新たなる出会い
第九七管理外世界《地球》の、さらに小さな島国である《日本》。そのさらに小さな街である《海鳴市》の商店街を青年は歩いていた。
長身ではあるものの、大柄という体躯でもない。その引き締まった体格から、鍛えられていることがすぐに分かる。漆黒の髪に黒目と、典型的な日本人といった風体であるが、その長身は日本人離れしていた。
黒を基調とした服装にサングラスを掛け、首から赤い剣を模したネックレスを提げている。
そんな、いろんな意味で目立つ青年は周りの視線など気にせず、街を歩いていた。
「――あれから、もう一年、か」
青年――黒沢祐一は綺麗に晴れた空を眩しそうに見上げながら、一人呟く。
古い知人――プレシア・テスタロッサからの依頼で、その娘である――フェイト・テスタロッサを一人前の魔導師として教育するために、一年間をプレシア邸で過ごした。長いようで短かった一年であったが、それもフェイトが一人前の魔導師となったことで終わりを迎えた。
――あれから、一年が経とうとしている。
「フェイト達は元気でやっているだろうか……」
祐一は一人呟くが、すぐに首を横に振る。
「――考えても仕方ないことだな」
祐一は気持ちを切り替える。
そこへ、元気な声が祐一の耳に聞こえてきた。
「祐一お兄さ~ん!」
「ん? この声は……」
祐一は歩みを止め、声のした方へと首を動かす。祐一の視線の先、少し離れた場所に小学生ぐらいの少女が三人立っていた。真ん中に立っている少女が祐一の名を呼びながら手を振っている。
そして、三人は祐一へと近づいてくる。
「こんにちは、祐一お兄さん」
「「こんにちは、祐一さん」」
「ああ、こんにちは。三人は学校の帰りか?」
「うん、そうだよ。今から三人で塾に行くところなの」
そう答えたのは、亜麻色の髪を耳より上の位置で左右ともにリボンで結びツインテールにしている少女――高町なのは。
祐一がこの海鳴市に来てから、偶然に知り合った少女である。
元気良く祐一に言葉を返す姿はとても愛らしく、白を基調とした学校の制服もなのはによく似合っていると、祐一は感じていた。
「まったく、なのはったら祐一さんの姿を見つけたら、すぐに走り出すんだから……」
そう苦笑を浮かべながら話す少女の名は――アリサ・バニングス。アメリカ人の両親を持つお嬢様で、かなり気が強い少女であるものの、友達思いのいい子であり、なのはの親友の一人である。
「ふふ、なのはちゃん、とても嬉しそうに走って行ったもんね」
そう柔らかく微笑む少女の名は――月村すずか。資産家の娘でこちらもお嬢様であるが、性格はアリサとは違い、大人しく引っ込み思案な性格であり、すずかもなのはの親友の一人である。
アリサとすずかの二人も祐一がこちらに来て間もないとき、これまた偶然に出会った少女達であった。
「ふぇぇ!? な、何てこと言うのっ! アリサちゃん! すずかちゃん!」
なのはが顔を赤く染めながら、両手をぶんぶん振りながら、二人に抗議する。
「だって、ねぇ?」
「そうだねぇ~」
そんななのはの態度が面白かったのか、二人は笑みを浮かべながら頷きあう。
二人のそんな態度に、なのははさらに頬を赤く染め上げ、声を上げる。
「もぉ~! そんなんじゃないんだってばぁ~!」
そんな三人のやり取りを祐一は苦笑しながら見つめていた。
それから、三人が塾に行く途中であったこともあり、祐一を含めた四人は塾へと向かうことになった。祐一は行く必要はなかったのだが、暇だったことと、なのはに上目遣いでせがまれたため、付いて行くことになった。
少女三人が前を歩き、祐一はその後ろを護衛よろしく付いていっているという状況であった。流石に無言であると周囲の目が痛いため、祐一も会話にはたまに参加している。
そしてしばらく歩いていると、アリサが急に何かを思い出したように祐一へと声を掛けた。
「そうだ! 祐一さん聞いてくれます? 今日の授業で自分が将来やりたいことについて聞かれたんですけど、なのはがやりたいことが決まってないからって、自分のことを過小評価するんですよ!」
「過小評価? どういうことだ?」
アリサの言葉だけではよくわからなかったため、祐一は三人に質問を返す。
すると、なのはがおずおずと質問に答えた。
「あの、過小評価っていうか、なのは文系苦手だし、体育も苦手だし、そう考えると特技や取柄も特に無いなって思ったんだ」
なのはは頬を掻きながら苦笑を浮かべる。
「それに、わたしにはアリサちゃんやすずかちゃんみたいに、将来やりたいことっていうのも、まだ見つかってないし……」
「なるほど、そういうことか」
なのはの言葉に祐一は頷く。
祐一としては、小学三年生でそんなことを考えている方が驚きなのだが、と頭の中で考える。
アリサとすずかがしっかりしているせいか、なのはもしっかりしないと、という気持ちが強いのだろうと、祐一は思った。
「安心しろ。将来やりたいことというものは、そんなに焦って見つけるようなものでもない。そういうものは唐突に思いついたりすることもあるし、日々暮らしていく中で自然と思いついたりするものだ。だから焦るな。なのはにしか出来ないことが、きっと見つかるはずだ」
祐一は話しながらなのはの頭をぽんぽんと優しく叩く。
そんな祐一の言葉と行動が効いたのか、少し不安そうにしていたなのは笑顔となり、「うん!」と元気良く頷いた。
そんななのはを見つめていたアリサはやれやれと首を振り、すずかは嬉しそうに笑っていた。
しばらく歩いていると、アリサがT字路に差し掛かったところで声を上げた。
「あ、こっちこっち! ここを通ると塾に行くのに近道なんだ」
「え、そうなの?」
「ちょっと道悪いけどね」
アリサの言うとおり、道が舗装はされておらず、でこぼこしていたり、石ころが転がってもいた。
だが、アリサの言うことを信じ、なのは達はアリサの後を付いて行く。
そして、しばらく歩いていると、なのはが何かを探すようにきょろきょろと辺りを見回し始めた。
「どうしたの?」
「なのは?」
なのはの突然の行動にすずかとアリサは首を傾げながら、なのはへと声を掛ける。
(かなり微弱ではあるが、魔力の反応がある。なのははこれに気付いたのか?)
