あのぅ……お二人さんは仲が悪そうに見えて実はよろしいのですか?
突然にエルフの女王様の一方的な会話を遮るように、横合いから男の人の声が上がった。その人は猫のような獣耳を持っていた。獣人のようだ。
「エルフの女王様! 失礼ながらその魔族の女の所有権は我々獣国にもあると思われます。解体した際には素材の分配をお願いします!」
「…………あらあら、藪から棒になんですか?」
エルフの女王様は気持ちよく語っていたところを邪魔されて気分を害したのだろうか。瞬時に取り繕った微笑みは流石だと思ったが口調には僅かに棘がみえた。獣国の猫耳の男の人は全く気づかず続けて発言をした。
「はっ! 我らが皇太子が体を張ってその女の足止めをしたから、拘束する魔術を発動させる時間が稼げたのです。ならば我々にも権利は当然あるはずですっ!」
皇太子? ひょっとしたらあのゴリラ犬男さんの事かな?
体を張った……まあ、お笑い的な意味で確かに……足止めはされたかな?
猫耳の獣国の人の愉快な意見にエルフの女王様はスーと目を細めた。あの表情は何となく分かる。ハイエルフ母さんの『少し怒ってますよプンプンですからね!』という仕草、流石は姉妹そういうところがよく似ております。
「ですので我々にも……」
「おだまりなさい」
エルフの女王様の静かだか威圧を感じさせる言葉に獣国の人の発言が止まる。空気の読めない猫耳の獣国の人は、自分が地雷を踏んでいるどころか地雷原のど真ん中にいる事にようやく気づいたらしい。
「獣国の皇太子が何をできましたか? 大きな口を叩きこの娘の前に出て手足を失っただけではありませんか。恥知らずもたいがいになさい」
「し、失礼な我が国を愚弄するき……」
「聞こえませんか? 私は黙れと言いましたよ?」
獣国の男の人が悲鳴をあげた。
エルフの女王様の顔はこちらからでは見ることが出来ない。だが猫耳の人の怯える様子でどのような顔をしているか何となく想像できた。ハイエルフ母さんも怒るとニコニコ微笑んでいるけどかなり怖いですものね。
あれ……アタシが教えて貰った聖女の微笑みって、ひょっとして?
「それにこの娘の権利を主張できるのは、私以外には彼だけでしょう?」
エルフの女王様は謁見の間の端のほうで怪我の治療をしてもらっている一人のドワーフを指差す。アタシの影が右腕を食べたお爺さんだ。
ドワーフのお爺さんはお孫さんのドワ子さんから治療を受けていたが、エルフの女王の発言に鼻を鳴らすとアタシに視線を向けた。それに対してアタシは試しに聖女の微笑みを浮かべてみる。お爺さんは酷く苦い物を食べたような表情をした。
うーん……なんでですかね?
「はっ、権利も何もそんなものはいらん、儂が好きに戦って腕を食われただけだ。それにその女に一撃も当てておらん、時間稼ぎなんて上等な物でもなかったわい」
ドワーフのお爺さんは頑固一徹とばかりにそう言った。
アタシが素材扱いされてなければ渋い格好良さに惚れているな。そう感心してるとお爺さんの右手に包帯を巻いてたお孫さんにキッと睨まれた。そしてお爺さんの言葉に獣国の人は、ばつが悪い顔をして何かモゴモゴと言って引き下がっていった。騒ぎが収まり辺りが少しだけ落ち着いた雰囲気を見せた。
周囲に放っていた影さんが勇者達がそろそろ来ると知らせてくれた。彼等とは色々と過去を清算をする必要があるだろう。
「相変わらず貴方は欲がありませんね」
「ふん、どうせもう戦う事は無い、後は死ぬのを待つだけの身だ。そんなに多くのものはいらんわい」
どこか毒のこもったドワーフのお爺さんの言葉に、エルフの女王様は動じずにコロコロと笑っていた。アタシも一緒にヘラヘラ笑ってみたらエルフの女王様とお爺さんに真顔で同時に見つめられた。当然、真顔になる気弱なアタシ。
あのぅ……お二人さんは仲が悪そうに見えて実はよろしいのですか?
