少女が生まれ変わって魔王になる物語   作:あじぽんぽん

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彼から見た魔王 その2

「魔族の代表者だと?」

 

 それはドワーフ族の彼が人族の王に呼ばれ、各種族の代表者たちが席に着く広い会議場で伝えられたことだった。

 

 魔族の女が、魔の国に設置した転移陣を使ってこの王宮に現れた。

 

 女はかなり凶暴で拘束こそできたものの、対応した兵士たちに少なくない被害がでていた。

 しかも呆れたことに、暴れるだけ暴れておいて、魔の国の代表として人族との和平交渉を行いたいと言っているのだ。

 あまりに突拍子のない話に、流石の彼でも驚きを隠せなかった。

 女について不可解なことがまだあった。

 転移陣は今朝がた兵士を魔の国に送るために使われたばかりで、連続使用ができるものではなかったはずだ。

 それに魔族の者が転移陣を抜けてきたということも問題であった。

 魔の国で陣地を築き、転移陣を守っていた大勢の兵士たちは、いったいどうしたというのだろうか?

 たとえ女がこっそりと陣地に忍びこみ、運良く転移陣を起動できたとしても、発動の際にでる魔力の光ですぐに発見され拘束されるはずだ。

 何千人もの兵士たちを倒して陣地を制圧しないかぎりは……魔王を討ち取られた魔族にそれだけの戦う力が残っているとは考えにくかった。

 

 それらのことは当然、議題にあがったが、連絡を取る手段がない以上は確認の取りようがなかった。

 エルフの女王がドワーフ族の彼に視線を飛ばしたが、彼は無言を貫き、彼女も特に何かを言ってくる様子はない。

 

「ふん、たかが魔族の女が一匹だけだろう。いかようとでもなるのではないか?」

 

 会議が紛糾し、意見も出し尽くし、静寂が支配する会議場の中、そう発言したのは獣国の皇太子だった。

 二メートル近い筋肉質な肉体に褐色の肌、そして尖った獣耳というわかりやすい特徴。

 獣人種である。

 大きな唇を不敵につりあげ、剥きだしにした鋭い牙が、彼の内に秘めた凶暴性と野蛮な野生を強調しているようだった。

 

 獣国の皇太子の言葉に、室内にいた若輩の者たちが、そのとおりと次々に同意の声をあげた。

 

 彼らは今回の戦いにおいて、一方的な虐殺しか知らぬ者たちだった。

 一番の激戦だった魔王との戦いは、勇者と彼に仕える従者たち、そしてエルフ族が一手に引き受けていたのだから。

 勇者に強い敵愾心と対抗心をもつ皇太子にとって、獲物(こうせき)と言う意味では非常に物足りない戦いだったのだろう。

 満足の出来ぬ勝ち戦……血の気が余っていることは傍で見ていても分かった。

 そんなやり取りを聞いて、ドワーフ族の彼は密かに溜息をついた。

 彼らは若く未熟であると感じるがそれを諭したり、せせら笑う感情はない。

 そのような若さは彼の身にはすでにないものだから。

 それに、若いということはそれだけで美徳であり正しさだ……その力が正しい方向を向いているという前提であるが。

 

「よろしいではありませんか、その魔族の者の交渉とやらを受けてみてはいかがですか?」

 

 次に発言したのはエルフの女王だった。

 この会議の議長は人族の王が務めているが、実質的な場の支配権をもつのは彼女であった。

 エルフの女王の発言に会議場が再び騒めく。

 人族の王が口を開いた。

 

「エルフの女王よ。そう簡単にいわれましても……」

「人族の王よ。討伐戦で勇敢に戦い、命を失った者は少なくないでしょう?」

「……身内を失った者への生贄……というわけですかな?」

「ええ、その通りです」

 

 先の戦いで亡くなった者は数多いる。

 遊びではない、戦う以上は戦死は当然つきものだ。

 しかし残された者たちにとって、そう簡単に割り切れるものではない。

 そこに現れたのが魔族の代表者を名乗る女である。

 肉親を失った彼らが、糾弾し怒りをぶつける相手としては非常に適任だろう。

 

「ふん、そんな役目を魔族とはいえ、女に背負わせたら哀れに泣きだすのではないか? 女相手だ、同情する者が必ずでるぞ?」

「確かに可哀想ではありますが……その魔族の者が自らの種族が犯した過ちを悔い、嘆きを漏らせば漏らすほど、愛すべき者を失い心痛めた者たちにとっての慰めとなるはずです」

 

 獣の皇太子の揶揄するような言葉をエルフの女王が静々とかえした。

 彼女は喪に服するような表情になると、胸の前で祈るように指を組んだ。

 周りの者たちは、慈悲深い女王の言葉と態度にいたく感動した表情を浮かべる。

 

 しかし、彼女の本性を知り理解している者たちは顔にこそださないが呆れるしかない。

 

 そのような悪趣味な茶番劇を見ることを彼女自身が望み、何よりも楽しみにしていると知っているからだ。

 

「それで……その者は今どこにおる?」

「珍しいですね、あなたが自分の種族以外の者に関心をもつとは」

 

 ドワーフ族の彼の発言にエルフの女王は興味を抱いたようだ。

 

「どのようにしてかは不明だが、ここに単身でやって来た者だぞ? 並みではないことは確かだ。油断をしていると腕を噛み千切られることになるかもしれん」

「あらあら、まあまあ、恐ろしいことですわね」

 

 彼の脅すような警告に、彼女は口に手を当て上品に笑った。

 

「その者なら今は魔力封じの魔導具で拘束し、牢屋に閉じ込めている」

 

