「帰ってくれないか、北沢さん」
あえて言おう、俺は人として最低だ。
こんな言葉は間違っても、自分を見舞いに来てくれた人に投げていいものではない。
投げかけるべきは感謝であって、拒否ではない。
ここに来たということは、つまり俺の居場所を知ったということは、母さんから話を聞き出したということで。
そして俺の母さんは、黒山恵子は、あのひねくれ過ぎたひねくれ屋は、問われて素直にハイそうですかと答える人ではない。
きっとお得意のぬらりとしたトークで北沢さんを精神的に弄んだに違いない。
だから苦難を乗り越えて、苦労を成してきてくれた彼女に、帰ってくれなんてのは論外だ。
「頼むから、帰ってくれ。君と話すことなんてない」
それでも、俺は彼女に居てほしくなかった。
俺にはもう、北沢さんを傷つけることしかできない。
こうやって追い払う言動をしたって傷つけてしまうけれど、事情を知った彼女とこのまま会話を続ければもっと深い傷を残しかねないのだ。
頼むから、帰ってくれ。こんな恩知らずのバカ野郎に構うことはない。
「黒山さん、一つ言わせてもらいます」
「いや、だから何も話すことなんてないんだよ」
心を鬼にしろ。
これ以上、優しさに甘えるわけにはいかない。
だいたい、なんで母さんはバラしちゃったんだよ。絶対に話さないでくれって頼んだのに、あの人はすぐに約束を破る。
その裏にはいつも何かしらの思惑があるけど、今回はもういいんだ。
もう、傷つけたくないんだ。
……もう、傷つきたくないんだ。
だから北沢さん、俺のことはさっさと思い出にして──。
「これ以上、私を帰そうとしたら──泣きます」
「…………えっ?」
ううん? なんだって? なんてった?
今、北沢さんは俺に向かってなんて言った?
「私の話を聞かないといったら、泣きます。大声で泣きますよ」
「いや、それ、だって」
泣く。泣いてしまう、泣かれてしまう。
北沢さんを泣かせてしまう。
北沢さんを、女子を、女の子を泣かせてしまう。
いや、いやいや。仮にそうなったとしても、次に俺が言うべきことは。
「それでも良ければ、どうぞ。さっきみたいに私を拒んでください。さぁ、早くっ」
「酷いことを言ってすみませんでしたっ!!」
■ □ ■
北沢さんの泣き落としならぬ泣き脅しに屈した俺は、ベッド横の椅子へ腰掛ける彼女を、ただ見ていることしかできなかった。
俺は完全に出せる口を失っているし、北沢さんも座ったっきり話さない。
つまりこうだ、すっごい気まずい。
今までも何度か北沢さんと二人きりになる機会はあったけど、ここまで気まずいと感じたことはなかった。
いや、分かってる。原因は俺だ。
俺が最初に突き放すようなことを言ったから、こんな空気になったんだ。
やっぱり、俺が口火を切るべきだろう。
よし、覚悟を決めて、タイミングを決めて──。
「「あの」」
もはや懐かしさすら覚える出だしの衝突だった。
いやほんと、何回被れば気がすむんだよ俺たち。
思わず、自然に、俺は笑ってしまった。
「……っくく」
「……っふふ」
見れば、北沢さんも小さく笑っていた。
普段がきりっとしているせいか、北沢さんはちょっぴり笑うだけでも可愛く見える。
弟に向ける優しい笑顔も、俺をからかう時の悪い笑顔も、そしてこの笑顔だって、彼女はどんな笑い方をしても魅力的だ。
こうなった時、俺はいつでも北沢さんに先手を譲る。
すると北沢さんが確認を取るようにこちらを見たので、俺は了承するように頷いた。
「ではあらためて。お久しぶりです、黒山さん」
「うん、久しぶり。元気そうだね」
「私の方はおかげさまで。黒山さんは……その、お加減は」
俺は、先生の言葉を思い出しながら指を一本立てて見せる。
「持って1ヶ月、もし治っても1年はベッドの上らしいよ」
「そう、ですか。1ヶ月か、1年……」
「あぁ、この数字はもうどうしたって変わらないってさ」
言って、言い終わってから、投げやりな言い方をしたかなと反省した。
自暴自棄からは脱したと自負していたのに、これじゃあダメな方向に悟った嫌なヤツだ。
「てか北沢さん、どこであんなやり方を覚えたの」
「黒山先生から『もし話を聞こうとせずに帰そうとしたらこうしなさい』って」
「やっぱりだよチクショウっ」
本当にあの人は、俺のことを何でも分かっている。
