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件の話し合いも終わってユートは木材や金属を幾つか取り出すと、マインの身長や股下の長さや腕の長さを測って某かを造り始める。
興味深くそれを眺める一同の前にユートはその手にシュタープ擬きを持ち、まるで音楽の指揮者を思わせる動きを以て魔法陣が描かれていった。
その魔法陣の輝きに併せて素材となる木材やら金属が浮かび上がり、変形したり削られたりして
更に一つの形へと組上がっていく。
「な、何だこりゃ?」
不思議な出来事なだけに御貴族様の魔術なのは理解も出来ているが、こんな無駄に魔力を消費する魔術が在るのかとベンノはタラリと汗を流しながら見つめた。
「車椅子?」
グミモーカと呼ばれる魔木から採れる素材により金属の輪の内にシャフトが組まれた云わば車輪に巻き付き、タイヤを形成しているのだと理解をしたマインは椅子に車輪を付けた車椅子であると漸く理解をする。
しかもユートが魔力を流しつやる何故か車椅子が変形をして、歪つながらもまるで腕や脚を持った人型を取っていた。
脚の部位には小さなタイヤが付いている事から恐らく、座った状態から車椅子を降りる事も無く立ち上がれて歩かず車輪で進める機構だと判る。
車椅子は大した大きさでは無いし、マインを測っていたからには彼女の為の物であろう。
「何故に変形?」
「降りて立つのも場合によっては一苦労だから。これである程度の生活は可能になる。五階を登り降りするのも楽になる筈だよ」
「矢張りこれはわたくしの為の車椅子でしたか」
「効率良く動くには必要な物だ。余り使い過ぎるのも運動するには良くないんだけどな」
「なぁ、マイン。抑々がくるまいすって何だ?」
「見ての通りで、こんな風に椅子へ車輪が付いた物だよルッツ。おっきなタイヤを自分で回して動かすんだけど……」
確かに車椅子は基本的にタイヤを手で回して動かすが、自走をする車椅子も存在しない訳ではないからマインの懸念は外れだ。
「ソイツは電動車椅子だ。電気で自走をするから態々、手で回して動かす必要性は無い」
「電動……ですか、それは懐かしい物ですね」
この世界、ユルゲンシュミットに於ける主となる動力は魔力であり、基本的に魔力を使ってあらゆる魔術具は動かされている。
「まぁ、充電に結局はマインの魔力を使うんだから素直に魔動力にしても良かったんだけどね」
「電動車椅子と考えていたから電動にした感じなのでしょうか?」
「創造魔術は想像力に依存する」
「さもありなん……ですわね」
コロコロと笑顔を浮かべたマインは年相応の愛らしさを醸し出し、今の時点でさえ男を惑わしかねない魔性の女にも成れそうだが、恐らく成人間近まで生きた記憶から成る所作とメスティオノーラを思わせる容姿が噛み合った結果であろう。
(三歳程度にしか見えない五歳児を相手にJr.が昂るとか……な)
マイン、或る意味で恐るべし。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「会わなくて良かったのか? 折角、兄や義弟が来ていたのに……ミルダ」
コリンナによく似た容姿の美女がスッと壁の先から現れた。
過去へと跳んだユートがリーゼに魔術具を与えた代価に召し上げて、この下町に設えた拠点にて暮らして貰っているミルダはベンノの上の妹で、一番下のコリンナの夫であるオットーは云ってみれば義弟に当たる。
ニ五歳だから女盛りで、ユートの仕切る商会にて針子をしながら経営学も学んでいて兄程では無いにせよ、その美貌に悪辣な笑顔を浮かべながら『取れる時に取れる所から取れるだけ取る』というのを実践していた。
この家には基本的にミルダのみ住まうのだが、リーゼを救った過去から現在までは過去のユートが過去へと航るまで、二人切りの独占状態なまるで新婚夫婦にでも見える生活であったと云う。
とはいえ、ユートもミルダも見た目が余り変わっていないので今尚も新婚夫婦みたいだが……
「はぁ、この生活も終わりね」
愉しい夫婦生活、御貴族様なユートが下町での平民生活を堪能していたのには正直言うと吃驚したけど、まるっきり普通の平民的な夫婦生活をしていたみたいで嬉しかったのも事実。
