「ギャンか、それともゲルググか、それが問題だ」次期主力MS選定レポート 作:ダイスケ@異世界コンサル(株)
ジオン軍による地球侵攻作戦の実施が濃厚ということであれば、アランが総帥に提出する予定の「次期主力モビルスーツ選定レポート」には「新規モビルスーツの地上での作戦遂行能力」という項目が付け加えられることになる。
「非現実的な妄想だな」と吐き捨てたい気分がアランにはある。
「しかし、実際に地球侵攻作戦が行われる以上、新型には地上での作戦遂行能力は必須です」
アランの態度を秘書が咎める。
とは言え、アランにも言い分がある。
「地球環境で行動可能、と言ってもどこからどこまでを指すんだい?地球は宇宙とは違う。海もあれば砂漠もある。熱帯雨林もあれば極寒のツンドラ地帯もある。その全てに対応できる機体を開発するなんて非現実的だ。」
「お忘れかもしれませんが、MS06は10年間に渡って宇宙空間で過酷なテストを繰り返してきました。強い宇宙線や太陽表面爆発による電磁波放射、太陽輻射による高温、陰となる部分の極低温の環境テストもクリアしています。それだけの実績とノウハウがあれば地球環境でも一定の耐久性が期待できるはずです」
自国に圧倒的な勝利をもたらした兵器を悪く言われて気分の良い国民はいない。
MS06は単なる兵器にとどまらず、今やジオン公国の精神的な柱であり、勝利の象徴になりつつある。
マリーが地球育ちのアランに対して抗弁したくなるのも当然ではある。
「そうかもしれない。だけどね、マリー。地球には生物的な汚染だけでなく、本当に多様な自然環境があるんだ。例えば、海には塩が含まれている、というとは知っているかい?」
「当たり前です。サイドの小学校で習いますから、子供でも知っていることです」
「そうだね。自分もサイド育ちだからわかるよ。じゃあマリーは海で泳いだことはあるかい?たぶんないよね。私も地球の寄宿学校に留学したときに初めて見てね、その広さには驚愕したもんだ。
なにしろ水平線といって、視界の端から端まで海水で満たされている水だけの線が見えるんだ。あれは映像ではわからない感覚だよ。友人に勧められて海水浴、というものもした。海で泳ぐのはプールで泳ぐのとは全く違ってね、体は浮きやすいが海の水は口に入ると辛いんだ。独特の匂いもある。
それに海には波というものがあって、常に海岸に海水が吹き寄せられてくる。何千キロも離れたところで起きた風で押された海水が押されてそうなるんだ。それが不思議でね、波打ち際で何時間も眺めていたよ」
「お育ちがよろしいんですね」と、秘書の口調はにべもない。
「いやまあ、そういうことが言いたいんじゃないんだ。実家が経済的に豊かであることは否定しないけどね。話の続きはここからで、寄宿学校の友人の両親が資産家で海際に別荘を持っていたんだ。
そこに招かれて滞在している時に聞いたのだけれど、海際の別荘というのは維持費がかなりかかるらしいんだ」
「地球は土地がかなり高いと聞きますから。資産家だけが家を持つことができると」
「まあね。だけど維持費がかかるのは設備の話。何しろ海の塩で金属が直ぐに錆びるためだそうだ」
「錆びるというと、酸化現象ですか?コロニーでも同様の現象は起きますが」
「それがね、海際はそうでない土地の何倍も早く錆びるらしい。門やガレージの開閉装置、空調装置、庭の散水機、電気自動車もかなりの頻度で買い替えなければいけない、と友人の両親は愚痴っていたよ」
「・・・つまりモビルスーツにも同じことが起きると?」
ようやくこちらの意図が伝わったようで、秘書の口調に真剣味が増した。
アランは頷いて続けた。
「海洋でモビルスーツを運用する、なんて馬鹿な真似をすればそうなるね。MS06の装甲材に使用されている超硬スチールは、そうした海水の防錆テストをしているのかい?」
「わかりません。宇宙空間での使用が前提ですから。少しお待ち下さい」
秘書は断りをいれると、積んでいるファイルの幾つかを抜き出して猛烈な勢いでめくり始めた。
調査した資料の内容の凡その位置を記憶しているらしい。
さすがギレン総帥が送り込んできた士官だけのことはある。優秀だ。
数分後、秘書は該当個所を発見したらしく、ファイルの内容を読み上げた。
「超硬スチールの耐久試験の一貫として、1200時間の海水浸透試験が行われていますね。結果は問題なし、と」
「まさかだけど、板切れを塩水に沈めて錆びるかどうかの実験だったりする?波や何かも起こさず?」
「・・・そうですが」
秘書の返答に、呆れてため息を漏らすのを辛うじてアランは自制し、指摘する代わりに地球の話を続けた。
「その友人の両親はクルーザーも持っていてね、数ヶ月に一度はドック入りといって陸上に上げて船の底を掃除するのでお金がかかって仕方ない、と言っていた。そうしないと船の速力が落ちるそうだ」
「海水で船底が錆びるからですか?」
「いや。錆びもあるけれど、船の底には数週間で海の生物がびっしりとつくんだ。カキ殻とか言っていたけれど、海水中に浮遊する生物が船の底に定着して成長するらしい。それが船の抵抗を増やして燃費が悪くなる。ドックではそれを人手でガリガリと剥がすのさ。床磨きの強力なやつを逆さまにしてね」
「地球は海水も生物的に汚染されているんですか!?」
秘書の言い方に、アランは思わず微苦笑を浮かべた。
彼女の頭には、生物汚染された地球のイメージが強く焼き付いてしまったかもしれない。
しかし、それはあながち間違いとは言えない。
なにしろ「海は全ての生物の母」なのだから。
「そう。つまり、その試験は役立たずだよ。海の環境を想定した試験とは言えない。装甲材はまだいいさ。そもそも分厚いし多少のカキ殻がついたところで装甲の役目を果たせなくなることはないからね。地球産の塗料を塗れば錆びやカキ殻がつくのも防げるかもしれない。
だけどモビルスーツには関節装置もあればスラスターもある。核融合炉やセンサー類はどうなんだろう?それらは本当に地球環境を想定したテストは行われているのかい?」
「・・・わかりません。全ての部品に関するテスト記録を遡及調査しないと」
モビルスーツを構成する部品点数は数百万のオーダーに上る。その全てのテスト記録を追いかけることは紙媒体の資料しか渡されていない現状では不可能だ。
「少なくともジオニック社のシュミット氏には、こちらの懸念を早期に伝えた方がいいね。MS06の技術開発陣の中に地球育ちの技術者がいるといいのだけれど」
つい先日までジオン公国の最重要機密であったMS06の開発にアースノイドである地球出身者が入っている可能性は低いが、アランとしては言及せざるを得ない。
「海という環境一つとってもこうなんだ。砂漠だと細かい砂塵が関節装置やセンサー類に入り込むかもしれないし、寒冷地では雪や氷が可動部分を凍結させてしまうかもしれない。そうした地球環境の多様性に対して全ての部品がテストされているとは思えない。
何しろコロニーで環境を再現するのは困難だし、地球環境再現での耐久テストの勘所がスペースノイドの技術者には欠けているようだしね。もし本当に地球へ侵攻して戦争に勝ちたかったら・・・」
「・・・勝ちたかったら?」
「何とかして地球の技術者の協力を仰ぐ必要があるね。もし、本当に戦争に勝ちたかったら、だけれど」
案の定、秘書は露骨に眉をしかめた。
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