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キス――魔力吸収をしながらマインをソッと見遣ると、トゥーリも美少女で将来性も充分であると判るくらいなのだが、マインは何処かしら別格の美しさを放っている様に感じていた。
下町の貧民層であるが故に二人共が薄汚れている肌にガビガビな髪の毛、服もドロドロで継ぎ接ぎをしていて顔立ちから判断するしかない。
然しながらトゥーリはそうでも、マインの方は何故だか上級貴族……否や、下手をしたら領主候補生くらいの気品を見て取れたのだ。
尤も、ユートは直截的に領主候補生という存在を視た事は無かったりする。
嘗てはそうだったジルヴェスター、その第一夫人たるフロレンツィアとなら会っているけれど、取り敢えずアウブとしてや領主夫人として会った際にはそれなりの気品は有ったろう。
少なくとも下町の小娘では放てない。
階級に応じたソレを見て取れたら別で、ユートはトゥーリを美少女であると判断している。
マインの魔力は一気に減って身体的にも落ち着きを取り戻し、ユートは何処かで感じた色合いの魔力だと思いながらもそれを無色で透明の力へと変換をして己れに足していった。
ユートは如何なる力も無色透明にして取り込める太陰特性を持つ故、邪神の強壮たる【C】に力を注がれた際にも無自覚だったから多少は呪われたけれど、注がれた九割は自分の力として取り込んだ上に逆転して力を簒奪してもいる。
この太陰特性は“無限”、その為か似た特性を持つ“
事実として将来、ユートが得る神器であり嘗ては彼の魔王の孫が使っていたソレを、魔王の孫のそれ以上に使い熟せたのは“半減”した力を無制限に取り込めるからに他なら無い。
魔王の孫ですら行き過ぎた力は吐き出すしか無かったというのに。
「これで暫くは大丈夫だろう」
マインとユートの口からトゥーリの時と同じく唾液の橋が架かり、流石に蕩けた表情から持ち直していたトゥーリは妹と淫靡に口付けを交わしていたユートを視て又もや茫然自失。
「あ、あの……何でマインに口付けをしたの? 私みたいな契約?」
「違う。彼女の魔力を吸収した」
「へ? 魔力って確か御貴族様が持っているっていうものだよね」
「それ実は間違いだ。平民も僅かながら魔力を持っている。だけど僅か過ぎて何の問題も無いというだけなんだよ」
染める染めないも関係無いくらいに僅かな量しか持たないのが平民。
仮に平均的な下級貴族の魔力量を一〇〇だったとして、中級貴族が五〇〇、上級貴族が一〇〇〇と仮定をすると平民は精々が五~一〇くらいではないだろうか?
桁違いだから無いのも同じ、トゥーリの中にも魔力は有るけど魔力を流しても恐らく反応すらしないであろう。
成長して増えても器を圧迫しないから魔力を感じる事も無く生涯を終えるのが平民、それに比べて身食いであるマインは今現在で既に器を破壊しつつあるのだから空恐ろしい。
「さて、後はマインが起きるのや君の両親が帰ってくるのを待つか」
「マインは兎も角、お父さんやお母さんとどんな話をするの?」
「そりゃ、君との契約の話をね。まさか一〇歳になったら行き成り取り上げる訳にもいくまい?」
「そういう配慮は嬉しいかな。御貴族様ってそんなの関係無いって感じなのかと思っていたよ」
「他は大抵がそうだな。うん、九割はそんな感じの貴族だろう」
とはいえ、カルステッドみたいに柔軟な思考の貴族も居ない訳でもないし、ジルヴェスターみたいな遊び心満載なアウブも居る訳で。
まぁ、ジルヴェスターはもっと真面目に執務をしろよ……とは言いたいが。
「戻って来るまでイチャイチャしてるか」
「はい?」
一先ずはヴァッシェンで部屋全体やトゥーリとマインを洗浄、そして軽いキスや深いキスによりトゥーリを性的に快楽を与えていく。
ヴァッシェンの魔術に驚いていたトゥーリだったけど、又も唇を奪われて更に驚愕しながら目を見開いたものの目を閉じて受け容れた。
まだ六歳だとはいえ、この世界の婚姻年齢の低さや平均寿命からして普通に教えられていたのだろう、特に女の子は男共とは違い行為が瑕疵にも成り得るからには教えておく必要性があるから。
とはいっても流石に冬は迎えない。
秋の訪れを待つ心算も無かったが、だからといって幼女趣味という訳では無いユートからすれば流石に早過ぎる。
キスをしたのはマインと逆にトゥーリは発育の面で、年齢より少し上に見える程度には育っていたのが理由。
両親どちらかの遺伝的なものだろうか?