「確かに僕は貴族街に移動するが、ミルダも何なら彼方に移動したらどうだ?」
「でも……」
「今の女主人なフリーダもミルダに会いたがっていたしな」
「フリーダって、確かオトマール商会の? ギルド長の孫娘だっけ」
「未だ六歳だけど商才は光るものが有るからね、ミルダの作る服も豪華絢爛なドレスなら上級貴族にも売れるし、フリーダが将来的には我が商会の商会長に成るんだから専属契約しても良くないかと思ってる」
「ベンノ兄さんが何て言うかな?」
専属では無いがギルベルタ商会に服を卸しているミルダ、コリンナより腕前が良いから上級貴族からも注文が入っているらしい。
「フリーダが仕切るのは僕の商会だ。ベンノさんでも口出しは出来ないさ」
勿論、筋は通す。
「“オガタ商会”現商会長としても挨拶をしておかないと……な」
現代日本なら【OGATA】という財団法人を設立し、ファンタジーな世界ならオガタ商会という商会を立ち上げるのがユートの手法。
お金は地から沸いて来ないし、天からも降って来ないのだから幾らでも稼ぎたいものだった。
オガタ商会の本拠地となるのはユートが創造をして設置した新たなギーベ領エルドラド、気に食わないライゼガングの老害共がいつまでも幅を利かせられない様に、エーレンフェストの遥かなる上空に創った黄金色の麦が薫る豊穣の浮遊大地。
必要とあればライゼガングに代わる穀倉地帯、正しく食糧庫の役割を果たす
それが理解出来るからこそ、アウブ・エーレンフェストたるジルヴェスターも否やは言えない。
許可その物は先代アウブ・エーレンフェストであるアーデルベルトが出していたが、実際に見た事で是非ともエーレンフェストのギーベ領として欲しいと思った様だ。
ギーベ・エルドラドに関してはユートの意見が一〇〇%容れられて、ヘンリックへと子爵位と共に与えられる事に内定をしていた。
執務能力こそ高いけど、魔力は然程では無くて自他共に認める貧乏貴族なのがヘンリックだったのだが、ダンケルフェルガー流に云えば文寄りの騎士となる弟ダームエルが自分を支えようと騎士に成ったのを知る彼は、ギーベ・エルドラド就任を断る選択肢など初めから存在していない。
尚、人工リンカーコアをギーベ就任の祝いに贈って魔力的には上級貴族並に成って貰う予定で、元の愛妾契約とは違うフリーダの養い親としての養子契約で養父に立って貰う心算でもある。
名前はフリーダ・トータ・ベルネットに成るのだろうか? 正確にはフリーダの名前自体が貴族的には些か短いから、マインがローゼマインに成った様に改名されるだろうけど。
養父の場合はヘンリック・ベルネット・ギーベ・エルドラドであろう。
尚、彼の弟のダームエルは名前の変更が成される事は特に無い。
それはユートが時間軸的に未だ誕生してはいない数年前、アウブ・エーレンフェストに承認をさせるべき新ギーベ領の話をアーデルベルトとする心算で執務室まで来ていた。
「む、誰だ?」
「遅い……と言いたいが、取り敢えず及第点としておこうか、アウブ・エーレンフェスト」
「何者か!? 扉を護るボニファティウス兄上はどうしたのだ?」
「何者かは暫し待って貰う。護衛騎士の代わりを務めていたボニファティウス様は特段どうもしていない。私はちょっとだけフェアヴェルッケンの力を借りた魔術で彼の認識を阻害しただけだ」
「隠蔽の神の御力だと? 其方いったい……」
胡乱な目付きに成るアーデルベルトだったが、自らも時の女神の思し召しで彼の離宮から我が子を引き取っただけに、神々の存在を真っ向から否定する訳にもいかなかった。
「ユルゲンシュミットは嘗ての縁結びの神であるエアヴェルミーンの贖罪の地として、神々により創造を成された云わば神造異界というものだ」
「神造異界だと?」
「国境門にて本来の世界の国々と繋がりこそ持っているが、礎に魔力が満ちて現存をするこの神造異界は魔力を喪えば容易く消失する。それは別の世界の火星と呼ばれる星の裏側に造られたという神造異界――ムンドゥス・マギクスと同じだな。このユルゲンシュミットが神造異界であるからには神々が存在しないと成り立たない」
「む、うう?」
アーデルベルトからしたら『確かに』と言うしか無いのだが、態々話すからにはその話も含めて大事な意味が有るのだろうと察する。
