魔王さまと娘さま
アタシは頬に片手を当て、それから腕を組んでニヘラと笑って答えた。
「精神生命体……それが人族が神と呼称していたモノの正体ですか?」
そこは城の中庭にある小さなテラス。アタシと娘は丸机にお茶と砂糖菓子を置き、椅子に座って二人っきりのお茶会を楽しんでいた。
お茶は外作業の味方、熱い麦茶。
「ええ、そうよ、そして世界を救うためにその身を捧げた聖女は……」
「今の管理者……という事ですよね?」
おずおずといった感じで娘は答え、アタシはそれに頷く。管理者に前々から物申したい事があると言っていた彼女としてはバツがわるいのかもしれない。娘があまりにも管理者に対して悪い感情を抱いているものだから、仕方なく神と呼ばれた存在の終わりと管理者の誕生についての話をしてあげた。
「しかし、そのような出来事があったとは、お母様がそれ程までに木を植える事に熱心な理由が分かりました」
「うん、それに関してはもう生活の一部と化しているのだけどね。まあ、否定はしないわよ」
テラスから城の中庭を何気なく眺める。棚に並べた苔盆栽や植物達はみんな太陽の光を浴び元気につやつやと育っていた。
「むしろその後が大変だったわね。何しろ十年近く放浪していたでしょう? 流石に皆忘れてるかしらで、一応は報告にと魔の城に行ったら上を下への大騒ぎよ」
「それは、そうでしょう」
「侍女長にいきなり泣きながら抱きつかれて、そのまま泣きながら首を絞められて、泣きながら絞め落とされそうになったのは、今でも忘れられないわね」
「そ、そんな事があったのですか?」
「ええ、あったのよ、死ぬかと思った……」
思い出して痛くもない首を擦る。魔王になってから明確な命の危機を感じたのは、後にも先にもあれだけだ。
「ああ、ええ、何だか想像できますね……恐ろしいです」
「あれでも昔は、吃り癖のある泣き虫な可愛い娘だったのよ?」
「……すいません、それはどうやっても想像できないです」
「本当にどうしてあんな感じになってしまったのか」
「………………」
う、娘さまが目を細めて黙っちゃた『どうせお母様が原因では?』とか思っていそう……やっぱりアタシが原因?
「それから拘束されて強制的に魔の国の王として即位させられ、戴冠式やら新しい臣下の紹介やら国民の皆様への挨拶やら、色々と忙しくて解放されたのは半年後くらいだったわ」
「全てを放置していたのですから、その程度で済んでむしろ僥倖では?」
「十年近く一人で人族と、どんぱち頑張ってたのよ?」
「ですから、その程度で済んだのでは?」
娘さまがさり気なく冷たい。でも本当に一人でがんばっていたのだから褒めて欲しいところなのに……実際は一緒に戦いたいと言う魔族の者達との接触は頻繁にあったのだけど、足手まといだからと断って魔の国に帰していたのだ。
憎しみを受け持つのはアタシ一人で十分だと思ったのと、魔の国の復興に力を使ってもらいたかったからなんだけどね。
「それから一年ほどは闇の森の範囲を伸ばすために植林作業をしていたわね」
「当時の闇の森は今の半分程と聞いています。よく短期間で二倍以上も面積を伸ばせましたね?」
「ああ、アタシの影の力を総動員したからね、所謂一つの人海戦術よ」
「なるほど……」
魔族の集合意識達はお母さん達と一緒に行ってしまったけど、影の力はまだこの体に残っている。
「もっとも闇の森が短期間で育った理由は、それだけではないのだけどね」
「え、それはいったい?」
「闇の森とは、魔族と人族が必要以上に接触しないように、精神生命体が造り出した柵だったのよ。おそらく二つの種族を常時戦わせるより、定期的に戦わせた方が人族達の消耗率が低く、精神エネルギーの集まりも良かったのでしょうね」
これは放浪の旅の間に、魔族の集合意識で演算した結果から導き出した推測。この世界で闇の森が自然発生するには生態系に無理がありすぎるのだ。
