残念ながらアタシにだってそんな余裕はないのだ。
とある人族の国へ向かう為、岩だらけの道なき道を歩いていた。
前方の岩影で待ち伏せをしている者達がいる……人数は三人。
それは勇者をのぞいた三人の同郷者達だった。
影さんが教えてくれたのでだいぶ前から分かっていた。しかし興味がなかったので特に対応しようとは思わなかった。王宮での再開から月日もだいぶたっている、彼女達に対して何かを感じる気持ちは思い出すのが難しいほど薄くなっていたのだろう。
「や、やあ、久しぶり?」
それが彼女達の再開の第一声だった。
手を上げながら岩陰から恐々と出てくる三人。アタシは足を止め彼女達をチラリと見てから、また歩き出し横を通り過ぎようとした。
「あ、ちょ、ちょっと待ってよ、貴女に話があるのよ、ね、ねえ聞いてよ!?」
彼女達は慌ててアタシを引き留めようとする。その呼びかけに再び足を止めて振り向いた。何も言わず黙って見つめていると彼女達は気圧されたように身を竦めた。
「ね、ねえ貴女って――――さん、でしょう?」
それは懐かしい生まれ変わる前のアタシの名前だった。
問い掛けに無言で頷くと、アタシの返答に勢いを得たのか彼女達は詰め寄るように近づいてきて、興奮したように矢継ぎ早に話しだした。
「あ、やっぱりそうだったんだ。勇者のやつが何かそう言っててね」
「最初何言ってるのコイツと思ったけど、ほら貴女すごく変わったじゃない?」
「めちゃくちゃ美人になってるから信じれなくて、それで三人で会いに来たの」
要領の得ない三人の言葉にアタシは眉を顰めた。その表情をどういう風に解釈したのか不明だが、彼女達の一人が焦ったように胸の前で手を振る仕草をした。
「あ、あ、違う、違うのよ、戦いに来たわけじゃなくて、私達……貴女に助けて欲しくて来たのよ!」
「助けて欲しい……ですか?」
「そう、そうなのよ!」
アタシが再び反応したので脈ありと考えたのか彼女は勢いよく喋りだす。
彼女達の話によると、彼が勇者としての資格を無くし戦う事すら怯えて出来なくなったので、人族の者達は処刑して新しい勇者を召喚しようとしているらしい。彼女達はその煽りを受け、人族の中で立場が悪くなり身の置き場が無くなって勇者と一緒に処刑されそうになり逃げて来たそうだ。
人族の追跡からアタシに守ってもらいたいらしい。
言われてみれば短くはない逃亡生活を送ってきたのか、彼女達の姿は前に会った時より薄汚れていて、そしてだいぶ老けたように思えた。
勇者は人族の手によって処刑される……そう彼は死ぬのですか。何も感慨は湧かなかった。実感する、アタシにとって彼らはすでに過去の出来事に過ぎないのだと。
「頭にくるよアタシらに散々頼っておいてさ」「そうそう手の平返し酷すぎ、あいつら超最悪だよ」「今まで誰が皆の為に戦ってきたと思っているのよ」
「彼を、勇者を助けようとはしなかったのですか?」
アタシの問い掛けに捲し立てるように喋っていた彼女達は一斉に黙り込む。
別に、意地悪で質問したわけではない純粋に興味があったからだ。
勇者と彼女達は学生をしていた時代含めて十年以上は一緒にいたはずだ。
彼らは男女の関係になっていた。今ここに勇者がいないのは彼女達が彼を見捨てて逃げたという事で、果たしてそんなに簡単に切り捨てられるものなのだろうか。あるいは助けようとしたが力が及ばなかった。もしくはアタシには知り得ぬ何かが彼らの間であったのだろうか?
