少女が生まれ変わって魔王になる物語   作:あじぽんぽん

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少年

 貴方の体にこの爪を突き立てるその為だけに。

 

 

 アタシが目の前に立つと彼は落ち着きなく体を揺らした。緊張しているのだろうか?

 

「えーと、それで協力だけど俺は何をすればいいのかな?」

「アタシとしばらくの間、手を重ねてもらえますか?」

「へ、手を重ねる? それだけでいいの?」

「はい、術式を解析する間、手を重ねてもらえればいいです。体に少しだけ負荷が掛かると思いますが、逆らわずに力を抜いてくれれば問題はないはずです」

「ふーん、よく分からないけど分かった! 取り敢えずやってみよう!!」

 

 何故かテンションの高い黒髪の少年。困惑を覚えながらもアタシが彼の手を取ろうとしたら見事に避けられた。

 

 やはりアタシが信用が出来ないのかと少しだけ暗い気持ちになる。

 

 そう思い黒髪の少年の顔を見上げると慌てて首を左右に激しく振っていた。自分の服で手をゴシゴシと擦るように拭くと改めて差し出してきた。別にそこまで気を使わなくてもいいのに……差し出された指は摩擦で真っ赤になっていた。

 

 黒髪の少年と静かに手を重ねる。『おお柔らかいし小さいっ』と彼は嬉しそうに声を上げた……本当に大丈夫なのかしら?

 

 アタシは目を閉じると体に宿る魔族の集合意識に呼びかける。少年の中に存在する様々な術式を脳内で映像化し解析を開始する。

 

 ――探索:術式探査中……発見。解析開始。

 

 コンマ数秒で神が残した術式を発見。引き続き解析。

 

 ――解析:鍵穴……偽造鍵使用。扉の解放を確認。

 ――攻防:攻性術式を確認。攻……殲滅を確認。

 

 いくつもの扉や攻性術式に阻まれて解析作業は遅々として進まない。だけど確かな手ごたえも感じていた。ここまで厳重な守りを持つ術式は今までに見た事がない、神に至る手がかりが何かしら有るはずだ。

 

 そうして攻防繰り返し、鍵穴を全て外して作業は終わりを迎える。

 

 ――解析:全扉の解放を確認。最終確認……全術式解析完了。

 

 その一瞬、本当に一瞬だけ見えた映像。だけど……はっきりと捉えた!

 

 見つけた! 見つけた! 神へと至る道標をついに見つけた!!

 

 長かった。これを得るためだけに、どれだけの時間を費やしたのか! どれだけの命を奪ったのか! どれだけの国と種族を滅ぼしたのか!!

 

 同時におかしさも覚える。答えは本当に簡単で灯台下暗しとはまさにこの事かと実感できたのだ。

 

 黒髪の少年にお礼を言おうと興奮のまま目を開いた。

 

 ……何故か彼の顔がすぐ傍にあった。

 

 目を閉じて頬をタコのように染め、唇もタコのように突き出した顔だった。

 

 ……黒髪の少年に対しての感謝の気持ちが跡形もなく消えた。

 

「……何をしているのですか?」

「ふ、ふえっ!?」

 

 我ながらひどく冷たいと思える声が出たのは、何とも形容しがたい気持ち感じたからだろうか? 黒髪の少年は変な声を出すと尻もちをつく、そして後ずりながら必死で言い訳をしだす。

 

「ち、違うのよ……誤解よ。そう全て誤解なのよ! 君が目を閉じていい感じだったからつい……チュ、チュウしようなんて思ってもみなかったんだから! ば、ばかぁん! か、勘違いしないでよねっ!!」

 

 言い訳……?

 

 アタシにチュウしようと思っていたのですね? 後どうしてツンデレお嬢様風に逆切れしているのでしょうか?

