遅くなり、大変申し訳ございません。
楽しんで頂ければ幸いです。
では、どうぞ。
――祐一が行動を再開したことなど知らないなのはとフェイトは、いつもの日常を過ごしていた。
「明日の終業式が終わってからなんだけど……予定、大丈夫かな?」
学校での昼休み中、すずかがそう言葉を口にした。
「うん、大丈夫だよっ! すずかちゃんが仲良くなった、"八神はやて"ちゃんにプレゼントを渡しに行くんだよね?」
「そうだよっ! とっても優しい女の子だから、みんなもきっと仲良くなれるよ」
「そうね。なのはとフェイトはまだ会ったことないからわからないかもしれないけど、とってもいい子だし、問題ないと思うわ」
「そっか。二人がそう言うなら、わたしたちもきっと仲良くなれるね」
すずかとアリサの言葉に、フェイトが笑顔で答え、同じようになのはも笑みを浮かべた。
「でも、そのはやてちゃんって、今、入院してるんだよね? わたしたちが急に押しかけても大丈夫なのかな?」
「もし、都合が悪かったら、そのときははやての主治医の石田先生にプレゼントを渡してもらえるよう頼みましょ」
「そうだね。じゃあ、今日の放課後はその予定で」
「うんっ!」
「わかった」
すずかの言葉に、なのはもフェイトも笑顔で頷きを返した。
話が終わると同時、昼休みの終了のチャイムが鳴り響き、四人はそれぞれ席へと戻った。
◆
なのはたちがそんな計画を立てていた頃、クロノは一人、アースラのブリッジでキーボードを叩きながら、モニターを睨み付けるように見つめていた。
(――僕の考えが正しければ、《仮面の男》の正体は……おそらく……)
そう、クロノは独自に《仮面の男》の正体を探っていた。祐一がいない今、一番厄介な存在であるのは、未だ正体が判っていない《仮面の男》であった。
《闇の書》の方が大きな問題ではあるが、管理局の邪魔をしてくる《仮面の男》は大いに厄介な存在である。また、二人同時に戦闘を行った場合、クロノでも負ける可能性が十分にあるほどの魔導師であるため、クロノはこちらの問題を解決することが先決だと考えたのだ。
そして、クロノはもうほとんど《仮面の男》の正体を掴みかけていた。
(やっぱり、こいつらの正体は……"あの二人"なのか……)
クロノは悲しげな、それでいて怒りを滲ませた表情を浮かべた。
しかし、クロノが思っている"あの二人"が《仮面の男》であったならば、確かに納得できる理由があることもクロノは感じていた。
そうクロノが葛藤していると、ブリッジへの扉が開き、一人の人物が姿を見せた。
「あれ? クロノくん、何してるの……?」
「……ああ。ちょっと調べものをね」
そう首を傾げながらクロノへと質問した女性――エイミィにクロノは焦った気持ちを悟らせないよう、努めて冷静に言葉を返した。
調べていたモニターなどは、即座にクロノが消していたため、見られていなかったはずである。
「なんだ。言ってくれればやるのに」
「い、いや、いいんだ。個人的なことだったし、休憩の邪魔をしちゃ悪いと思ったからね」
「ふぅん? そうなんだ……」
クロノのよそよそしい態度を怪しいと思ったのか、エイミィは僅かに首を傾げていた。
そんなエイミィを見て、クロノは慌てて話しを変えた。
「そういえば、《闇の書》についてのユーノが調べてくれたレポートだけど、なのはたちには送ったのかい?」
「うん。送っておいたよ。……なのはちゃんたちも《闇の書》の過去については、複雑な気持ちみたい」
クロノの質問に、エイミィが僅かに悲しげな表情をしながら答えた。
上手くエイミィの意識を反らすことができたことにホッとする気持ちと、なのはたちに対する《闇の書》への気持ちを考えながら、クロノは少しだけ表情を暗くした。
