前回アイリーンの装備をグリードXRと表記したんですが、グリードZと指摘を受けて慌てて名前と描写を修正しました。スマヌス。
「ははぁーっ。相棒のお師匠はほんとにほんとに凄いお人なんですねっ!」
黄色い服の編纂者が感心したように声をあげ、それをアイリーンとシルリアの二人が鷹揚に頷きながら聞いている。
あー……。どうもこういうのは居心地が悪くてだめだな。別に褒められるのが嫌いってんじゃあ無いんだが、こうも実力のかけ離れた相手が言うんじゃ惨めに思えていけねぇ。幸いまだ気づかれてないみたいだし無関係を装って場所を変えよう。
頼むから余計なことをしないでくれよ、と念を押すようにセレノアにアイコンタクトを送る。伝わったか?
「そうとも、わかってきたじゃないか。だが近頃は先生の実在を疑問視するような不埒な輩すら出てきているそうではないかいや近頃はお年も召され、狩りに出たという話も聞かんし一応は理解できる。できるがしかしそれで納得できるかと言えば絶対に否でありそもそも我ら狩猟笛を使うものにとって――――」
「そのことですがアイリーンさん、お耳に入れたいことがあります」
「……なんだ話の腰を折ってまで。今いいところだろうが」
「あちらをご覧ください」
伝わってなァーいッ! 完全に人選を誤った! こっちを指さすんじゃあないッ! もうどうやっても逃れられないだろうがァーッ!
セレノアお前それで完璧に務めを果たせたとでも思っているのか!? 思ってるよなぁその『私成し遂げました』みたいな顔見ればわかるわ!
「ぇ……あ……せ、先生……?」
「人違いデース。デハ仕事があるのでこれで」
アイリーンがいまいち目の前の現実が信じられないような、絶妙に焦点の合っていない眼でふらふらとこちらに寄って来る。しかし悪いな俺はもうマイルームに帰って一日の疲れを癒す大事なお仕事があるんだ。
ていうかお前数秒前の覇気とか纏って人殺せそうな視線はどうしたんだよもう見る影もないじゃんつついたらそのまま崩れ落ちそうだぞ。
が、流石は歴戦のハンター、この一瞬のうちに正気を取り戻したらしく正しく現実を認識し始めている。
「な、い、いやこの私が先生を見間違えるものか!
私です、アイリーンです! 覚えはありませんか!?」
「いいやないねッ! 俺の知る中でアイリーンという名の女は白いワンピースで麦わら帽子を被って花畑に囲まれてはにかんでるのが似合うような儚い女一人だけだ!」
「えぅ、ぁ……うぅ……」
いやその反応はおかしい。さてはお前人の話を聞かないタイプの奴だな? そもそもどうして俺がこんなゴリゴリの超一線級ハンターに絡まれなければいけないのか。だがアイリーンが勢いを失った今がチャンスだこの機を逃す手はない!
「お待ちくださいマスター」
し か し 回 り 込 ま れ て し ま っ た !
ゲェーッ、シルリア!? という俺の心の声は何とか押し殺せたものの、視界いっぱいに白い甲冑が立ちふさがり、俺の逃走のための初動は完全に殺されてしまった。離れて見れば気高さや凛々しさを感じる姿も、シチュエーション次第ではこれほどまでに威圧感を感じるものか。というか迫力と外観に反して意外と素早いのね君……。
シルリアは素早く俺の腕と肩を掴み、側の木箱へと押し込むように座らせ覗き込むようにぐっと顔を寄せてきた。
シルリアの端正な顔立ちで俺の視界が埋め尽くされているこの状況、普段なら美人との接近を無邪気に喜べるのだが、相手がフルウカムのスーパーウーマンという現実がそれを許さない。
「私です、シルリアです。ロックラックの街で身をやつした双子の娘を導いたのを覚えてはいませんか」
あー……? ロックラックの街で身をやつした双子の娘とな……?
んんんん……そういえばロックラックの辺境でモンスターに住まいを襲われて腐ってた娘ふたりを拾ってハンターに叩き上げたような……。
え? お前らがあの時拾った連中? もう見る影もなくないですか?
