健全な高校2年生16歳男子の、正しい週末の過ごし方ってなんだろう。
仲間たちと部活を頑張る、とか。
学生らしく勉強に勤しむ、とか。
友達とカラオケで大はしゃぎ、とか。
……恋人とデート、とか。
そういう楽しみ方が一般的なんだろうか。
ふと、そんなことを思いながら、高校2年生16歳男子である俺は都内の水族館を訪れていた。
一人で。
恋人……せめて友達がいれば格好がついたのかも知れないけど、恋人はおろか友達もいない俺は一人ぼっちである。
全てはタイミングが悪い。
俺は2ヶ月前の5月半ばに、とある事情で地元の田舎町から、この大都会へと越してきた。
その頃すでにクラスの男子グループは完成しており、東京弁に慣れた時には、俺の入り込む隙間なんてどこにもなかったわけだ。
なので、週末に一人で水族館である。別に寂しさを紛らわせようとか、昔から憧れていた理想の都会暮らしと現実のギャップに疲れたとか、決してそんなことはないが、とりあえず今は水族館を楽しもう。水族館すっごい好き。
受付まで行くと、頭上のパネルに各種料金などの案内が書かれている。
高校生一枚で1600円……結構するんだなぁ。あ、でも3000円で年間パスポートが買える。どうせ通うことになりそうだし、買っちゃおうかな。いや、でもそんな友達ができない前提で考えるのも……えっ、パスポートがあると休日のイベントに参加しやすいんですか? じゃあ、
と、俺が受付のお姉さんを相手に、年間パスポートを購入するかしないか悩んでいたその時だ。
「おかあさん!! おねえちゃん!! 早くはいろ!!」
元気な声で呼びかけながら、スポーツ帽をかぶった男の子が飛び出してきた。
対して受付のお姉さんは、営業スマイルに困ったような笑みを上貼りしてコチラを見やる。
そう、少年は俺の前に割り込む形になっていたのだ。まぁ、パネルの料金表見るのに俺が何歩か下がったので、それで空いたと勘違いしたんだろう。
「こーらりっくん、お兄さんが先でしょ。横入りはダメだよ。順番子ね、順番子」
こっちの立ち位置も悪かったし、譲ろうかな。なんて思った矢先、声と共に少年の手を引いたのは、母親と思われる女性だ。
となると、その後ろの大人っぽい子がお姉さんか。チラッと視界に入った感じ、確かに弟さんとよく似てる。
女性は少年の手を握ると、申し訳なさそうに会釈した。なんだろう、逆に心が痛い。
「すみません、うちの子が御迷惑をおかけしました」
「あーいえ、僕も紛らわしいトコに立っていましたし、大丈夫です。すぐ済ませちゃいますね」
千円札を三枚、受付に支払い年間パスポートを受け取る。どうやら俺たちが話しているうちに用意してくれたらしい。
「ありがとうございます。じゃありっくん、お兄さんにごめんなさい、しよっか」
母親に促され、男の子が俺を見る。クリッとした黒目が印象的で、優しそうな子だ。
「えっと……さき、入っちゃって、ごめんなさい」
男の子が頭を下げる。小さいのに利発な子だと思った。自分がなんで叱られたのか、よく分かってる。田舎に置いてきた近所の悪ガキにも見習わせたい。
俺は軽くしゃがんで少年と目を合わせる。出来る限り、怖がらせないよう笑いかけた。
肌は焼けてるけど、怒っても大して怖くないと言われる顔だし大丈夫だろう、多分。
「うん、にーちゃんも待たせちゃってゴメンな」
「あ、わかった。これがりょーせーばいだね」
「あはは……まーそれでいっか」
少年の楽しそうな声に釣られて、思わず笑ってしまう。
というか、どこで覚えたんだそんな言葉。家族が見てるドラマだったりからか?
