少女はアタシの言葉を肯定し、そして否定した。
旅の途中で立ち寄った岩に囲まれた小さな国だった。
あるいは街だったのか、とにかくアタシはいつものように、その場所で一番立派な建物へと足を運んだ。一番立派そうな建物に入ろうとした途端、門番らしき兵士に呼び止められた。
「待て、ここは立ち入り禁止だ。何用か?」
「……この国の一番偉い人に会いに来ました」
「ああ、それならばここではなく、反対側にいけ、そこで受付の兵士に要件を言うがいい、時間は掛かるだろうが ――――様は必ずお会いになってくれるはずだ」
その時のアタシは踝まである外套を纏い頭巾を目深にかぶり、誰がどう見たって不審者そのものだった。しかし素朴そうな門番の兵士はそのような事を気にもかけず、懇親丁寧に身振り手振りで王様への訪問の仕方を教えてくれた。
アタシは迷ったが兵士の指示通りに受付に行く事にした。実直そうなのはその兵士だけではなかった。すれ違う他の兵士達も似たような雰囲気を持っていた。見上げた王城らしき建物も実用第一と思える簡素な作りで、全体的に質実剛健といった空気を感じた。
ここに来るまでに街も見たが恐らく豊かな国ではないのだろう、豪華な建物なんて皆無で誰もが貧しそうな装飾のない格好をしている。でも誰もが真っ直ぐな目をしており生きる為の原始的な強さを持っているようだった。
アタシは考える。この国に遠征してまでも戦争をするような余力があるとは思えない、もしかしたら魔族の討伐には関わってないのかもしれない、ならば滅ぼす必要はないのではないかと?
――同意:ただし判断は任せる。
アタシの中の魔族の集合意識が考えに同意を示した。望まないのならば無理に滅ぼさなくてもいいというのだ。
今まで魔族の集合意識が人族を滅ぼす事に否定を示した事は一度もなかった。むしろ彼等の強い怨嗟の思いに引っ張られるように、国や種族をいくつも滅ぼしてきたのだ。もちろん彼等に責任を押し付けるつもりはない最終的に決めたのはアタシなのだからだ。
受付の場所に辿りつく。訪問を希望する人間は何人もいるのか、かなりの人数が並んでいた。もっとも全員が王様に会うわけではないのだろうが。
そうして並んでから気づく、アタシは何をしているのだろうかと?
並んでいる人達をボンヤリと観察する、やはり誰もが貧しそうな格好をしていた。前に並んでいた御婆さんと目があった。人の好さそうな御婆さんはニッコリと笑って腰を曲げながら挨拶をしてきたのでアタシも慌てて会釈をした。
「お嬢ちゃんは旅の人みたいだけど、王様に会いに来たのかい?」
「……あ、はい」
咄嗟に出たのがそんな拙い言葉だった。
魔王となって国と種族をいくつ滅ぼそうとも、アタシが口下手なのは変わらないようだ。三つ子の魂というやつなのかもしれない。
「そうかい、そうかい、この国は刺激的な事は何もない田舎だけど、風景のいい場所は多いからゆっくりしていくといいよ」
「……はい、そうさせてもらいます」
アタシのボソボソという口調にも気を悪くした風でもなく、そのまま御婆さんはニコニコと微笑みながら話しかけてきた。アタシと御婆さんは受付の順番が来るまで会話をした。正確には御婆さんが一方的に話していたのだけど不快ではなかった。貰ったお菓子はとても美味しかった。
御婆さんの受付の順番がきたようだ。彼女は街で息子夫婦と共に宿を経営しているらしい『よかったらお店に来てちょうだいね』そう言って彼女は去っていく。
アタシはお辞儀をして御婆さんの後姿をずっと見送った。
何だか久しぶりに、人間らしい人間と話したような気がする。体の中の渇きが少しだけ癒された感じがした。そして、しばらくしてアタシの受付の番がきた。
受付の兵士に何者で何の用事なのかを聞かれたので答える。
「魔王です。この国を滅ぼしにきました」
◇◇◇◇◇◇
そしてアタシはこの国の王様の前にいた。
最初はアタシの言葉が冗談だと思っていた受付も、外套を外し角や尻尾のついた異形をさらけだすと周りの人間が逃げだし彼も慌てて笛を吹き兵士の増援を呼んだ。
国を滅ぼし彷徨う魔王の顔は知らなくても異形の姿は聞き及んでいたらしい。
この国の兵士達は強かった。いや頑強だったと言うべきか。人の少ない小国故に個人が強くなる必要があるのだろうか? 影の力を使えば直ぐに制圧はできただろう、でも何故かそんな事をする気にはなれなかった。アタシは一人一人の相手をしながら王様の居場所へと向かった。
王様と何か話し、そして戦った。しかし朧げなのは王様の話や印象が薄かったわけではない、その後に出会った人の印象が強烈だったからだ。
「お願いします。私の命なら差し上げます。どうかお父様をお助け下さい」
少女だった。白銀色に輝く髪に澄んだ空色の瞳をもつ美しい少女だった。
彼女はアタシの前に両手を広げ、背後の王様を庇うように立っていた。王様は床に剣を突き刺して血塗れで倒れていた。彼はそれなりに強かったけどアタシの相手にはならなかった。
少女に何故と問い掛けた。
別に珍しい話ではない、王を主人を家族を守るために命を投げ出す人間は少なくはない。だからこそ聞くのだ、貴女は何故と?
