「ギャンか、それともゲルググか、それが問題だ」次期主力MS選定レポート 作:ダイスケ@異世界コンサル(株)
宇宙世紀0079年2月7日
ギレン総帥は地球侵攻作戦の発動を宣言した。
それから3日後の2月10日現在、未だジオン軍は動きを見せていない。
「まあ、そりゃそうだろうさ」
軍隊というのは何十万人もが連動して動く巨大組織だ。
組織というのは法律と権限と文書と慣習の伝言ゲームで動く恐竜のような生命体であり、「動け」とトップの独裁者が命令しても末尾に動作が伝わるまでは時間がかかる。
まして、この恐竜はこれまで宇宙で動いたことしかなかったのにもかかわらず「次は地球で動け」と前例にないことを命令されたのであるから、末端の混乱は察するにあまりある。
「ひどい有様ですよ。大混乱です。兵舎の連中は地上戦闘マニュアルなんてものを渡されましてね、毎日音読させられているそうです。ひどい付け焼き刃ですよ」
何度か下町で飯を奢ったことが口の滑りをよくしたのか、護衛の運転手は同僚の様子を雑談として教えてくれるようになった。
「そうかい。兵舎の食事の方はどうかな?しっかりと行き渡っているかい?」
「とんでもねえ!相変わらず石芋ですよ!まあ、地球に行けば美味い肉も食い放題ですからね、兵士達は楽しみにしています」
「そうだね、地球の食事は美味いと思うよ」
アランの予想では今頃は地球ではジオンが行ったコロニー落としの影響で大量の死者と難民が発生しているだろうし、流通も戦時体制への切り替えで食糧事情は悪化している、ということは口に出さなかった。
この場で運転手に予想を伝えて納得してもらえるとは思えないし、ましてその先にいる同僚達が理解してくれるか、といえば甚だ疑問符がつくからである。
わざわざ上機嫌な運転手の夢を打ち砕く必要もない。
それに「地球の連中は俺たちの税金で贅沢な飯を食っている」というのがスペースノイド達の通説であり、ある程度は事実でもあった。
食い物の恨みは怖ろしい、という。
ジオンの兵士達の食糧事情が貧しいのは、地球のコロニーに対する重税もあるが、民衆の恨みを連邦に向けるためのギレンの巧妙な民衆操作の一環なのかもしれない。
アランは、若き独裁者の酷薄な素顔にまた一つ触れた気がして、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
◇ ◇ ◇
ジオン公国の食糧事情の悪化は、アランにも他人事というわけではなくなってきた。
「本日はビゴール豚の良いものが入りましたので、そちらをオススメしております」
事務所にしているホテルでの食事の際、注文を取りに来たウェイターに、ふと思いついてアランは訊ねた。
「最近は地球からの流通はどうなっているんだい?戦争が起きて大変じゃないか?」
腰をかがめた初老のウエイターは、アランにだけ聞こえるよう声を潜めてささやいた。
「さようです。特に地球産のビーフについては入手が難しくなりそうなのです」
「その他の肉はどうなんだい」
「ポークは減りましたが、何とか。チキンは特に問題ありません。羊は難しくなっています」
「ふうん」
サイド3ではかなりの高級ホテルでこれならば、ジオン全土ではかなり食糧事情が厳しくなっているのかもしれない。
もっとも、贅沢品の類は大抵が地球から輸入されているので、その影響がピンポイントに及んだ可能性もある。
メインで提供されたビゴール豚は気のせいか、以前よりも味の質が落ちているようにい感じられた。
もっとも、戦争が長引いて今以上に食糧事情が悪化すれば、そんな贅沢なことも言っていられなくなるだろう。
自分がフリーズドライされた芋のペーストのブロックを水でふやかして食べているところを想像してみたが、なんとも現実感がなかった。
少なくとも、今のところは。
「食い物の恨みは怖ろしい、か」
アランは地球人用に淹れられたコーヒーを啜りつつ、呟いた。
◇ ◇ ◇
ホテルの食事が不味く思えてきた結果、アランの外出は増えた。
「困ります」と秘書は言うが、外食の魅力は小言に勝る。
運転手の案内で下町の食堂を制覇するのは学生時代を思い出させる愉快な体験であるし、もう一つのアランの目的を偽装するにも役立ってくれる。
そして運転手から町の噂という形で提供される情報は、アランにとって大きな価値を持つ。
「ちょっと妙な噂を聞いたんですが」
その情報も、別の情報と同じく「町の噂」という形で運転手からもたらされた。
「なんだい」
「兵舎の奴に聞いたんですが、幾つかの部隊に転属した連中と連絡が取れないらしくて」
「それは作戦前だからじゃないかい?何か極秘作戦とかを実行しているとか」
「いや、サイドの派遣艦隊の連中ですから、今はローテーションで戻ってくるはずなんです」
「作戦中の行方不明は珍しくないのでは?」
「いえ、認識番号も消されていないしきちんと給与も振り込まれているとかで。家族にも説明がない、とかで連絡が来たんです」
「それは妙な話だね」
ジオン公国に勝利をもたらした兵士達は、今やスペースノイドの英雄である。
まして勝利のために戦死した兵士ともなれば、英霊として家族には伝えられバンチを上げて盛大な合同葬儀が行われるものである。
陰でこそこそと処理されるような話になるのはおかしい。
「あとで調べてみるよ」
運転手の要望を軽い気持ちで引き受けたことを、後にアランは強く後悔することになる。
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