取を開始した。その面子の中には【ヘルメス・ファミリア】も混じっていた。

 

「いやー、こんな場所も下界に存在していたなんてね。誘ってくれありがとう」

 

「アスフィの慧眼も欲しかったからな。了承してくれてこっちとしても嬉しいよ」

 

「なに、オレとイッセーくんの仲じゃないか。君が遠出に行くことはオレたちにとってイイことが起きるからね」

 

それがこれだ、と摘まんでる虹色に輝く一枚の鳥の羽根を見せたヘルメスは、にんまりとした笑みを浮かべた。

 

「これは幻の鳥の羽根だ。体は虹色で、空に虹がかかると稀に現れる鳥の名前は虹鳥と言ってね。発見した者は幸福者となり、幸せを呼ぶ羽根を手に入れたら運が高くなるって言い伝えがあるんだ」

 

「・・・・・その鳥って、あれのことか?」

 

さっきからいる話題の虹色の鳥達を指したら、ヘルメスは驚きながら首を縦に振った。記念に幻の鳥の存在の証拠として写真に収める。そして時間を停止させる邪眼を発動して鳥たちを捕まえてヘルメスとありがたみの念を込めて触れた。

 

「このまま捕まえれるけど、したら不幸になる?」

 

「そっとしておいた方が賢明かもね」

 

停止の効果を解除すれば虹鳥が羽ばたき、数枚の羽根を落として空へと飛んでいった。その羽根を回収して大事そうに瓶の中に保管する。ヘルメスも帽子に羽根をつけて被り直す。

 

「あの幻の鳥の生息地ってこの辺りっぽいな」

 

「おや、どうしてそう思えるんだい?」

 

不思議に尋ねるヘルメスに口で答えず、物珍しさで両腕いっぱいに虹色の羽根を抱えてアイズ、アリサ、ラトラ、カサンドラ、レイネル、レギンがやってきた。

 

「ああ、なーるほどね。これは信憑性が高いや」

 

「だろ?」

 

『?』

 

アイズ達に船の中に保管するように頼み、ヘルメスとも別れて森の中を歩いていくとニャーニャーと猫の声が聞こえてくる。その声の方へ行ってみると、『異世界食堂』の従業員―――アーニャとクロエが虹色の蜂の大群に追われていた。

 

「何やってんだ」

 

「あ、イッセーさん」

 

「シル、あれはなんだ?」

 

「見ての通りなんですが、アーニャとクロエが地面から生えてる綺麗で大きいな塊に近づいたらたくさんの蜂が飛び出してきて・・・・・」

 

困惑した表情を浮かべ、こうしている間にも蜂に追いかけられてる二人を見つめる。

 

「どうにかなりませんか?」

 

「警戒心のない奴等だ」

 

悲鳴を上げ続ける二人を騎空挺に転移してやると、標的を見失った蜂がしばらくはその場で蠢くように留まるが、自分達の巣へと戻っていった。

 

「にしても、さっきの蜂の体の色・・・・・虹色だったな」

 

「え?そう言えばそうでしたね」

 

「鳥の体も同じだったし・・・・・うーん、もしかするとアレか?」

 

ある予想を思慮しながらも自分の名前を呼び助けを乞う狐人(ルナール)の三人の少女達の背後から迫ってくる蜂の群れを見て、今度は蜂だけをどこかへ飛ばした。

 

「地面に生えてる綺麗な塊があったか?」

 

「え、どうして知ってはるんです?」

 

「三人と同じ目に遭った二人がいたから」

 

抱き着いて顔を腹部に埋める春姫の頭を撫でながら説明し、腕輪の通信で蜂の巣に近づかないように報せる。

 

「そうなんや?なんや、甘い匂いがするから気になってしもうたんよ」

 

「蜂の種類によって蜂蜜が採れるからな。多分、虹色の蜂の巣には蜂蜜がたっぷりあるんだろう。三人を追い掛け回したのは外敵の排除に巣の破壊と蓄えた蜜を奪わせないためかもしれない」

 

「蜂蜜・・・・・」

 

ソシエが思いつめた表情で吐露した。言った自分も別の種類の蜂の蜜の味を知りたくなり、ユエルに場所を教えてもらう。そこへ行ってみると一誠にシルも付いて行くと示せば、ユエル達も一誠となら大丈夫だろうと信じて案内を買って出た。一行は深奥へと足を踏み入れ蜂の巣を探して数分後―――。

 

「あれか?」

 

「あれですね」

 

「あれや、しかも、うちらが見たよりもえらくぎょうさんおるで・・・・・」

 

「あわわ・・・・・」

 

「はぅぅ・・・・・」

 

茂みから気配を殺して顔だけだし、開けた場所で蜂の巣を発見した。ただ、その巣はルビーの宝石のような色をしていて太陽光を反射して光沢が帯びている。まるで宝石の塊だと彷彿させるそれは見た目も硬そうであった。その巣を蜂たちは取り囲む風にして人を委縮させる羽音を激しく鳴らして、何かに警戒や威嚇をしている感じが伝わってくる。

