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周囲がざわめく。
トゥスクルの侍大将たるベナウィはムネチカが抑えており、ならば現れるのはその片腕的な存在のクロウだと考えていたクオン。
実際にクロウは現れて、一戦をやらかしていた。
尤も、クロウは全く本気など出してはいない。
剣豪であるヤクトワルトでさえ、まるで子供扱いなレベルで強かった。
そんなクロウだったが、別口で現れた黄金の鎧兜を纏う何者かに、どういう訳か怯えてすらいる。
「お、おいクオン!」
「な、何かな?」
「あれは何処の何方だ?」
「し、知らない……」
「な、なにぃ!?」
「わ、私も知らないかな。見た事も無いもの」
目を見開くクオンの姿、嘘偽りを吐いているのだとはとても思えない。
「あ、あんなキンキラキンで派手な鎧兜なんかが在ればすぐ判るかな」
「まあ、確かに……な」
そもそもハクはクオンを豪族か何かの娘と当たりを付けているが、流石にそれを遥かに超越した存在だとまでは思っていない。
ならばクオンの識らない某かが在ってもおかしくは無いし、こうなると相手の情報はまるで無かった。
「何でアンタが来てんすか……総大将」
「っ!?」
クロウの科白にクオンが反応を示す。
「おい、クオン?」
「有り得ないかな……」
「どういう意味だ?」
「クロウが総大将と呼ぶのは始祖皇ハクオロかな」
「じゃあ、彼奴はハクオロ皇だってぇのかよ?」
「違う、始祖皇は……」
始祖皇ハクオロがオンカミヤムカイに自ら封じられたのは、クオンだって知っている歴史的な事実。
エルルゥ母様が後に封印に入ったのも知っている。
理由までは聞かされてはいないが、とても哀しかったのは覚えていたから。
実の母親であるユズハ、だけど薬師の師匠として長く傍に在ったのは彼女……エルルゥであったのだ。
なればハクオロがこんな場所に居る筈がない。
(どういう事? ハクオロ父様な訳は無いかな……? あの方は未だにオンカミヤムカイな筈だし。だけどクロウが総大将と呼ぶのはあの方だけだったし)
まあ、それでもオボロが皇を引き継いでからは一応だが彼が総大将。
(かといって、オボロ父様な筈はもっと無い……)
よもや皇が自ら出てくる訳も無い……筈だから。
建国期のトゥスクルではハクオロが陣頭に立って、自らが指揮をしながら戦ったものだけど。
(だったらいったい誰……なのかな)
ベナウィは変わらず大将と呼ばれてるし、そもそも彼は今現在だとムネチカと戦っているのだ。
居る訳が無い。
「クロウ、お前はベナウィの援護に回れ」
「ですが総大将、まさかとは思いやすが……総大将が御自身で連中と戦われる御心算で?」
「そうだ」
「然しですねぇ……」
クロウは確かにクオンが相手でも剣を向ける。
戦を甘く視ている節がある彼女に、戦の非情を教える為にも間違いなく戦う。
それでも手加減する心算だし、幾ら何でも殺すまではやったりしない。
だけど“総大将”は決して違う、出れば敵対者には死を与えるだろう。
「良いんすか? 向こう側にゃ、お嬢も居やすけど」
「構わん。心配せずとも、決着は死を以て着けたりはせん。往け!」
「なら判りやしたよ!」
そう言ってクロウは此処を立ち去るのだった。
「貴方は何者かな?」
「フッ、我が名は……そうだな……ジェミニ」
「ジェ、ミニ?」
「そうだ。古の頃に【
「――何?」
ハクは驚愕する。
今のハクは今までと違って記憶を殆んど取り戻し、故に自身こそ今のヒト達が【
地下のシェルターに潜むしかない身ではあったが、星座の概念くらいは当然の事ながら学んでいた。
「そして【創世記】よりも更に古代、そんな古代より遥かな神代の頃に星座の名を冠する戦人が現れた」
「い、
ハクも聞いた事が無い。
「今のヒトが神と称するは二つ。ヒトの創造主である【大いなる父】と、それを解放したとされる解放者――ウィツァルネミテア」
ピクリとクオンが小さく反応を示した。
「このトゥスクルや隣國のオンカミヤムカイに於いてはウィツァルネミテアが、嘗てクンネカムンだった國やヤマトでは【大いなる父】が信仰されているな」
「嘗て? だった國だと? それはまさか!」
「今は無き滅びた國よ」
「宗教戦争……か? 違う神を信仰していた國を攻め滅ぼしたのか?」
「ある意味ではそうだな。違うのは仕掛けて来たのがクンネカムンであり、勝利したのが我らだったと……つまりは返り討ちにしたというだけの話よ」
「ぐっ!?」
押し黙るハク。
それが本当なら咎は確かにクンネカムン側にあり、トゥスクルやオンカミヤムカイは自衛権を行使したに過ぎないからだ。
滅ぼしたのはやり過ぎなきらいはあるが……
「今回もそうなるってか? ジェミニさんよ……」
「ハクさん?」
そんな科白にはネコネが反応をした。
「今回のヤマトによる侵攻もクンネカムンと同じく、つまりはアンタらはヤマトを滅亡させる気か?」
それには全員が、クオンでさえも驚愕をしてハクを見た後、ジェミニの方へと向き直る。
「さて、ヤマト次第よな。話が逸れたか……古代より前の時代、神々は別に信仰されていた。その中の一柱が戦女神アテナ」
「ギリシア神話に出てくるオリンポス一二神か……」
「如何にも」