 人族の王は彼に告げると配下の者に命じ、遠くのものを見る魔導具を用意させた。

 そして会議場の全員が見守る中、遠く見の魔導具に魔力が込められ、牢屋にいるという魔族の姿を宙に映しだした。

 

 ほぅ、と誰ともなく、ため息が同時に漏れた。

 

 そこに人知を超えた美しい者が映ったのだ。

 そう、遠く見の魔導具に映る魔族の女はたいそう美しかった。

 ドワーフ族の彼は人族の美醜感覚とはわずかにズレがある。

 それでも女が優れた美の持ち主であることは理解できた。

 

 牢屋の中にいる喪服のような黒いドレスをまとった女は、ベットに腰を掛け、太ももの上に手を重ね静かに目を閉じていた。

 寝ているわけではないのだろうが、体をいくつもの魔導具で拘束されているため、それ以外に姿勢の取りようがないのだろう。

 

 その自然で、そして楚々と座っている姿がなんとも美しかったのだ。

 

「ふふっ……これは、これは……」

 

 最初に声を発したのはエルフの女王であった。

 他の種族の者より魔族の女に対する衝撃が少なかった彼は、女王の言葉に誰よりも早く反応した。

 そして彼女を見たことを後悔した。

 映る像を熱に浮かされたように見つめ、指をわきわきとさせる女王の姿。

 ハイエルフの彼女が、今のように取り繕う前と同じ表情をしていたのだ。

 子供のように無邪気に命を弄ぶことを楽しんでいた頃の顔で。

 

 次に口を開いたのは獣国の皇太子だった。

 

「なるほど……低能な魔族にしては考えたものだな。国で一番の美姫を送りだし、色で我らを篭絡しようといったところか?」

 

 その魔族の女本人が聞いたら『ええ! 色仕掛けですか⁉ ええっと、あは~ん、うふふ~ん?』などと仰られて、魔族の関係各位に白い眼で見られること間違いなしの大暴言だった。

 

 しかし幸か不幸か、それを指摘できる者はこの場にはいなかった。

 

 映る女の姿を見ながら皇太子は続ける。

 

「だが、面白い……それには俺が乗らせてもらおう」

「獣国の?」

 

 訝しげにドワーフ族の彼は声をかけた。

 それに対して、皇太子はいけしゃしゃと告げる。

 

「せっかくの魔族の御膳立てだ、受けねば失礼というものだろう? それにあの女の佇まい……見た目よりかなり強い、並みの者では御しきれぬだろうよ」

 

 皇太子の身勝手ともいえる発言に抗議しかけた者たちは、椅子から立ちあがりかけた腰を元に戻した。

 武の申し子と名高い彼の言葉を聞き思い直したからだ。

 男としての獣欲に駆られていたのは皇太子だけではなかった。

 

「ふっ、獣を屈服させる狩人の役目は俺がやろう。なに、俺が楽しんだ後は貴殿らの好きにするがよいさ」

 

 皇太子は分厚い唇を歪ませた。

 その皇太子の発言に、先ほど声をあげかけた者たちも下卑た笑みを浮かべる。

 

「ふん、儂には異存はない」

 

 そう言い放つと、ドワーフ族の彼は立ちあがる。

 エルフの女王は会議半ばで立ち去ろうとする彼に、もの言いたげな視線を向けた。

 

「……あれが獣であるというなら、取り押さえることのできる者は多いに越したことはあるまい。戦支度だ」

「はっ、相も変わらず遊びのない爺さまだな」

「獣国の、殺し合いに遊びもくそもあるかい。勇者も呼んでおくがいい、万が一ということもある」

 

 その言葉に皇太子は嫌そうに顔をしかめる。

 それに対し人族の王が非常に言いにくそうに発言した。

 エルフの女王を気にするような様子から、その内容は大体把握できた。

 

「勇者殿は、その……神の使命(・・・・)を果たしている最中で……」

「あらあら、まあまあ、流石は勇者さま。昼間からお盛んですわね」

 

 だがハイエルフの女王は全て分かっているとばかりにコロコロと笑った。

 指で額の汗をぬぐい、申し訳なさそうな顔をする人族の王。

 

 魔王討伐以外のもう一つの勇者の使命……それは神の加護を受けたその血を、この世界の多くの者たちに広げることであった。

 

 ふんっと不快気に鼻を鳴らし、ドワーフ族の彼は会議場からでていこうとした。

 その時、一斉にどよめきがあがった。

 何事かと振り向いた彼が見たのは宙に映る魔族の女だった。

 彼女は閉じていたまぶたを開くと、こちら(・・・)をじっと視ていたのだ。

 吸い込まれるような深紅色の神秘的な瞳であった。

 その場にいた全員が魅入られたように女を見つめた。

 

 そして……魔族の女は艶やかに微笑んだ。

 

 瞬間、遠く見の魔導具が甲高い軋み音をあげ、ヒビ割れて粉々に砕け散った。

 まるで女の美貌を映しだし続けることに力の限界を迎えたかのようだった。

 

 

 ◇

 

 

『あなたたちの手元にある魔族の遺体は全て差しあげます。その代わり二度と魔の国と魔族には関わらないでください』

 

 ドワーフ族の彼はこの後、片腕を失い失意の中で国に戻ることとなる。

 

 そして何度も考えるのだ。

 

 もしあの交渉の場で女の言葉に同意を表明していれば、例えドワーフ族が滅びることになったとしても、多くの国と種族が滅びるような悲惨な結末には至らなかったのではないかと。

 

 後に人魔大戦と呼ばれる戦い。

 

 これはその発端となった出来事の一つに過ぎなかった。

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