唇だけでなく頬や首筋など服には隠されていない部位に唇を付け、それだけでも異性に肢体を貪られる感覚に酔い痴れるトゥーリ。
服を脱がされたら流石に抵抗しただろうけど、ユートも矢張り其処までする心算は無かった。
暫くトゥーリの味見をしたが、ヴァッシェンで再び身綺麗にして二人の両親を待つ事にする。
稍あって階段を登る音が聞こえてきた。
「只今トゥーリ、マイン」
どうやら途中で合流をしたらしく両親が揃って部屋に入って来る。
母親らしき女性はまんま大人バージョンに成ったトゥーリ、父親らしき男は野性味に溢れながら家族を愛しているのが判る笑みを浮かべていた。
「なっ! 誰だ!?」
父親らしき男が叫ぶ。
そりゃ、見知らぬ男が愛娘のすぐ傍に座っていれば叫びたくもなろう。
「待って、お父さん! この人は御貴族様だよ、下手に攻撃をしたりしたらお父さんが処刑されちゃう!」
「ぐっ!」
愛娘に諭されて足を止める。
(そんな真似はせんがな)
これでもトゥーリの事は気に入っている訳であるし、ユルゲンシュミットの身分差から仕方無い部分があるのでこういった仕儀にはなっているにしても、要は好んだ少女と仲好くやっていきたいのに父親を害してどうしようというのか?
(ま、話し合いが始まれば嫌でもヒートアップせざるを得ないんだろうけどね)
視るからに親バカ一直線な父親らしき男は先ず間違い無く、トゥーリが愛妾契約をしたなんて聴いたら殴り掛かって来そうだ。
「僕は一応、上級貴族リンクベルク家の四男に当たるユートユウガ。通称はユート、宜しく」
「うっ、俺はギュンターだ」
「ギュンター! もう……ああ、わたくしエーファと申します」
エーファはなけなしの礼儀を以て接してきたみたいだが、ギュンターと名乗った男は礼儀知らずな感じにざっくばらんな話し方。
本来ならば貴族への挨拶の仕方というか作法が有るけど、ユートは抑々にして人としては数えられない年齢だから気にしていない。
そんな些細な事を気にするくらいならさっさと話をするべきだからだ。
「さて、事の始まりはトゥーリの悲鳴が此処から聞こえてきた事にある」
「トゥーリの!?」
「僕は即、この部屋に入って来た訳だが……泣きながら妹であるマインを抱き締めるトゥーリが居たんだよ」
「まさか、マインが熱を出したのか?」
「ああ。それも尋常じゃない、触れるのも憚る程の高熱で完全にマインは死に掛けていたよ」
ゾクリとギュンターもエーファもマインの死を想像して背筋が凍る。
人間が風邪を引くと高熱を出すのは細菌を殺す為であり、謂わば防衛本能だから熱は出ても精々が四八℃から四九℃の間くらい。
生命として命を繋いでいられるギリギリくらいの熱を出す訳だが、マインは明らかに五〇℃を遥かに越えて肉体が死に向かっていた。
風邪では無く全く別の理由なのだ。
「既にトゥーリには話してあるけど、熱の正体は魔力だ」
「魔力って御貴族様が持つ?」
「これもトゥーリには話したが、魔力は貴族だけしか持たない訳じゃない。極僅かではあるにせよ平民だって持っているんだよ。そして中でも貴族にも匹敵する程に持つのが身食いとされる者――つまりはマインみたいな人間だ」
「「っ!?」」
ユートからの説明に息を呑む。
「これを見ると良い」
「指輪?」
ユートの中指には緑色――春の貴色の魔石が填まる指輪が着いていた。
「貴族ならこういう魔術具で魔力を抜けるんだ。然し買うには大金貨数枚が必要な上、貴族でないと抑々にして買う事がまず出来ないだろうね」
「だ、大金貨が数枚……」
平民では……兵士では一ヶ月の給料なんてのは班長という役職を持っても大銀貨を稼ぐのが漸くで絶句をするギュンター。
しかもギュンターの一家はエーファも働いているがマインの療養費も必要、貧民街での生活ですら割とカツカツだったから大金貨は夢のまた夢。
「壊れた魔術具でさえ小金貨が三枚は要るだろうけど……買えないよな?」
「買え……ません……」
その下の大銀貨――一〇万リオンだって稼ぐのがやっとな兵士の班長、三〇倍にも成るであろう三〇〇万リオンを稼ぐというのは寝食を削ってみても可成り大変だ。
