しかしお年寄りは同じ話を何度もするって本当なんですね。
「アタシは魔族の代表者。魔族の王。即ち魔王なり」
アタシが人族の王に告げると周囲の悲鳴と騒めきがより大きくなった。
その騒ぎの中で影さんが知らせてくれる。どうやらエルフ達が何かを仕掛けてくるようだ。影さんで確認した術式を魔族の集合意識が蓄積している記憶の中から検索する。どのような脅威かを瞬時に判断してそれに対しての警告と助言がなされた。
――警告:術式。魔王殺しの術式。脅威度・中。発動前の破壊を推薦。
魔王殺しの術式……出される前に潰しておけと言われたけど、ある目的の為に受ける必要のある術式の一つだった。そう返すと集合意識は魔王殺しの術式の概要と詳細をアタシの頭の中に瞬時に流してくれる。うん、この効力ならアタシの体で受けても問題は無いだろう。確認しながらも術の中心にいる人物に目を向けた。
「………………」
「あらあら、貴女のような愛らしい娘が魔の国の王様なのですか、確かに凄まじい力を持っていますね。先日討伐した
目線が合う。彼女の青い瞳に黒髪に赤い目の魔族の女が映る。どこか可笑し気に発言したのはエルフ達に囲まれているエルフの女王様だった。巧妙に隠蔽を掛けられているがアタシを中心として魔王殺しの術式が構築されていく。よく見るとエルフの女王様は微笑みながらも薄っすらと額に汗をかいていた……術式完成までの時間稼ぎってところだろうか?
エルフ達の魔力は彼女に流れ込んでいる、正確には女王様の胸元を飾る赤い宝石に集まっていた。薄っすらと赤く鈍い光を放つ首飾りに何故かアタシの目と心が奪われる。
「いいえ、貴方達が殺したのは正真正銘の本物の魔王ですよ」
「ほう? では、貴女の事は何と呼べばよろしいのかしら?」
「お好きにどうぞ……何でしたら大魔王でもいいですよ?」
残念ながらアタシは見ず知らずの人間と会話を楽しめるような性格ではない。そんなアタシが適当に言った言葉が、エルフの女王様の琴線によほど触れたらしく口に細い手を当ててケラケラと笑い出した。そして何とも言えない獲物を狙う蛇のようなネットリとした視線でアタシの顔を見つめる。どうやら魔王殺しの術式は完成したようだ。
「うふふふ。では、愉快な貴女は大魔王と呼ばせていただきますね?」
「……それは、どうもです」
「そしてそして、その素晴らしく愛らしい貴女は私の手で隅々まで解体し、魔導具として未来永劫に私の物として愛玩いたします! 光栄に思いなさい魔族よ!!」
その言葉を合図に魔王殺しの術式が放たれる。
――警告:術式。魔王殺しの術式。脅威度・中。影さんによる防御可能。
影さんによる術の無効化は可能だったが受けるのは織り込み済みである。それでも警告してくれる心配性の集合意識に苦笑をもらしてしまう。アタシは魔王らしく体で受けた。アタシの足元で構築されていた術式……魔法陣が開放され圧しかかる重く不快な魔力の流れを感じた。
魔法陣から無数の術式がアタシに絡みつき四肢を拘束して自由を奪う。その術式は形を変え肌の上に図々しくも新たな術式を次々と刻んでいく。刻まれた術式に体内の魔力が呆れるほどの勢いで吸い取られていくと、奪った魔力を再利用して目に見えない極小の術式がアタシの体の回りに千単位で形成される。
展開する形状は拘束する光の格子で、まるで獣を閉じ込める為の檻だった。
これならば自分達の魔力を使うわけではないから、対象を縛るために力比べをする必要もなく発動した時点で術の成功は確定だ。拘束してる対象の魔力が尽きれば自由になってしまうが、その時は戦闘力を奪うのと同義になるから勝ったも同然というわけで、中々にエグイ術式だ。
この世界では魔力を使う事でどんな存在でも物理法則を無視した力を発揮する事が出来る。逆に言えば魔力が無くなれば物理限界を超えた力を発揮する事は不可能になるのだ。あるいは魔力という謎力は、アタシの元居た世界ではまだ発見されてない物理法則外の謎物質なのかもしれない。
そういう意味では魔力を封じる魔王殺しの術式は確かに必殺の魔術なのだろう。だがアタシが戦闘で使う力は魔力ではない。アタシにとって魔力とは補助的なモノであり、実際に使うのはお母さん達の魂から引き継いだ闇というこの世界での謎力だ。そして今は影さん達なのでそれほど重要ではない。
魔族の集合意識がアタシを縛る拘束術式の解析をしている。
「……この構成密度は、流石は魔王殺しと言うだけの事はあるか」
「あらあら、術に気づいていてあえて受けたのですか?」
「…………どう思いますか?」
独り言をエルフの女王様に聞かれてしまっていたようだ。流石はアタシと同じエルフ耳と感心しつつ逆質問と言う誤魔化しにならない誤魔化し方をする。別に隠す必要も無かったのだけど、口下手ゆえに説明を上手く出来そうになく面倒だったのだ。侍女達を褒めようとして失敗した最近の苦い出来事が蘇る。
エルフの女王様は流石は上に立つ者らしく些事には気に掛けないのか、アタシの独り言はもうどうでもよさそうだった。
魔王殺しの術式がアタシを拘束している。じわじわと術式に魔力を吸い取られているが最初ほどではない。エルフの女王様は首飾りから力を引き出しているのかその細い体から薄っすらと赤い光を放っていた。目を凝らすと首飾りからは複数の術式が複雑に高密度で動いているのが見える。
「うふふふ。貴方が魔王と同等……いえ、それ以上の存在ならば、その魔力による防壁は私共には少々手に余ります。相応しい方に貴女の処刑をして頂きますので、それまでは私と会話でも楽しみ残り寿命を噛み締めながら、ごゆるりとお待ちになってくださいな」
「……相応しい方ですか」
エルフの女王様は拘束されたアタシの前まで語りながら近づく。
――相応しい方。それは勇者の事でしょう?