「……そうか。ありがとう、助かったよ、エイミィ」
「いえいえ、どういたしまして」
笑顔を返してきたエイミィに同じように微笑みを返し、クロノは席を立ち、ブリッジを後にした。
(――《闇の書》を巡って、いろんなことがありすぎた。……もう、この件で悲しい思いをする人を見るのはたくさんだ。……だから、もう、終わらせよう)
アースラ内部の廊下を歩きながら、クロノは決意を胸に宿した。
(もう、誰にも悲しい思いをさせないために……)
クロノは静かに拳を握り締めた。
◆
そして、また地球へと舞台は戻り、場所ははやてが入院している病院へと移る。
「――はやて、ゴメンね。なかなかお見舞い来れなくて……」
「別にええんよ。みんなそれぞれやりたいことあるやろし……それより、ヴィータ、元気にしてるか?」
「うんっ! めっちゃ元気!」
「そかそか」
シグナム、ヴィータ、シャマルの三人は、今、入院しているはやてのお見舞いに来ていた。ザフィーラは現在、別行動中のため、ここにはいなかった。
はやてには黙っているが、シグナムたちは魔力を蒐集するためにいろんな世界へと渡っているため、はやてが入院してからというのも、シグナムたちは一刻も早く《闇の書》を完成させるために全力を尽くしている。
それゆえに、はやての下に全員が揃うことが滅多になくなり、はやてに寂しい思いをさせていることをシグナムたちは歯痒く感じていた。
(――だが、それもあともう少し……もう少しで《闇の書》が完成する。そうすれば、きっと……)
じゃれ付いてくるヴィータを嬉しそうに撫でているはやてを見つめ、シグナムはそう思いながら笑みを浮かべた。
「そういえば、あれから祐一さんから連絡あった?」
その一言でシグナムたちの表情が僅かに固まった。
だが、すぐに我を取り戻すと、シグナムは口を開いた。
「……黒沢からは、あれから連絡はありません。おそらく、仕事が立て込んでいるのでしょう」
「……そっかぁ。祐一さん、忙しい人やもんな。……仕方ないか」
シグナムの言葉に、はやてはそう返しながらも、その表情には寂しさが見えていた。
「はやて……」
「あっと、ごめんな。別に寂しいわけやないんよ。みんなもいっしょにいてくれるし……それに、友達も出来たしな」
心配そうに自分を見つめているヴィータに気付き、はやては笑顔を見せながらその頭を優しく撫でた。
「ご友人――すずかちゃんとアリサちゃんのですよね?」
「そうそう。わたしの大事な友達や。それに、また今度、すずかちゃんたちの友達にも会わせてくれるって言ってたしなぁ~」
「すずかちゃんたちのお友達なら、きっとはやてちゃんとも仲良くなれますね」
「うん。ほんま、今から会えるのが楽しみやわ」
シャマルの言葉に、はやては微笑を浮かべた。
そして、しばらく皆で話しをしていると、扉がノックされた。
「こんにちは。月村ですけど……」
「あ、すずかちゃんや。はぁ~い、どうぞ~」
扉越しにすずかの声を確認したはやては、いつもなら来る前にメールで連絡をくれるのに、今日はどうしたんだろうかと、僅かに首を傾げたが、友人の来訪への喜びの方が大きかったため、声を弾ませながら入出を促した。
「こんにちは~」
はやてから入出の許可をもらったすずかが部屋へと入ってきた。
シグナムたちは、いつものようにすずかがはやてのお見舞いに来てくれただけだろうと思っていたが、すずかの他に何人か別の誰かが続いて入出してきた。
二人目は会ったことが数回しかないものの、すずかの友人であり、はやてとも仲良くしているアリサの姿があった。
――しかし、二人とは別に部屋へと入出してきた残りの二人の顔を確認すると、シグナムたちは驚愕の表情を浮かべていた。
(っ!? なぜ、この二人がここに……っ!?)
