北沢少年と俺   作:パンド

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現実と俺

 

 正直なところ、この場において、つまり俺の独白において、このことを仄めかしたり、匂わせたり、暈したり、隠したりすることに、俺は意味を見出せない。

 ので、ぶっちゃけていこうと思う。

 

 

 俺──黒山由人は難病を患っている。

 

 

 病名は、なんだったかな。

 確か、長ったらしい上に専門用語と小難しい横文字が乱舞する、とても覚えづらい、記憶に残りにくい名前であったことは覚えている。

 まぁ名前が分からなくても、その結果自分の身体になにが起こるのかを把握していれば、俺的に病名ってのはさして重要なことでもない。

 だから分かりやすく、ズバリ病状を言ってしまうと。

 今、俺の身体にはタイムリミットがある。

 タイムリミット、つまり時間切れが過ぎると、この身体は衰弱を始める。

 そして死ぬ。

 実にあっけなく、死んでしまう。

 

 発覚したのは丁度一年前、つまり昨年四月の話になる。

 当時、俺の暮らしていた町にはその病気に対応できる施設がなく、俺と母さんは精密な検査のために都会へと越してきた。

 それが、昨年五月のこと。

 俺はそこで、自分に残された時間が一年と二〜三ヶ月だと突きつけられた。

 そして手術をして、生き延びようとしたところで、成功率は一割をきると。

 望みは薄い、幸薄い俺の人生は薄っぺらいままで終わってしまう。

 打率一割を下回るやつがバッターボックスに立ったって、誰も期待しやしない。

 俺もしない。したくても出来ない。

 仮に出来たとしても、命までは預けられない。

 

 当時の俺は、越してきたばかりの俺は、自身の余命を知った俺は、生き残る確率の低さを知った俺は、荒れていた。

 態度がじゃなくて、心が、荒れていた。

 身体を使って荒れはしなかったけど、荒れた心は荒廃し荒れ野と化した。

 五月から七月のあの日まで、俺の生活は機械のようだった。

 機械的に睡眠から目覚めて、朝食を用意して食べて、学校に行って、家に帰って家事をして、そして寝る。

 そんなことをしてたら友達はできないし、ましてや恋人なんて夢のまた夢だ。

 でも俺はもう、それでいいと思っていた。

 人と関わることが、すっかり怖くなってしまった。

 どうせ一年しか生きられないのに、友達作って、恋人作って、どうするってんだ。

 そうやって心に家を建てて、俺は断固として引きこもった。

 で、母さんに我が家をぶっ壊された。

 

 

『あのね由人、人間いつかは死ぬんだよ、私も死ぬし由人も死ぬ、みんな死ぬんだ』

 

 母さんはズカズカと土足で、人の心に踏み込んできて。

 

『なのに、どうせ死ぬなら人と関わらないなんて、馬鹿げてるよ』

 

 部屋の鍵を粉砕し。

 

『私は長生きするじゃないかって? 時間があるから良いじゃないかって?』

 

 俺の襟首を掴みあげて。

 

『私はね、8年後に死ぬとわかっていても、お父さんと結婚するよ。これは時間の問題じゃない、自覚の問題なの』

 

 思い切りぶん投げた。

 

『わかったら、人と出会いに出かけなさい』

 

 

 俺は、もう一回だけ頑張ろうと思った。思うことができた。

 まぁそれでも学校で友達や恋人ができることはなかったんだけど。

 そこで俺は、健全な高校2年生16歳男子を自称したい俺は、色々と考えたすえに週末を水族館で過ごすことにした。

 

 

 全ては、あそこから始まったんだ。

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

 4月もそろそろ終わる夜、俺は北沢さんからの着信に出ていた。

 すると挨拶もそこそこに、

 

 

「黒山さん、一つお願いしても構いませんか?」

「うん、わかった。万事俺に任せてくれ」

「せめて内容を確認してから言いましょうよ……」

 

