北沢少年と俺   作:パンド

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エピローグとありがとう

 

 

「こんにちは、黒山さん」

「うん。こんにちは、北沢さん」

 

 いつもの挨拶をして、いつもの様に彼女はイスへ腰掛ける。

 あの日以降、つまり北沢さんに告白され俺がボロボロに泣き崩れたあの日以降、彼女はほぼ毎日のように俺の病室を訪ねていた。

 彼女は彼女で、まだまだ公演中の舞台があるはずなのに、たとえ十数分であろうと空き時間を使っては顔を見せてくれる。

 北沢さん曰く、俺に会ってから演じた方が気持ちを乗せやすい、とかなんとか。

 あの日の翌日は演出家にも珍しく褒められたと、彼女はそう言って嬉しそうに笑っていた。

 舞台の内容や、演じるにあたっての心構えを知る俺としては、羞恥心でなにも言えなくなってしまう笑顔だった。

 北沢さんとは、今まで話したことも、話さなかったことも含めて、様々なことを話してきた。

 家族の話をして、友達の話をして、俺の故郷の話をして、夢の話をして、そして。

 

 

 そして──今日は手術前、最後の面会日だ。

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

「なぁ北沢さん。こういうのを世間一般では、余計なお世話って言うんだろうけどさ」

「黒山さん、余計なお世話です」

「せめて内容を確認してから言ってほしいなぁ!!」

 

 

 取りつく島もないとは正にこの事だ。

 鍾乳石も真っ青なとっかかりの無さである。

 むしろ、北沢さんに出会った当初──そう、去年の7月半ば頃の方が、まだ俺の話にマジメに真摯に、耳を傾けてくれていた気がする。

 あの頃の彼女は、きちんとした礼節を重んじる、公平な人物であった。俺はそうであると信頼していた。

 だが、信頼とは裏切られても構わないという信用の上に成り立つのであって、俺は物の見事に裏切られたのである。

 といっても、あれは礼節を重じるというより、公平であるというより、他人行儀であったと語るべきなのだが。

 総じて猫のような少女だと、俺は思った。

 北沢さんは猫が好きで、持ち物のあちこちに猫が潜んでいることはすでに陸からリークされているけらど、本人もまた猫のようだと、俺は思う。

 最初は警戒を怠らず、礼儀正しく決して隙を見せない。

 それは家族を守るためで、同時に自分を守るためだ。正しいことで、必要なことだ。

 しかし、それが徐々に薄れていくと。

 

「そりゃあ、こうして貰っている身で言うのも烏滸がましいし、身勝手だとも思うけど──」

「黒山さん」

「……はい」

「身勝手な上に、烏滸がましいです」

「言うと思ったよチクショウ!!」

 

 自由気ままで、短気で、容赦のカケラもない本性を露わにする。

 そうなった猫は、北沢さんは割と、無遠慮で、不躾で、理不尽な存在だ。

 出会ってしまったのが運の尽きというか、なんというか。

 彼女に出会えたことは間違いなく幸運であるはずなのに、どうも最近は振り回されてばかりいる気がする。

 俺はきっとこの先も、無遠慮で、不躾で、理不尽な目に合うに違いない。

 だが、それはそれとして。

 言わなきゃならないことは、言わなきゃならない。

 本当は言いたくなくても、言っておかなきゃならない。

 

「別に、無理して寄って貰わなくても大丈夫だよ」

「別に、無理はしていませんよ」

「本当に?」

「……本当に、です」

 

 人のことを言えた義理じゃあないけども、この少女の本音というのは顔よりも会話に出てくる、と思う。

 少なくとも、俺は勝手にそう思ってる。

 多分、向こうも勝手にそう思ってる。

 だからこそ、俺は自分の推測を信頼していた。

 北沢さんは、少し辛そうだった。

 俺も辛かった。

 これが最後の会話になるかも知れないのだと、そう思うと何を言えばいいのか、よく分からない。

 彼女の落ち着いた、それでいて優しい声を聞けなくなってしまうのか、とか。

 そういうセンチメンタルな気分に、否が応でもなってしまう。

 すると、北沢さんは強がるように、

 

「私は、言うなれば弟の代理ですからね」

「そんなことは、思ってないけど」

「本当ですか?」

「……半分くらいは」

 