はやてたちの手前、なんとか焦る気持ちを表情だけに抑えたシグナムは、胸の前で組んでいた腕に思わず力を込めた。隣に立っているシャマルの表情を見ると、同じように驚愕の表情を浮かべていた。
(……管理局にこの場所が知られていたのか……いや、違うな。この二人もどうやら、我々がここにいるとは露ほども思っていなかったようだな)
シグナムの視線の先、件の二人である――高町なのはとフェイト・テスタロッサも同じように驚愕の表情を浮かべていた。その表情から察するに、シグナムが思っていることが合っていそうであった。
(――シグナムがここにいるってことは、もしかして《闇の書》の主は……もしかして……)
シグナムたちがいたことに動揺を隠せなかったが、フェイトはすぐに結論へと至った。
短い時間ではあったが、驚いた表情でお互いを見詰め合っていたシグナムたちとフェイトたちを不思議に思ったのか、はやてが首を傾げた。
「……? どうしたん? なんかあったんか?」
「い、いえ。なんでもありません」
はやての問い掛けに、シグナムが僅かに動揺したように答えた。
それを少し気にしたのか、アリサが心配した表情で口を開いた。
「あ、もしかして、あたしたちお邪魔でしたか……?」
「いえ、本当に何でもありませんから」
「いらっしゃい、すずかちゃん、アリサちゃん。……それに、そちらのお二人も……」
「あ、いえ。初めまして……わたし、高町なのはって言います」
「……フェイト・テスタロッサです」
「シグナムです」
「シャマルです。みんなコート掛けるから、貸してくれるかしら?」
お互いに警戒心を見せながらも、ここで争うことは本位ではないため、平静を装っていた。
「――念話が使えない。通信妨害を……?」
「シャマルはバックアップの要だ。この程度、造作も無い」
フェイトとシグナムがお互いを牽制しあうように、誰にも聞こえない声で言葉を交わした。
また、フェイトと同じようになのはもはやての側に腰掛けているのだが、ヴィータの睨み付ける視線を受け、たじたじとなっていた。
「あ、あの……そんなに睨まないで……」
「睨んでねーです」
「もうっ! ヴィータ、悪い子はあかんよ」
そんなやり取りをしていると、はやてが横からヴィータを嗜め、なのははそれを困った表情で見つめていた。
「ここに来たのは、本当に偶然です。……お見舞い、しても構いませんか?」
「……ああ」
小声で聞いてくるフェイトに、シグナムは僅かに表情を歪めるが、静かに頷きを返した。
そして、それからお見舞いはぎこちないながらも滞りなく進み、すずかたちが帰る時間となったため、ここでお開きとなった。
「じゃあねぇ~!」
「またねぇ~!」
アリサとすずかは迎えに来た車へと乗り込み、帰っていった。なのはとフェイトは車の姿が見えなくなるまで手を振っていた。
「場所を変えようか」
「そうですね」
なのはたちの近くにいたシグナムがなのはとフェイトに声を掛け、なのは、フェイト、シグナム、シャマルの四人は別の場所へと移動した。
◆
「――はやてちゃんが《闇の書》の主……」
なのはが噛み締めるように、言葉を口にする。
とあるビルの屋上へと四人は場所を移し、もはや居場所を知られてしまったことから、シグナムたちはなのはたちへとはやてとの関係を話したのだ。
なのはとフェイトは当たっていて欲しくなかった予想が当たったことに、悔しげに表情を歪めていた。
「――悲願はあと僅かで叶う」
「――邪魔をするなら、はやてちゃんのお友達でも……」
シグナムとシャマルが決意に満ちた表情で、そう話した。
そんな二人をなのはが説得するために口を開く。
「ちょっと待って、話しを聞いてくださいっ! 駄目なんですっ! 《闇の書》が完成したら、はやてちゃんは……」
「でえぇぇやぁぁっ!」
「っ!? あぁっ!?」
なのはが話しをしている途中で、私服姿のヴィータが遥か上空から接近し、起動したグラーフアイゼンをなのはへと叩き付けた。
咄嗟になのははプロテクションを張り、それを防いだものの、威力を殺すことまでは出来ずに吹き飛ばされ、屋上の金網へと激突した。
「っ!? なのは……っ!?」
「はぁっ!」
フェイトが心配するようになのはへと声を掛けている最中に、シグナムが起動したレヴァンティンを上段からの斬撃をフェイトへと放った。
