「子をはらむ猫」とは別の時の輪のおはなし
原作と78年版アニメがベースです 

さぁ、ハーロックが孕む 「彼」のままで 
宇宙の神秘ですかね

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星をはらむ人

 

 トチローの指がトントンとパネルを叩く。

 

「これ、おまえか」

「そうらしいな」

「らしい、って他人事みたいになぁ……」

 回転椅子をくるりと回して背後の親友と向き合う。

 紙束とゴミ屑と食べかけのカップ麺に空き瓶を満載した机の上からなにか落ちた音がしたが、トチローもハーロックもさして気にはかけなかった。机の上も床の上も大して状態は変わらないからだ。それに、ここはトチローのトチローだけの部屋である。

 

「なんで今まで気づかんかったのだ」

「想像もしなかった」

「だが、ここんとこ体おかしかったろ」

「サーベルは握れた。銃は撃てた。舵輪の前に立てれば、その他は些細な問題だろう」

「飯もいらんと言って食ってなかったじゃないか」

「うん。飯は大事だな。だが、おまえがよく食ってるのを見たら、それでいいような気がしてた」

「なんだそりゃ……おまえ、実はとんでもなくヌケとるんとちがうか?」

「手厳しいな」

 トチローの手がハーロックに伸ばされ、いちど躊躇ってから、そっと白い髑髏に触れた。手のひらが、ほとんど膨らみの感じられない腹部へ降りてゆく。

 

「で、いつだって?」

「ドクターが言うには、2か月先だと」

「なんだって? これでか? 信じられん……」

 俺の腹のほうが出とるくらいじゃないか、そうか腹筋がコルセットの役割を果たして……、などとぶつぶつ呟いていたトチローが、ひょいと顔を上げた。

 

「で、どうするんだ」

「どうするもなにも。選択できるタイミングではないらしい」

「そうか。そりゃあ、そうか」

「なぁ、トチロー」

 トチローの手の上に、ハーロックの手が重ねられる。革手袋の手の甲をトチローは見つめた。トチローのそれよりも関節ひとつぶん大きな手は、すっぽりとトチローの手を覆う。この手が革手袋を外し、形の良い手でトチローの裸の背を抱き、トチローの伸ばしっぱなしの髪に深く指を差し込んで乱し、心地よい指先で頬や耳や肩や腰や他にもイロンナトコロに触れた事が何度あったか考えた。いちいち数え挙げられるほど少なくはない。

 

「トチロー。おまえ、父親になりたくはないか?」

「そいつは……殺し文句だな」

 

 降参、と肩をすくめて。

 

「頼むぞ、ハーロック」

「もちろんだ、友よ」

 

 拳の形に差し出した手に、がつりと拳を打ち付けて、互いにニヤリと笑みを交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ざ、ざ、ざぁ、と波の音。

 

「ソウ言ッテタノニ 落チ込ンデイルノネ」

「浮かれ上がってる幸せ者には見えんかね……酒くれミーメ」

 異星の美女から手渡された酒は、トチローの口にはいささかきつかったが。ちょっとむせる。

 

「ウン。正直なところ……9カ月前の俺を絞め殺してやりてェ」

「ソウ……アノ夜ハ トッテモ情熱的ダッタワ……」

 うっとりと呟く乙女に、トチローは唇をとんがらせる。

「……見とったんかい」

 眠らない異星の乙女は、幽玄なのか下卑ているのかどちらともつかない微笑みに目を細めて、竪琴を甘くつまびく。波の音が弦の音色に溶けあって、どこか懐かしい響きを生む。トチローは、酔いにふわつき出した眼を水平線の遥かに向けた。

 

「ドクターは女の子だろうとさ」

「キット カワイイ子ネ」

「ハーロックに似たらな。俺に似たら可哀想だ」

「ドチラニ似テモ 天使ノヨウナ 女ノ子ニナル」

「天使ね……」

 うまく思い浮かべることができなかった。

 