「実の父の命を救いたいと思うのは当たり前です。それに私一人の命で貴女の気が済むのでしたら本望です」
「うん?」
「貴女は魔王なのですよね?」
少女を眺める。儚げで美しい顔立ちをしていた。でも華奢な見た目とは違い強い意志を感じさせる。何故だろう酷く酷く懐かしいと思った。
少女は跪き祈るように、その細い両指を組み懇願する。
「私のこの体と命を貴女に捧げます。その代わり……お願いいたします。父には、どうかこの国の者達には、これ以上手を出さないでください」
「大きく出ますね、貴女一人にその価値があると?」
「………………」
少女は答えない、ただ俯いて沈黙している。
その懐かしい雰囲気にアタシはある質問をしてみたくなった。
「あのね、魔王はね……奪われたんですよ、人族に全てを」
「は、はい?」
突然そのような話をされて少女は戸惑っていた。少女には話す価値があると感じた。そしてどんな反応を示すのか興味があった。
「人族を害したわけではない、ただ魔族が持つ
「そ、そんな……」
「嘘だと思いますか? まあ信じる信じないは貴女の自由です」
少女は何かを考えているようだが上手く言葉には出来ないらしい。アタシは彼女が導き出す答えを聞く為に話を続ける事にした。
「魔族が力を持っていなかったから、人族がそのような行いを今までしてきました。ならば魔族が力を持ったら、逆襲されるのは当然の結果ではないですか?」
「…………」
「それとも貴女は、魔族は延々殺され続けろと? 力を持っていても人族に対抗する為に使うなというのですか?」
少女は目をギュと瞑り俯きながら首を左右に振った。
ああ、優しい娘なんだと思った。そんな少女に興味本位とはいえ、こんな問い掛けをしている事に罪悪感を覚えた。
「聞かせてください、アタシはどうすればいいですか? この力をどう使えばいいですか?」
人族を滅ぼす事を止める?
