少女が生まれ変わって魔王になる物語   作:あじぽんぽん

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生きる理由

 ああ、ああ……これが生きているという事か。

 

 

 アタシが手を下すまでもなかった。『彼/彼女』の命はもう尽きかけていたのだ。

 

 『彼/彼女』の体がアタシ達の目の前で緩やかに分解していく。それはやがて光の玉となり、ゆっくりと回転して宙に浮くと空間をぼんやりと照らしだした。まだ世界を維持する為に活動している事は分かる。だけどそう長くはもたないだろう。

 

 魔族の集合意識の演算が今ならば世界を存続させるための手段があると答えを出した。しかし成功する確率はかなり低いものだった。

 

 『彼/彼女』の代わりに誰かがこの星のコアとして管理者になるのだ。

 

 並の力では御する事などはできないだろう。アタシの存在を考えるだけで消せた筈の『彼/彼女』の力をもってしても、精神エネルギーの供給が満足ではない状態だとあれ程の消耗をしていたのだから。

 

 この世界で『彼/彼女』の代わりが出来るのは……恐らくアタシ以外にはいない。ならば世界を維持する役割を力づくで引き継ぐだけだ。

 

 迷いは無かった。可能性が少しでもあるのなら賭けてみるべきだ。それこそ命を奪い続けたアタシに出来る唯一の贖罪だと思うから。聖女達を一人一人見ていく、脳裏に焼き付けるように見ていく、彼女達はアタシに微笑み頷いてくれた。無条件の信頼、その思いに心の中から力が沸き上がってくるようだった。

 

 光の玉に手をかざし、周りに無数の術式を展開した。今から接続(アクセス)し星を維持するための術式を支配下に置くのだ。

 

 防護(プロテクト)擬似体(ダミー)の術式を構築出来る限界数まで展開し致死性の衝撃を逃がせるよう備える。緊張する……相手は星一つを維持するほどの術式だ。その情報量はどんな存在よりも桁違いだろう。慎重に細い糸よりも更に細い術式を伸ばして光の玉と肉体をほんの僅か接続する。

 

 意識が一瞬消失した。

 

「あ・がががぁ――――――――――――――――――――!!」

 

 悲鳴が出た。比喩でもなく星そのものの命が体に掛かったのだ。億単位で構築していた防護も擬似体も意味を成さず一瞬で突破され破壊された。信じられないほどの情報量に頭が吹き飛びそうになる。細胞が焼き付いては再生し、焼き焦げては再生する。今にも全細胞が崩壊しそうだ。体の自由はきかず接続を切ることはもはやアタシには不可能だった。

 

 侵食し逆流する術式がアタシの肉体を隅々まで、髪の毛一本すらも容赦なく無慈悲に蹂躙する。押さえようとしても押さえきれない内圧に手足と頭が勝手に跳ね上がる。

 

 宿る全ての力……魔力を闇を影を魂を限界まで解放する。

 魔族の集合意識……何百万もの個を限界まで酷使し稼働させる。

 

 それでもまだ足りない、全然足りてない、でもこれが今のアタシにだせる精いっぱいだった。絶望的な状況に気が狂いそうだ。血管が負荷に耐え切れず裂けて血が霧のように噴き出る。肉体は再生と崩壊を繰り返す。この世界において一番強靭な筈の体がすでに限界を訴えている。それでも止めるわけにはいかない止められない。

 

 世界に、アタシ以外でこの役割を果たせる人はいないのだから。

 

「ぐあうう・あぐううううぅぅ――――――――――――――――!!」

 

 獣のように唸り叫ぶ。手足に闇の爪が生え瞬時に砕かれる。まるで絶え間のない拷問を受けているようだ。死ぬほどの激痛を一万回繰り返し、それを一回とし更に重ねて一万回繰り返す、そんな痛みを秒単位で持続して与えられるに等しい。まだほんの十数秒も経っていないのにこの身は既に満身創痍だ。

 

「――あ――――が――――がぁ――――――――――――!!」

 