「闇竜をはじめとした、森の外とは比較にならない強力で強靭な魔獣達も、柵を守る門番と考えれば腑に落ちるのよね」
「……確かに、私も前からそれだけは疑問に思っていました」
「その柵の役割を果たすための闇の森に満ちる異常ともいえる生命の力。その動植物の成長を促す力を利用して森の範囲を一気に広げたのよ」
フームと顎に手を当てて考え込む娘。いきなりこんな話聞かされても理解し難いはず。何しろこの子や他の者にとって闇の森とはあって当然の場所で、アタシが疑問を抱いたのも異世界から来た人間だからだと思う。
「まあ、そんな風に植林生活をしていたら、突然に激しい腹痛に襲われてね」
「それほどに過酷な職務をこなしていたのですか?」
「いえ、違うのよ、そういう事とは関係なしに腹痛になって倒れたの」
「倒れた……それは、大変だったのでは?」
「ええ、皆大騒ぎだったらしいわよ」
アタシは麦茶をすすった。温くなっている、淹れ直そうかしら。
それと、娘さまの『どうせ貴女は悪い物でも拾い食いしたのでしょう』的な視線が痛い。
「気を失って起きたのは半日後くらいだったかしら、アタシが起きた事に気がついた侍女達が一斉に『おめでとうございます!』て祝福してくれたのよ」
「え、どういう事ですか?」
「アタシのベットの横に小さな揺り籠が置いてあったわ」
「お、お母様。それは出産されたという事ですよね? いくら何でも妊娠している事に出産されるまで気がつかれなかったのですか!?」
娘の呆れたような驚いたような声に、アタシは頬をぽりぽりと掻く。
「それがちょっと特殊でね。アタシも何が御目出度いか分からなかったし、侍女達も祝ってくれている割には何かぎこちがないというか、どう接したらいいか困りかねてるという感じでね。アタシはこわごわと揺り籠の中を覗いてみたのよ」
「え、ええ?」
娘がゴクリと喉を鳴らした。アタシは胸の前に両手の平を軽く出すと、やや大きめの球のような物を持つ仕草をする。
「これくらいの大きさの可愛いらしい卵が入っていたわ」
「え……?」
「アタシが産んだものだったみたい」
娘さまがプルプルと震えながら自らを指差す。アタシは少々申し訳ない気持ちになりながらもしっかりと頷いた。
「わ、私は卵生だったのですかっ!!」
「抱きしめて温めたら、三日後には玉のように可愛い赤ん坊が産まれたのよ?」
「い、いやあああああっ!!」
「一応ね、その時の卵の欠片も残しているけど見るかしら?」
「お、お母様、も、もう止めてください!!」
娘は涙目になりながら両手で耳を塞ぐと丸机に突っ伏してしまった。臍の尾みたいに後で見せたら喜ぶかなと取っておいたのだけど逆効果だったみたい。
うん、よくよく考えたら普通はそうよね。
そんな事を思っていたら娘さまが突然がばっと起き上がった。
「え、ちょっと待ってくださいよ、私が卵生という事はですよ?」
「ええ、それがどうしたのかしら?」
「わ、私の子供も卵で産まれてくるという事ですか?」
アタシは頬に片手を当て、それから腕を組んでニヘラと笑って答えた。
「確率は二分の一よ。あの人の……お父さんの因子の強さに期待ね?」
「そ、そんなあぁ…………」
アタシの愛すべき娘は再び丸机に突っ伏して完全に消沈してしまった。
そのようにして本日のアタシと娘のお茶会は終了したのであった。
ちなみに娘はこれより二百年程の後に子供を授かる事になるのだけど、産まれてきたのは殻のついていない玉のように可愛い女の子だった。
ただね……子供が産まれた事よりも『卵じゃなかった!』という母親になったばかりの娘さまの歓喜の雄叫びと、両手の握り拳を宙に突き上げる勝利のポーズが、御婆ちゃんになったばかりのアタシには印象深くて忘れられなかったわね。
これにて終了になります。私の拙作にお付き合い頂き有難うございました。
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