 

「皆はどこまで進んだ?」

 

「アーニャとクロエはあの巣と三歩手前で。あ、あの巣とは違う場所でです」

 

「うちらはこっからちょっと移動しただけで襲われたんや」

 

気配を殺して近づけれた実力の差の違いだろうか?だが、やはり警戒心が強いから外敵の存在に気付いて襲ったのだろう。一誠は鑑定を行った。

 

『虹蜂 かなり警戒心が強い昆虫で巣に近づく外敵には容赦なく群れで襲い竜種をも殺す猛毒で毒殺する』

 

『虹蜂巣 女王と働き虹蜂の特殊な体液で築かれた巣。太陽の光を浴びることで宝石のように硬質と化して外敵から蜜と女王蜂を守る役割と果たしている。巣は加工すれば宝石としても扱われ、蜜は虹色の実の花の蜜を採取し加工されているが古の時代から何者にも口にされていない幻の蜜』

 

・・・・・竜種を殺す猛毒持ちの毒蜂だった。

 

「お前ら、あの蜂に刺されたか?」

 

「まさか、やばかったりします?」

 

「魔法で調べたら、竜種を殺す猛毒を持ってる蜂だった」

 

シル達の顔が一層に真っ青になった。であるが誰も刺されていないと首を横に振って伝える。

 

「ならいいんだけど、念のために飲んどけ」

 

幻黎の雫、秘薬を取り出して春姫達に手渡す。遅効性の毒でもあったら危険極まりない。持病と不治の病すら治すから解毒の効果も十分発揮するだろうと考える一誠にシルが口を開いた。

 

「これからどうします?」

 

「勿論採取する」

 

「ほ、ホンマかいなっ?旦那様、いくらなんでも危険やでそれ」

 

「大丈夫だ。まずはあの蜂の群れを眠らせるから」

 

秘薬を呑んだユエルから危険性を考慮する言葉を貰うが一誠は口にしたからにはやり遂げない時が済まない性質であるため、蜂の巣の上空に真紅の魔方陣を展開する。白い煙が噴射して蜂達が煙幕の中に消えてしまったから一分後、煙が晴れた頃にはすべての蜂が地面に落ちていて、一誠が近づいても起き上がって襲ってくる気配がしない。

 

「さてさて・・・・・ん、中にもいるな。地面の中にも巣があるのか。ああ、女王蜂だな?で、これが幻の蜂蜜と・・・・・」

 

何やらぶつぶつと言いながら巣を手刀で真っ二つに割いては何かをし始める一誠、その姿をハラハラして見守るしか出来ないでいたシルたちは恐る恐ると茂みから出て近づいた。地面に落ちている蜂を踏まないようにして近寄ると瓶に採取した蜂蜜の層を入れていた。

 

「よし、採取終わり」

 

真っ二つに割いた巣をくっつけ直し、修復。瓶に蓋をすれば早足で巣から離れる一誠にシル達もついていく。十分に距離を取ったら足を停め瓶の中身を皆で改めて見る。六角形の穴がズラリと並んでいて巣穴と蜜は綺麗な金色だった。

 

「これだけしか採れなかったのですか?」

 

「いや、あの巣から半分だけ採った」

 

「どうして半分だけ?」

 

「全部取ってしまったら蜂の餌がなくなって餓死してしまうからだ。蜂蜜は蜂の餌でもあり飛ぶための栄養源でもあるし、定期的に蜂蜜を手に入れたいなら蜂の分も残したほうが良いんだよ」

 

養蜂を知らないシルたちにとって新しい知識と情報であって新鮮な感じを覚えた。この人は何でも知っているんだなと感嘆の念を抱き尋ねるシル。

 

「イッセーさんは何でも知っているんですね」

 

「経験や体験したことがあるものなら大抵な。この方法も元の世界で体験したことがあったからわかるんだよ」

 

「他にも蜂の巣があるみたいだし、探して見つけたらやり方を教えるからやってみろ。オラリオじゃあ経験できないことだからな」―――と告げる一誠によって四人は人生で初めての蜂蜜採りをさせられたが、心なしか楽しそうにしていた。

 

『イッセー殿、よろしいでしょうか』

 

腕輪に通信が入り、繋げた矢先に立体的な映像からヴァベルーの顔が浮かんで尋ねられた。

 

「ああ、いいぞ。こっちは幻の蜂蜜を手に入れたところだ。虹色の実の花の蜜のだぜ」

 

『おお、流石ですイッセー殿。私でも知らない素材を手に入れていらしたのですな』

 

「そっちは何か見つけたか?」

 

『虹色の実は未だ発見に至りませんが、私の眷族から報告がございまして。この森に大勢の人間が武装した状態で侵入していると』

 

虹色の実の捕獲の依頼をされた者達かと悟り直ぐに指示する。

 

『後を追ってるか?」

 

