アイちゃんってなんでこんなに可愛いんだろう 作:ppが足りない
「私、ダンジョンに行きたいです」
「いやダメでしょ」
ヘスティアから返ってきた言葉は無慈悲の三文字に尽きる一言だった。
ソファーに寝転がってからどの位経っただろうか? 最初にホームに帰ってきたのは、黒髪ツインテールに謎の紐と乳デカでお馴染みのヘスティアだった。
顔を見合わせて直ぐに少し話があると伝えると、ベルくんが帰ってきてからにしようと言われて、アイは渋々ソファーに座り直した。
ヘスティアはそんなアイの様子に何かを勘づいたのか、隣に座って色々とちょっかいを掛けてきたりして、帰ってきたベルがヘスティアに押し倒されているアイを見た時に発狂したのは少し前のことだった。
そしてぷっくりと膨れた頭を涙目で摩るベルと、その隣に座りながらごめんよとベルに謝っているヘスティア。
その対面に座るアイを含めた三人が、小さなテーブルを挟み込むようにして座った。
そんなこんなでアイが発した第一声は、物の見事に真顔で言い切ったヘスティアの手によって打ち砕かれたのだった。
「な、何も無策で突っ込もうとしてる訳ではなく」
「いや策があってもなくても君をダンジョンに生かせる訳にはいかないよ。正体がバレたらアホなことになるし」
アホなことというのがどういう物なのかはアイには分からなかったが、この様子では例え強くなれたとしても無理だと言われそうだ。
ヘスティアには何を言っても無駄だと察したアイがベルに目を向けるが、視線が合った瞬間に悲しげに目を伏せたベルがゆっくりと頭を振った。
「そ、そんな……」
「しょうがないよアイちゃん。僕だってずっと家の中にいて貰うのはどうかと思うけど……でもダンジョンは危険が一杯だし、もし他の冒険者に絡まれたりしたらと思うと……」
ベルは俯きながら考え込み始め、やがて顔を青くすると、そんなのダメだと叫び出した。
すると隣に座っているヘスティアも同じ結論に達したらしく、此方も顔を青ざめさせて目を見てくると机越しに手を握ってきた。
「兎に角、絶対にアイちゃんはダンジョンに行っちゃだめだからね! 外に出る時もボクかベルくんが一緒にいないと許可出来ないから!」
「そ、そんな」
「いいね!?」
「……はい」
アイが顔を俯かせて落ち込むと、ヘスティアは沈痛な面持ちで隣に回ってきて、横から腕を回して抱き締めた。
君が嫌いじゃなくて心配してるからなんだよと言いながら、頬擦りしてくるヘスティアを余所にアイは心の中で決意した。
「……絶対に行ってやる」
とても小さな声で二人には聞こえなかったが、アイの心の声が口から外に漏れだしていた。
「行ってらっしゃい……よしっ」
翌朝のヘスティアファミリアのホームでは、アイがダンジョンに行くベルとバイトに行くヘスティアを送り出していた。
廃教会の朽ちた両開き扉まで着いて行ったアイが、去っていく二人を腕を振って送り出しすと、完全に見えなくなった辺りで小さくガッツポーズをついて駆け足で地下へ続く階段を降りる。
地下室の扉を開け放ち確認するのは、ヘスティアの服類が入った洋服タンスの横、アイと書かれた紙が貼り付けられた洋服ダンスからベルから貰ったコートを取り出して、今着ているコートの下に羽織る。
そして紐を数本用意した後は、コートが脱げないようにあちらこちらに結んで、準備を整える。
目指すはベルが潜っているだろうダンジョンに向かうことと、魔石によるステータス上方の振れ幅を知ること。
恐らく低階層にいるゴブリンなんかを倒しても余り経験値が入らなさそうだし、さっさと下に潜るか経験値を沢山もっているだろうモンスターを討伐した方が効率が良さそうだ。
「これでいいかな」
アイは部屋中を探し回って丁度良さそうな物を見つける。
少し前にベルが買ってきた研石で、ナイフを自分でも研げるようにとほくほく顔で帰ってきて、ヘスティアに下手に研いだら切れ味が落ちるよと言われて落ち込んでいたのが記憶に新しい。
利便性抜群のそれは小さくて薄く、尚且つ軽いという便利な物で、ダンジョンの中でも研げるようにとのお墨付きがあった。
