しかし、あれだね、名は体を表すね。確実に名に実が引っ張られていくね。
というか別にそんなつもりなかったのに登場人物がどいつもこいつも勝手にゲールマン信者になっていく
流通都市アステラ。新大陸におけるすべての流通を担うアステラはあらゆる物と人が集う場所。常日頃から喧騒の絶えない場所であるが、今日は海難に遭った五期団を手厚く迎えるため、一層の騒がしさだった。
船こそ海上でひっくり返ったものの、俺は大きな怪我なくアステラに流れ着くことができた。あの後逆さまになった船は姿を現したゾラ・マグダラオスの巨体に引っ掛かり奇跡的に元の体勢を取り戻した。船内は荷物や調度品と海水が混ざり合ってしっちゃかめっちゃかだったが、あの状況で怪我人こそいれども死者がいないのは流石といったところか。
おかげ様であの海難が嘘のようにゆとりをもって着港することができた。夜も明け朝日が顔を出した今、怪我人の手当も完了して安静な場所へ運び出し終え俺は船内から状態の良い荷物を流通エリアまで運搬していた。
聞けば海難の原因は、五期団の船が新大陸に渡るゾラ・マグダラオスの背後を追うように航海していた最中、突如として件のゾラ・マグダラオスが興奮状態に陥り、海面が大荒れ。俺たちの船は転覆の憂き目にあったって事らしい。
だがゾラ・マグダラオスにとって我々の船は取るに足らない存在のはずであり、そもそも認識されていたかすら怪しいレベル。五期団の接近は興奮の原因たりえない。何かゾラ・マグダラオスを刺激する別の要因があったと考えるべきだ──というのがアステラに滞在する研究員らの出した結論。
今や生態研究所ではゾラ・マグダラオスほどの超大型古龍に影響を与えた"何か"についての議論が白熱している。他の古龍級生物の接近を感じ取ったのか、いや五期団のハンターは粒ぞろいだ彼らに身の危険を感じたのかもしれないいやいや相手は超大型古龍だいくらなんでもありえないetcetc……。ゾラ・マグダラオスの動向は今回の調査の肝になるので、学者諸君は知略の眼鏡をいつもより多めに光らせていた。
え?ゾラ・マグダラオスを刺激する別の要因?超大型古龍を脅かすほどの"何か"?いやあ拙者にはとんと見当がつかないでござる拙者なにも知らないでござる無関係にござる。
と、いつもだったらシラを切る(現実逃避ともいう)ところだが、今回ばっかりは俺以外に大きな影響が出てしまった以上、軽率な自身の行動に責任を感じざるを得ない。
実際対面に座ってたセレノアはあのまま海に放り出されていったしなァ!
まああのセレノアがあの程度でくたばるとは思えない。セレノアは強かな女だ。でなければ女性の身でハンターなど志すまい。
それに船から取り落とされる前に自分の狩猟笛だけは抱えて落ちていったから、あとはどうにかフォルテッシモを浮袋にして漂流していることだろう。きっと新大陸のどこかに流れ着くさ。
ただ五期団の船のうち一隻がゾラ・マグダラオスに乗り上げてしまい、そのときの衝撃で三人ほど行方が知れないという。間接的に原因を作ってしまった身としてはこう、ずっしりと罪悪感がのしかかる。
そもそもあんな物騒なもの(祖)を持ち歩くなっていうのもわかる。至極もっともな言葉だ。でもどうしてもあの招待状を置いていく気にはなれなかった。だってあんなヤバ気なものから目を離すなんてできないって。だって直々に賜った招待状(祖)なんだぞ。他の誰かの目に入ろうものなら確実に波乱は免れない。
そして件の白いドレスの少女が訪れたときに、もしも俺が招待状を持っていなかった場合。俺が思うに一番あかんシチュエーションがこれだ。彼女(祖)が寛容であることを願うばかりだが、身の安全のためにも不興を買う可能性はすべて摘み取っていくスタンスである。
だが今の不安の種は招待状ではなく、遭難した三人のことだ。どうせ無事だろうセレノアはともかく、その三人の実力というか生存力を俺は知らない。五期団入りしてる以上信頼のある者たちであるに違いないが、もしもということもある。今回の海難の原因の一端を担うものとして無事を願うばかりだ。
現在遭難者の捜索は総司令の孫、調査班リーダーの青年が向かってくれている。なんとか朗報が届くことを祈る。
◆
それからしばらく、太陽が南に昇った昼ごろだろうか。巨大なあばら骨のような特徴的なアステラの入り口に複数の人影が見えた。
「狩猟笛使いは超人ぞろいと聞いていたが……想像以上だよ。そら、この天然の門構えの先が調査拠点『アステラ』だ。五期団はお前たち以外全員到着している」
「ここがアステラ! すごい活気ですね!」
「今回ばかりは流石の私も死を覚悟したがね。存外なんとかなるものだ」
「運が良かったと言わざるを得ませんね」
「……笛が無ければ死んでいました」
先頭を歩くのは調査班リーダーの彼だろう。あと最後尾で死にそうな顔してるのはたぶんセレノアだな。フォルテッシモ抱えてるし。
あとの三人は別の船に乗っていた遭難者で違いなさそうだ。どちらも目立った外傷もないし、歩き方に違和感も見られない。ひとまず無事であってくれてよかった。
一人は『星の船』に勤める受付嬢と似た黄色い服装をしている。ただ受付嬢の服装よりも腰に括り付けた大きな本を見るに、編纂者なのだろう。
あとの二人はここからじゃよくわからん。とりあえず狩猟笛を背負っているのは見えたのでハンターのようだが。ひょっとして俺の教え子か?
