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巌戸台分寮――彼らペルソナ使いが住まう寮、とはいってみても今現在は桐条美鶴と真田明彦と岳羽ゆかりのみ、取り敢えず二日くらい前からは件の汐見兄妹が住み始めてはいるものの、現状では本来の寮に未だ住めないからという理由で留め置かれている一時的な状態。
ユートはそんな巌戸台分寮を、遠くのビルディングの屋上からたこ焼きを抓んで見つめていた。
その所業が見付かればストーカー認定待った無しだったが、抑々がビルその物は会社だか何だかなど何も入っていない廃ビルでしかなかったし、人の出入りも殆んど無い場所だったから仮宿的に寝起きで使っている。
四月九日 木曜日の満月。
今日の午前零時と零時一秒の狭間たる影時間、ユートはその時に起きる事件に介入するべく下見をしており、岳羽ゆかりや桐条美鶴らが学園へと向かうのも汐見朔也と汐見琴音が学園へ向かうのも具さに視ていた。
「オクトパシーたこ焼きも悪くないな」
本当にたこ焼きか怪しいけど味は悪くないとも云えるし、他にも『鍋島らーめん はがくれ』でラーメンを食べて腹を満たしている。
ゲーム中でも割と主人公らが行っていたから、折角だからとユートも通い詰めていた。
矢張り作るより作って貰うのが良い。
次元放浪期に行った世界には食関係も幾つかが存在しており、その内の一つが【トリコ】の世界という特殊な食材がゴマンと存在している。
極めつけとなるのが『ゴッド』ではあるけど、単なるワニ――ガララワニ程度でも充分に美味い食材で、調理する人間次第で凄まじい御馳走へと幾らでも変化をするものだ。
ユートはそんな様々な食材をユニクロン内部の惑星の一つ、食糧生産惑星ユニウスセブンと並ぶ特殊食材生産惑星トリコで生産していた。
リーガルマンモスが闊歩し、虹の実が生って、BBコーンが生えているそんな惑星である。
食材のみにあらず、ユートは作らない人だったけど世界観が世界観なだけに已むを得ない事情というやつで、取り敢えず好みの娘をゲットする為には手段を選ばないのだ。
それは兎も角、今宵がXデーなのは間違い無いから深夜零時を待つしかない。
その時が来れば自ずから屋上という名の戦場へ汐見兄妹と岳羽ゆかりが現れる筈、その時を見計らってユートは動く予定となっていた。
午前零時まで後四半刻も無い。
「さて、桐条のお姫様や幾月はキタローを監視している心算で実は僕に監視されているとは、まさか夢にも思っていないんだろうな」
幾月修司……何だか知らないが皇子とやらに成りたいなどとほざいている頭の方は良い癖に阿呆な男であり、更には駄洒落好きなのも実は演技では無いのが確認されている。
そして桐条のお姫様――桐条美鶴は昔に南条家から分かたれた桐条家の御令嬢、確か現在の当主の桐条武治の一粒種であった筈だから将来は彼の跡を嗣いで桐条の女帝と成るだろう。
「南条との関わり合いという意味では僕の所とは似たり寄ったりか」
ユートが財団法人【OGATA】を興す際に、南条家の先々代に権威や資金を借りていた。
死んだ山岡執事も先々代から仕える重臣だった事から、実は緒方優介として南条家に行った時にまだ年若い彼とも出会っている。
ユートが【真・女神転生】~【ペルソナ】世界に関わるに辺り、財団法人【OGATA】を設立したけど真の姿と名前では無くて、前々世に於ける祖父の緒方優介の名前と顔を借りていた。
そして現在の宗主となっている緒方優也も同じくであり、緒方優介と緒方優也と緒方優斗の三人とは即ちユートの一人三役であったと云う。
その気になればユートは遍在なり影分身なりで本当に三人に成れてしまう訳で、よく有るみたいなどちらかが居ればどちらかが居ないなんていう片手落ちは無かったりする。
実際、今でも会社の方では二人のユートが嘗ての祖父と父親の姿で働いていた。
尚、此方のユートが本体だ。
「おおっと!」
着替え始める桐条美鶴。
「これは流石にヤバいか」
監視の目――【魔法少女リリカルなのは】に於ける目に見えぬ魔法式機械たるサーチャーを然るべき場所にバラ撒いていた訳で、当然の事ながら何処であろうが入り込んで監視が可能。
