「ギャンか、それともゲルググか、それが問題だ」次期主力MS選定レポート 作:ダイスケ@異世界コンサル(株)
額の広い官僚氏の説明で、アランが心の底から理解し、納得できたことがある。
ジオンが連邦に勝ったのは誤報でもなければ偶然でもなかった。
勝つための準備を10年間にわたり積み重ねてきた側が、準備を怠ってきた側へおさめた当然の結果としての勝利だった、ということである。
実のところ、アランには作戦局で説明を聞くまではジオン軍の勝利はプロパガンダに過ぎないのでは、という疑いが心の片隅にあった。
だが、間違いない。ジオンは勝つべくして勝ったのだ。
今後の宇宙世紀の歴史は、間違いなくジオン公国を中心として紡がれることになるだろう。
「この戦争は勝てたわけですが、今後の戦争はどのようなものになると考えていますか」
アランの問いかけに官僚氏は「いえ、まだ勝ったとは言えません」と返してきた。
奇しくも秘書のマリーと同じ回答である。
「連邦が核攻撃や化学兵器で反撃する可能性があるからですか?」
マリーが言っていた「連邦の反撃の可能性」について冗談めかして話題をふると、額の広い官僚は話し合いのなかで初めて「いえ・・・」と言葉を濁した。
これほど明晰な官僚にもアースノイド恐怖症とでも言うべき性癖が蔓延しているのか、とアランは意外の念を感じた。
ジオン公国から見た地球連邦という組織が、それだけ圧倒的な潜在力を持つと軍の中では兵卒から上層部まで認識が一致しているということだろう。
こういう組織は強い。やはり、ジオン軍の勝利は偶然ではなかった、とアランは認識を新たにした。
「では質問を変えます。もし戦争が継続するとして、今後の連邦軍はどのような戦術をとってくると考えていますか。連邦もルウムの大敗で戦訓を得たでしょうし、モビルスーツの威力を学習もしたでしょう。初戦のような大勝は難しいと思われますが」
連邦軍とて無能の集まりではない。圧倒的な敗北を喫した責任追求が一段落したあとには、原因の追求と対策を練るだろう。
細かい点は機密事項に触れるとしても、大まかな対応策については、アランとしても知っておきたかった。
「連邦は宇宙戦力の80%を喪失し、地球周辺機動の制宙権を失いました。宇宙要塞ルナツーでは生産力が不足しますから、地球で生産した軍需物資を地表から重力に逆らって補充する必要があります。今後は地球軌道上に打ち上げられる輸送船と護衛艦を巡る小規模な戦闘が頻発することになるのでは、と想定しています。そうして連邦の国力を削りつつ条約の制定を待つことになるはずです。それに、連邦軍もいずれはモビルスーツを開発してくるでしょう」
「連邦軍がモビルスーツを・・・それはいつ頃になると?」
モビルスーツにはモビルスーツを。連邦軍の将軍達の目が節穴でなければ、いずれはその発想にたどり着く。問題はそれがいつになるか、である。
「ジオンでは開発から実戦配備まで10年近い年月を要しました。連邦軍の技術力と生産力であれば5年・・・いえ、3年で我々の技術水準に追い付いてくるかもしれません」
「3年・・・」
早すぎる。ジオン公国という宇宙国家が10年の時間と国力と新技術を傾けて注ぎ込んだ乾坤一擲の作戦の成果が、たった3年で失われてしまうのか。
基本的な国力に差があるとはいえ、それではスペースノイド達があまりに哀れにすぎる。
「仕方のないことです。ジオン軍としても新型のモビルスーツを開発し、技術が追い付かれないよう努めねばなりません」
官僚は頷いたあとで「しかし連邦軍がモビルスーツを開発しても実戦配備にはかなりの時間がかかるかもしれません」と続けた。
「なにしろ、宇宙軍の編成を艦隊中心からモビルスーツ中心に切り替えるのには時間がかかります。技術だけなら3年で追い付けるかもしれません。ですが一番難しいのは、人の問題です。連邦軍は民主的な軍隊ですから将軍の任免にも複雑な政治が絡みます。既存の兵器体系をひっくり返すとなれば、そこにぶら下がっている政治家や企業家達の利権を根こそぎ奪うことになりかねません。ですから、技術面では可能でも、政治的にかなりの困難が伴うと思われます。
