楽しんで頂けたら幸いです。
では、どうぞ。
祐一がリーゼアリアとリーゼロッテを撃破する少し前、管理局本局の一室で、時空管理局顧問官を務める重鎮――ギル・グレアムは疲れた表情でソファーに背を預けて座っていた。
(アリアとロッテは上手くやっているだろうか……)
今回の《闇の書》に関する一連の事件に関与しているグレアムは、自分に長年仕えている双子の使い魔のことを心配していた。
今回の一件は、グレアムが考えた《闇の書》の永久封印を行うために起こしたものであった。
初めは成り行き任せな部分もあったが、全てはグレアムが考えていたシナリオどおりに事が運んでいる。後は《闇の書》が暴走を始める寸前で、アリアたちに渡した《闇の書》を封印するための切り札として制作したデバイスである、氷結の杖《デュランダル》で封印を施し、それを次元の狭間へと閉じ込めることで、グレアムの願いは果たされる。
(《闇の書》は、主ごと次元の狭間へと永久に封印され、それでお終いだ。私の悲願も、そして、八神はやての人生も……)
《闇の書》をその主ごと永久に封印するため、八神はやての人生は、これで終わったようなものであった。
そのことで、グレアムは悩み続けていた。
一人の少女を犠牲にしてまで、《闇の書》を封印することが正しい行いなのかと。
(……はは、決まっている。そんなものが正しいはずもない。そんなことは、初めから分かっていたことだ)
グレアムは、自嘲気味に笑みを浮かべた。
そして、机の上に置いていた写真を手に取った。
そこには、三人の人物が写っていた。一人は今よりも若いリンディ・ハラオウンであり、その横にはリンディと同い年ぐらいの男性の姿があり、幼いクロノを抱きかかえていた。
クロノを抱きかかえている人物である――クライド・ハラオウンこそが、グレアムの"罪"であり、グレアムが今回の一件を起こす原因となった人物であった。
「……今の私を見たら、君はなんというかな、クライド」
そんな風に口を開いたグレアムは、疲れからかさらに老いたようであった。
――そんなグレアムに声が掛けられた。
「そりゃあ、今のあなたを見たらクライド・ハラオウン氏も悲しむでしょう」
「っ!?」
驚き、グレアムが声のした方へと視線を向けると、そこには、管理局の制服の上に白衣を羽織った、壮年と呼ぶにはまだ若い男性が部屋へと入ってきていた。最近では珍しい、モノクルを掛けていた。
グレアムはすぐに驚きから回復すると、ソファーに深く腰を掛け、その人物へと声を掛けた。
「――部屋に入るときはノックぐらいしたらどうかね?」
「それは申し訳ありません。なにやら"考え事"をしているようだったので……鍵も空いていましたので思わず……」
「……そうかね。まぁ入りたまえ。何か話があるのだろう?」
「では、お言葉に甘えて……失礼します」
僅かに笑みを浮かべながら、男性はグレアムに進められて彼の対面のソファーへと腰を下ろした。
そして、男性が腰を下ろすと、グレアムが静かに口を開いた。
「それで、わざわざここに来たということは、もう知っているのだろう……? ――リチャード・ペンウッドくん」
グレアムの言葉に、白衣の男性――リチャード・ペンウッドは僅かに笑みを浮かべた。
「あのグレアム提督に名前を覚えていただいているとは光栄ですね」
「謙遜することはないさ。君はとても優秀だと聞いていたからね。その格好もあって、君は局内では結構有名人だよ」
そんなグレアムの言葉に、リチャードは苦笑を浮かべた。
「あなたのような有名な提督からそう言われるとは、私も嬉しい限りです」
「はは、そう煽ててくれるな。私など、ただ経験が長いだけの老兵だよ」
二人はそんな風に言い合うと、同じように苦笑を浮かべた。
そして、しばらく笑いあうと、リチャードが笑みを消し、真剣な表情となった。
「――本来ならば、世間話にでも花を咲かせたいのですが、そうも言っていられません」
「…………」
グレアムも同じように真剣な眼差しで、リチャードを見つめていた。
「私がここに来たのは、ギル・グレアム顧問官――あなたを捕縛するために来ました」
「そうか。……ならば、"今回の一件"については全て知っているのかな?」
「だいたいのことは。……仇討ちですか?」
リチャードの言葉を聞き、グレアムは息を吐き、僅かな時間目を閉じていたが、静かに目を開けた。
「……ああ、そのとおりだよ」
静かに口を開いたグレアムは、リチャードへと独白するように、今回の一件についての真相を話した。
過去にリンディ・ハラオウンの夫であり、クロノの父であるクライド・ハラオウンを《闇の書》の暴走により、失ってしまった。
その一件をグレアムは、自身の判断ミスと深く思い詰め、《闇の書の永久封印》を目標に今日まで調査を進め、八神はやてが現在の《闇の書》の主であることを突き止めた。
そして、今回の一件を画策したのだと、グレアムは懺悔するように語った。
「――私は償いたかったんだ。それが一人の少女を犠牲にすることだったとしてもね」
「だが、あなたは優しすぎた。だからこそ、その天涯孤独となった少女を、"父親の友人"として助けることを選んだ」