「だと云うのに貴族共は神々を否定する」
「それは……」
クインタと呼ばれていた我が子にフェルディナンドと新たな名を与え、時の女神の御使いらしき女性に暫く任せたアーデルベルトは礎に魔力を注ぐ際に祝詞を唱える様になる。
とても不思議な事に、そうする様にしてからというもの礎の魔力はよく溜まる様に成っており、消耗も今までに比べて抑えられた気がしていた。
このユルゲンシュミットは外界とは基本的に繋がりを持たず、唯一の国境門が開いているというアーレンスバッハと繋がる
門から向こうは断絶されており、嘗てアイゼンライヒだった領地の国境門の向こうにボースガイスが在ったが、閉じてしまった今なら開ける際に情報をリセットしてしまえば最早彼方に在る国は全く別の世界であろう。
ユートの手にはメスティオノーラの書が在り、アーレンスバッハの国境門はいつでも閉じれる。
情報をリセットすればトルキューンハイトから連面と続く悪しき通例は無くせる筈、それは同時にランツェナーヴェの滅亡をも意味している訳ではあるけど、織地こそ解かれて無かった事にされてはいても連中は何度も何度も何度も何度も何度もユルゲンシュミットを亡ぼしている。
怠惰で愚かな王族を名乗る簒奪者の一族が居たからこそだろうけど、ランツェナーヴェの暗躍を許してやる程にユートは甘っちょろい考えをしていないので、
成程、メスティオノーラの図書館で閉架図書を調べたら消えた織地の情報が出るわ出るわ、お陰様でランツェナーヴェの状況なども知れる。
メスティオノーラを抱きながら前の織地の情報は無いのか? と訊ねたら……
『閉架図書に幾らか仕舞っているわ』
という答えを貰えたのだ。
ランツェナーヴェの成立はトルキューンハイトが国境門を抜け出た約四〇〇年前、それは意外と最近と見るべきか? 或いはもうそんなに経ったのかと感じるべきなのか悩ましい。
ユートの認識ではツェントに成れなかったからとグレて家出、ランツェナーヴェが興った土地へとユルゲンシュミットから出ていったは良いが、当たり前だけど魔力による国作りをしたものだからシュタープが無いと維持も出来なかった。
だから実家に泣き付いたのだが、矢張り王族というのは愚者しか居ないのであろう。
最初にユルゲンシュミットに送られた姫の名がアダルジーザ、故に今でも姫が住まう離宮にその名前を引き継いでアダルジーザ離宮という。
初めからか途中からなのかユートは興味も無かったが、行き着く先は姫君ならアウブや王族専用の高級娼婦であり、男だったらランツェナーヴェを継ぐ王と死んで魔石と成る者で分けられる。
姫君はアダルジーザの花が娼婦として男共に犯されて、アダルジーザの蕾は花となるべく教育をされているのだとか。
そして花が使い物に成らなくなれば魔石に変えてしまい、新たに控えていた蕾が花開いて娼婦としての務めに入るらしい。
基本的に蕾は開花するまで花弁が堕とされる事は無いが、教育によって男の誘い方や悦ばせ方を覚え込まされる為に、初めてとは思えないくらいに淫靡である上に血筋的には傍系王族なだけに、見目が麗しいから余程の女嫌いや寧ろ男好きな男でも無い限り抱かない選択肢は無かろう。
何より、シュラートラウムの花を焚いた甘い香りが考える力を奪う。
シュラートラウムの花はアダルジーザの姫の暗喩なのか、或いはトルークと呼ばれる精神安定剤兼洗脳薬の暗喩なのかいまいち判らなかったが、いずれの意味だとしても胸糞悪いモノである。
フェルディナンドがアダルジーザの実――即ち魔石としてランツェナーヴェに送られる可能性が有ったらしいが、父親であるアーデルベルトが引き取った事により事無きを得た。
尤もそれこそがラオブルートを敵に回した大きな理由だったけど。
閑話休題
「兎に角、貴方に話が有って来た……アウブ・エーレンフェスト……大叔父上」
「……は? 其方、今何と?」
「大叔父上」
「ま、まさか其方は兄上の孫だと?」
若しもアーデルベルトを大叔父などと呼ぶ者が居るならば、彼の実の兄であるボニファティウスの係累となる孫という事になるだろう。
「我が父カルステッドの父親ボニファティウスの兄君であるアーデルベルト様、僕はユートユウガという