 ドクターに見せられたモノクロの映像には、たしかに小さな命が鼓動の形まではっきりと映されていた。それはいい。それは、覚悟していた。だが、なぜか娘だとは思いもしなかった。たとえば息子だったら、俺の子でもあいつの子でも、どんな子になりどうやって育ち何を喜び何を嫌うか手に取るように想像できるのだが。 娘だって? ……ということは、やがては女になるいうことか。それは大事に育てにゃならん。宇宙艦で、荒くれの海賊どもに囲まれてなんてもっての外だろう。

 

「なんて名前がいいかね。ハーロックは俺に決めろと言うのだ。俺と同じ苗字にしたいから、よく合う名前を考えろと……」

 口ではそんな言葉を弄びながら、頭の中で考えていたのは別のことだった。

 

 アルカディア号は今、地球の海に浮かんでいる。頭上には宇宙の闇を透かす明るい群青色。その空が、視線を下げるに伴って淡い銀灰色へ、そして幼子の頬のようなひとすじの薄紅色へと移り変わって行く。艦影を黒いシルエットにして、水平線をほの明らめている光は黎明なのか黄昏なのか。緯度の高いこの地域では、昼でもなく夜でもない時間が長い。薄い闇と光にふちどられた、曖昧な時間。あいまいな景色。

 

 

 

 

 

 

 艦長が身重で艦が飛ばせるか、と停泊を勧めたのはトチローだった。

 だが、地球に帰還すると決めたのはハーロックだった。

 

「海賊島でもいいんだど。近いし安全だし」

「宇宙は、命が生まれるにふさわしい場所じゃない」

 そう言って、ハーロックはいともあっさりと進路の反転をクルーに告げた。

 

 

 慎重に計算された旅程を経て、艦橋スクリーンに地球の姿が映ったのはひと月の後だった。さすがに懐かしさがこみ上げた。追われるように地球を飛び出して何年か。およそ人類が到達した宇宙で、トチローとハーロックが艦を進めない場所はなかった。この広大無辺の星の海がふたりの生きる場所であり、夢の羽ばたく空であり、慣れ親しんだ故郷と言ってよかった。だから、遠い思い出に浮かぶ青い星を振り返ろうとはしなかった。それでも、トチローはこの星が好きだった。

 

 郷愁をひっぺがすようにして、トチローはキャプテンシートに座る男を仰ぎ見た。親友が、トチローよりもはるかに、この星に対しては容易ならぬ感情を抱えているのを知っていた。ハーロックが地球を語るとき、地上で暮らす人類を語るとき、かならずその言葉は激しい憤りと侮蔑に満ちていた。あいつはいつだって射貫くような眼で捨て去った故郷を睨み付けていた。

 

 そのはずだった。トチローは自分の目を疑った。ハーロックの表情は、トチローの予想に反して凪いでいた。静謐な、と言ってもいい、そんな親友の顔をトチローは初めて見た思いがした。肘置きに腕をかけ、高い背凭にゆったりと半身を預け、隻眼をわずかに眇め、キャプテン・ハーロックは地球を見つめて、呟いた。

 

「美しいな。銀河の果てまでおまえと旅したが、これより美しいと思える星には、ついぞ出会えなかった」

 

 いつのまにか艦橋に集まった乗員達が、誰とはなくハーロックの言葉に肯いている。声を殺してすすり泣く者もいる。

 

 だが、トチローだけは地球に背を向け、立ちすくんだ。この男は誰だ、とトチローは考えた。いや、馬鹿な思いつきだ。ハーロックだ。キャプテン・ハーロックだ。それ以外の何者でもない。 片目を隠す眼帯も、ダークブラウンの髪に半ば隠されてなお端正な相貌も、髑髏を染め上げた裾を引く黒衣も、さすがに臨月に至ってガンベルトは外していたがその下の鋼のような痩身も、なにもかもトチローの知るままのハーロックだ。だが、今、この男が口にした言葉はなんだ。その胸の中にあるものは、なんだ。

 

 トチローは、半身と呼べるほど近しい親友が、心底から故郷を捨て去ったわけではないと知っていた。もしそうならば、話はずっとたやすかったのだろうが。吐き捨てるように罵倒しながら、だが、ハーロック自身ですらどうしようもない心の奥底で、地球への望みを捨てきれないでいた。それが愛であると知らないまま、別ちがたい感情が宿る場所がこの青い星であったはずだ。それが愛憎どちらであろうと、こんなふうに穏やかに地球を語れる男ではなかったはずだ。なぁ、違うのか?