『ええ、現在進行中で尾行をしてもらってますよ。イッセー殿はどうしますか?』

 

「皆に報告して一旦艇に戻る」

 

『かしこまりました』

 

通信を切ったヴァベルーの後に【ヴァベルー・ファミリア】とシル、春姫、ユエル、ソシエ以外の全員へ一誠通信してこの森に自分達以外の武装した人間を見つけたと報せた。

 

「クロエ、隠密に長けたお前にそいつらの尾行をしてくれるか?会話のやりとりも聞こえるなら随一その報告もしてくれ」

 

『しょうがないニャー。虹色の実のデザートを食べさせろよニャ』

 

『だけど、ここまで船の上から見てたけれど町も国もなかったよね?』

 

『どこから来たかはわからぬが長期「遠征」で来たのだろう。昔から虹色の実の存在を知っている人間ならばどの時期に実るか認知している筈だ』

 

『リヴェリア様の言う通りだと思いますが、大勢の集団がここまで来るほど虹色の実は貴重なのでしょうか?』

 

『誰一人口にしたことがないって話ですし、珍しい物が目の前に手の届く距離にあるなら欲しがるのも無理はないかと』

 

『手前は今、見たことのない鉱石を手に入れておるところだ!ははは、大量大量!』

 

『私も手伝わされているけどさ、本当にこんなところに鉱石があるなんてよくわかるわねって感心したわよ』

 

一部、ウハウハで高揚していたがそれ以外は一誠の指示に従う姿勢で「自分達はどうするべきか」と話し合った。

 

『イッセーさん、私達は騎空艇に戻ったほうがいいでしょうか?』

 

「いや、夕方になるまで自由に散策してくれ。それでも戻っても構わない。俺も一旦戻る。ああ、椿。掘り過ぎて中で生き埋めになるなよ」

 

『うむ!』

 

話を伝え終えたところで通信を切った矢先に蜂蜜の採取を終えたシル達がある方へ目を向けていた。彼女達の視界には武装している一団が武器を構えながら接近してきていて、一誠に寄り添う。銀色の全身型鎧を着こんだ一人の人物が声をかけてきた。

 

「質問に答えてもらおうか。お前達は何者だ」

 

「まず自分から名乗るのが礼儀じゃないのか?そっちから名乗らないならこっちも名乗る義理もない」

 

「・・・・・我々はアスタール国に雇われた傭兵だ」

 

傭兵・・・・・しかも声からして女性だった。名前は明かそうとしないが一誠もしないならこちらも名を告げず話を進めることに。

 

「アスタール国・・・・・?知らない国の名前だな。俺達は迷宮都市オラリオから来た者だ」

 

「迷宮都市オラリオ・・・・・世界の中心で世界で唯一ダンジョンがあるあの?」

 

遥か真北にまでオラリオの存在が知られているとは意外に思いつつ質問を繰り返した。

 

「傭兵って事は虹色の実を手に入れてくる依頼でもされたか?もしもそうなら俺達もそうなんだ」

 

「・・・・・オラリオにまであの実の話が伝わっているとはな」

 

「世界各地に飛び回っている商人から聞いてここまで来たんだが、お前らより詳細は知らないんだ。知ってたら教えてくれるか?その代わりに虹色の実を捕獲する手伝いでもするよ」

 

女性傭兵が押し黙り一誠の周りに目を配る。ヒューマンの若い少女と見たことのない獣人の少女達、五人の足元には猛毒を持っている筈の蜂が地面に転がっていて宝石のように硬いはずの巣が真っ二つに切られていた。

 

「お前達が毒蜂を無力化にしたのか」

 

「魔法で眠らせているけどな。しばらくしたら目が覚めるからここを通るなら今の内だぞ。俺達も直ぐに離れる」

 

巣を元通りにくっつけ繋ぎ直して蜂蜜を採取した瓶をシル達が抱えて、一誠の次の行動を待つ姿勢になった。傭兵は後ろに控えていた傭兵たちに目を配りひとつ頷くとこの場から通り過ぎようと急ぎ足で駆けだし始めた。女性傭兵が一誠達のもとへ寄る。

 

「先ほどの協力の話は嘘ではないだろうな」

 

「同じ物を狙っている立場としてはアレだけど、俺達がこの蜂達を無力化にしなきゃ戦う羽目になってたんだろ?」

 

「ああ、そうだ。その対策も我々はしてきた。が、いい意味で誤算が起きて予定より早く進めることができる」

 

「虹色の実がある場所には蜂がいるところに通らないといけないのか?」

 

「そうでもない。迂回すれば済む話で私達がここに来たのは偶然に過ぎない」

 

あらそう、と思いながら虹色の実の情報を聞き出そうとしたが傭兵の足が動き始めた。

 

「協力はともかく目的の物を奪い合う者同士ならば親切に教えてやることはできん。私達傭兵『銀色の獅子』団の未来がかかっているのだからな」

 

「ふーん、じゃあ勝手に尾行させてもらうよ。またな」

 

