"父の記憶"
俺の中の父の記憶は、本当に少ししかない。一つは、父が肩車をしてくれたこと。もうひとつは、父が俺たちから別れを告げる時。
「ねぇ、いつ・・・帰ってくる?」
「分からない。数か月か、一年か」
母は俺の手を握って父を見つめていた。父の後ろ姿―――その背中はとても大きかった。その当時、俺はまだ3才でもあったからだと思う。背中には傷ついた赤い剣を携えている。母からの話では、その剣はとても大事なものだという。その剣をずっと見つめていると、父はこちら側に振り返った。
こちらへと歩み寄り、頭を掴めるほど大きな手で―――俺の頭をくしゃくしゃにさせた。
「リュウギ、母さんのこと、頼んだよ」
俺はその言葉を聞いたとたんになぜだか涙が溢れて仕方なかった。まだこの時は何もわかってないはずなのに。涙を流してひきつった声で俺は父に聞いた。
「本当に帰ってくる?」
「・・・ああ。必ず帰ってくる。俺が居ない間をよろしく」
父はそう言うと、俺の頭を最後に一度だけポンと叩いた。今度は母の方を向き、父と母は互いに抱き合って別れを告げた。
父はそのまま小さな船に乗り込み、水平線のかなたへと消えていった。
母の背中は大きかった父の背中と比べると、かなり小さい。時が経つにつれ、見た目は変わらないのに背中はだんだんとやつれていくのが分かった。
父が出かけてから三か月。父は帰ってこない。
それでも母はずっと父の帰りを待っていた。俺が夜にベッドの中に入った後でも、母は暗いリビングでずっと待っていた。
深夜に目が覚めて父を待つ母に聞いたことがある。「どうしていつもそこで待ってるの?」
「もし帰ってきたら、アタシが一番最初に迎えたいから」
疲れた顔でむりやり笑顔を繕って俺に向けてくれた。その日はそのまま母の隣で朝まで過ごしていた。
時が経つにつれ、母はさらに辛くなっていくようだった。
1年、2年…5年…母は止めることなく、ずっとリビングで父を待っていた。ある日、リビングから泣き声が聞こえてきた。階段を下りてリビングに向かうと、そこでは母が泣いていた。その隣ではビャッコが母の背中を撫でていた。ビャッコはいつも母の隣で一緒に父を待っていた。もっとも、すぐに寝落ちしてしまっていたが。
俺も母の元へ駆け寄り、その背中をさする。母は泣きながら声を出した。
「本当に帰ってこないんじゃないかって・・・寂しくて・・・寂しくて・・・」
今となっては、何年も帰ってこない夫には愛想にどうして愛想を尽かさないんだろう?・・・と考えてしまうが、母は違うんだろう。母は、誰よりも父のことを愛しているからだ・・・直接ではなく、ビャッコからそのことを聞いたのだが。
ただずっと父を待つ母の姿が、今もなお思い出される。
◇◇◇◇◇
カンッカンッカンッ!!!
フライパンとおたまをぶつける甲高い音がすぐ目の前で発せられる。どんなに深い眠りに落ちた人でもこの音を聞けば頭痛がしてたちまち目覚めるだろう。リュウギもその一人だ。
「うるさいって!まともに起こしてくれよ!」
「起こそうとどんなにゆすったって起きないんだもん!朝ごはんできたから食べに来て~」
ミントはおたまを回しながら部屋から出て行った。リュウギが頭を抱えながら立ち上がる。
「あぁ~・・・いってぇ・・・」
部屋から出ると、そこは見慣れた我が家。どうして自分の家に帰ってきているのだろう・・・頭がガンガン痛むせいで上手く思い出せない。ミントが言った通りとりあえず食事が出されているであろうリビングへと足を運ぶ。
リビングへたどり着くと、そこには美味しそうなタルタリ焼きが並べられていた。すでに何人かは食べ始めている。その中には、母であるニアの姿も。
一瞬リュウギには目の前に母がいることが信じられなかった。ついさっきまで母が出る夢を見たのだから、夢と現実の区別がいまいちついていないのだ。だんだん頭の痛みが引いてきて、どうして我が家に帰ってきたのか思い出されてくる。
「そっか、たしかスペルビアの連中から逃げて・・・」
巨神獣のゲンブから逃走したリュウギ一行は、巨神獣船無しで海へと飛び込んだ。波に流されながらも必死に泳いでいると、目の前にセイリュウが現れたのだ。そのまま拾われ、皆は疲れを癒すために寝床に入ったのだ。とはいえその時は必死だったので細かいところまでは覚えていないが。
「んんんー!なんやこれ!すっごい美味いやないか!」
「ほんとほんと!まぁ宴会の時に出されたのよりは落ちるけど・・・」
ジークとサイカはミントのタルタリ焼きのおいしさに驚いている。ミントはそれを見て微笑んでいる。
なんだか目の前の光景がいまいち本物だとは信じられにくい。家にこれほど人が来たことはないからだ。
「すごい美味しい・・・こんな美味しいタルタリ焼き食べるのは久しぶりだよ・・・」
「いやーニアさんにそこまで言ってもらえるなんて嬉しいな~」