また、モビルスーツ単体をとっても、部品製造、組み立て、補給、整備のための設備と人員の訓練、パイロットの育成と戦術の確立など課題は山積みです。早期に解決できるものではありません。
連邦軍がとる対策として、短期的には既存の宇宙戦闘機の重武装化、艦艇の近接火器の火力強化、といったところに留まるのではないでしょうか」
技術はできても組織と人と設備がついてこない、ということか。
それなりに説得力のある説明である。
「するとジオン軍のモビルスーツは、どういった方向性で開発されるべきだと考えますか」
アランの問いに、官僚はスマートボードを使いながら説明してくれた。
「まずは連邦の宇宙戦闘機や艦艇の短距離砲に耐えられるだけの重装甲化。それでいて既存の機動性を失わないための機動力強化。地球軌道上での一撃離脱戦闘を可能にする火力の強化、といったところではないでしょうか。
開発された新鋭機は、既存のMS06の熟練パイロット達へ優先して引き渡されていくことになるでしょう。モビルスーツを中心とした戦術において、熟練パイロットにはそれだけの価値があります」
「たしか・・・赤い彗星、でしたか。1人で5隻の戦艦を沈めたとか」
「ご存じでしたか。ええ。彼の他にも、信じられない成果をあげたパイロットの事例があがってきています」
「すると、今後のモビルスーツは重装甲、高機動、高火力、がトレンドになりますか」
「もう一点付け加えるならば、対モビルスーツ戦闘能力も・・・ですね。将来的な話になりますが」
現時点で追求すべき性能に加えて将来的に拡張する余裕を持たせてほしいということだろう。
対モビルスーツ戦闘といっても、具体的にどのような要素が必要なのか、アランには想像が難しい。
「連邦軍のモビルスーツを念頭にいれるんですね?・・・たしかMS06は斧のような武器を装備していませんでしたか。ヒート・・・」
「ヒートホークですね。あれは対艦用で戦艦の装甲を引き剥がしたり、砲搭の砲身を叩き折ったりするため工具のようなものです。建設機械のアームの先に装着するアタッチメントをイメージしていただけるといいかもしれません」
「そうなんですか。てっきり大きな斧でモビルスーツを叩き切るものだとばかり・・・」
アランの勘違いを、官僚氏は訂正した。
「まさか。いえ、やってやれないことはないでしょうが・・・モビルスーツのように高速で機動する物体同士が衝突すれば両者にとって大変な惨事になります。3次元の広大な空間を飛び回る宇宙空間戦闘で格闘戦が起きることは想定しにくいですね」
たしかに、モビルスーツがいかに人に近い形をしているとはいえ、基本的には核融合炉を積んだ宇宙船であり、手足はマニュピレーターなのだ。
宇宙船は格闘をしないものだ。激突すればフレームは歪むだろうし、万が一にでも核融合炉が損傷を受けて爆発したりすれば、大変なことになる。
「ロボット同士の格闘はロマンとして娯楽番組の中に留めておく方が良さそうですね」
「今後の方向性としては、そうした拡張性も考慮にいれる必要性はあります。連邦と大規模な会戦が起きる可能性は下がりましたから、全体として量を揃えることを重視したMS06計画から、質を重視した機体にトレンドが移るものとお考えください」
戦局の見通しやモビルスーツのトレンドについての説明も明快で説得力がある。
さすがジオン軍屈指のエリートが所属する作戦局に所属しているだけのことはある。
アランは会議の内容に満足し、席を立つ際にふと、質問を投げ掛けてみた。。
「最後に一つだけ。ロマンついでにお聞きしますが、モビルスーツで地球上での戦闘は想定していますか?」
「訓練の一環として低重力の小惑星上での訓練は積んできました。それと月面都市グラナダ解放戦において、月面上をモビルスーツが歩いた、ということは聞いています。地球上での戦闘もシナリオとしては考慮しましたが・・・実現せずに済んでよかった、と思いますよ」
「ありがとうございます」
足はあってもモビルスーツはスペースノイドが作った宇宙兵器。ロマンは子供向けの番組で追求すべきものであって、現実の兵器システムでは居場所がない、ということでもある。
◇ ◇ ◇ ◇
アランにとって選定の基準ができれば、次期モビルスーツ選定レポートの作成は楽な作業だった。
