楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。
「……んっ……ここは……」
フェイトはぼんやりとした思考で、視線だけをゆっくりと動かし、周囲を見渡した。
天井を見ると、星の形をした模様が星座を現しており、また、その模様は暗がりだと薄く光って、子供が喜びそうな造りとなっていた。
(ここ、どこだろう……? 気のせいかな。少し、懐かしい感じがする……)
ぼんやりとした思考のまま、フェイトはそんなことを感じていた。
そして、しばらく時が経ち、次第にフェイトの思考も戻ってきた。
フェイトは寝ていた体勢を起こし、改めて周囲を見渡した。そして、クリアになった頭の中で今、自分がどこにいるかを思い出してきた。
(……わたしが闇の書に攻撃を加えようとして、それで吸収されちゃったんだ。そして、わたしを助けるために祐一も……)
フェイトはそこまで考えて、ハッと表情を変え、自分の周辺に祐一の魔力反応が無いことに落胆の表情を浮かべた。
(祐一のことだから、きっと、無事だよね……)
フェイトは黒衣の青年の大きな背中を思い出しつつ、彼の無事を祈った。
そうして、思考の渦から抜け出し、ふと今の自分の状況を思い出し、ベッドから降りようと手を突き、
(あれ……? 隣に誰か……っ!?)
大きなベッドで自分といっしょに寝ている者たちに気付き、僅かに息を飲んだ。
一匹は自分の使い魔であるアルフの子犬形態であったことから、そこまでの驚きはない。問題は、アルフを挟んで隣で寝ている"少女"だった。
「な、なんで……」
あなたが、と思わず呟いたフェイトの視線の先にいた少女の顔立ちは、"フェイトと瓜二つ"だった。
ありえるはずのない邂逅。"この少女"とフェイトは出会うはずがない運命なのだ。
――なぜなら、"この少女"が生きているのであれば、フェイトはこの世に生まれていなかったのだから。
「アリ、シア……」
フェイトは、自分と瓜二つの少女――"アリシア・テスタロッサ"の名前を小さく呟いた。
(なんで、ここにアリシアがいるの……?)
混乱するフェイトを余所に、アルフとアリシアは未だ眠ったままだ。
フェイトは混乱しながらも、自分が置かれている状況を整理しようと思考を動かした。
しかし、すぐにそれは中断されることになった。
「フェイト、アリシア、アルフ。そろそろ起きて下さい。朝ご飯の準備が出来ましたよ」
そう部屋の扉を開けながら入ってきたのは、大人びた女性だった。
そして、フェイトはその女性の姿を見て、さらに驚愕の表情を浮かべる。
「リニ、ス……?」
「はい。リニスですよ。おはようございます、フェイト」
まだ寝ぼけていると思ったのか、リニスは部屋のカーテンを開けると、フェイトに笑顔を向けてきた。
そんなリニスの笑顔を見て、フェイトは驚きながらも、二度と会えないと思っていたリニスと出会え、嬉しさを感じていた。
(だけど、なんでリニスが……?)
フェイトは驚きながら、頭の中で考えを整理しようとするが、今の状況に対する色々な気持ちがない交ぜとなり、上手く考えをまとめることができなかった。
「? どうしたんですか、フェイト?」
リニスがそんなフェイトの様子を不思議に思ったのか、首を傾げていたが、フェイトは心ここにあらずな状態となっていた。
「ふぁ~、おはよう、リニス」
「あ、おはようございます、アリシア」
「おはよ~リニス」
「アルフもおはようございます」
リニスはフェイトの様子も気になっていたが、アリシアとアルフも目覚めたので、笑顔を浮かべながら挨拶を返した。
「フェイトもおはよう」
リニスに挨拶をしたアリシアがフェイトにも笑顔で挨拶をしてきた。
「あ、おはよう」
「? どうしたの、フェイト……?」
ぎこちなく挨拶を返したフェイトに、アリシアは僅かに小首を傾げた。
その横でアルフは大きくあくびをした。
「う~眠い~」
子犬形態であるため、自身の前足で顔を掻きながらアルフは、眠たげな声を上げる。
「もう、また二人とも夜更かししたんでしょ」
「ちょっとだけだよ~」
「ねぇ~」
苦笑を浮かべつつ注意するリニスに、アリシアとアルフはそう言葉を返す。
