あら、猛毒ですか……それは何だか言い得て妙ですね?
勇者はニヤニヤ笑いながらアタシの胸を剣の先端で嬲るように突いて遊んでいる。
「やっぱり君可愛いなぁ、勿体ないけど、まあ……迷わず死んで?」
その言葉と共にアタシの胸に聖剣が突き刺さった。周囲に光が走る。凄まじい衝撃だった。聖剣はアタシ肋骨を切り、心の臓を貫き、背骨を切断し、背中から突き出た。その衝撃で前のめりに倒れそうになるが、光の格子で拘束されているため、ほんの少し体が傾いただけだった。聖剣が魔族の力を吸収しているのか血も出なかった。
「はい終了。やれやれ後味の悪い殺しだったよ……まあ、これも世界の平和のためか……色々思う事もあるけど許して魔族の女。皆さんこれにて終了でーす!!」
勇者はアタシに聖剣を突き刺したまま、大仰に片手を胸の前に付け舞台俳優のような挨拶をした。そして勇者と女達が品のない笑い声を上げた。エルフの女王様を筆頭としたエルフ達も一斉に甲高く笑いだした。
胸を刺されて無残に殺された
周りの者達もその様子に全てが終わったのだと安心し騒めき笑いだす。人族の王もやっと安全が確保されたと理解したのか、やや引きつり気味の安堵の笑みを浮かべていた。その中には泣き出したり怒ったりする者達もいるが謁見の間は再び落ち着きを取り戻していった。
そこに――
「貴方達……何がおかしいのですか?」
自分の口から出たとは思えない冷たい声は驚くほど響いた。
謁見の間は再び静寂に包まれた。
そして全ての者の目が
「どうしたのですか人族? もう笑わないのですか?」
だからアタシは笑った。微笑みを浮かべて笑った。
ああ、人族共を嘲笑ってやった。
固まっていた勇者がハッと気がつく。彼は慌ててアタシの胸に突き刺した聖剣を両手で抜こうとする。だが、拘束を僅かに解いたアタシが闇の爪で刃をしっかりと押さえているので、彼には引き抜くどころかピクリとも動かす事が出来ない。今までのふざけた態度は何処にやら人族の勇者様は焦燥に満ちた顔で叫んだ。
「な、何だよ、お前は何で死なないんだよ!?」
「うん? アタシが死なないと何か問題がありますか?」
「ふざけんな! 魔族には聖剣は猛毒みたいもんだろ、ありえね死ねよっ!!」
あら、猛毒ですか……それは何だか言い得て妙ですね?
聖剣が魔族を殺す絶対の猛毒だというなら、その原材料のアタシは一体何になるのだろうか? 勇者は剣を引き抜くのを諦めたのか柄に力を入れるとそこを支点に滅茶苦茶に動かそうとする。その程度の機転が利く知恵はあるか、しかしエグイな……テコの原理でアタシの胸に開いた穴を、大きく広げようとしているようだ。
「ねえ? 毒の塊から毒を取り出して、その毒を元の塊に戻したらどうなるのですか? 毒の塊を殺す事は果たして可能なのですか?」
「ああ。なに言ってるの? お前意味わかんない。いいから死ねっ!!」
「そう、分かりません? アタシはこの聖剣を作るために材料にされた人間なんです」
「……え?」
勇者の動きが止まる。そしてアタシの姿をまじまじと見た。その視線に嘲るような嫌らしい表情は既に無く、代わりに隠しきれない怯えが浮かんでいた。
再び固まる勇者にアタシは淡々と事実を告げた。
「貴方に殺されて、聖女達に会って、この姿に生まれ変わり、そして魔王を殺され……幸せを奪われて……魔王になった」
「う、嘘だろ、ま、まさか、お前が、そ、そんなはずがない!」
「そう……もういいです。アタシの魂から造ったコレは返して貰いますね」
聖剣を掴んだ五本の爪に力を入れると呆気なく刀身が割れ粉々に砕けた。ガラスを割るような音が辺りに響き、美しい破片の舞う中で、何が起きたのか理解できずに呆然した顔の勇者。砕かれた聖剣は光の粒子に変わると全てアタシの中に吸い込まれる。
これだけでは済まさない……貴様から勇者としての資格を全て奪い去る。
自分や魔族達を殺された復讐? そんな権利が大量虐殺者のアタシに有るかは分からない。だけど、この箱庭の世界で茶番を作り続けている元凶を炙り出す為に必要とする事を成すだけだ。
アタシは影を生み出す。勇者の目の前に影の紐を造り出す。
「この十年でだいぶ楽しんだ御様子ですし、もう
「……へ?」
影の紐が勇者の股間を撫でた。ぱんっという間抜けな音がした。
彼は吹き飛ばされ床に落下すると股間を押さえ絶叫を上げながら転がり回った。ハーレムメンバーの女達が甲高い悲鳴を上げる。勇者の股間は抉られ潰されて血塗れになっていたのだ。魔王と魔族を滅ぼす聖剣と、世界に神の恩恵を受けた勇者の血を広める仕事……これで貴方は勇者としての資格を二つとも失いましたね。
ええ、ご苦労様ご愁傷様です。でも同情はしませんよ。
聖女(偽)のお姫様が治癒の術を必死に掛けているが無駄だ。影に消化された物はアタシが望まない限りは治癒術をかけても二度と戻らない。兵士の指で好き嫌いをしていた際に気づき検証をしたのだ。