矢張りこのサーチャーは覗き見の道具だなと、万が一に【魔法少女リリカルなのは】の世界に往ったりした場合、必ず地球で時空管理局がサーチャーをバラ撒くのを中止させるべきだな……と、改めて心に誓うユートは確実に自分を棚に上げているのは気付いていた。
所謂、分割思考で頭の中にサーチャーの映像を映しているから食事しながら、眠りながらにでもこうして観る事が出来て便利ではあるのだ。
因みにだが、【魔法少女リリカルなのは】に於けるサーチャーの映像は飽く迄もモニターによる観賞が出来るのみで、頭の中に映像をという真似は恐らく出来ないと思われる。
桐条美鶴の映像を暫く切ったユートはこれから更に岳羽ゆかりの映像も切った。
彼女も着替え始めたから。
食事も終えて映像も復帰したのを観ているが、サーチャーの映像は既に一ヶ所のみに絞られているので、監視の方も可成り楽と言えば楽になっているのであろう。
何故なら真田明彦は外出中だけど、幾月修司と桐条美鶴と岳羽ゆかりは同じ場所でモニターを見つめながら会話中だからである。
二ヶ所の映像は既に深夜帯で眠りに就いている汐見朔也と汐見琴音を映していて、三人はそんな彼らを監視する為に集まっている状態だ。
そろそろ影時間に入る午前零時。
そして秒針がチックタックチックタックチックタックと回り、遂に一回りをして分針と時針とが揃って一番上の数字に到達した瞬間、世界がガラリと入れ替わったかの如く雰囲気を変える。
普通の機械類は軒並み停止をしてしまったし、空の色が如実に変化をしていて何処か禍々しくもケバケバしくて、サーチャーからの映像は一秒前まで映していた人間が棺桶と化して佇むのを映し出し、それがつまりは“象徴化”という現象である事をユートは識っていた。
とはいえ象徴化されたのは寧ろ幸いというべきであり、寧ろ危険となるのは象徴化されていない動いている人間であろう。
影時間の間に動いている人間が居るとしたならそれは二種類、それは影時間に適合をしているであろう人間と落ちた人間だ。
適合しているのは桐条美鶴や岳羽ゆかりなどのペルソナ使い、若しくはペルソナ使いに成れるであろう汐見朔也や汐見琴音みたいな人間、それに幾月修司みたいにペルソナ使いでは決して無くても何らかの手法で適性を得た人間。
落ちた人間とは影時間に呼ばれるなどをして、謂わばシャドウの餌としての人間といった処か。
シャドウの餌となった人間は無気力症と称される状態となる。
「おっ! 真田明彦が大型シャドウと接触した。あれがポリデュークスってペルソナか」
真田明彦のポリデュークスと今は離れてしまっている荒垣真次郎のカストール、実はこの二つは星座を構成する星で双子座に位置している文字通り双子の兄弟関係。
「うーん、弱いんだな。ボクシング部のホープ的な人間なだけに表の世界の高校生レベルでは強いのかもだけど、矢っ張りこうした命の遣り取りでは強いと言い難い……か」
ペルソナを使って尚も敗走。
相手は真っ黒でザ・シャドウとでも云うべき姿であり、腕でのみ構成された躯体で幾つもの剣とこれが顔だとでも言いたいのか仮面を持つ。
仮面の額部には『Ⅰ』と刻印されてアルカナに於ける“魔術師”に位置するのが判る。
駆けながら作戦室へ連絡していた。
そして何とか滑り込む勢いで寮内へと飛び込んで扉を閉める。
其処からは正に怒涛の展開というやつだろう、岳羽ゆかりが急いで二階と三階の部屋の汐見兄妹を連れ出して屋上へ向かい、然しながらシャドウがペタペタと壁登りで屋上に到達。
岳羽ゆかりが太股のホルスターから召喚器たる拳銃を抜いて、銃口を額に押し付けるものの恐怖からの緊張感で息を荒くしつつ指を動かしてみるけど引き金を引けないでいた。
大型シャドウの攻撃に吹き飛ばされて手放された召喚器、それを拾った汐見朔也が顳顬に銃口を押し当てて……
「ハァハァ……っ!」
ゴクリと固唾を呑み笑みを浮かべる。
「ぺ」
そして一言一言を区切りつつ……
「ル」
然し確実に。
「ソ」
言之葉を紡いだ。
「ナッ!」
BANG!