 

 影さんに黒髪の少年を甘噛みしてもらった。

 

 

 

 神へ至る手がかり、神の居場所を特定する事ができた。

 

 勿論、今までしてきた旅は無駄ではなかったと思う。何故なら場所を特定できたとしても扉を開けるための鍵が無ければ意味がないからだ。黒髪の少年の体に残った神の術式を解析した結果、鍵も無事入手する事が出来た。

 

 そしてもう一つ、嬉しい副産物があった。

 

「戻れる? 本当に……本当に元の世界に戻れるのかっ!?」

「はい、神が残した術式から元の世界に戻る為の逆算もできました。送還術式で戻ることが可能です」

「まじか! うしゃっあっ!!」

 

 黒髪の少年は拳を握ると体を震わせて喜んでいた。アタシにも彼の気持ちはよく理解できる。今まで誰にも頼る事の出来ない異世界にたった一人でいたのだ。飄々としているように見えて相当の不安があったのだろう。その重圧から解放されれば年相応にはしゃぎたくなるのも分かるというものだ。

 

 喜ぶ彼の姿に、アタシの心も少し潤った気がした。

 

「では、早速今から送還の為の術式を展開しますね」

「へ? い、今すぐ?」

「はい……何か問題がありますか?」

「……あ、あのさ、元の世界に帰すのはもう少し後に出来ないかな?」

 

 どちらかというと物怖じしなさそうな黒髪の少年は、珍しく言いにくそうな感じであった。アタシはその態度を疑問に思いながらも続きを促がした。

 

「あー何というのかな? 折角、異世界に来てるんだし、もう少しだけ観光巡り的な事をしたいというか、何というのかさ……」

「…………うん」

「あ、ごめん。こんな状況で不謹慎だったよね? でも出来ればでいいんだけど?」

 

 申し訳なさそうに謝る黒髪の少年にアタシは首を横に振った。彼には恩がある。出来る事ならその望みを叶えてあげたいけど、そういうわけにはいかない理由があるのだ。

 

「怒ってはいませんよ。ただ時間が過ぎれば過ぎるほど送還の術式は複雑化します。下手をしたら二度と戻れなくなりますよ? 何かやり残した事がないのであれば今すぐにでも行いたいのですが?」

「うぅ……やり残した事というか何というか……あれというか?」

「……それに貴方の身の安全の為でもあります」

「へ……あ、安全?」

 

 アタシの言葉に驚く黒髪の少年に伝える。

 

「勇者召喚は世界に勇者がいる限りは行えません。正確には世界に勇者は一人といったところでしょうか。裏切りが知られれば、新たな勇者を呼び出すために貴方を殺そうとするでしょう。その前に貴方を元の世界に帰して、召喚の術式が二度と使えないように根源から破壊するつもりです」

「え、あ、そ、そうなんだ?」

「貴方がこの世界に残りたいなら構いませんが、召喚の術式は一刻も早く破壊したいのです。アタシ達のような被害者を二度と出さないためにも」

 

 この世界に招かれてからの地獄の日々……アタシは思い出し唇を噛みしめる。

 

 神に選ばれし異世界から召喚された勇者達。

 

 それすらも神が考え出した物語を盛り上げる要素の一つでしかない。そんなくだらない事の為に多くの者が振り回されてきた。だが今はその無駄な虚飾が命取りとなる。

 

 黒髪の少年は意を決したかのように口を開いた。

 

「うん……あのさ、今から馬鹿な事を言うかもしれないけど、いいかな?」

「はい、何でしょうか?」

「君も……俺と一緒に元の世界に戻らないか?」

 

 アタシは何を言われたのか分からなかった。黒髪の少年の問うような強い視線を感じた。そしてジワリジワリと言葉の意味が体に染み込んでくる。

 

 アタシが……元の世界に戻る?

 

 それは全く考えもしない事だった。それ故に彼の発言を理解するのが遅れたのだ。黒髪の少年はさらに言葉を重ねる、彼の表情は真剣で本気だった。

 

 何故だろう……全く似ていないのに、黒髪の少年にあの人の面影を見た。

 

「君も色々辛い事があっただろうけど、この世界に縛られる必要はないんじゃないかな? 戻ったら何があっても俺が力になるからさ!!」

「……ありがとう。でも、ここに残って術式を起動させる必要があります。元の世界に帰れるのは貴方一人だけです」

「え……? そ、そうなんだ……その、ごめん、考えなしだった」

 

 やんわりとした拒否。黒髪の少年の悲しげな謝罪。

 

 本当は嘘だった……帰ろうと思えば黒髪の少年と一緒に帰る事は可能だった。だけど、この世界に来てからもう二十年近くもたっている。しかもこんな異形の姿で日本に戻ってまともな生活を送れるというのだろうか? 