背中を起こしてみると、北沢さんと目線があった。
久しぶりに見た彼女の表情は、なんだか一皮向けたというか、役者としての皮を一枚かぶったように見える。
雰囲気とか、オーラとか、ともすれば近寄りがたい威圧感すら感じてしまう。
きっと大きな舞台での経験が、北沢さんを逞しくしたのだろう。
にしても、それがあったにしても、いささか強く逞しく、そして勇ましくなり過ぎたようにも思うけど。
こんなにグイグイ主張してくる人だったっけ。
「けど、黒山さんも悪いんですよ。私を帰そうとするから」
「それは、ごめん。たださっき言った通りだよ、俺にはもう時間がないんだ」
「もう時間がない、なんて関係ありません。時間より、もっと大切なものがあるんです」
今日の北沢さんはとても、とっても押しが強い。
なんだか、何を言っても切り返される気がしてきた。
「約束を守ること、とか。約束を守ってもらうこと、とか。私にとってはこちらの方が大切で、大事です」
自分勝手な私ですけど。
北沢さんは、自虐するように自称したけれど、そんな自分を、自分自身を決して嫌ってはいなかった。
「約束……そりゃあ、俺だって守りたいよ。守らせて欲しいって思う」
北沢さんにとって、あの舞台がどれだけ思入れのあるものかは、俺もよく知っているし分かっている。
女優を夢見る彼女にとって、大きな飛躍となる大切で大事なステージ
でも、無理なものは無理だ。
百が一に俺のオペが成功して寿命が延びたところで、出かけられるまで回復した時には、俺が退院する頃には、彼女の舞台は幕を下ろしているのだから。
だから俺は間に合わないし、間に合えない。
なのに、それなのに。
「黒山さんは、私たちが初めて会った日を憶えてますか?」
「えっ、あー、うん」
唐突に、前置きもなく聞かれて、俺は生返事をしてしまった。
初めて北沢さんと、陸と出会った日か。
そりゃあ勿論、憶えている、憶えているに決まってる。
あの日あの時に、あの出会いがなければ、俺はここまで幸せな一年を過ごせなかった。
「憶えてるよ、ちゃんと憶えてる」
「……今だから言えますけど、最初は怖かったんです、黒山さんのこと」
「へ、本当に? な、なんで?」
「黒山さんって大柄ですし、肌も焼けてて掘りも濃いから、ファーストインプレッション怖い人でしたね」
「それを言われるとグゥの音も出ない……っ」
ここは潔く、弁解せずに認めよう。
俺は強面だ。
そこそこ赤道に近い地域に住んでいたので、肌は黒っぽい。
父親からの遺伝で、掘りも深い。
ガタイもいいので初対面なら、確かに怖い人だと受け取られるかもしれない
「まぁ、陸もいたので余計に警戒してしまったのもありますよ」
「あー、北沢さん目線からすると、弟が連れてきた知りもしない男子高校生だもんな俺」
「私はてっきり社会人の方かと」
「学生ですらなかったっ?!」
いくらなんでも多めに歳を見積もり過ぎじゃありませんかね。
いや、俺も最初は北沢さんを高校生くらいと勘違いしていたので、お互い様の両成敗か。
「その誤解も、ちゃんと自己紹介をして、二人で話した頃には消えてましたけどね」
「あれは緊張したなぁ。急すぎる急展開だったというか、うちはもう母さんがノリノリで」
「うちもです。母がとても乗り気で、私は……やっぱり、少し不安でした」
「そりゃあ、そうでしょ。逆の立場だったら俺だってビビる、陸のこともあるしさ」
「当の本人は、あなたに会えるのを一番楽しみにしてましたよ」
その点については、俺も陸と同じくらい楽しみにしていたのでノーコメントであった。
しっかし、そう考えるとよく来てくれたよなと、改めてしみじみ思う。
迷子の弟を連れて来たからって、それで俺が安全だと決まったわけでもないのに。
「でも、弟があまりに嬉しそうに黒山さんの話をするから、私も決心がついたんだと思います」
「そっか、つまり俺たちの友情に絆されたってわけだなっ」
「黒山さんは当日ガチガチでしたけどね」
「北沢さんは今日キレキレだね!!」
当時を振り返ると、そういや最初は敬語で話していた上にかみかみで目も当てられない惨状だった気がする。
今はもう見慣れた北沢さんの顔も、その時の俺からすれば凛とした美少女だ
美少女なのは変わらないけど、つまり造形の整っている人は真顔でいるだけでも迫力ってやつを感じさせるわけで。