後を追いかけもしなければ振り返らず前へ進む一誠はシル達を引き連れながら、女性傭兵とすれ違いざまにそう言いこの場を後にする。

 

「・・・・・アスタール国の傭兵集団か。神がいない国でダンジョンがない代わりに冒険者のように傭兵がパーティを組んで依頼を受けている感じかな」

 

「それで生活ができるん?」

 

「実際にああやって装備を整えて万全を期し、依頼に臨んでいるみたいだからできているんだろうな。全体はどうなのかはわからないけど」

 

「旦那様、あの人達を追いかけはるん?」

 

「ついていくのですか?」

 

「夕方になったら行動をする。空の上からついていくぞ」

 

そのためには騎空艇に戻る必要がある。五人はのんびりと歩きながらここまで運んでくれた騎空艇へと足を運ぶ。

 

 

 

騎空艇に戻ったらここにも山積みにされている傭兵達がいたことを知った。艇の守り番をしていた金属製の人形兵(ゴーレム)が対処してくれたことを察し、渡場しを歩いて甲板に乗り船内の様子を確かめる。入られた形跡もなく、安全が確認したところで夕方になるまで艇の中の自室で待っていようとしたらシル達が乞うた。

 

「イッセーさん。蜂蜜を試食してみたいなーなんて」

 

「「「・・・・・」」」

 

春姫とユエル、ソシエも無言でシルに同調するかのように視線を送る。四人の言動に一誠は口の前に人差し指を立てた。

 

「んー皆には内緒だぞ?」

 

悪戯っ子な笑みを浮かべた一誠にシル達も笑って頷き、最初に毒味役として一誠が蜂の巣と蜜を瓶から取り出して実食したのだった。

 

「・・・・・」

 

よく味わい、甘さの濃度を認識する。固唾を飲んで見つめる四人の視線を感じながら天を仰ぐ仕草をして動かなくなった。不安になり恐る恐ると訊いた。

 

「ど、どうですか?」

 

「・・・・・幻の蜜と言われるだけあって、例えようがない甘い味だ。というか、あまりの甘い美味しさに幸せすぎて顔がにやけてしまいそうになる」

 

そこまで絶賛する一誠の蜂蜜の評価にシル達も期待に胸を膨らませて試食してみたのだった。反応は、思わず天を仰ぐほど美味であり口端の緩みが止まらず淑女として、なってはならない淫らな笑みを浮かべてしまった。

 

「・・・・・なんちゅーだらしない顔をするんだお前ら」

 

「は、恥ずかしいですっ」

 

「「う、うううう・・・・・!」」

 

「見んといてや!今のうちの顔を!もう、お嫁に行けれへんやんかぁ!」

 

「ユエル、お前は俺の嫁だろ・・・・・って、四人とも髪の毛が」

 

えっ?と一誠に指摘されて互いの髪の毛を見た瞬間、絶句で目を見開いた。―――一誠も含めて皆の髪の毛が虹色の光に染まるように帯だしたのだ。

 

「春姫ちゃん達の髪の毛が虹色にっ!」

 

「シルはんの髪もです」

 

「イッセー様の髪も・・・・・」

 

「な、なんでこんなことに?」

 

原因は一つしかない。既に明白な理由を告げた。

 

「蜂蜜の効果だろうな。あの虹色蜂の身体も蜜を餌にしてるから虹色になっているんだろう」

 

「じゃ、じゃあ、私達も身体が虹色になってしまうん?」

 

「摂取の量による一時的な現象だと信じる他ない。兎に角、この蜂蜜の過剰な摂取は厳禁。薬も飲み過ぎるとかえって毒になるのと一緒だ」

 

「そ、そうですね・・・・・」

 

虹色の髪など目立ちすぎて恥ずかしい思いをするのは目に見えている。シルや春姫達は今の自分達の髪を他者に見せられるものではないと、困惑したところで予感が浮上した。

 

「旦那様。もしかすると虹色の実も食べるとこうなるんかな・・・・・?」

 

「俺もそう思っていたところだ。モンスターを引き寄せる香りを放つと聞くし、その引き寄せられたモンスターも虹色の実を食べているとしたら、身体が虹色になっていてもおかしくはないかも」

 

「あ、あり得ますね。うーん、でもこの辺りでモンスターは見掛けませんでしたよ?」

 

「ここじゃなくて、もっと遠いところにいるのかもしれないな」

 

それはそれで問題はないが食べる時がどうなってしまうのかが問題だ。少ない摂取で髪の色が変わってしまうぐらいなのだから、食べるのは考えものだ。

 

「えーと、イッセーさん。変なことを聞いてもいいですか?」

 

思慮していた時にシルが声を投げてきた。何だか言い辛そうに顔を赤らめて一誠へ視線を送る彼女は体を揺する。

 

「イッセーさんから好い匂いがしますよ」

 

「匂い・・・・・?スン・・・・・そうか?」

 