アイはその研石を布に包むと、握った拳に取り付けて頑丈に締め付ける。
血が止まるということがない体はこういう時に便利で、これである程度の攻撃力が約束された。
「目指すは三回層……を超えて四階!」
バッと振り返ったアイの顔は決意に満ちていて、底知れないやる気を感じられた。
「ひぃぃぃ〜!」
そんなアイは通路の陰に隠れて膝を抱え込みながら震えていた。
通路の先では自分を追いかけてきたのだろうゴブリンの集団が鼻息荒く探し回っていて、息を押し殺して覗いたアイの視線の先では五体のゴブリンが三メートルも離れていない所にいた。
「っ!」
どうしよう、どうすればいい。
本格的に死の危険を感じたアイは、自分の左腕に掛かったちぎれ欠けの袖をゆっくりと剥ぎ取って見る。
そこには金属製の腕があり、いつもなら綺麗な光沢を出しているそれには、何度も転んで付着した汚れで光沢は鈍くなっておりまるで鋭利な爪で抉れたような傷が付いていた。
深く傷付いたそこから青白い電気が走っていて、中にはよく分からない機械が詰め込まれている。
左手を握ってみればちゃんと反応はするものの鈍くなっていて、握ろうとする意志を見せてから少しのタイムラグがあった。
「これは不味いよねぇ……」
ゴブリン達はその場から動かずにキョロキョロしている。
いつかは居なくなるだろうが、十字路に別れた道の来た方向とは違う三本の道、ゴブリンから見て左側の道に進んでくれば鉢合わせになってしまう。
それにここから逃げようにも今いるのは四階層目、何故だかモンスターに一回も出くわさずにここまで来てしまった自分の不運を呪いながら、アイは次なる一手を画策する。
「どうしたら……どうしたらいい……そ、そうだ。ベルさんのを参考にすればいいんだ」
もしベルがモンスターと出くわしたらどのような行動を取るか、それさえイメージ出来れば何とか解決できそうな気がする。
「だ、ダメだ……叫んで逃げていくイメージしか見えない」
幾らイメージしても情けないベルの姿しか思い浮かばず、頭を抱え込む。
しかし、そもそもだ。何故この腕に傷が入っている? あの時は何の傷もなかったのに……
「もしかして胸のところは重要だから硬いとか?」
傷が付いていない右腕を触った後に胸を叩いてみる。
するとどうだろうか、何だか胸の方が硬い気がしてきた。やはり頭蓋骨が分厚く硬いように、この体でも気を使っているのだなと感じる。
「あっ、しまった」
足音に気が付いて視線を向ければ、そこには鼻息荒く此方を見つめるゴブリンの姿が。
どうやら胸を叩いた音で気付かれたらしい。
「きゃあぁ!」
《ゴギャッ!》
突然ゴブリンの顔が目の前に現れたことに驚愕したアイが、無我夢中で拳を振り抜けば、顔面を潰されたゴブリンが吹き飛ばされて灰になった。
「うわあぁあぁ!」
しかしアイは止まることなく夢中で外に飛び出ると生き残っているゴブリンを殴り続ける。
都合四発、ゴブリン一匹につき一回の拳で全てを灰に変えた。
「はぁ……はぁ……びっくりした」
びっくりしたのはゴブリンの方だろう、今まで追いかけてきた相手が急に飛び出してきたら殺されてしまった者の気持ちを考えて欲しい。
きっと無念だったに違いない。
「よいしょ」
アイは跪くと落ちていた小さな魔石を摘むと、躊躇いなく潰す。
すると秘められた魔力が体に流れ込んできてと思いきや、腕の傷が治っていく。
もしやと思い残り全ての魔石を砕けば腕の傷は完全に塞がった。
「……不思議だなぁこの体。あっ、腕見られないようにしないと」
アイはバッグの中から日焼け用に腕を包めるというグッズを取り出す。
行きに売っていたので使えるかもと思い買っておいて正解だった。
「これでよし」
もう外から見てもダンジョンでも日焼けしたくない几帳面な人なのだなとしか思われないだろう。
アイは一つ頷くと、今度は会うモンスターには最初から攻撃していこうと決意し、歩き出す。
しかしそれ以降モンスターに会うことはなく、そのまま五階層に到達したのは別の話。