輪廻の輪に帰るはずの僕の魂は行き場を失って宙を漂い、その先で確かに“何か”を見た。そして降り注ぐように、地鳴りのように、それの声が響いたのだ。
「貴方にはまだ成すべきことがある」
声に導かれるように、境界すら不鮮明だった僕の魂は形を成して、行き着くべき場所を見出した。
目に飛び込んできたのは燦々と雲間を切り裂く太陽の光。眼下には城壁に囲まれた賑わいある都市が広がっていた――
見知らぬ世界。先の見えない未来。
僕は今度こそ誰かにとっての何者かに成れるだろうか。
呼ばれたみたいだから、僕はその扉を開けた。
扉の先は不思議な場所で、これから別の世界に産まれ直すのだと聞かされた。
転生というものには特典が付き物らしい。神か、その使いか、まあそんな何かによれば、一つ選んで持っていけるのだという。唐突に与えられたチャンスに、僕は必死に頭を回した。
奪われたり失くしたりする恐れのあるものは論外だ。技能が良いだろう。また、戦闘が前提の特典も御免だった。死の危険と向かい合って生きていくのは嫌だし、転生先が必ずしも戦乱の世だとは限らない。ということで、僕は右手から小松菜を生成する能力を貰った。どんな文化であろうと食料は金になる。この時点で、僕の輝かしい将来は確約されたようなものだった。
僕は一つ、いや二つほど勘違いをしていたらしい。
一つは、そのシステムにある。転生と言われたから、僕はてっきり産まれ直すところから意識が始まるのだと思っていた。あるいは、生前の姿で放り出されるのだと。だが、実際に取られたのは誰かの人生を押し付けられるという形だった。周囲の人々は既に僕のことを認知していて、身に覚えのない好意であったり尊敬であったり、はたまた敵意であったりを向けていた。彼らの記憶が改竄されたのか、前から生きていた誰かに乗り移ったのかはわからないが、確かなのは順応すべきは僕の方であり彼らの方では無かったということだ。
もう一つは、そこで僕が築いたことになっている地位についてだ。どうやら僕は、美少女アイドルになったようなのだ。更に今年は兵役を迎える年であるらしく、すぐに小松菜農家になるという僕のプランは完全に崩れた。というか美少女アイドルが兵役って何だよ。
兵役は四年。妖と呼ばれる化け物とも普通に戦うらしい。そして配備された武器はメリケンサック。僕にはよく世界観がわからなかった。
ともかく、始まってしまったらしいのだ。僕の二度目の人生が。
兵役初日。上官は人格者のようで皆に慕われていたが、僕にはよくわからなかった。いやその、彼の話は皆と一緒に聞いたのだが、言葉がわからなかったのだ。聞き取れなかったとかではなく、明らかに言語が違った。ここで気づく。特典、間違えたかも知れないと。
しかし、と僕は記憶を遡る。兵役の同期やアイドルの仕事で出会った人の大半には言葉が通じたはずだ。疑問に思って同期に聞くと、転生して間もない子は大変だろうけど言葉だってすぐ覚えるよと笑われた。彼女によると、この世界の八割が元日本人らしい。もはや原住民を駆逐する勢いだ。僕らの見た目は原住民と差異なく、そこに問題は発生しないのかもしれないが、文化は間違いなく変質していることだろう。それで良いのか、神よ。
その後選んだ特典について聞かれたが、しらばっくれた。
曰く、習うより慣れよ。
初日だというのに、そんな内容らしい上官の激励を受けて実戦に駆り出された。それどころか部隊の先頭まで任された。
とりあえず敵を殴ればいいんですよね、と先輩に確認したところぶん殴られた。アイドルならアイドルらしくしてろ、と怒鳴られた。アイドルとして扱うなら、当然のように手を上げるのはどうなんだろう。