「あ、本当や。ずっと嗅いでいたい気分になるで」

 

「「はぅ・・・・・」」

 

自分で体の匂いを嗅いでも分からず、対照的に春姫達まで顔を赤らめて一誠の体に顔を近づけ、スンスンと匂いを嗅ぐ仕草をし出す。

 

「・・・・・どうなってるんだ?」

 

首筋に顔を埋めてくるシルの吐息にこそばゆく感じながらも、何となく頭を撫でたり春姫達の耳と尻尾をモフりまくる。皆が帰ってくるまでか四人の精神状態が正常になるまでは。

 

 

 

 

「あっはっはっはっ!なるほど、そういう事情があって髪の色が虹色になってたのか~」

 

「なっているというより虹色に光っていたってのが正解だよ」

 

笑って納得するヘルメス。皆が戻ってきた頃には虹色の光が失ってシル達も正気?を取り戻し、今ではさっきまでの自分の行いに羞恥心を覚え、耳まで顔を紅潮、身体を微動だにせず固まっている。現在船内の食堂の大広間でクロエや【ヴァベルー・ファミリア】を除いて全員が終結、採取した成果を教え合っていた。中でも一誠達の髪を虹色に光らせた蜂蜜に強い注目を浴びたのだった。

 

「不思議な蜂蜜ですね。彼女達の奇異的な行動に関しても試食した蜂蜜に関係しているのでしょうか?」

 

「俺もそう推測してるけど、蜂蜜にそんな効果があるなんてなぁ」

 

「誰にも口にしたことがない幻の蜂蜜なんだろう?それじゃあ知らなくて当然だぜイッセー君。実際、味の方はどうなんだい?」

 

「幻の蜜と呼ばれる所以があるからこそ美味だったよ。味の詳細は例え難くて口では言えないな。試食会はオラリオに戻ってからしよう」

 

そして皆が淫らでだらしない顔をした瞬間を撮影する気満々で、心中悪魔的な笑みを浮かべていた一誠を誰一人気付くことはなかった。

 

 

 

その後傭兵たちの後を追いかけ始める。現在の時刻は夕暮れであるにもかかわらず、太陽が地平線の向こうに沈む気配を感じさせない現象に一行は驚嘆の念を漏らした。空の上から見ても肉眼で目視できる範囲では微かな朱色も見えず不思議でいっぱいであった。騎空艇を操作する一誠の腕輪にはクロエとヴァベルーと通信状態にしたまま報告をし合い情報を交わし合う。

 

『イッセー、虹色の実の在処は曖昧だけどわかったニャ』

 

「そうか。他には何か気になることはあるか?」

 

『うーん、他にもいくつか雇われた傭兵たちの集団がいるみたいだし、かなり綿密に作戦を練ってる感じの話ししかしないニャ。それとずっと動きを見てたら初めてな感じじゃなかったニャ。行軍の速度が速かったし』

 

『一度や二度だけではなさそうですな。虹色の実を手に入れようとする念入りさと執念を覚えます』

 

挑戦をしては失敗を繰り返してきたのだろうか?実になる周期はどのぐらいなのかは定かではないが、各傭兵たちの連携を重視した作戦が後に始まろうとしているのだろう。

 

「虹色の実はもう実っているかわかるか?」

 

『まだみたいらしいニャ。でもニャんか連中は雨が降るまで移動を続ける様子ニャ。今はもうテントを張り始めてるけど』

 

『もう夜の時間帯になろうとしてるからでしょうな。睡眠をとって明日に備えるつもりなのでしょう』

 

「だろうけど、雨・・・・・ね。ここ雨が降るのか。だとすると虹がかかる場所に虹色の実が見つかるのかもな」

 

『ちょ、ミャーが言おうとしたことをさらっと言わないでニャ!』

 

この推測が正しければクロエ達を回収しなければならない。合流地点まで来てもらうよう言うと通信を切り、その日は船の中を真っ暗にして一日を過ごした。そうしなければ夜の時間帯なのに朝陽が地上を照らし続けるので体感時間が狂ってしまうからだ。

 

―――翌朝。

 

自然の恵みの雨はやってくる感じがしない晴天を迎えた一行。今日も各々と動き珍しい花々や幻の蜂蜜を採取、傭兵集団の活動の監視をしつつ一日を過ごした。

 

―――二日目。

 

昨日と変わらない朝日を全身で浴びながら騎空艇で場所を変えながら活動する。

 

―――三日目。

 

雲行きが少しも妖しくなく太陽が顔を出し続ける今日も虹色の実を見つけることは叶わなかった。なので暇潰しとばかり騎空艇の甲板で参加をする者だけ模擬戦をして時間を過ごした。

 

―――四日目。

 

『異世界食堂』の従業員達は仕事に戻るためオラリオへ帰還。

 

―――五日目。

 

傭兵集団の動きに変化はなく、度々移動を始めては野生動物を狩って食事にありついていた。一誠達はそれ以上の料理を作って食事していたことを傭兵達は知る由もなかった。

 

