side フェイト
リニスがいなくなり、祐一がここを出て行ってから半年が経った。二人がいなくなってすぐの頃は、寂しくて泣いちゃう時もあったけど、今では現状の生活にも慣れてきていた。
二人はいなくなってしまったけど、アルフは変わらずわたしの傍に居てくれて、わたしが無茶をしそうになったりした時は助けてくれるし、持ち前の明るさでわたしを励ましてくれたりしてくれて、わたしを必死で元気付けようとしてくれている。
そんなアルフの心遣いがわたしは嬉しかった。
もし、わたし一人だけだったなら、心が折れてしまっていたかもしれない。……アルフがいてくれて、本当によかった。
この半年間、わたしはアルフと共に、母さんから頼まれる"お使い"によく行くようになった。
あるときは実験の材料、またあるときは書物や文献といった物を、わたしはアルフと二人で探しに行っていた。
その"お使い"は苦ではないけど、以前にも増して、母さんはわたしとの会話を避けるようになっていた。……そっちの方が、よっぽど辛かった。
リニスと祐一の二人がいなくなってから、母さんはほとんど部屋から出てくることはなくなった。
以前にも増して、研究に没頭しているようだ。
――実験と研究が行き詰るごとに、母さんは苛立ちや怒りを隠さなくなって、リニスや祐一がいたときに比べて、私達の家は……なんだか……暗くなっていった。
「なんだよ、もう! 言われた通りの物を探してきたってのに!」
さっき、母さんに頼まれてお使いに行ってきたけど、それが母さんの必要としている物ではなかったみたいで、わたしは怒られてしまった。
わたしはそんなに気にしていなかったけど、アルフはそんな母さんの理不尽さに怒っていた。……わたしのために怒ってくれていると思うと、胸が熱くなった。
「仕方ないよ。母さんが見たいことが載ってなかったんだから……」
「だからって、怒ることないじゃないか! あたし達は頼まれただけで、フェイトは何も悪いことしてないんだから!」
アルフはが頭を掻きながら、母さんへの怒りを募らせる。
アルフがわたしのためを思って怒っていることは分かっているけど、わたしはどうしても母さんを責める気にはなれなかった。
「あ~もう! こんなときにリニスか祐一がいてくれたら……リニスならあの鬼ばばを叱ってくれるだろうし。祐一なら窘めてくれるのにさ!」
「アルフ、汚い言葉を使わないで」
アルフの言葉に、わたしは思わず語気を強めてしまった。
「……へ~い」
そんなわたしの反応に、アルフはバツが悪そうに頭を掻きながら言葉を返してきた。
アルフの言葉を聞き、わたしはいなくなってしまった二人のことを考える。
祐一は母さんの依頼が達成したから自分の故郷に戻っただけだけど、リニスは半年経っても戻ってくることはなかった。
わたしとアルフは、なんとなく、あの日何が起こったか、どうしてリニスがいなくなったのかに気付いていたけど、わたしもアルフもお互いに、それを口に出すことはしなかった。……ただの悪あがきだと分かっていても、"事実"を認めたくなかった。
《庭園》は、祐一とリニスがいたときの場所から移動を始めている。……二人と一緒に過ごした場所からの移動は、少し寂しかった。
そしてここ最近、わたしは依頼を終えて帰っていった祐一のことをよく思い出すようになっていた。――あの、厳しくも優しい青年のことを――。
「祐一、今はなにしてるんだろう……?」
わたしの呟きに反応したアルフが言葉を返してくる。
「さぁ? 祐一は《便利屋》っていう仕事をしてるって言ってたね。あの仏頂面で困ってる人を助けてるんじゃないのかね?」
アルフの言葉にわたしは思わず笑ってしまった。仏頂面で人を助ける祐一の姿を想像してしまったのだ。――なんだか、有り得そうな光景だと思った。
「仏頂面は言いすぎだよ、アルフ? 祐一はああ見えて、結構表情が豊かなんだよ?」