 うむ、声だけでわかる。

 俺は今、北沢さんに呆れられている。

 きっと彼女は、いつものジトッとした目で俺と会話しているに違いない。

 それだけで、俺は今日まで生き残れてよかったと心から思うのだ。

 変態的と言いたきゃ言え、あえて言おう、俺は本望である。

 

「それで、お願いって何なのかな」

「実は、次の週末なんですけど……その、」

 

 どうかしたのか、やけに歯切れが悪い。

 そんなに頼みにくい、言いにくい頼みごとなんだろか。

 明快で、聡明で、明白な、物事にスパッと切り込む北沢さんにしては珍しい。

 なんて、俺が考えを巡らせていると、

 

「すみません私、次の週末は行けそうになくて、弟のことをお願いしたいんです」

「なんだ、そんなこと。わざわざ電話してくれなくてもいいのに」

 

 週末の水族館に北沢さんがいないことは、それほど珍しい話でもない。

 彼女にはアイドルとしての仕事があるので、そう毎回俺たちと一緒に来られるわけではないのだ。

 頻度としては月に1〜2回といったところだろうか、北沢さんが不在の際には、俺が責任を持って陸を預かっている。

 なので、頼まれなくてもいつも通りというか、俺と陸の二人で週末を過ごすってのは別に謝られるようなことじゃない。

 

「陸のことは任せといてよ。北沢さんも、お仕事頑張って」

「……いんです」

「北沢さん?」

「仕事じゃ、ないんです」

 

 言いたくないことを、無理矢理に絞り出したような声だった。

 出来ることなら口にしたくないと、北沢さんの顔には書かれていることだろう。

 仕事ではない、と彼女は言った。

 となると、仕事じゃないとすると……なんだろう。

 考えてみれば、北沢さんの休日について、俺は仕事と水族館しか思いつけないのだ。

 

「黒山さん、先々週のライブを覚えてますか?」

「あぁ、控えめに言って最高だった」

「あ、ありがとうございます──じゃなくて、その時のユニットメンバーで打ち上げをという話になったんです」

 

 北沢さんが言うには、前回のライブで一緒に歌ったユニットメンバー四人の打ち上げを行うことになったのだが。

 どうもスケジュールの都合上、四人で揃って過ごせるのが次の週末しか候補がないらしく。

 そういった事情があるので、当日は陸を俺に預けたい、とのこと。

 なるほど、なるほどなぁ。

 彼女が言いづらそうに、言葉にしづらそうにしていた理由が分かった。

 お固いというか、超真面目な北沢さんらしい。

 ここは3つ歳上の人生の先輩として、自然に頼まれておこうじゃないか。

 

「よーし、わかった。そういうことなら俺に任せて、北沢さんは打ち上げを楽しんできて欲しい、なんの気兼ねなく遊んできて欲しい、陸は俺がしっかり──」

「黒山さん」

「うん?」

「変に大人ぶってませんか?」

「……あれ、どうしてバレたかな」

「はぁ。声がニヤニヤしているんですよ、黒山さんの場合」

 

 いやはや、慧眼だ。いや、この場合だと慧耳になるのか。

 俺の演技ごときは、御見通しならぬ御聴通しというわけだ。

 

「でも真面目な話、そんな気にしなくてもいいんだよ北沢さん」

「……私情で、弟に同行しないのは、姉として悪いことだと思います」

 

 北沢さんは、ハッキリという。

 自分の都合で陸を俺に任せることは悪いのだと。

 むしろそこまで考えているのに、よく頼んでくれたなと感じるほどだ。

 この辺りはどうだろう、彼女のお母さんから何かしら説得を受けたのだろうか。

 

「北沢さんは偉いよ。その歳で立派に働いているし、家のことだって頑張ってる。本当に偉いと思う」

 

 ただ、と俺は彼女に解ってもらえるよう願いながら続ける。

 