「……偽善だな」
俯くグレアムをリチャードは真剣な眼差しで見つめた。
そして、静かに息を吐くと、ポケットから煙草を取り出し、おもむろに火をつけた。
「封印の方法は、《闇の書》の主ごと凍結させ、次元の狭間などに閉じ込める。というところでしょうかね」
「流石だね、その通りだよ」
リチャードの言葉に、グレアムが静かに頷きを返した。
煙草の紫煙を吐き出しながら、リチャードは口を開いた。
「それが違法だとか、違法じゃないとか、私にはそんなことはどうでもいいです。今回の事件を起こすようなくらいですから、グレアムさんの想いなども私にはわからない。……ですが、それでもあなたにはこれだけは聞いておきたい。――《闇の書》の永久封印を行った後は、どうするつもりだったんですか?」
「……どういうことかね?」
「凍結の解除は、そう難しいものではないはずです。そうであれば、どこに隠そうと、どう守ろうと、結局、誰かが悪用、もしくは使用しようとするでしょう」
「…………」
リチャードの言葉に、グレアムは僅かに驚いた表情を浮かべていた。
そんなグレアムを見つめつつ、リチャードは話しを続けた。
「そのような一時凌ぎな方法では、結局、誰かが見つけるに決まっています。《闇の書》の力は膨大で、その名前は広く知られている。そのような強い力は必ず、何かを引き付けてしまう。良くも悪くもね。だから、あなたがやろうとしていることは、間違っているんですよ。その方法では、誰も救われない……」
リチャードの言葉を、グレアムは黙って聞いていた。
(――焦っていたのだな、私は。そんなことも思いつかないとは、な……)
自嘲気味な笑みを浮かべながら、グレアムはそう思っていた。
リチャードの言葉は全て的を射ており、《闇の書》をいくら厳重に封印したとしても、必ず誰かが封印を解いてしまう。
だからこそ、《闇の書》は呪いの書などと呼ばれもしているのだ。
グレアムは、少しの間顔を俯かせた後、静かに口を開いた。
「……しかし、それならば、どうするのかね? このまま手をこまねいて見ていろというのかね?」
グレアムの言葉は最もであった。
現に今、地球では《闇の書》が暴走を始めており、それを止めなければならない。
そんなグレアムの言葉を聞き、リチャードは加えていた煙草を自身が持っていた携帯灰皿へと押し込んだ後、口を開いた。
「手がないわけではないですが、分の悪い賭けになってしまうでしょう。まずは、八神はやての意識を取り戻させることが先決でしょうな」
「できるのかね?」
「それはわかりません。いずれにしても、私たちに出来ることは、今、現場で戦っている者たちのために情報を集めることと、祈ることしかありませんよ」
「……そうか……」
リチャードの言葉に、グレアムは息を吐いた。
「少ししか力になれないかもしれないが、今、地球にいる私の使い魔たちが《闇の書》を封印するために準備した切り札を持っている。それを使ってくれるよう、地球にいる管理局員に伝えてくれないかね?」
「了解しました。伝えておきましょう」
そう話すと、リチャードはソファーから腰を上げ、扉の方へと歩いていく。
そんなリチャードの背中を見つめながら、グレアムは声を掛けた。
「……私がこんなことを言うのもおかしな話だが、どうか、八神はやてを救ってあげて欲しい」
リチャードが振り返ると、グレアムが頭を下げていた。
「おそらく、それは大丈夫でしょう」
「……どうして、そう思うのかね?」
リチャードは僅かに笑みを浮かべ、グレアムの質問に答える。
「"あいつ"が救うと言っていました。なら、必ずあいつはそれをやり遂げるはずです」
「"あいつ"――《黒衣の騎士》黒沢祐一のことかね?」
グレアムの言葉に、リチャードは頷きを返した。
「それに、あいつには信頼できる仲間もいるようですしね」
「そうか。……なら、彼とその仲間たちを信じよう」
グレアムはそう言いながら、笑みを浮かべていた。
肩の荷が下りたのか、その表情は憑き物が落ちているようであった。
そんなグレアムを見つめながら、リチャードは再度口を開いた。
「グレアム提督、申し訳ないが、あなたにはここでしばらくの間、大人しくしてもらうことになります」
「構わないよ。それだけのことをしたのだからね」
「では、私はこれで失礼します。先ほどの件も連絡しておかなければならないので」
「ああ。ありがとう、リチャードくん」
グレアムの言葉に返事をし、リチャードは部屋を後にした。
(グレアム提督にはああ言ったものの、懸念点も存在する。祐一が"本気"を出せるかどうか、それが問題だ)
廊下を歩きながら、リチャードは思考する。
確かに祐一は絶大な力を誇るが、それでも力をセーブして戦っている。しかし、いくら祐一とて、《闇の書》を相手に、その状態で戦えるとは思えなかった。
(……いや、祐一も前へと進もうとしている。きっと大丈夫なはずだ)
リチャードはそう結論付け、祐一のことを頭の片隅へと追いやると、自分がやるべきことをやるために、歩みを速めた。
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