「という訳で僕が直にマインの魔力を吸収した。やり方については秘匿させて貰うとして、慈善事業じゃないから当然ながら対価は必要不可欠だ。それがトゥーリとの愛妾契約という事になる」
ヒュッとエーファが息を呑み、ギュンターも怒りを露わとしながらギュッと拳を握り締める。
解っているから奥歯を噛み締めて耐えてるし、身体全体を堅く堅く震わせながら床を見ていた。
「断っておくけど、予めトゥーリには言った上で本人も了承をしている。切羽詰まった状況下で他に答え様が無かったというのはちょっと卑怯だったかも知れないが、それでも切れるカードは切らせて貰っている」
「俺……否、私は……家族の幸せを望んでます。御貴族様に娘が喰いモノにされて泣くのなんてのは仮令、神様に逆らってでも許してはおけないと思っています……」
「だからこそ従属契約じゃなく愛妾契約なんだ。ギュンターがエーファを妻としたのは親から決められたから……じゃないよな?」
「私が望みました。エーファの父は兵士を纏める士長の一人で、私はエーファと出逢ってから義父となった彼に懇々と願い続けました。私は本当は騎士に成りたかったけど貴族しか成れない仕事と聞いて兵士に成りました。私は……この町ごと、家族を守る覚悟があります! 貴方がトゥーリを不幸にするなら……敵わぬまでも闘います!」
「止めとけ、そんな事をしたら守りたい家族と共に処分されるだけだ。否、僕ならそうはしないけど他の貴族で性質の悪い奴なら……」
ユートはエーファとトゥーリとマインを順繰りに見遣りながら言う。
「それこそ手足を斬って達磨……じゃ判らないかも知れないけど自由を奪い、美しい奥さんから娘まで目の前で蹂躙された挙げ句の果てに殺されてしまうかも知れないぞ?」
「ぐっ!」
何と無く想像出来たらしい。
よく物語でもあるあるだが、悪党ならばやりかねない事だろう……男を拘束して、その男が愛する女を目の前で犯すとか何とか。
「最悪は家族諸共が一気に殺される。最悪中の最悪が今言った通りだよ、だから余り貴族に喧嘩は売らない方向で」
「判って……いる」
悔しそうな顔だけど、兵士だからこそ……騎士や貴族にも僅かながら関わる職業だからこそ理解が及び、ユートの科白が戯言なんかでは決して無い事も知っているギュンターは頷くしか無い。
「心配はしなくても無体はしない」
秋の訪れより先に冬を迎えはするだろうけど、無意味に無体な真似をする心算は全く無かった。
まぁ、初物を『戴きます』をしたら泣き叫ぶ程に痛い事には成るが……
「トゥーリを宜しく御願い致します」
「エーファ!?」
「どの道、私達ではマインを救って貰った対価を支払えないわ。それなら条件が良い内に預けると決断をすべきじゃないかしら?」
「それは……」
エーファの言いたい事はギュンターも理解こそ出来ているものの、矢張り御貴族様への忌避感というのはそう簡単に拭えるものではあるまい。
「基本的には仕事をしながら貴族街の邸に帰る、つまりは帰る場所が此処じゃ無くなるってだけなんだよ。それに二度と会わせない心算も無いし、月に一度の実の日の夜に実家へ帰って土の日の夜に邸へ戻れば良い訳だから」
出来得る限りギュンターとエーファへの配慮をするのは決めてある。
身分差から正式に星を結ぶ事は出来ないけど、妾とはいえ立場的には嫁入りにも近いのだから。
式を挙げる事も無く、貧民街から貴族街の邸へ殆んど身一つで移動をするだけの話でしかなく、その日の内にとはいかないけど後は年齢がユートの添うものに達したら閨に呼ばれるだろう。
髪型は今と恐らく変わらないと思われるから、最初は解かずにその侭のトゥーリを愉しみたい。
取り敢えずトゥーリの愛妾契約はギュンターとしては不承不承なから頷かせたし、エーファの方もユートに預ける事には納得をして貰えた様だ。
「問題はマインだ」
「マインの何が問題なんですか?」
ギュンターは言葉遣いがいまいち安定しなかったけど、或る意味で嫁に出す相手に近いという事もあってか貴族との対話に切り換えたらしい。
「先程も言った通り、マインは平民でありながら強い魔力を持った身食いだ。魔力は器の成長に伴って増える上に魔術具で抜かないと器を壊してしまう勢いとなる。魔術具は高価で貴族でないと造れないし、マインくらいの魔力には相当な素材を使わないとすぐに壊れてしまう」
