「ギャンか、それともゲルググか、それが問題だ」次期主力MS選定レポート   作:ダイスケ@異世界コンサル(株)

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第33話 箱庭の独裁者

0079年3月1日

 

その日、アランと秘書は黒塗りの高級電気自動車で、ジオニック社に向かっていた。

一向に上層部から情報が降りてこない現状にアランが痺れをきらした結果である。

情報がこなければ、自分で取りに行くしかない。

 

その上、本社の綺麗な会議室でなく研究開発部門を直接に訪ねたいとアランが希望したものだから、調整は難航した。

セキュリティの高いホテルに担当者を呼び出す案は、アランの方で拒否した。

 

綺麗な紙の上の資料では何とでも糊塗できる。アランは実際に動いているモビルスーツを確認する必要性を主張した。

 

外出した上に不特定多数の人間に接触するという提案に秘書の上層部は難を示したが、それを言うならアランと秘書はさんざん労働者街に出かけては外食を繰り返しているのだから、今さらの話ではある。

 

アランの粘り強い、居直りとも言うべき態度に珍しく軍の上層部も折れて、アランはサイド3に来て初めて民間企業の空気へと触れることができることになった。

 

「ご機嫌が良さそうですね」

 

後部座席で車窓から通りを眺めるアランに、秘書が声をかけた。

 

「まあね。わりと現場は好きなんだ」

 

「意外です」

 

「スーツで会議室に座っているのがお似合いだと思ったかい?」

 

たしかにアランの同僚にはオフィスから一歩も出ない主義の人間もいたが、アランは金融畑ではあっても、技術を直接評価する部門として、外部の工場を訪ねて技術者と直接話をするスタイルを好んでいた。

 

「こういう仕事をしていると、詐欺師も多いのさ。またそういう連中に限って資料も綺麗、見た目も普通、説明も巧いものだからね。しっかりと現物を判断する癖をつけさせられたものだよ」

 

「モビルスーツは詐欺ではありません」

 

「まあね。でも地球上でも戦える、という宣伝は詐欺になるかもしれない」

 

「MS06は地上でも戦えます」

 

「それは、今後の歴史が判断してくれるさ。・・・おっと、そろそろついたかな」

 

ジオン公国のコロニーは全て密閉型と呼ばれる長さ35キロメートル、直径6..4キロメートルの円筒形であり、立法・行政・司法の独裁者であるズム・シティには各金融機関や軍需企業の本社が集中して存在する。

そして総帥府からよこされた黒塗りの電気自動車の通行を妨げようとする人間は、このバンチには存在しない。

 

結果として、アランが滞在するホテルからコロニー内のどこへ移動しようとも、その電気自動車の乗車時間は10分以下になるのである。

 

「効率的で結構なことだけどね、ここの人達はもう少し歩いた方がいいよ」

 

「兵士達は訓練で十分にランニングは行っています」

 

「そういう意味じゃないんだけどね」

 

アランは車から降りると、久しぶりの外気を胸に吸い込んだ。

 

完璧に人工的に設計された、不快な羽虫もアレルゲンの花粉も飛ばない、巨大な空調システムで調整された清浄な大気。

やや乾いた大気の肌触りも、午後には気象管理システムが適量の雨を降らせてくれることだろう。

空を見上げれば雲の向こうには対面の大地と、円形の地平線が見てとれる。

 

ふと、独裁者(ギレン)はこの完全に自儘になる箱庭から一歩も外へ出たことがないのでは、という深刻な疑念が湧いた。

 

◇ ◇ ◇

 

大企業だけあって、ジオニック社のロビーは業務内容の後ろ暗さと反比例するように明るく広い。

白い大理石風の床と高い天井はコロニーの重量制限と空間という贅沢な資源を無駄に使うことで、国家と直接取引する軍需企業の富と勢いを示しているようだ。

 

また、ジオニック社のロビーには自社製品のプレゼンテーションを兼ねた製品サンプルが幾つか展示されている。

その一番目立つところに、MS06ザクの数分の一の模型が置かれ、背後のモニターにはルウム戦役のものらしき実践映像が繰り返し流されていた。

 

「ジオンの精神を形にした、か」

 

アランはMS06の模型の解説に記された一文に、つい皮肉げに唇をゆがめた。

 

アランもサイド3育ちなので、ジオニズムについては強く影響を受けた。

スペースノイドの自主独立を、という主張には頷くところも多い。

 

だが、宇宙に出た人類が革新をする、だのスペースノイドは選ばれた民である、といったオカルティックな主張については、そのアジテーションも含めて合理的なアランの受け付けるところではなく、自然と距離を置くことになった。

 

ジオンの精神は、こんな鉄の塊の人形などではなく、もっと合理的な戦いによって成し遂げられる、と地球とジオンが開戦した今でもアランは思うのである。

 

それは他人から見れば愚者の夢想でしかなかったが、アランは己の信念を捨てるつもりはなかった。




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