とにかく、これ以上は受付の邪魔になるし、俺はさっさと入館することにした。
それと一応、余計なお節介かもしれないが。
「あの、本当気にしてないんで、あまり怒らないであげて下さい」
「ええ、大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」
朗らかな雰囲気のお母さんと、手を振ってくれた少年に見送られながら自動ドアを通る。最初から優しそうな人だなとは思ってたけど、あの様子なら少年もさっきの一悶着を気にせず水族館を楽しめるだろう。
なんかお姉さんに頬っぺたグニグニされてたけど、そこまではしらん。
さて、俺も気持ちを入れ替えて水族館を満喫しよう。
■ □ ■
やっぱり水族館は好い。
こう、水槽を見ているだけで、忘れたいことが自然と頭から抜け落ちていく。
水中を飛び交う魚達の姿は、俺の悩みなんてちっぽけな物だと、そんな風に思わせてくれる。
まるで地元の海に帰ってきたような気分だ。
と、哀愁に浸るのは止めるとして。
「……それで、どうしたーこんなトコで」
視線の先にいるのは、入館するときに出会ったあの少年である。
ぼんやり水槽を眺めていると、いつのまにか俺の隣に陣取って、ジッと水槽を見つめていたのだが……辺りを見回しても、少年の家族らしき人影は目に映らない。
迷い子か? 迷い子なのか?
「おかーさんとおねーさんは? 一緒じゃないの?」
俺が尋ねると、少年は少し考え。
「お店いたけど。おかあさん、友だちとおはなし。おねえちゃん、ぬいぐるみ見てた」
えーと、つまり少年一家は二階のショップにいて、お母さんはそこでばったり友人と遭遇、まぁ普通に考えれば立ち話が始まり、その後は多分お姉さんが一緒にいたんだろうけど……
「一人で出てきちゃった?」
「うん、ヒマだったんだ。そしたら、おにいちゃん見つけた」
なるほど、お姉さんがぬいぐるみを見ている隙に、ショップを抜け出してきたと言うわけだ。で、見た顔があったから何となく来てみたと。
うーん中々の行動力。ここ4階なんだけど、一人で戻れるのだろうか、この子。
「君、お店までちゃんと戻れる?」
「えっとね、わかんない」
だろうな!! と、反射的に出かかった言葉を飲み込む、どーするかなぁ。
「そっか、じゃあ迷子なんだ」
「うん、おかあさんとおねえちゃんがまいごなんだ」
ははは、こやつめ。そう言い張る気か。仕方ない、見つかった以上は旅は道連れ世は情けだ。流石に放っておけない。
「どうする? 探しにいくなら、にーちゃん手伝うぞ」
「んー、これ見たら、いくよ」
少年が指差したのはサンゴの海だ。正確には、そう題名のつけられた水槽である。高さ2メートル半はある円柱型の巨大水槽に、色とりどりのサンゴ。そして本来サンゴ礁に生息する、鮮やかな魚達が泳ぎ回っている。
少年は思い切り背伸びをして上を見ようと頑張っているが、残念なことに身長が足りていない。
すると少年は無言のままこちらを見上げ、シャツの袖を引っ張ってきた。
「どしたよ」
「おにいちゃん、かたぐるま」
そうきたか。
体格的には問題ない、少年は華奢だし俺は同世代の中では大柄な方だ。安全に肩車するくらいはわけないだろう。
でも仮に肩車をしたとして、それをご家族に見咎められたら俺は何て返せばいいんだか、どう見ても息子さんを肩車する怪しいヤツだぞ俺。
しっかし、ほぼ初対面の相手に肩車をねだるなんて図太い子だなあ。
「ゴメンな、肩車はお父さんと来たときにして貰うんだ」
だって変な誤解を招くのは嫌だし。
そう考えて俺は常識的な返しをしたつもりだ、顔も知らないお父さんの楽しみを奪っちゃ悪いしね、うん。