「そうやって、自分一人でなんでもかんでも背負い込もうとするのは偉くない、偉い人のすることじゃない。偉いんだからさ、俺にも任せて欲しいんだよ」

「私は、別に偉くなんて……」

「俺は偉いと思ってるし、北沢さんに自分はちょっと偉いやつなんだって、思って欲しいとも思ってる」

 

 北沢さんは悩むように黙ってしまう。

 よし、ここはもう一押しして押し切って、押し通してしまおう。

 

「だいたい、陸も小学生になったんだし、このままだと四六時中おねーさんとべったりとか、そんな風にからかわれちゃうよ」

「うっ……そ、それは」

 

 いける、いけるぞ。

 どこか心の片隅で似たようなことを考えていたらしく、北沢さんは言葉に勢いがない。

 次の一手で陥落だ。

 

 

「弟に、少しは姉離れさせてあげるのも、姉の務めなんじゃない? 自分の弟離れも兼ねてさ」

「いえ、前者はともかく弟離れ云々を黒山さんに言われたくありません」

「えっ、ちょ北沢さん、一体なにを根拠に」

「よく考えたら、人の弟に頭を撫でさせようとした方と、弟を二人きりにするのも危険な気がして──」

「すみませんお姉さん!! 俺に弟さんを預からせてください!!」

 

 あ、あれ。おかしいぞ、こんなはずでは。

 ここはこう、17歳になった俺が威厳を見せるというか、威風堂々たる態度で北沢さんのしこりを取り除くシーンなのでは。

 これでは俺が尊厳をすり減らして、損減を受けただけって感じだ。

 俺が電話越しに項垂れていると、北沢さんは呆れたような優しいような声で、

 

「もう、仕方ないですね……仕方がないので、弟はお任せしますよ」

「りょ、了解。万事俺に任せて」

「弟に変なことは?」

「絶対にしませんっ」

「わかってくれたら、いいんです。信頼してますから」

 

 からかわれてる。

 今のは絶対からかわれた。

 まさか北沢さんの手のひらで転がされる日が来るなんて、どちらかと言うと転がされるタイプの人なのに。

 もしかして俺が転がしやすいのか? 

 これってそういうことなのか?

 俺が自分自身のポジショニングに迷っていると、

 

「黒山さんと話せて、気持ちを整理できたように思います。ありがとうございました」

「あ、うん。なら良かったんだけど」

「それで黒山さん、6月は……来られそうですか?」

 

 聞かれて、期待されてると感じて、俺はこう答えるしかなかった。

 

「今のところは特に連絡もないし、行けるはずだよ」

「なら、安心しました。最後に、これだけは見て欲しかったから」

 

 その返事に、俺はどうしても考えてしまう。

 彼女の、北沢さんの舞台を、俺は果たして見届けることができるのか。

 俺の身体が、6月まで耐えてくれるのか、それは俺にも医者にも分からない。

 誰にだって、分からないのだ。

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

「陸、お前は歳上をからかわない、そんな男になってくれよ」

「よしにぃ、顔すっごいよ? またナデナデする?」

「うぇ?! あーいや、大丈夫。ぜんぜん大丈夫、大丈夫だからナデナデは大丈夫だよ」

 

 

 おおむね、俺の言語中枢が大丈夫ではなかった。

 四月末を越えて、本日はゴールデンウィーク真っ只中。

 俺は先日の約束通り陸を連れて、水族館を満喫している真っ最中という運びである。

 思えば、この水族館とも長い付き合いになった。

 すでに年間パスポート分の元は取れているし、なんならあと数枚は買えるだけの回数は来ている。

 

「ぼく、プール行ってくるね。待っててね、よしにぃ」

「あいよ、怪我に気をつけてな」

 