祐一は心の中で若干驚いていた。
近くでかなり微弱ではあるが、魔力の反応を感じたこともだが、"なのはがこれに気付いたのが"驚きであった。
「――あ、ううん! なんでもない。ごめんごめん」
「大丈夫?」
「じゃあ、行こう」
祐一の驚きを他所に、なのははアリサとすずかに謝り歩みを進め始めた。
――そして、しばらく歩いていたときだった。
『助けて』
祐一の頭の中に直接語りかけるように言葉が聞こえてきた。
おそらく、先ほどから感じていた微弱な魔力の主なのだろうと祐一は冷静に思考する。どうやら、直接助けを求めるほど、逼迫した状況であるようだ。
祐一がどうしたものかと思考していると、アリサが声を上げた。
「なのは?」
アリサの声がした方に祐一が視線を向けると、なのはが念話が聞こえてきた方向に視線を向け、足を止めていた。
(やはり、なのはにも聞こえているのだな)
先ほど祐一が感じていたことが確信に変わった。
なのはにはあるのだ。――魔導師としての才能が――。
魔導師となる最低ラインであり、必要不可欠の条件は体の中に"リンカーコア"があることである。これがなければ魔力も生成できず、魔法を使うことは出来ない。
それがなのはにはあるということが今回のことで分かったのだ。
(これからどうなるかは、なのは次第、か。とりあえず、今の状況を何とかするか)
祐一がそう考えていると、当の本人であるなのはから声が上がる。
「――今、何か聞こえなかった?」
「? 何か……?」
なのはの言葉にすずかは首を傾げる。
「――何か、声みたいな……」
「別に、聞こえないけど……?」
「聞こえなかったかな?」
アリサとすずかの二人はなのはの問い掛けに困惑していた。
なのはは自身が聞いている声が本物であることを諦めきれず、最後の一人である祐一へと声を掛ける。
「祐一お兄さんも何も聞こえなかった?」
祐一は少しだけ考え、返事をする。
「……いや、何も聞こえなかったが?」
もちろん嘘である。
祐一にはしっかりと声が聞こえているが、なのはにそれを言うのは躊躇われたのだ。
なのはに嘘を付くのは躊躇われたが、祐一はなのはには"こちら側"には来てほしくはなかったのだ。
「そう、なんだ……」
なのはは少し残念そうな表情をした後、きょろきょろとあたりを見回す。
すると、そんななのはの行動を見ていたかのように、頭の中へと声が響く。
『助けてっ!』
先ほど聞こえてきた声より、さらに大きな声が聞こえてきた。
どうやら念話の主は、よほど切羽詰まっているのだろうと、祐一は思考する。
「っ!?」
「なのは!?」
「なのはちゃん!?」
その声を聞き、遂になのはは声がした方へと駆け出した。
なのはの行動に驚いたアリサとすずかが名前を叫ぶが、そのままなのはは木々が生い茂る中へと入っていった。
祐一は一度舌打ちをすると、残った二人に声を掛ける。
「二人とも、とりあえずなのはを追うぞ」
「わかりました!」
「は、はいっ!」
祐一は二人を伴い、なのはの後を追う。少しすると、地面に座り込んでいるなのはの姿を確認した。
「どうしたのよ、なのは! 急に走り出してっ!」
「あっ、見て。……動物? 怪我してるみたい」
「う、うん。どうしよう?」
すずかの言葉通り、なのはが座り込んだ姿勢のまま、何かを抱えていた。
フェレットのようであったが、祐一には判断は付かない。とりあえず、この動物が念話を飛ばしていたのであろうと祐一は判断する。
(おそらく、動物の姿は仮の姿だろう。"何か"に襲われ、怪我を負い、動物の姿となったと考えるのが妥当、か)
何に襲われたかは現段階では不明だが、怪我から見て祐一はそう判断する。
そう考えている祐一の横で、三人は心配そうにフェレットを見つめていた。どうするべきか、判断に迷っているようであった。
祐一は一旦思考を止め、三人へと声を掛ける。
「とりあえず、怪我の治療をするために病院に連れて行くべきだろう」
「そ、そうだね! この近くに動物病院ってあったっけ?」
「確か《槙原動物病院》があったはずだ。そこに連れて行くぞ」
「う、うんっ! わかった!」
祐一の言葉になのはが頷き、祐一は三人を連れ、病院へと足を向けた。
祐一達は病院に到着すると、動物病院の院長である――槙原愛に事情を説明し、治療をお願いした。