「おとうさん、いないよ?」
「あー、そうだけど。今度、おとーさんと一緒にくればお願いできるよな」
俺の返答に、少年は不思議そうな顔を浮かべて、正確な意味を教えてくれた。
「だから、うちにはおとうさん、いないよ。会ったことないもん」
その言葉を受け止めるのに、5秒ほどかかった。今まで感じた中で一番長い5秒だった。追求すべきじゃなかったと、ちょっぴり後悔した。
どうも、複雑なご家庭らしい。
だから下手に首を突っ込むのは、いけないことだ。
俺にとっても、この子にとっても、それはダメなことだ。
少年には少年の事情があって、部外者が口を挟むのはお門違いだ。
お門違い、なんだけど。
「…………よし、分かった。肩車だな、にーちゃんに任せとけ」
俺にだって、俺の事情ってもんがある。
少なくともここで少年を拒むのは、俺って人間に反する。
なので、お節介を焼かせてもらおう。
まずはキチンと名乗るところからだ。
「にーちゃんな、黒山
「えと、じゃあね。よしにぃ、よしにぃかたぐるまっ」
「よしきた、しっかり掴まってー……よっと」
少年がよじ登って来たのを確認して、脚をしっかり抑える。あとは重心がズレないように気をつけて、腰で立ち上がる。
地元のわんぱく達と比べれば、これくらい楽勝だ。あいつら平気で人を登り木代わりにするし。
「どーだ、見えてるかー?」
「こんなに高いの始めてっ、すごーい!!」
「そーだろー、すっごいだろ。ただ、声はもう少し小さくな」
「はーぃ」
ホント素直ないい子である。注意すれば直ぐに反応してくれるし、家でも手間のかからない子なんだろう。
「よしにぃ、この魚はー?」
「その辺のはスズメダイかな、青いのがルリスズメダイでー、黄色に黒い線のがヒレナガスズメダイな」
「わー、たくさん知ってるんだね」
「にーちゃんはすっごい魚好きだからな、何でも答えるぞー?」
「じゃあね、じゃあーー」
少年が指差す魚を、一種類ずつ説明していく。これでも週末をわざわざ水族館で過ごすくらいには、魚好きな俺だ。
自分の好きな話題で喜んでもらえるってのは嬉しい、誰だって嬉しいし当然俺も嬉しい。
でも熱く語りすぎると相手を置き去りにしてしまうので、力の入れ具合には要注意だ。
そして少年を肩に乗せたまま、水槽の周りをぐるりと回って見せてやって、ゆっくり腰を下ろし降りてもらった。
中の魚についてもだいたい答えたし、満足させてやれたと思うけど。
「あのね、面白かった。ありがとーよしにぃ」
「楽しめたみたいで、良かったよ」
むしろ、途中から俺の方が楽しませてもらっていた気がする、主に説明的な意味で。
でも、そろそろ彼の家族を見つけに向かおう。
「よーし、では少年。今からおかーさん達を探しに行くぞー」
「うんっ。あ、でも、その前にね……」
なんだろ、トイレに寄りたいのかな。
なんて考えてると、少年はニコリと笑って。
「
不覚にも、名乗ってもらえたことを嬉しく思った。
「よし陸、捜索隊出発だ」
「おーっ、しゅぱーつ!!」
「声が大きぃ」
「……しゅぱーっ」
「おーけー、じゃあ行こっか」
上機嫌になって歩き出した陸を、見失わないよう追いかける。
その姿に、俺は自分がここに居る理由ってやつを、ほんの少しだけ見た気がした。
「そうだ、よしにぃ」
こちらへ振り向いた陸と、視線が重なって、そして──。
「よしにぃ、なんで一人だったの?」
「えっ」
心に右ストレートを決められたような衝撃だった。
悪意のない純粋な子供の問いかけが、俺の心を殴り飛ばした。
聞いちゃダメだろっ、週末に一人で水族館来てる男子高校生に、なんで一人で来たのとか聞いちゃダメだろっ!!