それからしばらくして、多くの者が移動してくる騒がしい声と足音が聞こえてきた。
「やれやれ、呼ばれて来てみれば騒がしいな……これ、なんの祭り?」
「ゆ、勇者殿っ!」
謁見の間の入り口から場違いと思えるような軽い男の声がした。それまで恐怖で項垂れていた人族の王が嬉しそうに王座から立ち上がると歓喜の声を上げた。アタシはその聞き覚えのある聞きたくない声に歯を噛み締める。
伏せていた顔を上げて彼等を……勇者達を見た。
泉に落とされ殺されてから十年は経っていた。
昔より年を重ねているが確かにその姿は勇者と女達だった。
勇者の周りには見たことのない女達も姦しく寄り添っていた。
アタシはため息をついた。
影さんの目で彼等を覗き見た時は恐怖を感じなかった。しかし、実際に会えばどうなるかは分からなかった。彼等が謁見の間に来る事が少しだけ不安だったのだ。
でも問題はない、アタシは勇者達に微塵も恐怖を感じていなかったのだから。
「勇者さま。お待ちしておりましたよ」
エルフの女王様が美しい顔に満面の笑みを浮かべて勇者に声を掛ける。大方『やっと解体作業が出来るよ嬉しいなっ』といったところだろうか?
勇者は纏わりつく女達の群れを手で押さえて前に進み出ると、どことなくだらしなさが漂うような歩き方で女王の元まで来る。そして床一面を血塗れにして治療をうけるゴリラ犬男さんに気づくと目を丸くし、次の瞬間には大声で笑い出した。
「あはははははっ! ちょ、ちょっと、お前なにやられちゃてるんだよ!?」
「ぷぷっ。いくらなんでも笑ったら可哀想でしょう? 彼泣いちゃうよ?」
「ばーか。あれじゃ、もうどうやっても助からないって? まあ、弄りがいのある奴だったから結構気に入ってたんだけど……僕かなしいなぁ……あははははっ!」
「やだっ、もうっ最低っ! きゃはははははははっ」
勇者はお腹を押さえ腰を曲げて大声で笑っている。ハーレムメンバーの女達も口を押えゴリラ犬男さんを笑っていた。
その様子に引きつった笑みを浮かべる周囲の高貴な方々。
勇者とその仲間の彼女達にとって同じ陣営の者の命すら嘲笑う対象らしい。まあ、犬男さんを転がしたのはアタシですし、彼等の態度についてとやかく言うつもりはない。それにアタシは彼等に命を奪われた経験を持っているので今更です。
アタシは勇者御一行様を改めて観察した。エルフ以外の人族や獣族の者達は流石に十年も経つのでそれなりに年を取っていた。美醜の観点から見てば彼等は誰もが美しいのだろう、しかし他者への侮蔑や見下しや嘲りといった負の感情……若いうちはあまり目立たなかった小さな醜さが年齢と共に徐々に現れてきているようだった。
うん、あのような年の取り方はしたくないものです。アタシは出来る事ならヘラヘラと優しく笑っているような御婆ちゃんになりたいものだ。
「で、女王様。こっちの凄い可愛い子は何? 見たところ魔族の関係者?」
「ええ勇者様、聞いて驚きますよ。この愛らしい娘は、何と大魔王だそうですよ?」
「ははっ、まじ? 大魔王? こわいっ! ひょとしてアレ? 魔の国で戦った僕に一目惚れして遠路はるばる来てくれちゃた感じかな? ねね、君、僕のハーレムに魔族枠で入ってくれるの?」
勇者はアタシの元に笑いながら近寄って来た。彼の左腰に吊り下げられた聖剣……流石に少しだけ緊張する。彼は顎に手を当て剣の柄をいじり、光の檻の外から腰をかがめてニヤニヤしながらアタシの顔を至近距離で見る。
アタシも目を逸らさず勇者の顔を無言で見返した。
「ひゅぅ! こわいこわい睨まれちゃったよ~」