「実際に話してみれば、気さくでよく話す方だなって……人は見かけによらないと痛感しました」
「そ、そこまでギャップを感じさせていたのか俺は。こっちもあんま言えたことじゃないけど」
「と、言うと?」
「ほら、あの頃の北沢さんって笑ってなかったから、文字通りのクールビューティだなぁと。でも陸と話すときは笑顔だったし、見えるものが全てじゃないのは当たり前だよね」
俺から見る北沢さんと、陸から見る北沢さんが違うように。
北沢さんから見る俺と、陸から見る俺が違うように。
どの角度からどう見ても、全く同じに見える球体のような人物なんてあり得ない。
「白状すると、あれは笑わないように心がけていたんです」
「心がけてたって、なんでまた」
「今思えば、心に余裕がなかった……からですね。自分がしっかりしないと、自分が頑張らないと、自分が、自分がって、そればかりで」
北沢さんが、どんな経緯でそう決めたのかを俺にはありありと想像できた。
母さんが部屋にこもっていた時期の俺と、よく似ていたからだ。
毎日を過ごすことに必死で、一所懸命で、周りを見る余裕が、周囲に笑いかける余裕がなくて。
「けど、今は違うんでしょ?」
「はい。シアターの仲間や、プロデューサーさん。それに、黒山さんのおかげです」
「別に、俺はなんにも……」
「目の前に『頑張った』人が居て励ましてくれたから、私もより一層『頑張れた』んですよ」
そういった彼女に微笑まれて、笑顔を向けられて、俺は変な緊張感にそわそわしてきた。
俺が北沢さんに、うちの事情を話したことでこんな変化が起きたのだとしたら、恥を忍んで語った甲斐がある。
「でも、でもさ。励まされたのは俺も一緒だよ。765プロの皆から、色々なものをもらった」
「私も、あんなに好きになってもらえるとは、正直思っていませんでしたよ。こちらはお願いした立場でしたし」
「俺もここまでどっぷりハマるとは思ってなかったけど」
北沢家との出会いが一つ目の転換期なら、765プロとの出会いは二つ目の人生との出会いだ。
彼女たちのステージがあったから、残りの人生がとても明るくなった。
俺は765プロに、人生を励まされたんだ。
それは素晴らしくて、素敵なキセキで、決して誰にでも出来ることじゃない。
「それに私は、黒山さんからもっと大きな応援をしてもらってますからね。私の夢を、押し上げてくれました」
「それこそ、北沢さんが頑張ったからだよ。俺はちょっと話をしただけ」
運命とか、偶然とか、そんなものに左右された結果じゃない。
北沢さんの、たゆまぬ努力の賜物で、行動の結果だ。
初日の公演を見てきた母さんは、語彙力の限りを尽くして褒めちぎっていた。
多分俺へのハッパかけも兼ねてるから、何割り増しかで絶賛していたにせよ、きっと好評を博すような舞台なのだろう。
ホント、観に行きたかったなぁ。
「……黒山さん、今のは本心ですか?」
「えっ。な、なにが?」
「観に行きたかったって、言ってくれましたよね」
しまった、声に出てたのか。
観に行きたいのは紛れもない本心だけど、こうやってド直球に聞かれると気恥ずかしさが出しゃばり始める。
けど、ここまで来て貰っといてはぐらかすなんてのは無理な話だ。
正直に、正しい答えを返そう。
「観たいよ、見届けたい。見届けさせて欲しい」
北沢さんの、夢への大きな一歩を。
舞台で繰り広げられる、彼女の世界を。
役者としての、アイドル北沢志保を。
きちんと、最後に観ていきたかった。
すると北沢さんはその場で立ち上がり、俺を見ながら言った。
「なら、決まりですね」
なにかを、決意した瞳だった。
だけど俺には彼女がなにを決めたのか、さっぱり分からなかった。
北沢さんはさっぱり分かっていない俺に、非の打ち所がない完璧なお辞儀をしながら、
「今から、あなたの為に演じます」
■ □ ■
少女は恋をした。
初恋だった、初めての恋だった。恋に焦がれて恋い焦がれた。
恋の相手は、同い年の男子。
図書館に通う中で知り合った、読書家の少年だ。
互いに本が好きで、しかも好みのジャンルも似通っていて、それ故か同じ小説家にハマっていた。
そこで、解釈の違いから激しい論争に発展した。というのが二人の馴れ初めである。
彼らは新刊が出るたびに舌戦を繰り広げ、放課後だけでは時間が足りないとばかりに、休日も図書館で待ち合わせては言葉で殴り合った。