 

「ハーロック、おい、おまえ……」

 

 トチローは自分だけが異質な世界に放り込まれたような、逃れようのない違和感を喉の奥で感じた。ごくりとつばを飲み込む。

 トチローの視線に気づかず、ハーロックはゆるく顔を伏せた。長い髪が男の表情を見えなくする。そして、次に面を上げた時には、燃え立つような不敵な笑みが浮かんでいた。それはトチローのよく見慣れた表情であった。違和感がするりと溶け落ちてゆく。

 長身が、キャプテンシートからゆらりと立ち上がる。

 

「さぁ、熱烈な歓迎だぞ、諸君。総員配置につけ。迎撃に備えろ。海賊の礼儀を見せつけてやれ」

 

 振り向くと青を背景に、太陽系連邦軍の記章を翳した船団が迫り来ていた。一斉にクルーが声を上げ持ち場へと駆け出す。テンポの良い慣れたやりとりがジャグリングのように投げ交わされる合間に、キャプテンへの気遣いがいくつも重なる。とうとう髭面の機関長に、「頼むから座っててくださいよ。安全運転ってわけにゃいかないんですから」と頼み込まれて、ようやく苦笑しながらハーロックは腰を下ろした。

 

「トチロー」

「おうよ」

「指揮を頼む。どうやら俺が立ち上がるだけで、あいつらが顔色を変える」

「そりゃあ、もうおまえひとりの体じゃないんだからな。任せろよ、アルカディア号のクルーは優秀だ」

 

 トチローがハーロックの傍らに立ってぽんと肩に手をかけると、途端に艦橋のクルーの冷やかしが降ってくる。おまえらなぁ、小学生男子じゃないんだから……。

 トチローの指揮の下、アルカディア号は船団をかわし、かつ撃墜し、軍艦などには到底追いつけはしない速力で地球を目指した。喧噪と砲撃音が響き渡るの艦橋の中で、ハーロックだけが微風の大洋を見晴らすように静かだった。その眼差しは揺らぐことなく地球へそそがれていた。それは懐かしむように。愛しむように。溶けたはずの違和感は、トチローの腹の底へとすべり落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、ミーメよ」

「ナマエ 決メラレナイノ?」

「いんや。それはいい。実はもう考えてある」

 

 舌の上で甘くやさしい名を転がす。その名を、ハーロックが幼い娘に向けて呼びかけるのを想像する。とびきり暖かい声で。あの日、地球を見つめた眼差しで。トチローは、また酒瓶に口をつけて甘い響きごと飲み下す。

 

「ミーメよ。俺は、アルカディアが好きだ。この宇宙のどんな艦より、あの艦を愛しとるよ。考えたことがあるんだ、艦がいちばん美しいときってのは、いつなんだろうかって」

 

 思い出すのは、古い素朴な喜びだった。手製の軽量動力機が初めてトチローの手から離れて飛び立った、あの青空の手ざわりだ。つぎはぎのスチールの翼を支えた、遠い日の大気の輝きだ。

 

「艦は飛んどる時が、いちばん美しいのだ。戦っている時でもいいが、ただ飛んどるときがいい。その舳先の彼方にある夢だけを信じて、自由に孤独に飛ぶ艦がいい。 そしてな、ハーロックの手が舵輪を握るとき、あの艦が最も美しいと俺は信じとるんだ」

 

 酒瓶の歪んだ硝子の向こう側に、俺たちの夢が佇んでいる。アルカディア。永遠の理想郷の名を持つ艦。一羽のアルバトロスが、誰に教えられずとも空を飛ぶために最適の軌跡を身につけているように、キャプテン・ハーロックは、トチローの手が生み出した重い金属の塊に命を与え、幸福な優雅さで星の海を飛んだ。

 

「俺は、あいつが好きだよ。あの男を愛しとる」

 アルカディアが好きだと言った同じ言葉でトチローは愛を語った。

 