 俺も強がって返すと……おっと、半分本音が漏れてしまった。

 呆れ返った顔をして、北沢さんは俺を見下ろしながら見つめ返す。

 いやしかし、だがしかし、こんなに長いこと陸に会えなかったのは最初の一月ぶりなのだ。

 できることなら会いたいけれど、陸には元気になってから会いに行こうと、二人で決めた。

 ギシッと、スプリングが音を立てる。

 いつのまにか、北沢さんが両膝と両方の手をベッドについて、つまり四つん這いになって顔を近づけていた。

 艶やかな黒い髪に、綺麗な黒眼、体はとても柔軟性に富んでいて、なんだか野性味のあるポーズだ。

 黒猫のような少女だと、俺は考えを改めた────じゃない、そうじゃない、なんだ、なんだこれ、なんだこの体勢。

 俺が言葉を発せずにいると、彼女のスンとした顔が触れそうなところまで来ていた。

 それこそ、今にも、唇と唇がくっついてしまいそうな。

 えっ、されるの? というか、しちゃうの?

 俺まだ北沢さんに返事してないし、これから俺はある意味での戦場に行くわけでそれなのにこういう事をすると良くないフラグが立つのでは、

 

「黒山さん、黒山由人さん」

「なんだい北沢志保さん」

「こういうのを、世間一般では余計なお世話と言うのでしょうが」

「うん」

 

 もはやカタコト状態の俺に。

 少女は、黒猫は、北沢さんは、俺の最大の好敵手(ライバル)は、この時間を締めくくるようにこう言った。

 

「りっくんは私の弟です。いくら弟が大好きでも、あなたは血の繋がった兄弟に決してなれません」

「わかっとるわ!! ホントに余計なお世話だよっ!!」

 

 ちくしょう、からかわれた。

 キスされんのかと思った、チューしちゃうのかと思ったっ、接吻するのかと思ったっ!!

 おのれ北沢さん、純情な高校3年生17歳男子の男心を弄んだな。

 恋にまつわることなら何でも恥ずかしがるガラスのハートに、好き勝手な落書きをしおってからに。

 俺は、せめて文句の一つでも言ってやろうと──

 

 

「だから、陸の兄になりたいなら、絶対長生きしてください」

「……えっ、あ、それ」

 

 開いた口が、塞がらない。

 それ以前に、北沢さんの発言の、その意味を咀嚼するのに俺は必死だった。

 なんってことを言うんだ。

 だってそれ、だってこれ、要はその……間接的な、アレじゃないか。

 ──いや、いやいや、分かってる。流石にここまで続けば分かる。

 これは北沢さんの罠だ。

 俺をからかう第二の布石に違いない。

 ここで食いつけば、彼女の思うツボだ。

 それなら、俺は慌てず騒がず大人らしく、余裕を持って返せばいい。

 

「き、北沢さんはきっと大女優になるって確信してるけど。それ以上の悪女になりそうだなぁ」

 

 どうだ、そんな甘い言葉にはもう惑わされない。という俺の意思表示は。

 なんて、俺は依然として目の前にいる北沢さんの顔色を伺おうとした。

 伺おうとして、それが不可能だということに気がついた。

 だって、彼女の顔はもう、これ以上ないってほどに接近していたからだ。

 

「黒山さんこそ、いつか私を北沢さんとは呼べなくなる日が来ると、確約しておきます」

 

 

 柔らかな熱が、俺の唇を奪った。

 

 顔全体に、熱が広がる。

 身体中の汗腺が熱を発しているようだ。

 彼女と、俺の、唇が触れた。

 つまるところ、キスをした。

 俺と、北沢さんが、キスをしたんだ。

 一瞬の出来事だった。北沢さんとキスをしたのだと俺が気がついた頃には、彼女はもうベッドから降り、病室の扉に手をかけていたからだ。

 

「──では黒山さん、また会いましょう」

「……うん、またね北沢さん」

 

 返事だけはした俺を、俺は褒めてやりたかった。

 北沢さんが病室を後にして、1分か、10分か、1時間か。

 ボーッとした頭で、思い出す。

 彼女の、北沢さんの、柔らかい唇の感触を思い出す。

 キスの前に言われた、どうとでも受け取れる言葉を思い出す。

 部屋を去る前に、チラリと見えた、真っ赤に染まった彼女の耳を思い出す。

 あんな去り方をされたおかげで、言いたかった気持ちを伝え損ねてしまった。

 手術前に、どうしても伝えたかった本心を。

 北沢さんに、陸に、俺を支えてくれた人たちに、聞いて欲しかった一言を。

 けど、それで良かったのかも知れない。

 この言葉は、また会った時にでも口にすればいい。

 一先ずは、とりあえずは、さっきの一連の北沢さんの所業について俺は一言物申そう。

 

 

「やっぱ、もう悪女だあっ!!」

 

 

 

 


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