すると、リニスは苦笑を微笑みに変えながら口を開いた。
「もう。少しは早寝早起きのフェイトを見習ってほしいですね。アリシアは"お姉さん"なんですから」
「むぅ~」
リニスのそんな物言いに、アリシアは可愛らしく頬を膨らませる。
そんなやり取りをフェイトは、複雑な気持ちで見つめていた。
「あ、リニス……」
「はい。なんですか、フェイト」
思わずといった感じで、フェイトはリニスを呼んでしまったが、そんなフェイトにもリニスは微笑みを浮かべながら、言葉を返した。
そんなリニスの反応を見た後、フェイトは少しだけ恐々とアリシアの方へと視線を向ける。
「アリシア……」
「うんっ」
呟くように名前を呼んだフェイトに、アリシアは笑顔で頷きを返した。
そして、フェイトはアリシア、リニス、そしてアルフに視線を向けた後、今、自分が知りたいことを聞いてみることにした。
「あの、わたしのバルディッシュは……?」
「ばるでぃっしゅ……?」
「なにそれ?」
「な、なにって……じゃ、じゃあ、祐一は……?」
立て続けに何事かを言っているフェイトの言葉を聞きながらも、アリシアとアルフはフェイトを不思議そうな顔で見つめていた。
(やっぱり、この世界は闇の書が作り出したものなんだね)
薄々感じていたが、この世界は本物の世界ではなく、闇の書によって作られた世界なのだとフェイトは思っていた。
そうフェイトが考え事をしていると、リニスが苦笑を浮かべながら口を開いた。
「ふぅ~先ほど言ったことは訂正しないといけませんね。今日はフェイトもお寝坊さんのようです」
リニスはやれやれ、という風に首を振ると、
「二人は早く着替えて、朝ご飯にしましょう。中庭で"プレシア"も待っていますから」
「っ!?」
リニスの言葉に、フェイトは思わずビクッと体を震わせた。
「母さん……」
フェイトはもう二度と会うことはないと思っていた、自分の母親の顔を思い浮かべながら、思わず胸に手を当てていた。
◆
(やっぱり、ここは《時の庭園》――わたしが暮らしていた場所)
フェイトは周囲を見回し、緑豊かな懐かしい風景に込み上げてくるものを感じた。
今、フェイトはリニスたちとともに、自分とアリシアの母親であるプレシア・テスタロッサが待っているという、中庭へと歩みを進めていた。
先頭を歩くのはリニス。フェイトやアリシアたちに合わせるようにゆっくりと歩みを進めながら、たまに後ろへと振り返り、フェイトたちの様子を見ては、優しげに微笑んでいた。
先頭のリニスに続くのは、アルフと元気よく走ったり止まったりしているアリシアだ。こちらもたまにフェイトの方へと視線を向けると、微笑みを浮かべてフェイトの名前を呼んできたりした。
そんなリニス、アリシア、アルフの姿を最後尾から眺めながら、フェイトの心は戸惑いと、自身が望んでいたものに幸福を感じてもいた。
(ここには、アリシアがいて、リニスもいて、アルフもいる)
そして、とフェイトが向けた視線の先、腰まであろうかという長髪の女性が中庭の椅子に腰掛けていた。
「……母さん……」
フェイトは誰にも聞こえないほどの声で、静かに呟いた。
そんなフェイトには気付かないアリシアは、先頭を歩いていたリニスを駆け足で追い抜き、プレシアの下へと向かった。
「ママ、おはようっ」
「おはよう」
元気なアリシアの挨拶に、プレシアは優しげな表情で挨拶を返した。
このような表情のプレシアをフェイトは、僅かしか見たことはなかった。
「おはよ~」
「おはよう、アルフ」
「プレシア、困りましたよ。明日は嵐になるかもしれません」
「……? どうしたの、フェイト」
苦笑を浮かべながら、そう言葉を口にするリニスの話しを聞きながら、プレシアは首を傾げながら、視線をフェイトへと向けた。
しかし、その表情は優しげで、フェイトが数えるほどしか見たことのないプレシアの姿だった。そのせいもあるのだろう、フェイトは思わず、立っていた柱の影に隠れてしまう。
「どうやら怖い夢でも見たようで、今が夢か幻か何かだと思ってるみたいですよ」
「勉強のしすぎとか?」
リニスは、フェイトが怯えている理由をそう解釈し、アリシアはそこまで心配していないのか、席に着きながら、そんなことを口にした。