ミントは母の隣に座っている。反対側にはビャッコが。せっかく久々に会えたんだから自分が母の隣にいたいのに・・・なんてことを思っていたが、もう15才なのでそんなわがままは言わないと決め、母の目の前の席に座る。
「しかし・・・こんなに美味しいとレックス様のために必死に料理を勉強したお嬢様がかわいそうです」
「余計なこと言うなよビャッコ。ほら、リュウギはアタシのとどっちが好き?」
「えっ?俺は・・・ミントのほうかな」
「そ、そんなぁ・・・必死に何年もかけて練習したのに・・・」
母の作るタルタリ焼きはリュウギの好物だった。そもそもタルタリ焼きが食卓に出たのは父が同じくタルタリ焼きが大好きだからだ。母はもともと料理が苦手なため、何年もかけてタルタリ焼きを作れるようになった。とても美味しいが、ミントの作るタルタリ焼きにはかなわない。
ほのぼのとした食事の中、リリオが口を開いた。
「ところでリュウギ、これからどうするんだ?世界樹に行くためにルクスリアまで行ったが、手形はもらえずじまいだ」
「スペルビアにインヴィディアにルクスリア・・・大きな国はどこも回っちゃったしね。しかもどこでも指名手配されてるはず・・・」
クロヒョウの言う通り、今やどの国でも手配されているだろう。手形をとろうとしても今の状況では厳しい。
「うーん、どうしよっかな~・・・・・・ツバキ、どうしたらいいと思う?」
「俺に聞くのか?そうだな・・・無理やり世界樹まで行くっていうのはどうだ?」
「それいいかも!せっかくだしセイリュウさんに聞いてみよっか!」
ミントが外へ出てセイリュウのことを呼ぶ。疲れた様子でミントのほうへ振り向いた。
「あのー、ここから世界樹までって行けます?」
「無理じゃ。途中で手形の確認されてつっぱねられるのがオチじゃ」
「それを無理やり行くっていうのは・・・?」
「昔だったらできたかもしれんがのぉ。今はそれほどの体力もないし、第一検問所には武装した巨神獣までおるんじゃぞ?わしどころか全員死んでしまう」
「そっかー・・・ごめんなさい」
ミントは落ち込みながらリビングへと戻ってきた。
「はぁ・・・どうしよ」
「ごめん、俺のせいで・・・」
リュウギが世界樹を、楽園を目指す理由は母との約束。楽園へと向かった父を見つけるためだ。
しかし目の前に母親がいる・・・ニアはリュウギが起きる前に既にミント達から話を聞いていた。どうして楽園を目指すのかということを。
「リュウギ、もうレックスのことは・・・・・・お父さんのことはいいんだ。」
「えっ?でも母さん、お父さんとは会いたくないの?」
「今はこんな状況なんだ。無理して危険に遭うのはきっと望んでないよ」
リュウギは下をうつむいた。それを見てジークはため息をついて声を上げる。
「本当にええんか?レックスのこと、ニアは知りたくないんか?」
「もちろん知りたいさ。でも・・・」
「・・・最後の望みはアヴァリティア商会やな。もし手形を手に入れるんならそこしかない。もっとも、指名手配されてる確率は高いだろうけどな」
「確か、アヴァリティアはルクスリアやスペルビアとほとんど同程度の地位を持ってるんだっけ?」
サルベージャーであるミントは自らの仕事場として立ち寄ることも多いアヴァリティアのことは知っている。
「ええ。今はインヴィディアの傘下ですが、最近は国として独立するという噂が立っているほど発言力も高いですから」
世界の情勢には詳しいのか、ビャッコも会話に参加する。
「あそこなら手形も発行しとる。それに現会長のニルニーとは知り合いやしな。もし行かないって言っても、ワイとサイカだけでも行くで」
「どうして行くんだ?」
ツバキが気になったのかジークに聞いた。
「気になるんや。どうしてボンが楽園に行ったのか。世界樹で一体何が起きたのか・・・気になってな。国の要人が誰しも秘密にしとる。」
「きっと隠さなきゃいけないような何かがある気がするんよ」
「どうする?リュウギにニア。無理に来いってわけじゃないんやけど」
「俺は・・・俺としては、父さんに会いたい。母さんにだって父さんと会わせたいし」
「・・・・・・リュウギがそう言うなら。私も応援するよ。でもペルフィキオの連中はきっとまた狙いに来る」
「大丈夫大丈夫!リュウギがいれば心配ない!」
ミントがリュウギを満面の笑みで肩を叩く。
「・・・そっか。じゃ、決まりだね」
「じゃあ次の目的地はアヴァリティア商会ってことか。懐かしいな~・・・」
リリオが昔の思い出にふけっている中、ウマは不安そうな顔をしていた。
「ほ、本当にアヴァリティアに行くのかも?」
「どうしたんだウマ?嫌なのか?」
「い、嫌ってわけじゃないも!ただ、行くなら早めに帰りたいも・・・」
意味深な発言にどこか思うところがあるのか、アスカも同じように不安そうな顔を浮かべていた。