「一年後に……だと? 確かにカルステッドの第三夫人が身籠っている話は聴いていたが」
カルステッドはボニファティウス――領主の子として産まれ、弟のアーデルベルトに領主の座を明け渡して騎士団長と成って活躍をした中継ぎのアウブでもある人物の息子、本来なら領主候補生だったけどヴェローニカは自身の息子ジルヴェスターを確実にアウブにするべく、半ば脅しによりカルステッドを領主候補生から降ろし上級落ちをさせていたが、立場がどう変わろうがアーデルベルトにとってカルステッドは甥なのだ。
長子にエックハルト、次男にはランプレヒト、三男にコルネリウスと……第一夫人エルヴィーラは頑張って三子を産んでいるが、元々が政略結婚で星を結んだだけに彼女との仲は微妙らしい。
話し掛ければ返答をするし、共に食事を摂る事を厭われる事も無く、閨を云えば応えてくれる。
第二夫人トルデリーデはヴェローニカから付けられた鈴、そしてあからさまに御家簒奪を目論む刺客でもあるから渡りは少ない。
カルステッドも男であり騎士、闘いへと赴けば気持ちが昂って眠れなくなる事も有る訳だから、神殿での花捧げは流石に要らないが女を抱きたくなる衝動は抑え難く、エルヴィーラには三人もの息子を産むくらいには世話に成った。
それでも微妙な仲は変わらない。
そんな中で親がヴェローニカ派ながら本人としては其処まで傾倒していない娘――ローゼマリーと星を結んで第三夫人として迎えた。
美しいというよりは寧ろ可愛らしいタイプの娘であり、仕草も可憐で余り会いたくないトルデリーデは元よりエルヴィーラに会うよりローゼマリーとの逢瀬を愉しいと思う様になる。
まぁ、カルステッドの見えていない裏側に於いては女の争いをしていたらしいが……
トルデリーデからしたら第二夫人である自分を差し置いて第三夫人のローゼマリーが懐妊した、余りにもそれは屈辱的な事だったからローゼマリーに苛烈な態度で接していたのが更に過激化。
余計にカルステッドが寄り添うから調停者としてエルヴィーラはトルデリーデに味方、バランスを取らねばならぬが故にローゼマリーから詰られる事も多くなる。
それを身近に知るコルネリウスはローゼマリー憎しを態度に出す程だった。
別にコルネリウスがローゼマリーを憎むのならそれは一向に構わぬ! だが、それをユートにも向けたが故に彼は全てを喪う事になる。
兎も角、カルステッドは彼の一族がよく言っている『可哀想』を呟いてローゼマリーに寄り添うがゆえに、エルヴィーラとの微妙な仲は溝が深まり始めていたのも事実。
身体が弱いローゼマリー、そんな弱さをも武器に換えて女を天然で磨いていたからこそカルステッドは子をのぞみ、そして暫く前に漸く叶ったのだと報告は受けていたが、侵入者ユートユウガこそはそのカルステッドとローゼマリーの息子。
驚くしか無いが、アーデルベルトはとある理由によりアダルジーザ離宮の傍系王族の姫セラディーナを抱く事になり、姫でありながらアウブや王族の娼婦扱いな彼女を可哀想だと思いながら抱いた結果、フェルディナンドを産んでいた事を時の女神の使徒から聴いて引き取った。
神々は存在した、セラディーナ姫との間に産まれたフェルディナンドを得た頃から、礎への魔力供給には神々へ捧ぐ祝詞を唱え始めた。
だから何と無くだが信じられる。
「ではその前提で話そう」
アーデルベルトは頷いてそう言った。
「君は時の女神ドレッファングーアの導きにより過去へ来たのかね?」
「ハズレ。確かにドレッファングーアの力を使ってはいるが、僕が過去へと跳んだのは彼女から得た僕の権能だからね」
導かれた覚えは無い。
「権能……?」
「神を神足らしめる権限であり能力……即ち権能という。英知の女神メスティオノーラであるなら英知の図書館の管理者。糸紡ぎの女神ドレッファングーアならば人間の生命や運命や因果といった要素を糸として紡ぐ」
「な、成程?」
「僕はドレッファングーアと更に機織りの女神であるヴェントゥヒーテの権能を併せて、織地の中の時間軸を跳ぶ権能として作用させたんだ」
「そんな事が!?」
「出来るからこそ神の権能、それが叶うからこそ僕は過去に居る」
アーデルベルトは礎への魔力供給に祝詞を唱える程度には神々へ祈りを捧げている。
流石に大規模な神事を行える胆力は持たない、更にヴェローニカが煩く言ってくるだろうから。