当時はもっと痩せ細って身を寄せ合いながら『明日を迎えられるかすら怪しいのに、とどめのように命懸けの狩りに笛を持ちだすキチガイおじさんに目をつけられた』って顔をしてたじゃん。
でもさっきアイリーンはなんか病院に連れていかれる子犬みたいな顔してましたね……。
「思い出していただけましたか」
「正直信じられねぇが……ずいぶん見違えたな」
冷や汗混じりに何とか言葉を絞り出すと、後ろでアイリーンの表情に光が満ちるのが見えた。お前その外見に反して百面相なところに俺は困惑を隠せないでいるからね? そしてシルリアよ正直なところ無表情なまま瞳だけじっとりと熱を帯びているお前が怖い。いつになったら掴んだその手を離してくれるんだろうか。
「マスター。全てあなたのお陰です」
「言い過ぎだ。俺はきっかけを作ったにすぎん」
いかん完全に退路をふさがれた。自分の教え子に申し訳ないとは思うけど、君ら怖いんだよなぁ……。と、そこで正気を取り戻したらしいアイリーンがシルリアを引き剥がそうとするのがちらりと見えたが全く動じていない。
「で、どうして逃げようとしたのです」
「い、いやまぁその、なんだ。合わせる顔がないと思ってな」
いくら生きる術を持たぬ無力な子供とはいえ、示した道が死の危険と隣り合わせのハンター稼業というのは過酷に過ぎる。ましてや当時の彼女らにとっては唯一の選択肢だったはず。どうやらハンターとしては大成したのは間違いなさそうだが、そんなものは所詮結果論、免罪符にならない。
「俺はお前たちには恨まれても仕方ないと思ってる」
話す内容に嘘は無いが、これは突然シリアスな話題を持ちだし相手の油断を誘う作戦でもある。
言うや否や至近距離のシルリアが少し離れる。どうやらアイリーンがついにシルリアを引き剥がしたらしい。だが依然俺の腕と肩を離す気はないらしい。というか掴む力が強くなってるねこれは。
わたくしゲールマンはここに作戦の失敗を宣言します。
「何を言うかと思えば……我々が先生を恨むなどあるはずがない」
アイリーンは側に跪き俺の空いていた左手を両手で包みこみながら、優し気な声で言い聞かせるように言う。
わたくしゲールマンはここに戦況の悪化を宣言します。
プロポーズさながらじっと俺を見上げるアイリーンの頬は僅かに赤みを帯びており、そして不思議なことに俺は今対面するアカムトルムとウカムルバスに挟まれたアプトノスのような心境でいた。脳裏に浮かぶ四字熟語は絶体絶命の孤立無援の四面楚歌。
「もっと早く先生のもとへ顔を出したかったのだが、どうしても足取りが掴めなかった」
「マスターはずっとどこに居られたのですか」
アイリーンは俺の手を完璧にホールドしてもはや一ミリも動かせないし、シルリアは俺の服をねじるように手繰り寄せ何が起きても離さないという鉄の意志を感じる。俺はもうだめかもしれん。
「いつも通り野暮用がてら各地を放浪してただけさ」
嘘です最近はユクモの霊峰まで行って嵐を司る古龍のご機嫌を窺いに行ってました。だって昔ユクモ村に湯治のため滞在してたら大嵐の夜に天女みたいな装いの人がオルゲールの音を聴きに訪ねてきちゃったんだもの。
どういうネットワークで俺の事を知ったのかはわからんが、ユクモ村に遊びに来られると我々非力な人間としてはたまったものではない。実際過去にはその古龍の怒りを買った村は一夜にして荒地に変えられたという。幸いにして俺の時は機嫌が良かったのでそんな悲劇は起きなかったがいつもそうとも限らない。
あの人がいる場所は彼女の意思に関わらず無条件で暴風雨が吹き荒れる。彼女がやってくるとユクモ村近辺の渓流地帯が水害や土砂崩れでどえらい事になってしまうので、定期的に俺の方から霊峰に伺い宥めにオルゲールを鳴らしに行っているのだ。だって放っておくと痺れを切らしてまた遊びに来かねないし。
「まあどのみち10年先まで帰るアテは無いんだ。これまで通り気ままに過ごすさ」
「その方が我々としても安心ですが……。そもそものところ、先生はなぜ五期団へ?」
「そりゃあれだ、気が付いたらセレノアにぶち込まれていた」
「ぶち込みました」
「でかした」
セレノアの即答にアイリーンは親指を立てサムズアップで応えた。お前ら意外と仲良いのか……。
「お陰様で特別アドバイザーとかいうよく分からんポストに収まってる。まあお前らのような腕利きばかりのようだし、特別助言も必要ないだろう」
「いいえマスターの言葉であれば値千金の価値があります一言一句聞き逃しません」
なあシルリアよ。
その即答しつつ息継ぎ無しで言い切るの迫力のあまりビビるからやめてほしいんだけど……。
だがここでこの状況を覆す妙案を思いついたぞ!
