黒髪の少年はアタシの今までの行動を肯定してくれた。
男は神を祭る宗教国家からの刺客であった。
アタシがこの世界で出会った二番目の勇者。
神話で語られる太古の英雄を体現したような男だった。彼はこの世界に召喚された新たな勇者であり、同時に神へと到る重要な手掛かりでもあった。
勇者召喚に使われる秘術……アタシが追い求める神の術式。
男の体には神の残滓が残っているはずだった。協力してもらう為に今までの経緯とこの箱庭の世界の現状を話した。彼はまさしく勇者らしい度量の広い態度でアタシの話を全て聞き、その上で戦う道を選んだ。
男は召喚前の世界では勇者と呼ばれ称えられるほどの英雄で、召喚されたこの世界でもやはり勇者であった。例えどのような理由があったとしても大量殺戮者であるアタシを認める事は出来なかったのだろう。
アタシはこの世界で出会った二番目の勇者を殺した。
三番目に出会った勇者は極普通の男だった。彼はこの世界では見ない洗練された雰囲気を持ち、それに相応しい高い知識と知性を持っていた。私と同じ世界か、それ以上の文明水準をもつ場所から召喚されたのかもしれない。
二番目の勇者と同じように神の手がかりを得る為の話をした。
彼は疑いながらも最後まで話を聞いてくれた。しかしアタシの手を取ることは無く戦いとなった。彼にはアタシの話を理解した上で譲れないものがあったのだ。
アタシはこの世界で出会った三番目の勇者を殺した。
四番目に出会った勇者は極普通の女だった。彼女はこの世界では見ない洗練された雰囲気を持ち、その容姿とは明らかに不釣り合いな殺気を放ちながら襲い掛かってきた。
彼女は、アタシの言葉を何一つも聞いてはくれなかった。
戦い、彼女の両手と足を片方飛ばした。地面に倒れた彼女に近寄ると片足だけで飛び跳ねアタシの喉に噛みつこうとした。やむをえず心臓を貫ぬいた。彼女は命が尽きる最後の瞬間まで殺意と憎悪でアタシを殺そうとしていた。
彼女が逝きわの際に名前をつぶやいた……それは三番目の勇者の名前だった。
四番目の勇者は敵討ちとアタシに叫んだ。三番目の勇者は救わなければならない女がいると言っていた。愛する者同士。人質……敵討ち。つまりそういう事だろう。
アタシはこの世界で出会った四番目の勇者を殺した。
神を祭る宗教国家……その国のすぐ近くまで来ていた。アタシに対しての刺客として勇者の召喚を繰り返す国家。神へと至る手がかりが有るのではないかと考え目指していた国でもある。五番目の勇者とはその国の手前で出会ったのだ。
アタシがこの世界で出会った五番目の勇者。
神へと至る手がかりを与えてくれた。そしてアタシが元いた世界の……同郷者でもある少年だった。
◇◇◇◇◇◇
「これはメラゾーマではありません。メラです」
岩だらけの大地を覆い尽くすほどの爆風と轟音。
黒髪の少年はアタシが背後で起こした大爆発に驚いていた。慌てふためく彼にその界隈では有名な台詞を告げてみた。黒髪の少年の容姿は日本人そのものだった。だから確かめる為に言ってみたのだ。
アタシにそんな魔法は使えないし、影の応用で出来るようになった疑似的な炎の技だった。関係ないけど闇色の炎は男の子心をくすぐると思う。背後の大爆発に首だけ向けていた黒髪の少年は頭をゆっくりと正面に戻す。驚きの表情で顔を固めたまま、アタシを見てつぶやいた。
「き、君……ま、まじですか……?」
「はい、まじです。少しだけ話をしてもよろしいですか?」
こくこくと激しく首を縦に振って頷く少年。安堵する……この分かりやすい反応はアタシと同じ世界、恐らく日本から来た人間のものだろう。しかし、どのように話を続けるか悩んだ。何しろ先に三人の勇者との話し合いに、ことごとく失敗している。自分が口下手なのは理解しているが、ここまで酷いと嫌になってしまう。
そんなアタシの迷いをよそに先に動いたのは黒髪の少年だった。彼はアタシに対して警戒するような表情を浮かべていたが話し掛けて来た。
「え、えっと……あーゆぅー じゃぱにぃず(あなたは日本人ですか)?」
ホワイッ? なぜ英語? しかも微妙に発音が拙い……よく考えてみたら今のアタシの容姿はどう見たって日本人には見えないか。いやいや、それ以前に日本語で受け答えしているし、英語で日本人かどうかを聞くのは流石に違うのではないだろうか?
「I am Japanese.(はい、日本人です)」
なぜか英語で返答する流されやすいアタシ。
無言で見つめあう二人の間に小さな風が吹き微妙な空気が流れた。
耐え切れず目を逸らそうかと思った瞬間。
「お……おーじゃぱにーずっ!!」
黒髪の少年はそんな空気を跳ね除けるように、突然ハイテンションな叫び声をあげるとアタシに向かって走り寄ってきた。その顔には確かな喜びが見えた。
アタシの手前でぴたりっと止まると、黒髪の少年は人懐っこそうな笑顔を浮かべて両手を上げこちらに向かって差しだしてきた。うーんと、ハイタッチ……したいのかな? うかがうように黒髪の少年の顔を見ると彼は嬉しそうにウンウンと頷いていた。彼の頬がやけに染まっているのは興奮のためだろうか?