「それで、其方の目的は?」
「七年くらい前、とある平民の身食いを助けています。彼女は未来で僕が造った魔術具を身に付けていたけど、僕は造った魔術具を未だに所持していたし誰にも譲渡していない。にも拘わらず彼女は魔術具を持ち、僕自身も同じ魔術具を所持していたし事から過去へ航ったのは明らかで。そして遂にドレッファングーアとヴェントゥヒーテから権能を得た。歴史的な矛盾を出さない為にも僕はこうして過去たる今に居るのです」
「つまり君は元々、過去に携わっていたという事なのか?」
「さて、判りませんね。少なくとも前の織地には干渉してはいないけど……」
「? 前の織地とは?」
「神話に有りき、ドレッファングーアが人の命数や運命や因果の糸を紡ぎ、ヴェントゥヒーテがその糸を機織る事でユルゲンシュミットの歴史が布として織られていく。即ち織地。然れど最近の織地はヴェントゥヒーテにとって思う様な模様には成らないらしく、一~数年の前後は在れど約二〇年くらいの期間で織地を解いては織直している」
アーデルベルトはヒュッと息を呑む。
「もう何百回と織直しているらしいんだけどね、約二〇年前後でユルゲンシュミットが崩壊をして白砂へ還るんだ」
「崩壊? ユルゲンシュミットが?」
「理由はユルゲンシュミットの礎が完全に枯渇をしてしまうから」
「な、何と!?」
「後、十数年前後でユルゲンシュミットの礎の魔術は完全に枯渇。これは真のツェントが新たに就いて礎や国境門を満たさないと必ず起きる事象。そしてメスティオノーラの図書館に於ける閉架図書から何百回と織地が解かれているらしいから、今まで真のツェントが立った事は無いみたいだ」
正確にはジルヴァージオなる者がツェントに就いた織地は在ったが、結局は数年もしたら全てが白砂へと還ってジルヴァージオやその側近らしき騎士は茫然自失となって消え逝くユルゲンシュミットと運命を共にしていた。
護衛騎士は何故かフェルディナンドに憎しみを覚えていたからざまぁ無いが……
ユートはフェルディナンドに対して悪感情は特に持ってない、というより『フェルディナンド様の素晴らしさ』を滔々と語る兄と兄嫁を敵に回したく無いから、取り敢えず偶然を装おって会ってみる事にしたのだけど魔術具造りが趣味であり、
美味しい物に実は目が無くて音楽に関しては興味津々という、割かしユートとは話が合う人物像で潔癖なくらい排他的な処は有れど嫌いに成れる様な要素は特に無い。
流石に兄や兄嫁が語るくらいの素晴らしさとかは感じないが、趣味が合う年の離れた友人くらいには成れたと思っている。
まぁ、兄と兄嫁以外の元側近な人物が裏で色々と調べて回っていたみたいだけど。
今では偶に会って趣味の話をする程度には仲良くしている為、矢張りジルヴァージオの護衛騎士らしき男の態度は鼻に付いた。
「私に何を求めるのだね?」
「特に何も」
「な、何?」
「少なくともユルゲンシュミット崩壊案件に関しては何も求めてない。何故って、大叔父上は僕が産まれた頃には亡くなられているからね」
正確にはいつ死んだか知らないが、それにしてもユートが動き回り始めた頃のアウブ・エーレンフェストはジルヴェスターだ。
だから来年は未だしも、三年後には遥か高みの筈だからユルゲンシュミットの為にと出来る事は何も無かった。
「故に大叔父上に頼みたいのは僕が新造した大地を仮初めに、エーレンフェストのギーベ領であると認証して頂いた上で、其処へは僕の推す貴族をギーベとして取り立てて貰いたいのです」
「ふむ、其方が推す貴族とは?」
「ヘンリック・ゾーン・ベルネット」
「うん? ふ~む……確か下級貴族の中にそんな名前の者が居た気がするな」
上級貴族なら未だしも、中級や下級貴族なんていちいち名前を覚えてはいないのであろう。
ギーベならば中級貴族でも覚えているけれど、エーレンフェストは領地の規模に反して貴族が少ないとはいえ、貴族の全てを丸暗記する事が出来る人数では無いのも確かなのだから。
未だに成人してもいないヘンリックはベルネット家の長男であり、次男のダームエルは騎士と成るべく奮闘をしているけれども、流石にアーデルベルトも其処までは把握をしていない。