すぐ傍にいたエルフの女王様に目を向けた。彼女はあまりにもな光景に口を開け驚愕の表情をしていた。視線が合う、彼女の青い瞳に魔王の姿が映る。
エルフの女王様はヒッと悲鳴を上げると後ずさった。
「そうそう女王様。アタシの母親の一人、ハイエルフ母さんは貴女の妹だそうですよ。ですので、その娘のアタシは貴女の姪という事になりますね。その姪から一つ言わせて頂ければ……」
「え、なに、何です? 妹? め、姪?」
「もう手遅れです。弄んだ命の代償を支払ってください」
エルフの女王様の首飾りがバチッと放電するような音をたて砕け散る。衝撃で彼女の細い体が床に叩きつけられた。
同時に、アタシを縛る光の拘束が全て消え体にかかっていた負荷も無くなる。
アタシが何かをしたわけではない。アタシという存在、正確には魔族の集合意識が首飾りの近くにいる事で、首飾りに施されていた封印が徐々に弱まり、最終的に解けて解放されたらしい。砕け散った首飾りから出た赤い粒子は、聖剣と同じように全てアタシの周りに集まり体に吸収されていく。
魔族の集合意識の中に新しい仲間が追加された模様だ。
――歓迎:初めまして同士。よろしく同士。
その衝撃をまともに受けてしまったエルフの女王様は顔を手で押さえて絶叫している。指の隙間から血が零れていた。呆然としていたエルフ達は血相を変えて彼女に近寄っていく。
阿鼻叫喚な地獄絵図な光景が展開しているな。他人事のように考えた。
ハーレムメンバーのエルフの女が悲鳴を上げながら女王様の元に走り駆け寄る。ん、お母様とか言っていってますが女王様の娘さんでしたか。彼女にも旅の途中に散々に嬲られて虐められましたね……待てよ、女王様が伯母なら彼女はアタシの従姉に当たるわけですよね? ハイエルフ母さん、あまり言いたくはありませんが、貴方の親戚は性格がよろしくない人しかいないのでは?
脳内のハイエルフ母さんが『あらあら、まあまあ』と手を頬に当て困った顔で微笑んだ気がした。
シュと音が鳴る。影がたゆたい踊ると、次の瞬間には槍と化しエルフ達を次々と貫いていく。モズの早贄かドラキュラ公の串刺という前衛芸術的な光景が作られる。女王様と娘さん以外のエルフを影さんが全ての貫き殺した。懲りずにアタシに攻撃を仕かけようとしていたらしく、有能な影さんが先制して排除してくれたのだ。
いいぞ影さんボーナスをやろう、それ後でモグモグしていいですよ?
悲鳴が上がり、再び謁見の間は騒然となる。アタシは手を一度だけ打ち鳴らしそれらを黙らせた。そして直ぐに辺りを見回す。怪我を負っている者以外で声を出す者は誰もいなかった。
「皆様に一つ大事なお知らせがあります。まずは、この国以外の方は城内から出て自国に帰って頂いて結構です」
彼等はアタシが何を言っているのか理解できなく、戸惑っているようだった。
「ただし! これからアタシの言う事を一言一句、間違えず自国の者に伝えてください。そう貴方達は伝令者です」
両手を広げると魔族の集合意識が教えてくれたある事を、そのまま人族の彼等に実行させるために伝えた。
「一つの種族に対して十組です。男女合わせて二十人……割合はご自由に、それだけ残す事を許可します。それ以外の者は皆殺しにします。種族の未来がかかっていますので、しっかりと残す者を選別してください?」
そして再び辺りを見回した。アタシの言った事を理解できた者から絶望的な色に染まっていく。
「抵抗してもよろしいですが、その場合は種族根絶しますのでご注意を」
アタシは微笑みながら、顔中を血塗れにして手で押さえ呻き声をあげ続けるエルフの女王様に視線を投げかけた。彼女は娘さんに体を支えられたままアタシの顔を見て硬直する。
「十組いれば十分に繁殖は可能ですよね? ねえエルフの女王様? だって貴女は、前の戦いで魔族の者に向かってそう嬉しそうに語っていましたものね?」
エルフの女王様はアタシの言葉に、呻きとも叫びとも知れない悲鳴をあげた。
「ただし人族はいくつもの国を持ち、また人数が多いため、ある程度間引くまでは選択をお預けにします」
そして誰も一言も喋らぬ沈黙の中で、アタシは聖女の微笑みを見せた。
「では、ご会場の皆様方。この
一呼吸置いて手を打ち鳴らすと、我先にと謁見の間から人々が出ていく。
おやおや言ったでしょう? ここから出て行っていいのはこの国以外の者ですと?
影さんは不届き者を容赦なく刺し殺した。突き出た影に串刺しにされ、いくつもの即席のオブジェが出来上がる。その光景に悲鳴があがり謁見の間は大混乱。
ん? そう言えばどうやって判別してるのでしょう影さん?
え、何となくですか? 流石は影さん有能ですね。
謁見の間に転がった死体を根こそぎ影さんに取り込ませ、無数の影の紐と獣を生み出した。影さんもすでに城だけではなく街の外にまでを手を伸ばし覆っている。
アタシは平等主義なので老若男女の違い問わず片づけますよ。