粗悪品な素材を使って大した魔力も持っていない貴族が造った魔術具では、きっとマインくらいの魔力量ならば触れた瞬間に金粉化待った無し。
尚、ユートが識らないマインの辿った織地ではジギスヴァルト第一王子(笑)が、ローゼマインへとジルヴェスターを通じて贈った“許可証”とやらが有るけど、鎖はすぐに金粉化したし魔術具自体もあっという間に金粉化していた。
魔力の釣り合いが取れてないから。
それは扠置き……
「マインが目覚めないと話し合いが進まないし、まさか泊まる訳にもいかないからな……」
ヴァッシェンして綺麗に成っているから宿泊に忌避感は無いが、流石にギュンターとエーファも正式に星を結ぶのは疎か未だに妾に成っている訳でも無く、しかも年齢がマインと変わらないという貴族の子息を預かりたくは無いだろう。
「しょうがない、魔術で叩き起こすか」
ギョッとなる三人を置き去りに、シュタープ擬きな魔術具を取り出したユートは魔法陣を起動。
「マインにシュラートラウムの篤き加護たる夢の内より目覚めの言葉を――ザメハ」
此方風を装っているが、その実際はDQ系列の目覚めの呪文ザメハを落とし込んだモノである。
「う、んっ!」
五歳という幼い身で凄まじく淫靡な溜息を吐くマイン、一瞬ではあったけど明らかに成人近い姿を幻視する程に魅惑的で蠱惑的で美しかった。
一瞬、勃ちそうになったのは秘密。
「ふぇる……でぃなん……ど……さまぁ」
手を伸ばしながら呟く科白は間違い様も無く、今は神殿にて神官長を拝命している青年の名前。
(エロい)
五歳児に思う感想では無いが、まるで成人だった事があるかの如く魅せる寝返りをしていた上、まるで領主候補生だと謂わんばかりの気品。
とはいえ、気品? ナニそれ、美味しいの? みたいな領主候補生や上級貴族子女も居た。
例えば何処ぞの領地で毒々しい事を平然とやりながら嘲笑うカーオサイファとか、品性が御下劣にも程があるだろうというのがユートの見方。
因みに、ユートは将来フラウレウムを見て件のカーオサイファを思い出した。
「目を覚ましなさい、マイン」
「ふぇ?」
ユートに言われて漸く意識を覚醒させたらしいマインは、マヌケな声を上げながらキョトンとした表情でクルクルと当たりを見回したかと思ったら青褪めてしまい、更に自分の両手や身体を見遣ると手をニギニギと結んで開いてを繰り返す。
「トゥーリ……? 父さん、母さん?」
改めてトゥーリの名を呼び、そしてギュンターとエーファを認識したらしくて呼び掛けた。
「誰?」
更に目覚めを促したユートを見遣るも、誰なのかさっぱり判らないから小首を傾げる。
「目覚めて改めて視るとメスティオノーラ神の像と瓜二つくらいに似ているんだな?」
マインの見た目は幼な過ぎる事を除けば少女の姿で、メスティオノーラの書を携えた神像である英知の女神メスティオノーラとよく似ていた。
「はぁ、有り難う存じます」
よく解らないとばかりに気もそぞろに返答をするマイン、その返し方はまるで貴族の如くものであったのだと云う。
「わたくし、どうしてエーレンフェストの下町に居るのでしょう? 確かわたくしはアーレンスバッハの供給の間で……フェルディナンド様が……フェルディナンド様が……嗚呼……嫌、嫌、嫌、イヤァァァァァァァァァァァァァァアアッッ! イヤァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアッッ!」
頭を抱えて泣きながら虹色に輝く瞳、滂沱の如く流される涙、悲痛を通り越した叫び声はマインの精神を削っていた。
「チィッ!」
舌打ちをしながらユートは右人差し指を伸ばしてマインの額に当てる。
「カハッ!?」
倒れるマインを抱き起こすと……
「落ち着いたか?」
優しく声を掛けてやった。
「は、い……わたくしにいったい何を?」
「頭脳を支配する幻朧魔皇拳の下位技、幻朧拳の応用となる技術で君の記憶にフィルターを掛けたんだよ」
「フィルター?」