 

 いや違う! そうじゃないんだ。アタシは復讐の為だけに多くの命を奪い殺してきた。それを今さら無かったモノとして元の世界で平和に暮らすなんて絶対に無理だ。たとえ誰かが許してくれたとしてもアタシ自身が許す事などできはしない。

 

 それにアタシにはまだ、この世界でやらなくてはいけない事がある。

 

 黒髪の少年はまだ何かを言いたそうにしていた。しかしアタシはそれに気づかない振りをして送還するための術式の開始を伝えた。

 

 魔族の集合意識のバックアップを受け術式を展開。

 式に魔力を流し込む。安定させる……二次術式展開……三次術式展開。

 複雑怪奇な術式を次々と展開し発動していく。

 時間設定。位置設定。速度設定。予備術式複数展開。

 

 本来ならば神の加護を受けた上で、何十人もの魔導士を使って起動させる術式だが、集合意識という複脳と莫大な魔力を持つアタシには難なく一人で作り上げる事が出来た。同時にもう一つの術式も展開して作り上げていく。

 

 この世界への召喚の術式を根源から破壊するための術式。

 

 そうしているうちに構築していた術式が完成した。送還の魔法陣は放置していても発動するだろう。アタシは展開した術式に最後の魔力を注ぐと魔法陣から一歩後ろに下がりその中央に立つ黒髪の少年を何ともなしに眺めた。

 

 少年も光を増していく陣からアタシの事をジッと見つめている……彼の真っすぐな優しさに耐え切れず目を逸らした。

 

 黒髪の少年が戸惑いがちに口を開いた。

 

「あのさ、君の家族とか親しい友人とかに伝える事とかあるかな? あったら俺が探し出して絶対伝えておくよ!」

「なにも……アタシにはもう何もありませんから」

「あ……そ、そうなんだ」

 

 アタシの態度に何かを察したのか黒髪の少年は無言となる。やがて世界を超える転移魔法陣の光が臨海へと達する。再び見る懐かしい光景……今度はアタシが見送る番だ。

 

 黒髪の少年が最後の言葉を口にした。

 

「君の……君の名前を教えて欲しい! 魔王じゃなくて本当の名前を!!」

 

 そう叫ぶ黒髪の少年の顔は本当に必死で、その目の色はもう記憶も朧げな懐かしい故郷を感じさせた。だからアタシは彼に答えてしまった。元の世界のアタシの名前を……捨ててしまったはずの本当の名前を。

 

()の名前は――――」

 

 魔法陣の爆発するような眩い光が全て覆い隠した。

 その光が収まった後には、黒髪の少年の姿はどこにもなかった。

 

 アタシはひとりオレンジ色に染まった夕焼けの空を見上げた。

 

 黒髪の少年にアタシの本当の名前は届いたのだろうか? たとえ届かなかったとしてもアタシは忘れない、彼の名前を、この世界で唯一心を通わせる事の出来た優しい同郷者の名前を絶対に忘れはしない。

 

 アタシは目を閉じて深呼吸をする。

 目を開くと展開していたもう一つの術式を完成させ発動させた。

 

 瞬間、世界にヒビが入る音が確かに聞こえた。アタシが組み上げた召喚破壊の術式は確実に発動し効果を発揮したのだ。

 

 もう誰も、呼び出す事は叶わないのだ。

 それはアタシから神に対しての宣戦布告でもあった。

 

 そろそろ……気づいていますよね神様?

 

 貴方が大した事がないと放置していた異世界の異物が、ここまで大きな世界の悪となりましたよ? 貴方の体にこの爪を突き立てるその為だけに。

 

 ああ、そうだ。闇が生み出した獣が来るのをせいぜい怯えて待っているがいい。

 

 アタシは来た道を戻り歩き出す。目的地は闇の森……祭壇の泉。

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