 心が折れそうになるのを泣き叫びながら必死に耐える。血が吹き出る。叫ぶ。血と涎が口から溢れ出す。叫ぶ。ひたすらに泣き叫ぶ。髪が放電する。終わりの見えない苦痛に泣き叫ぶ。肉が抉られる。涙と血が零れる。絶叫しながら必死に耐える。肉が壊死する。再生する。獣のようにただ吠える。術式を解析するどころの話ではない。死んだほうがましな痛みに唯々、耐えるしかなかった。

 

「あ――――――あぁ……あ?」

 

 不意に僅かだが体への負荷が減り、地獄のような術式の締め付けが軽くなった。

 

 背中に小さな手が乗せられる。振り向かなくても分かる支えてくれる人がいたのだ。それは微笑みを浮かべた始まりの聖女母さんだった。それだけではない、ハイエルフ母さんやリザードマン母さん……十二人の種族のお母さん達。アタシの背中を優しく、でもしっかりと支えてくれている。

 

 ああ、アタシは馬鹿だ。一人ではなかった。そんな当たり前の事に今ようやく気がつくなんて。瞳から涙が出るがそれは苦痛のためではなかった。アタシには甘えていい人達がいるのだから。

 

 聖女達の、お母さん達の、彼女達の支援を受け、アタシの全能力がただ一点に集約される。光の玉。その星を維持するための術式全ての譲渡、その一点のみに。刹那、脳裏に術式の綻びが見えた。確かに見えた。勝機を見逃してはいけない、術式の急速再構成。武器のイメージは慣れ親しんだ闇の爪。

 

 その場所(コア)に辿りつく為の経路が見える……アタシの体が加速する。

 

 襲いかかり邪魔をする、無数の攻性術式を片っ端から削って抉って跳ね飛ばした。

 守ろうと立ち塞がる、無数の防護術式を片っ端から切り裂き貫いて割って砕いた。

 

 逃げる逃げられてしまう。アタシは攻性術式に被弾するのも構わず突っ込んだ。

 

「うあぁぁぁ――――――――――――――!!」

 

 隠される。腕を伸ばす。伸ばす。伸ばす。伸ばし……掴んで、引き千切った!!

 

 それは従う気はないと手の中で激しく暴れまわる。逃がすまいとアタシに宿る闇の力を全て注ぎ込んだ。それに応じて肉体が最適化(へんか)する。爪が伸び、闇が体を覆い、悪魔のような翼が背中から生える。このちっぽけな体は戦う為により強靭に強くなる。強く! 強く! もっと強く! 闇のように強く変質する!!

 

 後の事なんて考える余裕などない、これを逃したらもう二度目はないのだから!

 

「言うことを聞けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 ――――――!!

 

 ぷつんッ……唐突に負荷が全て消え、光の玉と術式の安定を確認した。

 

 ありえないほどの量と精密さの高度な術式が全てアタシのものとなった。宇宙の上位種族の、それこそ神と呼ばれるものたちの術式を理解することが出来た。

 

 先程までの激痛が嘘のように消える。あまりの落差に信じられなくてしばらく呆然とする。落ちそうになる意識を繫ぎ止め膝をつき、深呼吸し血まみれの顔を手で拭う。そしてゆっくりと立ち上がる。体にあれほど満ちていた力はすべて消え、肉体は元の貧弱なものに戻っていた。達成した喜びより消耗しつくした疲労のほうが大きかった。

 

 後は光の玉を体内に取り込めば全てが終わる。

 

 光の玉自体にも星を維持する為のエネルギーがまだ残されている。それを僅かずつ消費していけば星を現状で維持するだけなら十分な時間を稼げるはずだ。そしてアタシの体は世界を維持する歯車として使われる事になるだろう。だけど後悔はないアタシはこれで満足だ……そう満足なんだ。ボロボロの体でそう思った。

 

 どのくらい持つかは分からないが、アタシの魂が尽きるその前に、この星と命達が自力で生きていけるだけの力を手に入れて欲しい。そう願いながら再び手を伸ばす……だが光の玉は誰かに取られてしまう。

 

「――――え?」

 

 それが誰なのか最初は理解できなかった。

 

 純白の髪。褐色の肌。純白の瞳。長い耳と角と尻尾。完成された美しい生き物。

 