「今更俺がお前たちに何か教えられるとは思えないが、まあアステラの案内くらいはさせてもらおうか。リーダー! こいつらの面倒は俺が引き継ぐぜ」
「おう! まだまだ忙しいんでな、そうしてもらえると助かる」
木箱から立ち上がり、掴まれた両手をそっと振り払いつつ奥の調査班リーダーやセレノアのいる方へ歩みを進める。様子こそ見えなかったが、今までセレノアや黄色い服の編纂者と話し込んでいたらしい。多忙な調査班リーダーには少し申し訳ないことをしたかもしれん。
だがなんとか了承をもぎ取ったおかげで自然な流れであの双子に取り囲まれた状態から脱することができた。あれは胃袋がいくつあっても足りん。普段から来訪する古龍のせいで消耗が激しいというのに。
リーダーはそのまま総司令の方へ足を運んで行ったが、まあ遠からずまた顔を合わせることになるだろう。
「そう言えばお前ら、バディとの顔合わせは済んでるのか?」
「ん、言っていなかったか。私たちは互いにハンター兼編纂者としてここにいる」
「……それってすごいことなんじゃ」
「とんでもないことですよっ!」
黄色い服の編纂者がすっ飛んできた。やっぱ凄いことなのか。
「あ、申し遅れました、私はセレノアさんの相棒をやっている者です!
それでですね、編纂者というのは博物学や地理学といった幅広い知識が求められる難関職なんです! それをお二人のようなハンターとしても優秀な方が資格まで持っているだなんて、自信失くしそうです……」
「そうは言うがね、ギルドガールや受付嬢と違い編纂者はハンターとしての知識や経験の応用が利く部分も多い。それに私たちは元来ペアでハンターをしていたからな。探索やクエストにも同行される以上この方が都合がいい」
「マスターがクエストに出るときは是非お呼びください」
「いやそんな予定はないが」
もう俺のポンコツボディがどれだけ通用するか。正直あんまり芳しくないのが実情だ。迂闊に狩りに出たらぎっくり腰とかでぽっくり逝きそう。
「でだ。俺たちが今いるここが流通エリア。アステラで一番活気のある場所だ。アイテムなんかはここで買いそろえることになる。他にも生態研究所だの植生研究所だの、調査の為の重要施設はこの辺にあるんで、お前たちハンターは必ず世話になるから時間作って早めに顔合わせは済ませるんだな」
「師匠。私を海に流した埋め合わせで一緒に狩りに付き合ってください」
「船から振り落とされたのはセレノア、お前の責任だろう。俺が海に放り投げたみたいに言うな」
アステラに着いてからの時間で復活したらしいセレノアが、いつもの調子を取り戻してきた。このバイタリティは流石ハンターといったところか。
と、ここで大きな角笛の音がアステラ中に響く。
思っていたより早いな、流石に話し込みすぎたか。
「先生、これは?」
「招集の合図だ。五期団も揃ったことだ、恐らく作戦会議ってところだろうな。悪いが案内はここで打ち切って総司令の所に向かうぞ」
前話ではアイリーンが余りある存在感で場を支配してしまいシルリアが空気で心配だったたのだが、ちょっと動かしてみたらなんか思ってたよりヤバい子になってしまったぞ