「忘れさせるというのでは無く、君にフラッシュバックするエピソード記憶を意味記憶に変換し、まるで日記を見るかの様な知識と化したんだ」
「そんな事が……」
「自分の記憶を弄られた訳だから嬉しくは無いだろうけど我慢してくれ」
「いえ、お陰で魔力暴走を起こして遥か高みに上らずに済みました」
万が一にもそんな事に成れば間違い無く愛する家族を諸共に魔力爆発に巻き込み、告いでとばかりに前回は可成り世話になったルッツやベンノも下手したら巻き込んでいた。
幻朧魔皇拳とか幻朧拳の意味は解らなかった、だけどユートが自分のみならず家族やルッツまで助けてくれたのは事実、マインはそれを感謝すると同時に疑問を持ってユートに訊ねる。
「あの、貴方はどちら様でしょう?」
「名前はユートユウガ・ゾーン・リンクベルクという。君の名前がマインなのは聞いているけど、君にはどうやら別に名前が在るみたいだね?」
「……ローゼマイン・トウタ・リンクベルク・アドティ・エーレンフェストです」
「何? リンクベルク……それに領主一族に養女として出ているのか?」
ゾーンやトウタは男女の別、アドティは養子に出された事を意味していて、その次の名前が養子先の家名という事になる。
そして領地の名前を冠するのは当然ながらこの地の領主、ジルヴェスター・アウブ・エーレンフェストその人だった。
「母親は誰を洗礼親とした?」
「エルヴィーラ御母様です。設定上はローゼマリーの娘で洗礼親が御母様という形です」
「ローゼマリーの……か。織地が違えどもつまりローゼマインは妹って事になるな」
「え? それでは」
「僕の実母だよ、ローゼマリーは」
目を見開くマイン。
「ではユートユウガ御兄様ですね」
「ユートで良い。父上やエックハルト兄上もそう呼んでいるからな」
コルネリウスからは実母的に疎まれているが、エックハルトはユートの誕生に居合わせたという関係や、妻ハイデマリーとお腹の子供を救われた事もあって可成り良い関係を築いていた。
ランプレヒトとは余り会ってないからよく判らないけど、少なくとも弟と認められた上で疎まれる事だけは無かったと思われる。
取り敢えず楽観的思考だった。
完全に二人の会話から取り残されてしまっているマインの家族達は、漫画的な表現をするとしたら頭の上にクエスチョンマークが乱舞している。
意味が解らないのだろう。
「あの、ユート様」
「どうした? トゥーリ」
マインにとっては天使な姉のトゥーリだけど、よく解らないという表情はそこはかとなく可愛らしいもので、マインもそんなトゥーリを見つめて姉というよりまるで妹を見ているみたいだ。
「ローゼマインって何ですか? それにユート様がマインのお兄ちゃんってのも意味が解らないんですけど……」
「まぁ、トゥーリが愛妾契約をしているんだから或る意味で義妹だろうな」
「え゛?」
ボフンと瞬間湯沸かし器も斯くやで顔が真っ赤になるトゥーリと、面白く無さそうなギュンターに『あらあら』と娘を見るエーファ。
愛妾契約であって婚姻をする訳では無いのだから正確に違うが、そこら辺はユートやトゥーリの気の持ち様次第なのだから問題は無い。
その後は懇切丁寧に説明をした。
「先ず最初に、マインの熱が魔力なのは話した通りだ。従って貴族の中に入らないと危険であるというのま先程に言った通り。正直、今のマインの魔力だと領主候補生クラスの魔術具でさえ金粉化してしまいそうだけどね」
勿論、個人差というものもあるのだから必ずしも領主候補生が優秀な魔力持ちだとは限らない。
「マインに与えられる選択肢は少ないな。一つは家族の許で朽ちる。デメリットは最終的に魔力暴走をしたら孤独に死ななければ成らない。心無い貴族に見付かれば攫われて最悪は孕み袋とされた挙げ句に殺される」
最後まで家族と居られても下手に魔力暴走をしたら、独りきりで森か何処かに行って孤独な状態で死を待たないといけなくなる。
孕み袋も大概な末路だろう。
「二つ目は未来の……違う織地と同じ人物と契約をする。この場合は父上が対象か?」
「正確にはフェルディナンド様が後見人でして、カルステッド御父様とエルヴィーラ御母様に洗礼親と成って頂き即、二百人は貴族達が居る中で養父様と……アウブ・エーレンフェストと養子契約を結びました」