いやどうだろう。一昔前までは笛使いと言ったらほぼ確実に俺の教え子だったもんだが、近頃は教え子の更に教え子だったり、各地で一流のハンターとして名を馳せた笛使いに憧れ自発的に狩猟笛を持つ者もいる。
いやはや良い時代になったものだ。地道に草の根活動を続けてきた甲斐があるというものよ。ちなみに俺の企みではこのまま狩猟笛使いがネズミ算的に増加を続け一つのパーティに一人の狩猟笛使いというのがゴール。もういっそ供給過多で【近距離武器・遠距離武器・笛】みたいに分類されろ。
「ふむ、やはり我々が最後か。で? それなら肝心の先生はどこにいる。それともやはりセレノアが見た都合のいい幻覚かね?」
「アイリーンは私を何だと思ってるんですか」
「そも貴様が神出鬼没のゲールマン師を五期団に引きずり込んだという話自体眉唾だろう。日がな師のお姿がどこにも見えぬと嘆いていたのは、他ならぬ貴様であろうが」
「ですがセレノアさんがたびたび突発的にモンスターを狩っては見栄えの良い装備を作らせ、慌ただしくどこかに赴いているという話を聞きました」
「ほう? シルリアはいつも良い情報を仕入れるな。以前より貴様が時折り見た目ばかりの半端な装備をしているのを見ては妙に思っていたが……。セレノア貴様、ひょっとしてあれは先生のもとへ訪問するための正装か? クク、些か業腹だが俄然今回の話に信憑性がでてきたじゃないか」
お、二人の狩猟笛使いの姿が見えてきたぞ。先ほどセレノアがアイリーンと呼んだ女性は流麗に煌めく長い金髪が良く目立つ。その表情は深くかぶった軍帽は僅かに血に濡れ歪んでおり、鋭い視線が垣間見えた。こわい。
かすかに窺い知れたその顔立ちは美人というに何ら遜色はないが、一種の気品や気高さを感じさせつつも獣の如き獰猛な意志を内包している。きっと狩りの最中は抑えきれない好戦的な笑みを口元に堪えながら戦うんだろうな。
身もふたもない形容するとおっぱいのついたイケメンってかんじ。
彼女はぬらぬらとした不気味な艶を放つドス黒い装備に身を包んでおり、胸元や肩から露出させた地肌は息を飲むほど艶めかしい。だがもっとも目を引くのは、漆黒の生地のあちこちを走る深紅のライン。まるで生きて脈動するかのように赤黒い光を仄かに放っていた。
──グリードZ装備だ。
上位の更に上、G級と呼ばれる最高難度の世界で常軌を逸した凶暴さで知られるイビルジョーが極度の飢餓状態に陥った、正真正銘の怪物から作成できる装備。前世の記憶でデザインこそ知っていたものの、まさかその実物をお目にかかるとは……。
極めつけが背中の狩猟笛。大型の深紅の銅鑼は防具と同じように血管のようなものが脈動している。あれは『絶衝鼓【虎舞】』で間違いない。ティガレックス希少種の素材から作られるあの狩猟笛は超攻撃的な本体性能に加え、ティガレックス希少種同様に粉塵爆発を引き起こし対象の防御力を貫通して追加ダメージを付与する特性すら備えているだけに留まらず、攻撃力UPや聴覚保護といった攻撃の為の支援旋律を有している。とにかく笛で殴り殺すことにかけては狩猟笛の中では文句なしで最高峰の一品と言える。もっと言えば爆破属性の武器は常に相手を選ばずに一定以上の効果を発揮できるという点でもグッド。
ハンターは装備で自らの実力を示すという。彼女を見た俺の結論はこうだ。
あのハンター超つおい。
……世界でも上から数えた方が早そうな実力のハンターはさておき、次はもう一人のシルリアと呼ばれていた方だ。
またしても女性で、紺色の混じった黒髪を肩まで伸ばしており質実剛健といった言葉がよく似合う。異世界で前線を指揮する姫騎士とかしてそう(偏見)
背中に見える歪曲した巨大な鉄塊の如き狩猟笛は【メルトヴォンヴァ】に違いない。高い物理攻撃力で自身の戦闘力を確保しつつも、防御力UPや気絶無効といった守備的な旋律を取りそろえパーティの事故を防ぎ着実に貢献できる狩猟笛だ。特に醜悪ともとれる見た目からは想像もつかない美しい音色はいっそ衝撃的ですらある、良い狩猟笛だ。
そして装備。鈍い白色をした重装鎧のような見た目は、肉体の露出を徹底的に最小限に留めつつも金属鎧とモンスター素材を組み合わせており、遠目からでも絶大な防御力を秘めているのが分かる。あれは十中八九【白き神】とも呼ばれるウカムルバスの装備。この時点ですでに彼女の実力は保証されたも同然であるというのに、俺の目には彼女の背に花緑青のマントがたなびいているように見える。
それがどうしたって? つまりあれ、G級デザインなのよね……。
「あのう、そのゲールマンという方はどんな人なんですか? 相棒のお師匠様っていうのはわかるんですけど」
推定編纂者よ、ゲールマンってのはあんたら斜め向かいで木箱に座り込んで引退のチャンスを窺ってるおっさんのことだぞ。そしてセレノア。お前今目が合ったよな?なんか言えや。
「貴様……先生を、月の狩人を知らんのか? 伝説的な古い狩人だよ。狩猟笛を用いた最初の狩人であるとも聞く」
君さっきから俺を先生って呼ぶけどぼくは君のような獰猛系イケメン女子を知らないよ。
ていうか俺って初めて狩猟笛を使ったハンターだったの?