で、気がつくと少女は少年に惚れていた。
困っていたところを助けられた、とか。
ピンチから救ってもらった、とか。
特別なイベントで急接近、とか。
別に、そんなことがあった訳でもない。
気がつくと、彼を目で追っていた。
隣で読書をしている彼が、自分とは違う物事の捉え方をする彼が、決してこちらを軽んずることなく対等に接してくる彼が、自分でも気がつかないうちに、好きなっていた。
困っていたところを助けられなくても。
ピンチから救ってもらわなくても。
特別なイベントで急接近しなくても。
人は、人を好きになる。
少女は告白をしようと決意した。
しかし、時を同じくして少年は図書館に現れなくなってしまう。
少女は彼を捜そうとして──そういえば自分は、少年の名前と読書が好きだということ以外、彼について何も知らないのだと自覚する。
学校も、誕生日も、血液型も、好物も、嫌いな物も、まるで知らない。
それから少女は、少年を追い求めるうちに、彼の色々なことを知った。
いや、知ってしまった。
彼にはもう時間が残されていないことを、知るに至ってしまった。
会うべきか、会わないべきか、その二択を前にして少女は決断を迫られる。
そして少女は──。
「ごめんね、話は全部聞いちゃったんだ……キミにもう時間がないってことも、全部」
北沢さんが俺に語りかけてくる。
正確には俺というより、今はこの場にいない読書家の少年に向かって。
「私はさ、キミとたくさん話して、語り合って、語り明かして、語り尽くして、それでキミを分かった気になってた」
人はここまで別人になれるのかと、俺は驚きっぱなしであった。
口調も、話し方も、雰囲気も、まるで知らない人のようだ。
北沢さんのキラリとした黒目に見つめられ、俺は指の一本も動かせない。
「けど、違った。勘違いだった。キミが抱えていたものを、私は全然分かってなかった」
音の一つ一つに力があって、言葉の一つ一つに圧倒される。
少女と北沢さんが、完全に重なっているかのようだった。
「キミが私に、さよならを言わなかったのも、今なら分かるよ」
これも演技の一部なのか、北沢さんはベッドの端に座って俺を覗き込んでくる。
これまでにないくらい距離が縮まり、病院の匂いに混じって、甘い香りが鼻をくすぐる。
「私が泣いて、傷つくって、キミは分かっていたんだね。泣かせたくなくて、傷つけたくなくて、ずっと隠してきたんだね」
至近距離で見た彼女の顔は、やっぱり綺麗だった。
ともすれば無表情に見える普段の北沢さんとも、陸に笑いかける北沢さんとも、俺をからかう時の北沢さんとも異なる、役に入りきった北沢さん。
目線も、体の角度も、全部が計算されているって感じだ。
「キミはいつだって、そうやって誰も傷つかないように守ろうとしてた」
でも──。
そう台詞を区切った北沢さんは、不意に手を伸ばして俺の頬をなぞった。
彼女の細い指が、頬を通って布団に落ちる。
ひんやりとした指だった。
アイドルとしての北沢志保を、彼女の家族を支え続けてきた指だ。
俺は、金縛りにでもあったみたいに、何も言えなかった。
「いいよ、私を守らなくても。いいんだよ、私のことは傷つけたって。守られて、何も分からずにいるくらないなら──私はどれだけ傷ついたとしても、キミのことを分かりたい、理解したいよ」
北沢さんの両手が、俺の手を包み込む。
今更ながらに、俺は自分の手が震えていることに気がついた。
ついでに言うなら、肩も震えていた。
喉も震えて、実のところ自分の体が全くと言っていいほどに分からなくなっていた。
体調が崩れたわけじゃない。
俺は彼女の、北沢さんの演技に、すっかり魅入ってしまっていたのだ。
ギュッと手を握られて、俺は北沢さんを見た。
北沢さんも、俺を見ていた。
「だって、人を好きになるって、つまりそういうことだと思うから」
心を撃ち抜かれる音がした。
目の奥から、どうしようもない熱が込み上げてくる。
別に俺が言われた言葉でもないのに、単なる最初から決められている台詞なのに。
俺は、泣いていた。
理由なんて、もう分からなかった。
いくら歯を食いしばっても、涙の栓は一向に閉じる気配をみせない。
「たとえ傷ついても、傷つけてしまっても、二人で泣くことになったって」
気のせい、かもしれない。