それはあり得ない、アタシの目的はまだ達してない。その為の手掛かりをつかみ、全ての元凶である『神』を炙り出すまでは止まる事は出来ないのだ。だからこそ聞きたいこの力に殺戮以外の使い道があるのかを。
「……悲しい事だと思います……でも、いつかどこかで区切りをつけなければいけないと思います……私が言える事ではないのかもしれませんが、貴女は許してあげるべきなのではないでしょうか……その、殺戮に関わった人族の者達を……」
「………………」
アタシはガッカリした。
別に期待していたわけではない……いや、違う本当は期待していたのだ。この少女ならば思いもよらない答えを聞かせてくれるのではないかと、でも彼女の口から出たのは有り触れた復讐を止める言葉だった。
アタシは身勝手だ。勝手に期待して勝手に失望したのだから。
「そっか、ならばさ」
「は、はい」
「目の前で父親と国の人たち全てを無残に殺されても、貴女は同じ事を言える?」
彼女はその言葉に驚き目を見開いた。
アタシは影を飛ばした。
少女が慌てて振り向き見たのは影に拘束され宙づりになった父親の姿だった。
「や、やめてっ――――!」
少女の目の前で、王様の体を細かく残酷に解体した。
肉を裂く音と骨を砕く音と濃い血の臭い、辺りに血肉が舞う。
息をする事すらも忘れて、ただ見ていた彼女の前に王様の頭だけがコロンっコロンっと転がった。
「い、いやああああああああああああああっ!」
少女は泣き叫びながら、転がる王様の頭を必死に手を伸ばして拾い、床に押し付けるように抱きつき蹲った。
「あ、ああ、あああっ…………」
言葉にならない泣き声をアタシは黙って聞いていた。
床に散った血の赤が不快だった。血臭が鼻について不快だった。そうして待っていると少女の声が静まってきた。そこで改めてアタシは少女に問い掛けた。
「ねえ、許せますか。こんな酷い事をした相手を?」
「………………」
「ねえ、貴女は、さっきと同じ言葉が言えるのですか?」
少女は蹲ったまま僅かに顔をあげてアタシを見た。白銀色の髪は乱れ澄んだ空色の瞳は涙で暗く濁っていた。彼女は絞り出すように呻くように呟いた。
「……憎い……」
アタシはため息をつきそうになった。本当に何をやっているのだろうと、もうこの国の全てを滅ぼそう無駄な時間を過ごしたとそう思った。
「貴女が憎い、憎い、憎いです……でも」
「……?」
少女はその豊かな胸に置いた。血塗れの王様の頭をぎゅと抱きしめた。
「でも……貴女を許します」
「…………え?」
「私は貴女が憎いです、憎くて仕方ないです、傷つけてやりたいです……でも、私は貴女を許します」
少女は顔を上げ体を起こし、アタシを真っ直ぐと見つめた。
媚びらうでも、へつらうでもなく、ただ真っ直ぐに見つめたのだ。
その目は既に濁っていなかった。澄んだ空色の瞳には確かな強さがあった。
少女の視線にアタシは気圧されたじろいだ。
その気持ちを悟られないように、まるで言い訳でもするかのように反論する。
「力の無い人間が許すなんて滑稽なだけですよ? それにもし貴女が力を手に入れたら、アタシと同じように復讐を考えるのではないですか?」
「かもしれません、私のような力の無い人間が言っても、説得力がないのかもしれません、もしかしたら貴女の言う通り、力を復讐の為に使うのかもしれません」
少女はアタシの言葉を肯定し、そして否定した。
「それでも、それでもです。例え力を手に入れたとしても、貴女を許します……だってそうしないと……貴女も私もいつまでも、悲しみから救われないから」
――――
ああ、負けたと思った。
少女の言葉を弱者の戯言と切り捨てるのは簡単だ、ではどう反論する?
力で全てを無かった事にする? その時点で力を振るった者の負けなのだ。
少なくともアタシには言葉がない、大切な者を目の前で殺されても許せると心の奥底から言える、そのような強さなど持ち合わせてはいない。
少女はアタシを憎しみながらも自らと同じと理解して許すと言ったのだ。
そして悟る、懐かしいはずだ。
少女のその心の在り方は聖女と呼ばれるに値する者だったから。
勇者達に殺されたアタシを自らの命を削って新たに造りだし、この世界に再び生み落としてくれた聖女達と同じ心と魂を持った生き方なのだから。
「……証明して見せて」
「え……?」
「アタシの事を恨んでもいい、憎んでもいい、でもだからこそ貴女は貴女の言った言葉を証明して見せて……貴方の言う悲しみのない世界を作って見せて」
アタシはその場から立ち去った。
その小さな国を滅ぼす事が出来なかった。
初めて国を滅ぼさなかった。
アタシには復讐を止める事が出来ない。だからこそあの白銀色の髪と空色の瞳を持った優しい少女には……聖女には証明して欲しいと願った。
本当に我儘で身勝手だと思う。でも仕方がないアタシは聖女ではなく魔王なのだから。
その後、小国は滅ぼされた国の民を多く迎え入れ人族一の大国へと成長していく事となる。
その城下街は名称が砦街となり、アタシの孫娘が関わって行く事になるのだがここで語る話ではないだろう。