「っ!?」
しかし、それを寸前のところでフェイトは回避すると、同じくバルディッシュを起動し、油断なくシグナムを見つめた。
「管理局に我らの主のことを伝えられては困るのだ」
「私の通信防御範囲から逃がすわけにはいかない」
シグナムとシャマルが僅かに俯きながら、二人を威圧するように言葉を放つ。
その姿に、フェイトは僅かに冷や汗をかいていた。
「ヴィータ……ちゃん……」
ヴィータからの一撃がまだ聞いているなのはは、一歩ずつ自分の方へと歩いてくるヴィータの名前を弱々しく口にした。
「邪魔、すんなよ。……もう、あとちょっとで助けられるんだ。はやてが元気になって、あたしたちのところに帰ってくるんだ」
ヴィータの口から漏れるのは、己が願いであり、慟哭であった。格好を私服からバリアジャケットへと変化させながら、歩みを進めるヴィータの頬からは涙が伝っていた。
その姿を、なのはは呆然と見つめていた。
「必死に頑張ってきたんだ。もう、あとちょっとなんだ。……だから……」
頬を流れた涙を飛ばすように、ヴィータは叫ぶ。
「邪魔、すんなあぁぁっ!」
振り上げたグラーフアイゼンにカートリッジがロードされ、薬莢が飛び出すと、ヴィータは有無を言わさずそれをなのはへと振り下ろした。
直後、轟音と同時に爆発が起こり、屋上の一角に炎が舞い上がった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
肩で息を吐きながら、ヴィータは眼前で燃えがる炎を見つめていた。
すると、炎の中から純白のバリアジャケットを纏ったなのはが姿を現した。その格好を見るに、先ほどの一撃のダメージはほとんど無かったようであった。
「……悪魔め……」
なのはの姿を見て、ヴィータが睨みつけながらそう言葉を口にした。
そんなヴィータの言葉を聞いても、なのはは怒るどころか、悲しげに歪んでいた表情をさらに歪ませていた。
「……悪魔でいいよ」
静かに呟きながら、なのはは未だ待機状態であったレイジングハートを起動し、それを両手で握った。それに答えるように、レイジングハートのカートリッジがロードされる。
「わかってもらえるなら、悪魔でもいいっ!」
そして、なのはとヴィータは上空へと舞い上がり、戦闘を開始した。
それを横目で見ていたフェイトは視線をシグナムへと戻し、バルディッシュを構える。
「《闇の書》は悪意ある改変を受けて、壊れてしまってます。このまま完成させてしまえば、はやては……」
「お前たちがあれをどう決め付けようと、どう罵ろうと聞く耳は持てん……」
「そうじゃないっ! そういうことじゃ……」
「聞く耳は持てんと言ったっ」
フェイトの言葉を一蹴するかのように、シグナムは私服姿からバリアジャケットを身に纏った。
「これ以上邪魔をするなら、斬り捨てて通るだけだっ!」
シグナムがそう叫びながら、レヴァンティンを構えた。
その姿を見て、フェイトはこのままでは説得は不可能だと判断し、同じようにバリアジャケットを纏った。
しかし、その姿はいつものフェイトとは違っていた。
「……薄い装甲をさらに薄くしたか」
シグナムがフェイトのバリアジャケットを見て、呟くように言った。
フェイトのバリアジャケットはいつものものと違い、さらに薄くなっていた。これが、フェイトがバルディッシュとともに考えた新しい戦闘フォーム――ソニックフォームであった。
「その分、早く動けます」
「緩い攻撃でも、当たれば死ぬぞ?」
「――あなたに勝つためです」
フェイトのまっすぐな言葉を聞き、シグナムは唇を噛んだ。
「もし違う出会い方をしていれば、私とお前は、良き友になれていただろうな」
「まだ間に合いますっ!」
「止まれん……もう、止まれんのだっ!」
「止めますっ! わたしとバルディッシュがっ!」
その言葉と同時、シグナムとフェイトの戦闘の火蓋が切って落とされた。
◆
しばらくの間、戦闘が行われていたが、両者の力はほぼ拮抗しているため、決着はなかなかつかない。
「シュート!」
「そんなもんっ!」
なのはが放った魔力弾をヴィータはグラーフアイゼンとプロテクションで防いだ。