心の中で返答する。この国に来てから一番最初にやった事は、影さんを放ち周囲の情報収集、そして勇者達を探し出してもらう事だった。アタシが牢屋のような部屋で待っていた時に影さんが知らせてくれたのは、人族の偉い人達が集まって会議している事と、貴族達が住む一等地らしき場所に建つ立派な屋敷にいた勇者達だった。
勇者達を探したのは、アタシが恐怖を感じずに彼等と戦えるのか確認をする必要があったからだ。影さん経由で彼等の姿を視たのだが恐怖は感じなかった。それよりも彼等の姿は理性と知性を持つ生き物のモノだとは思えなかった。それを視て一番最初に浮かんだのは幼い頃に遠足で行った動物園のサル山の光景だった。
豪華だが薄暗い大部屋の中には肌色の塊がいた。
勇者と十数人もの女達が裸で睦み合っていた。勇者が何人もの女達を並べて後ろから腰を振っていた。それに合せるように勇者に抱きつき怖気るような嬌声を上げる女達。全員がドロドロの体液にまみれて吐き気がするような臭いまで感じられた。折り重なる女体と乱雑に散らかるシーツや衣服。女達の中心で気持ち悪い声を上げながら裸で延々と腰を振り続ける勇者。
そこには人としての威厳や尊厳などは全く存在しなく、ただ勇者の使命である血を広めるためだけの乱交……まさしくサル山の光景だったのだ。
勇者達を視てもアタシの心に恐怖や怯えは無かった。それどころか勇者の使命に振り回される彼等の姿は哀れとすら思った。それ以上は何も感じない……ただ静かで穏やかな波のような平坦な気持ちがあった。そうして理解した。アタシの中の魔族の集合意識が心を支え影響を及ぼし精神を強靭にしているのだと。
アタシはエルフの女王様を見た。その首を飾る宝石を改めて見たのだ。
「……その首飾りはかなりの悪趣味ですね?」
アタシはエルフの女王様に告げた。魔族の集合意識が首飾りに対して先程から、抑え切れない激しい怨嗟の声を上げていたのだ。
「あらあら……突然おかしなことを仰るのですね? それともこれの正体が何か理解しているのかしら?」
「…………魔族達の心の臓。それに宿る純粋な魔力を何重にも縛り封じ込めて造り上げたものでしょう?」
魔族の集合意識が怒りと共に教えてくれた。その赤い首飾りがどのように造られて、そして今までどのように使われてきたのかを。
その答えに表情を変化させるエルフの女王様。美しい貌からは取り澄ましたような微笑が消えて、伏し目がちだった目を爛々と輝かせると口角をつり上げ三日月形状にして笑った。まるで虫を毟る無邪気で残酷な子供のような笑い方だった。
赤い首飾りを両手ですくうように恭しく掲げるとアタシの目の前で語りだした。
「ええ、ええ、その通り。これには今までの、歴代の魔王の心臓が捧げられているのですよ。もちろん先日殺した魔王の物もです。ええ、ただ美しいだけの宝石ではありませんのよ? その魔力はこの首飾りに宿り、なんと、次の魔王を縛る役割に使われるのです。うふふふふふ、魔王から奪った魔力が次の魔王を殺すなんて、なんて悲劇的なのでしょう! なんて喜劇的なのでしょう! なんて感動的なのでしょう! ねえ、素晴らしく素敵ではありませんか! 貴女もそう思うでしょう?」
「…………はい」
わぁ、あまりの勢いに言葉がでねぇ……これはオタクの人特有の得意分野になると素晴らしく饒舌になるというアレだろうか? 少し違う気がするけど、エルフの女王様はアタシより遥かに魔王みたいで変な感動を覚えた。少しだけ参考にしようかな?
赤い首飾りは余程の自慢な魔導具なのか長々と説明をしてくれる。
――解析:首飾り封印弱化中。完全解除まで……。
魔族の集合意識が演算をして首飾りに施されている封印が徐々に弱まっている事を……その理由を教えてくれる。
同時にアタシを拘束する魔王殺しの術式の解析も終了したが、残念ながら目的の為の手かがりにはなりそうもなかった。直ぐ解いてもいいのだけど少しだけ様子見をする事にした。油断させて引き出せる情報があるかもしれない。
意識を戻すとエルフの女王様のコレクション自慢はまだ続いていた。
アタシは一応は彼女の姪に当たるわけなので義理かと思い相槌を打ちながら話を聞く。エルフの女王様の話から興味を引くような事は特に無かった。しかしお年寄りは同じ話を何度もするって本当なんですね。あ、それさっきも聞きました。