 今日も今日とてタッチプールは混んでいる。

 だから中学生以上の俺は、こうしてプールサイドから陸の姿を見て、見守っているのだ。

 北沢さんがいれば、何かと話すこともあるのに一人だと暇だな。

 不思議なもんだ。

 初めて二人きりになった時は、気まずさと気恥ずかしさしか感じていなかったはずなのに、今はこうして若干の寂しさを覚えるまでになったのだから。

 ここで、色々な話をした。

 母さんの小説の話とか。

 俺の父さんの話とか。

 陸のこととか。

 まぁ、家族の話が中心だった。

 俺がアイドルに興味を持ってからは、そういった話も聞けたし、舞台について相談を受けたあとは演劇の話もしたなぁ。

 俺はこのプールサイドで、北沢さんのことを徐々に知っていった。

 クールで、孤高だと思っていた、情に厚く夢に熱い、不器用で優しい彼女のことを。

 知ることができて、知り合うことができて、俺は良かったと思っている。

 素晴らしい出会いだったと、確信している。

 

「よしにぃ、ただいまっ」

「お帰り、んじゃ行くか」

 

 戻ってきた陸と手を繋いで、俺たちは水族館を歩いて行く。

 しばらく進めば目的地が、目的の水槽が見えてくる。

 数種類のサンゴを舞台に、色とりどりの魚たちが舞い泳ぐ。

 サンゴの海と名付けられたその水槽は、俺と陸がきちんと正確に、正式に出会った場所だ。

 あの出会いがなければ都会に越してからの一年は、余命を宣告されてからの一年は、まるで別物になっていたはずで。

 だからといって、俺は陸との、俺の小さな友人との出会いを、運命の出会いなんてロマンティックな言葉で括るつもりはない。

 あれは偶然でも、都合のいい展開でもない。

 陸が俺に声をかけたのも、俺が陸を肩車したのも、全ては行動の結果だ。

 

「ねぇよしにぃ、肩車してほしいな」

「あぁ、にーちゃんに任せとけ」

 

 仮にもう一度、いや何度あの場面に出会おうと、陸に肩車をせがまれたのなら、俺はその度に彼を肩に乗せるだろう。

 請われるがままに、魚について話すだろう。

 それが、俺と陸の友情だから。

 黒山由人と、北沢陸の友情の証だから。

 故郷を離れた俺にとって、水族館は過去に想いを馳せる場所だった。

 そして今は、かけがえのない友人との、未来を願う場所だ。

 どうかまた、この子と一緒に来られますようにと、祈る場所だ。

 

「なぁ陸、そういえば聞き忘れてたけど」

「うん、なぁに?」

「陸はさ、将来の夢ってあるのか?」

 

 俺が問いかけると、陸はほんの少し首を傾げて、

 

「ぼくはね、サッカー選手になるんだ」

「お、なるほどなぁ。サッカー好きなんだもんな」

「すっごい好きだよ、よしにぃも今度やろーね」

「いいな、サッカーも楽しそうだ」

 

 陸の夢が叶うといいな。

 そう、想わずにはいられなかった。

 肩から降りた陸に、小さくて暖かい手を取りながら、

 

「陸、お前に会えて本当によかったよ。ありがとう」

「えと、よしにぃ?」

「俺に出会ってくれて、ありがとうな」

「よしにぃ、泣いてるの? おなか痛いの?」

 

 心配そうな陸の声に、俺はまた、しょうもない、どうしようない、仕方のない嘘をつく。

 

「いや、泣くほど、お前とサッカーするのが楽しみなんだ」

「そうなんだ。じゃあお姉ちゃんの劇終わったら、三人でやろーね」

「そうだな、おねーさんの劇も泣きたくなるくらい楽しみだよ」

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

 冒頭で述べた通り、俺は自らの独白において、隠しだてすることは無意味だと思っている。

 だから、包み隠さず、開けっぴろげに、事実だけを述べよう。

 

 

 俺は結局、北沢さんの舞台に、間に合わなかったのだ。

 

 

 

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