涙で視界が歪んでいるせいか、あり得ないものが見えた気がする。
俺が泣いているから、そういう風に見えただけだろう。
だって信じられなかったからだ。
北沢さんの、泣き顔なんて。
「私はキミが、あなたが、黒山さんが──好きだから、側に居たいんです」
片腕を、抱きすくめられた。
北沢さんの鼓動が、伝わってくる。
するとバランスを崩したのか、北沢さんが俺の胸元に寄りかかる形になってしまう。
あぁ、だとすればバレてしまったに違いない。
俺の鼓動も、彼女に負けず劣らず、高まっていることが。
ドキドキと、彼女の想いが痛いほどに伝達されて、俺の心臓と共鳴する。
北沢さんは、俺を好きだと言った。
俺を好きだと、そう言ってくれた。
返事をしたい、なのに出てくるのは嗚咽ばかりだ。
カッコ悪い、カッコ悪いにもほどがある。
自分を好きだと言ってくれた女の子に、なんの言葉も返してあげられないのか。
頼むから、声になってくれと。俺は念じた、念じて、そして。
「……たくない」
いや、なに言ってんだよ。
そうじゃないだろ、もっと他に言わなきゃならない、言いたいことがあるはずだろ。
なのに、なんで。
どうして、俺ってやつは。
「俺、死にたくないよ……っ」
こんなことしか言えないんだ。
こんな言葉しか、口に出せないんだ。
どうして、どうして、どうして。
どうして、君ってやつは。
「やっと言ってくれましたね、黒山さん。本当の気持ちを」
そうやって俺に、嬉しそうな笑顔を向けてくれるんだ。
■ □ ■
「不覚だ、女子中学生に2回も泣かされるなんて」
泣くだけ泣いて、涙を出し尽くして、俺は一応の平常心を取り戻していた。
北沢さんは俺の真横に、つまりベッドの空きスペースに座っている。
肩と肩が触れ合って、正直落ち着かない。
幅のあるベッドだからここまで近づかなくても良いはずなのに、彼女はこの場を譲ろうとはしなかった。
「2回って、1回目はいつなんですか?」
横から突き刺さる視線に、俺は自らの失言を悔いた。
余計なことを言うんじゃなかったと後悔した。
「……11月のライブで、ソロ曲聞いた時に」
「へぇ、黒山さん泣いてたんですね。電話では教えてくれなかったのに」
見なくても分かる、北沢さん今絶対悪い顔してる。
どんな風に俺をからかうか、吟味している顔だ。
「だって、恥ずかしいじゃないか」
「黒山さん、顔に似合わず恥ずかしがり屋で泣き虫ですよね」
「か、顔のことは言わないでくれよ。それを言ったら、北沢さんだって泣いていたろ?」
「好きな人があと1ヶ月で死んでしまうかも知れないんですよ、泣いて当然です」
「はい、その通りです。口答えしてすみませんでしたっ!!」
クスクスと、隣の北沢さんが堪りかねたのか笑いだす。
なんだかもう、俺はどれだけ上手に上手いこと言ったところで、最終的には彼女に対して下手にならざるを得ない気がする。
それでも、頭に血が昇るのを感じながら、俺は話を切り出した。
「それで北沢さん、さっきの返事……なんだけど」
俺は思い出す。
数分前に、彼女が俺に言ってくれた言葉を思い出す。
女子に告白されたのだと、生涯で初めての大切で大事なことを思い出す。
想いを打ち明けてもらったからには、俺もそれに応えたい。
先程は見苦しいところを見せてしまったが、もしそれで幻滅されたのなら目も当てられないが、俺は改めて答えを返そうとした。
返そうして、返そうとした口を、何かヒンヤリとしたもので塞がれた。
何かというか、北沢さんの人差し指が、俺の唇に押し当てられていた。
「ダメです。まだ、返事は聞いてあげません」
横目に北沢さんを見ると、彼女はニンマリとした見たことのない笑顔で、さらに強く人差し指を押し付けてくる。
「黒山さんはこれから『頑張る』人なんですから、『頑張った』後に答えを聞かせてください」
これは、ひどい殺し文句だ。
いや、俺が言ってしまうと言葉の意味合いが変わってきそうだが、生殺しと言ってもいい。
殺し文句だの、生殺しだの、物騒な単語が並んでしまったけれど──俺はあの時、彼女の告白を聞いた時、この人の為に生きたいと思った。
だから今、もう一度心に残したい。
生きるか死ぬか、分からない俺だけど。
君に、嘘をついてしまった俺だけど。
すぐに泣いてしまう俺だけど。
「私、待ってますから」
どうか、こんな俺を待っていて欲しい。