遂には岳羽ゆかりが引くに引けなかった引き金を引いて、汐見朔也の顳顬には軽い衝撃が走ると背後から“幽玄の奏者”が顕現をする。
『我は汝、汝は我。我は汝の心の海より出でし存在……幽玄の奏者オルフェウス也!』
だけどすぐに本人と共に激しく苦しみ出して、オルフェウスの身体を突き破るかの如くシャドウにも似た存在が現れ出でた。
『グキャァァァァッ!』
一吼えするオルフェウスから出でたシャドウにも似たペルソナは飛び上がる。
「そしてアレがタナトスか」
死神の象徴みたいなペルソナ、素材となるであろうペルソナと適正レベルで合体可能となる存在であり、上位ペルソナというにはちょっとばかり残念な性能となるけど上位は上位。
グシャッ! ズシャッ! と、手にした剣で斬ったり突いたり薙いだり暴虐の限りを揮う。
『フシューッフシューッ!』
タナトスは剣を持たぬ手で大型シャドウの一部を掴み、それを握り潰すとまるで勝ち鬨でも上げるかの様に叫ぶと瞬時にオルフェウスへ戻った。
「終わった……の?」
オルフェウスが消えた後に岳羽ゆかりが窺う感じに呟くと、そんなのは間違いだと云わんばかりに大型シャドウの破片がビクビクと痙攣をしながら小型――臆病のマーヤが数匹に変化する。
「ヒッ!」
息を呑む岳羽ゆかり。
「兄さん、貸して!」
汐見琴音が疲労困憊な汐見朔也から召喚器を引ったくると自らの顳顬に銃口を押し当てた。
「来て、ペルソナ!」
そう、彼女は理解をしていたのだ。
自分にも兄程では無いけど似た存在が自分自身の無意識下、心の海にソレが存在していて同じ様に喚び出せるのだ……と。
「オルフェウス!」
それは少し形状に差違こそ在れ、確かに先程の彼が喚んだ“幽玄の奏者”オルフェウス。
「焼き尽くして!」
『アギ!』
火炎系基礎中の基礎たるアギ、その小さな火球が汐見琴音の声を低くした感じで叫び放ったら、それが当たって臆病のマーヤの一体を燃やして焼き尽くす。
だけど初めての召喚は疲弊させるのか武器――見た目には単なる木の棒――をギュッと握り締めているが、息を荒く吐きながらも他の活きている敵に目を向けた。
ペルソナとは心の海より出でし存在、使うには矢張り心の力たる精神力を消耗してしまう上に、初召喚で慣れていなかったからか余計に消耗をしてしまったらしい。
ガクリと膝を付く汐見朔也と精神力の疲弊が激しい汐見琴音、そして今尚も自らに銃口を向けて引き金を引けないだろう岳羽ゆかり。
「此処までだな」
斃せるならそれで良し、だけど無理だったなら介入をすると決めていたユートが監視場所からの跳躍一番、肉体的な能力は超人と呼ぶに相応しいだけにそれだけで寮の屋上に降り立つ。
「……え?」
端からは何も無い場所から行き成り降りてきた様に見え、隣に立つユートの姿を捉えた汐見琴音は驚愕に目を見開いていた。
「借りるぞ」
召喚器を手にするユート。
先の汐見琴音みたいに兄から引ったくった感じでは無く、何の違和感も感じさせずに召喚器を手から奪われていた為に又もや驚く。
顳顬に銃口を押し当てて何の躊躇いも無ければ間も空けず引き金を引いた。
「ペルソナ!」
BANG!
軽い衝撃が走りペルソナが顕現。
『我は汝、汝は我……我は汝の心の海より出でし存在。冥界を統べる王ハーデスの器たるアンドロメダ星座の瞬也!』
「おや?」
これにはユートも吃驚だ。
ハーデスというペルソナならカス校に通っていたミッシェルが使っていたが、此方は器に選ばれた【聖闘士星矢】に於ける聖闘士の瞬。
『
最終青銅聖衣に身を包んだ瞬が角鎖を揮うと、まるで鎖が雷霆の如くカクカクと軌跡を描きながら動き、一本しか無い筈の鎖が数十本にも増えたかの如く臆病のマーヤの全てを消し飛ばす。
瞬がニコリと微笑むと粒子と共に消失をして、屋上は再び夜の静寂に満たされていた。
安堵したのか兄妹は倒れる。
「あっ!」
岳羽ゆかりが叫んだのは、すぐ隣の汐見琴音をユートが片腕で抱きかかえていたからだ。
尚、汐見朔也はその侭倒れた。
「お疲れさん」
何処か満足げな汐見琴音に声を掛ける。
「で、貴方は誰? どっから来たの? あれって貴方のペルソナなの?」
「質問が多いお嬢さんだな?」
「行き成り現れた貴方を怪しむのは当然の事だと思うんだけど?」
「ま、それもそうか」
形を竦めつつ気取った態度で応えた。
バンッ! 乱暴に開け放たれた屋上の扉は破壊されている辺り、真田明彦がポリデュークスでも使って壊したのかも知れない。
「無事か岳羽!」
「さ、真田先輩……桐条先輩……」
現れたのは真田明彦と桐条美鶴。
「お前、何者だ!?」
「人にそれを訊ねるなら先ず自分の名前くらいは言ってみたらどうだ?」
「何を!」