「複雑化しているな。そうすると父上とエルヴィーラ様に根回しをしておくとして、フェルディナンド様に後見人を頼むしかないかな? だけど、問題はカーオサイファの弟か」
その名も低きベーゼヴァンス。
その見た目から似非サンタなんて呼ばれているのだが、その性根は捻曲がりが過ぎるくらいには最悪な性格をしている。
エーレンフェストのカーオサイファの実弟ではあるが、その魔力は上級貴族として処か下級貴族でも有り得ないくらいに低いが故に、自分よりも魔力が高い者への僻み根性が婆色だった。
況してや身食いで貴族では無いマインを酷い目に遭わせたいと考えそうだ。
「カーオサイファの弟?」
「ああ、アウブ・エーレンフェストの母親の弟と言えば解るか?」
「ヴェローニカ様の弟……神殿長」
「正解。ベーゼヴァンスといって、糞爺の割には未だに精力溢れるらしくて花捧げも普通にやっているみたいだな。そういえばエグモントつったかな、其奴もよく灰色巫女を召し上げては孕ませていたみたいだな」
「エグモント……ですか……確か
オホホホと笑うマインだったけど、然しながら表情に怒りが浮かんでいて瞳が薄く虹色に輝く。
(神殿の図書室は君の物じゃあるまい)
どうやら本というのが勘気に触れたらしくて、ベーゼヴァンスのみならずエグモントとやらも随分とやらかした様だ。
ユートは神殿によく行く。
カルステッドに連れられて一度だけフェルディナンドに会ってから、後は自主的に神殿へ向かっては神具へ魔力を奉納している為だ。
神具を初めて視た時に理解をした。
あれに魔力を篭める事で神々からの加護が与えられるのだ……と。
ユートの魔力量は現在のマインから視ても可成り多く、それが故に魔力の奉納はあっという間に済んで魔法陣を獲ている。
但し、その魔法陣はどうやらシュタープを変化させる呪文用に調律されたモノらしくて、本物のシュタープが無いユートでは発動が出来ない。
ユートが造ったシュタープ擬き、アレは飽く迄もシュタープと同じ働きが出来るだけの魔術具でしかなくて、『ランツェ』の言霊で槍には成るが“ライデンシャフトの槍”には成らないのだ。
このユルゲンシュミットは成立からして神々の関わりが深く、メスティオノーラ自神もこの地の礎に括られた元神エアヴェルミーンを慕っているらしいし、運命の糸紡ぎの女神ドレッファングーアや機織りの女神ヴェントゥヒーテが織地という名の歴史を繋ぎ、神殿の神具はライデンシャフトの槍やらエーヴェリーベの剣などが在る。
まぁ、ユートが再誕世界とした世界には普通に神々が存在していたが……【聖闘士星矢】系の。
それ以外でも【ハイスクールD×D】の世界は天使や悪魔や堕天使が闊歩し、神々まで自由に動き回っている有り様なであった上に、途中で行く事になった【カンピオーネ!】の世界も矢っ張り“まつろわぬ神”と呼ばれる神々が顕れた。
それに時空間放浪をしていた頃に行った世界の一つ【BASTARD!!ー暗黒の破壊神ー】の世界でも、天使や悪魔や堕天使が普通に闊歩をしていた上に人間が造り出した暗黒の破壊神アンスラサクスが主天使の依代と化したりと忙しいもの。
ユートが時空間放浪から帰還が叶った原因たる来世の世界――【天地無用! 魎皇鬼】の世界、其処にも毛色は異なるが鷲羽や津名魅や訪希深といった神が存在していた。
津名魅と逢い光鷹翼の理解を深めたからこそ、ユートは上手くハルケギニアに帰れたのである。
「三つ目としていっその事、僕と契約をするっていうのも手ではあるな。その場合だとトゥーリとは棒姉妹になるけど」
五歳児が五歳児に云う科白では無い。
マインもちょっと顔が紅くなっている辺り知識として持っているらしいが、トゥーリは当然としてギュンターとエーファも意味が解らないといった表情に成っている。
言葉自体が無いのだろう。
「ユート兄様、では無くユート様は……」
「別に兄様で構わないぞ。場合によっては
「何故に? ではユート兄様、実は幼女趣味だったりしますか?」
ムニュリと頬を抓る。
「いひゃい、いひゃいれふぅ!」