陰気なアタシは陽気なノリについていけず黒髪の少年をじっと見つめてしまった。
両手を宙に上げたまま固まる黒髪の少年とそれを見つめるアタシ。また風が吹き微妙な空気が流れた。黒髪の少年の目が泳ぐ。先に耐えられなくなったのは今度も彼の方だった……うん、あれ、勝った?
「あの……何か調子にのってすいやせんしたっ!!」
そして深い角度での綺麗なお辞儀。ああ、この黒髪の少年は日本人だと思った。
それから岩場に腰を下ろして話をする事にした。黒髪の少年は何故かアタシの直ぐ隣に座る。まずはお互いの自己紹介と召喚されてからの簡単な経緯などを聞き、彼に対して協力してもらう為に説明をする事にした。内容は今まで他の勇者達に話してきた事と一緒だ。世界の現状、アタシの目的、その結果起きると予想できる事の全てを語った。
黒髪の少年は最初の警戒心はどこにやら、アタシの言葉を聞いて一々大げさに頷いていた。
ここまで素直で疑う事を知らないとかえって不安になってくる。アタシが言うのもなんだけど彼は大丈夫なんだろうか? 幸せの壺とかを知らず知らずのうちに買わされてそうなタイプだった。
「あー、ラスボスが召喚してきた神かぁ……何だかありがちだよね?」
黒髪の少年は胡坐をかいて腕を組みながらよく分からない事を言った。ネットのファンタジー系小説では有り触れた話らしい。アタシも本はよく読んだが休み時間にボッチでいると思われたくなかったのが大きな理由だった。それほど文字を読むという行為には熱心ではなく、ネット小説は知ってはいたが見るほど興味は引かれなかった。
「うーむ。君に協力したいのは山々なんだけど、そうすると元の世界に戻れないみたいなんだよ」
「元の世界にですか?」
「うん、魔王を……君を倒せば元の世界に帰してくれるって言われたんだけどさ」
黒髪の少年は片目をつぶりながら後頭部を掻くと緩い苦笑いをした。
「アイツら胡散臭かったし、この手のパターンだと魔王を倒せても戻ることは出来ないって感じかな……それ以前に君を倒せそうにはないけど、色々な意味でさ」
「……元の世界に帰りたくはないのですか?」
「そりゃ帰りたいさ、この世界は電気もなければ水道もないコンビニなんて何それだよ。色々と不便すぎる。とはいえ現状じゃ手がないし無理そうなんだよね」
ため息交じりに肩を落とす黒髪の少年。この世界は電化製品がない代わりに魔導具という物がある……しかし元いた世界と同水準な生活が出来る、そこまで都合のいい魔法の道具などは存在しない。彼の様子からはここでの生活によほど不満があったのだろう。
「勇者て煽てられても人ひとりが出来る事なんて高が知れてる。ちょっと力が強くて言葉が分かる程度でアフリカの奥地に行って何が出来るかって話。考えてみればすぐ分かることだよね。別の世界で生きていくってそんな甘いものではなかったよ」
黒髪の少年は両手を広げ後ろ向きに倒れると寝転がった。そうしてアタシを下から眺めると頬だけではなく顔全体を真っ赤に染めて何故かそっぽを向いた。傍目には軽そうに見えて彼は彼なりに真剣に考えて行動していたらしい。少なくとも煽てられ何も疑問を持たずに、欲望のまま生きていた最初の勇者に比べると随分とマシだろう。
「調子のいいことばかり言う連中しかいなくて、周りの雰囲気から状況はあまり宜しくないって気づいたんだ。だからといって何かをする事もできなくてさ……いきなりこんな荒野のど真ん中に食料もなしで置き去りにされて、自棄になって君に一矢報いる覚悟で戦うつもりだったんだよ」
「そうだったのですか」
「うん、そんな感じだったから、君という同郷の人間に会えたのは本当に涙が出るほど嬉しかったかな。まあ、それが魔王ってのがまた……アレなんだけどさ?」
「貴方の言うところのテンプレというものですか?」
「そうそう、それそれっ!」
どちらが先だったのか気がついたら二人で笑い合っていた。
しばらく笑った後、黒髪の少年は立ち上がり腰を伸ばすとウンと大きく頷いた。
「よし、決めた! 俺は君に協力するよ!」
「……よろしいのですか?」
「うん、このままじゃ行き止まりだし、それにこの世界の人間には鉄砲玉扱いされたからね。だったらまだ信用できる同郷の人間の手助けをするもの悪くないかなと思ってさ」
「アタシは魔王で大量殺戮者です……それでも信じてくれるのですか?」
アタシの両手は血塗れだ。それでもお人よしそうな同郷の少年に対しては誠実でありたいと思った。やっぱり口下手なのだろう……だから協力してもらう時でも自分を否定するような言葉が出てしまう。本当にアタシは生きるのが下手だ。
しかし黒髪の少年にそんな考えは全くの杞憂だった。
「うーん、それは俺には現実感がないというか、酷い話だけど所詮この世界の人間の事だし……うん、他人事なんだよね。それに今までの話を聞くだけでも君にはそれをやる権利があると思う。ううん、君がやるべき事だったんじゃないかな?」
「………………」
思いもよらなかった。黒髪の少年はアタシの今までの行動を肯定してくれた。
それこそ彼の言葉ではないが他人事だから言えるのかもしれない。だけどその無責任さが本当に嬉しかった。だからこそ心の奥底から言えた『ありがとう』と、涙で目が滲んだ。アタシの言葉を聞いた黒髪の少年はまた頬を朱に染めて『やばい、まじ、かわいい』とか何やらブツブツとつぶやいていた。