子供のくせになんて口撃力をしてやがる。しかし、こちとら田舎じゃあ近所の人気者。都会のお子様なんぞに、良いようにやられてたまるものか。
俺に陸の口をふさぐことは出来ない、しかしそらすことならできるのだ。
ここは大人っぽく、華麗にそらして話題を変え、
「いっしょに来てくれる人、いないの?」
「……うん、そうなんだ」
無理でした。
■ □ ■
その後しばらくして、水族館のアナウンスが迷子のお知らせを流し始めた。
案の定、というべきか。○△区にお住いの北沢陸くんをご家族が待っているそうなので、俺たちは一階エントランスホールに向かっている。
途中でまた水槽の解説を求められたけど、おかーさんが待ってるぞーと説き伏せた。
改めて思うが、肝が座った子だ。普通、このくらいの歳の子が広い水族館の中で道に迷えば不安になる。しかし、陸はそんな態度をちっとも出さない。
移動中ずっと嬉しそうだったし、もしかすると。
「なぁ陸、水族館は好きか?」
「うん、好きだよ」
なるほど、ご同輩だったか。好きな場所でテンションが上がれば、不安な気持ちも飛んでいくって寸法だ。
「水族館がね、好きになったの」
うん? いや、分かるぞ陸その気持ち。
「そっかそっか、にーちゃんもな、すっごく好きなんだ」
「僕もねー、すっごく好き」
いい子だなぁ。
ちょっと寂しい休日になるかと思えば、ひょんなことから出会いがあった。
もちろん一人でだって楽しめる水族館だけど、こうやって誰かと一緒に楽しめば、喜びもひとしおだ。
今日はとても良い日だった。日記にはそう書こう。
最後の階段を下りたら、そこは目的地のエントランスホールだ。
入り口からまっすぐ進んだ位置に、世界の海を紹介するデカいパネルが設置されており、パネルを見て右側から展示ゾーンに進み館内を一周して左の階段から戻ってくる構造となっている。
俺たちが階段を下りると、ちょうどパネルの側に見覚えのある女性が立っていた。陸のお母さんだ。
どうやら、左右どちら側から陸が来ても見逃さない位置につけていたらしい。
お姉さんの姿は見えないけど、捜しに行ってるのかも知れない、どこかですれ違ったのか。
ともあれ、無事に合流できて良かった。
「おかあさん!! 見つけたっ」
駆け寄ってくる陸の姿に、お母さんは安心したのか笑いながら、両手を広げて受け止めた。
「りっくん、大丈夫だった? もう、一人で行ったら心配するでしょー?」
「うんっ、ごめんなさい」
ギュッと抱きしめられながら、やっぱりどこかホッとした顔で陸も笑ってる。
そうだな、そこにいるのが一番だ。
お節介もそろそろ終わりしよう。
「おかあさん、あのね。よしにぃスゴイんだよ、おサカナの名前がせんぶわかるの」
陸の発言に釣られて、お母さんの視線が俺に向かう。
何だろう。こうマジマジと見られるのはこっぱずかしい。
陸のお母さんは、美人だ。お姉さんが中高生と考えれば30代半ばくらいのはずだが、それよりも若く見える。
そんな奥様に微笑みかけられた俺は、
「あら、あなたは」
「ど、どうも。先程ぶりでふ」
思い切りどもった上に噛んだ、消えて無くなりたい。
「よしにぃがね、いっしょに探してくれたの」
「まぁ、息子がお世話になりました。ありがとうございます」
「あ、はい。いや、ホント大したことじゃないので」
色々と抜けてるが、今の言葉でだいたい察してくれたようだ。
締まらない最後になったけど、まぁいいや。今日は夕飯当番だし、名残惜しいが帰るとしよう。
俺が北沢親子にさよならを言おうとすると、
「りっくんっ」
「あ、おねえちゃん!!」
俺たちが話している間に来たらしく、数時間前に見た少女、もとい北沢姉が陸を抱きしめていた。母親と全く同じリアクション、あー家族なんだなぁと当たり前のことを思ってしまう。
「ごめんね。私が目を離したりしたから、こんなことに……怖くなかった?」
迷子になったのは自分のせいだと思っているのか、お姉さんの落ち込みようは見ていて気の毒になるほどだった。
しかし当の本人はくったくのない笑顔を見せて、
「ううん、よしにぃがいたから、楽しかったよっ」
「ぅえ?! あー、えっと」
まさかのキラーパス。おかけで変な声が出てしまった。
ここで初めて、お姉さんと目があう。
遺伝子は完ぺきな仕事をしたようで、陸が愛らしい美少年、お母さんが美女だとするなら、彼女は美少女だ。
モデルとか、アイドルやってますと言われたら、俺はなんの疑いも持たないだろう。
意思の強そうな黒目に、ゆるくウェーブした黒髪。
モノトーン調の服も決まっていて、言葉を飾らずに言うなら、すごく可愛い。
直視されると、それだけで背筋が伸びてしまう。
「それで、その、貴方は……」
「志保。そちらの方がね、陸を連れてきてくださったのよ」
状況を飲み込もうとしているのか、言葉に詰まる彼女を見て、お母さんの助け舟がやってきた。
正直ありがたい、目をそらすのも失礼だし、かと言って見続けるのも恥ずかしいのだ。
そして俺のことを聞いたお姉さんは姿勢を正すと、
「そうだったんですね。弟をありがとうございました」
「き、気にしないで、ください。むしろ、話し相手になって貰っちゃったくらいなんで」
こ、これでいいよな? 特に変なことは言ってないよな?