そんな二人の言葉を聞き、プレシアは未だに隠れているフェイトへと両腕を広げた。
「いらっしゃい、フェイト」
「…………」
そんな風に優しく微笑みを浮かべるプレシアに、フェイトは観念したようにそちらへと近づいてく。
(わたしは、こんな優しい母さんは知らない。こんな母さんは……)
フェイトはプレシアの前まで来たものの、自身が知っているプレシアの姿とは違うプレシアにと目を合わせることが出来なかった。
「怖い夢でも見たのね」
そう口にしながら、プレシアは手を伸ばし、フェイトに頬を優しく触れた。
「っ!?」
フェイトは思わず、その手を避けるように後ずさった。
(あっ……)
フェイトはしまったというように、表情を歪めたが、それでもプレシアは静かに笑みを浮かべいた。
「大丈夫よ。母さんもアリシアもリニスも、みんなあなたの側にいるわ。だから、大丈夫」
「あっ……」
プレシアの優しい言葉を聞き、フェイトは思わず声を上げた。
フェイトが知っているプレシアは、こんなにも優しく声を掛けてくれることはなかったからだ。フェイトが知っているプレシアは、ひたすらに自分に厳しく、優しげな表情を浮かべることなどなかった。
今のプレシアは、まさにフェイトが望んでいた優しい母親そのものだった。
「さぁ、席に着いて、朝ご飯をいただきましょう」
プレシアの言葉に、フェイトは黙ったまま席に着いた。
(……違う。これは夢だ。母さんはわたしにこんな風に笑顔を向けることなんてなかった。それに、アリシアもリニスだって、もうこの世にはいない。……だけど、これは……)
黙ったまま、フェイトは瞳を動かした。
そのフェイトの瞳には、優しげに微笑を浮かべながら話しをするプレシアとその話しを聞きながら同じように微笑みを浮かべているアリシア、さらにそんなみんなに給仕をしながら話しを聞いているリニスとおいしそうに朝食を食べているアルフの姿があった。
(……わたしが、ずっと、望んでいた時間だ)
フェイトが望んでやまなかった優しい"家族"との何気ない一時。こんな普通の家庭にあるような時間が、フェイトはずっと望んでいた。
そう思うと、フェイトの瞳には涙が浮かび始めていた。
(何度も、何度も、夢に見た時間だ)
堰を切ったように、フェイトの瞳からは涙がポロポロと零れ落ちていく。そんなフェイトの様子を見て、みんな心配そうにフェイトへと寄り添って声を掛けるが、今のフェイトには聞こえていなかった。
フェイトは、幼子のように零れる涙を拭いながら、しばらくの間、泣き続けた。
◆
しばらくの間、泣き続けたフェイトはようやく落ち着きを取り戻し、朝食を取った後、ここが落ち着くからという理由で、中庭にある大きな木に寄りかかって空を見上げていた。
そんな落ち着きを取り戻したフェイトを見て、少しだけ安心したのかプレシアとリニスは、フェイトとアリシアを残し、家の中へと入っていった。二人ともアリシアがいれば大丈夫だろうという気持ちになったようであった。
そんな風に思われているとは露知らず、アリシアは部屋から持ってきた本を地面へと広げ、芝生に寝転がりながらそれを読んでいた。
フェイトはそんなアリシアを見て少しだけ微笑むと、また空へと視線を戻した。
「……あれ? 雨、降りそうだね」
アリシアの言葉どおり、空には濃い雲が空を満たし始め、まだ音は遠いが雷も鳴り始めていた。
「フェイト、帰ろう?」
アリシアは寝転がっていた芝生から体を起こし、服に付いていた葉を払いながらフェイトへと声を掛けた。
しかし、しばらく経ってもフェイトからは返事はなく、眉を顰めながらそちらへと視線を向けると、フェイトは変わらず空を見上げていた。
「フェイト……?」
「アリシア、わたしは、まだしばらくここにいるよ」
「そうなの? ……じゃあ、わたしも」
そんなフェイトの言葉を聞き、アリシアは本を手に持ちフェイトが背を預けている木に同じように座った。
「いっしょに、雨宿り」
アリシアの言葉が示すとおり、雨が降り始めた。そんなことも楽しいのか、アリシアの声は弾んでいた。
立派な木が雨から二人を守るように、雨粒を跳ね返す音だけが周囲に響く。フェイトとアリシアに言葉はなく、ただ、雨音だけが大きな音を立てていた。