アタシは男女の機微に詳しくなれるほど、あの人とは一緒にいられなかった。しかし愛すべきものを助けられる可能性が僅かでもあるのならば、命を賭けてもそれを果たそうとするだろう。だからこそ疑問に感じたのだ。
そう、本当にその程度の好奇心で尋ねたのだ。
「……あの玉なし野郎が戦えなくなったから、こんな目に遭ったのよ!!」
それは吐き捨てるような罵倒だった。そして彼女達は暗い目をしながら勇者に対しての増悪の籠った言葉を次々と口に出していく。
アタシは理解した。やはり、彼と彼女達にとってこの世界は何でも自由になる遊戯の世界だったのだ。でも彼が勇者の力を無くした時から夢から目が覚めて、辛くて苦しい思う通りにならない現実の世界になった。彼女達はその原因を彼一人に押し付けて、自分たちは悪くないと目を逸らしているのだ。
聖女達に自己犠牲と言う名の罪を押しつけた人族達のように。
「ね? いいでしょう? 貴女とは昔は
勇者に対しての罵倒も一段落ついたのか、彼女達は卑屈な媚びたような笑みを顔に張り付けてアタシにすり寄ってくる。久しぶりに心が動いた。
その醜さに吐き気がしたのだ。
魔族の集合意識が殺せと提案してくる。アタシはしばらく考えて、微笑みを浮かべ彼女達に右手を差し出した。
「え、えっ? な、なに?」
アタシが何をしたいのか分からず彼女達は困惑している。そして握手を求めているのだと思った一人が前に出てきてアタシの手を取ろうとした。握手はせず差し出された右手首を掴むと彼女は驚く。その手を自分の口元まで引き寄せると、人差し指を唇にすぼめるようにくわえて……。
――噛みちぎった。
『えっ?』と彼女は何が起きたのか理解できない顔をした。後ろの二人も同じような表情をしていた。
種の共食いを防ぐための仕組みなのか、あまり美味しい物ではなかった。
アタシは口の中に入れたモノを噛み砕くとゴクリと飲み込んで、彼女達に再びニッコリと笑って見せた。
「ぎゃああああああああああっ」
人差し指を失った彼女が大きな悲鳴をあげて、アタシに掴まれた手を必死に引き剥がし逃げだした。後ろの二人が手を血塗れにした彼女を抱きかかえて後ずさる。三人とも理解不能の化け物でも見るような目をしていた。
そんな彼女達に、アタシは不思議そうな表情を作り問い掛けた。
「うん? 助けて欲しいと仰ったのに何故逃げるのですか?」
「な、なに言ってるのよ? こんな事しておいて、あんた何を言ってるのよ!!」
「アタシの出来る救いとはこの世の苦しみからの解放……殺して差し上げる事だけですよ?」
怯えて後ずさる彼女達に、お互いの関係を教えてあげるつもりで丁寧に、優しく、囁くように伝えた。
「ねえ、人間たち。貴女の目の前にいるのは、心優しい聖女に見えますか? 慈悲深い聖者に見えますか? いったい貴方達の目からは、アタシは何者に見えますか? 人族? 魔族? 獣? あるいは……魔王?」
「あ、あ、ああああああああ……!?」
恐らく彼女達もようやく気がついたのであろう。目の前にいる者が同郷の同士なのではなく、自分たちの敵対者である魔族の王であることに。
「それにね、アタシの中にある魔族の記憶が伝えてくるのです。貴方達が遊び半分で魔族達にした事。凄まじい痛みと苦しみと怒りと憎しみを伝えてくるのですよ」
「き、記憶? う、嘘、ち、違う、あれは私達も、好きでしたわけじゃ……!」
「そして、犯した罪は、自らの身で清算する必要があるとは思いませんか?」
言い訳は無視し、ただ震え怯えるだけの彼女達に告げる。
「ですので、罪にたいしては罰を、受けるべき罰を、貴方達を救って差上げるのはその後です。ではでは、早速今から贖罪を始めましょうか?」
大げさな台詞に叫び声を上げた二人は、怪我をした彼女をアタシの前に突き飛ばして逃げ出した。地面に転がり『置いていかないで』と泣き叫ぶ彼女に、アタシはススっと近寄るとニヘラと笑いかける。彼女も凄まじい形相で絶叫しながら起き上がり逃げていった。なんだ思ったより元気そうですね。
でもね魔王からは逃れられませんよ? ……まあ追いませんけどね。
アタシは彼女達の姿が消えるまで見送るとため息をついた。見上げた空はいつのまにか薄闇へと変わり星が瞬きだしていた。
彼女達に対してのわだかまりはもうない。
ただ図々しいその態度に、勝手に仲間扱いされたのがひどく苛ついたから、二度とまとわり付かないように脅しただけだ。アタシが手を下すまでもなく、彼女達は今までしてきた事の清算をしなくてはいけないのだから。因果応報、罪にはそれ相当の罰が与えられる。
それを哀れだとは思わないし救いの手を差し伸べる気も微塵もない。
残念ながらアタシにだってそんな余裕はないのだ。何故なら、そう遠くない未来に自らの犯した罪をこの身一つで贖うのだから。