「アンタの物言い、まるでそのアテナとやらが本当に地上に居たみたいな言い方だよな?」
「【大いなる父】は兎も角として、ウィツァルネミテアの如く超常が存在するなら不思議でもあるまい?」
「それは……」
「アテナは少年達に自らの守護を託したが、武器を嫌う女神の為に少年達はその肉体を武器にして闘った。勿論、そんな事をするなら無防備にも等しい彼らは傷付き倒れる。それを哀しんだアテナは少年達にせめて防具を与えたのだ」
「防具? それは!」
「そう、私が纏うこの鎧。星座の名を冠する聖衣よ。ジェミニとは黄道一二星座の一つ、双子座の事だ」
それはハクにも解る。
ジェミニが双子座の事だというのは。
「そして今一つ、聖衣には汝らの知らぬ金属が使われて造られている」
「何だと?」
「少なくとも十数年前……トゥスクル以前の國々には拙い製鉄法しか無かった。何しろ、始祖皇ハクオロが製鉄法を伝えねばヤマユラで鉄を造るなぞ、夢物語に過ぎなかったくらいだ」
それはヤマトも大して変わらない話だ。
ヤマトの帝――即ちハクの兄がデコイたる亜人種に製鉄法を与えたが、未だに鋼は登場もしていない。
武器を一つ視てもそれは飽く迄も鉄製品だ。
「正直、笑えたな」
「な、何がだ?」
「鉄の武器を手にした兵、それで勝利を確信していたヤマトの民。せめて鋼製の武器を持たせるべきだな」
「鋼……まさか!」
「トゥスクルでは標準装備が鋼製よ。鉄製の武具など話にもならぬ。況してや、我が聖衣は神秘金属」
「神秘金属……」
「鋼でさえ通さぬよ」
それは即ち、今の装備ではまともに傷を付ける事すら叶わないという。
勿論、顔や関節部位には効くであろうが、動いている相手の其処を狙うというのは可成り精密な攻撃を行わねばならない。
それは置いといて、ハクはジェミニとの遣り取りに少しばかりの違和感を感じていた。
それが何なのかまで窺い知れないにせよ、何処かがおかしいと思うのだ。
「さて、お喋りもこのくらいで良かろう。アテナが擁した黄金聖闘士の力を味わって貰おうか」
ピッ!
ジェミニが何かをした、そんな認識も無い侭にハク達はズタズタになる。
『『『『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』』』』
ヤクトワルトの陽炎なんて処ではない。
ハクは疎かヤクトワルトもオウギも、誰も何も認識が出来なかった。
「んだよ、今のは?」
起き上がるヤクトワルトがボヤく。
「言い忘れていたが聖闘士は最下級でさえ、音速……と言っても解らぬかな?」
「解るよ。三四〇.三一毎秒の速度だよな?」
「流石はという処かな? 即ち三.四〇三一メートルを離れた位置から放たれた聖闘士の拳は、凡そ一秒間に百発にも及ぶ速度を出せるという訳だ」
「最下級でか?」
「そうだ。そしてこの私は最上位に位置する一二人、黄金聖闘士と呼ばれる」
「何だ? 今度はマッハ五くらいになるのかよ?」
「まさか。マッハ二〜五は中級の白銀聖闘士の領域、我ら黄金聖闘士とは全員が光速、光と同等の速度を持っている」
「は、はぁ?」
「詳しく説明するのも最早面倒、簡潔に言えば刹那の刻に一億発の拳を放てるのが黄金聖闘士よ」
「ば、莫迦な!?」
可成り大雑把な説明だがそれは、既に物理的な限界を越える領域だ。
ジェミニとて生身で何の力も使わず、こんな莫迦げた領域には達せない。
この世界が全くの異世界ではないが故に、使えている小宇宙を解放したから。
普段というか聖衣を身に着けていない状態ならば、小宇宙を使ったりは基本的にしない。
魔力や闘氣を使えば問題も無いからだ。
そもそも聖衣を身に着ける機会も中々無いし。
今回は白龍皇や赤龍帝と認識されるのもアレだし、十数年前の建国期に於ける戦でも使わなかったコイツを使ったのである。
「さあ、そろそろ終われ」
その攻撃に移らんとした際に、ピピピと何やらハクとしては割と聞き慣れた、他の面子は聞き慣れていない音が鳴り響く。
「ム? ベナウィではないだと……?」
ジェミニが取り出して、手に持つ小さな物体にハクは見覚えがあった。
「携帯電話?」
見た目には古い型だが、若し本当に電話だと云うのであれば、こんな文明退化した世界では革新技術だ。
「――何? 間違いないのかそれは」
相手が誰か判らないが、多分だけど険しい表情になっているジェミニ。
とはいってもハク達から見て表情は判らない。
「どうやら事情が変わったらしいな」
「ど、どういう事だよ?」
「汝らは早くヤマトへと帰るが良い。どうやら大変な事態が起きた様だ」
「な、何を言って!」
「最早、相手にするも面倒……
両腕を広げてジェミニが叫んだ途端……
「うおあぁぁぁぁっ!?」
ハク達は空にポッカリと開く穴に吸い込まれた。
「ヤマトの帝が死んだ? 我が見立てでは間違いなく十数年は生きそうだった。勿論、延命調整をしての話ではあるが……な。ならばやはり暗殺か」
然しものヤマトにも恥部はあると云う事か。
或いは大國故にか?
聖上の暗殺に手を染めた莫迦が居たらしい。
「荒れるな、ヤマトも」
ジェミニはマスクを外して素顔――ユートの顔で、ヤマトの方角を見遣りながら呟くのだった。
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