そんな下級貴族であるヘンリックだったけど、フリーダとの契約内容などからして平民に寄り添える貴族にして、高い執務能力を有する文官である事が相俟ってギーベ・エルドラドとして欲しい人材であったと云う。
エーレンフェスト領の遥かなる上空に浮遊をしている新領地エルドラド、ユートがこの領地内に居る限りはずっと在り続ける筈だ。
「これでギーベ領として承認された。これは如何にジルヴェスターやヴェローニカといえど棄却は出来ぬ。其方自身がどうにか出来るならば可能かも知れぬがな」
取り敢えずある程度の説明を受けた後に承認をアーデルベルトから受けたユート、この契約内容はギーベ領の承認とギーベと成る者を据えられるのがユートのみだと云う事、代わりにユートからの配慮次第でエルドラドにて作付けされた穀物を他のギーベ領に配分が可能、魔力を祈念式で配分されない代わりに税金は取らないという事。
徴税官など場所的に派遣しようが無いのも有るのだけれど、魔力を要らないとしているからには
云ってみれば税金を支払う理由が無い。
このユルゲンシュミットでは魔力が全てだと云っても過言ではない……建前上はだけど、それでも大きな要素と成っているのは間違い無いのだ。
故に祈念式で神殿が魔力を運び、その対価として税金を支払うという形が出来上がっていた。
こうして現代……数年後となる今になりアウブ・エーレンフェストたるジルヴェスターからの重大発表に、ギーベへと任命されたヘンリックは元よりヴェローニカがギャンギャンと喚き散らして煩いし、ライゼガング伯爵など射殺すレベルで睨み付けて来るのが鬱陶しい。
正に青天の霹靂であったと云う。
ヘンリック・ベルネット・ギーベ・エルドラドは上級貴族に列せられ、更に伯爵といという爵位までもを与えられて狼狽えるしか無かった。
然しながらそれが故アーデルベルトの遺言状が契約書でもあるからには、現アウブ・エーレンフェストであるジルヴェスターにさえ覆せないものである為、幾らヴェローニカが金切り声で喚こうがどうしようが契約書の通りにせねば成るまい。
契約書の内容が内容なだけに。
ヘンリックを上級貴族にするからには上級としての魔力が必須、ユートは過去に航った際に手に入れた素材を使って二つ目の人工リンカーコアを造っており、これをヘンリックへと移植してあるから彼の魔力は上級でも上位に位置する。
既にヘンリックとは契約して、フリーダを彼の実子として洗礼式を挙げる事を約束させていた。
勿論、フリーダが貴族に成るのを良しとしなければ無かった事になる約束だが……
「やれやれ、普通はこうも簡単に上級貴族になど成れぬのだがな」
呆れた表情のジルヴェスター、すぐ後ろに居るのは護衛騎士をしている父親のカルステッドだ。
彼は騎士団の長を拝命しているも、それ以前からジルヴェスターの護衛騎士をしていた。
「とはいえ、あれだけの魔力を思えば下級は於ろか中級貴族でも足りぬからな」
あろう事か、ユートはヘンリックに魔力による威圧をさせる事によって下級や中級を強制的に黙らせたのである。
流石にジルヴェスターやカルステッド辺りだと大した威圧には成らなかったが、下級貴族や中級貴族には効果抜群で気絶させてしまった。
間違い無く上級の魔力を持ち合わせているとして認めざるを得ず、ヘンリックをギーベ・エルドラドとして任命をしたジルヴェスターだったが、矢張りというかヴェローニカは黙らなかったので取り敢えず早く表舞台から引き摺り降ろしたい。
「おにいちゃま!」
金髪縦ロールな幼女が喜色満面で抱き付いて来たのを受け止めてやると所謂、ぎゅーっをしてきてグリグリと顔をお腹に擦り付けてくる。
余りにも貴族らしくない仕草に同じく金髪――縦ロールではない――の美女が、困ったわといった感じに頬へ手を添えながらコテンと小首を傾げていた。
通常、貴族は平民みたいな接触の仕方をしないものなのだけど、ユートの妹はぎゅーっが好きでよくしてくると教えたら彼女もしたがったのだ。
今では普通にこれである。
幼女の名前はシャルロッテ、そして美女の名前はフロレンツィア……ジルヴェスターの娘と愛妻となる二人であった。
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噺が進まない。