 それはアタシとまったく同じ姿をしていた。でもアタシと真逆な姿で、まるで色を反転させる鏡を見ているみたいであった。

 

『ここから先はわたくし達(・・・・・)の役目です』

 

 その言葉と同時にアタシの体から何かが引き抜かれる。彼女に奪われたそれは魔族の集合意識だった。シュルシュルとその褐色の肌に集合意識達が吸い込まれていく。でもそれは彼等の意思でもあるという事が何故か理解できた。

 

「どうしてっ、どうしてお母さん!?」

 

 このアタシにそっくりな彼女は紛れもない聖女達の集合体であった。アタシと似ている? 違う逆だ。元々それが彼女達の本来の姿。魔族の集合意識と同じで一つになった姿が本来のものだった。その彼女の魂を削って生み出されたアタシが彼女と瓜二つ……同じ性能(・・)なのは当然のことだ。

 

 光の玉を胸の前で撫でるように両手で持ちながら彼女は優しく微笑んでいた。

 それはアタシが不安になるといつも見せてくれた聖女の微笑み。

 

『貴女はこの世界で生きるべき人だからです』

「そんな、無理だよそんなの、アタシにはなにもない、罪しかない、どうやって生きていけばいいの!?」

『本当にそうですか? 貴女を思い心配している人もいるはずですよ?』

「いないよ、もう……そんな人はいるはずがない!!」

『少なくとも一人はいます。貴女が生きる理由となる人が貴女の中に』

「え…………?」

 

 そう言って彼女は……聖女は光の玉をその身に取り込んだ。

 

 アタシは息を呑む。空間に無数の亀裂が入った。アタシは衝撃で跳ね飛ばされる。四方八方から彼女に向けて世界を維持する術式が闇となって手を伸ばす。アタシはその光景に耐え切れず叫んだ。彼女の体にいくつもの術式が鎖のように巻き付き絡みつく、まるでその姿は全ての者の罪を背負った聖者のようだった。

 

 全ての工程が完了し彼女は完全に世界(ほし)を維持する為の術式の一部となったのだ。

  

『いきなさい、貴女は貴女のまま、いきなさい』

 

 もう術式に覆われて顔も見えないのに、彼女の声だけは確かに聞こえた。

 白い霧がすべて消え、空間が音もなくばらばらと崩壊する。

 光が辺りと包む。体も動かせず、それを見ながらアタシは思った。

 

 古典小説に出てくる機械仕掛けの神さま。

 

 全ての者を等しく救うという、ご都合主義の優しくて残酷な神さま。

 崩れ落ちる空間で佇む、聖女という存在がまさにそれだったのではないかと。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 そこは闇の森。祭壇の泉の石碑。

 目を覚ましたら、アタシは石碑に寄りかかって倒れていた。

 

 獣と虫の声、様々な木々と底が見えるほどに澄んだ泉。

 

 見飽きているのにそれでも美しいと感じる。その風景はあまりにも絵本的過ぎて現実味がなかった。ただ呆然と言葉も出ず、ただ眺めた。

 

 傷だらけの重い体を無理やり起こして石碑から離れると、そこについていた苔がばらばらと剥がれ地面に落ちた。手をついた時に握ったのだろう、掌の中の苔が残っていた。

 

「これも……この苔さえもお母さん達が守ろうとした命の一つ」

 

 顔を上げ辺りを見回した。太陽の眩しい光が目に入り涙が零れた。そこには名前も分からない木々や獣達が生き原始的な命の息吹を感じさせた。

 

「ああ、ああ……これが生きているという事か」

 

 アタシはそれが、寂しくて、悲しくて、嬉しくて、誇らしくて涙を流した。

 

 そうだ……木を、木を植えよう……奪った命の分だけ木を植えて育てよう。一本でも多くの木を植えて育てよう、育てて生きていこう。いつかお母さん達が戻ってきた時に、星を維持する術式などなくとも、誰の手も借りずとも星が生きていけるように、多くの木を植えて多くの命を育てていこう。

 

 例え自己満足でもかまわない、それが今のアタシに出来る唯一の事なのだから。

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