「まぁ、アンタらのテリトリーに侵入した形にはなるだろうから此方が先ず名乗ろう。僕の名前は緒方優斗、財団法人【OGATA】の人間だと言えば判るか?」
それを聴いて驚く桐条美鶴。
「あの【OGATA】か!」
「あの……というのがどうなのかは知らないが、財団法人【OGATA】は一つの筈だ」
真田明彦が『知っているのか? 雷電!』とばかりに見て来るので仕方が無いと話す。
「嘗て、南条家からの出資で数十年も前に――恐らくは彼の祖父君だと思われるが、創設をしたという会社から今に至るまでになったと聞く」
「ま、そうだね」
違うのは祖父では無く本人な事。
偶々、ちょっとした事で既知を得て恩を売った事により開業資金の供出を頼めたのが切っ掛け、南条 圭とそれなりに仲良くしていたのも彼の謂わば曾祖父との関係性故でもあった。
カテゴリーは互いに恩人、なれば曾孫との仲を悪くしたくは無かったし、多少の気難しさはあっても決して悪人では無いのだから仲良くしないという理由も無い。
それに南条 圭も今や三十路とはいえペルソナ使いの一人でもあり、ユートとは聖エルミン学園の学友で御影町異界化事件――通称『セベク事件』での戦友でもある。
更には約一〇年前、一九九九年に珠閒瑠市にて起こった事件にも南条 圭は関わっていた。
(そういえば一〇年前って云うと桐条がやらかした時でもあったな)
現在は西暦二〇〇九年で、【ペルソナ2】となるのが西暦一九九九年での出来事な訳なのだが、例のやらかしが同じ時期だった事もあって流石に岳羽ゆかりの為にと、この時の出来事に干渉をする事はいずれにせよ出来なかっただろう。
「さて、此方の事は明かした。取り敢えず気絶をしている二人を寝床に置きたいんだが?」
「む、そうだな。岳羽」
「あ、はい」
「緒方を汐見……妹の方の部屋に案内を」
「わ、判りました」
岳羽ゆかりは『女の子の部屋に男が入るのは良いのかな?』と思いながら、それでも不甲斐ない自分に代わり闘った汐見琴音を早く寝床にと思ったのか案内をする。
尚、汐見朔也は真田明彦が抱えて彼の部屋へと連れて行った。
怪我はしていてもパワフルだ。
月光館学園 巌戸台分寮のエントランスホールのソファーに座ったユートは置かれた自動販売機で買った剛健美茶を飲みつつ、辺りの観察をして真田明彦が降りてくるのを待っていた。
正確には桐条美鶴も父親に今日の事を緊急での報告が必要だと、ちょっと電話をするべく席を外しているから今は岳羽ゆかりと幾月修司の二人が同席をしている状態である。
より詳しく話し合う為だ。
「いや、済まないね。もっと良い飲み物を出せれば良かったんだろうけど、自販機のお茶を奢るくらいしか出来なくって」
正体を識る者としては唯でさえ胡散臭いというのに、笑顔を浮かべている幾月修司は更に胡散臭さが倍増している。
「来客用の飲み物なんて常備してないんだろう、これでも充分だから特に問題も無いな」
まぁ、缶では無くペットボトルだったから単純な量もそれなりだから、ユートが喉の渇きを潤すという意味では充分な御馳走だろう。
「さっきの戦闘は大した事もしていないけどね、此処に来るまでに飲み物を買おうとは思っていたから丁度良い」
食後の飲み物を忘れていたからアイテムストレージから出そうかどうしようか、そんな風に考えていたら時間が来たので監視を強めた為に結局は喉が渇きっ放し。
「大した事もしてない……ね。私からしたら一応は命の恩人って事になるんだけど」
「気にするな。普段なら対価を戴くんだけどね、今回は緊急を要したから仕方無い」
「対価?」
ハッとなった表情で自らの身体を庇う仕草をする岳羽ゆかり。
「阿呆か。さっきの戦闘くらいで身体を要求する筈も無いだろう。須く対価は必要だけど、貰い過ぎても逆に貰わな過ぎても宜しくないからな」
某・次元の魔女が曰わく。
「つまりは等価交換という事かい?」
「そうなるな。さっきの戦闘は謂わばゲームで云うなら最弱モンスターに一般人が追われているのを助けて、その御礼にと数個の薬草を譲って貰ったとか馬車に乗せて貰って町に送って貰った程度のイベントに過ぎない」
ドラクエで云えばターニアがぶちスライムに追われていたから助けた……程度。
「実際、大型シャドウは兎も角として“臆病のマーヤ”なんて最弱のシャドウだしな」
「大型シャドウ……」
あの脅威を思い出したのか震える。
「あれは始まりに過ぎないけどな」
一二体が存在している中に在り一番最初に現れる特殊シャドウ、アルカナは“魔術師”で連中の中では勿論ながらこれも最弱。
とはいえ、ゲームではイベント戦でタナトスに蹂躙されるだけの哀れな存在であったと云う。
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次回が有れば単なる説明回だろうな……