こんな可愛い子と話すは初めてだ。情けないが見られるだけでドキドキしてしまうし、言葉を上手く選べているか自信がない。
落ち着け俺の心臓。これじゃあただの挙動不審になるぞ。
よし、平常心平常心……もう帰っていいかな。帰って夕飯の支度をしていいかな。
ほら、北沢家の皆さんはまだ水族館回るだろうし。
「すいません。僕は用事があるので、そろそろ失礼します」
「そうなの? なにかお礼をしたかったのだけれど、残念です。今日は陸を助けていただいて、ありがとうございました」
すんません、でもホントお気づかいなく。と俺はお母さんに苦笑いを返して、陸の前にしゃがみ込みぱっちり開いた眼をとらえる。
「にーちゃんな、もう帰らなきゃならないんだ」
そういうと、目に見えて陸の顔が歪む。俺だって同じ気持ちだ。
「今日は陸のおかげで楽しかったよ、ありがとう」
いつまで覚えていてもらえるか、それは分からないけれど。
この子の記憶に残る俺の顔が、ちゃんとした笑顔でありますようにと願いながら、別れの言葉を告げた。
「バイバイ、り「いやだ」
口先から飛び出た小さな『いやだ』に、俺は言葉を詰まらせる。
すると、陸は今にも泣き出しそうな顔で、
「もう会えないのは、いやだ。もっと、おサカナの話しようよ」
懐かれつつあるって自覚はあった。心の隙間を埋めるような形ではあったけど、俺を気に入ってくれたのかなって。
でも、これはケジメだ。こうなるのが嫌なら、さっさと受付にまで連れて行くべきだったんだから。
だから、これは俺のつけるべきケジメだ。
チラッとお母さんに目線を向けると、笑って頷いてくれた。俺に任せてくれるらしい。
「陸、聞いてくれ」
「……うん」
気持ちがきちんと伝わるように、しっかりと目を見る。
「お別れは悪いことばかりじゃないって、俺は思うんだ」
「なんで? 会えないのは、さみしいよ?」
「うん、俺もさみしいよ」
俺は陸の小さな手を握って続ける。
普段なら恥ずかしくて言えないことでも、この子の前だと口にできる。不思議だけど、イヤではなかった。
「でもさみしいからって、楽しかったことが消えて無くなるわけじゃない。そうだろ?」
「……そう、かも」
「少なくとも、俺は忘れないよ」
「なら僕も、忘れない。ずっと忘れない」
「じゃあ、約束に握手をしよっか」
その言葉をゆっくり咀嚼するように、陸は俺を見た。その顔には、すでに答えが書いてある。
「バイバイ、よしにぃ」
「忘れないよ、陸」
かたく、かたく手と手を握り合う。
互いが互いを忘れないよう、忘れ合わないように。
小さな友達と、大きな思い出を。
友情に歳は関係ないって、こんな風に知れるとは思わなかった。
彼らに背を向けて歩き出す。
明日も学校で友達ができる気はしないけど、ましてや彼女なんてあり得ないけど、今日の出会い忘れなければ大丈夫だって、そんな気がした。
しかし、ロビーから立ち去る俺に向かって、陸のお母さんはこう言った。
「ごめんなさい。もう少しだけ、お時間をいただいても大丈夫?」
「…………はい?」
これは週末の水族館で出会った北沢少年と、俺の、もうちょっとだけ続くお話。