二人はしばらくの間、そうしていたが、フェイトが意を決したようにアリシアへと声を掛けた。
「ねぇ、アリシア。……これは、夢、なんだよね……?」
「…………」
フェイトの言葉に、アリシアは無言。フェイトもアリシアの方へは視線を向けず、一人で話しをしているかのようであった。
しかし、それでもフェイトは言葉を紡いでいく。
「わたしとあなたは同じ世界にいない。あなたが生きていたら、わたしは生まれなかった」
「……そうだね」
「母さんもわたしにはあんなに優しくは……」
「ううん。それは違うよ、フェイト」
フェイトの言葉を遮るように、アリシアが言葉を返す。
「確かに、初めはそうだったかもしれない。……だけど、ママは確かにフェイトを愛してたよ」
アリシアの言葉を聞き、フェイトはプレシアが虚数空間へと落ちていく間際に言った言葉を思い出していた。
――フェイト、本当は私、あなたのことが大好きだったのよ。
そう最後に言い残し、プレシアはこの世を去った。
「そう、だね。母さんは最後にはわたしを愛してくれた」
「うん。だけど、"あの人"は優しすぎたんだ。……だから、わたしが死んでしまって、心が壊れてしまった」
「……うん」
最後はフェイトのことを愛してくれたかもしれないが、それまでのプレシアには狂気があった。優しいが故に、あそこまで心が壊れてしまった。
「ねぇ、フェイト。夢でもいいじゃない。ここにいよう」
アリシアがフェイトへと、そう声を掛ける。それはとても甘美な言葉だった。
「ここでなら、わたしも生きていられる。フェイトのお姉さんでいられる。母さんとリニスとアルフ、みんなでいっしょにいられるんだよ? フェイトが欲しかった幸せ、みんなあげるよ」
その言葉に、フェイトの心は確かに揺れた。
(わたしの、欲しかった幸せ。母さんがいて、アリシアいて、リニスがいて、アルフがいる幸せな世界……)
確かにこんなに幸せな世界は、これ以上ないだろうと、フェイトは心の中で思った。
(だけど……それでもこれは"夢"だ。わたしの現実は、生きている世界は、ここじゃない)
そう心の中で反芻し、フェイトはアリシアの言葉に静かに首を横に振った。
「ごめん、アリシア。やっぱり、わたしはここにはいられない。……わたしは行かなくちゃ」
自然と涙を零しながら自身の想いを口にしたフェイトに、アリシアは寂しげな表情を浮かべたが、すぐに微笑みを浮かべて、握っていた手をフェイトへと差し出した。
その手には、フェイトのデバイスであるバルディッシュがあった。
「うん、わかってたんだけどね。フェイトならきっと、"そっち"を選ぶんだろうって」
微笑みを浮かべながら、そう話すアリシアにフェイトはたまらず涙を零す。
ごめんね、と泣きながら告げるフェイトをアリシアはその小さな体でフェイトを抱きしめる。すると、フェイトはさらに大粒の涙を零しながら、口を開いた。
「ありがとう。……ごめんね、アリシア」
そんなフェイトを抱きしめながら、あやすようにトントンとアリシアは優しく背中を叩いた。
「いいよ。だって、わたしはフェイトのお姉ちゃんなんだから」
そんなアリシアの言葉を聞きながらも、フェイトは涙を零し続けていた。
「それに、待ってるんでしょ。優しくて、強い友達と、大切な人が……」
「……うん……」
アリシアを抱きしめながら、フェイトは静かに、しかししっかりと頷いた。そんなフェイトを見て、アリシアはさらに笑みを深める。
「だったら、いってらっしゃい」
「……うん。ありがとう、アリシア」
フェイトがお礼の言葉を述べると、アリシアの体が光輝き始めた。
「現実でも、フェイトとこんな風にお話したり、いろいろしてみたかったなぁ」
そして、その言葉を最後に、アリシア・テスタロッサはこの世から姿を消した。
「ありがとう、アリシア」
フェイトはまるでアリシアがその場にいるように、両腕を抱きしめた。
「いってきます」
そして、今まで泣いていたのが嘘のように、力強い瞳でそう言葉を口にし、その場を後にした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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