そして、今はフェレットの治療も終わり、院長である愛から話を聞いているところであった。
「怪我はそんなに深くはないけど、ずいぶん衰弱してるみたいね? きっと、ずっと一人ぼっちだったんじゃないかな?」
「院長先生ありがとうございます!」
「「ありがとうございます!」」
愛の言葉に三人は頭を下げながらお礼を言う。
「先生、お忙しい中、ありがとうございました」
「いいえ、どういたしまして」
祐一と三人の言葉に、愛は優しく微笑みを浮かべる。
「先生、これってフェレットですよね? どこかのペットなんでしょうか?」
「フェレット、なのかな? 変わった種類だけど、それにこの首輪に付いているのは宝石、なのかな?」
アリサが首を傾げながら愛へと問い掛けるが、愛もわからないようで首を傾げている。
そして、愛が首輪に付いている宝石に手を伸ばすと、フェレットが体を起こした。
「あ、起きた」
「あら?」
すずかがフェレットが起きたことが嬉しかったのか、目をきらきらさせ見つめていた。
(あの首輪に付いている宝石は、デバイスか……?)
祐一はフェレットの首に付いている宝石を注意深く見つめる。
デバイスとは、魔導師が魔法使用の補助として用いる機械のことであり、基本的に魔導師はこれを持ち歩いている。なので、このフェレットが首に付けているのは、待機形態が宝石型のデバイスなのだろうと、祐一はほぼ確信していた。
そんな風に見つめられているとは知らないフェレットは、今の状況に驚いているのか、周りをきょろきょろと見回している。
そして、なのはと目が合うと視線を彷徨わせることを止め、じっと見つめていた。
「見てる?」
「なのは、見られてる」
「あ、うん。えっと、えっと……」
なのはは二人の声を聞き、戸惑うようにフェレットへとおずおずと指を伸ばす。
そして、フェレットはその手の匂いを嗅いだ後、少しだけそれを舐める。
フェレットに指を舐められたのが嬉しかったのか、なのははとても喜んでいたが、フェレットはその動作で体力の限界だったのか、そのまま倒れるように眠ってしまう。
「しばらく安静にしたほうがよさそうだから、とりあえず明日まで預かっておこうか?」
愛がそう言うと、三人は嬉しそうに顔を見合わせ、
「「「はい! お願いしま~す!」」」
声を合わせてお礼を言う。祐一はその光景を苦笑と共に見つめていた。
(とりあえず、今日のところは様子見程度で構わないだろう。後はこのフェレットが元気になってからだな)
流石の祐一も、怪我をしているフェレットに無理やり状況を聞くほど鬼でも無い。明日以降でいいと判断し、思考をここで一度中断した。
「あ、やばっ!? 塾の時間!」
「あ、ほんとだ!」
「じゃあ、院長先生、すみません! また明日来ます!」
アリサが塾のことを思い出し、慌てながら声を上げる。それを聞き、すずかとなのはも慌ててそう言うと、病院の外へと駆けて行った。
「じゃあ、槙原先生、後はよろしくお願いします」
「はいはい、わかりましたよ」
慌てて出て行った三人に溜め息を付き、愛へとそう頼むと、三人の後を追いかけ病院を後にした。
急いだ結果、何とか時間には間に合ったようであった。
祐一は最後まで着いてくる必要はなかったのだが、結局塾まで着いて行った。義理堅い祐一の性格が垣間見えていた。
「じゃあな、三人共、勉強頑張れよ?」
「うん! じゃあね、祐一お兄さん!」
「さようなら、祐一さん!」
「付き添いありがとうございました!」
祐一の言葉に三人は元気良く返事をし、手を振りながら塾の中へ入っていった。祐一も右手を挙げることで答える。
三人の姿が見えなくなったのを確認し、祐一は塾へと背を向け、自宅へと歩みを進め始める。
「しかし、あのフェレットはどうしてあれほど怪我を負っていたのか……どうにもキナ臭い、な。――大事にならなければいいんだが……」
そう一人で呟きながら、祐一は帰路につく。
祐一の願いは叶うことなく、結果として大事になることをこのときの祐一はまだ知らなかった。
――この日の夜、祐一は一人の魔法少女が誕生するのを目撃する。
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