 どんな意味だろうと、トチローにとってハーロックはそうであった。同じ夢をわかちあえる無二の親友として。誰と飲むよりも美味い酒を飲める相手として。トチローの魂に等しい艦のキャプテンシートを許すただひとりの男として。 生まれてくるより前に、ひとつの魂を半分に割って別々の体に入れたら俺たちになったのだろうと、いつかハーロックは酒の戯れにそんなことを言った。トチローもまたそうかもしれんなと返した。

 

 だが、トチローの芯にある心の名をハーロックは知らない。いや、トチローとて、アルカディア号が地球の海に浮かんだときに、ようやく気づいたばかりだった。なぜ気づかなかったのだろうな。ハーロックの鈍感さを笑えやしない。

 幾重にも層をかさねた心の芯にあったのは、単純な憧れだった。初めて己の手から金属の鳥を空へ飛び立たせたあの日から、トチローの心をとらえる、まばゆい青。その青を超えた先にある未知の暗黒。その彼方に瞬くものへの峻烈な憧れは、ひとりの男の姿をしてトチローをいざなうのだ。

 

「俺は、俺の造った艦で、あいつと自由に宇宙の海を飛んでいたかった。誰にもさしずされずに、何にもとらわれずに。俺かあいつか、どちらかの命が尽きるその日まで、いいや、その先までも……!」

 まるで自分がふたりになってしまったようだ。惚れぬいた男の血を享けた子が生まれる歓喜もまた、たしかにトチローの胸にはあるというのに。だが、それを幸福と受け入れてしまったときに、かわりに捨てるものの予感におののくのだ。

 

「ナニモ恐レルコトハナイワ……」

「……そうか……そうだな。まだ、生まれてもいないんだ……」

 そうさ、こんな悩みなぞバカバカしいと笑うことになるかもしれんじゃないか。ハーロックは何も変わっていないのかもしれない。赤ん坊だって、顔を見たらそりゃもう可愛くてたまらないかもしれない。誰にも嫁にはやらんと言い出す親馬鹿に俺だってなるかもしれん。そうだろう、それが親ってものだろう……。

 

 眠りに落ちそうなトチローの手から、まだ半分も残った酒瓶をミーメは取り上げる。コクコクと飲み干して、また竪琴を細い指が撫でる。竪琴は彼女の指先と溶け合いそうに馴染んでいた。ああ、だが、いったいいつのまに、ミーメは竪琴なんぞ弾くようになったんだ……? ぷかりと浮かんだ疑問もまた、酩酊に溶け落ちてゆく。

 

 

 

 トチローは閉じた瞼の裏に、親友の姿を思い浮かべていた。

 地球に降りてから、なにごともない穏やかな日々、微睡んで過ごすことが多くなった親友の姿を。長いマントで痩身をくるみ込んで、まるで卵を守る大きな黒い鳥のように蹲っている。高い襟に口元を埋めて、あいつはどんな夢を見ているのだろう。その肩に異形の鳥が、眠りを守る番人のように羽を休めている……。

 

 

 

 

 

 トチローは、波音を子守唄に、青い地球を抱いて眠る友の夢を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、月満ちて生まれた子が己の名を覚えるより前に、大山トチローは病を得て身罷った。みどりごを抱いたお尋ね者の宇宙海賊が、その後どこへ消えたのか知る者は絶えていなくなった。政府の手の及ばぬ星もない宇宙の果てを彷徨っているのだとも、あるいは地球に錨を降ろし静穏な暮らしを求めたのだとも言う。外宇宙から巨大なペナント撃ち込まれる日を前後して、ふたたびキャプテン・ハーロックとその艦の名が宇宙に鳴り響くまでの数年間を知るのは、ただ艦と異星の女のみである。

 

 

 

 

 

 

end.

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 <ネタバラシ>

冒頭に書くべきか迷ったのですが、これはエメラルダス(エメラーダ)が存在しない世界、あるいはハーロックである世界、です。

娘の名は? →「まゆ」 青い髪の天使のように清廉な少女に育つことでしょう。

ミーメはいつからハープを弾くようになったのか? →1978年から。

どうしてこうなった? →私も、もっとラブラブになると期待して書いたのですが……。

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