姓;呂
名;布
字;奉先
年齢;不明(没年;建安3年12月24日癸酉〔199年2月7日〕)
性別;男
『三國無双』シリーズ最強格の武将。
だが、その中身は『三國無双』、そして『三国志』が好きな一般人の青年だった。
裏切りを続け、最終的に縛り首になると言う未来を回避すべく、慎重に行動するも、歴史の転換点に於いて避けられない選択肢を突きつけられ、自分なりに最善の行動をとるも結局、史実通り『曹猛徳』『劉玄徳』ら呂布討伐連合軍により、捕縛され、腹心の陳宮、高順らの目の前で夏候元譲に斬られ、死亡。
戦歴
184年;義父『丁原』に利を説き、大賢良師『張角』率いる黄巾党との戦いに身を投じる。黄巾党の武将を数名討ち取り、「丁原の下に呂布あり」と知られるようになる。
189年;『董卓』の謀略により、丁原の元を去らざるを得なくなる。本来の歴史で呂布は欲に駆られ、義父を斬り、董卓の下へ行くが、(呂布の)中身が変わったことで丁原の下を去るだけで済んだ。この頃に義理の娘『呂玲姫』を拾ったのもこの頃。
191年~192年;前年に組織された反董卓連合軍との戦いに身を投じることになる。この頃から、反董卓連合軍に所属する丁原を通じ、董卓の暗殺を目論む。長安へと移った董卓を皇帝からの呼び出しと偽り、王宮に呼び出し、董卓を暗殺した。この後、董卓暗殺に協力した貂蝉と別れ、配下の張遼達と共に長安を離れる。長安を離れた後、董卓の暗殺を知り、復讐に燃える李傕・郭汜の軍に襲撃されるも、配下共々これを打ち破り、李傕・郭汜を討ち取る。その結果、王允らの死は未然に防がれた。
193年~199年;長安を離れた呂布軍は各地を転戦し、中でも総大将自ら最前線で味方のために戦う呂布は張遼等配下の将等からも厚い信頼を得、敵からは「鬼神」と呼び恐れられた。自身の愛馬『赤兎馬』も自分を信頼してくれる主に良く懐き、戦場では彼の一部となって戦った。自分の力や自身に信頼してくれる部下達の力を狙った諸侯との戦いを繰り広げ、次第に疲弊していく。その最中、徐州の劉備を頼った呂布達は少しの行き違いから、劉備を追い出し、徐州を治めることになる。それから数ヶ月、徐州を追い出された劉備は曹操等と連合を組み、呂布達と争うことになる。数年に渡る戦いで両軍は疲弊し、呂布軍を内部から崩そうとしたものの、原点の呂布と違い部下のことを大事にしている呂布軍の結束は固く崩せなかったので、兵糧攻めを敢行し、完全に疲弊したところで決戦を挑み、呂布・高順・陳宮ら三人を捕縛、三人を処刑。ここに呂布の戦いは終わる。張遼を初めとする一部の部下は呂布の命を受け、城を脱出。その後、行方不明になる。また呂玲姫は兵糧攻めが始まる頃に呂布の伝を頼って脱出したが、その後の来歴は杳として知れず。