―――六日目。

 

ここまで遠出で長く粘ったのは今回が初めてで流石に怪しく感じ始める。傭兵集団の存在も未だあるので虹色の実の出現まではまだまだ粘り強く待つ必要があるのだろうと、一行も根気を見せて滞在した。

 

「・・・・・ん?」

 

分身体達に探索を任せて船番していると、明後日の方角から黒い靄のような物が見えてくるようになった。それは何かなのか遠視ができる一誠にとって直ぐにわかり口端を吊り上げた。

 

―――七日目。

 

 

激しい風と雨に見舞われて張っていたテントが吹き飛ばされ、縄で固定していた物資も吹き飛ばされそうになっていた。野営をしている傭兵達も全身がずぶ濡れになりながらもこの暴風雨に耐えなければならず、木にしがみつかないと吹き飛ばされそうになる自身を必死に耐えていた。

 

「皆、無事かぁっ!返事をしろぉっー!」

 

声を張り上げて安否の確認を取る彼女の言葉は風にかき消されて誰一人からも返答は来ない。もしも聞こえて返そうとしてもこの暴風雨の中で相手に伝わっているのかさえわからない。それでも自分の声を届いていることを願って何度も張り叫んだ。

 

―――刹那。暴風雨がピタリと止んだ。

 

全身の力を駆使して木にしがみついていないと暴風に吹き飛ばされそうになっていたというのに、不自然なまでに雨風の猛威が止まった。何でだという抱いていた疑問は朗らかに聞こえる男の声でさらに混乱した。

 

「いやー、すげー嵐だな」

 

「っ!?」

 

木か離れて声がした方へ目を向けると、真紅の長髪に濡羽色と金のオッドアイの青年がちっとも雨に濡れていないでそこに立っていた。

 

「大丈夫か?」

 

「お前・・・・・どうしてここにいる」

 

「お節介をしに来た。一緒に来てくれるなら屋根のある場所で雨が止むまで過ごせれるけど」

 

どうだ?というその提案に怪訝な気持ちを抱いている時、木の陰から傭兵達が姿を見せ女性傭兵に近づいた。仲間の無事を確認して安堵を覚え、男へ振り返る。

 

「この不自然な現象はお前の仕業か」

 

「ああ、上を見ればわかると思うよ」

 

警戒しながら顔を上げて視界に映る光の膜が、今も聞こえてくる嵐の風音以外すべてを防いでいるのが把握できた。アスタール国に神はおらず、迷宮都市オラリオに住む者が、神の眷族の者が成せる業なのかと半ば唖然としてしまう。

 

「で、どうだ?こんなところで一日中いるよりは屋根のある場所にいた方がいいと思うよ」

 

「・・・・・私達に甘言で誑かし、妙な真似をする気だろう」

 

「そんなことはしない、って口で言っても信用してくれないよな。とりあえず、俺がいるところを見に来てくれるだけでもありがたい。お前らの世話はうちの女性団員に頼んでしてもらうが、相談してくれても構わない」

 

男の提案に訝しみつつも「危険な環境の中でいるよりは」―――と仲間と相談し合った結果、男の提案に乗ることにした。

 

 

夜が訪れない森に暗雲が立ち込め、雨雲と化すると降り注ぐ豪雨が騎空艇を覆う光の膜のような結界に叩きつけ襲う。風も凄まじく暴風雨にもなって空気を震えさせた。

 

「本当に雨が降った」

 

「これで虹が出て虹色の実が実るって話だけど、実際はどうなのでしょう」

 

「ん、イッセーも半信半疑みたいだから雨が止んで晴れないことにはわからないかも」

 

「虹色の実はどんな味がするんだろう。楽しみだね」

 

「だな。早く食べてみたいよ」

 

「旦那様が言うにはゼリーにした方が美味しいと思うって言っとったで」

 

「楽しみ。ね、春姫ちゃん」

 

「はい。イッセー様のお料理は全て美味しいですから」

 

それは激しく同意・同感!と感想を抱く少女達。城に戻ってダンジョンの探索をできるも、一誠と一緒に時間を過ごしたい少女達は騎空艇の中で雨が止むのを一誠の部屋で待つ。

 

「本当に雨が降りましたねリヴェリア様」

 

「イッセーでも本当に雨が降るのかと不思議がっていたからな。あいつがそうであれば私も降るか降らないか断言をすることもできん」

 

「雨が止めば虹が出て空から虹色の実を探す予定みたいだけど、実って木から実るんでしょ?見つかるのかな」

 

「その実の匂いにモンスター共が引き寄せられるという話である。手前らは地上からモンスター共を追いかけ探すのかもしれん」

 

アリシア、リヴェリア、アナキティ、椿が食堂で外の悪天候を見聞しながら明日か明後日の話をしながら不意に思った。

 

「イッセーは?城に戻っているの?」

 

朝顔を出してから見ていない男のことを思い出したアナキティの素朴な疑問をリヴェリアが解消した。

 