(くそっ! 悔しいけど、こいつ強ぇ……最初に戦った頃とは段違いに成長していやがる)
攻撃を防いだヴィータは、悔しげに表情を歪ませながらも相手を賞賛した。持ち前の魔力量の多さに加え、中・遠距離からの砲撃魔法とバランスが取れており、経験こそ足りないものの、その力は一流の魔導師にも匹敵しうるものとなっていた。
ヴィータがそう考えていると、なのはがレイジングハートを構えた状態で声を掛けてきた。
「ヴィータちゃんたちが、はやてちゃんのために魔力を蒐集していたことはわかったよ。だけど、なんでその方法を選んだのかな?」
「……なんでそんなこと聞くんだよ?」
「答えて……」
「あたしたちは《闇の書》の一部だ。それが一番良い方法に決まってるんだよっ」
なのはの言葉にヴィータは答えた。
しかし、そう言いながらもヴィータは自分が言ったことに自信が持てていなかった。
――本当にそれが最善の選択なのか――
ヴィータが思い出したのは、黒衣の青年が言っていた言葉。そして、ヴィータが何度も考えていたことでもあった。
(何度も考えたんだ。だけど、それでも、あたしたちがやってきたことが最善のはずなんだ)
そうヴィータが思っていると、なのはが真剣な表情で口を開いた。
「――じゃあ、なんで本当の名前を呼んであげないの……?」
「……本当の名前……?」
なのはの言葉に、ヴィータは眉を顰め、首を傾げた。
(何を言ってるんだ、こいつは。……だけど、なんだ……すごい、引っかかる……)
なのはの言葉がヴィータには引っかかっていた。だが、それが何かわからない。
(《闇の書》の本当の名前なんて……いや、そもそも、いったいいつから《闇の書》なんだ……?)
何か自分が大事なことを忘れているように、ヴィータはなのはの言葉を聞き、感じていた。
「《闇の書》の本当の名前……」
ヴィータが考えるように静かに呟いた。
そんなヴィータをなのはは黙って見つめていた。
――そのとき、別の魔力反応が周囲を満たし、なのはがバインドによって拘束された。
「っ!? ば、バインドッ!?」
なのはがバインドを解除しようとするが、かなりの魔力が込められているため、そう簡単に解除することが出来なかった。
「なのは……っ!?」
それに気がついたフェイトが、シグナムとの戦闘を切り上げ、プラズマランサーを周囲へと生成し、油断なく辺りを見回した。
「……そこっ!」
フェイトはそう言うと、プラズマランサーを何もいない空間へと放った。
ズドンッ! という音が周囲へと響き渡り、プラズマランサーが消えた空間が歪んで見えた。
「はぁっ!」
フェイトは瞬時にその歪んだ空間へと近づき、ハーケンフォームとなっているバルディッシュの光刃を振るった。
すると、その歪んだ空間から一人の人物が姿を見せた。
「てめぇは……っ!?」
ヴィータがその人物の姿を確認すると、怒りの表情を浮かべた。
「そう何度もやらせないよ」
静かに呟いたフェイトが油断なくバルディッシュを構えた先には、《仮面の男》がフェイトの斬撃によってやられた箇所を押さえて呻いていた。
もう一押しでやれると思ったフェイトは、バルディッシュを手に相手へと突撃した。
――だが、それはもう一人の人物によって防がれた。
「やらせんっ!」
「っ!? がはっ!?」
そこへ、もう一人の《仮面の男》が姿を現し、フェイトの脇腹へと痛烈な蹴りを食らわせ、フェイトの小柄な体を吹き飛ばし、瞬時になのはと同じようにフェイトをバインドで拘束した。
「なっ!?」
そして、シグナム、ヴィータ、シャマルの三人は次への行動を決めかねているうちに、同じようにバインドで拘束されてしまった。
「なんで、こんなことを……っ!」
なのはが《仮面の男》たちに向かって言うが、それを二人は完璧に無視した。
「……通信妨害できる時間は限られている」
「わかっている。手早く済ませよう」
《仮面の男》たちがそう話すと、一人の《仮面の男》の手には《闇の書》が握られていた。
そして、《闇の書》を開いた。
「うぅあぁぁ……っ!?」
「ぐうぅぅ……っ!?」
「ああぁぁ……っ!?」
ヴィータ、シグナム、シャマルの苦悶の叫びが聞こえたかと思うと、三人の胸の前にはリンカーコアが出現していた。
(っ!? ま、まさか、三人の魔力を蒐集するの……っ!?)
