「ギャンか、それともゲルググか、それが問題だ」次期主力MS選定レポート 作:ダイスケ@異世界コンサル(株)
0079年3月1日
ザビ家の係累というのは便利なものだな、とアランは半ば呆れつつ己の立場を皮肉に思い起こした。
ジオニック社の案内係の先導に従いアランが進むと、社の何重にも封印された重厚なドアや、複雑な機構の気密扉が次々と目の前で開いていく。
ザビ家の一族と書いて「アブラカダブラ」とでも読むのだろう。
その呪文があれば大抵の無茶は罷り通る。
ジオン公国とは名ばかりのザビ家一党独裁国家の体質だ、とアランは嫌悪する。
「何かおっしゃいましたか?」
「いや、何でもない」
秘書のマリーが聞き咎めるのを、手を軽く振って否定する。
この女秘書が独裁者《ギレン》のスパイなのはわかっているが、密告の材料をこちらから提供してやる必要もない。
「それにしても厳重な管理だな」
「それはもう、社運、いえ国運がかかっておりますから。機密の維持には万全を期しております」
水を向けると、ジオニック社の案内係が固い表情で同意した。
今さらジオン公国から連邦に寝返る者がいるとも思えないが、どちらかというとライバル企業ーー具体的にはツィマッド社ーーに対する警戒であろう。
「こちらが設計開発室になります」
最後のドアを抜けた先の部屋は、微かに金属臭がした。
◇ ◇ ◇ ◇
「次期主力モビルスーツ選定のため地球上での戦闘技術開発状況を知りたい」というアランの要請に応え、ジオニック社は数人の技術者を対応に送り込んできていた。
促成教育で知識を詰め込んでいるとはいえ、アランは兵器開発に関しては素人である。
そのあたりの事情を勘案した秘書のマリーのアレンジで、まずは技術者側の説明が行われアランが質問をする形となった。
「地上侵攻作戦の実施にあたりジオニック社ではMS06を地上戦闘に対応できるよう急ピッチで改修を施しております。元々、MS06は月面上で地上戦闘実績もあり、その際のデータを元にショック吸収装置及び間接装置の強化、噴射装置の配置変更、装甲バランスの調整、間接装置のシール、推進剤の変更、光学センサー入れ替え、音響装置の追加、各種装備のハードポイントの追加等を行っており、その変更箇所は783カ所、全体の7%にあたります」
「かなりの箇所の変更になるな。それで地上での戦闘は可能なのか。生産に問題は出ていないか」
アランの問いかけに技術者は胸を張って「無論です!問題など出ておりません!」と答えた。
「軍の仕様調達書によれば、地上戦で61式戦車3両を単独で撃破できること。無補給で1000kmの歩行が可能なこと。間接装置と噴射装置は1G環境下で50回のジャンプに耐えること・・・他にもかなり厳しい条件が課せられているが、それらを全て達成したということか」
「はっ!その通りであります!」
兵器開発にあたり、通常は軍から開発企業に「これこれ、この程度の性能を達成して欲しい」という目標を記した仕様調達書、というものが発注される。
ジオン軍がザビ家独裁国家であるからといって、そうした官僚的手続きが皆無なわけではない。
官僚機構の迂遠さと非効率を憎んでやまないギレン総帥であるが、独裁者の理不尽な怒りを回避するために却って書類という名の責任回避の手段が量産されるのが人であり、組織というものである。
そうした官僚達の思惑が相まって作成されたジオン軍からの仕様書は、初めてそれを目にする機会を得たアランにとって非現実的に映る無理と無茶の集合であった。
ジオン首脳はモビルスーツを万能兵器か何かと勘違いしているのか。
戦場における警戒・偵察・機動・地上兵器及び施設破壊・占領という一連の行為を全て、モビルスーツだけで行うことが可能であることを要求している。
アランもイギリスの寄宿学校で多少の戦史教育は受けているし、歴史上、万能兵器などというものが成立したこともなければ活躍したことがないことを知っている。
敢えて言うなら、どの時代も人間が人間に対し戦争をする以上、歩兵こそが万能の兵器と言えるかもしれない。
MS06がなまじ人型で歩兵の延長であるように見えることが、首脳部の認識を誤らせている。
MS06は宇宙空間戦闘に完璧に適応した対宇宙戦闘艦兵器であって、機動で宇宙戦艦を上回り、火力でミノフスキー粒子干渉下の宇宙戦闘機や対空火器を上回ったからこそジオン公国は数で勝る連邦に対し完勝を納めることができたのだ、という事実をアランは理解するに至っている。
なのに、この仕様調達書の性能要求の八方美人具合はなんだというのだ。
ジオン軍首脳部は現実感覚を失っている、としか思えない。
要するに、MS06は活躍しすぎたのだ。
その活躍の光芒の眩しさにジオン軍の指揮系統の脆弱さ、地上兵器体系の不在、泥縄式の作戦計画。
全ての危うさが覆い隠され、ジオン公国の国民全員が負の要素から目を背けている。
アランはジオン軍の地球侵攻作戦の先行きを悲観せざるを得なかった。
「水中戦の仕様はないようだが」
アランが無茶な条件を挙げたのは、半ば呆れたが故の反射であっただろう。
しかしジオニック社側の技術陣は左右で視線を交わし頷き合った。
「水中戦型についても、設計は進んでおります。設計図から起こしたCG映像のみになりますが・・・」
技術陣が手元の装置を操作すると、卓上に1メートル程度に縮尺が調整されたモビルスーツイメージが浮かびあがった。
「MS06水中型です。MS06の核融合エンジン熱を利用した長大な航続距離と沿岸部の奇襲効果が期待できます」
それは宇宙空間で戦艦を翻弄したMS06を元にしたにしては、酷く不格好な機体のようにアランには映った。
人が旧いダイビングスーツを着て泳いでいた時代を連想させるような、水中抵抗も大きく潜水深度も望めない玩具の類だ。
こんなコロニーの水溜まりでしか使えない玩具で戦争をするつもりなのだろうか。
ジオンの兵器開発体系は地上侵攻作戦を機に方向を失い、混乱しかけている。
それがジオニック社を訪れたアランの認識だった。
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