「いや『お節介をしに行ってくる』と外へ出て行った」

 

「あー」

 

「くくく、あいわかった。であれば手前らも勝手にしてやればイッセーにとって気が利くと助かるやもしれんな」

 

一誠の性格を鑑みて察して口から何とも言えない声を発し、一笑して立ち上がった椿の言葉にリヴェリア達も立ち上がり持て余す時間しかなかった唯一出来ることに自ら行動した。

 

 

 

木々が薙ぎそうになる暴風を全身に襲われながらも真っ暗な森の奥から現れる一誠。その背後には接触した女性傭兵と十二人の傭兵達が暴風雨に打たれながら付いて行き、光の膜に包まれるこの森にある筈がないの存在に動揺する。

 

「船、だと?こんなところに何でこんなものが」

 

「まぁ、疑問は最もだけどとりあえず中に入れ。軟な体はしていないから風邪などひくか!と言いそうだろうけど、人の体は完璧じゃないんだ。いざってときに十全の力も発揮できないんじゃバカみたいだろ?」

 

甲板から掛けられてる渡橋に足を乗せて歩いていく一誠に数歩遅れて傭兵達も船に乗り込むと、自分達が知っている船の形状と異なっているのが最初に目に飛び込み、次には大量のバスタオルを運んできてくれたリヴェリア達の姿を視界に入れた。

 

「頼んでもいないのに、気が利くな。ありがとう」

 

「伊達にイッセーと一緒にいないからな。これぐらいはわかってしまうものだ」

 

「でも流石に料理は作っていないんだろ」

 

「うむ、手前は作る専門ではなく食べる専門である!」

 

胸張って言うな。と椿に呆れて突っ込む一誠は後ろにいる傭兵達に親指で差した。

 

「一先ず風呂に入れてやってくれ。その間作ってくるから」

 

「あ、お風呂のご用意もしております。アキはいま温かい料理を作っているので」

 

「なんだ、作ってくれているのか。本当に気が利くな~」

 

アリシアの頭を撫で傭兵達のことを任せて船内へ入る一誠。一連の様子を見て女性傭兵はリヴェリアに質問をした。

 

「お前達とあの男の関係は・・・・・?」

 

「私達の団長だ」

 

「そして手前らの―――」

 

余計なことを言う前兆だとリヴェリアとアリシアが椿の口を手で防いで止めた。

 

「一通り身体を拭いてもらってから浴場に案内をする。異論はないな」

 

「どうしてそこまでしてくれる。虹色の実が目的なら私達は邪魔な存在の筈だ」

 

「こちらにも分けてくれるならば問題はない。そしてこうして助力をし、情報を提供してもらう。私達の団長はその意味も兼ねてお節介を焼いていると思うのだ。何分、私達はお前達より虹色の実のことをよく知らないのでな」

 

理由は理解した。納得もできる。アスタール国にとって虹色の実のことは公にしてはならないわけでもない。依頼の達成がもっと効率よく合理的になるならば・・・・・

 

「わかった。あの男に助けられたようなものだからな。それぐらいの情報なら惜しまず打ち明けよう」

 

「感謝する」

 

お互い手を出して握手を交わし合う。その後、傭兵達は柔らかいタオルで体を拭き船内にある浴場へと案内された。濡れた服は乾燥機の中へ投入し、乾くまでは温かい湯に浸かって疲れを癒す。船の中に浴場があるなんて信じられない話だが現実を受け入れる他ない傭兵達は、長旅と嵐に見舞われて久方ぶりの束の間の休息を堪能するのであった。

 

 

乾燥機で乾かした衣類を身に纏い食事に鎧は不要だと指摘を受けて、リヴェリアに案内された場所で傭兵達を出迎えたのは温かな料理を並べられている食堂だった。具材がたっぷりな豚汁と甘口のカレーにサラダ、フルーツヨーグルトという傭兵達にとって見たことがない料理ばかりが振舞られた。それらを作ったアナキティと一誠が当然食堂にいた。

 

「好きな席に座っていいぞ。お代わりもたくさん用意してあるから遠慮なく食べてくれ」

 

促しの言葉をかけられ少し躊躇しながらも席に座って各々と食べ始めた傭兵達は、カレーを口にした途端硬直した。そして次の瞬間。口の中に広がる数多のスパイスが彼女達の食欲を爆発させたかのように、未知の味と傭兵になってから質素な料理が当たり前になって忘れかけてた食べる料理の楽しみが思い出し、一心不乱に食べ始め出したのだった。

 

「何だこれ、美味い美味すぎる!?」

 

「この具材が多い汁物も今まで食べてきた人生の中で一番だわっ」

 

「ああ、美味しいぃ~!」

 

「あの、この料理をお代わりください!」

 

あっという間に傭兵達の胃袋を鷲掴みにした異世界の料理にリヴェリア達は達観した目で見つめた。かつての自分達を見る感じで遠目になって。

 