驚愕の表情で三人を見つめていたフェイトは、すぐに動こうとするが、バインドで拘束された体では成すすべも無かった。
「最後のページはお前たちの魔力で補ってもらう。これで、全てが終わる」
《仮面の男》がそう言うと、《闇の書》の蒐集が始まった。
《闇の書》の輝きが強くなり、三人の魔力が《闇の書》へと流れ込み、それと同時に三人の苦悶の叫びが大きくなる。
「ごめんなさい……はやてちゃん……」
「不甲斐ないわたしをお許しください……我が主……」
シャマルとシグナムはそう呟きながら、《闇の書》へと蒐集され姿を消した。
「シャマル、シグナム! てめぇら、いったい何がしたいんだよっ!」
「人形ごときに言う必要など、あるはずもない」
「なにっ!? っ……ぐっ、うぅぁぁっ!?」
ヴィータが抵抗しようともがくが、願い叶わず魔力が蒐集されていく。
(ちっくしょ……ごめん、はやて。それに……ごめん、祐一……あんたの言ってたこと、もっとちゃんと聞いておけばよかった……)
頬に涙を浮かべ、ヴィータの姿は消えていった。
「貴様らーーっ!」
三人が消えたとき、上空から最後の守護騎士であるザフィーラが《仮面の男》へと叫び声を上げながら、自身の拳を振るった。
《仮面の男》は、まるで興味がないようにザフィーラの方を見もせずプロテクションで一撃を防いだ。それどころか、攻撃してきたザフィーラの拳の方がダメージを負っていた。
「そうか。もう一匹いたな」
そう《仮面の男》が静かに呟くと、ザフィーラからも魔力を蒐集し始めた。
「ぐっ!? うおおぉぉ……っ!」
「奪え」
ザフィーラが雄たけびを上げながら、最後の力を振り絞り、拳を振るった。
だが、その健闘も空しく、ザフィーラも同じように消えてしまった。
(こんなの……こんなのって、ないよ……)
なのはは何もできない自分の不甲斐なさから、瞳に涙を溜め、その光景を見つめていた。それは、フェイトも同じであった。
すると、守護騎士たちを蒐集し終えた《仮面の男》が二人へと視線を動かす。
「お前たちには少しの間、じっとしておいてもらおう」
そう話すと、なのはとフェイトにさらに追加でバインドで縛り、さらにはクリスタルケージで二人を覆い隠した。
「――終わりのときだ」
《仮面の男》がそう口にすると、魔力でヴィータとザフィーラが作られ、ヴィータは空中で十字架に貼り付けに、ザフィーラは床に倒れさせた。
「さぁ、《闇の書》の主、目覚めのときだ……」
「因縁の終焉のときだ……」
二人の《仮面の男》が静かに呟くと、その姿がなのはとフェイトの姿へと変化した。
これには理由がある。仲良くなったなのはとフェイトの姿となり、この後に行うことを、より心に深いダメージを負わせるためであった。
そして、何も知らないはやてが屋上へと召喚される。
「っ……なのはちゃん……フェイトちゃん……なんなん、これ……」
守護騎士たちが消えたことによって、《闇の書》の魔力が満たされたことによって、はやてには大きな負荷が今掛かっている。そのため、はやては苦しそうに胸を押さえながら、なのはとフェイトに姿を変えた偽者の二人へと声を掛けた。
「君は病気なんだよ、《闇の書》の呪いって病気……」
「もうね、治らないんだ……」
「二人とも……なにを……」
はやては苦しげに顔を歪めながら、困惑の表情を浮かべる。