ひょっとして今までずっと俺以外の笛使いを見かけなかったのは、狩猟笛が誕生して間もない時期だったとかそういう? そういえばハンターとして身を立ててまず工房の親方に狩猟笛を注文したとき、怪訝な顔をしていた。たまにこういう仕事が来るから辞められねぇ、久々に腕が鳴ると言ってたね。
……つまり俺がこの世界に"狩猟笛"という概念を持ち込んだ可能性が微粒子レベルで存在する?
「先生は世界各地を飛び回りながら数多のパーティで狩猟笛の有用性を証明し、電撃的な戦果を残し続けた」
……電撃的な戦果とはいうけどねぇ。生憎と俺はハンターとして華々しい結果を残したことはないね。ましてや目の前の彼女らのように古龍や古龍級生物を討伐した経験もない。
情けない話だが、年を取って後進の育成を手掛けるようになったのは自分にハンターとしての天井を感じたからだ。俺の限界はリオレウスやディアブロスのような、中級者から上級者としての登竜門まで。それもパーティ時に限定されていて、ソロ討伐など敵うべくもない。
「私たち狩猟笛使いの戦い方はすべて師ゲールマンの戦闘スタイルが源流にある。彼は狩猟笛の何たるかを世界に知らしめたのちに、狩猟笛の扱いを指導して回ったのさ。
──私のように、生きる術を持たない無力な小娘とて、例外ではなかった」
狩猟笛はサポート寄りの武器だからソロには向かない──などと狩猟笛に責任を擦り付けるような情けない真似はしない。事実ソロハントに適した狩猟笛は存在するし、そもそもソロで満足にモンスターが狩れないようでは狩猟用武器としての価値はない。
狩猟笛を自らの至らなさの言い訳に使うなど、一介の狩猟笛使いとして決して認めない。それは信頼すべき狩猟笛への裏切りであり、侮辱であるからだ。
だが自らのうちに巣食うこの枯れた諦観ばかりはどうすることもできなかった。俺にできるのは未来あるハンターたちが不慮の事故で命を落とすことが無いようにそっと後押ししつつ狩猟笛の素晴らしさを植え付けたり、行き場のない新人に狩猟笛との出会いの場を整えることだけだ。
……他に何もない。
「師ゲールマンの活躍で狩猟笛の価値が知れてまもなく、狩猟笛を背負うハンターの存在はまさしく宝玉そのものだったよ。
真実彼は自らの行動がもたらした変革を見通し、狩猟笛がただ戦場を鼓舞するだけの道具でなくなると理解していたのだ。
なにせ物を知らず、性根は腐り果て、生まれさえも後ろ暗いこの私にだって居場所があった。誰もが私を必要としていた。
血と獣の香りの中で、屍のように夜を越してきたこの私が、今や協会の名誉ある狩人などと。まるで悪い冗談だ、悪い夢じゃあないか。
いつかこの悪い夢が覚めて、またあの頃に、無力な小娘に戻ってしまうのでないかと思わずにはいられない。
けれど。けれどね。そうはならないんだ。
嘲りと罵倒。それでも私は成し得たのだ。
先生が私を導いてくれた。瞳を覗くように明らかに。
なぁ……わかるかね?
私には私の魂の場所がある。それはこの狩猟笛そのものであり、私たちのことだ。
彼が私たちに与えたものは、彼が変えた世界で無限の可能性を秘めていた」
私はもう、とっくに、老いた役立たずだよ……。
ゲールマンくんは言うなれば亀仙人みたいな感じですね。
実力的にはとっくに弟子に追い抜かれて着いていけないけれど、ずっと弟子に慕われ続ける的なアレ。ただしアルミメンタル
ちなみに昔のアイリーンちゃんは気弱なロリッ子です。どうしてああなった。