自分は何をしているのだろうか。いや、行為自体は誰が見てもわかる。突如現れた異形の集団に向けて歌っているのだ。メリケンサックを付けたまま。
僕の歌を聞いた異形の集団は、涙を浮かべ、やがて歓声を上げた。魂が通じた瞬間だった。おかしいな、人間相手のときはそんなに盛り上がらなかったのに。
トントン拍子で和睦は進み、人と妖の百年続いた争いは終わった。皆もうちょっと頑張れよ。僕一日で解決しちゃったんだけど。
瞬く間に噂は伝播し、英雄になった。僕を殴った先輩が。彼の言葉があったから歌ったことに間違いはないものの、些かきっかけを遡り過ぎではないだろうか。
対して僕はというと、妖の側に引き渡された。友好の証だとか何とか。
まあいいか。こっちの奴らは僕の歌を気に入ってくれている。相手が気味の悪い異形の集団であっても、必要とされて悪い気はしなかった。
二日で飽きられた。そりゃそうだよな。僕の持ち歌二曲だし。アイドル歴も転生後で考えれば数日だし。ぶっちゃけ歌下手だし。むしろなんで二日持ったのかわからないぐらいだ。
必死の命乞いが功を奏したのかはわからないが、僕は監禁されることになった。それとなく様子を探ってはみたが、どんな生き物を閉じ込めるための監獄なのか、頑丈な作りのそこから逃げることは不可能に思えた。まあ今は脱獄する気力なんて湧かないので、そこは良いとしよう。
問題は、不定期に投げ込まれる食事の方だった。円盤状に成形された臙脂色のそれは、よく見るとあるべき形に戻ろうとするように妙な音を響かせながら蠢いていた。試しに味を見ようなどという考えが浮かぶはずもなく、僕は右手から生成した小松菜で凌ぐことにした。
獄中で過ごすこと数日、小松菜の存在が妖たちにバレた。そして絶賛された。少しわかるようになった彼らの表情は興味や期待に満ちていて、ついに小松菜農家の夢が叶うのだと直感した。想定とは周囲を取り巻く顧客が違うけど。主に造形が。
ともかく、小松菜をゼロから生成できる僕の有用性を示すべく小松菜について力説した。味の良さに、ビタミンやミネラルの豊富さ、他の食材との合わせやすさ。何でも良かった。あんな気持ちの悪い食事を取っている彼らの琴線に触れるのが何かなど予想もつかない。ひとしきり喚いて肌荒れに効くという話が一番ウケたので、結局わからないままだった。
演説は効果を発揮したらしく、小松菜を欲した彼らは迷いなく僕の右腕を切り落とした。終わった。血が止まらない。焦点が合わず、自分の体が揺れているのか視覚がぐらついているのかの判断も付かなかった。荷物を簡単に奪われるようにするのは身を守ることに繋がる、そんな治安の悪い国の話を思い出した。手遅れだった。
残された力を振り絞り、ゴミ捨て場から逃げ出した。というか右手だけ取って捨てるなんて酷すぎないかな。僕って友好の証ですよね。
気合いだけで人の住む地域へと辿り着いた。すぐさま例の一件でただの兵士から成り上がった英雄に決闘を申し込んでやった。どうせもう持たない、そんな気がする。
残った左手にはメリケンサック。腕力には結構自信があった。あれ、何だこの細腕。しまった、今女なんだっけ。アイドルなんだっけ。
撃たれた。英雄に。おい決闘で銃って。いやそこじゃない。何で銃があるのに軍がメリケン装備なんだよ。ここだな。
まあ、あいつの願った特典が銃だということもあり得るが。だとしても使いどころが違うだろ。相手は満身創痍の美少女で後輩だぞ。
まずい、意識が遠のいていく。くそ。小松菜、元気にやってるかな。
かくして、僕は死んだ。呼ばれた気がしたが、今度は答えなかった。
奪われないと思った力は奪われた。唐突に手に入れた地位には苦労した。もう良いんだ。もう転生だなんて懲り懲りだ。
「死後の世界へようこそ。特典はどう致しますか?」
銃!と僕は叫んだ。
<了>