「ギャンか、それともゲルググか、それが問題だ」次期主力MS選定レポート 作:ダイスケ@異世界コンサル(株)
数日間、紙の山をひっくり返してみた。
企業買収案件の目論見書のようなものだと思えば、書類の量自体は何ということもない。
問題は精査と整理のための人手不足と兵器に対する専門知識の不足。
つまりは、何もかもが足りない。
人手不足については、秘密が漏れるのを防ぐために秘書のマリー以外を作業事務所にいれることができない。
高級ホテルの会議室というのは秘密会合などに使われるらしく、二重のセキュリティドアを抜けないと臨時にもうけた事務所に入ることはできず、さらに電波なども通さない。
連絡は有線電話のみ。
設置した事務機器はすべてスタンドアローン。徹底している。
「部屋の清掃も小官が行います。スタッフにスパイがいる可能性がありますので」
と、今はマリーが掃除機をかけている最中だ。
今時の掃除機は全て自動化されているはずだが「監視機器が仕込まれている可能性」とやらのせいで、ネットワーク化された高度な機械は全て排除の対象となっている。
軍服を着た女性士官と旧世紀に使われていたような年代物の掃除機は、なんともミスマッチな光景で現実のものとは思えない。
スパイや戦争という行為をとことんまで突き詰めると滑稽な様相を呈するのは、そもそも戦争行為が男児の遊びの延長に過ぎないからだろうか。
マリーが掃除に奮闘する中、事務所でコーヒーを飲もうと思えば自分で淹れるしかない。
ホテルの従業員にもスパイが紛れ込んでいる可能性があるし、コーヒーのためだけにセキュリティドアをいちいち往復するのも面倒だ。
「・・・不味い」
思わず吐き出しそうになるほど不味い。
「豆が古いのか?」
「最高級の豆ですよ。宇宙では味覚が変わりますから」
掃除機をかけつつ、秘書はこちらの考え違いを指摘した。
「ホテルのコーヒーは美味かったが?」
「あれは専門のバリスタがいて、相手を見て淹れ方を変えています。ここの機械は標準的なスペースノイド向けの設定になっていますから。あとで調整方法を調べておきます」
「ああ、頼む」
ここでの自分はコーヒーの淹れ方ひとつ分からない異邦人というわけだ。
こんな状態の自分に、総帥は何を期待しているのだろうか?
だが、全てはビクトリアを探すため。
諦めるわけにはいかない。
◇ ◇ ◇ ◇
「諦めた。無理だ」
アランは、書類の束を机上に放り出した。
数日間、根を詰めてさらに書類をひっくり返して得た結論が、それだった。
「諦めた、では済まされません。任務を放棄されるのですか」
秘書のマリーの視線が冷たい光を帯びた。
この女、ぜったいに人を殺した経験がある。
「いやいや。ここは専門家の助けを借りようということさ。素人では歯が立たない」
任務がどうとか言われても、そもそも自分は契約した外部専門家、しかも軍事の素人であって、任官した覚えはないのだから。
「小官ではお役に立てませんか」
「じゃあ、この書類の432ページ、図表353にある"試作機のスペック評価における核融合エンジンの吹き上がり出力設定とAMBAC動作の向上への寄与の対数グラフ"だけど、これって現行機種と比較してどのくらい向上していて、それが被弾率の低下にどの程度貢献するかわかる?」
「・・・専門家の助けを借りましょう」
軍服を着た女性は優秀な軍人らしく、情勢不利と見るやただちに方針を転換した。
◇ ◇ ◇ ◇
ジオン公国は実質的なザビ家独裁国家であるが、一応は議会もあれば内閣もある。
公王デギン・ソド・ザビの下に公国軍、公国総帥監部、公国政府、公国議会が設置されており、地球連邦政府に例えると公国軍は軍部、公国総帥監部は大統領府、公国政府は内閣及び官僚、公国議会は議会となるだろうか。
地球連邦政府との違いは独裁者ギレン・ザビが軍部、公国総帥監部、政府のトップを兼ねているため実質的な輔弼、追認の機関となっているだけである。
次期主力モビルスーツ選定に直接関わる機関としては、公国総帥監部下の技術局、および開発局、公国議会下の行政府長官下の財政院、資源院あたりになるだろうか。
かように次期主力モビルスーツの選定は利害関係者が組織横断的に存在する国運のかかった巨大プロジェクトなのである。
つまりは、アランが迂闊にも「ちょっと話を聞きたい」と企業の担当部門に連絡を取らせたところ、呼ばれもしない軍の関係官僚がダース単位で押し掛けてくる、という事態になった。
「どうするんですか?これ」
「まいったね、どうも」
高級ホテルのロビーを綺麗に二分して占有するスーツと軍服の集団に対し、アランとしては癖っ毛をかく他に困惑を誤魔化す方法を知らなかった。
続きは本日中に!