次期主力モビルスーツ選定の選択肢は、A案のジオニック社提案、B案のツィマッド社提案、C案の既存機体の継続案の3つに絞られた。
C案については、MS06を製造しているジオニック社から新規提案があった。
脚部ユニットにスラスター追加と背部メインスラスターを強化することで、推力を大幅に引き上げることができる、というのである。
現行機の改修ということで多少の費用の上乗せはあるが、やはり実績のある機体は安心感がある。
アランの天秤は、大きくC案に傾いた。
今後のジオン公国の財政に対するアランの見方も、その決断を後押ししていた。
近いうちに、ジオン公国と地球連邦の間で何らかの休戦協定が結ばれるだろう。
そうなれば今のジオン公国の軍事費も大幅に削減せずにはいられないはず、というのがアランの見立てである。
傍証はいくつもある。財政院で聞き込んだジオン公国の歪な予算管理。
サイド内の奇妙に少ない労働者たち。兵士に供される貧しい食事。
アランは数年間にわたりサイド3を調査してきたので、ジオン公国の国家財政が破綻寸前であることを大掴みな数字で知ってはいた。
それが実際にジオンのお膝元に滞在し、街の雰囲気を肌感覚で感じることで、それは確信に変わった。
ジオンは、相当に無理をしている。
金融面から考えると地球や各サイドからダミーカンパニー等を通して大量に売り付けた国債や企業債の償還期限が迫っている。
先月が財政的に耐えられる戦争開始のギリギリのタイミングだった、と今ならば言える。
地球に売り付けた分の債権は戦後賠償の一環として大幅に放棄されるかもしれないが、他のサイドからの債権についてはそうはいかない。
ジオン公国がスペースノイドの守護者として地球圏からの独立を望むならば、宇宙を中心とした経済圏を築くためにも、例え他サイドの政権が変わったとしても返済しなければならない。金は借りたら返す。それが新しき宇宙覇権国家としての信用であり、義務というものだ。
「次期主力モビルスーツは、ジオニック社が大量に生産したMS06の高機動改修プランを軸として、装甲増強型を検討することが開発リスクを低減し、コスト面からも望ましいと考えます・・・と」
アランが事務所でレポートを作成していると、秘書がコーヒーを淹れてくれた。
「いかがですか?レポートの方は」
「だいたいの方向性は決まったよ。あとは詳細データを企業から受け取って当てはめていくだけの作業さ」
「お仕事が早いですね」
「あまり長々とサイド3にいてもね。ジオンと連邦の間にさっさと停戦協定を結んでもらって地球で婚約者を探したいのさ」
「アラン様」
「ん?」
「お気をつけて」
「ああ」
ギレン総帥に提出するレポートの作成と、地球に渡った後の婚約者の捜索で頭が一杯だったアランは、秘書の曖昧な笑顔に気がつくことはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
夜中、アランは寝入り端にホテルのドアが激しく叩かれる音で目が覚めた。
「いったい何だ・・・火事か?戦争か?」
眠い目を擦りつつ扉を開けると、見知らぬ軍人が数人、立ちはだかっていた。
質実剛健で機能性を重視するジオン軍としては珍しく華美な制服をまとっている。
なかでも、真ん中に立つ男は唇が薄く、窪んだ青い瞳が人格的な酷薄さを訴えてくる。
蛇のような目だ、とアランは背筋に冷たいものを感じた。
「アラン様ですかな?」
「そちらは?」
「失礼。小官は武装親衛隊所属ダニガン少佐であります」
武装親衛隊。ギレン総帥直轄の悪名高い秘密警察であり、武装組織でもある。
そんな連中が夜中に踏み込んでくる理由は、一つしか考えられない。
「アラン様には国家転覆及びスパイ罪の疑いがかけられております。同行を願います」
武装親衛隊の黒い革手袋で後ろ手にホテルのドアが閉じられていく音は、自分の人生が閉じていく音のようにアランには感じられた。
書きすぎたかもしれません。感想、お待ちしております。
→すみません。本日も花粉がすごすぎて執筆体力が残っておりません
今週は杉花粉ピークだそうで・・・落ち着くまでお待ちください