だが勇者は背後の女達に振り向くと、ブルブル震える真似をしながらそんな事を言った。一斉に笑い出す女達。そして彼女達はアタシを小馬鹿にするような言葉を笑いながら次々と言ってくる。
苛ついた……気持ちの悪い連中だ。
「勇者さま! 汚らわしい魔族の雌犬に、そのような御慈悲をかけようなどとは!」
「やれやれ、なに?」
嘲笑う女達の中で、そう発言したのは王女聖女(偽)だった。彼女は駆け寄ってきて勇者の体に抱きつくと、アタシに汚物でも見るようなキツイ視線を投げかける。同時に豊かな胸を勇者に押し付けて必死にアピールをしている模様。
申し訳ないですが、アタシの直ぐ傍でイチャつかないでいただけますかね。香水が非常に臭いのですよ……ああ、ヤった後に体を洗う時間がなかった為か。
自分の性能の良すぎる獣の嗅覚が恨めしいです。
「つうか、殺すのは勿体ないよ? 美人は世界の宝。つまり僕の物なんだよ?」
「ゆ、勇者殿! 娘の言う通りです! その女は非常に危険です! すぐ殺してしまったほうがいい!」
今までまるっきり空気だった人族の王様は、ここぞとばかりにアタシを指差して殺せコールをしてくれる。ああ、そういえば王女聖女(偽)は貴方の娘でしたね?
「ふーやれやれ、ちょっと遊んでみたかったんだけどな。まあ、王様の命令じゃ仕方ないか。あ、そうだエルフの女王様。この子を殺ったら皮だけ頂戴よ?」
「はい、皮ですか? それは何故ですか?」
「いやさぁ、こんなに可愛いしマネキンにでも被せたら、いい剥製になりそうじゃない? それに魔族の皮だし色々楽しめそうでしょ? ひひひっ」
勇者は狂気的な笑いを見せる。どうやら冗談ではなく本気で言っているようだ。普通の感性の持ち主ならドン引きするような発言。もう彼には完全に日本人としての道徳観念はないようだ……そう、アタシと同類かそれ以下の存在。
ああ、それならば……それも悪くはないか、彼が獣というならばアタシも罪悪感を覚える必要はないのだから。
そして、勇者の猟奇な提案にエルフ女王様は思案顔して答えた。
「わかりました。では勇者様が生きている間だけ手元に置いておくという形でいかがですか? 勇者様が生涯を全うし、遺品分けとして私にくださるなら宜しいですよ?」
「うわぁ相変わらず女王様は恐ろしい事を言うな。でもまあ、それでいこうよ」
本人そっちのけでの話し合いは終了した模様。本当に何だろう? 人族の方々は本人の意思を無視して話を進めるのが本当に大好きなようだ。それとも彼等にとっては魔族など塵芥に等しい存在と……考えてるんだろうなぁ。
「お待たせ。それじゃ悪いね君? その体はしっかりと有効活用させてもらうから、僕の事は恨まないで頂戴?」
勇者は目を閉じお道化た態度で合掌する。
そして腰に差した聖剣を鞘ごと外すと目の前で抜き放ちアタシに見せた。
これがお前を殺す道具だと言わんばかりに。
アタシの命を代償にして造り出された聖剣。先程から少しだけ重圧は感じていた。しかし実際に見てみると不思議と何の感情も……危機感すら覚えなかった。
ただ、聖剣というわりに安い造りだなと思ったくらいだ。
――危険:聖剣。魔族に対しての絶殺兵器。防御不可。回避要する。
そんな呑気なアタシに対して、働き者の魔族の集合意識が解析結果を知らせてくれる。絶殺兵器ね……そういえば必ず殺すと書いて必殺だったけ、その類かしら?
勇者は格子形状の隙間から聖剣を差し込むと、アタシの頬を剣の腹で脅すように何度か叩く。ああ……聖剣の刃を見た時に何となくは判っていたが直接の接触で確信した。アタシは聖剣との僅かな接触で全てを理解してしまった。