「誰がだ! ってか、今の五歳児の姿から見たら君と某かがあっても普通そんな思考にはならん」
中身は兎も角、ガワは同じ五歳児。
「うう、フェルディナンド様みたいにわたくしの頬を抓らないで下さいませ」
「マインにルングシュメールの癒やしを」
大したダメージでは無いけど頬がほんのりと赤く腫れていたから癒やす。
「これ、本当にルングシュメール様の癒やしなんですか?」
「本当はホイミという呪文だ」
「……へ?」
「ユルゲンシュミットとは全く異なる異世界から持ち込んで、この世界の癒し系魔術と摺り合わせて魔法陣として落とし込んだ魔術。だから多少なり違和感は有るかも知れないな」
「異世界? ユート兄様は転生者!」
「ふむ、矢張りマインは転生者だったか」
転生者なんて言葉はユルゲンシュミットに無い筈だし、事実として異世界から流れて来たであろう人間が他に居るかも判らない。
恐らくはマインが主人公だろうと当たりは付けていたが、決定打に欠けている事を鑑みて情報を集めていたけど漸く必要なモノが出てきた。
ユートは転生や疑似転生の際には基本的に主人公の近くに出る為、リンクベルク家と無関係では居られないと思ったけどまさかの養子。
織地は違えども義妹だったのだ。
マインは自分が地球で日本人な本栖麗乃という本狂い――書痴であり、地震により倒れてきた本に潰されたか或いはハードカバーの本が頭をぶつけたかして、気が付いたら熱い熱いと魘されているマインに成っていた事を告げる。
「ビブリオマニアって奴か。しかもそれって死んでも治らなかった処置無しな訳だ」
「うう……本に埋もれて死にたいとは思っていたけど、でもそれってああいった意味じゃ無かったのにな~」
沢山の本が部屋に列ぶ中で普通に御布団の中にて臨終を考えていたのだろうが、まさかの倒れてきた本に埋もれて臨終を迎えるとは思うまい。
とはいえ、それも
脅迫性障害とされる精神的な病ともされている訳だが、ユートが聴いた限りで本が無いだけでも泣いてトゥーリを困らせたり、神殿の図書室に入れないだけで泣き喚いたりしているのだから間違い無く愛書狂なマイン。
パンが無ければ御菓子を食べれば良いじゃない――では無いが、マインは『本が無ければ自分で作れば』の精神で金策したり植物紙を作った辺り相当だし、あの淑女然としたエルヴィーラが何とペンネームを引っ提げて小説を執筆していたと、何だか可成り混沌とした織地だったらしい。
「わたくしが流行となる物を幾つも作っていったから、フェルディナンド様やジルヴェスター様が画策をして領主候補生に成ったのですわ……」
その貴族としての最初の受け入れ先がユートの実家リンクベルク家。
マイン命名なアンゲリカポーズが中々に様に成っているが、謂わばこのポーズは『困った事』を口に出さず身体で表しているのだと云う。
「流行……ね、どんな?」
「リンシャンに糸の立体花にカトルカールに植物紙が最初ですわね」
尚、後に素材を他領へ知らせない為に植物紙はエーレンフェスト紙と成った。
「リンシャン?」
「植物油で作る髪に艶を出す液体です」
「ああ、リンスインシャンプーみたいなモンか。確かに作るのは簡単そうだよな。石鹸くらいなら普通に理科で作ったし。リンスインシャンプーからリンシャン?」
「あ、いえ。最初は“簡易ちゃんリンシャン”って呼んでいたんですけど、ギルベルタ商会のベンノさんに権利を売った後でベンノさんが名付けたというか、リンスインシャンプーって言ったら首を傾げながら『リンとシャンは必要なのか?』って訊かれて」
「それでリンシャンね」
まぁ、“簡易ちゃんリンシャン”ではユルゲンシュミットの言葉に適応しまい。
「立体花はトゥーリの洗礼式で髪を飾ったのですけれど、それを商業ギルドのギルド長の孫娘であるフリーダが見ていたらしく、彼女は冬の洗礼式だったから花の髪飾りに惹かれたそうですわね。その後は他領でも通用する素晴らしい物が出来上がりましたわ。うふふん! 私の天使トゥーリは凄いのですよ!」
「マ、マイン!?」
訳の解らない二人の会話に入れない家族だったのだが、行き成りのマインから大絶賛を受けてしまってトゥーリが真っ赤になり慌てふためいた。