わたしはアルフにそう言葉を返す。
祐一は、一見無表情に見えるが、ああ見えて感情が結構ストレートだとわたしは感じていた。
出会った当初はわからなかったけど、一緒に暮らしているうちに、なんとなくだけどそんな気がしたのだ。現に嬉しいことがあったら、微妙に笑みが増えているし、悲しいことがあったら、少しだけ眉間に皺が寄っていたりする。
そんな祐一を見ているのも、わたしは楽しかった。
「そうかなぁ?」
「そうだよ」
そんな祐一のことを思い出しながら、アルフと二人で笑っていた。
祐一と初めて出会ったのは、母さんの依頼で祐一がリニスと一緒に私の教育係りになったときだった。
あの時、わたしは初めて母さん達以外の人と面と向かって会うことになって、とても緊張していた。そして、実際に初めて祐一と会ったとき、正直な話、わたしは少し怖かった。
祐一が、わたしが初めて会う男の人だったこともあったし、それに祐一はとても大きかった。
祐一と出会って、わたしが何も言えなくなっていたら、祐一は身を屈め目線を合わせて、ぎこちないながらも笑みを浮かべてくれて、握手してくれた。
――今でも、そのときの祐一の手の温もりと大きさは忘れられない。
そして教育が始まると、祐一はいろんなことを教えてくれた。
勉強や魔法を教えている最中はとても厳しかったけど、分かりやすく丁寧に教えてくれた。
わたしが上手く出来たときなどは、「良くやったな」と、わたしの頭を優しく撫でて褒めてくれたりもした。
わたしは祐一に褒められたり、撫でられたりするのが大好きだった。正直、恥ずかしいときもあったけど、それでも心が温かくなっていくのを感じていた。
祐一のようになりたくて、祐一がやっていることを真似したりするようなこともあった。祐一が朝からトレーニングをしているのを目撃してから、早起きして祐一と一緒にトレーニングしたり、祐一のトレーニングを眺めているのことが、いつしか、わたしの日課になっていた。
祐一は「まったく……」と、溜息をつきながらも、最終的には苦笑しながら許してくれた。
模擬戦でも、わたしは一度も祐一に勝ったことがなかった。祐一に負けることが悔しかったので、それを祐一に言ったら、「そんなに簡単に負けられるか」と言いながらわたしにデコピンした後、「だが、その気持ちは大事にしろ」と、少し嬉しそうに微笑んでいた。
祐一はとても強かった。
一度だけ、アルフと一緒に戦ったときだけは勝てると思ったけど、それでも祐一には届かなかった。結局、祐一はこちらにいる間はデバイスを全く使用しなかった。
それはまだわたしが、祐一と戦うにはデバイスなしで十分と判断されたようで、とても悔しかった。
わたしは、いつか必ず、祐一と並び立てるような立派な魔導師になりたいと思った。
まだ半年しか経っていないのに、祐一がいたのが、もう、ずいぶん昔のことのように感じていた。
祐一が来てからの一年間はとても楽しくて、大切な時間だったんだなと、最近とても感じるようになっていた。
母さんは今でも研究を続けており、これからも"お使い"などが増えていくんだと思う。
確かに、今は研究が忙しくて、全然構ってはくれないけど、きっとそれが終われば、また昔の優しい母さんに戻ってくれるはずだ。
――わたしはそう思い、母さんのためにこれからも頑張っていこうと、心に決める。
祐一、リニス――わたし、頑張るから。祐一やリニスに自慢出来るくらい――頑張るから。
「――だから、応援しててね。……祐一、リニス」
そう呟いたわたしの言葉は誰の耳にも届かず、虚空へと消えた。
side out
このときの少女はまだ何も知らなかった。
自分が今後、大きな出来事に遭遇することになるとは。
《黒衣の青年》を想う少女は何も知らなかった。
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