一人平均的に二皿もお代わりして、さらに何回もお代わりをした傭兵達は幸福な満面の笑みを浮かべしばらく休憩すると用意された柔らかい歯ブラシと歯磨き粉を手渡され歯を磨く催促をされた。使用して絶賛の感想を述べ是非欲しいと求めてた傭兵達は女性傭兵に叱咤された。

 

「仲間がすまないことを言った」

 

「いや、元々使い捨ての物だから持って行ってもらうつもりだったんだ。逆に自分から欲しがるとは思わなかったけどな」

 

「オラリオにはあんなものや料理が普通にあるのか?」

 

「いんや、俺んとこの派閥・・・・・パーティにしか使われてないし料理に関しては俺の故郷のだから独占状態で店を構えて料理を振舞ってるんだ」

 

リーダー格の女性傭兵と話をし、そう言えばと思って自己紹介をした。

 

「名乗り遅れたけど俺はイッセー。【無所属派閥(フリー・ファミリア)】の団長を務めている。よろしく」

 

「『銀色の獅子』団の団長、エレオノーラ・ブリュンヒルデだ」

 

銀髪に赤い瞳に抜群のプロモーションを誇る女性と握手を交わし合い、早速とばかり一誠は虹色の実のことを訊き出した。

 

「アスタール国は虹色の実のことは知っているんだよな?」

 

「ああ、何時からなのかはわからないが一年に一度は私達傭兵や傭兵崩れに国から依頼される」

 

「王族か貴族に?」

 

「王族だ。商人からも依頼を出される。しかし、何度依頼を受けても虹色の実に群がるモンスターの数は毎年変わらないどころか年々増加し続け、モンスターがいなくなった頃には虹色の実を探しても見つからないのが当たり前だ」

 

「お前達傭兵でも見たことがないのか虹色の実を」

 

「虹色の実が実るのはこの嵐が過ぎ去ってからで、空に浮かぶ虹の先に実があるという話だ。だから嵐が来る前に依頼を引き受けた傭兵達はこの森の中に入り、虹が出てくるまで待たなければならない。毎年私達はそうやって虹色の実を探してはいるんだが、中々上手くいかない。運が良くないようだ」

 

何てシビアな依頼を受けるんだか、と感想を心中で独白し外の嵐を横目で見て尋ねる。

 

「あの嵐が過ぎるのって明日か?」

 

「明後日の二日後だ」

 

「・・・・・二日間も嵐の中にいるって凄い精神力と忍耐力だな」

 

「数少ない稼ぎ時の一つだ。成功すれば報酬は約束されたものも当然だからな」

 

「でも、毎年手に入れないでいるのに王族もよく毎年諦めず依頼を出すんだな」

 

「王族は欲深いからな。虹色に実る果実がある信憑性が高ければ調査し、本当ならば手に入れるまで何度も依頼をする」

 

王侯貴族らしい執念深さだったことに何とも言えない。傭兵達の誰も虹色の果実を見たことがないと言うなら、一誠も見つけることが簡単では行かなくなった。

 

「なぁ、モンスターって体は虹色なのか?」

 

「何を言っている?そんな色のモンスターはいないぞ。いるとすれば虹蜂ぐらいだ」

 

「そうか」

 

奇妙な安堵感を覚えてしまいエレオノーラの整った容姿を見一瞥して麦茶を口にする。

 

「傭兵稼業ってどんな感じなんだ?」

 

「どんな感じと言われてもな。一人か複数で依頼を請け負い、達成すれば金品を貰う程度だ」

 

「依頼って毎日よくあるものなのか?」

 

「殆どはモンスター退治が主だ。国外にも町があるからモンスターの侵入もある。傭兵は町に被害が出ないよう城の衛兵の扱いをされるが依頼は依頼だ。金を貰えれば文句は言えない。他は国内の国民から少ない依頼料で手伝わされたり雑務をさせられたりすることもある。迷宮都市オラリオはどうなのだ」

 

「オラリオにはダンジョンがあるからな。迷宮の中には無限の宝や素材や資材が眠っているのを商人達はそれを求めて冒険者に依頼をしたり、冒険者がそれを商人に高く買い取ってもらおうとする」

 

お互い住んでいる国と都市をの情報を共有し合い、会話を弾ませる。知れば知るほど住んでいる環境が異なっていることをわかり、感嘆や羨望の声が漏れることしばしば。

 

「なぁ、今回も依頼が失敗したらお前らはどう過ごすんだ?」

 

「今回も失敗して無一文無に戻るだけだ」

 

「それぐらい金をかけているのか。前金とかは?」

 

「国から前金は支払われない。実物を見せない限り絶対に報酬も出さないから私達傭兵にとって骨折り損だ」

 

それでも稼ぎ時の一つだから手を出さずにはいられない傭兵の悲しい習慣かもしれない。勝手な気持ちだろうと話を聞いてしまったら、彼女達のために虹色の実を手に入れなければならなくなった。

 


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