勿論、現段階では未だに作った事も無い未知なる技術ではある。
「カトルカールはフリーダに一年間の専売を任せましたわ」
「フリーダ……ね。僕が居なければヘンリック男爵と契約していた訳だが、今は僕と契約しているから普通には出逢わないよな」
「……へ? ヘンリック男爵様は?」
「譲って貰ったんだ。今は確か一八歳だろう? フリーダの秋の訪れは八年後だから三十路でこそ無いけど一〇年以上離れているからな。それなら歳の近い僕に……とね。まぁ、金銭的な援助をする事が条件に有るんだけどな」
ヘンリック男爵とは成人した姿で会ったけど、実年齢と本名を明かしているから恐縮された。
リンクベルク家のカルステッドは元々が領主一族だったのに、何ら瑕疵も無いのにカーオサイファの意向から上級落ちしている。
それで無くとも上級貴族で、ヘンリック男爵は下級貴族だから身分的に可成り下なのだ。
とはいえ、話し合いは比較的穏便に行われていたから無慈悲な命令をした訳では決して無いし、今のユートは年齢的に人間として数えられないから命令は抑々が出来ない。
条件としては……フリーダの愛妾契約をユートへと譲る代わりに、オトマール商会が行う筈だった金銭的な援助をユートが行うというもの。
当然ながら、ヘンリック男爵が行う筈であったフリーダへの様々な事はユートが代わる。
魔力を抜く魔術具を与えてやるのもその一環、とはいってもユートはフリーダに人工リンカーコアを与え、流石に無償とはいかなかったという事で大金貨を三枚で売った形だ。
人体実験とは嘯くものの、元より失敗作では無いと確証を得ている代物だし問題も無かった。
「あれやこれやを鑑みると矢っ張り取り敢えずは領主候補生に成るのが近道だな」
「またジルヴェスター様の養女に?」
「流行を発信しないなら上級貴族の侭でも構わないが又候、リンシャンや糸の立体花やカトルカールだけでなく製紙業もやるんだろう?」
「勿論ですわ! 他にも聖典絵本とか書字板とかリバーシやカルタやトランプ!」
他にもハンガーなど細々と。
「そんな物まで……チェスは造らなくて良かったかも知れないな」
「え、チェス?」
「ああ。僕が造って売っている」
服飾に全く関係無いけど、待ち時間で遊べる様に堂々と晒しており興味を持った客と実際に遊んでみて、購入したいと言ってきたら新品のチェスを販売する形を取っていた。
立体的な駒を造る技術がギルベルタ商会に無いから、量産化もユートが密かに邸へ地下室を増築した上で魔術具の量産ラインを造って、販売権をギルベルタ商会に与える形と成っている。
商品をユートに卸して貰って原価にある程度を足した値段で販売、造る権利その物を買い取っても量産化は不向きだと判断したからだ。
「ま、知識チートは転生者の嗜みだな」
「アハハ……」
自分も前回の織地でやらかしているから表情とは裏腹に笑えない。
ユートが比較的簡単なリバーシでは無く立体的な駒を必要とするチェスにしたのは、可成り昔に異世界放浪をしていた時期に【DQーダイの大冒険】の世界で、大魔王バーンとチェスに興じた事があったからだ。
敵対者だったとはいえ愉しい一時だったのを思い出したからこそ。
まぁ、【ハイスクールD×D】の世界でチェスの駒が“悪魔の駒”だったのも無関係では無い。
「前回をなぞりつつ、要らん部分だけは介入をして成る可く良き道筋を進もうか」
「はい!」
話し合いに参加出来ていなかったギュンター達にもある程度を話し、実り多き話し合いが出来た事は間違い無いとユートは思う。
「では、時の女神ドレッファングーアの本日の糸紡ぎは円滑に行われた様だ。僕はこれでお暇をさせて貰おう」
ユートは前回で貴族籍に逢ったマインに向け、貴族的で迂遠な物言いにて別れの言葉を紡ぐ。
「時の女神ドレッファングーアの紡ぐ糸が重なる時をお待ちしておりますわ」
ニコリと貴族的な……嘗てフェシュピールの名手ロジーナが教えてくれた笑顔で、マインもそんなユートの挨拶に応えるのであった。
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ギュンター達への簡易な説明は次回かな?