この二人は、何を言っているのだろうか、と……。
「《闇の書》が完成しても、助からない」
「君が救われることは、ないんだ」
「……っ!?」
二人にそう言われ、今のこの状況からはやては理解した。
(……そうか。みんなは《闇の書》を完成させようとしとったんやな……)
それゆえのこの状況なのだろうと、はやては知らないながらも理解していた。そして、自身が助からないということも……。
「そんなんは、ええねん。ヴィータを放して……ザフィーラも……」
「この子たちね、もう壊れちゃってるの。わたしたちがこうする前から……」
「とっくの昔に壊された《闇の書》の機能を、まだ使えると思って、無駄な努力を続けてたんだ」
そのあまりにもな言葉に、はやては胸を押さえながらも言葉を返す。
「無駄ってなんやっ! シグナム、それにシャマルは……」
「…………」
二人が向けた視線を追い、はやては自身が座っている背後へと視線を向けた。
――そこで見たものは、
「……っ!?」
シグナムとシャマルの姿は無く、二人が着ていた衣服だけが、そこに残っていた。
(二人は……どこや……)
呆然と二人の衣服を見つめるはやてに、偽者のなのはとフェイトがさらに追い討ちを掛ける。
「壊れた機械は、役に立たないよね」
「だから、壊しちゃおう」
「っ!? やめて、やめて……っ!」
二人の言葉に、はやては涙を浮かべながら悲痛な声を上げた。
しかし、二人の声が冷淡に周囲に響き渡る。
「止めて欲しかったら……」
「力ずくでどうぞ……?」
僅かにほくそ笑みながら、二人は冷淡に言い放った。
「待って……なんで……なんでこんなん……っ!」
涙を拭うこともせず、歩けない体を引きずりながら、はやては二人へと手を伸ばした。
「ねぇ、はやてちゃん……」
「運命って、残酷なんだよ」
そう言いながら、二人は両手に魔力を込めた。
「だめ……やめて……やめてぇーー!」
はやての悲痛な声が周囲に響き渡った。
しかし、その願いが届くことはなく、屋上が魔力の光で満たされた。
「あ……あぁ……」
はやてが見たときには、ヴィータとザフィーラの姿もそこには無くなっていた。
(なんでや……なんで、こんな……わたしが……ヴィータたちが、なにをしたって言うんや……)
その場で俯き、はやては涙を流していた。
自分たちはただ平和に暮らしていただけであったのに、このようなことになり、この世の理不尽を今、はやては産まれて初めて呪いたくなってきていた。
「――それとね、はやてちゃん……」
偽者のなのはが口を開いた。
はやては聞きたくも無いのに、その声をはやては遮ることができなかった。
「ああ、そうだ。君が慕っている、黒沢祐一さんのことなんだけどね……」
「ゆういち、さん……」
その名前を聞き、思わずはやては顔を上げてしまった。
そして、偽者のなのはの口から決定的な言葉が放たれた。
「あの人――死んじゃったんだ」
「え……?」
「わたしたちが――殺したんだよ」
その言葉を聞き、はやての意識は黒く染まり、
「うああああぁぁぁぁ!」
悲痛なるはやての叫びが響き渡り、そこから膨大な魔力が放出された。
――遂に《闇の書》が目覚めた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
誤字脱字などございましたら、ご指摘をよろしくお願いします。